ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



年の瀬、募金とか、寄付とかお布施を求められたりすることって、多くなりましたよね。これって、いったい何なんでしょう。なぜするんでしょう。世間のお付き合いとかじゃなくって、もっと宗教的に深い意味があるんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『ダイナマイト思考』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 やがて何年か何十年か後に、あなた方は一人残らず地上を旅立つことになります。旅立った後、まっさかさまに地獄に落ちる人を別とすれば、たいていの人は、必ず自分の一生というものをもう一度見せられることになります。そのときに恥ずかしい思いをしないようにすることです。人間ですから間違いもするでしょう。罪も犯すでしょう。しかし、よく反省をし、そして過ちを修正するための行為を積み重ねておくことです。
 財貨がなければ言葉を与えるということもあります。優しさを与えるということもあります。感謝をするということもあります。いろいろな仕方があるでしょう。しかし、あらゆるプラスのものは、神の心に適ったあらゆるものは、すべて富なのです。心の富であることに変わりはありません。その心の富を生きているあいだに豊かに築き、それをいかに布施するかということに努力していただきたいのです。
 そうすれば、あなたがこの世で布施したものは、来世あなたのものとなって返ってきます。いや、それ以上のものとなっていると言ってよいでしょう。布施をする心が大事なことがはっきりとわかるあの世の世界ではなくて、それがなかなかわかりづらいこの世でなした布施は、一の布施が十になって返ってくると思って間違いがありません。あなたの費やした時間、あなたの費やした労力、あなたの費やした富、それらのものがすべて十倍になって戻ってくるのが実相世界の本当の姿です。
 ですから、さあ、あなた方も天の倉に富を積みなさい。地上の銀行の富はたいした利息も生みませんが、天の倉に積んだ富は大きくなるばかりです。そして大きくなった富を使えば使うほどに、あなたも、あなたの周りの人も、どんどんと幸福になっていくのです。
(57~59ページ)

自分で稼いだ大事なお金は、ぜんぶ自分だけで使いたい、というのが人情でしょう。

でも、それをぐっと我慢して、その一部を、誰か困っている人のために使うこと。神さまや仏さまに捧げること。

お金を十分に持っていない人は、言葉とか優しさとか、感謝とか。

神仏の心に適ったあらゆるものは、すべてが「富」なんだって。

天の倉に富を積む。

その富は、あの世で十倍にもなって、自分の倉に蓄えられているのです。 
 

『ダイナマイト思考』

 大川隆法著


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人生を一生懸命、駆け抜けてきて。子どもは独立したし、定年だし、まだまだ若いと思ってたけど、電車に乗ったら、席を譲られるようになってきて。さてあとは、どうやって生きていったらいいの、なーんて人、いませんか?

また、そんなお父さんとかお母さんに、何を伝えればいいのかなあ、とか考えてる人、いませんか?

シルバー世代に向けて、幸福の科学の大川隆法先生は、『悟りに到る道』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人生の最後の十年ぐらいというのは、非常に大きな意味を占めています。実際は、すでにこの世的な仕事を終わっていることが多いでしょうが、この十年ぐらいというのは非常に大きな意味合いがあり、これが来世の入学試験の前の期間なのです。ここをどのような精神状態で過ごすかということが、来世の生き方に非常に関係があります。
 気をつけてほしいことの第一は、いわゆる「和顔愛語(わげんあいご)」──優しい顔、安らいで和らいだ顔、それから、優しい愛ある言葉です。そうした優しい顔、人に対する優しい言葉、これを特に気をつけてください。これは毎日毎日の心がけです。鏡を見たときに、優しい顔をしているか。それから、人に対して、好意のこもった話、その人が聞いてよろこぶような話ができているか、これをまずチェックしていただきたいのです。心の状態が悪いと、まず顔つきが悪くなってきますから気をつけてください。
 顔の点検のひとつに、「慈眼(じがん)」というものがあります。鏡で自分の目をよく見てください。慈眼、慈悲の目であるかどうか。光を持った、目尻の優しい、そういう目かどうかをよく見ていただきたいのです。
 地獄に行く方というのは、普通、目が濁っています。自分の目を見て、目が濁っているかどうか、よく見ていただきたいのです。目が濁っているようですと、まだ修行が残っていますから、どうか心を透明にして、他の人に対する優しい心を起こしてください。
(56~57ページ)

まだ若い(はずの)私なんかは、このお教えを読んで、うーん、今まで間違いばっかりやって生きてきたけど、でも、まだまだこれから十分にリカバリーがきくんじゃないかと、ちょっとホッとしてます。

最後の10年の大切さ。

そして、毎日毎日の心がけとしての、「和顔愛語(わげんあいご)」と、「慈眼(じがん)」。

まだまだ若い世代であっても、これからさっそく心がけたいお教えだと、心から私は思うのです。 
 

『悟りに到る道』

大川隆法著



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あー、やだやだ。毎日毎日、お掃除とか洗濯とかばっかり。いやだなあ、・・・とか思ってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『信仰告白の時代』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 釈尊の弟子には、頭のよい人、身分の高い人や低い人など、いろいろな人がいましたが、なかには「こんな人が?」というような弟子もいたのです。なかでも、頭が悪いことで有名な弟子の一人に、周利槃特(しゅりはんどく)という方がいました。これ以上、頭の悪い人はいなかったのではないか、ということで有名な方です。(中略)
 釈尊は「周利槃特よ、ちょっと来なさい。おまえは難しい説法はさっぱりわからないようだから、一つだけ教えてあげよう。ここに箒(ほうき)があるから、この箒を持って庭を掃きなさい。落ち葉を掃いたり、ごみを掃いたりしなさい。そのときに、『塵を除かん。垢を除かん』とくり返し言いながら、箒で掃いていきなさい」と教えたのです。
 箒を持てば、する仕事ははっきりしています。落ち葉を除いたり、ごみを掃いたりするだけです。そこで周利槃特は、「掃除をするんだな」と思って、それを続けているうちに、「ああ、人間も同じなんだ。心のなかにある塵や垢を除くことが大事なんだ」と悟ったのです。
 そこで、釈尊は「よく悟ったね。おまえは難しい教えはさっぱりわからなかったけれども、心の塵や垢を除くことが大事だという教えを悟った」と言ったわけです。
 これは、教学をいろいろと一生懸命やっていた弟子よりも、むしろ周利槃特のほうが悟りが早かった──という話です。周利槃特は「阿羅漢になった」と仏典には遺っています。
(134~138ページ)

有名な周利槃特の逸話。

お掃除は、宗教的には「作務(さむ)」といいますけど、これを続けただけで「阿羅漢(あらかん)」の悟りに至った、歴史に名前の残る仏弟子の話です。

「阿羅漢」というのは、仏道修行で心が澄みきって、守護霊と同通し、後光が出る段階ですから、普通の修行者が生涯の目標とするようなレベルの悟りです。

「そうじ力」を説く方もいますけれども、お掃除(「作務」)の力って、ほんとにバカにできない。

いやいや、そのレベルをはるかに超えて、お掃除(「作務」)というのは、実はすごい力を持っているのだ、というお教えなんだろうと思います。

よし、年末の大掃除はもちろんですけど、新春からは毎朝、自分の机とかくらいは拭き掃除してから一日をはじめようと、改めて私は決意したのです。
 

『信仰告白の時代』

大川隆法著


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私って、最近、とってもイライラするの。気にさわると、すぐ怒鳴っちゃうし。でも、悪霊の影響って、もしかして受けてるのかなあ、とか思ったりしませんか? うーん、おれもそうだなあ。すぐ戦いモードだなあ。悪霊に関係あるのかなあ、とか思った人は?

幸福の科学の大川隆法先生は、『霊界散歩』(幸福の科学出版)で、悪霊の影響の見極め方について、こう教えておられます。

 簡単なものとして、「鏡を見る」という方法があります。鏡で自分の顔を見れば、悪霊に憑依されている“悪霊顔”は、ある程度、分かるものです。
 正直なもので、精神生活が貧しいと、それが、だんだん顔に表れてきます。ほんとうに、尻尾や角、牙が生えても似合う顔になってくるのです。
 悪想念の種類は数多くありますが、それと波長の合う悪霊が必ずいます。そして、「波長同通の法則」によって、その悪想念を出した人のところへやってくるのです。
(194~195ページ)

この一節を知るだけで、お手洗いに行ったとき、お化粧するだけでなく、鏡でよく自分の顔を見てみようって思えます。

危ない顔だなあと思ったら、そんな自分にブレーキをかけて、違う思いを出さなきゃって、気がつくことができますね。

「知は力なり」。

大川隆法先生の教えを知ることは、人生を好転させるための秘訣なのです。
 



『霊界散歩』

大川隆法著


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なんで、あの人は、あんなに美人でスタイルがいいの? なんであの人は、あんなに頭がいいの? なんであの人の家は、お金持ちなの? あーあ、それに比べて、私って、おれってなあ・・・なーんて考えて、落ち込んだりしてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の仏陀』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

おまえたちは、いたずらに他の人をうらやんではならない。
その人が、たまたま、いい家に生まれたとか、
その人の両親が、たまたま優秀であったとか、
その人が、たまたま都会に生まれたとか、
その人の兄弟が、恵まれた経歴を持っているとか、
その人の肉体が、たぐいまれなる美しいものであるとか、
このようなもので、心を嫉妬で曇らせてはならない。
人には、それぞれの過去があり、
過去、積み上げてきたものがある。
そのすべての結果が、現在というものに表れているのだ。
他の人の人生に取ってかわることはできないのだ。
自分は、自分の人生を生きなければならないのだ。
おまえたちが心しなければならぬことは、
自分の名前で他人の人生を生きることではなく、
自分の名前で自分の人生を生き切るということなのだ。
自分の人生は、自分以外には、生きてくれる人はいないのだ。
それを大切にしなくてはならない。
自分の名前を大切にするように、
自分の人生を大切にしなくてはならない。

他の人とその身を置きかえたところで、
いかばかりの幸福感があるであろうか。
人には、それぞれの悩み、苦しみもあるものだ。
それらの人々の幸福なる点のみを見て、
悩みや苦しみを見ていないのが、
自分の、その迷いの姿であるのだ。
他の人のよいところのみを見て、
それを、おのが惨めさと引き比べてはならない。
あなたが、あなた自身をいかに低く評価しているとも、
他の人のなかには、それを高く考えている者もいる。
このように、すべて、お互いの目からは、
物事は相対的に見えるということを忘れてはならない。
(79~82ページ)

うーん、とってもありがたい教えです。

自分の名前で他人の人生を生きるのではなく、自分の名前で自分の人生を生き切ること、なんだ。

こんな自分ではあるんだけど、でも、いただいたものに感謝しながら、がんばってみよう。

今日は、改めてそう私は決心したのでした。 
 



『永遠の仏陀』

大川隆法著


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妻子ある男性が好きになってしまって、道ならぬ道に入ってしまった人。男性の浮気のことはよく分からないけど、女性の不倫って、別にいいんじゃないの? とか思ってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『愛、無限』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 夫婦間の貞操の義務は昔からよくいわれていることです。いまでは古いことと思われているかもしれませんが、夫婦が貞操の義務を持っているのは、生まれてくる前に結婚の相手を決めているというところに原点があります。
 要するに、「自分が約束した相手ではない人、つまり、他人の妻になる予定の人、あるいは、他人の夫になる予定の人に恋いこがれて、道を踏みはずしてはいけない」「他の人と理想的な家庭を持つべく予定されている人、つまり、自分が約束した相手ではない人と深い関係になってはいけない」という倫理的要求があるのです。(中略)
 もう一つ、数十年間、一緒に夫婦生活をしていこうとするならば、お互いに裏切らない、誠実であるということが、その基礎になるのです。(中略)
 愛情を裏切られたときのダメージは、なかなか大きなものがあります。(中略)相手の魂そのもの、奥深いところにまで影響を与え、回復できなくさせてしまいます。(中略)
 結局、妻ある男性が妻以外の女性に心を寄せて、深い関係になるということ自体が問題というよりも、本来、自分が愛すべき人を、深く傷つけてしまうということが、仏法真理に反することなのです。夫ある女性の場合も同様です。
(47~52ページ)

そうかあ。不倫小説って、ベストセラーになったりして、これはこれでいいのかなあとか思ったりしてたんだけど。

今はまだ独身の女性でも、生まれてくる前に決めている相手がいるんじゃないかということは、忘れてはいけないんですね。

逆に男性の方も、他の人と理想的な家庭を持つべく予定されている女性と、気軽に遊んでしまったりしてはいけない。

それ以上に、本来、自分が愛すべき大事な女性を、そんな遊びで深く傷つけてしまってはいけない。これは義務、だったんですね!

一見古風に感じられるかもしれないけれども、こういう霊的な視点の大切さを改めて深く知った気が私はするのです。

 



『愛、無限』

大川隆法著


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なんで、あの人が死んでしまったの? お父さんやお母さん、あるいは、親しい友だちとか、愛する人とか・・・。なんで人は死んでしまうの? 自分もいつかは死ぬんだろうけど、なんで人は必ず死ぬの? 神さまや仏さまが本当にいるんだったら、なんで、そんなふうに人間を作ったの? なーんて思ってる人は多いんじゃないかな。

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教選択の時代』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私は、ここ数年間、「あの世の世界は確実にあり、それが人間の本来の世界である」ということを、くり返しくり返し、みなさんに述べてきました。そして、「この世で生きている数十年の人生というものは、ほんのひとときの夢、あるいは一時期の旅行にしかすぎないのだ」ということも、くり返しくり返し述べてきました。
 人間は、永遠の生命、不滅の生命を有しています。そして、何千年、何万年、あるいはそれ以上の永い永い歳月を、魂として生き抜いているのです。その間、この地上では、両親の縁によって肉体という“乗り物”に魂が宿り、子孫が繁栄し、何度も何度も魂修行をなすことができるようになっているのです。(中略)
 私は、真実を実体験した者として、転生輪廻(てんしょうりんね)の秘密をわかりやすく述べるとするならば、「これこそが、実は、仏の発明した最大の幸福論かもしれない」と思えるのです。(中略)
 老いて死ぬことは非常に悲しいことではありますが、それを経ることによって、さらに次なる機会が与えられるのです。もし、人間が老いて死ぬことがなかったならば、あの世に還ることもないでしょう。そして、千年も二千年も、あるいは一万年も二万年も、同じ状態で生きつづけているとしたら、それは、それなりに苦しい世界ではないでしょうか。(16~19ページ)

この本が出された1995年から20年余りを経ても、大川隆法先生は、この「あの世があって、人間は転生輪廻しているのだ」という事実を、本当にくり返しくり返し、変わらず説き続けておられます。

あのドラキュラのように、自分がどんなに年老いても、いつまでもいつまでもいつまでも、生きつづけているって想像してみると、それはそれで幸せでもなんでもないなあと、改めて本当に思います。

人は必ず死ぬ。でも、人には、過去世があって今世があるし、来世もある。

こういう仕組みを作ることで、仏は実は、人を真に幸福にしてくださっているんだと信じられたとき、人生の悩みのかなりの部分は、自然に解決されていくんじゃないかと私は思っているのです。
 



『宗教選択の時代』

大川隆法著


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いま絶好調! 自分の思ったように人生は展開しているし、打つ手打つ手がピタッとはまる感じ。自分は誰かのアドバイス受ける必要なんて、何もないんだけど・・・、という感じの人っていませんか? 「逆境」に対して、「順境」の人ですね。でも、ちょっと、ここで耳を傾けてくださいよ。

幸福の科学の大川隆法先生は、『常勝思考』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 このようなときこそ落とし穴があると思わなければいけません。(中略)
 順境時にはいったい何をすればいいのでしょうか。順境こそ愛の実践のときなのです。このときに、自分を利することばかりをしていてはいけません。まさしく、この順境のときこそ、霊的な眼でみた投資、法の投資、すなわち他の人びとに愛を与える行為をしておかなければならないのです。
 決して損得勘定で言っているわけではないのですが、順境のときにどれだけ愛の種を播いたかということが、やがてその人が逆境に陥ったときに効いてくるのです。逆境に転じたときに、助けてくれるひとがいるかどうかは、順境のときにどれだけ愛の種を播いてきたかということに関係します。
 単純にいえば、逆境のときには自己鍛練を怠らず、順境のときには愛の種を播く──「与える愛の実践の時は今」ということです。これは単純な考え方ですが、実は、ほんとうに常勝していくための理論なのです。
(229~230ページ)

逆境のときには自己鍛練を怠らないこと、というのがコツなんだけど、順境のときには愛の種を播いておこう、というのが、人生で勝ち続ける、つまり成功し続けるためのコツ、ということなんですねー。

この辺の教えの深みって、人生の達人、つまり悟った方だからこそのものだって、年を重ねるごとに実感として感じられるのは、私だけじゃないと、思うよ。
 



『常勝思考』

大川隆法著

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言葉って、気をつけなきゃいけないんだよねって、分かっていても、やめられない。そんな私、どうしたらいいの? なーんて、真剣に考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『悟りの発見』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 自分の言葉を点検するためのもっともよい方法があります。それは、言葉を発した後、相手から視線をそらしてはいけないということです。自分が発した言葉を、相手は必ず受け止めます。一秒もかからない時間で受け止めますが、そのとき必ず表情が動きます。それはプラスであるがマイナスであるか、明るく出るか暗く出るかわかりませんが、何らかの表情を示します。自分から発された情報を、相手は必ず受け止めて、それに対する反応が出るのです。(中略)
 自分がよい言葉を発しているか、悪い言葉を発しているかを知りたかったら、言った後に相手の顔をじっと見るという習慣があるかどうかを考えてみればよいのです。見る習慣がなければ、悪いことを言っている可能性はかなり高いです。悪いことを言うと、本能的に相手の目を見ることができません。相手に悪いこと、相手を傷つけるようなことを言うと、相手をまともに見られず、必ず目をそらしたくなります。
 ゆえに、言葉を話すときには、話した後でも相手の表情を見続けることができるような言葉を出すことです。
(106~110ページ)

言葉の反省というのは、反省法の基本の一つだと聞いてますけど、大川隆法先生は、こんな風に分かりやすく、誰でもできる形で、教えて下さってたんですね。

私は、言った後に、いつも相手の顔を見れてたかなあ。見れてなかったかも。

よし、今日から努力してみよう。そう私は思っているのです。

 



『悟りの発見』

大川隆法著



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UFOについては、やっぱりもう少し話を深めないとね。宇宙人って、ほんとにいるのな。地球に来てるのかな。SFなんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『ユートピア創造論』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 宇宙人やUFO(未確認飛行物体)に関し、日本は非常に後進国です。研究ははなはだ遅れ、人びとはそれをまだ迷信の一つと思い、邪教のなかにある、いかがわしい部分と同一視して考えているのではないかと思います。
 しかし、世界各地にはいま、数多くのUFOが飛来しています。そして、いたるところで事件が起きつつあります。
 いま地球に来ている宇宙人たちは十数種類に達します。
 そのなかで代表的なものをあげると、一つは「グレイ」といわれる種類の宇宙人です。身長は一メートルぐらいで、手足が長く、黒曜石のような瞳を持ち、つり上がった目をしています。(中略)
 もう一つの代表的な宇宙人は、「レプタリアン」といわれているものです。レプタリアンとは、爬虫類という意味の英語です。その名のとおり、彼らは爬虫類のような姿をしていますが、地上に現われるときには、その姿をストレートには現わさずに、違った姿で現われてきています。(中略)
 第三の種類は、かつてマゼラン星雲の星から地球に渡ってきた人たちです。人類と非常によく似ていますが、身長が少し高く、耳がとがり、尻尾があります。
 また、プレアデスという星団からは、金髪で地球の白人そっくりの宇宙人が来ています。
(126~128ページ)

宇宙人たちっていうのも、やはり究極の仏に創られた生命体であり、いい宇宙人も悪い宇宙人もいて、彼らは彼らで、自分たちの星で魂修行をしている。

その彼らが、地球に来て何をしているのかというと、地球文明がどうなっていくかを観察しているのだ、というのです・・・。

興味はつきない話になっていくのだけれど、こんな説法が、すでに20年以上昔の1994年7月に、東京ドームで五万人の人びとに対して語られていて、それが活字で一般書店に出版されていたんです。

幸福の科学の教えは、心の教えが中心にあるんだけれども、大宇宙の真実が解明され語られている以上は、このような「オカルト」といわれるような分野にも言及がなされていて当り前、ということなんですね。

こう書いていて、なんだか自分で腑に落ちた気が私はするのです。 
 



『ユートピア創造論』

 大川隆法著


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上司とうまくいかなくて、悩んでる人、いませんか? なんでこんな上司にあたったんだろう、もう会社なんか辞めてしまおうか、なーんてところまで追い詰められてる人、けっこう、いたりするんじゃないかなあ。

幸福の科学の大川隆法先生は、『「幸福になれない」症候群』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 上司とうまくいかない原因の一つは、我の強さにあります。
 あなたはあまりにも我が強いのではないでしょうか。「会社というところは、個人の人格を認めるためにあるのではない」ということを、あなたはまず知らなくてはいけません。会社は、組織として生き残っていくことや、さらなる発展を目指すことを目標としているのであり、あなたの自己主張を認めるためいにあるわけではないのです。(中略)
 もう一つ言えるのは、「人を裁く傾向のある人が上司との対立を招きやすい」ということです。こうした人は、自分のなかに「強きをくじく性格」がないかどうか、よく考えていただきたいのです。(中略)
 強きをくじく性格のなかに、実は自分自身の劣等感があることを知らなくてはいけません。どこか魂のなかに傷ついた面があり、強い者を見ると負けそうな気がするため、なんとかしてそれをはね返したい気持ちが起きているのです。
 それは、どこかで挫折や失敗をした経験があり、その記憶がにじみ出してきているのでしょう。「自分より優れた者を認めたくない」という気持ちがあるのです。
 しかし、そうした気持ちは、その人の向上には決してつながりません。そうした性格の人は決して偉くなることはないのです。(中略)
(223~228ページ)

要は、まず自分に問題がないのかを、一度じっくりと振り返ってみるのが大切、ということ。

自分の心の中を見つめ、「我」とか「劣等感」とかを発見したとき、これをなんとか直したい、と思ったとき、思えたとき。

つまり、自分が「幸福になれない」症候群におちいっていたのだと気がつくことができたとき、それだけで、上司との関係は、劇的に改善しちゃうんですよね、これが。

そして、本書で学びを深めることで、出世への道があなたの目の前に広がっていると私は思うのです。 
 



『「幸福になれない」症候群』

 大川隆法著


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眠れない夜をすごしている人、いませんか。すごく大きな悩みを抱えてるって? 人生の不安のまっただなかって? それとも、自分が正当に扱われてないのが悔しくって?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不動心』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 眠れぬ夜を過ごしている人に、私は次の事実を指摘しておきたいと思います。
 一つは、「眠れぬ夜は、そう長くは続かない」ということです。三年も四年も眠れないという人はいません。それは一時期のことなのです。
 もう一つは、「あなたはいま魂が鍛えられている」ということです。そうしたときに、自分をどれだけ磨き込み、焼きを入れるかが大事です。このようにとらえなければなりません。
 また、眠れぬ夜が続いているときには、単純な決断はせず、じっと耐えることも必要です。(中略)
 不遇なときに、その人がどう生きているかということを、世の人びとは意外と冷静に見ているものです。不遇なときに、不遇な人にありがちな生き方をしているだけならば、その人がそこから学ぶものはなく、また、その人に対する評価も低いのです。不遇のときにどう生きるかが大事です。
(88~89ページ)

そうだ、眠れない夜が続くんであれば、無理に眠ろうとしなければいい。起き出して、自分を鍛えていればいいんだ、ということですよね。

まさに若き日の大川隆法先生は、その時間、将来の投資のために、徹底的に自分の糧になる書物を読んでいたといいます(同書91~94ページ)。

悩んで悶々としてるだけとか、お酒で気を紛らわすのもほどほどにして、自分を知的に鍛えるための読書って、けっこう前向きで、カッコいいよねって思うんだけど、な。
 



『不動心』

大川隆法著


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神様がいるなら、どうして地獄なんかあるの? 全知全能なんだから、地獄なんてなくしてしまえばいいんじゃないの。天国だけにしちゃえば、あの世で苦しむ人もなくなるじゃないの? って考えたりしたこと、ありませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『永遠の法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 地上の人びとにしっかりと知っておいてもらわなければいけないのは、「地獄は天国と二分されるものではない」ということです。これだけは、はっきりと言っておかねばなりません。
 地獄というところは、地上世界を三次元とするならば、四次元以降の世界、九次元、十次元、あるいは、それ以上の高次元もふくむ世界のなかの、ほんの一部なのです。すなわち、「地獄は、四次元といわれる部分のなかに巣くった、悪想念の巣窟にしかすぎず、天国と二分されるものではない」ということを、どうか頭に入れておいていただきたいのです。
 地上にはいろいろな人間がいますけれども、病人という種族はいません。病気をしている人が一定の割合でいて、そのために病院があるわけですが、それと同じように、あの世の霊のなかで心を病んだ人たちが、地獄というところで修行をし、リハビリテーションを受けているのです。
 どうか、そうした見方を大切にしていただきたいと思います。心、精神が病んでいる病人ではあるけれども、彼らは彼らなりに地獄で何かをつかもうとしているのです。
(35~37ページ)

そうかあ、「地獄はあの世の病院だった!」というわけなんですよ。

地獄が天国とならぶ広大な世界のように言う霊能者がいる理由は、ちまたの霊能者には地獄の方はよくわかるけど、広大な天国の方は、高い次元の世界がよくわからないからなんだな、って気がつきます。

2006年に公開されて大ヒットした映画『永遠の法』では、地獄の世界はもちろん、広大でまばゆく光に満ちた天国の世界が、とてもリアルに描かれていましたけど、その原作では、地獄の意味が、こんなふうに分かりやすく、説明されてたんですね。 
 



『永遠の法』

大川隆法著


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三木武夫って総理、クリーンだったんでしょ。亡くなってだいぶたつと思うんだけど、いま、どうしてるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『三木武夫元総理の霊言──戦後政治は、どこから歯車が狂ったのか』(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように述べておられます。

 三木元総理は、私と同県人であるとともに、同時代人でもある。「クリーン三木」を標榜し、左翼系マスコミをバックにつけるのに成功した。自民党主流派と対立しつつ、政権運営をする、といった離れ技を演じた。
 ただ、外為法違反などという、本来サラリーマンを対象とするような経済法で、一国の元総理を逮捕させたのは、やはり私怨だったのではないか、という疑念が今日も私の念頭からは去らない。
 今、お隣りの韓国でも、朴大統領が、友人に国家情報をもらしたかどで、退陣デモが激しく、検察をあおりたてている。従軍慰安婦像を世界に建てて、日本を侮辱してきた同氏をかばうつもりは毛頭ないが、検察がヒーローになる時代は、資本主義の精神が死に、長期の不況と見せしめ政治がやってくる時である。
 偽善的正義が世に蔓延せぬよう、注意力を高めねばなるまい。
(1~2ページ)

本来サラリーマンを対象とするような経済法で、一国の元総理を逮捕させたのは、やはり私怨だったのではないか。

検察がヒーローになる時代は、資本主義の精神が死に、長期の不況と見せしめ政治がやってくる時である。

偽善的正義が世に蔓延せぬよう、注意力を高めねばなるまい──。

「金権政治」と言われた田中角栄・元総理の政治手法に対して、「クリーン三木」として名を残した、三木武夫・元総理の霊言集が登場しました。

一国の元総理(田中角栄)の逮捕というのは、有名な「ロッキード事件」のことですが、このまえがきのトーンを見るだけで、この事件に対する大川隆法先生の評価が感じられます。

「戦後政治は、どこから歯車が狂ったのか」というサブタイトルも、三木政権の評価を暗示しているようです。

政治とカネの問題だけでなく、赤字国債や国防軽視の問題など、今につながる戦後政治全般に興味がある方に、強くお勧めできるテキストの一つではないかと私は思うのです。
 

『三木武夫元総理の霊言』大川隆法著


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志望校の入試に受かりたい人。あの会社にぜひとも入りたい人。お金持ちにどうしてもなりたい人。重い家族の病気を絶対に治したい人・・・。“思い通りの人生を生きる方法”が書かれた本が出回ったりしてるけど、それで自分の願いがそのまま実現すれば、幸せなのかな? 神様にしっかり祈りさえすれば、願いは必ずかなうものなのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『黄金の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 正しい自己実現の基準とは、次に挙げる三カ条を満たしたものです。

一 その自己実現によって、自分だけでなく、周りの人々、世の人々をも幸せにできるか。
二 その自己実現が達成されることによって、他人を不幸にすることはないか。
三 その自己実現達成によって、自らの人格を高めることができるか。

 以上の三点を満たすとき、その願いは正しい願いであり、その祈りは正しい祈りだと言うことができます。
 強い念願、祈願に対しては、その種類、内容を間わず、四次元以降の実在界で、必ず感応する霊たちがおります。しかし、他人の不幸をかえりみず、自我我欲のままに祈りぱかりをやっていると、やがて、その祈りは、地獄の亡者たちに通じてしまうのです。ですから、一時期、運が好転したかに見えても、必ず地獄霊の憑依によって、なすがままの状態におかれ、病気、事業の失敗、人生のゆきづまりなどの不幸に追い込まれてしまいます。
 祈りには、病気回復の祈りなどもあるでしょう。しかし、これとても、自らの過去の過ちを仏に詫び、十分に反省をし、お世話になった自分の周りの人々に感謝をしながら祈らないと、肉体さえ治れば、自分は幸せになるんだという執着となり、ますます地獄霊に憑依されて、どんどん病気が重くなっていってしまうでしょう。こういうことは、実際に、よくあることなのです。
(38~39ページ)

「未来を信ずる心」が大事だって、一昨日ここで書きました。

でも、だからなんでも「自己実現」をしてはならないってことなんだと思います。

「正しい祈りのしかた」。

これは、ちょっとすごい智慧なんじゃないかな。映画『黄金の法』の原作には、こんな教えも説かれていたのですよ。 
 



『黄金の法』

大川隆法著


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