「尿管結石」そして、「石」との別離

2020年04月30日 06時20分05秒 | ひとりごと
前回からの続き)

4月20日(月) 救急車で運ばれてから8日目。水分を2リッター以上、意識して飲むように継続しているが、慣れない私には量が多くて、苦しい・・・。夜7時脇腹に重い痛み、座薬を飲み横になって休み、90分程で痛みは引いた。

この病気は、 再発率70%と再発の多い疾患のため、日常生活では水分をしっかり摂取することとバランスの良い食事予防法として推奨されている。 これまで健康管理を意識してきたけれど、結果的にこの病気。還暦を過ぎ、10年間乗った愛車のように、メンテナンスの重要性を知ることとなった。

4月22日(水) 書類を届けるため知人Yさんの職場に立ち寄った。Yさんは、私が救急車で運ばれたことを知って驚いたという。彼も、「石」持ちとのこと。「石」繋がりになったね」と笑顔で談笑。お互い急にこころの距離が縮まったよう。「石」、こんな繋がりもあるのかと60年目にして、初めての感覚を味わった。(*^▽^*)

Yさんは、こう付け加えた。「先輩も尿管結石で、出てきた石を見せてもらったことがあった。まさに“軽石のこんぺいとう“のようだったと。こりゃ、痛いよね。私もこれから石がでてくるので、またくわしいことを教えて」と彼は結んだ。確かに、こんぺいとうのぶつぶつした突起を想像するだけで、痛みが増すように思う。それにしても救急車で運ばれる時は息絶え絶えだった・・・。



再び午後6時から痛みが少しあり、薬を飲み横になって休む。1時間程で痛みは無くなる。

4月23日(木) 朝、多量の血尿。もしかして、石が出た?、一瞬脳裏をかすめる。次回の診察が4月28日、そこで結果がでる。いつ襲ってくる痛みという爆弾を抱えたような毎日にサヨナラしたい。

4月27日(月) 23日以来、痛みはない。明日は診察日。結果が楽しみの反面、ちょっと恐い。もう、いつ襲ってくるかわからない痛みは勘弁して😭。

4月28日 病院での診察。腹部のレントゲンを撮ったが、石は見つからないとのこと。医師より「排出されたからも知れませんね、痛みが出たら薬を飲んで、病院へ来てください」とのこと。よかった♪。まずは一安心。

救急車で搬送されて2週間。この機会に何かを変えなければと考え続けていた。何故なら、こんな機会がないと気持ちや生活を改善できるないと思うから。あれこれ考えているうちに、気付いたら3つのことを始めていた。

1つは仏壇に一日の終わりと最後に手を合わせ、日々の営みにお礼と感謝すること。

2つめに、計画的に時間を使うこと。具体的には、左に計画、右に行動結果を書いたスケジュール表の作成。可視化すると、無駄が多いことがわかった。

3つめは、復習の徹底。何故なら、復習しないと脳に定着せず、学習が無駄になることが多い。これまで情報量を高めようと新しいことに目を奪われがちにだった。これまでは、知識が確実に定着していないため、不安もあった。結果的に時間がかけた割には成果が低かったように思う。

改めて、上記を眺めてみると病気を患って、「時間」を強く意識するようになったのだと思う。もしもあの時、命に影響があったらと思うと、ある意味拾った命とも思えるかもしれないと考えてみよう。

長くて短いこの2週間。こんな経験をしながら、成長していくのだなと改めて思う。今回は自分で仕掛けたというのが本音なんだけれど・・。どんなに頑張っても、仕事ができるのは20年。毎日が勝負だと思えるようになってきた。
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初、インコ。戸惑いながら育てています。

2020年04月26日 16時31分25秒 | ひとりごと
4月初め、嫁がインコを購入しました。名前は「メロ」と名付けました。種類は、ボタンインコ。アフリカ南部のタンザニア、東部ザンビア、北西部モザンビーク、北部ローデシアなどに生息するインコで、別名ラブバードと呼ばれるようにペアへの愛情が深く、一羽飼いなら飼主に対して愛情を注ぐためとても馴れやすいとウィキペディアで紹介されています。確かに、パソコンで仕事をしているとじゃれてくるなど、人懐っこい面はあります。

これまでは忙しくて、ペットの面倒を見ることができませんでしたが、コロナウィルスの影響で在宅勤務が多くなり、現在は餌やりやかごの掃除などをしています。慣れてみると、少しずつ自分のなかで愛情が増してくるのがわかります。


1日数回、かごから出してパソコンの上や机の上、手の中で遊ばせています。言葉は話せないし聞こえないと思うけれど、よく話しかけています。ところが、言葉のアクセントでわかるのか、偶然なのか、行動を変えてくれることが多くなりました。また、餌を食べる時、機嫌が良い時の鳴き声などのリアクションが大きくて、わかりやすい鳥だと感じています。

先日、体も大きくなってきたので鳥かごを購入しました。何度か鳥かごを見ているうちに、何か足りないなぁと考えて鳥かごの表札をつくったところ、いい感じに仕上がりました。



25年以上の前の話です。以前勤めていた会社は国道沿いにあり、たまたま窓の外を見ていた時のこと。一匹の鳥が中央分離帯に降りてきました。不自然な降り方なので気になり、しばらく様子を覗っていました。それから数秒も経たないうちに、数羽の鳥がやってきて、何度か一緒に飛び立つような動きをしていました。

そんなチャレンジが3度目くらいでしょうか、鳥たちは空高く飛んでいきました。ほんの一瞬の無言劇のようでしたが、鳥たちが助け合っているようにも感じ、その時は、ホロリとしてしまい、鳥でさえ助け合っているのだと思ったところでした。

コロナウィルス感染症の影響で、人を思う力というか人間力も試されているによう感じます。
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「尿管結石」その後・・・

2020年04月17日 10時59分54秒 | ひとりごと
救急車で運ばれた日(詳細はこちら)、その後の3日間の続きを掲載します。

13日に、病院から自宅に帰るも、まだ痛さが残る。横になって過ごす。午後から、オンラインビデオにて、樹木希林の最後の出演作となった「あん」(2015)を観る。とても印象的だったので、ストーリーを記載します。

○ストーリー
縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。そのお店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)。ある日、その店の求人募集の貼り紙をみて、そこで働くことを懇願する一人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく… (映画公式ホームページより転載)

映画では、印象的な桜の風景とともにドラマが展開されていく。人の弱さや強さなどが交差し、「自分はどうなの?」と、問われているような場面もあった。いい映画だ。
早めに就寝。

14日、久しぶりにぐっすり眠ったことから、気持ちよい目覚め。体調を確かめるため、久しぶりのウォーキング。特に、問題はなく感じたので、午前中のみ仕事。主に、官公庁への手続き。昼からは、ゆっくりと過ごす。マイペース、これが自営業の良いところかと改めて思った。その後、「尿管結石」に関わる一連のできごとをブログ記事として掲載する。同内容をフェイスブックに転載した。

15日。以前から約束のあった70キロ程離れたM市公共施設での職業相談。最初は元気のなかった方が、いい顔をされて部屋を出て行く後姿に、ここまで頑張って来て良かったと改めて感じた。

予約の方が全て終わった午後4時、急に腹痛が襲ってきた。薬を飲み、落ち着いたところで会場を後にした。その後、M市に隣接する町にカフェをオープンした仲間のところへ向かう。珈琲をオーダーし、ご主人とともに雑談。その後、自宅へ。夜は特に痛みもなく就寝。

16日 ブログに沢山のアクセス、一方フェイスブックには、100名以上の方からコメントいただいた。寄せられたコメントには、自身の経験談や予防法、周辺知識、意識の持ち方、病気に対する考え方など、多くの情報をいただいた。そのメッセージに、ひとつひとつ返信するなかで、自分自身の気づきというか、大切な何かに思い巡らせることができた。

ひととおりコメントに返信した午前10時。昨日の相談内容の振り返りをおこなった。相談者へかけた言葉と反応、情報提供の内容や質は適切だったのか、時間の使い方などを再考。いつも反省ばかりだが、改めて「命輝く、人と組織へのお手伝い」を理念に、自分を磨き続けていく果てない旅だと思う。

午後7時、急に腹痛。座薬で落ち着く。まだまだ、体内の「石」と出会えるまで時間がかかるかとは思う。それは、人生において何か意味があり、何かのサインだと思い定めて、2週間といわれた排出日まで、心に刻んでおきたい。

どこからか「本気で理念実現する気あるの?」との声が聞こえた。
ブレない自分でありたい。

続きはこちら

独り言のブログに、お付き合いいただき、ありがとうございました。
コロナウィルス感染症の影響もあるなか、頑張っている皆様のご健勝を祈念します。
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まさか、自分が救急車に乗せられるなんて

2020年04月14日 21時33分43秒 | 健康管理
4月13日月曜日の午前1時20分、お腹が痛くなり目が覚める。腹痛かと思い、トイレにいくも便意はなく、1時間程様子もみるも、睡魔の方が勝り眠りに落ちる。

午前5時、再び腹痛。今回は、歩けなくなる程の激痛。どうしようか・・・。これまで経験したことのない痛み。それでも、もう少し待てばと思い我慢するも、限界。午前6時、妻の運転で夜間急病センターへ向かう。途中、同センターへ架電。

電話にてコロナウィルスの影響について聞かれるも該当項目もないと伝えたが、痛くて途中で吐きそうになったと話すと、受け容れができないと断られた。朝7時までの診察時間、またコロナウィルスの影響もあり仕方がない諦めた。
同病院までの途中にある市民の森駐車場に車を留め、妻が救急車を呼んだ。

8分後、救急車到着。簡易検査が始まる。血圧を測ると「110-180」。聞いたことのない数字も信じがたい気持ちになるも、右腹が痛さで頭の中は、真っ白になった。
救急車を呼ぶなんて、敷居が高く感じていたが、まさか自分が乗るとは・・・。しかし、呼んで良かった。病院まで我慢しよう。心に言い聞かせた。

午前7時、古賀総合病院に到着。CTなどをさまざまな検査を受け「尿管結石」との診断。医師によると石が排出されるのに2週間程かかるとのこと。座薬などで痛みは治まり、午前10時、診察を終え自宅へ。その後、若干の痛みは続くものの横になって過ごした。そして翌14日、痛みは収まり通常通り仕事。

まさか、自分がこんな病気になるとは・・。これまで、病院にかかったことがなかったけれど、60歳を過ぎ、歯や目などで、医療費を使うようになった。そして今回。先輩から60歳を過ぎると、身体や気持ちに変化があるからと言われてきた。しかし、健康管理はしているし、モチベーションも維持するよう努力してきたつもりだった。

だが現実にはこのありさま。健康に感謝しながら、若くはないと言い聞かせよう。身体が資本である事業主は、程よいアクセルとブレーキを上手につかって前へと進むのみ。

でも、まだどこか健康を過信している自分がいる。だからこそ頑張れる自分もいる。腹落ちするのに時間はかかるのかな。

あ~危ないこの考え方。「危機管理のサインがでてるよ!見逃し三振(お陀仏)ってならないようにね」と、どこからか声が聞こえてきそう。
皆さん、健康に留意してください。こんなことを言える立場ではないのですが、最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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新型コロナウィルス感染症の影響で仕事を失った方へ

2020年04月06日 10時05分57秒 | 起業そして・・
 
 (RRiceさん提供)

新型コロナウィルス感染症の影響の収束が見えないなか、求職活動をされている方は、求人が減ったり活動が制限されたりなど、不安や焦りが募り、どうしたらいいのか路頭に迷ってしまいます。
 しかしこんな時、一歩でも前へ、明るい未来を信じて歩んでいくことで、不安を和らげることができると思っています。

 この度、新型コロナウィルス感染症の影響で職を失ったの方を対象に、電話やメールなどをつかって無料相談をおこなうことにしました。相談から就職、定着までの支援をおこないます。

これまで6年間、就労支援施設での支援に従事し、現在も年間45名の方の個別相談もおこなっています。 まずはお気軽にお問い合わせください。なお、宮崎県内のみの対応とさせていただきます。

          ご案内
対象:新型コロナウィルスの影響で失業された方(年齢を問いません)
内容:就職活動のノウハウ、情報提供や応募書類の添削、これまで、そしてこれからの生き方など、求職活動に関わること全般
支援方法:電話やメール(SNS含む)、ご希望の方には面談可。相談回数の制限はありません。
開始日:4月8日(水)より
担当:合同会社アシタネプロジェクト 代表社員 鶴羽 浩
費用:無料
お申込み方法:メールにて、件名に「相談希望」として、本文に
①お名前②電話番号③支援方法(電話、メール、面談、その他)を記載の上、お申し込みください。折り返し、ご連絡差し上げます。
連絡先:メール:info@ashitane-project.jpまたは、問い合わせフォームから

※支援にあたっては、所属する一般社団法人日本産業カウンセラー協会の倫理綱領を遵守します。

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手紙のチカラ

2020年04月04日 06時25分41秒 | 文章、表現力を目指して!
最近、手紙を書くことで、さまざまな課題が緩和されたことがある。特に両親への手紙は、顕著な例なので紹介したい。

私の両親は、大阪市住吉区で印刷会社を経営していた。倒産により両親は離婚。私は、父の故郷である宮崎県延岡市に移り住んだ。3歳の頃である。

30年程前、私の結婚を機に離別した母と再会。再婚し、子どもは警察官。ご主人とは死別していた。それ以降1年の数回、電話でお互いの近況などを伝えあった。私が50歳を過ぎた頃から、時間に余裕のできるようになり、母の住む大阪に1年に数回訪ねて行った。

母は、読書家で辛口のコメントをよく聞かせてくれる、几帳面で、何事にも一生懸命である。80歳を越えた頃から、気疲れからか私との面会が辛そうに感じてきたため、その後は電話でやりとりするようにした。

そんな母も電話で話すのが辛そうに感じてからは、私からは電話をかけず、母からの電話を待って、話すようにした。何故なら電話がかかってくる時は、母の体調が良い時だからだ。

その電話も、辛いように感じてきたこの頃、意識して手紙を書くようにした。その結果、母は「いつでも読める。また手もとに文字が残り、励みになるよ」と話してくれた。また、本や写真を添えると、とても喜んでくれる。これからも、タイミングを見て手紙を書きたいと思っている。

そして、父は70キロ程離れた延岡市にて、ひとりで暮らしており、地元のシルバー人材センターで毎日のように働いていた。しかし、昨年の10月、仕事中に脳幹梗塞を発症、入院生活となった。病院の介護のお蔭で、1月末に退院することができた。この間、週に2~3回、病院で寝泊まりをしながら支えた。退院の1ヶ月前、認知に少し問題があり、車の運転や日常生活に不安が残るため、私の住む宮崎市に転居してもらうことを父に告げた。

答えは「認知症ではない。宮崎にはいかない」と。「車の運転は生活に必要で、住み慣れた家を離れたくない」と強く言われた。説得したけれど、火に油を注ぐ状態だった。そして悩んだ末、手紙を書くことにした。

脳梗塞を発症した日のこと、入院生活、トラブル・・・など、これまでのことを時系列で事実のみを書いた。その上で、宮崎市に移り住むことで出来ること、これからの人生を私がどう支えたいかと綴った。

それから1週間。父は、宮崎市の老人ホームへ入居すること、車は手放すこと、これから新しく人生を生き直すことを決意したと私に話してくれた。

あれから2ヶ月。父は、宮崎市内の老人ホームで元気に暮らしている。遠く離れていた延岡と違い、父親との面会も1週間に2、3度できるようになった。現在は、新型コロナウイルスの影響で面会は叶わないが手紙を書いて、父を励ましている。

一方、私自身も先輩や仲間からの手紙に、励まされている。文面から伝わる思いや熱量に、勇気づけられる。電話もメールも便利、しかしそれ以上に手紙は、人と人をつなぐツールだと思う。
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