5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2021年版です。

年賀状と空想犯

2015-01-02 21:54:28 |  文化・芸術
正月二日は恒例の箱根駅伝。平地では駒沢が優位にレースが進んだが最後の箱根登りで形勢逆転、青山学院の神野が飛び出し、レコードタイムで往路初優勝をもぎ取った。

TVB観戦の息抜きは午前中に配達された年賀状のチェック。元日と二日で回収率は77%。例年よりちょっと減ったようだが、これも時の流れか。賀状本文は、定型紋切型が4割、リタイア組の現況報告型が2割5分、現役組の企業PR兼用型が2割、残りは趣味のフォト・イラスト型が1割5分である。

年賀状といえば、今読んでいる電子ブックの「空想犯」で作者の安野光雅が書いているあとがきが面白い。本文が面白いのはもちろんである。

内容は、彼が続けていた(今も続けているのかは知らない)「嘘の年賀状」のせいで、恩師が巣鴨刑務所に面会に行ったというエピソードだ。

本文には「年賀状グラフィティ」として纏められているが、1970年の年賀状は、「小金井刑務所に服役している」というスタイルで賀状をデザインし、所長、看守、みな戌年にちなんで、犬塚、犬井と犬のつく名前の検印を押すという凝ったつくり。

これを本当だと勘違いした人のひとりが安野の恩師だったというわけだ。

「アンノは戦犯で巣鴨に入れられた」とすっかり信じきった先生は、同窓生から見舞金をカンパさせ、旅費も捻出して上京した。巣鴨にいって面会を頼んだら「そんな男は入っておらず小金井刑務所などというのもない」と哂われて「ダマサレタ」と絶叫したと云うのだ。安野当人もこりごりと書くほどだから、きっと当時はエライことになったのだろう。

空想とは「嘘を承知で想いめぐらす夢、簡単にいえば小説だ」と安野は云う。育ちのいい人は、どうも「嘘を疑う力」が弱いから「これは小説です」と断らないで書かれた嘘(=詐欺)にひっかかるのだ。空想は「生きていくうえで大切な考え方だ」とちっと弁解的に纏めている。だから自分は「空想犯」だというわけだ。

そんな嘘を承知で書いた彼の賀状デザイン。未年にはどんなものがあるのかと思って探してみた。

48年前の1967年には手旗信号をデザインしたもの。イラストにつけられた一文は「何を隠そう。昔、私は軍隊で手旗をならった。演習のとき『へのへのもへじ』とやってこっぴどく叱られた。-第三次中東戦争はじまる。」とある。

それから12年、1979年のデザインは、ウールマークを使った年賀状。『これも倅のアイデアだが、多少、手を抜いた感じがしなくもない。今年は早々から航空機密約の話題で賑わっている。』と書かれていた。

残念ながら二つとも、空想を刺激するパワー、収監通知のような強烈ショックはない。未年のせいかもしれない。


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