曽野綾子さんの言葉 「どんな手段を使っても生き抜く」その3

2016年08月31日 06時28分24秒 | 気になる○○

「どんな手段を使っても生き抜く」そんな感覚を持ちなさい。この言葉は、2013年04月30日発売、週間現代に掲載されていたものをスクラップしていたものを紹介したいと思います。 

 日本という恵まれた環境から放り出されて、やっていくだけの気概はありますか。

 あなたは、今すぐアフリカヘ渡って生きてゆくことができますか? 私はもう81歳になりますが、アフリカで暮らしてゆくための術をいくつか持っているんです。だいぶいかがわしいのを含めてですけどね(笑)。 まずその町に日本人が数十人もいれば、赤ちょうちんをやりますね。普段から外食は全くせず、いつも自分で作っていますから、ありあわせの食材を使ってお惣菜を作るのは得意なんです。

 二つ目があんまと鍼灸です。私は昔、あんま師になるのもいいかもしれないと考えたこともあるほどマッサージが得意なんです。他にも包丁を研ぐとか、手相を見るとか……私だってその気になれば、アフリカで放り出されても何とか食べていけますよ。

 人間は、何か一つ食べていけるだけの特技があればいい。日本のように、恵まれた環境に暮らしているのならば尚更です。会社をやめても自信を持って生きていけるかどうかは、それがあるかないかの違いでしょうか。

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曽野綾子さんの言葉 「どんな手段を使っても生き抜く」その2

2016年08月30日 06時29分19秒 | 気になる○○

「どんな手段を使っても生き抜く」そんな感覚を持ちなさい。この言葉は、2013年04月30日発売、週間現代に掲載されていたものをスクラップしていたものを紹介したいと思います。

 会社をクビになると自分はたちまち路頭に迷ってしまう、そう思っているから、会社に対して何も言えないんです。どんな手段でも使って生き抜いてやるという覚悟が持てるかどうかです。

 自立というと、長生きが増えた反面、老人にも自立心の乏しい人が多くなっています。長年大企業に勤め、高い地位に就いていた人ほど、定年を迎えると炊事や洗濯さえ一人でできないのね。それでいて、趣味の山登りに出かける体力はある。

 自分で働く分には定年はありません。よく60歳そこそこでリタイアして、何もせずブラブラしている人がいますが、実に甘いですね。ただし、いつまでも年寄りが会社に残っていると後の世代が迷惑しますから、組織には定年がある方がいい。歳をとったら、会社や組織とは離れて自分の力で働き口を見つけることです。

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曽野綾子さんの言葉 「どんな手段を使っても生き抜く」その1

2016年08月29日 05時37分36秒 | 気になる○○

「どんな手段を使っても生き抜く」そんな感覚を持ちなさい。この言葉は、2013年04月30日発売、週間現代に掲載されていたものをスクラップしていたものを紹介したいと思います。

 ・あれも嫌、これも嫌と言うのではなくて、できる範囲のことをやる、必要に迫られて働くという覚悟も、普通、人生には必要なのです。そしてそのことは、若者だけでなく、定年を迎えた大人にも当てはまります。

 ・自分の頭の後ろには、スイッチが付いている。朝出勤するときに髪の毛の中に隠れているスイッチをパチッと押して「今日一日、今日はどんなに嫌な人でも人と会うのだ。それが義務なのだから、誰とでも会おう」と自分に言い聞かせ、気持ちを切り替える。

 ・なぁなぁで生きてゆけるほど世の中は甘くない。人は誰しも神と悪魔の中間を生きているんです。純粋な善人も純粋な悪人もこの世にはいません。むしろ、人間の悪い面を理解し、それとうまく付き合う術を身につけていくことこそが、自立するということなのです。

 ・皆普段から、何でも自分の利益になるかならないかとものごとを判断しているから「奢るという行為には、何か打算や思惑が隠れているのはないか」と考えてしまうんでしょうね。上司は、人間として情で奢るべきです。若者は、嫌なら最初から飲み会に来なければいい。けれど、人は飲み会で人生を学ぶんです。

 ・「何も気にしなくていいから、とにかくお風呂に入って、ごはんを食べて、今晩はゆっくりうちで寝なさい」と言ってくれる友人が4~5人はいないといけないと。フェイスブックで何百人と「つながり」を持とうと、いざというときに助けてくれる人がいなければ何の意味もありません。

(続く)

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「橋」だけで、これだけ盛り上がる!「橋」を通じた地域づくりシンポジウム。

2016年08月28日 19時14分26秒 | 8月4日は「橋の日」記念日!

宮崎「橋の日」活動30周年記念イベント「橋」を通じた地域づくりシンポジウム、サブテーマ 協力・共感・共有でつくるまちづくりを8月19日(金)宮崎市、オルブライトホールで開催しました。

当日の様子を写真で振り返ります。



午前10時、シンポジウム打ち合わせ風景。パンフレットや資料の配付準備など、皆さん手際よく進めてくれました。



会場パトロール。3時間後の開会に備えて、設備や会場のチェック。



永年にわたり、「橋の日」清掃作業に参加されている宮崎学園高校や宮崎産業開発青年隊。物心両面の支援をいただいている宮崎県測量設計業協会、外山造園に感謝状をお贈りしました。



「土木史の視点から見た橋」をテーマに松村 博 氏にお話いただきました。
石橋の歴史が九州を中心に民衆によって造られたこと。土木技術者が図面を見て復元することなどの過程において、土木技術者からみた歴史観があるということに感銘を受けた。



「地域の森林資源を使って架ける私たちの橋」渡辺 浩 氏。建設資材としての木材の可能性について~CO2温暖化対策のためにも有効利用をこうして考える必要があると改めて感じましたとの意見が聞かれました。



もっとたくさんの方に来場いただけたらと思いました。今回のシンポジウムをより多くの方に伝えるため、報告書を作成予定です。



垣根のない世の中へ ~ 小さな村の小さな私が伝えたい “ハシ”の日活動 ~ 有限会社 一ツ瀬建設 女性技術者 中武倫子 氏。
西米良の橋の日活動について、小さな村でも橋の活動を通して、地域の愛着や国土の保全につながっている。若い技術者の未来、土木の未来、西米良の未来は明るい!と感じました。(アンケートより)



平成28 年熊本地震に関する九州地方整備局の取り組みについて
国土交通省九州地方整備局宮崎河川国道事務所日南国道維持出張所 係長 湊 康彦 氏



相生橋について、宮崎県宮崎土木事務所 道路課 主査 小泉尋和 氏。
相生橋の工事歴史とても興味深かくお聞きしました。三世代にわたって利用される橋と地域の方々との繋がりの強さを改めて感じました。



未来へ架けろ!完成までを楽しむはしづくり 〜小戸之橋架替事業〜
宮崎市都市整備部市街地整備課 主任技師 佐土原慎一 氏。
橋の架け替えに際して地域住民とのかかわりや、住民の気持ちを大切にする活動に感動しました。私も小戸之橋はよく利用していたので、橋への人々の想いは大きいことを知りました。(アンケートより)


(最後に、アンケートで寄せられてご意見の一部を掲載します)
・基調講演はもちろんであるが、4人の事例発表はそれぞれすばらしい内容であった。しかし残念ながらやや参加人員が少なかったのはもったいない気がした。もう少し、一般市民も含めて広くPRするべきではなかったかと思います。
・橋の持つ様々な側面を知る機会となった。
・来てよかったなと思います。
・ここでないと聞けない内容などもあり、参考になりました。
・大変よかったです。土木技術の重要性、多様性をもっとPRすべきだと思います。
・土木技術者の一人として普段何気なく利用している多くの橋にもっと目を向けていこうと思います。
・日常生活における「橋」の大切さ、有難さをより身近に感じるように、県内各地での啓発活動を行うことが必要。このことが橋への関心を深め、愛着が持て、強いては橋の長寿命化にも期待が持てるのでは?

○「橋の日」活動について
・このような活動を30年行われて大変頭の下がる思いです。若い方をはじめ、幅広い方への活動が広がることを祈念いたします。
・「橋の日」「8・4」は聞いたことはありましたが、言われないと思いださない程度でした。これからもう少し意識しようと思いますが、身近なところでのアピールを工夫する必要があるのかなと思いました。
・橋は水害との戦いの歴史そのもの。田舎の小さな橋だからこそ、様々なうんちくが地域に眠っています。語りべが生きているうちに。
・「橋」は道路と河川両方に係る共通施設だが、現在は道路愛護が8月・道の日が8/10ということもあって河川側からの活動の広がりが薄いと感じます。河川イベントでももっと橋を絡めていくと良いと思います。
・「橋」について色々な話を聞くことができ、おもしろかった。また、「橋の日」活動のPRも十分できたのではないか。
・人・物・心・地域の架け橋としての皆様の活動を応援しています。
・「橋の日」は8/4であるが、多くの市民参加を期待するには屋外での活動の時期は一考の余地があるのでは。

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バタフライマダム

2016年08月27日 21時43分53秒 | 気になる○○

9月にリオで行われるパラリンピック車イス卓球の日本代表別所キミエさん68歳、蝶々がトレイドマークで髪飾りや車イスにもデコレイトしていることから、海外の選手からそう呼ばれており、普段は陽気な関西のおばちゃんだ。

別所さんは40歳の時、夫と死別。2年後、2人の子どもを抱え頑張ろうとしていた矢先、骨盤ガンと診断され、2年間合計60時間の手術を受けた。その結果、命は取り留めたものの両足の麻痺、絶望の淵に立たされた。

手術から1年後、車いす人生を受け入れた別所さんは、運命の出会いを体験する。車いすバスケットボールである。片手のない人がバスケットボールをする姿に衝撃を受けた。カッコイイ。しかし、激しいスポーツのために断念。

45歳の時、できるスポーツをと考えた別所さんは、卓球の経験はないものの軽い気持ちで車いす卓球に挑戦した。この車いす卓球は、車イスに座って卓球するというだけで、一般の卓球とルールは変わらない。別所さんは、練習に打ち込んだ。2年後国内大会で優勝。50代にて国際大会で優勝した。

その強さの秘密は、「卓球のためになることならすべてやる」という執念である。たとえば10年以上前から続けている訓練がある。お手玉に数字や文字を書き込み、それを高く投げ上げて頂点に達した時に読み上げるというもので、動体視力を鍛えるためのものだという。最初は読み取れなかったものの一秒ごとに変わるお手玉を正確に読み上げていた。

別所さんは言う「なんでも諦めないことだと」この他、バランスボールの上で飲み物を飲める練習、左手で箸を持つ練習など、自らトレーニング法を編み出し続けて来た。どうやったら上手くなるか、どうやったら勝てるかを考えてきた。すぐに出来る訳ではないが、積み重ねてやってきたから、こんなことができるようになったと気づく。それを信じてやっているのだという。

2016年2月20日オンリーワン卓球選手権大会


現在、この車いすバスケットボールに対しての国や競技団体からの助成はない。コーチもいない。時間単位の契約で練習場も確保、1回の海外遠征でかかる250万円も、年金の他パートを続けて捻出している。別所さんは言う。恵まれない環境だから負けないという強い気持ちを持つ。条件が悪い程、いろいろと考える。金がないから工夫する。今となって思えば、お金がなかったから良かったのだと振り返る。

常に前を向いて、上手くなることを貫いてきた。今度のパラリンピックでは、新しい技に挑戦のため、腰をひねることもあるという、腰は切除して骨盤の代わりに金属板が入っている。負担がかかるがやるしかないと思っているとのこと。これまで取れなかったメダル。いろんなことをしないと、今のままでは終われない。上の選手を絶対やっつけたいという。

最後に限界はないのですかという質問に、限界はないという。 自分が未完成な部分があるから勝てない。未完成なことに挑戦することで技術がプラスされる。今週まで自分にできることはすべてやったという別所さん。逆境を跳ね返す挑戦はこれから。来週30日に日本を出発し、9月8日に試合が行われる予定だ。

9/25追加
(朝日デジタル記事より)
日本選手最高齢、68歳の別所キミエ(兵庫県障害者スポーツ交流館)が、10日の卓球女子シングルス(車いす)の準々決勝でストレート負けした。過去2大会で越えられなかった「壁」に今大会も阻まれた。「自分の中では、力を全部出せました。けど負けちゃったから、気持ちはスッキリの『ス』ぐらいかな」

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博多へGO!ゴジラ展へ行く

2016年08月16日 06時04分00秒 | 旅、風景写真



7月30日(土)今年9月に閉館し、新しく建て替えられる福岡市美術館の最後のイベント「ゴジラ展」へ行った。今回の展示会見学のきっかけは、国産ゴジラ映画としては12年ぶりの新作となる「シン・ゴジラ」を観に行く前にぜひ、チェックしておきたいと思ったからだ。

ちなみに大ヒットとなった「ゴジラ」は、「特撮」というジャンルを日本映画に確立し、以後、昭和30年代から平成、そして21世紀に入った2004年までに、50年間で28作に及ぶ大きな足跡を日本映画史上に刻んできた。その評価は海外にも及び、米国でも「ゴジラ」の映画が制作された。



1954(昭和29)年に公開された東宝映画「ゴジラ」は、ミニチュアと合成を駆使した迫真の特撮、そして水爆実験の影響で怪獣が生まれる、というショッキングな話題、そして生まれて初めてみた怪獣映画で、当時はモノクロではあったが、逆に深い暗闇に恐ろしい印象を持った。夏休みには、シリーズ映画を友達と観に行ったことも忘れられない思い出である。



会場で約2時間半滞在し、多くの資料や展示物を楽しんだ。一部撮影が許可されているスペースもあった。



(東京駅のミニチュアセット、ご苦労が伝わってくる・・・)

ちらしによると「ゴジラ映画における特撮の造形、デザイン画、セット図面、記録写真等、並びにゴジラ映画をもとに生み出されたイラストや立体造形に焦点を当て、そこから日本の映画人たちの想像力・創造力・表現力について検証し、そしてゴジラという題材の持つ限りない魅力を紹介します」と書かれてあったが、まさに詳細な資料が展示され、興味深いものとなった。

昔のゴジラ映画をレンタルにて観たい気持ちはあるが、40年程前に見た感動を大切にしたいと思うとためらってしまう。今でもゴジラ映画のことを思い出すと、ゴジラの鳴き声、そしてゴジラの永遠のライバル「キングギドラ」の泣き声が響いてくるような気がする。あの時の驚きや感動が、私にとって怪獣映画の魅力である。

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九州鉄道記念館へ行く

2016年08月09日 07時25分01秒 | 旅、風景写真



宮崎市大淀川にかかる鉄橋「大淀川橋梁」が今年で架設101年目を迎える。この橋のことを知ってもらいたいとAさんからの依頼があり、所属する宮崎「橋の日」実行委員会で協議した結果、今年11月に行われる「土木の日」パネル展に大淀川橋梁を紹介するパネル展を開催することになった。


(右がUさん)

さまざまな人脈をたどって、北九州市門司区にある九州鉄道記念館のUさんを訪ねた。Uさんは40年にわたり、鉄道車両のコックとして働きながら、鉄道に関する写真や資料を集めている。もちろん、大淀川橋梁に関する写真も多く所蔵している。今回の企画を説明したところ、こころよく提供いただくことになった。


(九州鉄道記念館 本館)

九州鉄道記念館は、JR門司港駅から徒歩3分。開館は、朝9時から午後5時までで、毎週水曜日は休館日。
入場料は大人300円、中学生以下は150円。4歳未満は無料だ。

この建物は、旧九州鉄道本社社屋として、1891年(明治24年)に建てられた。以降、鉄道院、鉄道省、日本国有鉄道、九州旅客鉄道などへ所有は移った。一貫して九州の鉄道の中枢機能を果たしてきた建物である。



2階建ての建物には、常設展示場の他8つのコーナーで、さまざまな展示や体験ができる。



明治時代から活躍してきた実物の客車を展示。その周囲に当時の乗客や車掌などの人形が配置されている。



常設展示コーナー。奥は企画展示コーナーにて、写真展などを行われている。



レンガづくりの建物は、レトロ感いっぱいだ。



九州の鉄道の歴史を当時の写真などでダイジェストに紹介。また全国で活躍した蒸気機関車の模型や実物資料なども展示されている。



展示場には、この他九州の鉄道大パノラマを体験できるコーナー、運転シュミレーター、鉄道グッズの販売エリアもある。では館外にでかけてみたい。

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蒸気機関車59634。5900形は、D51などが登場するまで、貨物列車牽引機の中心として活躍した列車。非常に使いやすく、性能も良い機関車であったことから、大正生まれの古い機関車であったにも関わらず、国鉄から蒸気機関車が消える最後まで活躍したとのこと。



EF10 35。車両展示場には、この他、7台の車両が展示されている。
初めて見学した鉄道記念館。歴史の重みを感じさせるレンガづくりの建物、そして車両。そして展示物の数々。Uさんの鉄道への熱い想いを聞いた後だったため、より印象深い見学となった。

あと3ヶ月、大淀川橋梁のパネル展を成功させるべく頑張りたい。

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30回目の「橋の日」イベント、200名の参加で盛り上がりました。

2016年08月07日 15時44分08秒 | 8月4日は「橋の日」記念日!



今年で30回を迎える宮崎「橋の日」イベント。朝8時に会員が集まり準備を始めた。テントなどの設営や会場の飾り付けなど、40名近いメンバーで一斉におこなったので、20分程度で終わることができた。



9時からは、記念式典。橋に建設やメンテナンスに関わる会社の方や行政、ボランティアの皆さんを含め200名が参加した。



式典では、関係者の挨拶や関係者10名の方々による橋への献花をおこなった。上記写真は、校歌の中に「橘橋」の名前が読み込まれている大淀小学校校長による献花。ちなみに、この大淀小学校の初代PTA会長が、初代橘橋を架けた福島邦成氏ということである。



約400メートルの橋を分担して、橋磨き。また、展示ブロックの清掃は宮崎県鋼橋コンクリート構造物塗装協同組合の協力にて行った。



今回は、橘橋のメンテナンスの様子を見学できる初めて実施。参加者は、橋桁の中に入って見学した。



橋の日イベント終了後、寺子屋塾「おとなの見学スコーレ」に参加されている皆さんとの会食。今回で2回目となるこの企画。橋を通してまちづくりを進める私達と参加者との情報交換の場にもなっている。一方、年齢を重ねても、地域社会とかかわっていこうとするシニアの皆さんのパワーに魅せられた時間でもあった。

30周年となった「橋の日」イベント。あと残すのは、8月19日のシンポジウム、そして大淀川橋梁パネル展。
頑張っていきたい!

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40代を応援したい!

2016年08月03日 07時43分42秒 | キャリアコンサルタント



先日、プレゼンテーションセミナーで「40代のキャリア支援」を選択した私は、40代に関する本を読み漁った。
そこで学んだことは、40代は人生の岐路というべき世代なのだと思った。自分自身も40代は、いろんなことが降りかかってきて、苦しい時期だったように思う。

自身の経験を振り返りながら、本の中を読みながら拾ったキーワードを紹介したい。

仕事、出世、部下の育成、マイホーム、経済、自分の人生、健康、持病、老化、人間関係、結婚、転職、家族、妻の人生、学び、ゆとり、資格、子育て、親の幸せ、親の介護、趣味、定年後・・・。

出世もある程度予測がついて、この先どう自分を位置づけるのか、体力的にも30代のように頑張りがきかなくなる世代の想いを改めて感じた。

10日あまりの情報収集を通して、無事プレゼンテーション資料をつくり、セミナーで公開した。結果的には「効果が見えずづらい」「モチベーションアップにつながらない」などの厳しい意見をいただき、現実の厳しさを知った。一方、研修内容の立案とスケジュールなど、多くのことを学べたことが今回のセミナーで得た大きな収穫。これを契機に40代への支援の幅と深みをつけていきたい。

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