自分で自分の人生は切り開いていくことができる、運命は変えることができるって、一度、お伝えしました。でも、どうして変えられるの? 予言って、絶対的なものじゃないってことなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?
幸福の科学の大川隆法先生は、『神理文明の流転』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。
みなさんは、よく運命論というものを耳にするでしょう。運命は決まっている、あるいは高級霊によれば、このようになることは決まっている。そのように予言されることがありますし、その予言がそのまま的中することもよくあります。
しかし、その通りにならないこともあります。なぜならないのでしょうか。それは、その人のシナリオが何通りかあるからです。また、変更可能な場所があるのです。これは現実にあるのです。
たいていの方の場合、このシナリオの一ページ目に書いている自分の姿を見て、その通りに生きていくことが多いということです。ところが、これは変わることがあるのです。このことを認めなければ、そもそも悟りというものは成り立たないのです。これをみなさんに知っていただきたいのです。
『ノストラダムスの新予言』という本のなかで、ノストラダムスは「運命は変えられない」という観点から語っています。しかし、「運命は変えられる」というのが私の結論です。なぜならばそれは、ノストラダムスを超えた世界において厳としてある事実だからです。
運命は変えられないというのは、この一枚目のシナリオが変えられないということなのです。あるいは三枚目に書いてあるシナリオの筋書きが変えられないということなのです。
ところが、シナリオは複数あります。どのシナリオを演じるか、実はここにおいて選択があるのです。ただ、そこに載っている筋書きは変えられないと言っているのです。しかし、これを違うシナリオに替えることができるということです。これを知らなければなりません。
(84~85ページ)
予言があたらないことがあるのは、その人の人生のシナリオが何通りかあり、変更可能だからである。
運命は変えられないというのは、この1枚目のシナリオ、あるいは3枚目のシナリオの筋書きが変えられないというにすぎない。
たいていの人は、このシナリオの1ページ目の通りに生きていくが、これが変わることがあることを認めなければ、そもそも悟りというものは成り立たない──。
なぜ考え方に運命を変える力があるんでしょうか。
それは、自分の人生のシナリオを別のものに変えることができるから、だったんですね!
20世紀末、なぜノストラダムスの予言が当たらなかったのか。
その答えも、すでに大川隆法先生は、1992年に刊行されたこの書籍で示されていたことに、今ごろになって私は気がついたと思っているのです。
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『神理文明の流転』
大川隆法著 |
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