先日大阪城梅園へ行く途中、相棒から近くのお寺の境内に天神さんがあります、と。
そのお寺は天然寺で、入り口には「おちつき天神」の案内がありましたので境内へ。
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おちつき天神
昌泰4年(901年)右大臣菅原道真が時の左大臣藤原時平らの策謀で大宰府に左遷されたおり、浪速津にて乗船の潮時をこの地で待つ間、自作の木像を作り、これを残し船出をしたが、里人はこの跡を慕って小社を営み、管公自作の像を祭ったと伝わる。
社殿は元は大坂城内の地にあったが、豊臣秀吉が大坂城築城の際、現在地に還し祀ったという。
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菅原道真が潮待ちのために滞在した地に祀られたため、古くは「潮待天満宮」と呼ばれ、潮待ちのため落着かれたので「おちつき天神」とも呼ばれている。また、秀吉がこの地で月見を楽しんだことから望月(もちづき)天神と呼ばれ、のちに「おちつき天神」となったとも。
その潮待の間、道真が座っていた石が鳥居横に残されている。
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潮待山 天然寺
浄土宗。本尊 阿弥陀仏。本堂は昭和20年の空襲にて消失、昭和53年再建。
天正16年(1588年)天然上人の開基で、時恰も豊臣秀吉大坂城築城の天正11年の後に辺り、城の南、堀の外の高台に寺地を給せられ、此処に堂宇を興し浄土宗法然上人念仏の道場として永く法灯を伝えている。
天然寺境内地は、潮待天満宮のあった場所で豊臣氏の時代に地子免除の特典を受けていた。
相棒のおかげで新たに地元の史跡を知ることができました。歴史の町天王寺区の古地図を見ますと現在も残っているのは神社仏閣で、その神社仏閣にはそれぞれ由緒歴史があることを改めて実感しました。
そのお寺は天然寺で、入り口には「おちつき天神」の案内がありましたので境内へ。
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おちつき天神
昌泰4年(901年)右大臣菅原道真が時の左大臣藤原時平らの策謀で大宰府に左遷されたおり、浪速津にて乗船の潮時をこの地で待つ間、自作の木像を作り、これを残し船出をしたが、里人はこの跡を慕って小社を営み、管公自作の像を祭ったと伝わる。
社殿は元は大坂城内の地にあったが、豊臣秀吉が大坂城築城の際、現在地に還し祀ったという。
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菅原道真が潮待ちのために滞在した地に祀られたため、古くは「潮待天満宮」と呼ばれ、潮待ちのため落着かれたので「おちつき天神」とも呼ばれている。また、秀吉がこの地で月見を楽しんだことから望月(もちづき)天神と呼ばれ、のちに「おちつき天神」となったとも。
その潮待の間、道真が座っていた石が鳥居横に残されている。
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潮待山 天然寺
浄土宗。本尊 阿弥陀仏。本堂は昭和20年の空襲にて消失、昭和53年再建。
天正16年(1588年)天然上人の開基で、時恰も豊臣秀吉大坂城築城の天正11年の後に辺り、城の南、堀の外の高台に寺地を給せられ、此処に堂宇を興し浄土宗法然上人念仏の道場として永く法灯を伝えている。
天然寺境内地は、潮待天満宮のあった場所で豊臣氏の時代に地子免除の特典を受けていた。
相棒のおかげで新たに地元の史跡を知ることができました。歴史の町天王寺区の古地図を見ますと現在も残っているのは神社仏閣で、その神社仏閣にはそれぞれ由緒歴史があることを改めて実感しました。