<文明が、依拠する価値について>
アメリカ文明は、『善』という価値に立っている。
アメリカ文明に反するものは、『悪』の烙印が、押される。
アメリカが、『悪』を罰するために行う、報復の軍事行動に異論があるのは、「アメリカの『善』は、独善だ。」という、危惧と結びついている。
そこで、文明が、依拠する価値について、一考してみましょう…。
『原罪』は、キリスト教の根幹をなすものである。
それは、人間の本質は、『性悪』であるという意識であります。
この意識に、『善』と『悪』という、「二分法。」が、根ざしている。
善と、同じレベルにある価値をあげよう。*
「真・善・美。」と並べられる。
善のほかに、真と美がある。
善には、悪という負の価値が、対応する。
真には、疑、美には、醜という負の価値が、対応する。
イスラム原理主義者は、神(アッラー)の真理に、立脚する。
神の真理を信じない邪教徒には、神罰が下る。
アッラーの名のもとに、邪教徒に『天誅』を加えるという行為が、正当化される。
彼らが、よって立つ『価値』は、善や美ではなく、『真』である。
「真・善・美のどれが、大切か?」という問いは、『愚問』であろう。
いずれも、大切である。
しかし、力点の置きようがある。
あえていえば、21世紀の文明が、よって立つべき価値は、真や善にも増して『美』ではないか?と思う。
それには、理由がある。
第1に、『歴史』的理由である。
西洋社会における、価値の力点が、真→善→美、と移ってきたと、いえるのである。
まず、近代初期には、『真』に力点があった。
17世紀が、「科学革命の時代。」と言われることを思い起こすだけで、それは、明らかであろう。
科学にとって、大切なのは、倫理的な価値や美学的な価値ではなく、『真理』である。
科学は、呪術や迷信を、『偽』として、キッパリと退け、唯1の『真理』に立脚する。
17世紀に、真理探究が、ヨーロッパに運動として、起こったのには、ルネッサンスの前史がある。
ルネッサンスの原型は、伊藤俊太郎氏の『12世紀ルネッサンス』が、論証しているように、「『アラビア』科学の翻訳と導入。」である。
アッラーへの信仰が、『真理』への、探究をおし進め、アラビア科学を生み落したことは、うたがいない。
それを、受容した、キリスト教圏でも、類似のできごとが、おこった。
中世は、キリスト教神学の、支配した世界であった。
キリスト教徒は、『聖書』に説かれる、神の真理を、素直にうけとめていた。
しかし、キリスト教徒は、ルネッサンスを経たことによって、ギリシャ哲学が、そうであったように、人間を、「等身大。」で、理解する『理性』に、めざめた。
西洋のキリスト教徒は、ギリシャの哲学者が、そうしたように、神の摂理を人間の理性で、捉えようとした。
神の『摂理』への信仰が、自然界に働く真理を、『解明』する、情熱になったといって、よいだろう。
少し、大胆な言い方をすれば、アラビア科学は、アッラー信仰の形を、変えたものであるように、ヨーロッパの「近代自然科学。」は、中世『神学』が、形を変えたものである。
科学は、キリスト教の神学の『伝統』の中から、生まれたものである。
ガリレオやニュートンは、その代表である。
ニュートンが、『プリンキピア』で論じた「絶対空間と絶対時間。」は、『神』の言いかえ、「万有引力。」の法則は、神の『摂理』の言いかえであろう。
科学法則は、『応用』ができる。
科学が、「技術と結び。」ついて、18世紀末に、産業革命がはじまった。
その結果、はやくも19世紀にはいると、機械技術を、「悪の権化。」として、機械を打ち壊す「ラッダイト運動。」が、起こった。
機械打ちこわし運動は、イングランド中・北部で、とくに激しく、1810年に頂点に達した。
もはや、技術が、科学的真理にもとづいているかどうかは、二の次になった。
科学技術の成果として、巨大な富をもつ、有産者と無一物の無産者との間に、『格差』が生まれた。
科学技術の成果である、富をめぐる争いが、社会問題になったのである。
その争いで、『依拠』されたのは、『道徳』規範である。
自由と平等のどちらが『善』か、という争いである。
資本家階級は、富を追求する『自由』をもって、善とした。
一方、マルクスは、有産の資本家階級を糾弾し、無産者による『暴力』革命を、正当化した。
共産主義は、『平等』をもって、善とする思想に立っている。
産業革命が、イギリスから欧米各地、そして、日本に、波及していくなかで、同じ争いが普及した。
それは、富を公平に分配する、平等を、『正義』とする人々と、富を獲得する『自由』を、正義とする人々との争いとなり、世界は、次第に2大陣営に分かれていった。
文明社会の価値が、今や、科学的真理にのっとっているか、どうかということよりも、「何が正義。」、ないし、『善』かという問題へと『力点』が、移ったのである。
20世紀には、富の自由な『追求』をイデオロギーとする、自由主義圏と、富の平等な分配をイデオロギーとする、社会主義圏との、2大陣営の争いになった。
イデオロギーという言葉を、日本のマルクス主義者は、「観念諸形態。」と訳したが、司馬遼太郎氏は、それを「正義の体系。」と言いかえていた。
自由をもって、正義の体系と信じる集団と、平等をもって、正義の体系と信じる集団とに分かれたのである。
「正義の体系。」(イデオロギー)とは、『独善』と言いかえられるだろう。
20世紀後半の『冷戦』は、2つの「『独善』の闘争。」であったと、総括しうる。