チャンネル桜・瓦版:世論(多数意見)の真逆(少数意見)がほとんど正しい・西村浩一ブログ

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 文明が、依拠する価値について:正岡子規、”牛乳信仰”が骨をもろくし、カリエスは悪化した

2016-08-20 20:15:11 | 近代・自我・技術・合理・理性主義を疑う

   <文明が、依拠する価値について>

 アメリカ文明は、『善』という価値に立っている。

 アメリカ文明に反するものは、『悪』の烙印が、押される。

 アメリカが、『悪』を罰するために行う、報復の軍事行動に異論があるのは、「アメリカの『善』は、独善だ。」という、危惧と結びついている。

 そこで、文明が、依拠する価値について、一考してみましょう…。

 『原罪』は、キリスト教の根幹をなすものである。

 それは、人間の本質は、『性悪』であるという意識であります。

 この意識に、『善』と『悪』という、「二分法。」が、根ざしている。 

 善と、同じレベルにある価値をあげよう。*

 「真・善・美。」と並べられる。

 善のほかに、真と美がある。

 善には、悪という負の価値が、対応する。

 真には、疑、美には、醜という負の価値が、対応する。

 イスラム原理主義者は、神(アッラー)の真理に、立脚する。

 神の真理を信じない邪教徒には、神罰が下る。

 アッラーの名のもとに、邪教徒に『天誅』を加えるという行為が、正当化される。

 彼らが、よって立つ『価値』は、善や美ではなく、『真』である。

 「真・善・美のどれが、大切か?」という問いは、『愚問』であろう。

 いずれも、大切である。 

しかし、力点の置きようがある。

 あえていえば、21世紀の文明が、よって立つべき価値は、真や善にも増して『美』ではないか?と思う。 

 それには、理由がある。

 第1に、『歴史』的理由である。

 西洋社会における、価値の力点が、真→善→美、と移ってきたと、いえるのである。

 まず、近代初期には、『真』に力点があった。

 17世紀が、「科学革命の時代。」と言われることを思い起こすだけで、それは、明らかであろう。

 科学にとって、大切なのは、倫理的な価値や美学的な価値ではなく、『真理』である。

 科学は、呪術や迷信を、『偽』として、キッパリと退け、唯1の『真理』に立脚する。

 17世紀に、真理探究が、ヨーロッパに運動として、起こったのには、ルネッサンスの前史がある。

 ルネッサンスの原型は、伊藤俊太郎氏の『12世紀ルネッサンス』が、論証しているように、「『アラビア』科学の翻訳と導入。」である。

 アッラーへの信仰が、『真理』への、探究をおし進め、アラビア科学を生み落したことは、うたがいない。

 それを、受容した、キリスト教圏でも、類似のできごとが、おこった。 

 中世は、キリスト教神学の、支配した世界であった。

 キリスト教徒は、『聖書』に説かれる、神の真理を、素直にうけとめていた。

 しかし、キリスト教徒は、ルネッサンスを経たことによって、ギリシャ哲学が、そうであったように、人間を、「等身大。」で、理解する『理性』に、めざめた。

 西洋のキリスト教徒は、ギリシャの哲学者が、そうしたように、神の摂理を人間の理性で、捉えようとした。

 神の『摂理』への信仰が、自然界に働く真理を、『解明』する、情熱になったといって、よいだろう。

 少し、大胆な言い方をすれば、アラビア科学は、アッラー信仰の形を、変えたものであるように、ヨーロッパの「近代自然科学。」は、中世『神学』が、形を変えたものである。

 科学は、キリスト教の神学の『伝統』の中から、生まれたものである。 

 ガリレオやニュートンは、その代表である。

 ニュートンが、『プリンキピア』で論じた「絶対空間と絶対時間。」は、『神』の言いかえ、「万有引力。」の法則は、神の『摂理』の言いかえであろう。 

 科学法則は、『応用』ができる。

 科学が、「技術と結び。」ついて、18世紀末に、産業革命がはじまった。

 その結果、はやくも19世紀にはいると、機械技術を、「悪の権化。」として、機械を打ち壊す「ラッダイト運動。」が、起こった。

 機械打ちこわし運動は、イングランド中・北部で、とくに激しく、1810年に頂点に達した。

 もはや、技術が、科学的真理にもとづいているかどうかは、二の次になった。 

科学技術の成果として、巨大な富をもつ、有産者と無一物の無産者との間に、『格差』が生まれた。

 科学技術の成果である、富をめぐる争いが、社会問題になったのである。 

 その争いで、『依拠』されたのは、『道徳』規範である。

 自由と平等のどちらが『善』か、という争いである。

 資本家階級は、富を追求する『自由』をもって、善とした。

 一方、マルクスは、有産の資本家階級を糾弾し、無産者による『暴力』革命を、正当化した。

 共産主義は、『平等』をもって、善とする思想に立っている。

 産業革命が、イギリスから欧米各地、そして、日本に、波及していくなかで、同じ争いが普及した。

 それは、富を公平に分配する、平等を、『正義』とする人々と、富を獲得する『自由』を、正義とする人々との争いとなり、世界は、次第に2大陣営に分かれていった。

 文明社会の価値が、今や、科学的真理にのっとっているか、どうかということよりも、「何が正義。」、ないし、『善』かという問題へと『力点』が、移ったのである。

 20世紀には、富の自由な『追求』をイデオロギーとする、自由主義圏と、富の平等な分配をイデオロギーとする、社会主義圏との、2大陣営の争いになった。 

イデオロギーという言葉を、日本のマルクス主義者は、「観念諸形態。」と訳したが、司馬遼太郎氏は、それを「正義の体系。」と言いかえていた。

 自由をもって、正義の体系と信じる集団と、平等をもって、正義の体系と信じる集団とに分かれたのである。

 「正義の体系。」(イデオロギー)とは、『独善』と言いかえられるだろう。 

 20世紀後半の『冷戦』は、2つの「『独善』の闘争。」であったと、総括しうる。

 

 


 ポスト・近代は、真の『庶民社会』:樺山都議自殺に追い込視、小池いじめの都議会ドン内田茂

2016-07-18 12:55:44 | 近代・自我・技術・合理・理性主義を疑う
   <ポスト・近代(真の(『庶民社会』)、飽食の日本は、没落するのか?>

 ジャマイカからの留学生は、「豊かになりすぎた欧州的社会保障制度が、若者から『ハングリー精神』を奪っている。」と指摘したのだそうであります。 

 このジャマイカ人女子学生の指摘に皆が、「もっとも。」と頷いたとき、フィンランドからの留学生が異議を唱えました。

 「福祉制度が充実している北欧の人間として、一言反論させてもらうと、人間は豊かになったら『ハングリー』精神を忘れ、イノベーションへの執着をなくす、という解釈は単純すぎる。

 われわれは、豊かになったからこそ、社会のために『役立とう』(その人のもつポテンシャル・運命を)と、新たなイノベーションを追求するのではなかろうか?」との意見でした。

 そう、それが、『ソーシャル・イノベーション』だというのであります。

           




 進歩主義:チャンネル桜・瓦版

2016-06-17 00:39:45 | 近代・自我・技術・合理・理性主義を疑う
     <進歩主義>

 「進歩主義。」とは、「新しい変化の系列が必ずよき事態につながる。」と信仰する立場のことである。

 いわゆる情報化社会の展開に伴って、民衆は技術的知識や平等的観念に染まっていく。

 知識人の大衆化につれて、民衆も知識化し、その知識化の結果として民衆が大衆化する。

 また知識の大衆化(知識からの『価値』の剥落)を一向に懸念しないという意味で、現代の知識人の正統は大衆化路線を直走っているのである。

 20世紀後半、産業社会が情報社会へと変貌しつつ拡大するにつれ、また民主社会が(価値の)多元社会へと進展するに伴い、社会を覆うのは一様化ではなく「多様化。」であると認識されるに至っています…。


 欧米・『近代』文明の終焉:チャンネル桜・瓦版、18時間の食休みが必要、朝食を抜けば健康になる!

2016-05-06 16:14:10 | 近代・自我・技術・合理・理性主義を疑う

    <欧米・『近代』文明の衰退; 近代の終焉>

 まず、欧米・『近代』文明というのは、18世紀後半、イギリスにおいて、産業革命が始まってからの、たかだか200~300年しか、経っていないものであります。 つまり、1765年に、ワット(英)が、蒸気機関を改良したことなどから、イギリスにおいて、産業の発展が、始まりました。

 しかし、その英国において、初めて、リヴァプール・マンチェスター間に、本格的な鉄道が、開通したのは、1830年でありました。

 1871(明4)~73(明6)年の2年間、岩倉具視を全権大使とし、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文などの、明治のリーダーを含む、総勢50名の欧米視察団の西洋見聞録として、久米邦武編『特命全権大使・米欧会見実記』があります。

 この『実記』の中で、「欧州が、今日の富庶をみるのは、1800年以後のことにて、著しく、この景象を生ぜしは、僅に、『40年』にすぎざるなり…。」と、ヨーロッパ都市工業の発展は、最近のことであると、発見したのであります。

 イギリスと日本との時間差は、「僅かに40年。」で、追いつけると確信したのであります。 実際、リヴァプール・マンチェスター間に、鉄道が、開通したのは、1830年で、それは、使節・訪英期の『40』年余り前であり、それ以外の鉄道は、それ以後に建設されたものでした。

 実際、日本は、『富国強兵』策により、急速に近代化を進め、1894(明27)年の日清戦争、1904(明37)年の日露戦争に勝利するまでの、工業化に成功しました。 

 ところで、欧米・『近代』文明の「仕組み。」というのは、以前に、述べたように、1つは、「新市場開拓。」(民主化という名の侵略)という、「二ューフロンティアの拡大。」であります。

 そして、2つ目は、コロンブスの「不等価交換。」(「安く買って、高く売る」によって、利潤を得る。)とも言える、『原料安』(原油1バーレル=1~2ドル)で、「工業『製品』を、高く売る。」という、「システム。」で、成長・拡大を続けました。

 ところが、1973年の第1次石油ショックにより、『資源高騰』が始まり、1974年・ベトナム戦争の敗退により、「武力を背景にした、海外市場の開拓。」が終了しました。

 これにより、『近代化』を支えてきた、「ニューフロンティアの拡大。」と「資源を安く買って、工業製品を『高く』売る。」という、“先進国の儲かる、『仕組み』”が、『壊れ』始めたのであります。

 技術にハマる、精神の幼稚症:チャンネル桜・瓦版、「クスリ漬け。」は認知症をつくる

2015-10-17 19:00:08 | 近代・自我・技術・合理・理性主義を疑う

    <技術にハマる、精神の幼稚症>

 そもそも技術(テクノロジー)とは何かと定義すれば、パターン化・システム化されてフォーム(形式)のイン(中)に収まったものとしてのインフォメーション(情報)を、物質に適用して製品化したものです。

 古代ギリシャでは、「生活の知恵。」に属する類の経験知のことを含めて、テクネー(技能)と呼んでいた、 しかし、それにロジ―がつくと、ロジック(論理)だから、生活と離れた、科学やシステムや情報やパターン認識というふうに無用に『突出』したものを、我々はテクノロジーと言っているだけです。

 定義上、一定の教育水準に達してさえいれば誰でもできるもの、それがパターン化された『情報』が『技術』だとします。

 技術に熱狂したり、世論という凡庸なるものに国民が熱狂して取り付いていく19世紀前半のアメリカを見聞したアレクシ・ド・トクヴィルが、その様子を指してサトゥルネスつまり「繊細の精神。」の不足と評した。

 「世論と技術。」の国・アメリカには、繊細の精神がない。

 凡庸な世論と型通りの技術にのめり込んで繊細の精神を失っていくんだと…。 

 そんなアメリカに、日本は大東亜戦争で敗れ、アメリカに魂を奪われた。

 その見事な現れが、日本の技術主義なわけです。

 すると、技術主義を疑うことを知らず、1002の精神を書いたアメリカにに対して日本の半導体技術がなければ、お前ら困るだろうと、あろうことか技術主義を振りかざしてNOと言う、などというのは相当なインチキな話しなわけです。