地域のお宝再発見ツアー(大分編)1日目。

2016年09月30日 07時55分41秒 | 旅、風景写真



9月19日(土)より1泊2日で、今回で5回目となる「地域のお宝再発見ツアーin大分」を実施しました。
午前8時に宮崎県庁を出発。最初の訪問先は、大分県豊後大野市。国重要有形文化財「虹澗橋(こうかんきょう)」。虹澗(こうかん)とは、「澗(たに)を渡る虹」の意味で、その名のとおり優美で壮大なアーチ。江戸期のアーチ式石橋としては、県下最大を誇ります。(豊後大野ジオパーク推進協会ホームページより)



三重町のホテル豊洋にて、昼食。



昼食後、


前々日からの雨の影響で、水量が多くキレイな虹を見ることができました。
近くには、お宮や水路、石橋などがある観光スポットです。



次に竹田市にある笹無田橋とへ向かいました。午後2時のJR列車に合わせて見学。
青空と緑、赤い車列を写真に収めることができました。



続いて見学したのは、日本一美しいダムといわれている「白水ダム」。



白水ダムの正式名称は、白水溜池堰堤(はくすいためいけえんてい)。重力式コンクリート造及び石造の堰堤。1999年(平成11年)5月13日に白水溜池堰堤水利施設として国の重要文化財に指定されている。ダムと呼んでいるが、日本の河川法では、堤高が15m以上のものをダムとしているため、堤高が13.9mの白水溜池堰堤は正式にはダムではない。(ウィキペディアより)



鳥居橋は、大分県宇佐市院内町内75基の石橋を代表する5連アーチの石橋です。



今回のツアーのメインイベント。鳥居橋の架橋100年を祝う式典を地元の方とおこないました。
鳥居橋は、五連アーチで完全な半円を形成し、橋脚が大変細く「石橋の貴婦人」の名にふさわしい優美さを誇っています。



院内町の観光案内ボランティアと一緒に記念撮影後、都農ワインで乾杯!お互いのメンバーで紹介しあったり、楽しいひとときを過ごしました。
イベント終了後、中津市のホテルへ。繁華街で夕食を兼ねた懇親会を開催。地元の若者達と隣席となり、若いパワーに圧倒されながら、盛り上がった。宿泊したホテルでは、美しい空、風景、人情など、一日を振り返りながら心地よいひとときを過ごしました。

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美しい虹がかかる原尻の滝へ(i-phoneでビデオ撮影)

2016年09月25日 07時02分16秒 | 旅、風景写真

原尻の滝


大分県豊後大野市の緒方町にある原尻の滝。この滝は、幅120m高さ20mの滝で、上空から見ると美しい弧を描いており、大分のナイアガラと称されています。平野にあるため気軽に立ち寄ることができる場所です。

撮影した9月17日は前日からの雨の影響で、水量が多くキレイな虹を見ることができました。近くには、お宮や水路、石橋などがある観光スポットです。

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あと13年で敬老会の会員なのだ!

2016年09月19日 16時49分47秒 | のほほん日記


(地区の児童による歌のプレゼント)

私が敬老会の会員に。そんな想像をしてみたがイメージは湧かない。しかし13年後には、間違いなく70歳。
そう考えると、思っている以上に時間が過ぎるスピードが早いことが実感できる。そして間違いなくあの席に座っているのだ。もしかしたら、あの席に座ることなくあの世に旅立っているかも知れない。年を重ねることは、悪いことではない。とても素晴らしいことではあるが、体力や健康、脳の働きなどで行動が制限されることがつらく感じる。

さて、今日、9月19日(月)は敬老の日。朝10時から敬老会の運営に担当幹事として携わった。楽しいひとときを過ごしていただけるよう準備してきた。この行事は6年ごとに地区で運営幹事を務める、今回で3回目。思い起こせば最初は39歳の時から18年が経っている。その時間もあっいう間に過ぎた感じだ。

振り返ってみると40歳までは遅かったけれど、40歳からは坂道を降りるように時間が過ぎていくように思う。1年一年を大切にしようと思っても、つかみどころがない。
1年といえども、一瞬の積み重ねが、1時間をそして1日をつくっている。その積み重ねが更に1週間、1月、1年となっていく。そう考えた方が、目の前にある「今」という時が理解できそうに思う。改めて、後悔のないよう一瞬を刻んでいうことが大切だと感じた。

皆さんの幸せと健康、長寿を祈りたい。

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曽野綾子さんの言葉 「どんな手段を使っても生き抜く」その5

2016年09月02日 06時26分21秒 | 気になる○○

「どんな手段を使っても生き抜く」そんな感覚を持ちなさい。この言葉は、2013年04月30日発売、週間現代に掲載されていたものをスクラップしていたものを紹介したいと思います。

 徳のない経済活動は、一時は成功しても決して長続きしません。中国経済はいつか必ず失速するでしょう。経済力に徳がついてくるのではなく、その逆に、徳に経済力が伴ってくるものだからです。

 日本でも中国と同様に徳というものが忘れ去られつつありますが、その中で最近増えているように思うのが、「いいこと」をしようと躍起になる人です。

 あるアメリカの大学教授から最近教わったのですが、英語には、Do-gooder」という言葉があるそうです。ドゥーグッダー、つまり直訳すると「いいことをする人」に思えますよね。ところがその教授によると、この言葉にはいい意味は一切ないそうです。「独善的な善行家」とか、「とにかく名声が欲しい人」といった意味の言葉なんです。

 教授には「あなた、英文科卒なのに知らなかったの?」と言われたので、こう言いました。「わが家では『いいことをするな』というのが家訓なのです」と。これは夫の三浦朱門に言われた言葉で、ヒューマニズムとか正義は声高に叫ぶな、これ見よがしに「人助けだ」と言い募るのは恥ずかしい、という意味です。きっと三浦の美学に根ざしたものでしょうけれど、それで思い浮かべるのは、最も偉大な投資家といわれる大富豪のウォーレンーバフェット氏です。

 実は私、たまたまバフェット氏とお会いしたことがあるのですが、後で調べてみましたら、あの方は自分の名前が付いた財団を一つも作らず、ビルーゲイツ氏の財団に何兆円も寄付している。一方で、3万ドルで買った5部屋しかない家に住んでいるそうです。彼は世界屈指のお金持ちなのに[Do-gooder」ではないんですね。

 人間の徳と覚悟は、見せ掛けではなく、他人には目立たないところでどう振る舞えるかに最も表れるものなのでしょう。(終わり)

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曽野綾子さんの言葉 「どんな手段を使っても生き抜く」その4

2016年09月01日 07時03分44秒 | 気になる○○

問題なのは、いまの日本人が「オリジン(原点)」を見失っていることだと思うのです。つまり、人間は本来何に拠って立つのか、大切なものは何なのかがわからなくなっている、どうしようもないお坊ちゃんばかりというわけです。

 日本は恵まれた国です。しかし、食べ物も十分でない貧困国で、お腹が空いたら人はどうするか。水を飲んで寝るか、食べ物を盗むか、そうでなければ乞食をするか、この三つの選択肢しかありません。

 私がこの話を大新聞で書くと、彼らは「乞食という言葉は差別語だから使わないでください」と言います。反応といえばそれだけです。現実に目を向けない、情けない人々だと思いませんか。

 西欧では、乞食は職業だとみなされています。彼らもまた、愛する家族のため一生懸命働いているのだと認識されているのです。キリスト教では、どんな職業も神によって召された「天職(ヴォケーション)」だと考えられているためです。しかし日本では昔から、人間が職業の貴賎を決め、それが支配の仕組みにもなっています。

 日本には、有徳の士がいません。厳しい現実に目を向ける覚悟や勇気のある人がいませんね。ギリシャ語では、徳と勇気は同じ「アレテー」という言葉で表されます。この言葉はたくさんの意味を持っていて、第一の意味は「卓越」、その次が「男らしさ」、それから「徳」「奉仕」「貢献」「勇気」。これら全てを含んだ概念を、古代ギリシャ人は「アレテー」と名づけました。

 日本の中心、特に霞が関などには、この「アレテー」を持たない人々ばかり大勢います。徳がない、勇気がない、男らしさもない。卓越もしていないけれど、していると思いこんでいる。どうしたらできるかではなくて、できない理由を説明することばかり優れた人々です。

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