あしたのたね育てていますか、ブログ「アシタネ」

未来への不安もあるけれど、夢や希望のタネを見つけ育てていきたい・・・。
日常の出来事や感じたことなどを発信しています。

介護との両立、関わって気づいたこと

2019年12月27日 05時48分52秒 | 家族・仲間の話題
父が脳梗塞で救急車で運ばれて2ヶ月。入院当初は、環境が変わったせいか幻覚が見えたり、ストレスから語気を荒げる場面、また深夜、病院外へなどで、度々病院のケースワーカーから呼び出された。

その都度、病院に寝泊まりしながら、看護師さんに力を借り急場を凌いだ。1ヶ月もすると、認知の問題は若干残るも、普段の会話ができるようになり、退院の話がでるようになった。しかし、普段、顔を見せなかった分、そばにいてあげたいとの思いもある。妹も、延岡市外に済んでおり、自分の店を切り盛りしているため頻繁にはこれない。

夜間における病院の付き添い、仕事が終わると自宅のある宮崎市から70キロ離れた延岡市まで、電車で通い、朝5時に宮崎に帰り出勤するという生活を続けた。月15日の嘱託ということもあり、有給休暇と併用しながら、年末を迎えた。

勤務先は公的機関で、理解のある上司もいることから、休暇は取りやすいが、この先を考えると、仕事に穴を空け続けるのも問題。

若い世代ならどうするのだろう。仕事はもちろん、子どもの成長期。携帯電話を片手に綱渡りのような日々を送ることになるのではないだろうか。家族の支援はもちろんのことだが、企業や社会は、どんな支援ができるだろうか。

特に、中小企業では人手不足であり、できる支援も限界がある。妻任せでは、済まない。会社の制度や身近な親戚や知人、公的な支援やソーシャルワーカーなどの専門家のアドバイスや支援、いくつもの支援ラインを確保しながら、両立していくことが大切だと思う。キャリアコンサルタントとして、何ができるか自問している。

コメント

84歳父、現役で働く。人との交流、快眠快食、プラス思考が秘訣かも。

2019年08月18日 20時39分24秒 | 家族・仲間の話題


 父は、私の故郷延岡市で一人暮らしをしており、あと2ヶ月で85歳を迎える。現在もシルバー人材センター(以下センター)で週4日程働いてる。

 センターで働くことになったきっかけは65歳の時。定年後のある日、よく行く釣り場で時々一緒になる方が海外ボランティア活動から帰ってこられ、「遊びだけじゃなく、人のためになることで自分らしく生きていきたい」と話した言葉にショックを受け、このままではいけないと一念奮起。センターに登録し働き始めた。

 その頃の父は、働くことによって、職場の仲間、仕事先の方とも仲良くなり、世界が広がったように感じた。パソコン教育にも通い始め、ホームページを立ち上げるなど、仕事一辺倒だった父が変わり始めた。

 それから20年間、週5日働きながら2つの農業法人の監査なども引き受けるなど、精力的に活動している。一方、女性の友達もたくさんでき、私も飲み会にも数回誘ってもらったが、異性の友達ができると元気になるようである。

 センターでは男女問わず働いており、自然と異性の仲間ができることで、イキイキしてくる人も多く、中にはそんなつきあいを家族が反対して、センターを辞めさせることもあるのだそうだが、連れ合いが元気になることはうれしいことであり、どうして信じてあげないのかなと私は思う。

 今夏、お盆に帰省した際、父は作ったばかりのトラック荷台を見てくれた。左右の衝立と底面の板があると、ゴミ焼却場で荷物を一挙に捨てられるとのこと。昨年夏に倒れて依頼、役職は降り、仕事の量を減らしたという父。しかし、仕事がないとじっとしていられない性分で、今年から選定作業で出るゴミを運ぶ仕事などの比較的手間のかからない仕事へとシフトして働き始めた。

 暑い日差しの中真っ黒になりながら働いている父を見ると、元気でいてくれて本当にありがたいと思う。反面、交通事故を起こしたり、巻き込まれたりしないよう祈るばかりである。

 若い時から元気だった父。人との交流、良く食べよく眠ること、プラス思考が現在の父の健康を支えているように思う。そして、人から必要とされる存在が仕事であったり、家事や孫育てやボランティアなどの無償の仕事であったりすると思う。

 お金は使えば無くなるが、こころはいくらつかっても減らない。不安な時代でもあるが、身の回りの人とつながって、そして支え合って楽しく生きていけたらと思う。

コメント

還暦同窓会、中学校愛にあふれたひととき。何故なら同窓生が卒業校の校長に

2019年08月13日 21時11分35秒 | 家族・仲間の話題
あと1週間あまりで還暦を迎える私。先日、8月11日(日)に昭和50年卒業東海中学校還暦同窓会がおこなわれ参加した。今回も司会をして欲しいとのリクエスト。2回目の司会、おだてられるとのってしまう私は、即引き受けた。

今回は、同窓生が同中学校の校長として赴任していること、還暦同窓会ということも手伝って、連絡のとれた県内外の同窓生170名あまりのうち、約半数の78名が参加した。

当日午後2時に中学校への見学、30名あまりが参加したとのこと。そして午後6時からは、会場となったキャトルセゾン松井で、浴衣姿や和服姿に身を包んだ同級生達が会場を訪れた。

男性は顔が赤くならないうちに、そして女性はお化粧が落ちないうちにと、集合写真。カメラマンは、市内の小中学校、11校の卒業アルバムを制作している木村君。美しい集合写真を提供いただいている。

その後全員が着席したのち、私は赤いちゃんちゃんこならぬ赤い帽子を被って、司会進行を進めた。まずは世話人代表挨拶のあと、来場いただいた3人の恩師方の紹介、そして世話人の大崎君から乾杯音頭。始終和やかな雰囲気で進められた。

途中各テーブルを回った際、ショックなことがあった。それは女性から「鶴ちゃん、覚えてる?」と聞かれ、顔を思い出せなかった。正直に覚えてないと答えたところ「もう話はしない」とバッサリ!。ひー。思い出せない自分自身にもショックを受けたが、1時間後気をとりなおして、新たな関係をつくればいいかなと、彼女に積極的に話しかけ新しく友達になることができた。そして1日が経った頃、ようやく思い出した。あー卒業生アルバムを見て、参加すればよかったと反省。予習は必要だな、自分の記憶を過信していたことに今更ながら気づいた。

しばらく歓談のあと、先生方からのメッセージ。高森先生からは、年齢の重ね方について実体験をもとにお話しいただいた。現在、82歳になる先生からは、還暦はおめでたい行事、その後古希、喜寿、傘寿と節目をくぐることになった時に感想、そして最近葬儀で、集めるメンバーが施設に入ったり、痴呆になったり、あるいは亡くなったりして、その同窓生が激減しているとのこと。そのうち自分の葬儀には誰もこなくなるので、早めに逝った方がいいかもなどと話して、笑いを誘っていた。私にとって、年齢を重ねるってどういうことなのかという実感がなかったので興味深く聞き入った。

次に音楽教諭を務めていた西垣先生は、音楽の素晴らしさ。歌う際に、腹式呼吸をつかうことの大切さ、また声を大きく発声することでお腹の筋肉が鍛えられ、病気することがなかった自身の体験談。発声を通しての健康法について話していただいた。

最後に、原田先生からは教え子たちの思い出や関わりなどから、変わらぬ生徒への熱い思いを感じる、原田先生らしいお話だった。その上、手作りのネックレスを全員にプレゼントしてくださった。費用や時間、大変だったと思う。感謝。

続いてはDVD鑑賞、内容は卒業アルバムの写真と中学校にドローンを飛ばして撮影された風景。360度、さまざまな高さから現在の母校を見ることができた。写真からあふれる中学校愛が、伝わってきた!またしてもカメラマンの木村君によるものだった。ありがとう!

余興では、千葉県に住む甲斐君による漫談。彼はコンピュータのソフトウェアの開発をしているとのことだった。TVにも漫談で出演したことのある彼からは、還暦のことをさまざまな情報を交えて、楽しく紹介していただいた。

次の余興は、私のギター弾き語り。演奏曲は中島みゆきさんの「糸」。みんな元気で顔を合わせられたこと、45年前の縁がつながっていることへの不思議さに思いを込めて歌った。

会の進行中、幾度となく金子君がテーブルごとに声をかけて回っていた。そういえば二次会もそうだったけれど、同窓生に気を配っている彼を見ながら、日頃の仕事ぶりが垣間見た思いだった。

今回参加できなかった同窓生のひとりからは、20万円の寄贈があったり、20年ほど前に亡くなったKさんのご家族からビールの差し入れがあったりと、それぞれの人生の中で中学校の意味や重みが違うのだと改めて思いつつ、自分にとっての中学校の意味を問い直す瞬間でもあった。

同窓会の締めは校歌斉唱。歌詞が4番まであることが、今回発表された。こちらも中学校愛があるからこそ、4番までつくられたのだと勝手に感じ入ったところ。高らかにそして清々しく歌い切ったことで、なんだかとても元気になれたように思う。還暦同窓会というこのタイミングで校長として異動となった金子君のこと、縁の不思議を感じた。

フィナーレでは、今回準備から運営まで携わった世話人の皆さんの紹介、そして世話人松田君による万歳三唱で、楽しい同窓会を結ぶことができた。

みんなまぁるくなって、男性ならではの優しさや女性ならではの気づかいに、あたたかい何かを感じた。一夜漬けの司会だけれど、みんなが声をかけてくれて、やっぱり接待されるより、お世話役がいいなと思い直したところ。

日記みたいになったブログ。参加できなかったメンバーにも伝えたかったこと、そして自分自身も忘れないように記録した。

ありがとう、還暦同窓会!元気になりました。また、会える時を楽しみに。

9月6日 新たに追加
同窓会の会計報告、返金、DVD、写真が届きました。
最後まで、本当にお疲れ様でした。

同窓会への寄付は、母校の体育祭の大会旗として寄贈されました。


コメント

父、そして遠く大阪に住む母に、家族のニュース発行。

2019年05月26日 05時06分36秒 | 家族・仲間の話題

3歳の頃、大阪の住吉に住んでいた。父の印刷会社が倒産し、両親は離婚。その後、父と故郷である宮崎に帰省したが、父は多額の借金返済生活に、そして母とは離ればなれになった。幼い頃は、親戚の家にお世話になったりしながら、生活をしていた。

その後、父は再婚するも、二人目の母は重い病で闘病生活。そんな二番目の母も10歳の頃他界。それからも、いろんな不幸ごとが続いた。そんな中、父は懸命に働いた。会えるのは、夜9時半以降。毎日のように残業を続けていた。

仕事で忙しい父。家族旅行などはしたことがなく、また父親と食事に行ったのもわずか数回。幼い頃から、あたたかい団らんや家族。憧れていた。
自分がいつか家庭をもったら、あたたかい家庭をつくりたいという思いだった。

あれから、50年あまり。憧れを実現したいと、これまで頑張ってきたかいがあり、なんとか理想に近づくことができたように思う。そして、昨日、初孫祝い(長女)、次女の婚約、三女の結婚の日取りが決まったことから、お知らせを兼ねて父親と遠く離れて暮らす母親に手づくりニュースを送った。

改めて、生き方(キャリア)は自らの力でつくってもの、そして日々の暮らしは人と人が織りなすものだから、根気よく、そして丁寧に生きていくことが大切であると思う。これから、いろんな課題にも直面するだろうが、日々を丁寧に生きること、前を向いて笑顔で歩むことが大切ではないだろうか。



後日談
ブログに書いているように、手紙や写真を定期的に送っている。両親から、文字や写真プリントは、手元に残っていつでも見返すことができるから、幸せな気持ちになれるよと電話。お互いをちょっと思いやり、いたわること。そんなことが日々の幸せをつくっていると思う。

コメント

来年○○○○。みんないい顔

2018年11月21日 05時56分41秒 | 家族・仲間の話題

1年に一度、顔を合わせる仲間がいる。青年会議所のOB,OGで、同い年のメンバー13名でこの会をつくっている。
しかし今年は、初めて2回目の集まり。それというのも、来年還暦を迎えるため、そして19年間お世話役をつとめていただいているOさんへの区切りという意味もあった。

会では、お互いの近況や仲間の話題、そしてこれから迎える還暦のことなど、2時間という瞬く間に過ぎていった。

卒業してから20年あまり、変わったのは白髪交じりになったことくらいで、みんな元気で明るい。これからも同じように年をとりながら、そしておいしいお酒を飲みながら、いろんなことを分かち合っていければと思う。

コメント

NHKのど自慢に知人が挑戦

2018年10月21日 09時20分51秒 | 家族・仲間の話題


  知人が会場で買ってきてくれたお菓子

知人がNHKのど自慢に応募した。1000名以上応募があり、250名の候補に選ばれたもののテレビ出場は果たせなかった。知人によると、放送日の前日午前11時から、選ばれた250名が演奏曲目のあいうえお順で、サビの部分まで歌ったそうである。全員が歌い終えるのが午後4時頃で、5時30分に審査発表があったとのこと。夕方には歌う人も関係者もヘトヘト状態らしい。そして選ばれた20名は、翌日の放送に出演した。

数年前、延岡市でおこなわれたのど自慢の収録に行ったことがある。朝早くから並んで会場入りし、拍手の練習などをおこなった後、本番がスタートした。一方、放送後は、ゲスト出演者により数曲歌われたことが記憶に残っている。

今回の放送では、ゲストとして石川さゆりさんと氷川きよしさんが出演することもあり、たくさんの応募があったとのこと。たしかに有名人であるおふたりが揃ってステージで見る機会はない。知人も今回、のど自慢にチャレンジしたことで貴重な思い出になったとようだ。

出てみたいと思うことも凄いことだが、実行する力、勇気を見習いたい。

コメント

父の緊急入院

2018年08月15日 18時26分07秒 | 家族・仲間の話題



14日 父の携帯電話から連絡があった。それは、聞いたことのない声だった。一瞬で何かあったのだと察しがついた。「父が診察に来たが心筋梗塞の疑いがあるので、検査のできる病院に救急車で搬送したい。よって至急延岡市まで来てほしいとのこと」、それは父の住む延岡市のクリニックの先生からのものだった。

3時間後、県立延岡病院に到着。担当医より、上記のイラストを描きながら父の病状の説明。
不安定狭心症の疑いがあり、4時間後心臓カテーテルによる検査をしたいとのこと。退院は、3日から1週間はかかることの説明を受けた。

午後4時30分。検査は、予定の30分を超えて2時間半かかった。結果は、見立て通り、不安定狭心症。投薬によって改善を図ることになった。

長いようで短かった2日。入院の手続きや上陸するであろう台風の備え、衣服などの準備をしたり、妹たちとのやりとり。突然、その日はやってくる。今回は、周囲のアドバイスにより何とか乗り切ることができた。父や義母も80歳をとうに過ぎている。さみしい思いをさせないよう準備を心掛けたい。

コメント

初孫の誕生

2018年06月19日 05時21分37秒 | 家族・仲間の話題

2018年6月18日(月)PM5:55。長女に、3,246gの男の子が生まれた。前日まで、あと1週間かなと話していたところだった。ところが朝5時過ぎの破水から、急展開した。

仕事を早めに切り上げ、病院の控え室で嫁と義母と、娘婿、待つこと約1時間。待望の孫が誕生した。
昨日まで、娘のお腹の中、そして今は息をして動いている。当たり前のことだけれど、生命の神秘を感じる。
その後、3時間あまり、娘婿と喜び合ったり、孫の写真や動画を撮影したり、両親や関係者に報告したり、長女の出産の時より冷静な自分がそこにいた。



改めて感じたこと、それは結婚式でこの娘を娘婿に託すしかないことを実感したこと。さみしいとか、そんな訳でもないし、子離れをしていない訳ではないが、30年間育てた娘に何ができるかと考えたとき、改めて思う。今度は、娘婿を応援することが娘を支えることになると。

また、これまでのどう子育てに関わったかの集大成が、今日のこの幸せな場面をつくっているとも思う。子育てから結婚、結婚後。これまでの関わり方が、間違っていなかったと。今日はその意味で、ひとつひとつの出来事を大切にすることが、娘の幸せに繋がり結果的に、自分も幸せになる。頑張ってきて良かった。

そういう意味では、子育ても一大事業。80点位は、取れたかな。あと、娘2人。もうひと頑張りだな。

コメント

父の日、もうすぐお爺ちゃん!?

2018年06月18日 06時14分00秒 | 家族・仲間の話題



3人の娘たちから、父の日プレゼントを貰った。来週には生まれるであろう初孫の誕生を祝おうと、日本酒をリクエストしたからだ。
祝い事が続くことは本当にありがたい。

父の日は、親であること、そして両親の子であること、夫であること。ある意味、子どもがいるから親の役をさせてもらっている。そんなことを考える日でもある。

こんな時こそ、日頃お世話いただいている周りの方々への感謝を忘れず、人とのつながりを大切にしていきたいと思う。

コメント

大阪、りんくうタウンで弟と

2018年06月17日 10時39分09秒 | 家族・仲間の話題



3年ぶりに、大阪りんくうタウンで弟と会食した。母の傘寿祝いに利用した場所だ。この時は、東京、大阪、福岡、宮崎と離ればなれになった家族が一同に集まった。こんな機会がないと集まることがないけれど、母のお陰でお互いの近況などを確かめ合った。

遠く離れ、お互い忙しい。一生のうち、あと何度一緒に飲めるだろうか。語れるだろうか。思っているより案外すくないのかも知れない。だからこそ、ちょっとした機会と時間、大切にしていきたい。

コメント

84歳の父のこと、そしてこれからのこと。

2018年05月06日 15時45分30秒 | 家族・仲間の話題

父は今年で、84歳。延岡市でひとりで住んでいる。現在、シルバー人材センターで、月10日余り働いている。よく食べ、炎天下でも元気に働いている。そんな父を見ているから、それが当たり前なんだと思ってしまいがちだが、84歳でこんなに働く人は周りに見当たらない。

連休後半の4日朝、いつものように父に電話したが、電話にでない・・・。その後、2回電話したが、同じくでない。普段であれば、遅くても1~2時間後にかけ直してくる父。もし何かあったら・・と心配になり、車で延岡市へ走った。というのも、1月には老犬を手放してさみしくなっただけでなく、最近身体の調子がよくないと先日、立ち寄った時にこぼしたからだ。

11時過ぎに延岡向け出発、2時には父の自宅に着いた。待つこと2時間。父は、いつものように元気な声で帰ってきた。今日は、30キロ離れた道の駅で、依頼されていたアンケート調査をおこない、160名あまりから回答を得たとのこと。携帯電話で不通だったことを伝えると、携帯が故障していることを父も気づき、1件落着。

普段は仕事のことを深く話すこともないが、今回のこともあり現在の仕事の様子を教えてもらった。すると、清掃や誘導、立ち会いなど、他にも会計監査の仕事を6団体を受け持っているなど、改めて驚いた特に会計監査については父は、「担当者のミスや勘違い、パソコン正確だというけれど打ち間違いもある。監査を引き受けた15年前からすべての会計書類と整えている。会計監査をするにあっては、過去の監査書類を見比べながら、確認している。何かあったら担当者と一緒に心中する覚悟でおこなっている」と話してくれた。

この仕事への執念は凄いと思った。また同時に、遠く離れた場所で父親に対して何もできない自分がどうなんだろうと考えた。元気だから良いのではなく、元気なうちにできることはないのかと。電話では伝わらない何か、実際にあってみると直接会わないと確認できないことも多い。まずは、時間をつくって父親と直接会う時間を増やすことにしよう。

今回の出来事は、これからのことを考える機会になったのかも知れない。

コメント

人との出会いが、人生を彩っていく。

2018年04月29日 16時59分48秒 | 家族・仲間の話題

みどりが眩しいこの季節、所属する産業カウンセラー協会 宮崎地域で広報を担当しているメンバー4人で食事を楽しんだ。
今回は、3月末を持って広報メンバーから卒業したUさん、転職するHさんを交えて会話が弾んだ。

Uさんは、真面目で物事を決めたら、一途に取り組む方で、若いのに凄いなぁと感じさせる女性。Hさんは、技術者で一本気な性格で、同協会の災害ボランティアのメンバーで一緒に活動している男性。一方Wさん(女性)は、私と同じ出版系の会社から就労支援の仕事へと転職した仲間でもある。宮崎市平和台公園内にあるオーガニックレストラン「SIZENに」にて11時30分より、2時間半あまり、時の経つのを忘れて、楽しいひとときを過ごした。

思い起こせば、会員の皆さんに楽しく読んでいただける、そして伝わる広報誌を目指す中で、デザイン&作成講座、文章力講座なども内容を一緒に考えて、学び合った。特に、あなたに出会い隊と名付けたコーナーでは、同じ専門職を訪ねて日向市まで出かけたこともある。毎回、さまざまな素敵な先輩方を訪ねていくこの取材は、編集者冥利に尽きるとも思っている。

同じ協会員としてこれから、会うこともあるが、なんだか一抹のさみしさも感じる。たぶん、ともに一生懸命取り組んだからこそ、そう感じるのだろう。人との出会いが、人生を彩っていく。いろんな瞬間、あの日、あの時。残る余韻。

そして一緒に何かを求めていくことが、生きてるという実感なのだろう。Uさん楽しい思い出をありがとう!そう伝えたい。そして、またお互い新しい出会いを求めて、卒業であり新しい出発だ。





(平和台公園内にあるSIZENにて、美味しくいただきました)

オーガニックレストランSIZENについて(ホームページより)

有機・無農薬の食材が中心で調味料にもこだわり、おなかいっぱい食べても体が軽く後に残りません。
およそ20種類の料理とおよそ15種類のドリンクをご用意しています。
ドリンクも薬草茶などすべて手作り!
また、アイランドキッチンで調理している姿を見ることができ、化学調味料・添加物は使用しません。
生産者・スタッフ・お客様がつながる公園の中にある緑に囲まれたレストランです。

場所:宮崎県宮崎市下北方越ヶ迫6146 平和台公園レストハウス1F
電話:0985-31-3639

コメント

サプライズ、プレゼントが教えてくれたこと。

2018年04月27日 05時54分15秒 | 家族・仲間の話題



一昨年、結婚した三女、自分の誕生日に、親あてにケーキを届けてくれた。まさに子どもからのサプライズプレゼント。
三女は24歳。いじめに苦しんで不登校や、荒れた時期もあった。

振り返ってみると、折に触れ、こども達に言っていた言葉がある「たぶん○○ちゃんは、この町で一番親から愛されてと思うよ」。
この愛情表現に対して、具体的な根拠はないけれど、こどもには愛情を注いでいるという思いと、そうありたいと願っていた。

最近、より考えることがある。自分の生きた証は嫁と子どもかな・・。還暦も近くなり、健康で動けるのもあと15年位だろうか。
残りの人生、どう家族に愛情を注いでいけるだろうか。そのために、明日、来月、来年は元気に働けているだろうか。不安も胸によぎる。

先日、日向市でMさんの勉強会に参加した。たくさんの活動を行いながら、人に愛情を注いている元教師である。
Mさんのお話で印象に残っているのは「貧しかったけれど、父母や祖母に愛されて育ちました」との言葉。

振り返って考えてみると、私は片親だったけれど、父と祖母に愛されて育ち、さまざまな活動を続けている。何故、頑張れるかをひとことでいうと、家族の喜ぶ顔、みんなの喜ぶ顔が、自分の喜びであること、それが現在の活動の源泉となっているからだ。

「愛情」は、自分自身を、そして人をつくることにつながる、更に自身のエネルギーに変わることを改めて考えさせられたサプライズプレゼントだった。




コメント

ありがとう哲やん。

2017年10月07日 15時26分38秒 | 家族・仲間の話題


高校の先輩が8月に逝去したとの知らせが届いた。先輩の名前は、ハンドルネーム哲やん、年齢は73歳。奥さんとともに名古屋に住んでいた。15年程前、同窓会が運営するブログで知り合い数回お会いし、飲み会も1度だけ開催したことがある。ここ数年は、足腰が悪くなり地元宮崎県延岡市に帰省することはなかった。

先日奥様から、生前哲やんから感謝の意を伝えたいという言葉を遺していたとのことで上記のはがきをいただいた。とても悲しくて残念で寂しい。

身近な先輩達が団塊の世代となり、昨年位からいくつかの別れをしてきた。本当に人生のはかなさや生きている時間の短さを感じる。そして自分自身も人生の後半をとうに過ぎて、一日一日を大切にしなければとつくづく思う。

世話好きだった哲やん。冥福を祈りたい。奥様に手紙を送った。

コメント

父親から新婦への手紙!?

2017年06月04日 10時29分52秒 | 家族・仲間の話題



5月27日(土)福岡市天神にて、長女の結婚式が執り行われ、多くの方に参席していただいた。また、東京や岐阜で働いている二女、三女夫婦も駆け付け、家族全員で楽しく過ごした2日間でもあった。



友人や長女がつくったショートムービー数本が披露され、楽しい時間を過ごした。一方、娘のお陰で私が涙する場面がなくほっとした結婚式。そんな長女には、結婚を祝う手紙を結婚式前日に手渡した。

内容は3つ。大切に思っていること、楽しい思い出は宝物だということ、そして心身の健康が何より大切にして欲しいこと。新婦からの手紙はあるけれど、親からは珍しいかもしれない。しかし、自分の気持ちを整理するためにも、必要な手紙だった。

何もいわなくても、お互いわかりあっていると信じたい、親ばかでもある。

コメント