あしたのタネをまく、アシタネブログ!

今日よりちょっといい、明日にしませんか

ゆけゆけ50代、ブログ投稿700号目。

2015年12月30日 06時05分00秒 | ブログの12年のあゆみ

50歳最後の夏から始めたブログが今号で投稿700本目。

当初は記事を探しに、いろんなイベントを出掛けた。そして、カメラを購入し、記事の幅を広げたこと。続けてゆくうちに、ブログを書くことが生活の一部となった。

1週間に1度投稿して、5年半。しかし、どうしても書き留めておきたいという記事もあり、今振り返ってみると700記事。3日に一度の投稿という計算となる。

ブログは、自分自身の記録という面がある一方、自分を客観的に見ることの出来るツールでもあると思う。本当の自分は、ここかなと思いつつも、掘り下げていくと別の自分がいたりする。ある意味「芋掘り」。または、玉ねぎを剥く作業だという人もいる。

芋掘りでは、最初の芋をたどっていくと、次の芋がある。掘り下げていくと、また芋がある。好きな芋も嫌な芋にも出合う。しかし、それらすべてを含めての自分である。

人は一生、自分探しの旅。案外、自分のことはわかっているようで、わかっていないのが自分なのだろうと思う。

ブログという自分の鏡を通して、50代の今を、自分らしく生きていければと思う。


大人の子守唄、井上陽水「結詞」

2015年12月27日 05時12分09秒 | アコースティックライブと音楽

この歌は、いまから37年前買った井上陽水のアルバムに収録されたいる曲。その当時高校生だった私は、友人の兄が好きな曲という認識しかなかった。数年前、久しぶりに聞いたことをきっかけに、3ヶ月前から子守唄のように、聞きながら眠っている。

短い言葉、行間の中に宿るこころのイメージを浮かべながら夢の世界へ・・・そんな感じだろうか。一方、陽水の美しい歌声、つぶやくようなアコースティックギターも魅力だ。2曲目の「積み荷のない船」も逸品である。(歌詞は文末に)

結詞

作詞:井上陽水

浅き夢 淡き恋
遠き道 青き空

今日をかけめぐるも 立ち止るも
青き 青き空の 下の出来事

迷い雲 白き夏
ひとり旅 長き冬

春を思い出すも 忘れるも
遠き遠き道の 途中でのこと

浅き夢 淡き恋
遠き道 青き空

結詞 井上陽水


「積み荷のない船」


作詞 井上陽水、作曲 井上陽水/浦田恵司 編曲 

積み荷もなく行くあの船は
海に沈む途中

港に住む人々に
深い夜を想わせて

問に合えば 夏の夜の最後に
遅れたら 昨日までの想い出に

魚の目で見る星空は
窓に丸い形

旅行き交う人々が
時を楽に過ごすため

サヨナラは 雨の歌になるから
気をつけて 夢と夢が重なるまで

過ぎ行く日々 そのそれぞれを
なにか手紙にして

積み荷もなく行くあの船に
託す時は急がせて

帰るまで 好きな歌をきかせて
会えるまで 胸と胸が重なるまで


ウォーキングを開始して1年。変わったこと変わらないこと。

2015年12月26日 05時43分22秒 | 楽しむウォーキング



(階段を登るごとに一枚づつ葉を置いて、数をカウント)

昨年、11月から始めたウォーキング。目的は、健康診断で要経過観察の診断がでたことが目的。実際始めてみると、歩く時間がもったいない。 ウォーキングには、時間にして40分程かかり、準備やその後の時間を含めると1時間はかかる。
最初にウォーキングの恩恵を感じたのは、健康診断の再診察後、要検査事項の数値が大幅に改善されたため、ウォーキングの継続を決めた。

その後、歩くことを楽しもうと気持ちを切り替え、一日7,000歩から徐々に歩く距離を伸ばして目標を1万歩をとした。また早朝や昼食後も歩くようにした。

あれから1年。目標を達成できる日も、雨天で歩かない日もある。継続してきたお陰で、100グラム単位の体重増減を意識するようになったこと。いつも変わらず体調がよいことがメリットである。しかし、宴会が続くと元の体重となり、痩せるのに2週間近くかかる。痩せるのは難しく太るのは早いとつくづく思う。特にお腹周りは、体重2キロ減に対して2センチと変化が少ない。


(朝7時前の一つ葉有料道路にて)

一方、ウォーキングの楽しみは、朝の冷たい澄んだ空気で、清々しい気持ちにさせてくれる。また、歩きながらいろんなアイデアが浮かんでくることがある。その上、自分を振り返る貴重な時間となっている。

一年続けたお陰で、ウォーキングが潤いと生活リズムをつくっている。健康維持だけではないものを発見できた。


ツアーの様子が、宮崎を楽しむ大人の情報誌「じゅぴあ」に掲載。

2015年12月25日 03時24分12秒 | 旅、風景写真



橋マニアが行く!地域のお宝再発見ツアーの様子が、宮崎を楽しむ大人の情報誌「じゅぴあ」に紹介された。

上記ツアーを実施したのは、9月。出発は宮崎県庁前。一日目は高さ175メートルの女神大橋の主塔に登り、二日目は、熊本県内の石橋を回るツアー。
旅の様子は以前このブログの、【長崎編】、【熊本編】にて紹介。

同行取材していただいたMさんから「 男性17名、女性3名の20名が参加し、橋の専門家、研究者から主婦まで、幅広い層が集っか今回のツアー。和気あいあいの雰囲気はとても居心地が良く、まるで橋が入との絆もつなげてくれたように強く感じました。また、思い思いに見学し、感じ入る光景は修学旅行のようでした。奥深い橋の世界への探究がますます高まった旅となりました」との感想を情報誌にて紹介いただいた。

じゅぴあ初春号は宮崎県内の書店で販売中。


美しい明け方前の空、暮れなずむ空

2015年12月24日 04時51分10秒 | 旅、風景写真



早朝、7時前の一つ葉有料道路の様子。キーンを冷え切った道をひたすらウォーキング。



午後6時、石崎川にて。

朝、どんな1日になるのか想像する瞬間。ひとり、こころのスイッチを入れる。健康を満たす食事と身だしなみを整え、自宅を出発。
今日も1日元気でいこうと・・・。また新しい1日が始まる。


パワーアップセミナーもひと区切り

2015年12月23日 06時19分37秒 | シニア産業カウンセラー


(研修用のパワーノート)

今年は、人生で一番深く、そして多く勉強した一年だった。それというのも、産業カウンセラー協会主催の「シニア産業カウンセラー」資格取得研修に参加したからだ。シニア産業カウンセラーとは、「産業カウンセラーよりも高度な知識を持ち、企業従業員全員を対象にし、職場で人間関係やストレスに悩む方のカウンセリングとケアをおこなう心の専門家」  とされている。現在、この資格取得を目指すことで、人を支援する本物の力をつけていきたいと考えている。

今年7月から11月までの間に、6講座を受講。各講座では、事前課題提出、講座受講、修了レポートの提出が求められている。実際取り組んでみると、約半年間、毎朝2時間、帰宅後の1時間、土日の3時間程度を費やした。上記のパワーノートも60ページ丸ごと使っていると言えば、状況を理解してもらえるだろう。あと、1年半さまざまな活動と平行して学んでいくことになる。

一方、突然のアクシデントもある。それは12月の研修が中止になったこと。準備も済ませ手配等もおこなっていた。本当に残念だった。しかしそのお陰で、12月開催イベント準備や、記録誌の編集に、時間を投入することができたり、来年8月の「橋の日」30周年イベントの手配等も平行しておこなうことができた。

考えて見ると、すべての活動を100%続けていたら、消化不良を起こしていたのだろう。ある意味、これでよかったんだろう。
来年は、1月末より講座がスタート。気持ちを切り替えていこう。


災害ボランティア活動、2年間の気付きと歩み

2015年12月22日 04時55分48秒 | まちを良くする活動

(以下の文章は、(一社)産業カウンセラー協会宮崎地区交流会で発表した災害ボランティアの活動報告です。)

災害ボランティア活動は、災害時における産業カウンセラーの資質を活用した被災者支援を目的に、行政ならびに様々な団体との連携をしながら活動を目指すもの。一方、この活動は2013年の交流会から生まれた自主グループであり、九州支部内で最初の災害ボランティア活動グループという期待も担っている。

 前回交流会では、産業カウンセラー協会の元関西支部長から「災害とこころ」の基調講演を受け、分科会で継続的に学ぼうという意見が出され、その後の活動に繋がった。しかし、災害への取り組みは初めてのことで、暗中模索の中で活動を進めてきましたが、身近に前例がなかったことが結果的に、良い結果が出せた。

3つの例を上げたい。まず、定期的な会議について。参加者は多忙な方が多いので、定例会を2月に1回とした。しかし、1回会議を休むと4ヶ月の空白ができ、次に参加し辛いということを耳にした。そのために、会議案の事前配付や、議事録の早期配付を心がけた。今後は、月に1回の開催や毎回セミナーを入れることなどを検討中である。


(KJ法をつかって意見を可視化)

次に、どんな活動を進めようかと考えた時、活動の原点を大切にしようと、「被災者の気持ちを想像する」「災害ボランティアとしてこんなことができたらいいな」という、メンバーの意見をカードに書いてもらい時間をかけて1枚づつ整理し参加者で共有した。これが今、参加者の絆を深めていく土台になっている。

3つ目は、災害について知らないことが多く、防災士の資格取得をしながら学んでいこうと取り組んた。この取り組みは、非常に得るものがあった。

たとえば、宮崎市消防署管内(宮崎市内と国富町、綾町のエリア)に9台の救急車が配置されており、救急車が現場に駆けつけるまで平均9分かかるといわれている。しかし、この9分間の時間が、大切な人の生命を左右する。よって応急手当の大切さを知った。


(DIG研修風景)

DIGと言われる机上訓練を行った。現在の宮崎市内の地図に、大正・昭和時代の地図を重ねて、防災マップをつくろうというもの。そこでわかったのは、いくつかの沼地が住宅地に変わっていること。台風な河川の増水などで浸水した場所の境目となる場所に神社が建っていることを知った。改めて先人の知恵を、身を以て理解した。

現在、この活動グループには22名の登録会員がおり、2016年1月には2回目の全会員を対象とした研修会の実施、3月に2回目の例会(総会)を迎えるところまでたどり着くことができた。長いようで短かった2年間余りだった。

さて、これまでの活動で学んだことや気づいたことを紹介したい。3つのポイントに絞って紹介したい。

1、それは「自分の命は自分で守る」という意識。

実際、災害が起き、ボランティアにでかけようと思っても、自分がケガをして動けなかったり、家族から「止めてお父さん、家族のことが先でしょ!」なんて言われたら、笑うに笑えない。まずは、災害ボランティアに自分がお世話にならないように備えること。防災士の研修では、「自分の命は自分で守ってください」ということを学んた。当然のことだが、改めて考えてみると、新たな自覚がでてきた。必ず、自分が生き残って支援するという覚悟ができた。それは自分の中にある「いのちのパワー」に気付いた瞬間。そのためにも、防災意識の高めること、家具の固定など身の回りの整備、家族の命を守れるように災害への心構えや離れ離れになった際の集合場所や連絡方法を決めた。

2、災害の認識について

「災」「害」は、自然災害だけではないことを知った。事件、事故、パワハラ、その人にとってそれが災害と受け止められるものは災害。そのように考えると、現実には、多くの災害が身の回りに存在する。
30年程前になるが、同僚をキャンプでの水害事故で亡くしたことが、関係者のこころの傷に今も尚、残っている。助けられなかったのだろうかと・・。
身近な「災」や「害」について、理解し、寄り添い、適切な支援やリファー(紹介)をすることができることが大切だと感じる。産業カウンセラーとして、自分の知識やこころを磨きたいと意識が変わり、モチベーションが上った。

話は少し脱線するが、詩人の想像力について。「地球の裏側で起きた事件の当事者の気持ちを描くことができる」ということを聞いたことがある。私は詩人ではないが、想像力を鍛えることはできると思う。それは、言葉や仕草、表情の変化の向こう側にある想いを「観て」て「察する」ことだと思う。今年10月にサワコの朝で、コロッケさんが話していた言葉が印象的だった。少年時代から右耳が聞こえにくくなっているコロッケさんは、「目で聞く、耳で観る」ことを大切にしているそうだ。目で観て、耳で聞くが通常ですが、その逆。耳で聞いて音を想像する。目を閉じて耳だけで観る。私達産業カウンセラーに示唆を与えている言葉だと思った。      

3、具体的な支援はふたつある。

被災した日からの時間の流れによって、支援の方法が違う。被災直後の被災時の苦しみを知る(例:自宅や家族の被災、知り合いの被災、眠れない、衛生的な問題、困った隣人)に寄り添う支援。以前、PFA研修(こころの応急処置)で、グランディングという技法を学んだ。散らかったもの片付けや掃除などの肉体的支援をしながら、「傾聴」を足していく支援が考えられる。「片付けをしながら、○○が見えますか?お名前が言えますか?膝を軽く叩いて」などの行為で、落ち着いてもらうことができると聞いた

ふたつ目の支援は、被災時、生活が落ち着いてからの支援。被災後の自身の健康問題、人間関係や将来設計など、苦しんでいる被災者の悩みは多岐に亘る。そこに、産業カウンセラーで学んだ傾聴のスキルが活用できると思う。


(全国会員研修会イン沖縄の様子)

他県の取り組みの事例紹介。今年5月の全国会員研修会イン沖縄で、災害ボランティアの学習会に参加した。中部支部(名古屋)では2012年専門家を呼び、公開講座を実施している。PFAの有資格者が誕生。中部の国土交通省に呼びかけ、ライフライン企業、学識経験者を対象に防災・減災に取り組む、中部圏戦略会議の立ち上げに参画し、災害支援の中核を一翼担っていることを知った。産業カウンセラーとして、できることは何か。ここ宮崎で自分達の身の丈にあった支援は何か?考えながら、支援出来る力を身につけていきたいと強く思った。

最後にこれからの活動の課題と展望について。災害は、いつ襲ってくるかわからない。あまりゆっくりしてはいられないのだが、ひとつは人材育成。それに対して、災害対応の為、知識向上と技術の研鑽することで対応したい。

次に、ボランティア活動の体制づくり。それには、定例会にて継続的に運営方法を検討する予定だ。たとえば、夏休みにラジオ体操のカードのイメージ。参加したらカードに捺印。これと同じように、支援に必要な講座に参加することで基礎的な知識を習得し、災害ボランティア登録を完了。

災害支援要請の際には、登録した方に希望をお伺いして、参加要請を願うというような仕組みづくりをしたい。そのためには、登録会員を増やすことだが大切である。分母が多ければ、無理なく継続的な支援が可能となる。それは、直接現場で支援に当たれる方ばかりでなく、支援のアイデアを出す方、連絡係など事務局的な役割を担う方など後方支援も必要であるため、参加者を増やすことが課題である。

難問山積ではあるが、根気強くひとつひとつの課題をクリアしていきたい。


ささやかだけど、風景になじんでるイルミネーション(宮崎市編)

2015年12月21日 05時11分48秒 | 旅、風景写真

クリスマスまであと、4日。まちのあちらこちらがイルミネーションに彩られ、華やいだ気持ちに誘います。
ささやかだけれど、風景になじんでいると感じた風景を掲載します。



写真は、JR宮崎駅前の様子。この日は雨だったが、路面にイルミネーションが反射してキレイでした。雨の日もまた趣がある。



こちらは、宮崎市役所前から橘橋を望む風景。宮崎市を代表すると言われる橘橋へと続く道。


人生の坂道、マサカの坂。

2015年12月19日 14時15分53秒 | ひとりごと

 「相談があるんだけど・・」それは、友人からのLINEメッセージは流れてきた。
それは20年来、つきあいのある友人Aさんだった。現在は、50歳を過ぎ中学生の子どもと妻の3人で暮らしている。

週末の土曜日19:30、街中のファミレス。久しぶ叫こ見る彼は、少しやっれた感じに思えた。
お互い普段の暮らしぶりについて話した後、彼は難病を発症して5年あまりが経過していることを打ち明けてくれた。病名はパーキンソン病。脳の障害により、身体の筋肉が固まっていく病気だ。これまでの生活の様子を伺った。 5年という長いトンネルの中をひとり歩いていく、そんな毎日だったと振り返った。その上で、行政がおこなっている公的支援の相談窓口と支援プラン、今後の資金計画についての考え方、更に病状が悪化した時の働き方、同じ病状を持つ患者の会などについての情報を提供した。

友人と知り合った当時、私も彼と同じIT関連企業に籍を置いた。月400時間以上の仕事を共にしたこt。これまでお互い多くは語らなかったが、ひたむらに仕事をする仲間としてつきあってきた。結婚にいたるまでのふたりのこと、結婚式でのこと、いろんな思い出が蘇える。それだけに、彼に襲いかかった突然の出来事は、身につまされるものがあった。 

家族の成長と安定を支える重要な時期に、突然の発症。どんな思いで生きてきたのだろうか。そして耐えきた日々。人生の「まさか」は、突然襲ってくる。50代は胸突き八丁の坂。高齢の両親、身体のあちこちが衰えていく自分自身や家族の健康。環境の変化。そのまさか・・ということが、いつ起きるかもしれない50代。しかし、襲ってくる不幸とは戦わなければならない。生きて、生きて、生き抜いていくことが、真に生きることだと先輩が教えてくれた。


会議で二度びっくり。

2015年12月10日 07時26分42秒 | ノンカテゴリー

先日、ある会議に代理出席した。資料は事前送付が慣例となっている。代理ということもあり当日、資料一式が準備されていると思い参加した。しかし、資料は届いていなかった。慌てて、手持ち資料を関係者にコピーしてもらった。

今回の会議では、担当者から「資料説明とグループの近況報告」の依頼があった。ところが当日の議事の上がっていたのは、依頼以外の内容で更にびっくり。

どうしよう・・。言い訳はできない。自分のやるべき事に集中しようと気持ちを切り替え、会議の主旨を理解した上で、7分間の持ち時間をこなした。

担当者への疑問はあるものの、その事実を私がどう受け止めたかではないかが大切ではないかと思った。つまり私は、頼まれたから・・・という立場で、安易にその役割を考えていたのではないか。代役=代表としてのとしてのを果たすためにどんな準備をしたのか。自分の甘さを反省した。

しかし、依頼内容への踏み込んだ内容確認は正直言いづらい。特に目上の方には・・。一方、会議を前に、前回の会議資料を精読したり、自分なりの仮説を立てることは可能である。勿論すべての会議という訳ではなく、重要性を高いものだけでも。

今回の出来事で改めて感じたことは、多くの方が時間を共有する会議。貴重な時間を活かす意識を持つこと。行事(会議)への目的意識と行事全体とみる視点を持つこと。人はどうという事ではなく、自分自身の問題。よりよく生きるってことかな。


今年最後の大阪旅行

2015年12月06日 10時20分44秒 | シニア産業カウンセラー



11月20日より23日まで、今年最後のシニア産業カウンセラー育成講座に参加するために大阪へとやってきた。
フェリーを利用するのは、3回目。



フェリー利用のメリットは、1,旅費や低料金(二等寝台で7,000円程度。但し事前予約要)2,お風呂がある(3メートル、1.5メートル角の風呂。サウナが利用可) 2,食事が安価(朝定食500円) 3,夜景や海からの風景が楽しめる。 4,のんびり読書が勉強ができる机がある。デメリットは、同室のメンバーがイビキをかく人の場合、睡眠不足となること。



前日19時に宮崎港を出発したフェリーは、7時に神戸港へ到着。下船時は、早めに船内の下船口に並ばなかったため、バスに間に合わず、バス会社が手配したバスが来ること15分程、出発時間が遅くなった。下船30分前の下船準備は大切なポイント。



初めて見たランピング列車。2015年に開創1200年を迎える世界遺産・高野山。これを記念して、高野山開創1200年を彩る絢爛優雅な特別列車「特急こうや 高野山開創1200年特別仕様」を期間限定(2016年2月まで)運行



22日は、大阪知事、大阪市長選挙の日。


今回の研修は2日間。ファシリテーションについて学んだ。振り返ると7月から東京2回、大阪4回、計6回の講座に参加した。
事前課題の提出や、修了レポートの提出もあり、毎日勉強に追われたものの、本日最終レポートを提出した。



最終日、三ノ宮にて。少し雨も降り出した。



夜の神戸港は開港150年記念を迎えている。



美しい夜景。旅も最終日。いよいよ宮崎へ。
24日8:40到着。そのまま職場へ。