細島験潮所、新たな土木遺産に

2015年02月28日 05時35分20秒 | まちを良くする活動

この程、(一社)九州地方計画協会編集・発行の九州技報に「細島験潮所」が掲載された。宮崎大学の尾上准教授の執筆によるもの。今回は写真提供者として、私の名前と顔写真を掲載していただいた。尾上准教授とは、土木の日イベントにて2年間仕事をともに行い、個人的にもお付きあいさせていただいている。この本の執筆に関わることができたのは存外の幸せである。

細島験潮場(ほそしまけんちょうじょう)は、宮崎県日向市細島の富島漁港の東にあり、明治25年に全国で2番目に設置された。
験潮とは海面の昇降(潮位)を計測することであり、基準面の決定だけでなく地殻変動の監視、津波や高潮の検出など防災においても重要な役割を果たしている。



験潮場は国土地理院が管理している施設で、海面下の導水管から建物内の井戸に海水を引き込んで、海面の上下を自動的に精密に記録する験潮儀が備えられている。 120年もの間、得られたデータを国土地理院(つくば市)へ送信している。



執筆文章から、細島験潮場の看守にあたった桑野家の生活紹介し、そのご苦労を紹介したい。

細島験潮場の看守(桑野家の人々)
陸地測量部は、験潮場設置と同時に各験潮場に監守をおき、その監守は日々計測・巡視を遂行する必要があることから、地元の人を中心に任命しました。なお、「監守」という職名は、験潮場設置当初から昭和20 年まで用いられ、それ以降は「看守」となりました。

開設当初、細島験潮場監守には細島町助役の河野通氏が任命されましたが、明治30 年(1897 年)8 月14 日に桑野卯吉氏が青森県岩崎験潮場から転勤を命じられて細島験潮場に着任し、その後は桑野家代々の人々が平成22 年(2010 年)6 月に至まで、看守を務めました。

大正12 年(1923 年)の関東大震災時に生じた津波をはじめ、数々の歴史的な災害時の録についても欠測なく報告されたそうです。「潮峠2)」のまえがきで、桑野卯吉氏の孫にあたる桑野功氏は次のように述べておられます。

『私は、験潮場看守の家に生まれ子供のときから海と験潮儀を見て育ちました。私の家では、何をさておいても験潮場の看守の仕事が最優先でした。一年三六五日休みなく、午前八時と午後四時の毎日二回の看守と毎月一日には前月の報告書の作成、送付が私の家の生活の中心であり、その時間を軸に回転していました。このことは、子供心に大きな影響を与えたと思います。家族全員での旅行は不可能です。正月元日の朝、他家ではお祝いのお膳についているとき、お屠蘇もいただかずに験潮場に行かねばなりません。また、毎月一日は報告のため元日は報告書作成です。自画紙と旬報について家族で手分けして報告書を午前中に作成し、書留で送付しなければなりません。月の一日が祝祭日、日曜日の時も同じです。(以下略)』

験潮場看守の仕事は、経験的な器材の操作から、細心・正確を期する気象の計測などがあり、作業手順がこと細かく規定されていました。とりわけ、自画紙に潮位の推移を記録するための鉛筆の芯の太さ・柔らかさや削ったあとの形状には苦心されたようです。また、台風や地震などの災害時には、身の危険をおかしてまでも験潮儀が問題な作動しているか確認に行かなければなりませんでした。験潮場それ自体も、屋根、床、験潮儀とその架台、水路、電気まわり、外壁等の補修・改良工事が複数回にわたって実施されており、きわめて大切に扱われてきたことがうかがえます。(以上、九州技建No56号より転載)

2014年10月施設細島験潮所(日向市)が土木学選奨土木遺産に登録された。県内では5番目の登録である

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熊本城周辺ウォーキング

2015年02月26日 04時54分36秒 | 楽しむウォーキング



2月22日(日)キャリア・コンサルタント経験交流会に参加するため、熊本へと出かけた。以前より熊本城周辺を歩きたいと考えていた私は、朝8時に熊本城に到着。さっそく上記地図の赤のラインのコース約3キロを歩いた。



古文書による熊本城の様子。現在の城から想像すると威風堂々というしか表現できないが、これぞ日本の城という感じがする。



西大手門から、熊本城本丸(中央)を望む。日本さくら名所100選にも選ばれており、桜に季節は訪れてみたい場所。



立派な石垣。奥にあるのが熊本城(本丸)。「清正流(せいしょうりゅう)」と呼ばれる石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられ、一大名の城としては「日本一」であるとの評価があるとウィキペディアで紹介されている。



西側から熊本城を望む。高い石垣の向こうに城の威厳を感じる。



美しい石垣。当時の築城技術は素晴らしい。



不開門から続く長い石垣。



政府軍と西郷軍の間には田原坂(たばるざか)の戦いを含む激しい攻防が行われたが、熊本城は司令官谷 干城の指揮の下、4,000人の籠城で、西郷軍14,000人の攻撃に耐え、ついに撃退に成功した。なお、この戦いでは武者返しが大いに役立ち、熊本城を甘く見ていた西郷軍は、誰一人として城内に侵入することができなかったという。(ウィキペディアより)



坪井川沿いの長堀。こんなスケールの大きな石垣は見たことがない。以下は引用文。石垣普請の名手とされる清正が築いた石垣は、1889年(明治22年)の熊本地震で石垣の一部が崩落し、改修された部分があるものの、ほぼ江戸期の改築による変遷の痕跡をとどめ、城跡は特別史跡に指定されている。(ウィキペディアより)



加藤清正は、藤堂高虎や黒田孝高と並ぶ築城の名手として知られ熊本城や名護屋城、蔚山倭城、江戸城、名古屋城など数々の城の築城に携わった。(一部省略)その土木技術は非常に優れており400年後の現在も実用として使われている遺構も少なくない。このとき清正は莫大な人手をまかなうため男女の別なく動員したが、給金を払い必要以上の労役を課すことなく、事業の多くを農閑期に行う事によって農事に割く時間を確保したという。(ウィキペディアより)

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朝一番、熊本へ車で走る!

2015年02月24日 04時14分46秒 | 旅、風景写真



(4:42 延岡市北方町を走る)

2月21日(日)NPO法人キャリアコンサルティング協議会主催のセミナーに参加するため、朝4時20分実家のある延岡市から熊本へ向け出発。



北方町川水流の工事現場。暗闇の中ライトの灯りが美しかったので撮影。
交通誘導の方ご苦労さん。さみしくて怖いですよね。この仕事。



6:40。矢部町を通過。途中、下鶴(しもつる)橋で休憩。
この下鶴橋は東京の二重橋や日本橋を始め矢部の通潤橋も架設して天下にその名が知られた石工、橋本勘五郎・弥熊父子によって明治15年(1882)10月から明治19年(1886)10月まで4年間を費やして架設された。 重厚は橋にうっとりしつつ、熊本へ急ぐ。



AM7:10。会場周辺の到着。会場は、熊本駅のそば。駐車場の位置を確認し、研修受付開始の9:30まで熊本城周辺をウォーキングする予定。
詳細は後日。

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目指せ!一日一万歩。

2015年02月23日 04時18分19秒 | 楽しむウォーキング



(勤務先近くのウォーキングコース)

最近、1万歩を目標に歩いている。1万歩というと8キロ程度。
時間にして1時間20分。しかし、時間がとれないので昼休み時間に30分程度。
帰宅後約1時間歩いている。

何故1万歩なのか、5千歩ではダメなのか?日経BPnetに掲載された記事、鷲崎 誠(医学博士)氏によると、多くの人が1日の必要カロリーの1割り増し(約300キロカロリー)を摂取しており、科学的根拠として300kcalの燃焼に1万歩が必要と記載されている。くわしくはこちら
記事では、「1日1万歩ではなく1週間で7万歩でも良い」と証明されており、雨天や荒天など無理をすることはないという。



(近くの石崎川)

歩き始めて3ヶ月半。体が軽くなって来た。血圧も正常に戻り、体重も3キロ減。太りにくくなった。しかし、ゴールにはあと2キロ減量。現在の体重で足踏みしている状態。9月を目標に焦らず、楽しんでいきたい。

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「サワコの朝」に三輪明宏さんがゲスト出演。改めて凄い人だと思った。

2015年02月22日 06時05分49秒 | アコースティックライブと音楽



(1957年自作曲「ヨイトマケの唄」)

2月14日、毎日放送「サワコの朝」で三輪明宏さんがゲスト出演されたいた。
三輪さんは、長崎県生まれ。16歳からプロデビュー。日本初のシャンソン喫茶銀巴里で40年歌い続けたことやシンガーソングライターの草分け的存在としても有名。

父親の倒産で高校中退、ホームレスになった時期があること。苦しい中、家族・親戚への仕送りを続けたこと。真っ直ぐな生き方故のご苦労の多かった人生だと感じ、改めて気骨のある生き方をした方だと思った。そして人間としてどうあるべきか?そんなことも考えさせられるひとときでもあった。三輪さんの珠玉の言葉を紹介したい。



(魅惑的な顔)

言葉が足りないのは本を読まないから。
美しい言葉に触れ素敵な表現を自分の中にストックする。
意思の疎通は言葉ありき。

自分は誤解されやすいと思ったら、言葉が足りているかどうか反省してみる。
思いが正確に伝わるように言葉を尽くしてますか?

人間関係で一番大事なのは、腹八分ではなくて腹六分。
夫婦、恋人、親子、仕事関係、すべて腹六分でお付き合いを。
親しき仲にも礼儀あり。

人生、いくら扉をたたいても開かないことがある。
その時は、神様が自分の内容を肥やすために与えてくれた時間だと思って、知識を育てたりして中身を膨らませることにあててみることね。

目の前にいる人を救うために何ができるか考える。
神様の目をまっすぐに見つめて胸を張れる生き方。
それが揺ぎない信念。

「蓮の花の値打ちは、泥の中で育っても、汚れず染まらず、美しい花を咲かせ、保ち続けること。悩みや苦みは、自分を鍛えるチャンスです」

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英国式庭園喫茶室南側へのウォーキング

2015年02月21日 04時03分10秒 | 楽しむウォーキング



2月15日英国式庭園喫茶室で、ランチ。そして阿波岐原森林公園南側、約4キロを1時間かけてウォーキング。



スタートはお店の前から、透き通るようなピンクと清楚な白のチューリップ。どんな景色が待っているかな。

芝生コートは現在キャンプ中のセレッソ大阪が使用しているようだ。
人影は見えず。日曜日だからかな。



ゆっくりと曲がった道が気持ちをゆったりさせてくれる。



松林を抜けて、一般道へ。どこへいこうかな・・・。



シーガイアテニスコートへ。楽しそうにプレーしており、とても羨ましく感じた。



再び、松林へ。舗装して無い道になんだかうれしくなる。昔はこんな道が多かった。



いよいよゴール。短い時間だったけれど、いろんな景色を見ることができて得した気分。

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安上がりな至極のひととき。

2015年02月20日 04時11分21秒 | 文章、表現力を目指して!



新聞記事の中で時折、心がときめく内容や文章に出合うことがある。その時は思わず、記事を手で破り、ハサミでキレイに体裁を整えスクラップ。この日は、論点「激減する街の本屋さん」のテーマで、林真理子さん、NPO活動代表者、書店経営者の3人が、14年間で37%も減った街の書店について、どうしたら生き残れるのかというテーマで書かれてあった。

気になった文章は次の通り。本屋の魅力は「要らない情報」が入ってくるところ。目的を持って本屋に行く場合でも、どうしたって他の本が目に入る。それに反応する人もいる。そういう「雑味」が本屋の面白さだと思う。イベントや企画展に興味があって来店する人もいる。それでもいい。そのことがひょんなことで本につながっていく。今、本屋は「場」として注目されていると思う。(松江市アルトスブックストア 店長西村文之氏)

本は、新しい自分を産み出す源。そして、読み進めていくうち考えがまとまることも多い。頭の中でもやもやしていたものが、文章化されていると思わず膝を打ちたくなる。そんな発見、出合いの瞬間が好きだ。そして発見した内容とこれまでもやもやしていた何かについて、その原因や背景を考えているひとときが至福の時である。
今回は本屋の魅力が「雑味」と表現したこと。そしてその雑味を通して、次へのアイデアや新しい知識への出合いに繋がるという点に心惹かれた。

これらの情報はいつか困っている人の問題解決のためのヒントとなったら良いと思う。また、ブログ記事作成の材料とするためノートにスクラップしている。手間暇はかかるが、小さな蓄積も数が多くなると大きな力になると思っている。

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福岡城址、大濠公園ウォーキング

2015年02月19日 05時04分35秒 | 楽しむウォーキング



2月7日所属する産業カウンセラー協会の会議に参加するため、福岡を訪れた。
会議が始まる前の時間を利用して、福岡城址と大濠公園をウォーキング。今回は2度目となる。



敷地が10万坪。九州一の規模を誇る福岡城址。博多市民の財産だ。桜の木が数多く植栽されており、春に一度来てみたい。



「福岡」のまちの名前を決めたのも、そして「福岡城」をつくったのも、2014年大河ドラマ「軍師官兵衛」で有名になった黒田孝高(黒田如水)



お城跡をひとまわりした後、大濠公園へ。公園沿いはランニングコースにもなっており、スタバなどがある。



橋を渡る途中でユリカモメを発見。エサに限りなく近づいてくる。博多ん人はエサ、たくさんくれて親切ばい、と言っているかどうか・・は定かではない。



こんなに近くで見たのは初めて。まぁゆっくりしていきんしゃい←何弁?



遠くボートハウスが見える。次回はボートに乗ってみたい(^^;)って誰とじゃい♪
一人での乗ると、変な叔父さんになるかも(-_-)

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夕空のキャンパス

2015年02月18日 05時36分13秒 | 旅、風景写真



毎日歩くウォーキングコース。毎日のように空はその表情を変化させる。この日は夕空のグラデーションがとても美しく郷愁を感じる色。



この日は、雲がとても美しく感じた日。水鳥たちがちいさな集団をつくり、仲良く泳いでいたように見えた。



日がとっぷり暮れてきて、冷たい風も吹いている。カチンと乾いた空気の中、一番星に元気をもらう。ふと、ある本に書かれてあった一文を思い出す。

未開社会には必ず「瞑想」の時間があるという。自分の一日の行いを振り返り「魂の浄化」をする。
現代人はそれすら持てないまま、目に見えない何かに追われ続けている。

歩いているこの時間が「魂の浄化」に繋がっていけば良いのだが。

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初体験。1泊2日の会議を福岡で

2015年02月17日 02時36分25秒 | 旅、風景写真



2月7日~8日。福岡市若宮町で開催される会議に参加するため、宮崎空港へとJRを使って到着。



久しぶりのプロペラ機。ジェット機とは違い、空を飛ぶという実感を得た。
大人になった今日でも、空を飛ぶのは楽しい。



地下鉄赤坂駅で下車。空き時間を利用して福岡城周辺ウォーキング+美術館へ向かう。



福岡城址内にある福岡市美術館。企画展を鑑賞。「キオクとキロク」「いにしえの恋バナ」「松永記念館室」などを観て回った。



(いにしえの恋バナ展示室にて)
案内には「1000年前も現在と変わらず、人は恋に生き、恋に悩んできました。和歌や「源氏物語」、「伊勢物語」などを題材にした恋愛にまつわる古美術作品を展示します。」と書かれてある通り、1000年前からのガールズトークヾ(^ω^*)。面白い企画で作品を身近に感じた。



2時間半あまり、福岡城址付近を散策した後、博多駅で昼食。
地下街が多かったので、吉牛へ。



午後1時30分にバスにより40分後、会場のスコーレ若宮へ。



会場では、ワールドカフェなどの手法をつかって、課題をあぶり出し提案へと繋げる。



会議は3時間×3回。合計9時間の長丁場だったが、産業カウンセラー有資格者メンバーとともに時間を共有した。



会議後、ハウステンボスから帰ったばかりの長女と合流。焼き肉店HACHIHACHI 博多店へ。



すべて美味しかった。特にビビンバは格別だと思う。



福岡空港前の温度計が1度。風が拭いて冷たい夜だった。20:15、空路宮崎へ。
自宅に着いたのは、22:30。爽やかな疲れを感じつつ就寝。

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企画展「成田亨 美術/特撮/怪獣- ウルトラマン創造の原点」

2015年02月15日 06時25分35秒 | 出会いと経験



「ウルトラマン」シリーズなどで個性的なヒーローや怪獣、メカなどをデザインした成田亨(なりたとおる) の初期から晩年までの創作を網羅した企画展「成田亨 美術/特撮/怪獣- ウルトラマン創造の原点」を先月、観に行った。成田亨はウルトラマンのデザイナー。本業は彫刻家。

ちらしの紹介文を転載し概要の説明としたい。
「成田亨(なりたとおる 1929~2002 青森県出身)という芸術家をご存じですか。ウルトラ怪獣のデザイン画を描いた人、といった方が分かりやすいかもしれません。彼は武蔵野美術大学で絵画、彫刻を学んだ気鋭の彫刻家でした。同校在学中にアルバイトで映画「ゴジラ」(1954年)の制作現場を手伝ったことをきっかけに、彫刻制作の傍ら特撮映画の世界にも身を置くようになり、1966 年から68年にかけて制作・放映された特撮テレビ番組「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」では、主人公の超人、宇宙人、怪獣、そしてメカニックやセット等のデザインを一手に引き受けます。「ガラモン」、「ウルトラマン」、「バルタン星人」などのキャラクターが誕生して半世紀が経過しようとしていますが、それらは世代を超えて今も親しまれています。それは、彼が芸術家として吸収した同時代美術や西洋モダンアートにより培った造形センスを惜しみなく怪獣デザインにつぎ込んだからに他なりません。

しかし、そうした特撮関連の仕事に注力する一方で、成田の絵画や彫刻への情熱はむしろ高まります。多数の油彩画、水彩画を描きながら、彼は古今東西のモンスターへの関心を深め、モンスター関係の作品も数多く制作しました。それは1990年制作の巨大彫刻「鬼モニュメント」(京都府福知山市)に成就しました。
成田亨と言えば、これまで「ウルトラ」の仕事ばかりに注目が行きがちでしたが、本展では、成田亨という1人の芸術家が歩んだ軌跡を多彩な内容でお届けします。青森県立美術館所蔵のウルトラ関係デザイン原画187点をはじめ、「ヒューマン」、「バンキッド」など特撮関連のデザイン原画や未公開の怪獣デザイン原画、手元に遺した絵画、彫刻、そして本展のために再現された特撮セットも加えた総点数700点により、非凡なる才能を秘めていた奇跡の芸術家の知られざる全貌に迫ります。

展示作品数が多いのでどうか時間に余裕を持ってお越しください!」



回顧展で紹介されていた本や紹介文の一部を3テーマ掲載します。

デザイナーについて
デザイナーというのは忙しくなれば、モノを考える事もモノを探すヒマもありません。ただ目先の処理で一杯になってしまうのです。だからヒマな時に自分の引き出しを一杯にしておくのです。ヒマな時というのは必ずお金がありません。無くても無い中で何とか苦面(ママ)して引き出しをふくらませるのです。ヒマな時に引き出しに何をしまったかが、それ以後のデザイナーの価値を決定します。(続く)



(続き)
私は群れを作っての飲み歩きとか、麻雀とか、殆どしません。ヒマなときは引き出しを開けて、何時役に立つか判らないこういう資料を開けて、一人でニタニタしているのです。暗いのです。(以上)

これはデザイナーというより、仕事師として大切なことだと思う。アイデアの引き出しは多い方がよい。その引き出しをつくるのは普段の努力しかない。
芸術家であり、そして哲学の人でもある成田了氏。学ぶべき点が多い。



成田亨の人間観
私は、人類は進歩しないものだと思っています。進歩しないで変化してゆくものだと思っています。職を求める為に働き、恋に喜び、失恋に泣き、友と語り、嫌な奴と働き乍ら、一人一人は成長してゆきますが、人間そのものはメソポタミアの文明開化以来同じことをくり返しています。(続く)



(続き)
 しかし科学は進歩します。日進月歩、昨日のものは無価値です。科学技術の進歩は生活を変えます。革新的な技術の発達の中で、人間は人間全体の発展進歩だと錯覚して、ボケてゆくのです。営々として生きる本来の人間の姿を忘れてゆくのです。



(会場入り口付近の様子。受付隣のモニュメントが印象的)

怪獣のデザインについて)私は人間は進歩するものだと思っていません。人間は進歩はしないで、変容してゆくのだと思っています。
変容してゆく人間の本質って何だろうか? 私には判りませんが、人間の本質とか人間と自然が滅ぼした動物のことなどを考えながら、私は怪獣デザインをします。

ウルトラ怪獣のデザインをするに当たって、3つの規範を定めました。

1 怪獣は怪獣であって妖怪(お化け)ではない。だから首が2つとか、手足が何本にもなるお化けは作らない。
2 地球上のある動物が、ただ巨大化したという発想はやめる。
3 身体がこわれたようなデザインをしない。脳がはみ出たり、内臓むき出しだったり、ダラダラ血を流すことをしない。

「どんな困難に遭っても健全な子供番組を作るためには、この3原則だけは守ろうと思いました」と記載されている。

ウルトラマンの看板に見せられて入った美術館。得るものが多かった回顧展である。次回は今秋、青森県立美術館で公開予定とのこと。

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新しいグリコの看板、誕生ヒストリー

2015年02月14日 03時02分00秒 | 旅、風景写真

先月大阪へと旅行した折、戎橋に立ち寄った。道頓堀グリコサインは、2014年 10月23日リニューアル。
毎日新聞に掲載(2015年1月28日)された記事によると、1935年に登場した初代から数えて6代目になる。高さ約20メートル、幅10メートルの新看板にはLEDチップ約14万個を備え、日没30分後から24時まで、両手をあげたランナーが世界の名所を走り抜ける映像が楽しめる。社内外100名以上がした参加したプロジェクト。

98年に設置された5代目の架け替え話が持ち上がったのは2011年の秋。道頓堀のグリコ新看板をデザインを任されたのは鈴木輝生さん(50)。
大阪のシンボルだけに「これまでを超えられるか」と重圧を感じたそうだ。

ランナーが大阪城や通天閣だけでなく、ニューヨークの自由の女神や中国の万里の長城など世界をめぐれば、多くの国の人にもっと喜んでもらえる」。看板前で記念撮影をする大勢の外国人観光客の姿が新デザインのヒントになった。

各国領事館を回って映像の使用許可をもらい、海外の同僚の助けを借りて石畳の形や樹木の配置など映像のリアルさもこだわったとのこと。また、ミナミの風景に違和感なく映えるように4ミリ四方のLEDチップの間隔を調整するなど、2年間で20回の試作を繰り返して完成させた。

新看板をデザインした鈴木輝生さんは香川県出身。「輝いて生きる」良い名だ。
今後の活躍も祈念したい。

道頓堀グリコサインについての情報はこちら



昨年10月に撮影した一枚。戎橋は日本で一番人が多く渡る橋、そして撮影スポットだ。

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福岡城址ウォーキング

2015年02月13日 05時18分57秒 | 楽しむウォーキング



(福岡城址公園の説明看板より)

1月25日、大阪への旅行帰りに福岡城址を散策した。



堀には県指定天然記念物のツクシオオガヤツリが自生していると観光ナビに記載してあった。



下之橋御門と(伝)潮見櫓 。関ヶ原の合戦の後、徳川家康は、黒田長政に勲功として筑前名島(福岡)52万3,000石を与えられ、この地に城を築いた。

観光ナビによると、初代福岡藩主・黒田長政が、慶長6年(1601)から7年がかりで築城。平山城で、大中小の各天守台と約50の櫓があったと紹介されていた。



現在は多聞櫓(重要文化財)、(伝)潮見櫓、下之橋御門、祈念櫓などが保存され、大天守台は展望台になっている(現在工事中)。



城内には万葉歌碑もある。国指定の史跡で、別名「舞鶴城」とも呼ばれている。



広さ10万坪の敷地には、裁判所や美術館、スポーツ施設などや点在している。



南丸(二の丸南郭)にある国指定重要文化財の多聞櫓は、江戸時代から城内に残って いる数少ない建物のひとつ。



大濠公園へと出る。福岡城は10万坪あるという。確かに広い。10万坪とは東京ドームが約1万4000坪らしいので、7個分ってことか・・。しかし、東京ドームを見たことがない(-_-)

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母を訪ねて500マイル♪

2015年02月12日 05時02分01秒 | 旅、風景写真



(福岡県朝倉市上空)

1月23日~25日。大阪に住む母を長女と一緒に訪ねた。今回は宮崎、博多間を高速バス、博多、関西空港をピーチ航空を使い往復で13,200円という破格な料金で旅することができた。



(母の住む忠岡町)

現在、母は義弟の住む忠岡町に一昨年から住んでいる。



夜は、義弟と母、長女と宴席を設ける。昨年10月から3ヶ月。これまでは1年1回の交流だったが、今年から1年に2回。会う機会を増やすことにしている。



戎橋。道頓堀グリコサインは、2014年 10月23日リニューアル。
6代目になる 新しい道頓堀グリコサインは日没30分後から24時まで点灯しているとのこと。



なんば花月。今回は下見。次回は母を連れていきたい。



通天閣。たくさんのお店が並び活気がある。古き良き大阪を実感できる場所と感じた。
通りのたこ焼きが美味しかった。ぜひまた行ってみたい。



地上60階建て、高さ300mで、日本で最も高い超高層ビル「あべのハルカス」へ到着。



(中央のキャラクターは「あべのべあ」回文か・・♪)

天上回廊は東西南北360度に足元から天井までのガラスを配した屋内回廊。吹き抜け構造となっている。しかし、寒い・・・。
ダイニングバーが併設してあり、夜間は「光と音のSHOW」と共に楽しめそう!



東方面を臨む。手前がJR大阪鉄道病院。遠くに見えるのは高安山らしい。



西側方面を臨む。遠く大阪湾。明石海峡大橋も見えるらしい。

明石海峡大橋の主塔の高さは海面上298.3m。国内では東京スカイツリー(634.0m)、東京タワー(332.6m)、あべのハルカス(300.0m)に次ぎ、横浜ランドマークタワー(296.3m、海抜は300mで同じ高さとなる)を超える高さの構造物。(ウィキペディアより)
空から見る「橋」も格別です。

(旅を終えて)
2月8日、母から電話。
「疲れていない?かなりのいびきだったよ。80歳までの夢はいいけれど、今を大切にしないと未来はないよ。それと嫁は大事にしなさい。今のお前があるのは嫁の子育てや手助けのお蔭なのだから。言いたいのはそれだけ。それじゃまたね」とのこと。

この2週間いろんなこと考えてくれていたんだ。なんだかとても心に響いた。

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紙芝居本格デビュー

2015年02月11日 05時34分05秒 | 8月4日は「橋の日」記念日!



(飛騨高山産、拍子木を購入)

昨年「とんところ地震」紙芝居を制作後、宮崎県との協働事業をおこなうことになった。具体的には、紙芝居と紙芝居DVDを新しい情報を追加して再度制作し、宮崎県下の250の小学校へ配付することと、普及啓発をおこなうことだ。

現在2人の方に紙芝居の上映をお願いしているが、土日や夜間などの対応ができなかった場合、事務局である私はフォローに回る必要があるため、紙芝居の上映について、本格的に取り組もうと決めた。

とはいうものの、実際に紙芝居を上映をしたことは30回程度。まだ素人の領域なので、何かの力を借りたいと思い、上記の拍子木を購入した。実際、上映前につかってみると大好評。拍子木を打つと会場の雰囲気が微妙に変わった。驚いた。



上映前のひととき。こころを落ち着け、頭の中でシュミュレーションをした。



2/3 (火) 12:00より、古民家居酒屋 ほっこり2Fにて、ひむか寺子屋塾 おとなの見学スコーレのイベント「第4回橋の工事現場を見学しよう!!(昼食懇親会の中で)に参加。定期購読誌「じゅぴあ」により、一般公募された方々(38名)に対して、昼食懇親会会場にて「福島邦成と橘橋」と「とんところ地震」の2本を視聴いただいた。

皆さん紙芝居が懐かしいようで、熱心に聞いたもらった。また、石碑の場所など具体的な質問があり関心の高さを伺えた。最後に日頃から防災について意識していただけるようお願いして紙芝居上映の本格デビューを飾った。

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