最近読んでいる辺見庸さんの本で、出合った言葉に「ほどろほどろ」という一語があった。
<牡丹雪がほどろほどろに降りつづいていて、世界がことさら白く容儀をただし、なんだかものみなあらたまったような朝であった。>(『記憶と沈黙』P15)
「ほどろほどろに」
「世界がことさら白く容儀をただし」
などの言い回しに表現の妙を感じながら、雪の朝の情景を思い描いた。
私の語彙に、「ほどろほどろ」はなかった。
牡丹雪のどんな降り方なのだろう? と、傍の電子辞書(広辞苑)を引いた。
すると、
<「ほどろ」の畳語。万葉集(8)「沫雪(あわゆき)の―に零(ふ)り敷けば>
と出ていた。
「ほどろ」を改めて調べると、
<(ホドは散りゆるむさま。ロは接尾語)
①雪などが、はらはら散るさま。万葉集(10)「庭も―に雪そ降りたる」
②⇒「夜のほどろ」に同じ。(注 「夜のほどろ」とは、「夜がほのぼのと明けるころ」の意。)
③ワラビの葉や茎がのびてほおけたもの。(以下、略。)
と、記してある。
水気を多く含んだ牡丹雪が、やや重々しく降っている情景だろうか。
辞書に、万葉集の歌例が引用されているところからも、古くは、一般に使われていたのであろう。また、古歌に親しんでいる人には、もの珍しい語句ではないのかもしれない。
ついでに、『日本国語大辞典』も調べてみた。
さすがに詳しく、上記の意味にプラスした説明もあった。
「ほどろゆきじ」(ほどろ雪路)という項目もあった。
<まばらに雪がつもっている道路。※赤光<斉藤茂吉>「ゆふぐれのほどろ雪路をかうべ垂れ湿れたる靴をはきて行くかも」>
と。
「ほどろ」がきっかけとなり、斉藤茂吉の歌にも出合った。
最近、「ほどろほどろ」という表現にふさわしい雪の降り方に出合うことは少ないようだ。
が、目を閉じると、昭和40年前後の、雪の多かった時期の風景が思い浮かぶ。
当時は、雪の積もりやすい山間の町に暮らしていた。雪にまつわる思い出は様々である。
近頃は、暖かな冬が多くなって、場所によっては、冬らしい雪景色が見られなくなった。それと同時に、雪にまつわる豊かな語彙も消えてゆくのではと、危惧を抱いてしまう。
昨日の午後、ポストまで歩いた。
折から、霙が降り、粉雪が舞っていた。
が、「ほどろほどろ」という、形容には似つかわしくなかった。
(写真 昨年の夏からずっと咲き続けたノボタン。その木が、2センチほどの小さな花を咲かせている。これが最後の花。次の楽しみは、訪れる夏を待たねばならない。)
<牡丹雪がほどろほどろに降りつづいていて、世界がことさら白く容儀をただし、なんだかものみなあらたまったような朝であった。>(『記憶と沈黙』P15)
「ほどろほどろに」
「世界がことさら白く容儀をただし」
などの言い回しに表現の妙を感じながら、雪の朝の情景を思い描いた。
私の語彙に、「ほどろほどろ」はなかった。
牡丹雪のどんな降り方なのだろう? と、傍の電子辞書(広辞苑)を引いた。
すると、
<「ほどろ」の畳語。万葉集(8)「沫雪(あわゆき)の―に零(ふ)り敷けば>
と出ていた。
「ほどろ」を改めて調べると、
<(ホドは散りゆるむさま。ロは接尾語)
①雪などが、はらはら散るさま。万葉集(10)「庭も―に雪そ降りたる」
②⇒「夜のほどろ」に同じ。(注 「夜のほどろ」とは、「夜がほのぼのと明けるころ」の意。)
③ワラビの葉や茎がのびてほおけたもの。(以下、略。)
と、記してある。
水気を多く含んだ牡丹雪が、やや重々しく降っている情景だろうか。
辞書に、万葉集の歌例が引用されているところからも、古くは、一般に使われていたのであろう。また、古歌に親しんでいる人には、もの珍しい語句ではないのかもしれない。
ついでに、『日本国語大辞典』も調べてみた。
さすがに詳しく、上記の意味にプラスした説明もあった。
「ほどろゆきじ」(ほどろ雪路)という項目もあった。
<まばらに雪がつもっている道路。※赤光<斉藤茂吉>「ゆふぐれのほどろ雪路をかうべ垂れ湿れたる靴をはきて行くかも」>
と。
「ほどろ」がきっかけとなり、斉藤茂吉の歌にも出合った。
最近、「ほどろほどろ」という表現にふさわしい雪の降り方に出合うことは少ないようだ。
が、目を閉じると、昭和40年前後の、雪の多かった時期の風景が思い浮かぶ。
当時は、雪の積もりやすい山間の町に暮らしていた。雪にまつわる思い出は様々である。
近頃は、暖かな冬が多くなって、場所によっては、冬らしい雪景色が見られなくなった。それと同時に、雪にまつわる豊かな語彙も消えてゆくのではと、危惧を抱いてしまう。
昨日の午後、ポストまで歩いた。
折から、霙が降り、粉雪が舞っていた。
が、「ほどろほどろ」という、形容には似つかわしくなかった。
(写真 昨年の夏からずっと咲き続けたノボタン。その木が、2センチほどの小さな花を咲かせている。これが最後の花。次の楽しみは、訪れる夏を待たねばならない。)