◇、「近代化。」という名の『制度』の見直し
『制度』というものを、とかく恒久的なものと、思い込みがちです。 だが、ローマ帝国のような、大帝国でも、いつかは、滅びるように、国家でも社会の仕組みであれ、いつかは崩されて、新しい『制度』にとって代わられるものなのです。
私たちが、今日住んでいる国や社会の『制度』とは、何か? 一口に行って、それは、民主主義をベースに『合理』主義と『技術』主義とを、「2本柱。」として構築されている『制度』であると言えます。
今日の制度を「現代化。」と言わず、「近代化。」と言っているのは、近代以前の社会(たとえば、『中世』の社会)との対比で、「近代化。」と言っているわけです。
そして、今日の問題は、この極めてイキの長い(歴史的にいって、ルネッサンス、宗教改革頃から徐々に培われ、フランス革命、産業革命によって、一気に表面化されてから、かれこれ、400年―たかだか)「近代化。」という名の制度を改めて見直し、考え直すことであります。
つまり、「現代化。」とすることですが、革命のようにラディカルな、表面的な力でなく、人々の良識と知恵と反省によって、徐々に「マイルドな形。」で実現して行くことです。