大阪城での四季のうつろい

相棒や友人たちとの日々の行動を記録するため、2005年(平成17年)リタイア後ブログをはじめました。

大阪シティーウオーク第2回

2023年12月04日 | 大阪シティーウオーク
昨日、大阪シティーウオーク第2回に相棒と共に参加。
集合場所の扇町公園にはキッズプラザ(関西テレビ本社)があり、以前ボランティア活動で3年間通ったことを懐かしく思い出しました。

本日のウオーキングコースは、扇町公園⇒天五中崎通商店街⇒淀川大堰⇒毛馬第一閘門⇒与謝蕪村生誕地の碑・句碑⇒鶴満寺⇒国分寺⇒天神橋筋商店街⇒扇町公園。(約7km)
10時15分スタート。

扇町公園は、大正9年に堺市へ移転した大阪監獄の跡地に設置され大阪プールが併設されていて、日米国際水泳選手権を始め多くのスポーツイベントが開催された。

しばらく北上、天五中崎通商店街を西へ。
中崎町通りを北上し城北公園通りで東へ、天神橋通りを北上し長柄橋で淀川の堤防へ。
淀川大堰(全長700m・大阪湾からの塩水の遡上や都市用水の貯留を目的)を望みながら上流に向け堤を進み、毛馬第一閘門(重文)へ。

近くの堤上には、与謝蕪村の生誕地碑と句碑(自筆)があり、そこから右手の大川の現在の閘門を見ながら南下。
与謝蕪村の句 「春風や 堤長うして 家遠し」
蕪村がこの地を離れた後も、幼いころを思い毛馬村への望郷の念を抱き続けていたことが判る句となっている。

皆さんは大川の右岸を進みますが、私たちは毛馬橋を渡って左岸へ。理由は、左岸に植えられた桜の木の成長を久しぶりに確認するためです。
この桜は、平成17年に安藤忠雄さんの呼びかけ「大川沿いに桜を」に応じたもので、賛同者に名前が桜の添え木に記載されています。

桜は順調に成長を続けていて、植え付けられた時には太さが片手半くらいの細い幹で無事に育つかと心配していましたが、現在では片手×3倍の太さにまで大きくなっていました。
近くのメタセコイヤの大木も黄金色に輝いていました。

大川に架かる飛翔橋で対岸から渡ってくる参加者と合流し、鶴満寺(天台真盛派)から国分寺(聖武天皇時代の国分寺)へ。
両寺にお参りの後、天神橋商店街へ、ちょうど12時になりましたので商店街で昼食。

商店街を南下し、扇町公園でゴール。。
相棒も元気に完歩し満足そう、完歩の表彰状を頂き商店街を南下し大阪天満宮までウオーキング。(合計約8km)

七五三で着飾った子供たちで賑わう境内の一角に人だかり、覗いてみますと猿回しの猿が熱演中でした。
歩数計は17163歩、素晴らしい!!
第3回は来年3月開催ですので、元気に参加できるよう健康に留意しましょう、と相棒。






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KANSAIウオーク2022

2022年10月10日 | 大阪シティーウオーク
10月8日、KANSAIウオーク2022大阪堺エリアに相棒と共に参加。
集合場所のザビエル公園まで天王寺からチンチン電車(阪堺電車)で花田口駅まで。

ザビエル公園は、入行店の堺支店のすぐ近くにありお昼休みには相棒とよく出会っていた懐かしい場所です。
阪堺線沿いからの佇まいは昔と変わりなく、フランシスコ・ザビエル芳躅の石碑(写真上)も往時のまま残されていました。
ザビエル公園は、堺の豪商日比屋了慶の自宅のあった場所でフランシスコ・ザビエルを手厚くもてなした。

コースは、ザビエル公園⇒小西行長屋敷跡⇒山口家住宅(江戸時代前期の建物・写真上左)⇒西本願寺境別院(写真上右)⇒西ルイス宅跡⇒本受寺⇒宝殊院⇒妙国寺(樹齢1100年超の大ソテツが有名・写真下左)⇒土居川公園(環濠集落の名残の濠の一部を埋めて公園に・写真下右)⇒大安寺⇒南宗寺(三好長慶が父の菩提を弔うため開山)⇒臨江寺(堺の豪商今井家菩提寺)・・・・
妙国寺の大ソテツは見られませんでした。

11時出発、気温23度くらいでウオーキングには気持ちよく、懐かしい堺支店の周りを順に巡りました。
相棒も高校の近くでもある街並みを、当時のお友達のことを懐かしく思い出しながらウオーキング。
(写真下左南宗寺・右臨江寺)

街中でのお店で昼食、堺の名物アナゴの店に行きましたが売り切れでした、残念、汗をかきましたのでビールを一杯。
秋の草花や柿にも出会いました。

昼食後、ウオーキングは中断し通勤時利用していたチンチン電車で帰りました。
歩数計17701歩。


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大阪シティーウオーク2020年第3回

2021年03月15日 | 大阪シティーウオーク
昨日、2020年第3回大阪シティーウオークに参加。
2020年は、10月に第1回開催、12月の第2回はコロナにより中止、今回は第3回(最終回)となります。

コースは、海遊館⇒天保山⇒明治天皇観艦之所⇒西村捨三翁像⇒三津神社⇒三先天満宮⇒福崎住吉神社⇒港住吉神社⇒築港高野山釈迦院⇒築港赤レンガ倉庫⇒明治天皇聖躅碑⇒港大橋⇒中央突堤大阪港ダイヤモンドポイント⇒海遊館で約10㎞のウオーキング。

9時30分集合、検温を済ませた人から頂いたコース案内図を手に随時出発。
太平洋を取り囲む自然環境を再現した展示でジンベエザメを目玉とする海遊館(平成2年完成)を出発し、大型観覧車の下を通って天保山(標高4.53m)へ。

天保山は、幕末における大坂湾防衛の拠点で安政元年(1854年)ロシア軍艦が天保山沖に現れた際には諸大名が集結して警備にあたり、やがて台場が築かれ、明治元年明治天皇が大阪行幸の際には天保山において軍艦による操練を観閲された。当時は桜等も植えられ観光地として人出も多く賑わいましたが、現在は山が削られる等景観は大きく変貌している。

近くには、大阪築港工事の事務所長を務め尽力された西村捨三翁(当時の大阪府知事)の像が建てられている。

みなと通り沿いの八幡屋公園の白木蓮を愛でつつ大阪プールを過ぎ、明和元年(1764年)石田新田開発の際勧請された三津神社へ。

同時期に新田開発に伴い勧請された三先天満宮と福崎住吉神社にもお参りを済ませて、港住吉神社へ。

港住吉神社は、天保13年(1847年)目印山(旧天保山)に摂津一宮住吉大社より勧請、社殿は天保山の上に建てられたが元治元年(1864年)砲台が築かれた際南岸に移転し大正6年現在地に移転。
築港高野山釈迦院は、延暦23年(804年)弘法大師が桓武天皇の勅命により難波津から唐に向かって出港。大同元年(806年)無事帰国の報告法要と大阪港内外の守護と海上安穏をこの地で祈願された。その後弘法大師を本尊として建立された。
この前で、ボランティア活動中の高大同窓会歴考仲間であったI氏に出会ったのは今回ウオーキングの余禄でした。

築港赤レンガ倉庫は、大正12年住友倉庫により港湾倉庫として建設され、大大阪時代海の玄関口であった大阪港の名残を残す近代建築で、現在は大阪市に移管されクラシックカーミュージアムとして活用されている。
最後の立ち寄り先大阪突堤の手前に明治天皇が大阪行幸のされたことを示す明治天皇聖躅の碑が建つ。

大阪港の西側に位置する中央突堤は、夕陽と夜景がきれいなポイントとして日没を迎える時間帯には多くの方が訪れ、大阪港で一番夕陽が美しい場所(大阪港ダイヤモンドポイント)として知られている。また南の方には、大阪築港と大阪南港とを結ぶ全長980mの上下二層のトラスト橋の全景が望める。

海釣りを楽しむ釣り人を横目にゴールの海遊館着、約2時間半のウオーキングを終えました。
ゴールで完歩の賞状と今年の大阪シティーウオーク完歩のメダルを頂きました。
本日は好天に恵まれ、歩き出してすぐ汗が出てきて上着を脱いでのウオーキングとなり、緋寒桜・梅・ハクモクレン・ユキヤナギも満開で、非常に気持ちよく歩けました。
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OSAKAシティウオーク第1回

2020年10月19日 | 大阪シティーウオーク
昨日、大阪市内の史跡名所を巡る恒例のウオーキングのOSAKAシティウオーク第1回に参加。
コースは、
長居競技場⇒山坂神社⇒法楽寺⇒桃ヶ池公園⇒安倍清明神社⇒阿倍王子神社⇒万代池公園⇒住吉大社⇒長居公園
の約11キロ。

長居競技場の中からマラソンゲートをくぐりスタート。
すぐに庭先に植えられたキンモクセイの良い香りがし、今日一日よいことがありそうな気分でウオーク開始。

最初の史跡の天穂日命を主祭神とする山坂神社(田辺神社とも称される)から三重塔と樹齢800年を超える楠を有する法楽寺は、田辺神社とも称される山坂神社とともに地元田辺に古くから信仰を集めている。

聖徳太子が、地元民に災いをなす大蛇を退治する際腿まで浸かったとの言い伝えを持つ桃ヶ池公園。この公園は小学生低学年のころ父と二人でキャッチボールをした思い出があります。今も残る蓮池の水面を覆う蓮の成長と蓮池のの向こうにそびえるハルカスが望め、70年ほど経っていることを知らされます。

松虫通を西へ進み阿倍野筋を南下、陰陽師安倍晴明を祀り晴明生誕地と伝わる安倍晴明神社から仁徳天皇創建で熊野詣の最初の熊野王子社の阿倍王子神社に参拝。

尚も南下、ほぼ中間地点の万代池公園着。万代池公園は、不思議な魔物が住み人々を悩ませていたが聖徳太子が四天王寺から僧を遣わし曼荼羅経をあげさせたところ魔物は現れなくなったとの伝承があります。そこから住吉大社を目指します。

住吉大社は、航海の神・祓いの神・歌の神として古くから崇敬されており、急カーブの太鼓橋で著名。境内南側のお田植祭りが催される田では黄金入りの稲穂が重く頭をたれていました。
お田植祭りの行われる当社の御田は神功皇后が水田を設けたことに始まるとされ、五穀豊穣に関わる神聖な行事が現在でも厳格に伝承されています。

ここまで来ますとゴールは間近、長居公園通りを東へ。
スタート地点の長居競技場着12時10分、約2時間のウオーキングで気持ち良い汗をかきました。

弁当持参の相棒と待ち合わせ、青空に浮かぶ秋の雲を見上げ、心地よく疲れた足を休めながら美味しく頂きました。
やはり広い公園の大きな樹木に囲まれてのひと時は本当に気持ちよく、デザートの大福もいただき相棒とともにご機嫌でした。
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第2回大阪シティーウオーク

2019年11月25日 | 大阪シティーウオーク
11月23日、第2回大阪シティーウオークに参加。
花博記念公園鶴見緑地に集合、主催者の挨拶・準備体操を終え9時50分スタート。
今回は、ナンバ歩きを実践するためロングコース12.5kmに挑戦。

コースは、花博記念公園鶴見緑地⇒城北川⇒旭区民センター⇒城北公園⇒淀川河川敷⇒与謝蕪村生誕地碑⇒毛馬閘門⇒毛馬桜ノ宮公園⇒都島通り⇒蒲生公園。


花博記念公園鶴見緑地
昭和47年広域公園として開園。平成2年「国際花と緑の博覧会」の会場となり、博覧会終了後公園施設の再整備や新規開設をすすめ、現在では四季折々の草花と自然が満喫できる都市公園として市民の憩いの場所となっている。
当日は、ケヤキや桜の紅葉が見事でした。

城北川
寝屋川と旧淀川(大川)を結ぶ全長約5㎞、川幅40mの水路で、もとの城北運河のこと。昭和60年の河川改修事業を機に淀川水系の一級河川となり名称を変更。現在は、河川沿いが魚釣り場やジョギング・散歩コースになって数少ないレクリエーション・ゾーンのある河川として親しまれている。

城北公園
明治に行われた淀川付け替え工事で空き地となった旧淀川の河川敷を利用し、昭和9年に公園として開園し毎年初夏のショウブの見頃の時期には多くの市民が楽しんでいる。

淀川河川敷
淀川の河川敷にある国営公園。
昭和46年に淀川工事実施基本計画を改定、大幅な流量増に対応するため低水路の屈曲の是正や掘削拡張、堤防・護岸の補強等、ダム等の洪水調整等を推進した結果、ほとんど冠水しない安定した河川敷(高水敷)を確保。

広大で自然豊かな淀川の河川沿いに広がる当公園では、野球・サッカー、テニスなどの運動施設、バーベキュー広場があり、ジョギング、サイクリングなど幅広く利用できる。

与謝蕪村生誕地碑
享保元年(1716年)この地(毛馬村)で生誕。20才頃江戸に出て俳諧を学び、東国から丹後国を遊歴後43歳で画家として京都に定住。
この碑の「春風や 堤長うして 家遠し」は、この故郷への郷愁を述べた抒情詩「春風馬堤曲」の一句で蕪村の筆跡を刻んでいる。

毛馬閘門
明治43年新淀川が開削、この時毛馬で新淀川と分岐する旧淀川の水量調節と船運の便のために毛馬洗堰と毛馬閘門を建設。昭和49年、上流に新毛馬水門、閘門が築造、同57年に淀川大堰が完成され、その役割を終えた。

毛馬桜ノ宮公園
大川の毛馬洗堰から下流の天満橋まで、延長4.2kmのリバーサイドパークとして大正12年開園。右岸沿いには造幣局、泉布観などの明治初期を代表する建物が並び、大川の流れに沿ったプロムナードには、桜並木が続き多くの観桜客で賑わう。

蒲生公園
昭和11年開園。野球場もあり、4月にはハナミズキが咲く名所でもあり城東区民憩いの場所として親しまれている。
本日も第8回SARUGAKU祭りが開催されていました。

小春日和の中、久しぶりのロングコースをナンバ歩きで試してみましたが、普段と変わりない時速約5㎞で歩くことができ、足の疲れや痛みも感じることなくスムースに歩くことができました。
本日のウオーキング時間は2時間30分、歩数は、18622歩でした。
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