大阪城での四季のうつろい

相棒や友人たちとの日々の行動を記録するため、平成17年リタイア後ブログをはじめました。

おちつき天神・天然寺

2020年02月20日 | 史跡
先日大阪城梅園へ行く途中、相棒から近くのお寺の境内に天神さんがあります、と。
そのお寺は天然寺で、入り口には「おちつき天神」の案内がありましたので境内へ。

おちつき天神
昌泰4年(901年)右大臣菅原道真が時の左大臣藤原時平らの策謀で大宰府に左遷されたおり、浪速津にて乗船の潮時をこの地で待つ間、自作の木像を作り、これを残し船出をしたが、里人はこの跡を慕って小社を営み、管公自作の像を祭ったと伝わる。
社殿は元は大坂城内の地にあったが、豊臣秀吉が大坂城築城の際、現在地に還し祀ったという。

菅原道真が潮待ちのために滞在した地に祀られたため、古くは「潮待天満宮」と呼ばれ、潮待ちのため落着かれたので「おちつき天神」とも呼ばれている。また、秀吉がこの地で月見を楽しんだことから望月(もちづき)天神と呼ばれ、のちに「おちつき天神」となったとも。
その潮待の間、道真が座っていた石が鳥居横に残されている。

潮待山 天然寺
浄土宗。本尊 阿弥陀仏。本堂は昭和20年の空襲にて消失、昭和53年再建。

天正16年(1588年)天然上人の開基で、時恰も豊臣秀吉大坂城築城の天正11年の後に辺り、城の南、堀の外の高台に寺地を給せられ、此処に堂宇を興し浄土宗法然上人念仏の道場として永く法灯を伝えている。

天然寺境内地は、潮待天満宮のあった場所で豊臣氏の時代に地子免除の特典を受けていた。

相棒のおかげで新たに地元の史跡を知ることができました。歴史の町天王寺区の古地図を見ますと現在も残っているのは神社仏閣で、その神社仏閣にはそれぞれ由緒歴史があることを改めて実感しました。
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キジバト

2020年02月18日 | 鳥・昆虫
司馬遼太郎記念館の庭でキジバトをよく見かけます。
以前にはモミジの枝で巣を見かけましたが、モミジの枝の上に小枝で作られた巣は隙間が結構ある本当に粗末な巣でしたが今は壊れていて見かけません。
現在はよく自宅の床下に出入りしているのを見かけますので、自宅の床下で営巣しているように思います。

先日も玄関へのアプローチでせわしなく首を上下に動かし、美しい背中の模様を見せながら床下へ入って行くのを見かけました。

キジバト
ハト科キジバト属。国内で繁殖する留鳥。
全長約30cm。体色は雌雄同色で茶褐色から紫灰色。ウロコ模様の背中、首に青白黒のマフラーを巻いたような、おしゃれな鳥です。

平地から山地の明るい森林に生息するが、都市部でも普通に見られる。
樹上に小枝等を組み合わせた皿状の巣を作るが、古巣を利用することも多く、人工建築物に営巣することもある。このため野良猫などの獲物になることも多い。しかし体の割に小さめな卵を二つしか産まないので、熱がしっかり伝わりヒナがかえります。

食性は雑食で主に果実や種子を食べるが昆虫類、貝類、ミミズ等も食べる。
繁殖期はほぼ周年で、1回に2個の卵を産む。抱卵日数は15 - 16日。抱卵は夕方から朝までの夜間は雌、昼間は雄が行う。雛は孵化後、約15日で巣立つ。
一般的にはつがいで見られることが多いが、繁殖がうまくいかなかった場合は、1シーズンでつがいを解消するパターンも多い。

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大阪城梅園

2020年02月16日 | 風景
昨日、大阪城梅園へ相棒とともに、往復ともウオーキングで出かけました。
大阪城の現在はコロナウイルスのためでしょう、インバウンド客も少なく昔の大阪城に戻っていて日本語の会話が目立っていました。

梅園手前の高台からは、紅白に彩られた梅園が高層ビル群を背景に美しく望めました。
大阪城公園の梅は、大阪万博後に北野高校同窓会から22品種880本を寄贈されたことに始まり、現在では100品種1270本を超える梅の数となり、様々な種類の梅が楽しめるスポットとなっています。

梅園内から天守閣を入れた写真スポットは数か所ありますが、どこもにわかカメラマンがシャッターを切っていて私も負けずにパチリ。株もとに咲く水仙もまだよく咲いていました。
メジロが数羽飛来してきましたが落ち着きがなく、カメラに収める間もなくすぐにいなくなってしまいました。
一本の木に紅白の花が咲く「思いのまま」には、枝ごとだけではなく一つの花の花びらが紅白に分かれ咲いており、大輪の「武蔵野」にも出会うことができ、いずれも初めて見ました。

枝垂梅はこれからのようですので、いましばらくはかぐわしい香りとともに楽しめそうです。
この立派な梅園は入場無料ですので結構賑わっていました。
本日の歩数計、13090歩。





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第24回菜の花忌

2020年02月13日 | 司馬遼太郎記念館
2月12日、今年の第24回菜の花忌シンポジュームは東京開催(2月14日)で、大阪では記念館にて館長トークが行われました。

最寄駅からの菜の花ロードでは、ボランティアの方々が丹精込めて育てられたプランターの菜の花が、記念館の周辺とともに見事に花を咲かせています。

上村館長トークでは、菜の花忌や菜の花ロードのことの説明の後、今年は司馬作品の映画化が二本上映され作品の内容とその当時司馬遼太郎の考えたこと等を話されました。
映画化されるのは、「燃えよ剣」(原田眞人監督・土方歳三役岡田准一)・「峠」(小泉隆監督・河合継之助役役所広司)。
「燃えよ剣」は、栗塚旭(土方歳三役)のTVドラマ(昭和45年)を欠かさず見たことを思い出しました。

ほかに私の興味を引いたお話は、司馬遼太郎は食べ物にあまり頓着しなかったが魚料理が苦手・好きな本はホーンブロアー物語、夏目漱石・本の大意をつかむ際の読む速度は大変早かったそうで井上ひさし氏は「写真を見るようであった」、と評されていたそうです。
また記念館をデジタル化することは考えておらず、むしろアナログ中のアナログを感じてほしい、と話されていたのが印象的でした。

お土産にいただいた菜の花一枝で、我が家に一足早くきた春の訪れを相棒とともに感じています。
  
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三社神社・波除公園

2020年02月06日 | 高齢者大学
2月3日、高大歴考教室同窓会の総会でJR環状線弁天町駅へ、11時15分集合の10名。
駅前のクロスタワー大阪ベイ51階での総会にて今年度の担当月を決定後昼食開始。

制限時間なしのバイキング、食べ過ぎにブレーキをかけているつもりがついつい食べ過ぎました。
今回は、総会のみでしたので食後解散。

私は、大阪ベイエリアの入り口にあたる弁天町には来たことがありませんので、ホテルや弁天町駅で駅前の史跡を聴取し、三社神社と波除公園へ。

三社神社
安治川と尻無川に挟まれた埋立地に鎮座。
元禄11年(1698年)、伊勢国桑名の市岡與左兵衛宗勝が新田開発の工事の安全と開発の成功と開発された地域の守護神として、天照皇大神・豊受大神・住吉大神の3柱を祭神として勧請して、社殿を建立ことが起源。

後に相殿として、熱田大神・斎主大神・秋葉大神を合祀し、三社大神と称するようになり、三社さんとして地元の信仰を集めている。
昭和20年の大阪大空襲で、社殿などを焼失。現社殿は昭和35年に完成。
鳥居をくぐった境内入口には注連柱が立ち、意外と緑の多い境内周翁奥に入母屋造りの拝殿、透かし塀内に住吉造の本殿が建立されており、駅前の喧騒とは違って静謐感があふれています。

波除公園
昔から大阪は、淀川や旧大和川の洪水で大きな被害をうけていた。江戸時代前期には、根本的対策として種々の工事が行われた。貞享元年(1684年)市内では淀川の治水対策として河村瑞賢が幕命をうけ九条島を開削し、新川(現安治川)を通した。

安治川の開削で出た土砂によって安治川入港の目印となる波除山が南岸に築かれ、一名瑞賢山(写真上中・浪花百景図)ともいわれ幕府の管理するところであった。
現在は平坦化されてしまったが、山の崩壊を防ぐため植林した松が茂り、遠望できて名所であった。

公園内には、新田開発に携わった市岡與左兵衛宗勝の功績を顕彰する石碑が建っており、高さ5~6mの小山もありましたが、瑞賢山の名残でしょうか?


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