今宵も劇場でお会いしましょう!

おおるりが赤裸々に綴る脱線転覆の感想記!(舞台やライブの感想です)

「ハハとアキボン(郡愛子×中川晃教)のワンダフルコンサート」

2013年03月10日 02時42分01秒 | ライブ/コンサート

【出演】
歌: 郡 愛子 / 中川晃教
ピアノ: 松本康子

ああ、この前のインストアライブやモーツァルトのことも書きたいのに、近頃ハードな毎日なのでなかなかアップできません
それにしても・・・

「歌って、上手ければ感動するってものじゃないよね?」

なんて、今ここで書くと、大きな誤解をされそうですが。
この言葉は、ここ一年か二年の間に、いろいろな舞台を観た後の飲み会などで、私が何度か友人達と交わした会話です。

これだけたくさんの方々の歌を聴いておきながら、私って、「誰がどれだけ上手なのか」とかは、良くわかってない人なのね、たぶん。
それはダンスや美術、文学なんかでも同じ。
つまり、「好きか、そうでないか」、その違いで聴いていたり見ているだけ・・・と言ってしまえば、そうなんだけど・・・ただ、時々感じるのは、その作品だとか、歌だとかに、上手いとか下手とか、そういう次元を超えた「力」を感じる時ってあるんですよね。
子供の下手な絵でも、やけに筆力があって胸に迫ったり、特に流麗な文章でなくても読んでいて涙がこぼれてしまったり。
逆に、とても上手なのに、なんだか心に響かなくて、やけに物足りない気がしたり。

歌でいうと、どうも正確な音で声量があれば、イコール感動するというものでもないらしく、それじゃあ、心がこもっていれば良いかというと、それだけでもないみたい。
なんだろうなぁ・・・・いったいどういう違いだろう??
と、ずっと思っていたのですが、このコンサートに来て、それがちょっと解った気がしました。

たぶん、というか、やはり、「人」なんですよね。

このコンサートで、あっきーが「僕達は歌の力を信じている」(いや、「信じたい」、だったかな?)と言ってましたが、確かにこの二人の歌には力がありました。

で、友達に、「郡愛子さんのリンゴ追分を聞いて、今日はじめて、あっ、そーいう歌なのか!と思った」と言ったら、友達も全く同じようにそう思ったと言うんですよ。
その「そういう歌」の「そういう」が友達と同じかどうかは詳しく聞きそびれましたが、郡愛子さんの歌う「リンゴ追分」を聴いていると、情景が浮かぶんです。
それが、私の場合は、夜を背景に、ひとひらの白い花びらが、風に噴かれて左から右へと、ほぼ真横にゆっくりと流れていくという情景。
そして、その花びらは、たった一つの小さな、愛おしい命なんです。
そういう歌だったのかと、はじめて思いました。

それから、ショパンの「別れの曲」に郡さんが歌詞をつけたという「これ以上の愛は」という、歌。
この曲の途中で、堪えていた涙が溢れてしまい、ちょうど「あ、ハンカチをバッグに入れたままだった」と気がついた時に、舞台の上のあっきーが白いハンカチを取って、・・・もちろん、私の涙を拭いてくれるわけがなく(笑)、自分の涙をぬぐっていました。
もうね、ちょうど同じタイミングで涙を拭きだしたあっきーを見て、とても納得の私(←妙なところに嬉しがるミーハー)
その後は、私もこぼれる涙が止まりませんでした。
「別れの曲」は、愛の曲だったのですね。

なんて、いつものことですが、順不同で語りだして、しかも中途半端ですみませんが、セットリストも含めて続きは次回に書かせてもらいます。
ちなみに、写真のフライヤーは、スキャナーが壊れっぱなしなので冷蔵庫に貼り付けて写したもので(笑)、折り目ありありですね~。


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