あしたのタネをまく、アシタネブログ!

ブログを開設して12年目。記事は1,000を越えました。

音楽を楽しみ、人生を楽しむ・・

2012年10月28日 07時29分33秒 | ノンカテゴリー
フェイスブックで、友人申請・・。あっOさんだ・・
Oさんは、延岡市で働いていた頃に仕事先で知り合い、自宅まで訪問したこともある。Oさんは東京でプロとして活躍したベーシスト。 家庭の事情で地元に帰ってきて、地元の企業に就職したばかりの頃だったと思う。いろんな音楽について話を聞かせていただいた

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「今度、宮崎にいくから、会おうよ」10月13日(土曜日)佐土原駅の近くの喫茶店にて、時間話した。
顔はふっくら、いい笑顔。変わってない・・

年前から、音楽を封印し、仕事に明け暮れたこと、そして最近始めた音楽活動。子育ても終わり自由の身であること、人のこどもは、それぞれ独立し、お孫さんがいること、長男次男は、プロのミュージシャンであること、定年まであと3年ということ。そしてこれからの夢、健康のことなど・・・一気に25年の壁を乗り越えて、またあの時に戻った

そして、これからいい出会いと感動を求めていこう・・音楽を楽しもう・・。人生を豊かに生きよう・・。そして今度はステージで会おう・・・と、別れた。

音楽というつながりで、ひとつになれたような瞬間だ
音楽でこころを癒されたり、想いを歌にのせて歌ったり、食事をしながら音楽を聴いたりと、音楽は最高の友達だ

人生の折り返しはとうに終わっている・・。毎日毎日できる限りの努力を積み重ねて、納得できる生き方をしたい




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ローターアクトクラブで活動10年間の足跡

2012年10月27日 06時33分03秒 | 出会いと経験

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(毎年実施した養護学校でのもちつき大会)

1978年、社会人になった私は、会社の先輩からの勧めでローターアクトクラブに入会した。今年で卒業して25年を迎えたので、振り返ってみることとした。ローターアクトクラブは、18歳から30歳(在籍当時は28歳迄)までの青年男女のための、ロータリークラブが提唱する奉仕クラブで、159の国と地域で7,833クラブ18万人の会員(2005年5月現在)がいる。

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(緊張した会員大会にて体験発表)

18歳で入会したこともあり、年上の方が多く、最初は馴染めなかったが、知らないうちに活動の魅力に引き込まれていった。特に先輩達が役職を引き受け、その役割を果たしていくなかで成長していく姿は、とても眩しく思えた。いつかは自分も・・・と思うようになった。

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(毎月開催した会員のための誕生会) 

転機は22歳の時、クラブ奉仕委員会の委員長を引き受けた時のこと。これまでは誘われて行事に参加していたものが、企画する立場になり、意識が変わった。さまざまな行事の企画や準備をする中で、満足につながる企画づくり,事前準備の重要性、リスク管理、共同して進めることの大切さを学んだ。

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(ツアーバスを仕立てて、故郷の魅力を再発見ツアーを企画運営)

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(忘れられない大分臨海ローターアクトクラブとの交流)

ロータリークラブが提唱したローターアクトクラブは、「職業を通しての奉仕とは・・社会への奉仕とは、国際奉仕とは、クラブ内(会員への)奉仕とは」など、ロータリーの理念に基づく会の運営をしている。そして、その理念を自分達なりに理解しながら活動を進めていた。 一方、活動をしていく中で自らが企画したことで、みんなが喜んでくれることに充実感、やりがいを感じるようになった。振り返ってみれば、勉強が苦手だった私、人と交わることが苦手だった私・・そんな私も成長できたように思う。 そしてさまざまな大会や行事にも参加し、多くの友を得た。

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(1986年 地区大会を延岡で開催)

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(創立15周年記念式典の実行委員長を務めた)

年間の在籍中、主催行事が一番思い出に残っている。それは、延岡ロータアクト創立15周年記念式典だ。行事では、その意味と意義を考え、資料の収集整理やこれからの展望、関係者をつなぐなど、さまざまな取り組みをした。人生最初の大掛かりなイベントの成功が以後の活動へとつながった

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(鹿児島での研修後の一枚)

こころの中には、たくさんの先輩達の想いが宿っている。それは、職業について、人生についてや遊び、友情や夢を持つことの大切さ、地域づくりや故郷を大切にすることなど、生きていく上でのバックボーンを得たように思う。

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(いつも全力疾走だったあの頃)

それらの経験は仕事上でも役立った。会社の支店の開設や事業部の立ち上げ、社内の行事立ち上げやISO取得など、成果を出さねばならなかった時に、これまでの経験が活きた。仕事以外での活動で学ぶことの大切さを今、感じている。

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(世界大会に参加)

卒業年には、イギリスで行われた世界大会に参加した。考えてみると結婚式の当日の朝まで、寝る間を惜しんで仕事をした。大会は10日間の滞在が必要だったため、長い休暇のとれるハネムーンを兼ねての旅行だった。

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(ロンドンのシェフィールド大学で世界大会開催)



考えてみると青年の船以来、自分の中の地球のサイズは小さいと思えるようになった。
子ども達にも、海外へ目を向けるよう小さい頃から話していたが、そんな子ども達も自然と海外へ意識が高まったように思う。

いろんな出会いと学びがあったローターアクトクラブ。
その出会いと学びをまとめることで、遅らばせながら一区切りとしたい。

 

ローターアクトクラブ活動を通じての思い出

組織と運営、連携

活動の方針を立てる・役員を決めるなど、組織づくりの要諦などを実践を通して学んだ。例えば、クラブの運営・行事の企画では、モチベーションを高めるための施策など、多くのスキルを磨いた。

行事の案内状、お礼状、企画書、決算書など、先輩方からアドバイスを受けながら、説得材料・検討材料としての資料のつくり方のコツを学んだ。

役職につくことで、役職の立場がわかり、人間的に成長する機会を与えられた。小さな団体ではあるが、1年での役員交代の役員改選は、平等に成長の機会を与えられ、また期間が限定されているため、集中して取り組めた。

ロータリークラブの会員の皆さんから、例会や例会後の懇親場などでも、いろんなアドバイスや叱咤をいただいた。

各県のクラブでは組織運営は同じでも、そのクラブの歴史や伝統、人員構成などから違いがあることを知った。

卓話を呼ばれる会員の3分間スピーチ。会員卓話では、職業観、家庭観など、いろんな視点でのお話に心が豊かになった。

活動を通じてのエピソード

・入会したてで経験のない会員は、まず行事の開催会場で駐車場整理、その後受付。そして案内係、準備設営、企画運営と、少しづつ役割が与えられ、その度にこれまで経験してきたことを活用して、実りある運営ができるようになった。

・熊本県と宮崎県のロータアクトクラブでえびのループ橋付近を清掃する行事に参加。公園のトイレでのこと。便器の中に手を突っ込んで清掃する年下のメンバーを見たとき、ショックを受けた。汚いところの清掃に腰が引けていた自分が恥ずかしくなった。

・駅前の定期清掃でのこと。清掃途中でタクシードライバーより「カッコつけて」と言われたことがあった。その時は、カッコつけているという意識はなかったので、いろんな考えの方がいるのだと受け止めていた。清掃終了後終了のあいさつ方々、駅前派出所の警察官の方と雑談した際、先程の事を話すとそれを聞いた警察官が「あなた方が清掃していることはとても大切なことです。でももっと大切なことは、若い方が公共の場所を掃除していることを市民の皆さんが見る事の方が、駅前がキレイになることより重要なのですよ」と話してくれた。そこで学んだことは、人に伝えることの大切。伝えなければならないことを考え、情報に触れた方への、意識や気づきになることがあることだ。希望、モデルケースなることも重要だということを学んだ。

・養護学校に、毎年もちつき大会を企画。楽しいふれあいの中で、障害のある方の気持ち、支える方の想いを知ることができた。

・他のロータアクトクラブとの交流。熊本・大分・鹿児島・宮崎と四県で地区を構成した頃は、40近くのクラブがあり、いろんな先輩達や仲間との出会いが大きな刺激となった。仲間や先輩のひとことに感動したり、生き方に共感したり、地域を越えて交流の輪を拡げた。

・イギリスやオーストラリアへの渡航。世界の仲間達と民族や歴史の差を越えて、交流をした。これまで広いと感じていた世界が、身近に感じられるようになった。

友情

・先輩や後輩と県内外を旅行した。また、飲み会も毎月のように行う。先輩たちの生き方、考え方に触れた。それらはすべて楽しい思い出になっている。

・延岡市内の他グループとの連携。延岡をどのようにして活性化させるか等の議論や企画を共同でおこなった。その友人関係は今も続いている。

・韓国岳の清掃登山。お酒を飲むことが一番の友情を深めることと感じていた私。清掃登山で打ち解け合った仲間とともに、友達づくりへの新たなアプローチを改めて知り感動した。今でもお酒は一番だけど・・・。

○その他

・奉仕について改めて考えさせられた。職業を通しての奉仕、社会への奉仕、国際的な奉仕、グループ内のメンバーへの奉仕などがあることを知り、それぞれの立場で何をなすべきかなど、考える機会となった。

・入会理由はほとんど会社からの命令というメンバーが多かったにもかかわらず、最終的には自分自身のためにと、こころをひとつにして頑張った仲間達。財産である。

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JANG KEUN SUK ASIA TOUR 【THE CRI SHOW 2】へ行く・・・の巻

2012年10月21日 14時16分30秒 | ノンカテゴリー

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月の連休初日に福岡へ、チャン・グンソクの福岡公演「2012 JANG KEUN SUK ASIA TOUR 【THE CRI SHOW 2】」へ出かけた。妻はチャン・グンソクの大ファンで、今回は運転手兼付き添い。


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時に宮崎を出発。会場に着いたのは、午後時。早速、会場であるマリンメッセ周辺を散策。グッズ売り場は、たくさんのファンであふれていた。


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,人収容の会場には、開演4時間前だというのにたくさんのファンが・・


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「入り待ち」につきあうも、すごい人垣。ちなみに会場内の様子などは、スタッフがホームページ上に公開しており、ステージの進行状態を知ることができる。またツィッターにもさまざまな情報が掲載されており、これが新しいライブの楽しみ方なのだと、今更ながら驚いた


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夕食をとりに、会場近くのラーメン店へ。早速、ちゃんぽんをオーダー。野菜が山盛りのちゃんぽん。珍しさから思わず写真を!これで結構、お腹一杯になった・・・が、小腹が・・ということでゆで玉子を追加オーダー。店内はほとんどグンソクさんのファンのようで、情報交換をしていた。


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ライブ会場の男性の数は人いるかいないか・・でちょっぴり肩身が狭い・・・。


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ライブでは、ミディアムテンポやバラード系など、メロディアスな曲が多かったように思う。大人の遊園地というイメージが中央のスクリーンに映し出され、ライブが進んでいくというもの。予想はしていたものの、時代の流れを感じた瞬間だ。


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「出待ち」では待つこと時間。日付けが変わる頃、妻が駐車場の車へと戻ってきた。しかし、ファンが待っていた方向とは逆に走り去っていたとのこと。ファン内部ではそのことが問題となっていたらしく(警備員も付けて道路を整理していた)、翌日のライブ終了後は、ファンの前を通りパフォーマンスをして帰っていったとのこと。対応も早い・・、こちらも感心したところ・・。


さて、ライブも終了した福岡の街から一路宮崎へ。自宅へ着いたのは朝時だった。久しぶりのライブ鑑賞。エネルギーをもらったのも知れない



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子どもの記録。8ミリビデオテープをデジタル化。

2012年10月20日 06時43分23秒 | 家族、仲間の話題

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撮りだめていたビデオ。ビデオカメラも故障したまま、見ることもできず、密封したケースに乾燥剤を入れて保管したおいた。以前ネットでビデオデッキの中古を購入したが、テープにカビが発生していることで、機械が壊れた・・。頓挫したまま数年が経過し、いつかは取りまとめてDVD化して子ども達に渡そうと考えていた。

先日、知人からコンバーター(編集ソフト付)を借りた(ロジテック製 3,000円程度)ことを契機に、デジタル化を考えた。 これはテープのアウトプット端子からパソコンへの取り込みができるというもの
次に再生機の問題。DVテープと8mmテープの再生機が必要。ネットでDVテープ再生機をレンタル業者を見つけたが、偶然知り合いが持っていることがわかり、借りることができた。しかし、8mmテープ再生機をもっている知人はいくら探してもいない。

mmテープもこの機会に一緒に取り込まないと二度とデジタル化できるチャンスと時間は巡ってこないだろうと、考えて末、ヤフー知恵袋で解決策を探す。そしてインターネットで8mmビデオデッキレンタルする業者がいることを発見、この程自宅へ届く。しかし、年以上も前のビデオデッキが現役で動いているなんて、素晴らしい 。しかも安い!

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ビデオは合計で本、長いもので分、いくら時間がかかるのだろう・・・と不安だったが、まずはやってみよう。帰宅後や日曜日、ながら作業を続けながらテープを取り込んだ。

意外と編集ソフトも操作が簡単で、すぐにデジタル化できた。テープを編集しようとも思ったが、どれも大切な思い出で、また編集する時間も無いことから、結局そのまま保管することにした。

しかし、カビの生えたテープ本と120分のテープが本途中で切れたものがあり、それらは改めて業者にお願いすることとした。 今回の作業でデジタル化することで、持ち運びも便利になった。まずはひと安心。

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テープの内容は、長女のものが多く、三女にいたっては激減。それでも、子育てという季節を楽しんだのだと改めて感じた。

一番古いビデオが年前のもので、父母も今の私と同世代の映像、そして代の私が画面の中でイキイキとしていた。 懐かしさと複雑な気持ちと・・

あと年で歳か・・・。今を大切に生きるってことかな・・ふと思った。

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最近、歳かな・・と思うこと

2012年10月19日 22時18分39秒 | 健康管理

仕事は、相変わらず忙しい・・かと言って、儲かって忙しい訳ではない。
仕事の完成度を高めるために、細かく資料を集めたり、準備をしたりするので、仕事が必然的に帰宅が遅くなる。しかし夜9時~10時までには帰宅するようにしている。

適当に手を抜くのがいいと思うが、中々できない。結局、精一杯のことをして、首をしめている。それをわかっているのだけれど、できない・・。

それでも帰宅して食事などを済ませ、所属する会のまとめものやギターの練習をすると、11時。11時には眠らないと翌日きつい・・

朝は早い時で5時半、遅くても6時には起床する。そして7時までの間、通信講座等の勉強をする。48歳位から朝の学習を始めたが、これが結構脳の活性化に役立っている。
それでも、物忘れが多いけれど・・・。

しかし、最近なんだか体がキツクなってきた。体も弱ってきたと感じる。
気持ちは若いと思うけれど、体がついてこない・・・。せめて土曜日が休みになれば・・それでも月に1度土曜日は休むことはできる。

退職後の第二の人生は、早く帰宅できる仕事がしたいと思うようになった。
これも歳のせい・・・。でも、今までできなかったことをやりたい・・という気持ちが強いので、また帰宅が遅くなるような気もする。いやいや無理はいけない。

今日、先輩から倒れたら、半身不随になって何もできなくなるよ・・と忠告を受けた。
そう、体が資本だ。いつまでも現役で働けるよう、こころがけていきたい。
楽しく働いて、たくさん遊ぶ。そんな生き方がしたい。

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こどもの話をよく聴こうと思った瞬間

2012年10月18日 12時49分43秒 | 家族、仲間の話題

随分昔のこと・・・
長女が幼稚園の時のことだ。

お昼の弁当の時間のこと、同じ組の男の子から「弁当食べさせて」と言われたらしい
その時、娘は「お母さんからつくってもらったものだからダメ」と答えた。
そうしたら、その男の子が弁当に唾を吐いて行ったとのことだった。

その時の娘の気持ちを考えると、悲しくてつらい気持ちと同時に、他にも色んなことがあるんだろうな・・と子どもへを理解するが生まれた。それからは、こどもの話をよく聴こうと、心に決めた。そして、子どもを大切に育てていこうと思った出来事だった。

男の子も、思いつきでおこなった行動で、悪意に満ちてした訳ではないだろうが・・・
罪を憎んで人を憎まず。しかし悲しすぎる思い出・・

昨今、大人の社会でも、そんなつらいことを見聞きするが多くなった。
いきづらい時代なのかも知れない。だからこそ、まず自分がやさしく人を受け止め、さりがない挨拶や言葉の中に、おもいやりの心で接していこうと思う。

今春から長女は、大学を卒業し就職、北海道勤務となり頑張っている

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(幼稚園時代の長女)

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父の仕事を見て、頑張っているなぁ~と感じる時。

2012年10月13日 05時22分10秒 | 家族、仲間の話題

Before

          (掃除前)

縁起でもない・・と言われそうな写真
これは延岡市に住む父が知人から請け負った仕事のビフォー写真だ。
このような仕事の他、父は地元のSセンターで仕事もしており年近くなろうとしている。
駐車場整理や市の施設の草刈り・清掃・個人宅の引っ越し、墓掃除・・一度は蜂にさされて腫れた手を痛々しそうに見せてくれたことがあった。

いろんな苦労があると聞く。いつかは、障がい者用の駐車場に健常者の方が止められ、やんわり注意したところ、その方が逆上、怒鳴られ後、駐車場のスポンサーからも一言あったりとか・・・、前記の蜂の巣がある場所の墓掃除・・など、70歳を過ぎた老人にそこまでさせるかと、個人的にも怒りが爆発しそうなこともあった・・。

最近、会社付近の掃除をこの地域のSセンターの方々が清掃しておられたが、なんだか雑だな・・と感じた。 たとえば、道路との境に生えている草は、とれなかったそのままにしておく 刈った草で取り切れないときは、掃除機で飛ばして元あった場所の上に拡散する・・などお粗末な仕事と思った。

普段はそう感じることもなかったが、そう思うようになったのも、この写真を見てからだ。 しかし、本職の造園会社ではないので、Sセンターにそこまで求めるのは無理だろうし、そこまでのクオリティーを求めること自体ナンセンスなのかもしれない。

After

          (掃除後)

親の仕事ぶりを見ることは余りないが、暑いにはリットルの水を飲んで働くという父の元気さや仕事へ取り組みを逞しく思う。最近、仕事を減らしてはくれてはいるけれど、心配。しかし、仕事を取ってしまったら、病気になってしまいそうな父なので、何事もないことを祈るしかない

今年で歳。まだまだ元気なのでで安心だけれど心配。父のお陰で私は仕事も遊びのできている・・・いつも感謝している

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カメラ撮影を通して感じたこと、学んだこと、知り合った人。

2012年10月06日 14時05分10秒 | ノンカテゴリー

Morita
(宮崎日日新聞より。画像をクリックすると拡大します)

年に度、お茶をするカメラ仲間の守田ご夫妻がいる。今年は宮崎日日新聞社主催の第64回宮崎美展にご夫婦揃って入賞されていた。(写真にピンクの網かけ)

守田さんは、九州管内を始めいろんなところへ撮影に出かける。元気な代である。
カメラマンに大切なことは、人に好かれることだと思う。つまり信用されることだと守田さんを見て感じる。

カメラの構図を考えるとき、いろんな情報が必要だ。たとえば一番被写体美しく見える場所や時間などのそれを知っている人からのお話。人物撮影では安心して笑顔を見せていただくことなどが多いからだ。それらは、相手に好意をもってもらえるか?話を引き出せるかだと思う。

もちろん、カメラアングルを構成するには、撮影者のこころの中でドラマをつくれるかということ。こんなメッセージを届けたいから、この絵(写真)なのだと

他にも人間の強さ、優しさ、家族への愛、自然の美しさなど、心象の風景を驚きとともに感じ取れる感性も必要だ。そして撮影技術、こちらはカメラの方が考えてくれるので、初心者には、カメラへのハードルが下がったように思うが、機能が多すぎても使えないことも・・・。

守田さんによると、先日お母さんが亡くなられたというご家族から、母の遺品の中に守田さんからのハガキが大切に取ってあり電話しましたとのこと。写真を通して知り得た出会いが、つながっていくって、こういうことだと思う。

守田さんと知り合って、番感じたこと。私よりふた回り程年齢がだけれど、感受性も行動力もほとんど上。ある意味、こころの年齢は、代だと思う。実年齢じゃないね、人って・・・

ところで来年月には個展を宮崎県立美術館で企画中とのこと。楽しみである。

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