今宵も劇場でお会いしましょう!

おおるりが赤裸々に綴る脱線転覆の感想記!(舞台やライブの感想です)

いつかどこかで(80)矢車菊

2020年05月09日 21時18分03秒 | いつかどこかで(雑記)

お元気でしょうか。

私はここ10年とか15年くらい(もっと前から?)もう、なんか、ずっと毎年のように次々と色々な事が起こって、1年として同じような年はなくて絶えず落ち着かず、ジェットコースターに乗り続けていたような感じだったんですよね。
去年の今頃も実家を行き来したり泊まったりして忙しく、ほとんど休める日はありませんでしたが、今年はそれがないし、それどころかどこにも出かけないので、この連休は(カレンダー通りだけど)のんびりと過ごしています。

元々インドア派で家にいても退屈しないし、普段先延ばしにしていた片付けなども出来るし、人混みの中で他人の邪気にあたらなくて済むし、最近なんだか空気がきれいになってきた様な気がするし……で、
これでCOVID-19さえなければなぁ………

なんて、なんだか呑気ですみませんが、人それぞれに状況が違うし、出来る事もすべき事も違うので、「他人と比べても意味がない」と思うことにしているんですよね。
たまたま良い時があったとしても、そうでない時もあるんですから、どちらに転んでもその時々で、「私は私の出来る事をやってりゃ良いかな」って、なるべくフラットでいたいです。

でもまあ、なかなかいつもそうはいられないかな……

だいたい、本当の意味での「良い加減」とか「適当」って、どの辺にあるんでしょうかね……?自分にとっての、あらゆることで。
加減がわかってないんですよねぇ……たぶん。
やり過ぎているのか、足りてないのか。…いやもう、いつも全然足りてないような気がして、ついやり過ぎていたり。やっぱり全く足りてなかったり。
「頑張る」って、どのくらいやったら「頑張った」と思ってもいいのかしら? よくわからない。

あなたはどうでしょうか。

手を洗いすぎてボロボロになっていやしませんか?
「しっかり手を洗う」といっても、やり過ぎたら可哀そうですよ、その手。
自宅にいる間は、ご飯作る前と食べる前、トイレの後だけで良いんじゃないかな?手洗いは。 
え、ダメなの? ああ、お掃除の後も洗いますね。でも、あんまりごしごししないで、泡で包んでやさしくね。
だってその手は「好きな人の手」なんですよ、きっと誰かの。

それに、自粛でいつもしている事ができないのも辛いですけど、いつもしてない事をやり過ぎるのもストレスですよね。
家にいる時間が長くて良い機会ですから私も色々とやってますけど、やりつけない事ばかりしてたら疲れませんか?
今日はテレビで「Twitterのバトン疲れ」の話題が出てましたけど、オンライン飲み会っていうのも疲れないですかね、あれ。
たまには楽しいかもしれませんけど、度重なると飽きるだろうし、誘うのも誘われないのも、ストレスにならないのかしらね? それとも良い暇つぶしになっているのかな?

・・・という、こんなだらだらとした記事を書くのが私の良い暇つぶし(笑)

ところで、暇つぶしといえば、近所を散歩すると、季節が良いのでご近所さんのお庭がきれいです。
上手に花を咲かせる方って素敵ですよね〜!本当に尊敬しますよ!
私はそういうの、ド下手なんです。なにせ加減のわからないヒトなんで、構いすぎたりついほったらかしにしたりで枯らせてしまい、「プランターキラー」の自覚あり。
でもお花を見るのは好き!

先日は矢車菊を見つけました。最近、青い色を見ると気持ちが楽になる気がします。

そうそう、矢車菊と言えば、あっきー(中川晃教さん)ですけど…
ほら↓ この写真は何歳の時? 若い!
 
これは「THE WIZ」のジャケットですけど、私的には「Blue Dream」。ツタンカーメンを思い出すから。
でも、あのツタンカーメン王の墓に添えられた花が「アンケセナーメンの手向けた矢車菊の花束」というのは、どうやら作り話らしいです。…とはいえ、100%ないとも言い切れないだろうし、この手のお話はロマンがあったほうが良いですよね。
矢車菊(別名:コーンフラワー)は、疲れ目や肩こり、咳や気管支炎、美肌やアンチエイジング、血栓予防…他にもいろいろと効果が期待できるそうで、矢車菊自体は無味無臭らしいですが、私はこのハーブ入りの紅茶がお気に入りです。

このお茶はリーズナブルなお値段の「ディアナ」というお茶で、フルーツのさっぱりとした甘い香りの紅茶です。ハーブティーって、わりと癖があったりしますが、これは自然でさっぱりとした香りなので飽きないです。「ディアナ」は「高貴なる女王」「月の女神」という意味なんですって。名前も好き!
もっと高級で有名なのは、北欧紅茶のセーデルブレンドという紅茶があります、スウェーデン王室ご愛飲で、ノーベル賞受賞の晩餐会でも飲まれるのだとか。

効能のほうはどれだけかわかりませんが、ストレスがたまった時は、香りの良いものに癒されますよね!
自粛疲れの方におすすめです!

あなたが健やかでありますように。

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いつかどこかで(79)人の話を鵜呑みにしてはいけない②

2020年04月26日 14時40分56秒 | いつかどこかで(雑記)

お元気でしょうか。

医療現場に従事する方々や、大勢の顧客と対面したり、流通で働く方々は……こんなブログを目にするお時間もないとは思いますが……本当にありがとうございます。

また、ずっと家にいらっしゃる方達は、それはそれで辛いものがありますよね。様々な情報を見るにしても聞くにしても、心折れることばかりでストレスが溜まっているかと思います。
大丈夫ですか?大変でしょうけど、その自粛が働く人を守ってくれてます。ありがとうございます。もう少し?…いつまで続くかわかりませんが、よろしくお願いいたします。

「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」って、ミュージカル「三銃士」で言ってたのは井上芳雄さんでしたっけ?ダルタニアン。「辛い時こそ、前を向いて歩こう」というメッセージもありましたよね。

で、やはり私の働く業界は、出勤を必要最小限に留めながらの「必要な業務の継続要請」が政府より出されています。
なので、緊急事態宣言以降、私の部署では週に二日を在宅勤務となり、出社は三日というペースで、人員の数と業務を縮小しながらも仕事を続けています。
医療関係の方々や、大勢の顧客と対面営業する方々とは比べようもありませんが、それでも日に日に命の危険を感じるようになりました。
事務所の中や電車の中、地下街を歩いている時でさえ、誰かの咳やくしゃみの声が聞こえると、思わず自分のマスクを手で押さえたくなります。

この時期だけ時差出勤ができるようになったので、朝の7時前から特急電車に乗るようになりました。
新宿に到着して電車のドアが開くと、一番前の女性専用車両からは、(数か月前ほどではないものの)大勢の女性達が一斉に吐き出されます。自分も含めて、女ばかりの先頭集団が改札に向かって歩くその有様は、まるで先陣を切って敵地に出撃を命じられた女戦士の一群を見るようです。

……なんつって、戦記小説の読みすぎかも? いつも通りに頭の中がファンタジー。
とか思いつつ、この事態が収束するまで、「この女性たちの誰一人も死にませんように」と本気で願ってしまいます。

「エッセンシャルワーカー」
なんか、響きだけはきれい。シャンプーの良い香りがしそう(笑)
でも、実態はきれいでもないし、私の場合は滅多に感謝される仕事でもないし。むしろ感謝されることなく忘れられているほうが良いくらいの仕事なんですけど、まあ、目立たないところで、目立たなくても、本当に色々な仕事があるんですよね。

私の働くビルのトイレやオフィスの中が毎日清潔に掃除されているのは、清掃業者の方達が慎重に働いてくださっているお陰です。スーパーの棚に品物があるのは各商品を製造したり卸売業者の方々がいるからこそだし、それを買うお金が下せるのは各金融機関のお陰で、そのATMや事務機器に不具合が生じたらメンテナンスする会社が出動してくれているのでしょうね、きっと。
各業界の相談や苦情を受け付けるコールセンター勤務の方々などは、いつにも増して大変な状況だとも聞きました。
食べるのも、買うのも、トイレやお風呂に入るのも、通信するのも……日常生活を維持するのって、物凄く多種多様な業界が関わっていたんですよね、改めて考えると。

社会的責任とか、使命感とか。
私の場合、東日本大震災の時はそんな気持ちもありましたけど、今回はそんなのではなくて、言うなれば「だって、仕方ない」に尽きます。
だって、みんな生活しているのだから。
それで納得しながら出社しているので、ウイルス感染の予防はもとより、気持ちとしてはこの際、次の段階へ進みました。

まずは、もし発熱した時、4日は家で待機するのだから準備が必要ですよね。
「熱さまシート」とか「冷えピタ」などの頭を冷やすものと、ビタミンCのサプリ(これは毎日飲んでますけど)、レモン、ハチミツ、レトルトのお粥やスープ、経口補水液。
市販薬はイブプロフェンの入っていない、アセトアミノフェン主剤の解熱剤。咳や痰が出たら解熱剤ではなく総合感冒薬の方が良いかもしれないから、とりあえず二種類。
あと、うがい薬に、のど飴。
これらは用意したけど、他には何が必要でしょう? 

ホテル待機や入院の支度をしておいた方が良いと言う方もいますけど、そこまでは、まだちょっと気持ちが追い付いてない状況です。
その割には、万が一の場合のイメトレをしていたりするんですけど。
あくまでも万が一だけど、何十年後かにでも、いつか役に立つかもしれないし。

「その時」は、明るいところへ昇っていくイメージ……とか、次の世で会いたい人のリスト……とか、ね。

な〜んて、それ以上は書くのをやめておきますが、そのイメージには、あきれるくらい悲壮感などありません。
だいたい、私の死生観って一般的じゃなくて、日常的にそういうこと、考えている人なので。そういう意味では普段通りかもしれません。

そう言えば、去年に天河神社で引いたおみくじが吉で、「生死十に九つ生きる」と書いてあり、「それはいったいどんな状況?」とか思ったら、弁天様に「だから、こんな状況よぉ〜!」と言われてしまった気分 しょうがないなぁ〜、もう。
残り10パーセントには御用心。「病事は本復すべし」ともありましたが、COVID-19を含めて、どうか病気にかかりませんように。

ああ、そうそう、家でお過ごしの皆さん、特に中高年の方々は怪我をしないように気を付けてくださいね。身近な人にも注意しましょう。
中高年齢の方達は、普段でも「家の中」での怪我が多いんです。(これは本当)
いつもはしない人が、若い芸能人の動画につられて激しいダンスや筋トレをしたり、無理なストレッチなどで、筋を痛めたり怪我をしませんように。高い場所に登ったりの掃除にも気をつけましょうね。こんな時期に、つまらない怪我で病院に行くのは嫌ですものね。私も気を付けます。

それから、しつこいようですが、人の話を鵜呑みにしてはダメです。
悪質な詐欺はもちろんですが、「こうしたらいい、ああしたらいい」という話は必ずエビデンスを確かめたいものです。
先ほど私が書いた解熱剤の「アセトアミノフェン」が確かに大丈夫なのかどうかわかりませんよ。あなたはあなたで、自分で調べて判断してください。

どうか、今生で、元気で、できれば何の不安もない状態で、あなたにまた会えますように。
たとえ互いに顔を知らずとも。

また、いつかどこかの劇場でお会いしましょうね!

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いつかどこかで(78)人の話を鵜呑みにしてはいけない①

2020年04月12日 16時21分34秒 | いつかどこかで(雑記)

まずはこの動画↓をご覧ください。

スゴイですよね!この衝撃的な景色はまさに「天変地異の前触れか」!
今日(4月12日)現在、Twitterでは34.1万人が「いいね」を、8.6万人の方がリツイートをしています。
私も最初に見た時は思わず「いいね」を押そうかと思いました。
でも、それを止めたのは、単なる直感で「止めとこう」と思ったからに過ぎず、べつだん深い思慮があったというわけでもありません。

この「疑いはしないけど、丸ごと鵜呑みにはしない」という私の性格は、十代の頃に父親からさんざん法螺話(冗談の嘘)を聞かされて鍛えられたせいかもしれません。(お父さん、ありがと~!)
まあ、そのお陰で、愛の言葉ですら、「今はそう思っているのね、嘘とは思わない。でも未来はどうかしらね?」などと思う女になってしまったのは、幸か不幸か微妙なところなんですけど(笑)
ただ、何を聞いて驚いても、容易く信じてしまっているようでも、「え~っ!そうだったの~?」の「?」を僅かに残しておくのは、生きていくうえで時々役に立つこともあります。実際、愛だって良くも悪くも変化しますものね。要は、自分なりに納得して次の行動を起こしたり踏み止まったりするためには、考える余地とか時間が必要なんじゃないかと思います。

あ、そうか! そんな風に思うからTwitterって、私には向いてないわけね?、瞬発力を削ぐので

で、その「天変地異の前触れか?」の動画に驚いた数日後、映画「天気の子」で監修をした気象庁気象研究所研究官の荒木健太郎さんが、次のようなツイートをされていました。
《荒木健太郎@arakencloud「この映像の問い合わせをいくつもいただいていますが,何年も前から出回っているCGです.タイムラプスなのに太陽が動いてないし雲の輪郭や動きも雑なので赤点.映像に雲愛が足りてないです.やり直し.」》

つまり、専門家からすると「出来の悪いCG」です。その動画を34万人もが拡散したというこの事実をどう思いますか?
この動画をUPした方は、動画を作った方ではないかもしれません。ただ拡散したうちの一人で、この方を含めて、拡散したほとんどの人に悪意はなかったものと思います。ただ、悪意がなければ何でもありなのか? Twitterの使い方に今一度気をつける必要があるのではないか?…もちろん、私自身を含めて。

特に、「誰それがこんなツイートをしていた」と、他人の発言を一部切り取り、それに解釈を加えたツイートを見て、それを丸ごと鵜呑みにし、「え、誰それって、そんな事を言う人だったんだ?クソだな、ガッカリした!」などど、大元の文章を見もせず(自分自身の頭で考えもせす)に、その場の感情だけで安易に「いいね」と拡散すること……それがどんなに愚かで罪深いか……、それを頓着しないツイッターの民たちが、私は怖いです。

他人の書いた文章を見て、それをどう思おうが、どう解釈して発言しようが、その人の勝手です。けれどもその勝手な解釈とは、必ず読み手それぞれの内面が反映されています。「又聞き」には、良くも悪くも「次の人のフィルター」が通されています。その次のフィルターによって、元の(最初に書いた)人の真意が曲解されることもあるでしょう。それをまたその次の人がフィルターを通し、褒め言葉ならまだしも、悪くすれば誹謗中傷へと発展します。ただ「いいね」を押すだけで、その誹謗中傷は世の中に広がっていくんです。
まるで、性悪なウィルスが無自覚な人達にこそ広められていくように。

…と、何でこんな事を書くのかと言うと、冒頭の動画も含め、ここ数ヶ月で、私の親しい人たちも、しばしばとその「無自覚さ」が見受けられたから。
CGの動画を広めた友達も、某芸能人への「又聞きツイート」に「いいね」を押した友達も、普段はちゃんと自分で語る言葉を持っているし、決して思慮が浅い人ではありません。なのに、Twitterだと、どうしてそんな軽い行動にでるのか…。

なんて、こんなことを書いていると、まるで自分がそうでないみたいですが、私も気が着かないうちに、きっとどこかで同じことをやらかしているのかと思います。だからこそ、自分への戒めに書いてます。他人への説教ではなくて。

私も手を洗うから、みんなで手を洗おうね。みんなでやらないと意味ないよ。

そんな気持ちです。
手をしっかり洗うのは時々面倒くさいけど、でも、自分で書いたからにはやらなくちゃね。

先日NHKで見ましたが、アメリカの大学では、大統領選挙を前にして、学生達がフェイク・ニュースに騙されないよう、しっかりと検証できるようにと特別な授業が組まれていました。
情報が溢れ、簡単に目に入る世の中だからこそ、自分で確かめ、自分の頭で考え、自分の心で感じなくては。。
そして、自分で書いたからには、そうでいなくてはと、改めて気を引き締めたいと思います。

・・・と、この話は次回へ続く、かも?

世論
ピアノ&シンセサイザー:今野勝晴 シンセギター:渡邊匠 歌・訳詞:いさらい香奈子

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いつかどこかで(77)KEEP DISTANCE

2020年04月05日 19時27分38秒 | いつかどこかで(雑記)

さよう、
劇場の席に座れるのは、
「他に優先すべきものが無いということ」だ。

…と、何故か「これだけは書き加えておきたい」と思ったあの日、
まさか、こんな大変な事態になるとは予想もしていませんでした。

外出自粛のこの土日、みなさんも自宅にいますでしょうか?
休日といえば、私はこの一年半、両親の介護やら見舞いで横浜に出かけていましたが、3月1日父の四十九日以降は一度も行ってません。
母が住むケアハウスは早くから面会禁止・外出禁止となったため、父のいない今、母は親しいものと会話する機会をなくしてしまい、いっそうにボケてしまうのではないかと心配です。
とか思い、さっき電話をしたら(ケアハウスの部屋に固定電話を引いた姉は偉い!)、逆に私が母から心配されてしまいました

新型コロナウィルス感染防止のために、休業だの休演だの、テレワークだのが余儀なくされている昨今ですが、私は毎日、普通に満員の通勤電車に乗り、新宿西口の地下街を歩き、高層ビルのエレベーターに乗って出社しています。
仕事があるのはありがたいですが、喜んで良いのかどうなんだか……

高層ビルでは、ウィルス感染者が出た場合、その方がいつ頃感染したか、いつから休んでいるかが考慮され、そこが集団感染の原因でもない限り、ビル全体を封鎖したりはしません。
感染者のいた階のみは1日封鎖して消毒し、真上と真下の階はほぼ通常通りに業務した後、夜になってフロアの床やドアノブが消毒されるだけです。

ニュースでは毎日「新たな感染者」が発表されていますが、個人のプライバシーを護り、誹謗中傷を避けるため、個人が特定されるような情報が出されないため、彼らがどこで食事をし、どこで買い物をし、何線の電車で何処の町に帰宅していたかまでは全くわかりません。
大都市が危ないのは、歓楽街やイベント会場だけではないということです。
隣の人が、自分が、いつ感染してもおかしくない状況で、出来る事といえば、主にマスク着用と手洗い、そして、何と言っても不要不急の外出自粛ですよね。

とは言え、だから私なんかは毎日出勤しているわけですからねぇ……
女子トイレの洗面台ででチラチラと隣の人を見てみると、石鹸を泡立ててしっかりと手を洗っている人って、案外と少ないんですよ、この期に及んで!  女子トイレですらそうなんですから、男子トイレを想像すると怖ろしいです。
それに、トイレでしっかり手を洗えない人が、その他のシーンでそれが出来るとは思えません。
誰がどこをどんな手で触っているか…… いまや、どこのドアノブも、スイッチも、電車のつり革もエスカレーターの手すりも、親しい人の手でさえも、もちろん自分の手にも、ウィルスが付着していると考えて、自分を護るため、他人を護るためにも、手を洗いましょう、しっかりと! それから、手が荒れないようにハンドクリームで保湿もね!

あ、今、ニュースで都内の新しい感染者が143人ですって! そのうち経路不明の方が92人も!
でも、もしこの先、緊急事態宣言で東京がロックダウンされても、業界的にうちの会社は休業の対象にならないかも?


ところで、2月末以来のコンサートや演劇などの中止・延期については、私もチケットを買ったいくつかの公演が該当してしまい、仕方ないことながらとても残念でした。
そんな中、ご贔屓さん達(「推し」という言葉は苦手)は皆、動画を配信してくれたり、ラジオの生ライブを行ってくれたりと、いろいろ工夫、模索をしながら、ここ一ヶ月以上、何だかんだと歌を聞かせてくれていました。本当にありがたいです。
歌も嬉しいけど、何よりも元気なお顔が見られて嬉しい
生配信をする中で、みんな「聴こえているかな?」「見えているかな?」とか、「前にお客さんがいなくて変な感じ」などと言っていましたが、私達、ちゃんと聴いているし、ちゃんと見ていますよね!!
好きな人達が、何をどう発信して、何を伝えてくれようとしているのか…その姿も想いも、私達ファンはしっかりと見ているし受け取っていますから。
そして、もちろん、楽しんでいます!

9年前の大震災の時も、今この時も、ファンのみんなに温かく、前向きな姿勢を示して、常に最高の歌を届けようとしてくれている方達に、その心意気に、私達がいつか必ず応えます! 頂いたその気持ちを倍返ししたくてウズウズしています。
ステージに関わる方たちは、今は悔しくて苦しい時期だと思いますが、どうか持ちこたえて、この難局を乗り越えた後の、私達ファンの盛り上がりを楽しみにしていて欲しいです。
流行病は必ず収束します。音楽も演劇も死にません。それは古今東西の歴史が物語っていますよね。私達には必要ですもの。

お互いに生きてさえいれば、いずれ会えます。
1日も早くその日を迎えるためにも、まずは手を洗いましょうね!

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いつかどこかで(76)嶺月

2020年01月19日 22時26分11秒 | いつかどこかで(雑記)

冬の窓 見えねども明るし 金の嶺月  (煌月)

父の名を嶺月(れいげつ)と言います。
これは本名ではなくて、雅号です。
華道の師範だった祖父が付けたその名を、父は趣味の鎌倉彫、書道、和歌や俳句などを嗜む際に使っていました。
嶺は、山の頂上を意味します。

令和2年1月15日、父が他界しました。

私は、去年の仕事納めの日に父が緊急入院してからしばらくは、東京と横浜を行ったり来たりの毎日でした。
一時は「もしかしたら年は越せないのではないか」と危ぶまれましたが、何とか新年の挨拶ができました。
正月休みも終わり、私は新宿の職場に出勤し、姉が緩和ケアの病院に転院する手はずを進めはじめた頃の1月10日、病室の窓から見えた満月がとても美しかったので、スマホで映して起き上がれぬ父にその画像を見せました。
「お父さん、今夜は満月がきれいだよ。山の上の月だから嶺月だね、お父さんの名前と同じだね。」
父はその頃はもう喋れませんでしたが、意識はしっかりしていたので、目を開き頷いてくれました。
表題の写真はその時のものです。
冒頭の下手くそな俳句は私が作ってみました。煌月(こうげつ)は私のペンネームのひとつです。

父は鎌倉彫でたくさんの作品を作りましたが、作品の出来栄えは素人にしてはなかなかのもので、その手先の器用さやセンスの良さ、こつこつと続ける根気良さは姉が受け継ぎました。
一方、俳句や川柳、高齢者向け雑誌への投稿文などは趣味にしても人様にお見せできるほどではなく、それなのに「下手の横好き」で何かと書くのが好きだったところなどは、私がそのままに受け継ぎました。

父は真面目で心正しく誠実で、草花を愛でる風流な人でした。
無口で感情を露わにすることなく、私達姉妹に手を上げたり怒鳴ったりは一度もしませんでした。
日本酒が好きで(これも私が受け継ぎました)、いつからか(たぶん、姉がお嫁に行った後くらいから)、晩酌で酔うと私にだけは冗談で法螺(ほら)を吹くことがよくありました。
くだらない法螺話なのですが、私が容易く騙されて「え~っ!そうだったの~?!」なんて驚けば、すぐに「嘘だよ」とにこにこと笑った父。「やだ~、また騙された!」などど、二人で笑い合う時間が好きでした。

荼毘に付す際、棺には父が集めた御朱印と、たくさんの賞状と感謝状を入れました。
その中には、赤十字からの感謝状もありました。9年前の東日本大震災のおり、自分のポケットマネーから多額の寄付をしたそうです。金額は誰にも教えてくれませんでしたが、被災地の方々の役に立ったなら、娘としても嬉しいです。

……などど、父は奥行き深い人だったので、思い出話を書き始めるときりがありません。
父が若い頃は、日常会話に不自由ない程度には英語が話せる人だった…などとは、ここ数年に知ったことでもあります。

で、
父が15日に亡くなり、4日ほど経ちましたが、私はまだ泣いていないし、あまり悲しいとも思わないんですよね。
父にはもちろんですが、あれこれと手を尽くしてくれた姉にも、言い尽くせないほどに感謝の気持でいっぱいです。
今はその気持ちが強いです。
私は去年の初頭に「私の出来ることが、ちゃんと出来ますように。」と誓いを立てたものの、私の出来た事は姉の100分の1どころか、1000分の1にも及びませんでした。
細やかに父の世話をする姉の姿は神々しくさえ見えました。
姉もまた、通夜でも葬儀でも涙を見せませんでした。父を見送るまでに「出来る事はすべてやった」という、ある種の達成感のあと、疲れと悲しみが来るのは今後なのかもしれません。

さて、この場に少し相応しいお話をするとして。

この1月は、手元に観劇のチケットが3枚あって、そのうちの2枚が「フランケンシュタイン」、1枚は「シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ」でした。
父が逝ったのが「シャボン玉」の観劇日でしたから、これは空席になりました。
噂にきく名作で、しかも久しぶりに観る井上芳雄さんご出演の舞台を、とても楽しみにしていましたが仕方ありません。

両親の老いを強く感じるようになってからの、ここ10年ほど、半年前、三ヶ月前、一ヶ月前の舞台でさえ、チケットを買う際に「この舞台が無事に観られますように」と祈らずにはいられませんでした。私にはまだ母がいるので、その日々は続きます。

劇場の椅子に座れるのは、「健康であること、好きなものに費やすお金があること、自分のための自由な時間を持てること、楽しむ心の余裕があること」と、前に書きましたが、
「他に優先すべきものが無いということ」でもあります。
今はただ、それを胸に刻んでおきたいと思います。

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