チャンネル桜・瓦版:世論(多数意見)の真逆(少数意見)がほとんど正しい・西村浩一ブログ

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 世界『最強』の辺境国・日本が、新しい経済覇権国となる:チャンネル桜・瓦版

2016-06-19 05:00:53 | 日本語が世界の公用語になる
   <世界『最強』の「辺境国。」日本が、新しい経済覇権国となる>

 友人の土谷氏、栃谷氏などが「日本は、エリート教育がなっていない。」と言っています。

 このことに対して、前回のブログで《 日本社会の特徴として、非常に平等化圧力が高い社会であるといえます。

 いちばん重要なポイントとして、『知的エリート』と『大衆』との間に『知的能力格差』がないことであります。 

 むしろ、「知的エリート。」が、知的エリートとして機能しない社会は『良い』ことずくめなのであります… 》

 と述べましたが、以下を続けてみます…。

 《 本当は、危機が深刻であればあるほど解決策の選択肢をあらかじめ狭い範囲に絞り込むべきではありません。

 しかし、アメリカのエリートがだいすきな「正しい戦略の追求。」というのは、正にそういう『絞り込みの発想』なのであります。

 危機が起きたとき、「状況に押し流されて、みんなで右往左往してればよい。」とするスタンスは、一見あまりにも『格好』が悪く、何の解決策にもなっていないように思えます。 

だが、あらゆる「先入観による断定。」を避け、ある程度流れに身をまかせながら最も『抵抗』の少ない方策をとるのは、狭い視野の『戦略思考』より、はるかに現実的な可決策であります。 

 危機が深刻であればあるほど、意志決定を『分散』させて、誰かが「正解に、たどり着く。」ことを『期待』することであります。

 これは、市場経済が統制経済より『効率的』であることを認める人間(ハイエク)なら、誰でも同意するはずの『対応』策であります。

 ところが、知的エリートの『エゴ』が肥大化した中心国では、この当然の対応策は『指導的』立場にいる人間が、実は無力・『無能』であることを暴露してしまうので、徹底的に批判されてしまいます。

 自信過剰の知的エリートたちが牛耳っている中心国では、「そんな格好の悪いことできない。」というだけのことなのであります。

 だが、エリート自体が『劣等感』に苛まれ続け散る「辺境国。」(日本)は、『成り行き』次第で、そういう『懐の深い』(器の大きい)解決策を堂々と採用してしまうのであります。

 だから「辺境国。」は、深刻な金融危機も、長期的な世界不況も基本的には恐れる必要がないのであります。

 むしろ危機や不況は、これまでの世界経済覇権国に退場を迫り、いまや世界『最強』の「辺境国。」である日本を、新しい経済覇権国に押し上げるのであります。  (バンザ~イ!!)

 日本語が、世界の「共通語。」:チャンネル桜・瓦版、ヨガ;「少食・断食。」は万病を治す妙法である

2016-05-07 19:16:28 | 日本語が世界の公用語になる
   <日本語が、世界の「通用語。」になる>

 日本語が世界でも特別なものなのだということを体感して、やっぱり日本語ってすごいんだなあと思いました。

 良くは分からないけれど、日本語の様に表意文字の漢字(真名)と表音文字の仮名文字(しかも平仮名と片仮名)を発明して組み合わせて使う言語というのは、世界に他にあるのでしょうか?

 やっぱり、英語は単純で、衰退することになるのだと思いました。

 歴史を振り返ってみると、ヨーロッパの共通語は、ギリシャ語からラテン語になり、さらにそのラテン語がウェストファリファ条約(三十年戦争)以降、『一瞬』にしてフランス語にとってかわられ、そのフランス語も第二次世界大戦後は英語に席を譲りつつあります。

 そして英語自身も世界の各地で現地語化を始めています。          
 
 アメリカ英語や黒人英語に加えてピジン・イングリッシュ(アジア・アフリカ)とかシングリッシュ(シンガポール)とかで、いずれ純粋の英語を話す人は、イングランドの一部の人だけになるだろうという学者もいます。
 
 『日本食』は世界中でブームになっているし、アメリカやヨーロッパ、中国で現地の人たちが『日本語』の歌を、熱唱する光景も不思議ではなくなっています。

 言語は、世界のその時の覇権を握った国の言葉が、『世界の公用語』になります。

 そして「日本が、世界の覇権国になる。」という意見に『賛成』しています…。




 ぐらつくユニクロ神話:チャンネル桜・瓦版、朝日廃刊のためのポスティングは杉並に継続中

2015-11-28 07:32:09 | 日本語が世界の公用語になる

    <ぐらつくユニクロ神話、最高益でも日米に死角?>

 英語を社内公用語にしている会社は『倒壊』という「思い込み。」があり、5年前から、サムスン・楽天・ソフトバンクと共に「ユニクロ。」を目の敵にしてきたが、「ユニクロ神話。」とも言われる急成長に陰りが見え始めていますよ。

 10月8日に発表した2015年8月期の連結決算は、営業利益が会社予想を350億円以上も下回り、翌日の株価は10%下落して、時価総額は5000億円も吹っ飛びました…。

 原因は、国内事業が『軟調』に転じたことと、米国の赤字幅が「想定外。」だったことであります。

 国内は、夏以降の販売不振が原因で、6~8月期の既存店売り上げ高は、前年同期比4.5%減と「急失速。」でありますよ…!

 ユニクロは円安による原価上昇を理由に、約2割の秋冬商品を平均1割値上げするため、5000円以上のジーンズや7000円以上のウルトラライトダウン委は、「割高感がある。」との声も上がる。

 実際に客数は『減少』傾向が続いており、客がイメージする“ユニクロ価格”からのかい離は限界に近づきつつありまする…。

 一方、柳井社長が海外で最優先に位置付ける米国は、アパレルの最大市場であり、ユニクロも40店以上を展開すが売れ行き不振が続き、「赤字幅。」は事前の想定より拡大している。

 今後は出店を抑制し、スクラップ・アンド・ビルトで大都市に基幹店を出すといいます…。

 ただ、大都市はブランド向上につながっても家賃が高いため、早期の黒字化は難しい。

 成長中の中国も景気減速の足音が聞こえる中、先行きの不安を打ち消せるのか…!?

 ユニクロは、予定通り(私の想定)、岐路に立っているんじゃあ、あ~りませんかね??

 


 「100年に1度。」のチャンス:チャンネル桜・瓦版、余命半年の中国経済

2015-10-27 04:52:33 | 日本語が世界の公用語になる

       <日本経済、「100年に1度。」のチャンス>

 アルフレッド・マーシャルは、「経済学者になるには、冷徹な頭脳と温かい心の両方が必要である。」と教えたと云われています。

 経済学の存在理由は「人々の生活を豊かにすること。」のはずであるのに、目下のところ、経済学は経済学者が「飯を食う。」ための象牙の塔的な学問になってしまっています…。

 しかも現在は、権威のある(?)経済学者が間違った(アベノミクス)経済政策を提唱し、国家がそれを採用してしまっているのです。

 世界の中央銀行も、リーマン・ショックを歴史の教訓として生かすことをせず、とくにFRBは危機のたびに、緩和策を打ち出してきました…。

 そのため投資運用担当者(トレーダー)たちは、過度なリスクを平気で取るようになり、他人の資金で大きなリスクをとり、成功すれば巨額の報酬を手にする一方で、失敗すればFRBや政府が税金で穴埋めしてくれるので大したことはないと見くびっています。

 実際に、FRBが2008年から2011年10月にかけて量的緩和によって金融市場に資金を大量供給(4兆5000億ドル)したのにつづき、日銀が2013年4月から、ECBが2015年3月から量的緩和を開始し、金融市場では資金があふれ返り、現在のリスク資産バブルは世界レベルに拡散しています…。

 さてあるシナリオによれば、12月のある日、ワシントンDCのある場所の密室で世界経済を一変させることが決まり、その数日後のNY株式市場は、8月のパニック以上の暴落に陥るだろうとしています。

 そしてこれは、2016年夏の「想像を絶した大暴落。」の前兆であるというのですがね…!??

 1973年1月の1067ドルから1974年の570ドルの下落を、2015年5月の18000ドルに当てはめると6000ドルという計算になります。

 以後、世界経済は長きに渉る「デフレ期。」となりますが、すでに1991年から20年間の経済調整を『完了』している日本経済にとっては、まさに「100年に1度。」という絶好のチャンスとなるのだろうと考えておりますよ…。

 

 


 <一国一語主義こそ、世界帝国のいしずえ>:チャンネル桜・瓦版、朝日購読中止が日本を救う

2015-01-29 07:21:55 | 日本語が世界の公用語になる

        <一国一語主義こそ、世界帝国のいしずえ>

  世界中の先進国のほとんどが、アメリカ文明の亜流に留まっている中で、日本だけが、独自の文明類型を維持していることは、疑う余地のない事実であります。

  鉄道が、大量交通機関として機能しているか、いないかを見ただけでも、日本が欧米社会とは、まったく違った『文明類型』に属することは、明白であります。

  もうひとつの、日本が、独自の世界文明を築いた中心国である証拠は、外国および外国語への、ほとんど完璧な無関心であります。

 日本から、海外に出掛ける人の比率は、アメリカ(20%)よりも低く、8カ国(英国115%、ドイツ95%、カナダ70%、ニュージーランド40%など)で、最低の14%でした。

  また、長年にわたる、中学校からの英語教育にもかかわらず、日本人の英語習得力は、お世辞にも高いとはいえない。

  これは、当然すぎるほど当然のことなのです。

 日本に生まれ落ちた人間は、外国語を、ひとこともしゃべれず、読むことさえできなくとも、高等教育の卒業証書を取るのに、ほとんど不自由はないし、国際情勢について完全な無関心を貫いても、日常生活に支障をきたすことはありません。

  外村直彦が、『脱欧入近代』で引用している、英語の実用性に関する試算は、非常に面白い。

  『…平均的な日本人が、一生のうち、海外で過ごす日数は、たった70日という計算になる。 しかも、韓国や中国という英語圏でない国を含めてである。 

  たった70日のために、なぜそこまで必死になって、英語を話せるようになりたいのか?』 

  聡明な日本の大衆は、この事実を知っている。 おそらく、世界中で、大学教育の主要分野を、自国語だけ分かれば、受講できるようになっているのは、英語圏と日本だけでありましょう。