あしたのたね育てていますか、ブログ「アシタネ」

未来への不安もあるけれど、夢や希望のタネを見つけ育てていきたい・・・。
日常の出来事や感じたことなどを発信しています。

近代化遺産として高い評価を受ける「筑後川昇開橋」は、動態保存の形で残されています。

2011年10月31日 06時49分57秒 | 日本の橋、世界の橋



福岡県の筑紫平野を流れて有明海へ注ぐ九州最大の河川である筑後川。その河口付近に本の塔を持つ独特な形の橋梁が架かっています。佐賀駅(佐賀県)と瀬高駅(福岡県)を結ぶ国鉄佐賀線の橋として1935(昭和)年に竣工した筑後川昇開橋は、その名の通り中央の橋桁がエレベーターのように上下に動くのです。



筑後川昇開橋も1987(昭和62)年の佐賀線廃止に伴い撤去が検討されましたが、筑後川両岸の地元から出た保存要請を受けて、可動する機能を維持した動態保存の形で残されました。解体を免れた可動橋は、2003(平成15)年には国の重要文化財に、2007(平成19)年には機械学会の機械遺産に指定されるなど、近代化遺産として高い評価を受けています。老朽化が懸念されていましたが、2009(平成21)年から大規模改修工事が行われました。



河口付近のため川幅が広く、橋の全長はmあります。可動するのは中心部の橋桁1スパンで長さm、重さt。両側の塔の高さはmで、橋桁はmの高さまで上昇します。☆写真提供:(社)佐賀県観光連盟

(感想)

夕焼けに映える橋のシルエット。この美しい眺めは橋のファンのみならず、多くの人の感動を誘います。たくさんの方に足を運んでいただき、地域の活性化へとつながればと思っています。
昭和初期には、たくさんの橋が誕生しました。現在も残っている土木遺産はすべて、素晴らしい先人の技術と想いの結晶だと思います。技術とデザインのマッチした工業製品・構造物は永く世に残っていくと思います。

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大迫力の映像とサウンド。「3D三銃士」と「猿の惑星;創世記」

2011年10月30日 22時28分41秒 | ある日の出来事
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最近は、仕事も忙しく眠りに帰るだけの毎日。今日は気分転換に映画を観に、シネマコンプレックスのあるショッピングモールへ行った。
雨天の日曜日ということもあり、11時には駐車場は混み合っていた。観た映画は、「3D三銃士」と「猿の惑星;創世記」の本。
猿の惑星;創世記」ハラハラドキドキのエンターテイメント映画。猿の惑星は1968年に観たけれど、ラストシーンは衝撃的だった。テレビCMでも流れていたので、ぜひ観たいと思っていた。この映画では進化した猿は、人間の科学技術とエゴが作り出したという設定になっているが、痴呆に向かう父親と息子。利益を追求する企業や人。あり得るような話で人類への警鐘だとも感じた。

久しぶりの映画館は、音響と映像技術に吃驚。進化を続けているなぁ・・・。空気が揺れる感じのサウンドと美しい映像で映画の素晴らしさを痛感。遊園地のローラーコースターで楽しんでいるような娯楽映画だった

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午後3時半過ぎには、「3D三銃士」古きフランスの風景や騎士道の世界を感じた映画。3Dの迫力を楽しむことができた。主人公のダルタニアン(ローガン・ラーマン)。キュートで、これから人気が出そうな予感。悪役ヒロインとして出演したジョボビッチもはまり役だった。
大迫力のスクリーンと音響に久しぶりに楽しめた

夕方からは、得意先のホンダロックの秋祭りに参加。素晴らしいステージや花火にこれまた感動!
企業の社会貢献というけれど、一企業がここまで社員や地域のために頑張れるのか・・と思うと、創業者の本田宗一郎の存在を改めて偉大だと感じた祭だった。映画も感じたこと「人がすべて」なのだそう自分がどう生きるか・・。社会のために自分のために・・。



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旅の思い出を綴った「フォトブック」完成。

2011年10月28日 06時14分51秒 | 家族・仲間の話題
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母との旅の思い出を残したいと作成した「フォトブック」が完成。先日、母の誕生日にプレゼントしました。
インターネット経由で注文するとさまさまな機能が使えるとのことで、始めてチャレンジ
専用のソフトでわかりやすく、しかもワードをつかう感覚で、とても使いやすかった
このフォトブックは、製本形式やタイプ、背景の色が選べ、各ページには何枚でも掲載可能で、キャプションのサイズや書体・文字数も選べます。しかも1,500円と安価

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ちなみにサイズは、152mm×152mm。20ページ構成(最大55ページまで可能だとか・・)他にもいくつかのフォトブックパターンがありましたが、本格的なフォト本(卒業アルバムタイプ)には、こころ惹かれました
表紙のタイトルはサービスには入っていないため、テプラを利用。メッセージは、パソコンの宛名シールを使いアルバムに貼付しました。
こんなに便利なサービスがあるなんて・・ちょっと感動!必要は発明の母・・とはオーバーだけど、改めて何かにチャレンジすることの楽しさを感じました
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母とは、5歳の時に離れ離れに、そして28歳の時に再会。それからすこしづつ距離も縮まって・・
いつもそばにいない分、できる限りのことはしてあげたい

こんな風に思えるようになったのは、子どももある程度手が離れた今だからできることだとも思う。
先ずは年に一度の旅行からスタートしてみたい・・・
ところで、自分達の時代(高齢になった時)には、どうなんだろうね・・。同世代の仲間も同じ不安等抱えているのは?。まずは目の前のことをしっかりやろう




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毎年、名島橋まつりが行われる博多の名橋。昭和8年に架けられた橋には、現在1日約6万台の車が走っていま

2011年10月25日 06時59分07秒 | 日本の橋、世界の橋



昭和初期、名島水上飛行場設置に伴う道路整備の一環として多々良川に架橋された、7つのアーチを描く鉄筋コンクリート橋
全長204m、全幅24m。



毎年月の第一日曜日に開催されている「福岡国際マラソン大会」では、35km地点が名島橋付近にあたり、レースのデッドヒートの名所となっています。2010年名島橋は完成から年。人間の年齢でいう「喜寿」を盛大に祝ったそうです。



現在のような車社会を予想し得なかった昭和初期、両側の幅2.5mの歩道を含み幅員が24.0m(片側3車線)ある名島橋が建設されましたことに、謎とロマンを感じます。その理由につの説が上げられています。くわしくは>>>こちら



2004年(平成16年)10月には社団法人土木学会より土木学会選奨土木遺産に認定されました。



(清掃活動)
平成6年から、名島商工連合会の方々が名島橋の清掃活動を始められました。やがて、自治連合会や校区内の参加希望者の方々を加え、名島校区全体で国道号のゴミ拾いや草花のプランター設置などを行う美化運動にまで発展しました。



(兄弟縁組みした萬代橋(新潟県)

新潟・信濃川にかかる「萬代橋」は、鉄筋コンクリートアーチ式で、名島橋の兄弟かと思えるほどよく似ています。平成6年には名島橋架橋周年を機に、二つの橋の兄弟縁組が成立しました。



(感想)

博多の玄関口に位置する名島橋は、その美しさとともに強さも備えた名橋。地域の宝ものだと思います。
架橋年のお祝いにはぜひ参加したいと思います。←気が早い・・元気で頑張らなくてはヾ(^ω^*)

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歴史遺産訪問 03(本谷昭和橋)

2011年10月23日 16時27分13秒 | 宮崎の宝モノあれこれ

地域住民に愛される「本谷昭和橋」は昭和2年に架橋。美しい3連めがね橋。



宮崎県日向市富高川上流、本谷地区に架かる秀麗な3連の石橋は、門川町の石工  小山宇太郎によって設計・施工され、多くの住民が作業に加わったそうです。(写真は守田陽子さん撮影)



橋長17.2m、幅員2.8m。現在も現役のめがね橋です。



小山宇太郎は、鹿児島県川内市で石橋づくりの修行したと言われています。



2重に積んだアーチを支える橋脚は細くなっています。橋面を低く保ち、また、偏平なアーチを避けるためにわざわざ3連にしたものと推測されます。要石の上はすぐ橋面となっており、土被りの部分が薄いことも特徴です。(土木遺産in九州のホームページより)



使われている石は、隣の門川町産、阿蘇溶結凝灰岩(門川石)が使われていると言われています。



この地区では、住民達がみんなで「春には菜の花、夏にはひまわり、秋にはコスモスを植えているよ。橋の写真撮るなら、花が綺麗な時期に連絡を入れるよ」とおっしゃっていただきました。地域の宝もののように、話してくださったことが今でも印象に残っています。

(感想)
90年以上も地域の人達に利用されている本谷昭和橋。架橋時にこの本谷地域の方も作業に参加されたことと思います。その子孫達がまた橋をともに生きていることに、地域で生きていくということを改めて考えさせられました。橋や神社が地域の絆のシンボルとして、今後もこの橋が末永く残っていくことを願いながら、橋を後にしました。

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西都原コスモスアートフェスタ2011に出演しました。

2011年10月23日 14時52分31秒 | ライブ情報と報告

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宮崎県西都市で開催中の西都原コスモスアートフェスタ2011に出演しました。このフェスタは、自然の中で障がいのある人、無い人も問わず、芸術・文化活動を発表・鑑賞することで、一人でも多くの人達が心身ともに元気になることを目的としており、その一環として音楽祭も22日と29日の2週にわたり開催されています。

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曲目は、翼をください、どこまでもいこう、月にてらされて、海岸通りと、インド国際子ども村テーマソング「地球が夢見てるPeaceful World」(25年以上前に作詞で参加)以上の曲を美しい青空の下、気持ち良く歌ってきました。

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オープニングは、芸能ステージやヴォーカル・ゴスペル講師を務める菊地真理恵さんのライブ。キレイな声と味のあるボーカルにうっとり聞き入るお客さまたち

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39年ぶりに復活したフォークグループ 座・三羽鴉さん

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ライブでは、菊地真理恵さん、マリエ&ゴスペルカンパニーさん、夢蔵さん、座・三羽鴉さん、meyouさんが出演

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風もないのにゆらゆら揺れる祖谷の蔓橋(いやのかずらばし)

2011年10月22日 05時39分56秒 | 日本の橋、世界の橋



祖谷(いや)の蔓(かずら)橋は、徳島県三好市西祖谷山村にある日本奇橋の一つで、野生のシラクチカズラを編んで作られたものです



橋は長さ45m、幅2m、谷からの高さ14mで 1955年(昭和30年)重要有形民俗文化財となっています。



年に一度、橋の架け替えが行われていますが、材料である太いかずらの調達が、年々困難になってきており細いかずらを撚り合わせて使用しているそうです。



橋床は、橋床の「さな木」と呼ばれる丸太や、割木を荒く編んだだけであり、すき間から川面が見え、一歩踏み出せばギシギシと橋がゆれてスリル満点です。



駐車場の叔母は、近くで人形であったと理解できました。最初は、動かないで変な感じでしたが人形では、うごきませんね。(^-^)/(中野さん談)



事情により姿を消す ことになった昭和初期。当時の池田町長の強い働きかけにより、昭和3年からかずら橋が復活。以後3年ごとに架け替えられています。

(感想)

橋を残していくという作業は、費用的にも技術的にも大変ご苦労の多いものと思います。これからも橋を中心として地域が活性化していくことを願っています。

中野 勇さんから写真の提供いただいています。

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由緒ある家橋(愛媛県指定民俗文化財)近くに坂本龍馬脱藩の道がある

2011年10月19日 06時40分17秒 | 日本の橋、世界の橋



大洲市河辺町には屋根を付けた8つの橋が点在している。
中でも愛媛県有形民俗文化財に指定されている「御幸の橋」は、安永2年に掛けられ、坂本龍馬も脱藩の時に渡ったと言われている。



御幸の橋は、天神社の参道にあって、河辺川にかけられた屋根付きの太鼓橋です。



 明治19(1886)年氏子総代の石浦庄吉が棟梁となって完成したと伝えられています。御幸(神幸)の名や屋根をつけ雨露を防ぐなど、素ぼくな信仰心を表したものと考えられます。



龍馬脱藩の道(河辺村に下りる途中)



(橋上の様子)

橋の規模は、桁行8.3m、梁間3.4m、梁上1.75mで屋根は切妻造、杉皮葺。
なお、桁には雨を防ぐために桁ひさしをつけ、欄干には擬宝珠がつけられて「御幸乃橋」の刻名があります。



御幸(神幸)の案内板。素朴でやさしい文字や素材がいいですね。



(天神社)


☆このページの写真は、山口さんから提供いただいています。
山口さんは、愛媛県宇和島市の魅力などをホームページで情報発信しています。
http://www9.plala.or.jp/uwajima-uwajima/index.html

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母の喜寿祝う旅(パート1)

2011年10月16日 11時22分51秒 | ぶらり旅、日本・海外
10月7日(金)
母が今月、77歳の誕生日を迎える。 母の喜寿のお祝いをしようと連休を利用して母が住む岡山へと旅をした。しかし母には持病をあるため、体調が良ければぜひとも一緒に旅行がしたいと、出発前から願っていた。

(走行記録)
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19:00。仕事を終え、愛媛県八幡浜へと渡る宇和島フェリーを利用するため、大分県の別府港まで勤務先より直接車で向かった。

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フェリーを選んだのは、陸路岡山まで向かうより、時間に無駄無いことだった。途中、3食分の食料を購入。国道を北上した。23:00、別府港に到着。乗船券を予約していた為、5%の割引で購入できた。乗船券を購入する列で、今話題のiPADが500円でレンタルでされているこを知った。無線LANが完備されており、インターネットにつなぎ放題・・時代は変わったな。週刊誌より、情報が早くて便利だ・・。 
最終便出発は23:50。予定通り出港。最終便は、船で泊まることもできるため、船内の枕や毛布も無料で準備されていた。広間のような客室では多くの旅人が思い思いに休んでいた。修学旅行のようで懐かしい・・・。出発一日目、順調な滑り出しだ。
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母の喜寿祝う旅(パート2)

2011年10月16日 11時21分25秒 | ぶらり旅、日本・海外
10月8日(土)
朝4:45起床。デッキにでてみると、もう出発の準備を終えた人達がいる。話し声が耳に入ってきた。
「何回目ですが・・」「5回目です」お遍路さんだ。話を聞いていると、札所までの時間で、健脚を確かめ合っていた。春先は歩きやすく、お遍路さんが多いらしい。歳の頃なら70歳位だろうか・・。重いリックを瀬に歩いていることを想像すると、凄いパワーだと感ぜずにはいられなかった。

今日の予定をパソコンで確認。インターネット接続は船内のWi-Fiを利用。屋外でのネット接続は初体験。便利だぁ。5:52 下船し、八幡浜港を出発。

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薄暗い海岸線沿いを走る・・朝の瀬戸内海は、とても神秘的な色だ。

6:15 愛媛県長浜町に到着。目的は、長浜町の肱川河口には、全国でも珍しい現役の可動橋、長浜大橋(通称赤橋)を見ることだ。
この橋は、鉄でできており、手で触れることのできる橋だ。以前、橋の撤去の話もあったが保存運動により橋は残され、現在は観光の名所にもなっている。

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長浜大橋は1935年(昭和10年)完成。現役の道路可動橋では日本最古で、全長226m、幅5.5m。周囲を散策すること1時間、たくさんの写真を撮り終えた。

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ふと、この町にも「橋の日」ができたらという想いがよぎった。来月には、今年8月に開催した「橋を通じた地域づくりシンポジウム」の報告書が出来上がる。この報告書には、凝縮された橋を核にした町づくりへのノウハウやメッセージが込められてある。長浜町の方に読んでいただけたらいいなぁ~

7:20 いよいよ今治市へ。ここはしまなみ海道のたくさんの橋を渡ることができる。楽しみだ。
途中買い込んだパンで朝食・・。

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9:30 来島海峡大橋が一望できる来島海峡展望館に到着。絶景をカメラに収めた。また架橋技術を紹介したビデオも見ることができた。来島海峡大橋は、来島海峡をまたぎ四国・今治から大島へとつなぐこの橋は世界初の3連吊橋で、完成までに約9年の歳月がかかったそうである。全長は4,105m。

しまなみ海道に架かる橋のうち、この来島海峡大橋と新尾道大橋は週末や祝日にライトアップされるとのこと、今度は夜来てみたいものである。また、橋は、徒歩でも自転車でも渡れ、展望台の近くにある「サンライズ糸山」にてレンタル自転車があるので利用もできるようだ。また、大島では潮流を体験できるツアーもある。

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どうしても橋の下からの力強いアングルの写真が撮りたくて、橋周辺を車で巡る。いくつかの道を回ったが、今ひとつである。途中の道で見かけた造船工場の多いこと。タオルの産地ということは知っていたが、国内の造船の4分の1を生産しており、船舶用の機械や資材を生産する工場が集積していることを後で知った。

次なる目的地、大島にある亀老山展望台へ向かった。この展望台は、亀老山頂上付近にある。標高307.8mの頂上からは360度のパノラマ風景が楽しめた。カップルが多かったのが印象的な場所だった。

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アンカーブロック近くに探していた絶景ポイントがあった。ここは来島海峡第三大橋の真下。そばに歩道橋がかけられたおり、来島海峡大橋までいけるかも・・。予想通り、歩きながらたくさんの橋と風景を撮った。

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橋の大きさと美しさはもちろんのこと、瀬戸内海の島々などの景色を眺めいてたら3時間が過ぎていた。

13:00 大島を出発。伯方島、大三島、多々羅大橋を渡り、広島県生口島にある瀬戸田PAに到着。

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このパーキングエリアからは多々羅橋が一望できる。この橋は、鳥が羽を広げたようなかたちをした橋で、中央径間長(890m)を持つ斜張橋。塔の下の歩道で手を叩くと日光東照宮の鳴き龍のように音が何回にも渡って反響することでも知られている。ここで昼食そしてひとやすみ。

3:30 瀬戸田PAを出発 因島、向島を経由して、尾道へ。瀬戸内海に浮かぶ島々や風景を眺めながら車を走らせた。4:30 福山駅に到着。待ち合わせの時間まで、駅近くにある福山城の散策。

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サンステーションテラス福山と呼ばれる鉄道高架下にある駅ナカショッピングセンター(通称さんすて福山)をひとまわり。そのサンステ福山内を歩いていると、チャン・グンソクのポスター発見ファンである友人にケータイメールでポスター画像を送る。

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そういえば、チャン・グンソクがフェィスブックのファンページを立ち上げた時のこと、3時間で15,000人の登録があった。通常では100人集めるのにかなり余りかかるのに・・これだけの時間で・・熱烈なファン・・素晴らしい *:..。o○☆

時間まで、UCCコーヒーショップ「さんすて福山店」にて本日撮影した写真の整理や旅の記録を書く。店で「和栗カフェ・オレ」を注文。栗の味が利いていておいしいヾ(^ω^*)

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6:15 集合場所は、駅案内所だったが改札口で母を迎えようと、目を皿のようにして見たが見つけることができなかった。写真と思い出の中の母を探すには、難しかったのかもしれない。改札口そばの案内所では母が待っていた。ひさしぶりね・・とお互いの再会を喜んだ。

おしゃれな服に身を包んだ母は、実際よりとても若く見えた。笑顔と厳しそうな目は相変わらずだ。
時折、叱られる・・。相変わらず厳しい母でもある。

その後、さんすて福山で夕食。テーブルを囲んで話が弾んだ。
明日の行き先を、山口県の錦帯橋と秋芳洞に決め、8時過ぎに母をホテルの部屋へと見送った。

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今日も、携帯電話のナビが大活躍。時間の節約が出来た。非常にありがたい。ただ電池の切れが早いことが難点。音声入力でホテル探す、場所を選択、カーナビが起動、画面と音声による目的地への案内。カーナビを使ったことがない私には、驚きの連続である。明日の予定を確認して眠りにつく
余談だが、「目的地へ到着しました。ご苦労さまでした」のアナウンスを何度聞いたことだろう。機械とは言え、旅先での不安な気持ちがいつも癒された。




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母の喜寿祝う旅(パート3)

2011年10月16日 11時19分50秒 | ぶらり旅、日本・海外
10月9日(日) 
5:40分起床 本日の予定再確認。
朝食後 8:00 ホテル出発 中国自動車道を南下、一路 山口県岩国市の錦帯橋へと向かう。

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途中、小谷SAにて休憩。美しい青空。母の写真を撮る。カメラに「美肌効果」モードがあり、その効果をつかって写真を撮るよ・・というと大笑いしてくれた。

11:00 錦帯橋に到着。
大きくて威容な橋。写真では見たことがあるものの、実際に見てみるとそのスケールの大きさに驚く。江戸時代につくられた橋、何百万・何千万もの人達がその威容と架橋技術に舌を巻いたと思うと時空を越えた何かを感じたような気がした。

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錦帯橋は、「てげいっちゃが宮崎の橋」ポスターを4月に製作した際、「橋の日」を実施している橋として掲載させていただいた。ポスターに掲載した橋の写真は、地元カメラマンの筧さんが撮影したもので、今年発行された錦帯橋の記念切手にもつかわれている。ポスターに利用した写真は、他のどの錦帯橋の写真よりも素晴らしいものだった。さて筧さんと言えば、龍馬伝で三吉慎蔵の配役で出ていた筧利夫さんと関係あるのだろうか・・。珍しい名前だから今でも記憶に残っている。

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11:50分 次なる目的地、秋芳洞へと出発。途中、下松PAで昼食。下松牛骨ラーメンを注文。

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(母もおいしいと太鼓判!下松牛骨ラーメン)
2:40 秋吉洞に到着。中学校の修学旅行以来だ。あれから38年。そういえば修学旅行の作文集には、この秋芳洞が一番感動したと書いていたな・・。

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秋吉洞は、言うまでもない我が国が世界に誇る鍾乳洞 スケールの大きさは折り紙付き。気の遠くなるような長い時を経てつくりあげた鍾乳洞の数々。神秘的だ。洞窟内は足下が滑りそうで、母を心配でゆっくり見ることはできなかったが、洞内には随所に見せる仕掛けがしてあり、こころづくしに感激した。

そして16:10出口に到着
入り口までは、5分程度でバスかタクシーを利用することになったいる。最終バスも出た後だったので、タクシーを利用しようと考えたちょうどその時、娘さんとお父さんらしき親子がいたので・・「ご一緒にタクシーに乗りません、割り勘でしたら一人250円ですよ・・」と声をかけた。「よろしくお願いします・・」。母は、「タイミングいいね・・とそれにしても美人だったね・・あの娘さん」。ここで誤解してもらってはいけないので弁解すると・・美人だから声かけたのではなく、2人連れで、合計4人がタクシーに乗れると感じたからなのだ *:..。o○☆ 

その後、お土産を買いにお店に立ち寄る・。夕暮れも迫ってきたので、母と相談し、下関で宿を取ることにした。
5:07 再び中国自動車道を南下し、下関ICで下車。5:20 関門橋を見渡せる「みもすそ川公園」に立ち寄る。

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公園からは、本州と九州をつなぐ橋「関門橋」が一望できる。この橋は1973年に完成、3径間の吊り橋。関門海峡は大型船舶も航行する重要航路であることから、桁下から海面までは61mの高さがある。

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橋は、見る位置によって、その威容が変わる。この公園での橋の風景は素晴らしいのひとことに尽きる。思わずシャッターをたくさん切った。天気がよければもっといいのに・・次回を楽しみにしたい。

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5:50 亀の井ホテル山口下関店へ到着。食事までの間を利用して、ギター片手に母へのミニライブ。 とても喜んでくれた。声量があるね、本職みたい・・と言ってくれた。いいこと言うねぇ~。母の目から一筋の涙・・今も忘れない。 
6:45より食事・・。その後、母を部屋まで見送り、一日のまとめをする。

思い起こせば車の中で母の話、11時間余りでたくさんの話を聞いた。母の祖父母のこと、両親のこと、学校のこと・・働き始めのこと、結婚、そして現在の様子まで、じっくり聞かせてもらった。今度の旅行では車を選んでよかった。今度は出雲大社や京都に行こうと話した。そして元気なうちにね・・・母はそう付け加えた。

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(下松SAからみた青空)




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母の喜寿祝う旅(パート4)

2011年10月16日 11時18分25秒 | ぶらり旅、日本・海外
10日(月)
最終日というこもあり気分が冴えて・・2:30 目が覚める。前日から撮影した写真の整理や旅日記をまとめた。
食事後8:00ホテルを出発。前日立ち寄った、みもすそ川公園にて記念撮影

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この公園は源平合戦の最後の舞台となった壇ノ浦に面し、国道9号と関門海峡に挟まれている。幕末の下関戦争時に活躍した長州藩の砲台跡や壇ノ浦古戦場址碑、源義経と平知盛像や、NHK大河ドラマ『義経』出演者の銅板手形(滝沢秀明(源義経役)、中越典子(建礼門院徳子役)、小泉孝太郎(平資盛役)、松坂慶子(二位尼役)の手形)や松本清張文学碑などがある。前日にも立ち寄ったが、関門橋と関門海峡の潮流が見られる、素晴らしい場所だ。

関門海峡を眺めていると、近くにいた方が「太陽の光が海面に伸びた時、船が差し掛かる時に良い写真が撮れますよ・・」とアドバイスしてくださった。ありがたいなぁ~。そのひとことに優しい気持ちになれた。この「みもすそ川」は現在、国道下に流れており、見ることはできないが、設置された橋がその名残を教えてくれた。

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この場所はまた、安徳帝御入水之処碑があり、二位尼による辞世「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」が刻まれる。平家の敗北は決定的となり、今はこれまでと、二位の尼 (平清盛の妻)は、孫の 安徳天皇 を抱き、身を投げたと言われています。母が、かわいい孫を抱きながら、浮き世に別れをつげる800年前の様子を想い、涙がでるね・・と話してくれたことが印象に残っている。母は本が大好きで壇ノ浦の戦いについて、年代やエピソードなども即座に出てきたことに、積み重ねた教養を感じた。
9:30 新下関駅まで母を送る。名残惜しい気持ちを押さえ、再会を約束し、小さくなる母を見送った。

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9:50 壇ノ浦PAで、ひとやすみ。関門橋の撮影。真下にみもすそ公園も見えた。さようなら本州・・・10:30PAを出発。
11:55 福岡の名橋「名島橋」に立ち寄る。この橋はいつか来たいと思っていた橋だ。

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福岡市東区の多々良川に架かるこの橋は、昭和8年に完成。全長204.1m、全幅24.0mと、架橋当時としては破格ともいえる規模を誇っており、自動車時代の幕開け期に、なぜ現在でも通用する規模の橋が架けられたのか、そこにはさまざまな謎やロマンが秘められているようです。78年目を迎えたこの橋。地域の財産。宮崎市の5代目橘橋がこのように残っていたら・・。いろんな想いを胸に、橋を眺めながら、セブンイレブンで買い込んだお弁当で昼食。

12:50 名島橋を出発。太宰府ICより、高速を南へ走る。途中、基山PAで30分程仮眠。鳥栖JCT経由で、大分自動車道へ。途中湯布岳PAで休憩。空がキレイだ。ここでも写真撮影。

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3:18 大分米良ICで下車。 国道326号線を南下。
4:15 道の駅 宇目で休憩。北川ダムに架かる美しい斜張橋「唄げんか大橋」を撮影。

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いつも名物の「からあげ」をお土産に買う・・。4:40分 出発。
5:02  北川の沈み橋を発見。撮影・・。幼い頃泳ぎに来たが、今はダムの影響もあり水の色に昔の面影はない・・。

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7:45  自宅へ到着・・・。気付いてみると約1,200キロを走破

今回の旅では、母の話をたっぷり聞くことができ、またたくさんの橋や風景が撮影でき、本当にいい旅だった。

今回初めて母とふたりだけの旅だった。ふと、小学生が母を求める気持ちが甦ったような気持ちになった旅でもあり、ドキドキわくわくの旅でもあった。
50を過ぎて、少しづつ母の気持ちもわかるようになってきた。歳をとるって案外いいことかもしれない・・。また、旅を終えて1週間。理由はわからないが、やりたいことが増えてきた気がする。時間が足りない・・という意識が芽生えてきた。この感覚を大切に育てながら、また一歩前へ・・




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西都原ふるさと元気音楽祭に出演します!

2011年10月12日 07時08分29秒 | ライブ情報と報告
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22日(土曜日)西都市での音楽祭に出演します。当日は西都・児湯地区の障害者芸術・文化の展示及び発表もあります。
秋の西都原は、コスモスもキレイですよ。お弁当を持参してピクニック気分でいらしてくださいヾ(^ω^*)

(開催趣旨)
昨今、経済界・政界と社会情勢が目まぐるしく変化しています。又、町のあり方も市町村合併等に見られる様、様々の意見の中、今後の「まちのあり方」を模索中です。その一方で個人の生活は、不況による経済不安、超高齢社会による介護、子どもの教育問題、いつ発生するかわからない様々な災害等、不安だらけの環境にあります。「西都原コスモスアートフェスタ」は、自然の中で芸術活動を通じて、一人でも多くの人が心身共に元気になる事を目的とします。
又、障碍を持つ人達の芸術作品や文化活動を紹介することで、市民が障碍を持つ人達を理解し社会参加しやすい環境つくりを促進します。
更に、観光地である西都原で開催することにより「芸術と観光」を今後の新しい観光資源と位置づけ全国に発信することを目的とします。

主催 西都市観光協会・西都原ガイダンスセンターこのはな館  ・音楽のある「まち創り」推進委員会
後援 宮崎県障害者社会参加推進センター


(1)げんきげんき芸術祭in西都・児湯

○日 程 平成23年10月22日(土)~10月30日(日)
○場 所 西都原ガイダンスセンター「このはな館」内
○内 容 西都・児湯地区の障害者芸術・文化の展示及び発表
○展示は「このはな館」内

(2)西都原ふるさと元気音楽祭

○日 程 平成23年10月22日(土)12時~15時
○場 所 西都原ガイダンスセンター「このはな館」野外ステージ
(小雨決行・雨天時は屋内)
○入場料 無料
○出 演(予定)
菊地真理恵(延岡市)
マリエ&ゴスペルカンパニー(宮崎県内)
夢蔵(西都市)
座・三羽鴉(宮崎市)
meyou(西都市)
鶴羽浩(宮崎市)





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歴史遺産訪問 04(第三五ヶ瀬川橋梁)

2011年10月11日 21時58分42秒 | 宮崎の宝モノあれこれ

第三五ヶ瀬川橋梁は、森林セラピーロードで第二の人生をおくる。



日之影町八戸ダム上流に架かる11連のコンクリート桁橋と鋼トラス及び8連の方杖形のラーメンからなる珍しい橋梁。
ダムの湖面に映える人工美のトラスの赤と自然美の緑が織りなすコントラストは圧巻です。

第三五ヶ瀬川橋梁は、今は廃線となった高千穂鉄道が走っていました。
この高千穂鉄道には、この他にも当時の技術の粋を集めた橋が架けられており、橋ファンにはたまらない撮影コースです。

■所在地 西臼杵郡日之影町 日向八戸 ~吾味(旧高千穂鉄道)現在は廃線。
■施工年 1939年(昭和14年)
■設計者:熊本建設事務所 設計: 椋本修造/施工者:鉄道省(直轄施工)
■規模等 橋長274.8m、径間/トラス46.8m、ラーメン17.2m(19連)、形式/鋼ワーレントラス及びRC方杖ラーメン、橋台・橋脚/鉄筋コンクリート



現在は遊歩道として余生を送っています。歩道にはベンチを配置され、ゆたかな緑と水面をみながらのんびりしました。
夕方は早く日が暮れるので、遅くても3時位までに行かれることをオススメします。

この付近は、日之影町の森林セラピーロードのコースのひとつです。「TR鉄道跡地散策ウォーキングコース」所用時間50分。距離2.2キロ

http://www.hinokage.jp/therapy/index.shtml




(町の紹介文より)
高千穂鉄道から無償譲渡された「吾味駅」~「日向八戸駅」~「八戸観音滝」間を「森林セラピーロード」として整備しました。
線路には、駅舎、鉄橋、レール、枕木など昔の姿をそのまま残しています。
かつて、列車が駆け抜けた鉄道に思いを馳せて、列車での旅気分を楽しむことができます。

第3五ヶ瀬川橋梁をはじめ高千穂鉄道・日之影線の主要橋梁の設計施工には、コンクリートの権威であった九州帝国大学の吉田徳次郎博士、関門トンネルで生死を共にした釘宮磐、吉田朝次郎、古賀登の各技師、後に京都市に移って今日の地下鉄の基礎を築いた椋本修造技師等、それぞれの分野で日本の土木技術を支えてきた人々の活躍があった。(守田久盛「九州の鉄道100年」より)



棚田100選に選ばれた石垣の村

(周辺観光地)

石垣の村、見立渓谷。森林セラピー基地として、さまざまなイベントが開催されています。

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10月9日は、John Lennonの誕生日

2011年10月04日 06時11分29秒 | ライブ情報と報告
Johnlennon_songwriter


10月9日は、ビートルズのジョンレノンの誕生日
在りし日のビートルズのビデオを見ながら、ココロの中のジョンを偲びたい。

↓↓↓ここをクリック↓↓↓
http://youtu.be/U6tV11acSRk


☆ジョンレノンについて_(ウィキペディアより)
1960年代に世界的人気を得たビートルズの中心的メンバーであり、ポール・マッカートニーと「レノン=マッカートニー」としてソングライティングチームを組み、大半の楽曲を製作した。
1970年のビートルズ解散後はアメリカを主な活動拠点とし、ソロとして、また妻で芸術家のオノ・ヨーコと共に平和運動家としても活動した。
1975年から約5年間音楽活動を休止した後、1980年12月8日23時頃(米国東部時間)にニューヨークの自宅アパート「ダコタ・ハウス」前においてファンを名乗る男性により射殺された。

(最後に)
彼の生き様から多くの気づきを得た。歌、生き方、ファッション、平和・・・。
地球の片隅で、どんな生き様ができるのだろうか・・。

100歳の医師日野原重明さんが、命とは「自由に使える時間」と話していた。残りの自由時間をいかに使いきるか・・。

誕生日・そして命日、月命日には、そんな問いかけが風の中から聞こえる。

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