あしたのたね育てていますか、ブログ「アシタネ」

未来への不安もあるけれど、夢や希望のタネを見つけ育てていきたい・・・。
日常の出来事や感じたことなどを発信しています。

ウォーキング3ヶ月目での効果

2015年01月28日 21時48分58秒 | 楽しむウォーキング



(石崎川周辺。ウォーキングコース)

11月からスタートしたウォーキング。最近は歩いた歩数が1万歩を越える日が多くなり、生活に定着しつつあるのかと思う。
現在、昼食後に20分程度会社の周りを歩く。そして帰宅後、町内を1時間程度歩くというパターン。うれしいことに最近、歩かずにはいられないようになったきた。(ウォーキング仲間もそう話していた。不思議なことだけど。)

現在、ウォーキングの効果を考えてみると。
1,疲れにくくなった。
2,夜ぐっすり眠れる。
3,体重がすこしづつ減っている。(ピーク時より-3kg)
4,歩きながら、いろんなことを考えたりすることが有意義な時間となっている。
5,歩くのが楽しくなってきた。
以上。

しかし、体力を消耗するようで、ウォーキング後は疲れて横になりたい気分。寝るまでの間は、歌の練習や活動団体での雑務があるので、休まずにとは思うが早起きをしているので、さすがにキツイ。

今年の9月の健康診断では、再検査ゼロ。これを目標に楽しんでいこう!

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癒やしの森、シーガイア周辺。

2015年01月26日 06時36分13秒 | 楽しむウォーキング

シーガイア周辺は、絶好のウォーキングコース。市街地からも離れ、緑豊かな静かな場所。
近くにはホテル45,フローランテ宮崎、英国式庭園。レストランも多い。



スタートは、テニスコート。駐車場がある。芝生が年中キレイだ。

九州・沖縄サミットの記念碑。サミットを冠したイベント会場が傍にある。



フローランテ宮崎周辺の道。



当たりは整備されており、景色も美しく歩いていて気持ちいい。



トイレや自動販売機のある公園。ここでひとやすみ。



祝詞にでてくる「みそぎ池



やぶ椿。ここは市民の森。



木の根が見えている江田神社のそばの道。



ここはゴール地点。親水公園として整備されている。

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産業カウンセラー資格試験合格祈願

2015年01月24日 06時40分31秒 | ある日の出来事



今日は、産業カウンセラー資格試験の日。昨年11月より支援してきたメンバーが受験予定だ。

メンバーの年齢や性別は違うけれど、向上心が強くあたたかい気持ちを持った方々である。

先日、メンバーの全員合格を祈願するため、宮崎神宮に参拝と絵馬の奉納に出かけた。ふと自分が合格祈願をした時のことを思い出した。事故やケガなどしないよう細心の注意をはらっていたあの頃。

今は、メンバー全員の合格を願っている。

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百回のお茶より一回のお酒

2015年01月23日 04時58分09秒 | 家族・仲間の話題

1月22日(木)宮崎市内で、宴会に参加した。宮崎県中小企業家同友会の労働労務委員会に所属していた会員とその仲間の集まりだ。
もう20年近く前からのお付きあいで2年に一度宴席を設けている。会の名前は、標記の通り「百のお茶を飲むより一回のお酒が親交を温める」との思いから「百一会」と名付け親(中元氏)、会を退会した後もOB会として旧交を温めている。

宮崎県中小企業家同友会では月の定例会の他、テーマ別委員会があり、私は労働に関わる委員会、つまり労働労務委員会に所属していた。
委員会では、就業規則セミナーや人事考課セミナーなど働くことにかんするセミナーや働かせ方、経営側の立場で、何ができるのか等、土日や平日の夜などをつかって、毎回のように協議していた。

メンバーは企業経営者や幹部、社労士。年齢は30代後半から60代まで当時は、12名程登録していたように思う。
定例会に参加することも大変なこと。その上、委員会に所属するということは、かなりの負担にも関わらず、会社の経営を何とかしたい、自分自身の力量を高めたいという思いが強い方が参加されていた。

会合後は、毎回のように宴席。夜遅くまで語りあった。当時、若いメンバーにも活躍の場をとのことで34歳の時、委員長を任された。
皆、厳しい経営者ではあったが、若い私をかわいがってもらい、優しく接してもらった。
人の優しさというものを体で体験した貴重な時間だったと思う。

それから20年、この会に5年ぶりに参加したが、先輩達が亡くなったり、廃業したりと時代の流れを感じた。
これから先輩として、若い人達に優しさや厳しさを伝えていくのが自分の番だと思った宴会だった。
「人に与えられるのは人情」、その気持ちを強くした。



ムーミン展があるんだなぁ♪(一番街にて)

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今年の目標は・・・。

2015年01月19日 21時34分40秒 | ふと想うこと、立ち止まり考えること

2015年 今年の目標を立案した。目標達成には障害もつきものだが、目標をクリアして、次の目標を目指すことができるよう頑張りたい。27歳の時から毎年目標を立てているが、達成率は5割程度。今年は、せめて6割は達成したい。

1,ファイナンシャルプランナー2級試験合格
(達成日)2015年10月30日
(対策)毎日朝2時間勉強時間に充て、通信教育にて学んでいる。苦手は数値計算も多いが慣れるしかない。コツコツ頑張る。

2,音楽活動40周年記念ライブの開催
(達成日)2015年11月22日(日)
(対策)友人とユニットを組んでライブ開催。40年をひと区切りできるよう楽しい企画に仕上げる。演奏曲目8曲。

3,体重64.5キロへの挑戦
(達成日)2015年8月31日
(対策)食事の量を減らす。1日7キロを目標にウォーキング中。現在、71キロから目標へ向け奮闘中。

4,次女、三女の写真アルバム作成
(達成日)2015年12月29日
(内容)すべての写真をスキャン後、写真をセレクト。オシャレな写真集を制作しプレゼント。

5,防災士の資格取得
(達成日)2015年3月1日
(対策)ただ今勉強中。防災についての知識をまとめ、とんところ紙芝居と併せて防災教育に繋げる。

以上

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橋がつなぐ縁。

2015年01月18日 05時35分44秒 | ある日の出来事

フェイスブックのお友達Kさんから、橋カレンダーのプレゼント。数年前にもいただいたことがある。
Kさんは、橋の日イベントの写真を送っていただいたのがご縁で、一度食事をしたことがある。「橋」を通してつながった縁である。

写真撮影が趣味で一緒にカメラ購入をお手伝いしたこともある。1年に数度海外の友人のところへ行き、フェイスブックで公開している。
年齢を感じさせないアクティブな方だ。

一緒に焼き菓子のプレゼントをいただいた。甘さが抑えてあり、風味がよく美味。
小さなご縁から、こんなおつきあいができるなんて、本当に嬉しい。

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青島神社、青島散策、青島御膳

2015年01月17日 14時02分40秒 | ぶらり旅、日本・海外



1月12日、青島へ嫁と義母を連れてドライブした。



お正月から3つ目の神社。どの神社でも家族の健康をお願いした。



青島を1周。白い灯台が空の青の中、美しい。



波打ち際まで歩く。風が強く寒い。海を体で感じた。



枇榔樹の向こうにオーシャン45が見える。



青島を散策したあと、ひと休み。



宮崎県立青島亜熱帯植物園を歩く。珍しい松の木が並ぶ。



先輩から教えてもらった料理店網元へいく。



海鮮丼。とにかくお魚が新鮮。コリコリしていておいしい。



青島膳。2,160円でこのボリューム。魚は新鮮で料理も旨い。
これまで経験した料理の中で一番、良かった。

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広瀬地区は「西郷札」の印刷工場があった場所。

2015年01月13日 06時14分00秒 | 楽しむウォーキング



(広瀬小学校)

私の住む佐土原町広瀬地区は、一つ葉有道路の宮崎市から始めて旧国道に降りる場所にある。近くにはコープ佐土原店や株式会社ホンダロックの本社がある。歩くのはほとんど夜間だが、ひさしぶり日中歩いた。
ウォーキングコースの途中から一つ葉有料道路そばを歩く。キレイに草が刈り取られている。



この周辺は、松本清張の小説「西郷札」で有名な紙幣の印刷工場があった場所。
ちなみに因みに西郷札とは・・・。

西南戦争で軍資金不足に陥った西郷軍が、1877年に発行したのがいわゆる「西郷札」である。「札」というが、実際は布製の「布幣」であった。寒冷紗を2枚合わせて、その芯に紙を挟み堅固にしたものであった。通用期間三年の不換紙幣であった。十円(淡黄色)・五円(鼠色)・一円(浅黄)・五十銭(淡黄)・二十銭(黄色)・十銭(藍色)の六種が存在したが、発行当初から信用力に乏しく、少額札は多少の流通があったと伝えられるが、十円、五円等の高額紙幣は西郷軍が軍事力を背景に実効支配地域内で無理矢理に通用させていたものであった。

西郷札は、西郷軍の敗北とともにその価値を全く失い、明治政府からの補償もなかったため、西郷札を多く引き受けた商家などは没落するものもあったといわれているなど、西郷軍の支配下にあった地域の経済に大きな打撃を与えた。



ウォーキングゴール間近。ここは門司から323キロの場所にある。

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蒼い日記

2015年01月11日 07時16分40秒 | 交差点より

40年近く続けている日記。昨日整理していたら、1978年8月15日(金)から綴っていた。
20年近くは手書きで、それ以降はテキストで残している。いつかは処分しようと考えていたが、昨日手書きの日記帳は目を通したのち処分した。



(手書きの日記帳)

日記の主な内容としては、日々の出来事、計画、夢や目標、そしてエッセイやポエム(詩)のようなもの。読み返すと当時の様子などが脳裏に甦ってくる。面白かったのは、高校時代に始めて付き合った彼女との出会いから別れまでが物語り風にまとめられたものがあった。

教室の匂いや漂っている雰囲気などが伝わってきそうだった。その他にも、高校時代付き合っていた彼女との交換日記。まだ持っているの?と言われそうだが、好きな子が進学した高校まで追っかけていくという単純な男だったから、ひとつひとつの恋が甘酸っぱい。

いつも誰かに惚れていて、いつも自信がなく自分を責めている。理想とする自分と現実の姿に、ダメだダメだと書いていた。そんな蒼い時代(高校時代~20歳頃)。そして23歳頃からは、周りのことが見えるようになったのか、人への気遣いを大切にしたいなどの記載が多くなり、すこしづつ自分から周りへと目が向き始めた頃。全体的には、自分自身変わっていないように感じた。

職場の先輩から60歳を過ぎたら、これからいつ何時、この世とお別れする時がくるかわからない。少しづつ始末をつける生き方をしていくことも大切だと教えてもらった。そう考えると不思議と恵まれている現在に感謝、健康に感謝する気持ちとともに、家族や周囲に何を残していく生き方をしていきたいと考える。

日記とはある意味自分との対話。これでいいのか?どう生きるのか?わからないコタエを自分に問い続けること。
それでも、考え続ける中でヒントやアイデアが浮かんでくる。不安が希望に変わり、希望が目標に変わり、目標が足跡に変わる。
足跡が自信に変わる時まで、ひたすら歩きつづけるしか自分自信のコタエは無いのではと思う。

そんな考えもある意味、自分自身の「蒼さ」かもしれない。永遠つづく「蒼」だろう。しかし未熟でよし、成熟に憧れる蒼のままで生きればいいと思う。

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今度は、スマホと大人の付き合いを(^^;)

2015年01月10日 06時51分15秒 | ふと想うこと、立ち止まり考えること



(i-phone6 Plus)

2年ぶりにスマホを購入した。理由は健康管理のためだ。
以前は、チラチラとスマホ画面を見ることが多く、仕事に集中できなかったり、じっくりモノを考える時間がなくなったりと、弊害の方が多かったので2年程つかったスマホをガラケーに変えた。

今更、スマホに何故戻ってきたかというと。昨年から健康のためにウォーキングを始めた。歩いている距離などを把握できると励みになるのではと万歩計のついたガラケーに変えようと携帯ショップを訪れた。

しかし、万歩計のついたガラケーは、契約しているメーカーでは製造しておらず断念。
1週間程考えた末、スマホに買い換えることにした。そして、画面の大きなi-phone6 Plus64GBを購入した。

それから10日余りi-phone6は、ウォーキングの歩数や距離、体重、睡眠時間の管理に使っている。またウォーキング中のBGMやラジオの視聴などにも使い、とても重宝している。

他にもパソコンの連携もスムーズで、スケジュールやデータの共有などとても便利。魅力的なアプリも多い。こんなに楽しくなるなんて考えても見なかった。

今度は、スマホと大人の付き合いをしたい。人の顔を見る時間よりスマホのディスプレーを見ている時間の方が長い・・・なんてことになると本末転倒。自分自身がもっと豊かなになるツールとして活用したい。

これからも、じっくりといろんなことを考えて、人との出会い、つきあいを大切にしながら、毎日を大切に生きていきたいと思う。そう、自分が考えている以上に人生は長くないのだと思う。

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海は何も話さないけれど、ただ黙って聞いてくれる。

2015年01月08日 19時05分25秒 | 楽しむウォーキング



1月3日、緑ヶ丘の松林を歩いた。このコースは市内のマラソンコースのひとつとして整備されたものだ。



以前より一度歩いてみたいと思った場所。



以前高校時代の恩師が、近くにある高校に転勤。昼休み時間に時間を割いていただき、いろんな話をしていただいた海岸。思い出深い場所である。



普段から静かな場所。海と語るにはいい場所である。海は何も話さないけれど、ただ黙って聞いてくれる。いつの時代も若者の友達だ。
歳を取ると、話せなくなってきた。何故だろう・・・。



延岡市は海も山も川も車で10分以内でいけるとてもいい町だ。



以前より砂浜が広く感じた。



小学生の時、親戚を頼って蛤をとりに来たのも、そして泳ぎに来たのもこの海。たくさんの夏の思い出。



いよいよウォーキングも終わりに近づく。以前はこの近くに中堅のスーパーがあり、ちらしの制作をしていた。
旭化成の社宅があり、友人達もたくさんいた。ピアニストになった友、声楽の世界で生きている友。いまいずこに。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

(一握の砂より_石川啄木)

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鳥インフルエンザにかかった鳥の気持ち

2015年01月07日 12時44分36秒 | ある日の出来事

日曜日から咳が止まらなくなった。月曜日に職場は出社し、午前中は市内へ出張。昼からは事務処理。咳がいつもとどうも違う感じだし、風邪薬も効かないようだったので、病院へいく。

受付で熱を測ると38度、問診票を書き終えると、「車で来ていらっしゃるんですね。申し訳ありませんがインフルエンザの疑いがあります。車中でお待ちください」えっ。インフルエンザ。30分程すると医師と看護婦が窓越しに10センチ以上ある長い綿棒で鼻の中にゴリゴリと差し込み、うぐっ・・・泣きそうになった。

「インフルエンザA型です。金曜日まで外出はなされないでください」そんな・・・(-_-)私、20年以上会社休んでことないのに、記録が途切れた。
それより今日職場の人に感染させてなかっただろうか?そんな罪の意識がふつふつと湧いてきた。どうしよう。でも少しでも早く気づけてことで最悪は防げたと自分自身に思い聞かせた。

その後、薬を受取り仕事の段取りと今週開催予定のセミナーや会議の段取りをつけ、午後8時に手配は終わった。
そうしたら急に強い悪寒が来て、倒れるように眠った。

起きたのは翌日7時40分。 しかし、めまい、吐き気、頭痛、体の節々の痛み、食欲もなく。何をする気力も失っていた。
新聞読むのも、ラジオを聞くのも、疲れる。もう眠るしかないか・・・。

それから昼まで眠ると汗びっしょりになっていた。それから着替え昼食。パンひとかじり程度。また眠る。夕方起床。まだ悪寒や痛みなどは改善せず。
また眠る。1日のほとんどを寝ていた計算だ。そして今日水曜日、フラフラしながら朝食。睡眠。そして昼にウィダインゼリーで昼食を済ませ、PCの前にいる。悪寒は減ったが食欲は無い。かなり痩せてきたのがわかる。

ふと、薬があるから何とか楽になっているが、薬がないと多分死んでいる。それ位キツイ。

どこからともなく「今はインフルエンザを治すのがお前の仕事だ」との声が聞こえてきた。そうだ、仕事を思って治そう。
そう思うと少し元気がでてきた。

ふとね、鳥インフルエンザにかかった鳥の気持ちがわかる気がしてきた。同じインフルエンザだもんね。キツイは・・。
久しぶりこんなに苦しい思いをしたのは。そんなことを思えるようになったのも、少し改善されてきたからか。
さぁ仕事仕事。じっくり休もう。

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東海中学校、昭和50年卒業生同窓会へ参加。

2015年01月04日 12時12分57秒 | 想い出の一コマ



(今回の同窓会幹事、3年6組のメンバー)

2年に一度開催されている中学校の同窓会。今回は2015年1月2日18:00よりキャトルセゾンマツイにて開催され、参加した。参加者は約50名。
毎回、クラス毎に幹事となり運営している。ちなみに今回は3年6組。同学年は7組まであり、卒業生は280人余り。



今回は、お世話になったO先生が亡くなり本当に残念だった。卒業後も勤務する中学校やご自宅へも遊びに行ったことがある。
同級生も14名もなくなっていることが報告された。中学時代の元気だった笑顔が思い出される。



恩師のH先生が手作りしたペンダントを参加者全員にプレゼントしていただいた。
先生は、自作のぬいぐるみなどを製作販売しており、売上を毎年、養護施設へ寄付しており5年前にお伺いした折は100万円を越えているとのことだった。

また次回お会いできる日を楽しみに頑張っていきたい。

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今年初のウォーキング

2015年01月04日 08時03分57秒 | 楽しむウォーキング

2015年(平成26年)いよいよ年が明けた。昨年11月からスタートした「楽しむウォーキング」。健康のためだけではなく、ポジティブにいこうとネーミング。今年の初のウォーキングを初日の出とともに楽しんだ。

実家の稲葉崎町から、広域農道(門川町~大峡町)へと歩く。ここは、長尾山の中腹あたり。昔はみかん山があったところ。



東海の方角からの初日の出。途中で一緒になった数人の方々と一緒に楽しんだ。



桜ヶ丘方面へ歩く。途中、延岡商業高校を俯瞰する位置から撮影。



バス停の「商業高校前」の文字が懐かしい



母校、延岡商業高校。今年は5年ぶりの同窓会が夏に行う予定。40歳から毎回幹事を楽しんでいる。



蛇谷川。昔と変わらず美しい水が湧き出ていた。かわいいカモも二匹。



校庭から学舎を撮影。懐かしい



夕方から愛宕山周辺をウォーキング。1日は、とにかく歩くのが楽しくて、20,351歩、10.64キロを歩いていた。
今年も知らないところ、楽しい場所を求めて歩くぞ

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