acc-j茨城 山岳会日記

acc-j茨城
山でのあれこれ、便りにのせて


ただいま、acc-jでは新しい山の仲間を募集中です。

平標山 ヤカイ沢 山スキー

2017年03月24日 22時39分12秒 | 山行速報(山スキ-)

日程:2017年3月23日
メンバー:sasa

昨日は悪天候の中、かぐらスキー場で1日滑っていた。
今日は天気も回復して予定通り平標山へ向かう。


6時ごろ火打峠に到着。予想に反して駐車場は貸切だ。
6時40分に出発。板を担いで除雪終点まで歩く。


昨日のものと思われるトレースは風雪によってほとんど消えていた。


GPSを見ながらヤカイ沢を進み右側の尾根上へ向かう。
急登に差し掛かると運動不足のため30メートルおきに休みを入れながら登る。


尾根上に出てから景色を見ようと進んだら、雪の割れ目の落とし穴にはまってしまう。
胸くらいの深さで板を付けたまま這い上がった。


尾根上からはラッセルも終わり楽になるが、あいかわらず山頂付近には雲がかかっていて強風が吹き付けている。
10時40分に平標山に到着。標識には巨大なエビのしっぽが出来上がっていた。


西ゼンを少し滑って登り返す予定だったが、天候が悪くなりはじめ西ゼン側は視界不良と暴風雪なので諦め、登ってきたルートを滑り降りる。


頂上近くで単独のボーダー、西ゼンを滑り降りる3人パーティーとすれ違う。
樹林帯では雪深い新雪がしばらく楽しめた。今日は日がほとんど差さなかったので雪質は良い。


このまま下山だともったいないので、尾根上まで登り返してもう1本滑ることにする。

 

駐車場近くまでスキーで滑り降り、13時に駐車場へ戻った。

帰りは苗場にある雪ささの湯に寄り、リフレッシュして茨城へ戻った。




塔ノ岳~鍋割山

2017年03月16日 21時04分33秒 | 山行速報(登山・ハイキング)

2017.3/12(日):kei2、他2名

 

【コース】

大倉~塔ノ岳~金冷し~鍋割山~二俣~大倉

 

大倉登山口に十数年振り来た。

下山ルートでしか利用したことがなく、今回初心者を連れての山行となった。

階段続きの長い尾根。通称:バカ尾根

気合を入れて歩くものの、あれ? 登山道が整備されて歩きやすい!

昔の印象と違う。緩やかな傾斜で歩きやすい。

いつの間にこんなに変わったのか・・・と思ったのも束の間。

ついに『階段』 登場

整備されているお陰で比較的歩きやすい。ありがたい、ありがたい。

階段がひたすら続くので、いい加減、嫌気がさす。 汗汗

 

登山道の休憩ポイントとなる場所には何ヶ所かトイレトイレも設置されている。

さすが大倉尾根。手の懸けようが他のルートとは断然違う。

ここ花立山荘に来れば、眺望が望める。

休憩していたら、富士山が見えだしてきた。

こんなにデカいのか~と、初心者の2人は感動しまくり。(写真では遠目ですが。。。)

感動してくれると、連れてきた甲斐があったというもの。

山頂では富士山をバックに記念撮影

気温0℃。とにかく風が冷たい。止まっていると超寒い。体感温度は-2℃ぐらいでしょうか。

次の目的地、鍋割山へ再出発。

昔から鍋割山荘の名物と言えば、「鍋焼きうどん」

具だくさんの鍋焼きうどん 1000円で食べられるとは安い。

昔も今も、美味しい味でした。

 

下山路は二俣経由で大倉へ。

二俣(西山林道)~大倉まで5km

ダラダラ歩きが疲れを増すあせる

 

昔は二俣まで車で入ることができたが、今ではゲートが設置され車両通行止めとなっている。

昔を知っているだけに不便さを感じるが、これも環境問題が深刻化となっているのだろう。

 

おつかれさまでした。
 
☆☆☆ kei2(^_^)/ ☆☆☆

筑波山の風景<29> 常陸山

2017年03月02日 17時05分08秒 | 筑波山の風景

<筑波山の風景・29>

常陸山

神道は山や川などの自然や現象、また神話に残る祖霊たる神など八百万の神を見いだす。
自然と神とは一体的に認識され、神と人間とを取り結ぶ具体的作法が祭祀であり、その祭祀を行う場所が神社であり、聖域となっている。

山と神道との関わりは古く、山自体を神格化することも多い。
筑波山においても例外ではなく、山頂には筑波山神社の本殿が祀られ、ほかにも多くの摂社末社が山中に祀られている。
むしろ、シンボリックな山が神として拝められない方が稀なのではないだろうか。

神と人間とを取り結ぶ祭祀の一環として、「奉納相撲」があり、日本国内各地で祭りとして「奉納相撲」が現在も行われている。
主に、天下泰平・子孫繁栄・五穀豊穣・大漁等を願い、占いとしての意味も持つ場合もある。
勢のある里の力自慢、どちらが勝つかにより、五穀豊穣や豊漁を占う。
村人はそれに熱狂し、一喜一憂したものだろう。

筑波山と相撲の関わりとして、御幸が原にある第19代横綱・常陸山の手形碑がある。

常陸山谷右衛門は第19代横綱で現在の水戸市出身。
手形碑は1909(明治42)年5月19日、筑波山登山記念として据えられた。
その相撲は、相手の力を十分発揮させたうえで、勝負に臨むいわゆる「横綱相撲」。
また、その強さだけでなく相撲界の近代化に尽力し、国技と呼ばれるまでに高めたことから角聖と呼ばれる存在だ。

片足を高くあげ、強く地を踏む。
他方で地を踏み鎮めるという宗教的意味をもつ。
日本各地の祭礼で行う民俗相撲では、力士の四股によって大地の邪悪な霊を踏み鎮め、
大地を目ざめさせて豊作を約束させると伝えるものが多い。

---100年以上の時を経て、手形碑に手を添える。---

常陸山の手形が四股に代わり筑波山の地鎮となっている。
故郷の横綱に想い馳せ、そういう解釈もまた愉し、なのである。


sak