ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



縁起でもないって言ったりするけど、その「縁起」って、一体全体、なんのことなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『心の挑戦』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 縁起というのは、「すべてのものには原因と結果がある。その原因と結果の連鎖によって世界が展開している」という、ものの考え方なわけです。
 たとえば、水素の分子と酸素の分子とが、熱を加えられることによって、そこに化学反応を起こし、小さな水滴が出る。その水滴が多量に集まったときに、水ができる。そして、水が大量に集まると、池ができ、川ができ、海ができる。そしてまた、そのなかに海の生物が育ち、生きていくことが可能になってくる。海の生物がそこへ棲むようになってくると、それをまた生命の糧とした生命活動が可能となってくる。
 あるものとあるものが結び付き合うという原因行為があって、新たな結果が出てくる。その結果がまた次の原因となって、また新たな結果が出てくる。
 このように、この世界を空間的に見たときに、この世の中というものは、原因と結果の連鎖によって、すべてができあがっているのです。
 水素と酸素から水ができるという話をしましたけれども、たとえば人間に関しても同様で、父親と母親があって子供ができます。その子供がまた他所の家の子供と結婚することによって、新たな子供ができます。そのように家系が連綿と続いて、人類は、現在に到るまで何十万年、何百万年、何千万年、それ以上の歴史をくり返してきているわけです。
 こういう原因行為と結果がなければ、人類自体はいま存在しません。また、二千五百数十年前の釈迦の思想も、人類がいまだに連綿として続いているからこそ伝わっているのであって、人類が釈迦の時代で死に絶えていたら、伝わっていないわけです。すべてのものがそのようになっているわけです。
 こうしてみると、ここで面白いことに気がつかれるだろうと思うのです。
 「世界の成り立ちは、原因・結果の法則、縁起の法則によって成り立っている。また一方、人間というものも、この世でのさまざまな諸条件のなかで、自らが魂修行として何を選び取っていくかにより、より優れたものへと登っていくことができる。そしてそこに仏への道がつながっている」――こういうことになりますと、縁起という思想は、いわゆる「大宇宙の理法」というものとまったく同じことである、ということに気がついてくると思います。大宇宙の理法と一緒のことなのです。
 要するに、宇宙は、そういう理法、ひとつの法則のもとに、運営、運行がなされているのです。その理法のもとにすべてが展開している。この地球も他の星も、そして、星が集まってできた太陽系や星雲も、ひとつの法則のもとにある。そういう空間的な縁起の法則のもとに、すベてが成り立っているということです。(中略)
 空間も時間も、すべて原因・結果というこの連鎖によって起きている。そして、原因・結果の連鎖が単独で起きるのではなくて、お互いに複合的にいろいろなかたちで絡み合って、この世界に時間と空間を在らしめている。これが「世界は縁起によって創られている」ということの意味であるわけです。(中略)
 そうしてみると、縁起というのは「宇宙の理法」という意味なのです。
(26~31ページ)

縁起というのは、「すべてのものには原因と結果がある。その原因と結果の連鎖によって世界が展開している」という、ものの考え方である。

この縁起という思想は、「大宇宙の理法」というものとまったく同じであり、縁起というのは「宇宙の理法」という意味である──。

うーん、なるほど。

やさしい言葉で語られてはいますが、でも、仏陀にしか解説できない、仏教思想のほんとうの核心部分の教えが開陳されているんだと思います。

それでは、この「宇宙の理法」とは、いったい何を言っておられるのでしょうか?

その問いへの答えは、次の機会に!



『心の挑戦』

大川隆法著


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福沢諭吉って、「学問のすすめ」なんて言って、要するに学歴社会の走りの思想家だったんじゃないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『福沢諭吉霊言による「新・学問のすすめ」』(幸福の科学出版)で、福沢諭吉の霊の言葉(「霊言」)として、次のように伝えておられます。

 天が人を選ぶ際に、「何をもって選ぶか」という基準が要る。
 昔なら、預言者のような感じの、「神の声が降りてくる」という者が、「選ばれたる人」であったけれども、これだけ人口が増えたら、そうもいくまい。だから、これだけ人口が増えたなかで、その「選ばれたる人」を選ぶに当たっては、学問の力というものを一つの尺度にしたらよい。
 現実に、私のころは、洋行帰り、外国帰りの者と、そうでない者との差は、それはそれは大きく、「百年も違うのではないか」と思うほどの違いはあったな。
 特に、実学の分野での違いは、それはすごいものだったと思う。なかでも、理科系統の学問における差は激しかったと思うな。それは、もちろん、人文系統でもあったとは思う。
 まあ、その原点は語学だと思うな。
 私は、「日本人に生まれたがゆえに劣っている」という考えを排除し、「日本人であっても、語学を獲得することによって、外人と同じ立場に立てる。これが平等である」「語学をマスターすることで、外人と同じような学力を身につければ、外人ができたことで日本人にできないことなどない」と考えた。
 だから、外人が建てたエンパイア・ステート・ビルディングのようなものだって、日本人が、きちんと建築学を学び、実学を身につければ、建てられるようになってくるし、黒船だってつくれるし、蒸気機関車だってつくれる。
 これは、すべて学問の力であり、知識を教わることによって、誰もができるようになっていくものである。知識を学ぶことで、使えるようになってくる。学ばなかったものは、できるはずがない。(中略)学問には力があるんだよ。(中略)
 これも誤解されやすいことだけれども、私は、学者が「学問のための学問」をすること自体を否定しているわけではない。
 ただ、活用できないというか、「実社会で役に立たない学問は、それだけをしたのでは、人生が無駄になる」ということは、はっきりと申し上げていたと思う。(中略)
 もしかしたら、本当に、すごい碩学というか、大家なのかもしれないけれども、「学問を積んだが、世の一人の人も啓蒙することなく、焼かれて骨になった」というようなことであれば、やはり、大家の証明にはならない。活用されてこその学問である。
 実学が大事だと言っているのは、「実学でないものを全部否定している」というわけではない。
 本当に力のある学問を身につけたなら、あるいは、「学問をした」と言えるならば、それは活用ができるものだし、“生産物”を伴うものでなければならない。また、生産物を伴うことによって、「学問が現実に身についた」ということが証明される。
 私は、そういうことが言いたいわけだ。
(66~71ページ)

天が人を選ぶ際に、「何をもって選ぶか」という基準が要るので、学問を一つの尺度にしたらよい。

その原点は語学である。

「学問のための学問」自体を否定しているわけではないが、活用されてこその学問である──。

福沢諭吉がなぜ学問を勧めたのか。その意図するところは、福沢諭吉自身が解説してくださることで、ニュアンスの部分までよく分かる気がします。

大川隆法先生の「霊言」の凄さに、改めて感じいった次第です!



『福沢諭吉霊言による「新・学問のすすめ」』

大川隆法著


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お金って、どうなのかね。そもそも、不浄なものなんじゃないのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『希望の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 宗教においては、お金に否定的な面がかなりあります。(中略)
 不正なお金で身を滅ぼす人が多く、お金欲しさのために泥棒に入ったりして将来を駄目にする人もいるので、宗教は「お金は怖いですよ」と教えているわけです。
 もう一つ、不正なお金ではなくても、自分で働いて稼いだものではないお金も、身を滅ぼすもとになります。
 たとえば、「親の遺産が転がり込んできた」という場合です。こういうときにまっとうでいられる人は少ないのです。自分で稼いだものではないお金は、一種の泡銭なので、パーッと使ってしまうことがあります。そして、生活のレベルが上がって派手になり、以後、元のレベルに落とせなくなって、破滅することが、よくあるのです。
 その意味では、「人が死ぬと、何千万円も何億円ももらえる」という生命保険は、便利なようでありながら、少し怖い面も持っています。(中略)
 あるいは、宝くじで一億円が当たって人生を誤る人もいます。人がたかってきて、奢ったりしているうちに、だんだんおかしくなって、勤勉に働くことができなくなることもあります。また、「一等が当たった」というので騒ぎになって、会社勤めができなくなることもあります。(中略)
 「土地が急に十倍に値上がりした」「マンションが値上がりした」「ゴルフの会員権が値上がりした」「株が十倍、百倍に値上がりして、ぼろ儲けをした」などということもあるでしょう。人生の一局面としては、そういうこともあってよいとは思います。ただ、傾向性として、それに馴染んでしまった場合には、破滅がやってくることは時間の問題だと考えてよいのです。
 なぜなら、そういうことは、一過性のものであり、長続きするものではないからです。必ず揺り戻しが来ます。生活の基本方針、人生の基本方針に入れるべきものではありません。そのお金は、あくまでも臨時の収入として考えるべきであり、「ないもの」として扱わなければいけないのです。
 宝くじに当たっても、「これは収入ではない」と思って、別計上にしておくことです。そして、何か緊急のものに使ったり、寄付をしたりするのです。そういう「植福」(将来のために、福を蓄えたり、投資したりすること)や「分福」(他の人に福を分け与えること)のかたちで使うのはよいのですが、そのお金を生活費のレベルに入れてしまうと、終わりになります。(中略)
 努力しなくても入ってくるお金としては、遺産や保険金、宝くじの賞金のほかに、政府の補助金や税金面での優遇措置などがあります。
 補助金で食べている人や、要りもしない事業のために支出された公金で食べている人もいますが、そういうものに、どっぷりと浸かっていると、魂まで腐ってしまいます。それは、ほんとうに危ないことです。そうならないように気をつけなければいけません。
(126~131ページ)

宗教においては、かなりお金に否定的な面がある。

たしかに、不正なお金で身を滅ぼす人は多い。また、自分で働いて稼いだものではないお金も、身を滅ぼすもとになる。

自分で働いて稼いでいない大金について、「植福」(将来のために、福を蓄えたり、投資したりすること)や「分福」(他の人に福を分け与えること)のかたちで使うのはよいが、そのお金を生活費のレベルに入れてしまってはならない──。

そもそも、大川隆法先生のお金に関する考え方は、単にお金を否定するというようなものではありません。その基本は、「きちんと働いて蓄財するのはよいことだと考えよ」というものです。

そして、今日、ここで説いておられるのは、「努力せず入ってきたお金に関する身の処し方」とでもいうべき、人生論の叡知なんだってこと、なんですよね!



『希望の法』

大川隆法著


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今の日本の政治をみてると、何をしたいのか分からないし、経済も外交もなにもかもうまく行ってない感じだよね。たとえば、明治維新をやった元勲が、天上界から今の日本をみたとしたら、政治家はいま、何をしなきゃいけないと思ってるのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『民主党亡国論』(幸福の科学出版)で、維新の三傑の一人である大久保利通の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 まあ、今、やらないといかんのは、やはり憲法の廃止だろう。これがいちばんだな。政権交代なんかじゃないね。やはり、あのマッカーサー憲法を廃止しなきゃいけない。廃止して、新しくつくり直さなきゃいけないね。これが、次の国づくりの出発点だろう。
 まあ、それに対しては、左翼勢力との戦いはやらなきゃいけないだろうね。左翼は、おそらくは、宗教の敵でもあろうからな。
 やはり、マッカーサー憲法の廃棄をしなければいけない。それをするには、そうとうの力が要ると思うね。
 憲法改正なんかしないで、憲法を廃棄するんだよ。捨てたほうがいい。新しくつくり直さなきゃいけないね。廃棄するんだよ。うん、廃棄したらいいよ。当たり前のことなんだから。(中略)
 これこそ、「占領憲法で、こんなものはおかしい」と言えばいいんだ。占領憲法を美化した憲法学者等は、売国奴さ。そろそろ廃棄だな。うん。こんな憲法は廃棄して、日本に合った憲法をつくるべきだ。
 それと、わしらは明治維新のために、天皇を担いで、王政復古も同時にやったけれども、これは、ある意味で、革命としては矛盾していたとは思っているよ。近代化路線と王政復古とは、本当は合っていない。
 だけど、わしら下級武士たちが幕府を倒すっていうんでは、ちょっと、クーデター風だからな。そういう意味で、王政復古ということで、天皇を担いでやったんだけどな。
 まあ、これも、先の大戦で敗れた段階で、この天皇制、国家神道は、わしは終わっていると思うよ。だから、その「死に体」が、今、まだ六十何年続いている状態だな。ただ、これは、もうすでに終わっていると思う。
 だから、今、新しい国体をつくり直すべきだ。憲法を廃止して、新しい、未来の国のビジョンをつくらなければいけないと思うね。先の戦争で、日本の国土が焦土と化し、三百万人以上の兵隊が天皇の名の下に戦って死んだんだから、そらあ、天皇は潔く退位すべきだったと思うな。(中略)
 まあ、天皇制を残してもいいけれども、天皇は文化的象徴として、京都御所に帰るべきだ。政治からは離れるべきだと思うな。いまだに、天皇の名の下に国会を召集し、解散し、また、法律に署名しているなどというのは、あってはならないことだと、わしは思う。(中略)天皇を政治からはっきりと切り離し、新しい憲法に基づいて新しい国体をつくるということだな。
 そして、この国家の新しい元首を選び出すシステムをきちっとつくったほうがいい。これは、あなたがたの主張と、ある意味では合っていると思うよ。うん。そのへんは、きちっとやらないと、この国がなくなるかもしれないという危機に、今、直面しているわけですから。そうした新しい国づくりを進めないと、もう次は勝てないよ。
 だから、やらなきゃいけない。強力なリーダーシップが、今、必要だな。
(72~76ページ)

マッカーサー憲法(現行憲法)を廃棄して、新しくつくり直すことが、次の国づくりの出発点である。

先の大戦で敗れた段階で、天皇制、国家神道は終わっている。天皇は文化的象徴にしていって、今、新しい国体をつくり直すべきである。

この国家の新しい元首を選び出すシステムをつくったほうがよい──。

これはまた、幸福実現党の政策とほとんど一致した考え方です。

このあたりに、天上界からも強く支援されて誕生した幸福実現党が、いかなる政党であるのか、その一端を見てとることができるってこと、なんですよね!



『民主党亡国論』

大川隆法著


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小さな会社を経営してるんだ。身内ばっかりでやってるんだけど、ちょっと恥ずかしいよね。これじゃ、会社は大きくなりようがないしさ、どうすれば、優秀な人材が入ってきてくれるのかな? なーんて悩みを抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『経営入門』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 小さな会社においては、奥さんは社長のよき相談相手であり、また、参謀でもあります。そして、経理関係の仕事もしていることが多いと思います。小さな会社では、お金の管理を安心して任せられるのは、普通は奥さんぐらいしかいません。いきなり他人に“財布”を渡しても、お金をごまかされたり、場合によっては、持ち逃げされたりすることもあります。
 その意味では、創業者の最初の協力者は奥さんでしょうし、奥さんの出来がよければ、一生の成功だと言えるでしょう。
 したがって、奥さんの能力や働きを十分に評価してあげるとともに、奥さんによく感謝することが必要なのです。(中略)
 さらには、奥さんだけでなく、自分の兄弟や子供が社内の重要な仕事をしていることもあるでしょう。そういう同族経営であることを決して恥じる必要はありません。日本の企業の大多数は同族経営なのです。
 ただし、小さな会社においては、信用できる人材が身内以外にはなかなか手に入らないのが実情です。大きな会社になれば、たくさんの人を採用でき、よい人材も得られますが、小さな会社には、よい人材はあまり入ってきません。トップの言葉をよく理解してくれる質の高い従業員は、極めて得にくいのです。
 従業員数が十人や二十人の会社では、経営者の語ることについて、それが指示なのか、相談なのか、あるいは単なる雑談なのか、この区別さえつかないレベルの従業員がほとんどであると言ってよいでしょう。(中略)使い走り程度にしか働いてくれない従業員が多いわけです。
 このようななかにあって、社長の考えや心を理解してくれる妻の存在は、非常にありがたいものなのです。また、自分の息子が後継者として名乗りを上げ、手伝ってくれているならば、これも非常にありがたいことです。後継者を手に入れることができずに潰れる会社は後を絶ちません。(中略)
 小さな会社が潤沢な人材を得ることは、ほぼ不可能です。また、「それほど優秀ではない人が、教育訓練によって能力を爆発的に伸ばす」ということも、あまり期待できません。
 したがって、トップ自身が、自分の能力を二倍、三倍に伸ばすことを心掛けていかなくてはなりません。(中略)
 トップの資質としては、仕事がよくできることはもちろん必要ですが、それだけでは不十分です。トップはしだいに多くの人を率いていくことになるので、人物として立派でなくてはならないのです。さらには、さまざまな物事を知っていなければなりません。
 トップというものは、物知りであるとともに、人柄も立派で、多くの人から信頼される人物であることが必要なのです。
 その意味において、宗教修行というものは、経営者にとって非常に役立つものであると言えます。
(136~141ページ)

小さな会社においては、奥さんはもちろん、兄弟や子供が社内の重要な仕事をしている同族経営が多いが、それをを恥じる必要はない。

小さな会社では、信用できる人材が身内以外になかなか手に入らないのが実情であるから、トップ自身が、自分の能力を二倍、三倍に伸ばすことを心掛けていかなくてはならない。

その意味で、宗教修行は、経営者にとって非常に役立つものである──。

要するに、小さな会社のトップは、自動的に優秀な人材が入ってきてくれると期待するのでなく、まずは自分の能力を伸ばすことを心掛けるべし、と。

そしてそのための宗教修行の大切さっていうと、やっぱり経営者の方に対しても、幸福の科学の精舎に足を運んでいただいて、研修を受けたり瞑想したりするのがお勧めってこと、なんですよね!



『経営入門』

大川隆法著


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幸福実現党って、聞いてみると、とってもいいこと言ってるでしょ。言ってるのは、正論ばっかりでしょ。それがなんで、も一つ国民的な人気が出ないんだろうね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『勝海舟の一刀両断!』(幸福の科学出版)で、質問者となった幸福実現党の役員に対する勝海舟の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 きつい言葉を言ってるけど、残念だが、逆回転してるね。それは、ある意味では、勉強が生半可なんだと思うな。本当に勉強していたら、そんなふうにならないよ。
 だから、宗教としても生半可だと思うな。あなたがたは、教祖さまの説法を聴いてるんだろうけどさ、本当は分かっちゃいないんだよ。教祖さまの説法の、いったい、どこが、人の心をつかんでいるのか、実は分かっていないんだよ。
 説法の要約だとか、要点だとか、そんなレジュメをもらって、それを一生懸命“放送”しているだけで、実は、「心をつかんでいる肝心なところが何なのか」ということを見落としている。これは、日頃の仕事で“培われた”低い能力だよ。うん。
 そこを、ずっと、ノーチェックでやってきているので、あなたがたは、レベルの低い仕事を無理に押し付けることに、すごく慣れているんですよ。
 一般社会の人は、それだと聞かないんですよ。信者だけを相手にずっとやってきているので、一般の社会では、「それは、おかしいですよ」「そんなことを言われても、信じられませんよ」とか十分に言ってきそうな内容を、押し付けることに慣れすぎている。
 だから、政治活動に転化したときに、力が出ないんですよ。自ら、その力を殺してるんだ。これが分からないほど、頭が固いんだよ。
 それは、世情に、ものすごく疎いからだ。中の戒律ばかり守って、中の方針ばかり聴いて、中央の指示ばかり聴いているから、実は、共産党なんかと、あんまり変わらないんだよ。“教条政党”なんだ。だから、宗教政党は嫌われるんだよ、教条的なので。
 教祖さまの説法なり講演なりで、本当に人の心をつかんでるところは、実は、あなたがたが、要約してメモで流してるところとは違うんだよ。
 だけど、それを見落としている。完全に見落としていて、違うところを、要約したようなところばかりを、あなたがたは、一生懸命、発信しているんだ。その辺を完全に勘違いしている。だから、教学としても駄目なんだよ。(中略)
 あんたがたの教学、駄目だね。偽物だな。人を本当に幸福にするだけの力が、教学のなかにないんだよ。うん。
 残念だなあ。修行がマイナスに働いてるよ。宗教政党、要らないなあ、話を聴いてると。人間を不幸にしそうな気がしてくるよ、聴いているとね。(中略)
 いいかい? 素直な心でな、「相手が困っていることは何なのか」ということを聴いてあげることが大事なんだよ。「こちらが何を教条主義的に思っているか」というようなことは二の次なんだ。
 まずは素直な心で、「相手は、本当に、何をどうしてほしいのか」ということを聴き、それを解決してやることは、別に悪いことでも何でもない。
 それを、「利益誘導だ」「利害だ」とかいう漢語で片付けてしまうけど、それは、マスコミ用語であってね、マスコミによる洗脳であって、現実の国民は違うんだよ。実際に自分たちのためにやってくれた、政治家の恩義は忘れないんだ。
(147~152ページ)

一般社会では、「そんなことを言われても信じられない」と言われそうな内容を押し付けることに慣れすぎているから、政治活動に転化したときに力が出ない。それは、世情に疎いからである。

弟子たちの教学は偽物である。人を本当に幸福にするだけの力が、教学のなかにない。

こちらが何を教条主義的に思っているかは二の次であって、素直な心で、「相手が困っていることは何なのか」を聴いてあげることが大事である──。

今日は、幸福の科学と幸福実現党に対する、勝海舟からのとても厳しい批判の言葉を、あえてご紹介してみました。

こんな霊人の自らへの厳しい批判も、そのまま活字にして一般書店で刊行している。これこそ、この公開霊言シリーズが、正真正銘、本物である証拠なんじゃないでしょうか。

ただ、それにしても、この批判は、この「ゆーぱの部屋」の毎日の記事にも、そのままあてはまるように思えてしまいます。

この毎日のブログは、大川隆法先生の説法の「本当に人の心をつかんでるところ」を、きちんとご紹介できてるのだろうか、読んでくださる方を本当に幸福にして差し上げてるのだろうか…。

改めて深く反省しつつ、今日の眠りにつきたいと思います。



『勝海舟の一刀両断!』

大川隆法著


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やっぱり死んだあとは、地獄とかじゃなくって、天国(極楽)に行きたいよね。どうやったら、行けるものなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『仏陀再誕』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

もちろん、あの世の、天界の世界というものは、
素晴らしい世界である。
それも、もちろん、
そこへ行く人、それぞれの境涯に合わせた世界ではあるが、
いずれにせよ、この地獄という世界に比べたならば、
天界は、いずこも素晴らしい。
特に、心清く、正しく生きてきた人たちは、
安らぎの世界に迎えられるということは難くない。
彼らは、ごく当然に、
安らぎと喜びに満ちた世界に還ってゆくこととなるだろう。
この逆に、この世にて悩み苦しみの渦中にあって、
それを拭い去ることができなかった者たちは、
あの世にてもまだ悩みを続けるであろう。
しかり、それゆえに、
悟りの第一の条件として、まず心しなければならないことは、
悩みや苦しみをあの世に持って還らないということであると思える。
すなわち、今世にて、今世ただいまにて、
その迷いを解き、その悩みを断ち、その苦しみを克服することだ。
悩みを持って地上を去った者には、悩みの世界が待っている。
苦悩を持って地上を去った者には、苦悩の世界が待っている。
悲しみを持って地上を去った者には、悲しみの世界が待っている。
しかし、
喜びを持って地上を去った者には、喜びの世界が待っているのだ。

さすれば、諸々の比丘、比丘尼たちよ。
まず、仏の教えを学びの中心とせよ。
仏の教えを学びの柱とせよ。
仏の教えを、常に学び、常に心に吸収し、
その学びによって日々を正しく生きてゆけ。
日々を正しく生きてゆくということは、何よりも大切なことである。
この時に、仏法真理の知識によって
己の心をコントロールするということを、間違わないことだ。
仏法真理の知識によって
己の心を統御するということを、
忘れてはならない。
仏法真理の知識によって己自身を支配するということを、
忘れてはならない。
知識は、このように感情を支配するのに役に立つのだ。
おまえたちの間違いの大部分は感情にあり、
情にあり、思いにあり、
このようなところにおまえたちの間違いがある。
それを統御するのは、正しい仏法真理の知識である。
正しき仏法真理の知識をもって、
そうした思いや感情を統御してゆかねばならない。
(278~282ページ〔携帯版290~294ページ〕)


天上界に還るには、悩みや苦しみをあの世に持って還らないこと。つまり、今世、迷いを解き、悩みを断ち、苦しみを克服することである。

そのためには、仏の教えを学びの中心とすること。

そして、その仏法真理の知識によって、己の心を統御し、日々を正しく生きてゆくこと──。

そもそも人間は、天国(天上界)からこの地上に魂修行に来ており、あの世とこの世を転生輪廻している存在です。そして、地獄からは生まれ変わることはできない。ですから、死んでから天国に「行く」というよりも、じつは「還(かえ)る」と表現するのが、理にかなっているわけです。

それはさておき。

ここにご紹介した一節を学び、深め、実践することができれば、たったそれだけのことで、天国の門は開く。それが、2500年余り前にインドの地で、仏陀(仏)が説いた教えであったわけです。

現代日本において、このように、仏教の教えの精髄を、無味乾燥の訓詁学ではなく、誰もが分かる言葉で、やさしく説き明かされる方は誰なのか。

その方こそが、2500年の時空を超えて再誕された仏陀であるってこと、なんですよね!



『仏陀再誕』

大川隆法著


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霊言集、いっぱい出てるでしょ。若者たちへのメッセージみたいなのって、ないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『西郷隆盛 日本人への警告』(幸福の科学出版)で、西郷隆盛の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 まあ、先ほどから話しておるけれども、「国家を背負って立つ」ということを恥と思うような若者であれば、もはや期待するには値しない。
 また、「世の人々を救う」というような言葉に対し、冷笑を投げかけるような者は、若者とは言えない。
 何のために、この世に生まれてきたのか。何のために生きるのか。
 まあ、それを親や学校、企業、世間の評価に委ねているのが大多数であろうと思う。
 人に決めてもらうことに慣れすぎていて、自らの力でもって人生を切り拓こうと思う人の少なさよ。(中略)
 卑怯である。若者たちの大多数は卑怯である。
 その卑怯さは、この世的に有利な方向を必ず選ぼうとするところに根拠があると言えよう。必ず、この世的に他の人の評価を受ける方向で判断をしようとする。これをもって卑怯と言う。
 自らが、世のため、人のため、国のために尽くそうと思うなら、そういう考えとは決別せねばなるまい。
 だから、「日本の若者は、まだ親離れしておらず、また、世間という名の親からも乳離れしていない」と言わざるをえない。
 精神の弱さは、もはや目を覆いたくなるばかりである。この国の「つくられたる優しさ」が若者の心を蝕んでいる。
 この国は優しくなりすぎたのだ。だから、若者は、人生の厳しさも、その試練の厳しさも、十分に理解はしていない。
 たかだか一時間のテストで何点を取るかということぐらいで人生が決まると思っている。「その愚かな人生観を超えなければ駄目だ」ということが、まだ分かってはいないようだ。
 もう、右肩上がりの発展はないのだ。
 これからは、そういうものではなく、荒々しく道を切り拓いていく者が勝利する時代になってくるであろう。
 「わが前に道なし。わがあとに道はできる。そう信ずることができる者こそ、真の若者である」と言えよう。(中略)
 「敬天愛人」には、無私の心が必要である。無私の心なくしての「敬天愛人」ということはありえない。
 天を敬い、人を愛する。その過程には無私なる自己が必要である。
 日本は西洋化したけれども、大切なものを一つ失った。それが無私なる心である。西洋世界のなかには、自我の発展のみを肯定する思想が流れすぎているように思う。
 「自ら身を捨てて人を救う人」のことを英雄と言うが、今の日本では、そうした英雄を育てるような教育がなされていないし、また、常識ともされてはいない。(中略)
 若い者にも執着はたくさんおありだ。執着しているものを、一度、点検なされて、お捨てになることですな。
 そして、その身と心を大いなるものに捧げようと決意することが大事だな。
(61~69ページ)

この世的に他の人の評価を受ける方向で判断をしようとする、若者たちの大多数は卑怯である。

「敬天愛人」(天を敬い、人を愛する)には、無私の心が必要である。

「自ら身を捨てて人を救う人」のことを英雄と言う。若者は、執着しているものを捨て去り、その身と心を大いなるものに捧げようと決意することが大事である──。

西郷隆盛の霊言のトーンは、日本の若者に対しても、非常に厳しいものです。

この峻厳な言葉の数々に発奮して、われこそ真の英雄たらんと立ち上がる私たちでありたいもの、ですよね!



『西郷隆盛 日本人への警告』

大川隆法著


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事業はじめるんだけど、銀行にお金を借りるのは当然のことでしょ。それ以外のやり方があるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『生命(いのち)の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 商売においては、なかなか難しいとは思いますが、できれば無借金経営に持っていく努力をしてください。無借金経営をしていて首を吊った人はいないのです。首を吊った経営者は借金がある人ばかりです。
 もちろん、借金があっても、それを返せる人は首を吊りませんが、「借金を返せないため、高い利息を取る別のところに借り換えていき、それで追い込まれて死ぬ」というケースがほとんどなのです。
 経営者の自殺の原因は、ほとんどが借金です。あとは、脅迫をされたりして、追い詰められて死ぬ場合もあります。
 したがって、「借金は悪である」と思ったほうがよいのです。
 ただ、全国民が、私の言うことをきいて借金をしなくなったら、銀行が潰れて、また自殺者がたくさん出てしまうので、そこまで無借金経営を徹底させるのは極端でしょう。
 借金は、「するな」と言われても、どうしてもするものです。私は、それを知った上で、あえて、念のために言っているわけです。
 なるべく無借金経営を目指したほうが望ましいし、借金をする場合でも、できれば年間の売り上げの二割以内に抑えたほうがよいのです。売り上げの三割ぐらいまでは、借金ができる可能性はあるかもしれませんが、できれば二割ぐらいに抑えてください。
 年商が一億円ならば、借金は二千万円ぐらいまでに抑えておくことです。借金が、二千万円を超えて、五千万円、六千万円、あるいは、年商と同じ一億円ぐらいの金額になったりしたら、借金を返せなくなります。
 できれば無借金が望ましいし、それができないなら、借金は年間の売り上げの二割程度までに抑えてください。そして、チャンスがあれば返していき、借金の額を減らすことです。
 借金をつくる原因は、ほとんど、見栄による事業拡張や投資、あるいは、先見の明がなく見通しを誤ることです。もちろん、急激な環境の変化によって売り上げが減る場合もあるでしょうが、できるだけ無借金経営を願ってください。(中略)
 最初に三年分か五年分ぐらいの経営資金を借金すれば、一気に事業を始められるので、うまくいくような気がするものですが、それは焦りなのです。やはり、「小さく始めて、だんだん大きくしていく」ということが常道であり、実力以上の仕事をしてはいけないのです。
(112~118ページ)

商売では借金をしてしまいがちだが、「借金は悪である」と思ったほうがよい。

借金する場合も、できれば年間売り上げの2割以内に抑えたほうがよい。

そして、チャンスがあれば返していって借金を減らし、できれば無借金経営に持っていく努力をすること。

開業に際しても、小さく始めてだんだん大きくしていくのが常道であり、実力以上の仕事をしてはいけない──。

大川隆法先生は、単に宗教の立場からの空理空論を説かれているのではなく、経済とか経営の実態とのバランスをとりつつ、とても分かりやすく説いてくださっています。

今日、引用したのは、経営者の自殺を防ぐため、という観点から説かれた教えの部分ですが、これは、事業経営における「借金問題」に関する、普遍的な教えでもあるってこと、なんですよね!



『生命の法』

大川隆法著


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イスラム教って、中東の教えで、古代ギリシャとか古代インドと関係があったという幸福の科学とは、何の関連もないんでしょ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『世界紛争の真実―ミカエルvs.ムハンマド』(幸福の科学出版)で、イスラム教側を指導しているムハンマド(マホメット)の霊言を、次のように伝えておられます。

 イスラムは、霊界観がはっきりしているのですよ。霊界観を非常にはっきりと説いているところが、キリスト教に比べて優れている点です。(中略)
 「霊言が降りる」と言う以上、霊界がなければ成り立ちませんね。そのように、「霊的である」というところがあると思います。
 あと、違いがあるとすれば……。それは、「『旧約聖書』の神。『新約聖書』の神、つまりイエスの神。それから、仏教の仏陀。イスラムのアッラー。こうした存在が、どういう関係にあるのか」というところが基本的な問題かと思います。
 すでに、あなたがたに明らかにされているように、アッラーを名乗って私に通信を送った者は少なくとも四十人はいます。幸福の科学では、そのように言われているはずです。
 そのとおりです。イスラムの教えをつくるために、指導霊がチームを組んでやっておりました。実は、「アッラーの声と言われているもののなかには、幸福の科学の今の霊言のように、いろいろな指導霊の意見が入っていた」ということです。そのため、現実には、個性に少しブレがあります。
 そして、イスラムの神秘主義を主として指導したのは、あなたがたの「ヘルメス」という方です。ヘルメスがイスラム神秘主義を指導しています。
 イスラムの教えのなかで、特に霊的な部分、「スーフィズム」と言われているところに、ヘルメスやトスの指導がかなり入っています。
 イスラムは、大きくはシーア派とスンニ派の二つに分かれますが、スーフィズムの流れはスンニ派のなかにかなり入っています。そして、スンニ派の大統領であったのが、実はサダム・フセインなのです。
 だから、イスラムを全部、否定されると、ヘルメスの教えまで否定されていくところが現実にはあります。
 キリスト教は霊界思想や神秘主義のところに弾圧をかけていきましたが、例えば、グノーシス派を指導していたのはヘルメスです。ヘルメスが、実は、グノーシス派という、キリスト教の一派を指導していたのです。
 キリスト教に転生輪廻などの霊界思想が足りないので、キリスト教の改革のために、光の天使を地上に送り込み、グノーシス派やカタリ派、異言派などを起こしたのですが、彼らは、ほとんどが殺されました。しかも、単に殺されただけではなく、弾圧され、皆殺しにされ、殲滅されてしまいました。これがキリスト教の怖いところです。キリスト教には、そういうところがあります。
 しかし、イスラムは基本的には寛容なのです。「イスラム教徒が、あなたがたを、どう判断するか」は分かりませんが、基本的には、寛容に包み込む教えを持っています。
 したがって、イスラム教徒は、ヘルメス的な考え方自体は受け入れると思います。ヘルメスは、「戦いもすれば、商売もする。繁栄・発展を目指す」という王様でしょう? そのヘルメスの考え方は、イスラム教徒が受け入れる考え方ではないかと思います。
(111~115ページ)

イスラム教で言われるアッラーの声には、幸福の科学の霊言と同じように、いろいろな指導霊の意見が入っていた。

イスラムの神秘主義(スーフィズム)を主として指導したのは、ヘルメスだった。

また、キリスト教の神秘主義の一派であるグノーシス派を指導していたのも、ヘルメスだった──。

驚くべき霊的真実が明かされています。

じつは、大川隆法先生の魂の兄弟であり、幸福の科学の主要な指導霊の一柱であるヘルメス神は、イスラム教神秘主義も、キリスト教神秘主義をも指導していたって。

ヘルメス神が人類の歴史に大きな影響を与えてきたというのは、こういう面にも現われてるんだってこと、なんですよね! 



『世界紛争の真実―ミカエルvs.ムハンマド』

大川隆法著


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企業って、株主もいたりするわけだし、利益を出すことが、すべてのすべてじゃないの。他に何があるのよ? なーんてこと考えている企業経営者の方、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『リーダーに贈る「必勝の戦略」』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 会社というものは、「利益の追求」ということを掲げているでしょう。株式会社であれば、株主の出資によって成り立っているので、利益をあげて株主に配当することは株式会社の使命です。日本の会社は従業員のための会社であることが多いのですが、欧米の会社は株主のための会社であり、欧米では、「株主が会社のオーナーである」という考え方が強いのです。
 会社が利益をあげることは、もちろん、従業員のためでもありますし、株主に利益を配当するためでもあります。その会社を信じてお金を出してくれた人に対して、お礼をしなければいけないわけです。
 そういう意味で、利益を出すことは、会社としては大事なのですが、単にお金だけで終わらずに、社会への貢献や公器性というものを掲げはじめると、企業であっても、宗教に似た強い磁場をつくりはじめます。
 それは、その企業に対する信頼感、「この会社なら信用できる」という、企業の良心、会社の良心への信頼感です。
 「この会社のサービスは信用できる」「この会社の人の考えていることは信用できる。信じられる」「最高のことをいつも考えてくれている」「私たちが心配しなくても、素人が考える以上のことを考えてくれている」「この病院の医療は、ほんとうに最高のレベルまで考えてくれている」などという信頼感が立ってくれば、その会社は一種の疑似宗教となり、宗教に近い面を持つようになります。
 そのように、社会への貢献や公器性が高まってきて、宗教に似た強い磁場ができてくると、企業として実社会に大きなインパクトを与えます。
 実際は事業活動をしているのですが、ある意味で“信者”をつくっているわけです。それは、たとえば、自分の会社の商品に対する信者でしょう。
 世の中に、おもちゃの会社はたくさんありますが、「この会社のおもちゃは、子供がとにかく喜ぶし、安全だ」ということになれば、その会社に対する信仰心に近いものが立ってきます。(中略)
 宗教の信者に似たような顧客層をつくることができれば、それは、リピート客ができたことを意味し、企業の安定化をもたらします。
 ホテルや旅館でも同じです。ホテルや旅館で成功するためには、やはり、リピート客をつかまなければいけません。何度も泊まってくれるファンをつくらなければ駄目なのです。「一見さん」だけでは、ホテルでも旅館でも、やはり厳しいものがあります。一見さんは、新規オープンのときには来てくれますが、あとは来てくれません。「リピート客を、どのくらい見込めるか」ということが、ホテルでも旅館でも成功の条件なのです。
 企業の経営者は、こういうことを常に考えていなければいけないのです。
 そういう信用、信頼感をつくり、“帰依”する心をつくることができれば、その企業は長期的に安定しつつ発展するのです。
(251~254ページ)

利益を出すことは大事であるが、単にお金で終わらずに、社会への貢献や公器性を掲げはじめると、企業であっても、宗教に似た強い磁場をつくりはじめる。

実際は事業活動をしていても、ある意味で“信者”をつくっていることになる。

そういう顧客層ができれば、それはリピート客ができたことを意味し、企業は長期的に安定しつつ発展することができる──。

「二度と来ないぞ、こんなお店、信頼する気になれないなあ」と思ったりする場合には、よくよく考えてみると、そのお店(企業)が、明らかに金儲けしか考えていない場合ではないでしょうか。

逆に、にじみ出す雰囲気に信頼感を感じて、もう一度来ようかなと思うような場合には、よくよく見てみると、その企業が、社会への貢献を考えていたり、自分たちが社会の公器としての存在だと本気で考えていて、その良心をなんとなく感じたりしている場合も多いんじゃないでしょうか。

これを、企業経営の側に立って、「宗教」という切り口で経営論を説いてくださっているのが、今日の教えだってこと、なんでしょうね!



『リーダーに贈る「必勝の戦略」』

大川隆法著


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幸福維新っていうけど、その中で私たちは、どういう心構えを持ってなきゃいけないのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『一喝! 吉田松陰の霊言』(幸福の科学出版)で、天上界の吉田松陰自身の霊言(霊の言葉)として、直々に、次のように伝えておられます。

 光の天使たちが活動するときには、たいていの場合は闇が強く、数多くの者が殺されてきた。明治維新で殺された光の天使は数知れない。そうとうの人たちが殺されている。
 私なども、本来の仕事は十分にはできていない。ほんのわずかな時間しか活動できておらず、また、獄中にいた時間も長い。まこと残念である。(中略)
 そんなものではない。この世の、現時点の法律や政治の仕組みといったものを乗り越えていくのが「革命」である。
 革命の目的は、未来の幸福にある。未来の人類の幸福にある。
 ゆえに、この世的なもののみで善悪を測り、世論やマスコミの意見で心が揺れるような「弱い人間」を、いくら教育したところで無駄である。心に焼きを入れなければならない。魂の底から焼きを入れるのだ。(中略)
 よいかな。キリスト教にあっては、教祖は十字架に架けられて死刑になった。それでも、そのあと、世界宗教になったのだろう。彼の弟子たちの巻き返しの力は、そうとうなものである。
 しかし、おまえたちを見たら、どうだ。たかが、初めて衆院選で負けたぐらいで、グラグラした信者がどれだけいる。離れていった人間がどれだけいる。他の者の誘惑に誘われて、教団から離れていった者がどれだけいる。この程度で離れるようであるならば、やはり魂の入れ方が足りないのだ。
 先ほど言ったように、イエスは刑死だけれども、私もいちおう刑死だ。首を斬られて、この世を去っている。しかし、その人間の情熱が明治維新の原動力になった。こういうことが、その時点の人間には分からないのだ。(中略)
 「どんなことがあっても、未来の人々を幸福にする社会をつくるんだ」ということだ。
 たとえ、大川隆法が、十字架に架かろうが、銃殺されようが、絞首刑になろうが、電気椅子に座ろうが、他国にしょっぴかれていって殺されようが、どんなことがあっても、信仰を捨てずにユートピアづくりに邁進し、地下活動をしてでも、悪しき政治的弾圧と戦い抜く。何百年でも戦い抜くと。そのくらいの闘士をつくらなければならないのだ。
 そういう人が一人でも二人でも三人でも生き延びたならば、この教団のユートピア運動は連綿と続いていくのだ。
 だから、まずは、「数」を問うよりは「質」を問え。「質」を問うて、根本から、そういう誓いを立てなさい。(中略)
 今、現に、世界各地で、総裁に一度も会ったこともない人が、信仰心を立てて活動しているのだ。
 総裁に会ったこともない。直接、説法を聴いたこともない。日本語を読むこともできない。そういう人たちが、信者になり、他の人を伝道して導いている。
 そういう人たちに比べて、日本にいる信者たちは、まだ甘い。甘えがある。私は、そう思うな。
(32~38ページ)

革命の目的は、未来の人類の幸福にあるのだから、この世的なもののみで善悪を測り、世論やマスコミの意見で心が揺れるような弱い人間を、いくら教育しても無駄である。

心に焼きを入れなければならない。魂の底から焼きを入れるのだ。

まずは、「数」を問うよりは「質」を問え──。

ほんとうに、気魄のこもった、厳しい言葉の数々です。改めて自分はまだまだ甘いなあと、深く反省するほかありません。

ただ、思うんですけど、吉田松陰にこのりんとした厳しさがあったからこそ、多くの人々が松下村塾で短期間に鍛えあげられ、明治維新を成し遂げた中核の人材となっていったんだって、理屈じゃなく分かる気がしますよね!



『一喝! 吉田松陰の霊言』

大川隆法著


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菅内閣の支持率は急激に下がって、どの世論調査でも20%台になっちゃったよね。マスコミからもようやく、けっこう厳しい批判の声が上がってきてると思うんだけど、そうなるのって最初から分かんなかったのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『危機に立つ日本』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 あれほど「危ない」と警告し続けたのに、国民は、いちばん悪い選択を、いちばん悪いかたちでしてしまいました。
 先の衆院選で、たとえ民主党が勝つとしても、せめて、すれすれで勝つぐらいにしておくべきところを、なんと三百議席を超える圧勝にしてしまいました。参議院であと何議席か取れれば、民主党が勝手に独自で何でもできる寸前まできたのです(二〇一〇年三月現在、社民党抜きで過半数を確保)。
 未来の日本国民からは、「あの時代の日本人は、愚かであった」と、確実に烙印を押されるはずです。「あの十年がなければ、われわれは、どれほど楽だったか」と、おそらく言われるようになるでしょう。
 そして、「日本に国難が来るということを、はっきりと予言していたところがあった。幸福実現党という政党が、それを止めようとしていた」という事実を、歴史の証人として知っている人がいてもよいと思います。
 しかし、日本の各種マスコミは、幸福実現党の記者会見や講演会などに取材に来ていたにもかかわらず、一部の週刊誌やスポーツ紙などの小さな記事以外では報道しませんでした。主要紙と言われる信用のあるところは、ほとんど報道しなかったのです。
 私は、「国難に加担した」という、日本の主要なマスコミの罪を、断じて忘れることができません。もし、マスコミが公正に報道していれば、国難をもう少し減らすことはできたはずです。見識のある人が幸福実現党の主張を理解しえていたならば、国難を事前に防ぐことも可能であったでしょう。(中略)
 幸福実現党は、二〇〇九年の衆院選において勝利することはできませんでしたが、少なくとも正義を貫いたつもりです。
 もちろん、そのために大きな代償を払いました。幸福の科学の宗教法人としての威信や世間的な信用におけるマイナス、その他さまざまな批判等、大きな代償を払ったのです。それでも、「『正しいものは正しい』と、損得を考えずに、言うべきことは断固として言う」という精神を貫きました。
 その意味において、幸福実現党は、日本という国に殉じたつもりです。「たとえ、われら滅ぶとも、この国、滅ぼすまじ」という気持ちで立党したのが幸福実現党なのです。
 残念ながら、得票率は一、二パーセントのレベルにしか届きませんでしたが、少なくとも、その声は、もっと多くの人に聞こえていたはずです。幸福実現党の主張は、部分的ではあっても、数千万人の人々に聞こえてはいたはずなのです。
 今、政権与党の政治において、さまざまな矛盾点が出ていますが、マスコミが批判する論点のほとんどは、すでに幸福実現党が選挙前に指摘した視点からの批判になっています。これを「先見性」と言うのです。彼らの政策の矛盾点は、現実に起きる前に分かっていたのです。
 “後見性”という言葉があるかどうかは知りませんが、起きてしまってから分かることを仮に“後見性”と呼ぶならば、今後、そういう「後見性のある人」が、ようやく幸福実現党の主張を認め、それを用いて民主党政権の問題点を指摘するようになるでしょう。現実に、二〇〇九年九月以降は、民主党政権についての批判が出始めていますが、そのほとんどは、幸福実現党が主張してきたことと軌を一にした内容であると感じます。
(154~159ページ)

幸福実現党が、あれほど民主党に勝たせると国難が来ると警告し続けたのに、国民は、三百議席を超えて圧勝させるという愚かな選択をしてしまった。

日本の主要マスコミは、幸福実現党の警告をほとんど報じず、結果として、国難招来に加担するという重大な罪を犯した。

今ごろになってマスコミは民主党政権を批判しているが、その論点のほとんどは、すでに幸福実現党が昨年の総選挙前に指摘していたものにすぎない──。

尖閣諸島の中国船問題をきっかけとして、ようやく明らかになってきた民主党政権の外交政策・防衛政策の無策のあまりのひどさ。

侵略的な中国の姿勢に対し、国を護る気概のかけらもない民主党政府の軟弱な姿勢で、国難はひたひたと日本に押し寄せようとしていますが、幸福実現党は、この国難から日本を救うための活動を、うまずたゆまず、全国で続けています。

そのなかで、防衛問題を国民が考えるための象徴となった尖閣諸島がある沖縄の県知事選挙は、「日本の防衛にとって米軍基地はいかなる存在なのか」を県民に真正面から問いかけつつ、次の日曜日に投開票を迎えるわけです。

一人でも多くの沖縄県民が、偏ったマスコミの報道に踊らされることなく、国の防衛問題を自分の頭でしっかりと考えて、投票してほしいもの、ですよね!



『危機に立つ日本』

大川隆法著


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悪魔って、やっぱりいるの。怖いよね。どうやって戦ったらいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『エクソシスト入門──実録・悪魔との対話』(幸福の科学出版)で、こう紹介しておられます。

 悪魔の一般的な攻撃の仕方を見るかぎり、真正面から攻めてくることは非常に少なくて、たいてい搦め手から来ます。搦め手、勝手口のほうから来るような攻め方が多いのです。
 これを見ると、やはり、正規軍による組織戦は、あまり得意ではないことが分かります。そのように、弱いところをいつも狙ってくるのです。
 例えば、ライオンは、草食動物の群れのなかで、足が遅くて一匹だけ遅れているものや、病気のもの、少しはぐれた子供などをまず襲ってきます。(中略)
 戦争のときに潜水艦が狙うのも、やはり、艦隊からはぐれているような船であり、それが基本的な攻撃パターンです。
 これは、いわゆる「ランチェスター法則」にも合っていて、科学的な戦い方です。ランチェスター法則というのは、現代的な“競争の科学”であり、簡単に言うと、「強い者と戦うな。弱い者と戦え」ということです。(中略)
 同様に、悪魔も、当会の弟子の集団のなかで、何か悩みがある人や、疑問を持っている人を攻めてきます。教えについては疑問がなくても、それ以外の部分、例えば、「経済的に困窮している」「病気をしている」「家族に不幸があった」など、何か心に引っ掛かるようなことがあったときに、その部分を攻めてくるのです。(中略)
 また、悪魔は、念力の強い指導者のところに入った場合には、手下を使うことができるので、“組織戦らしきもの”をすることができます。(中略)一時期なら悪魔が国家を乗っ取ることも可能なのです。ここが悪魔との戦いにおいて難しいところです。(中略)
 ただ、一般的には、「勝手口から攻める」「はぐれた者を攻める」「弱い者いじめをする」というのが、悪魔の基本的なやり方であると考えてよいと思います。
 これに対しては、組織で戦うことが大事です。
 第二次大戦で、ドイツの潜水艦Uボートが、連合国の輸送船を無差別攻撃で次々と撃沈していったときに、連合国側は、「どうすれば被害を少なくできるか」を相談し、護送船団を組みました。
 一隻ずつ航行したほうが被害が小さいようにも思いますが、それだと、発見された場合、簡単に沈められてしまいます。
 そこで、「輸送船団を組み、その周りを駆逐艦などの護衛艦隊で囲む」という護送船団方式を採り始めたら、Uボートが攻撃できなくなり、急に被害が減ったのです。
 護送船団方式というのは、現在では、悪い意味で使われるようになりましたが、そういう大船団を組むことによって被害を小さくすることができるわけです。これが組織の意味なのです。
 「宗教はよいけれども、組織は嫌いだ」という人もいるでしょうが、宗教の組織は、魔軍の攻撃から身を護るために必要なのです。「仲間がいれば、やはり強い」ということです。
(73~81ページ)

悪魔は、一般的には、正面からではなく勝手口から攻める、はぐれた者を攻める、弱い者いじめをするというのが、基本的なやり方である。

これに対しては、組織で戦うことが大事である。

宗教の組織は、魔軍の攻撃から身を護るために必要なものである──。

なるほど、です。

今日は、宗教組織に所属することの意味について、「魔から身を護る必要性」という角度で説かれた教えを、ご紹介してみました!



『エクソシスト入門』

大川隆法著


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なにごとでも、準備万端、カンペキな準備をすることが大事だよね。だから、準備できない勝負をしちゃいけないよね? なーんて考え方もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教立国の精神』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私は今まで、千数百回、説法をしましたが、原稿を書いたことは一回もありません。英語でも説法をしていますが、やはり原稿は書いていません。すべて、その場で考えて、説法をしています。(中略)それが、過去二十数年間の私の仕事です。
 何が言いたいかというと、「準備に継ぐ準備をする」という考えもあるとは思いますが、「人生に勝利するためには、最後は、本番の勝負に強くなければ、駄目である」ということです。
 人間は、真剣勝負の本番で勝たなければ、駄目です。本番の勝負を実力で戦い抜くことが大事なのです。この世的には、「準備万端、整えば、勝てる」という考えもあるでしょうが、実は、そういう人は敗れることが多いのです。
 道場において竹刀で勝負することと、真剣で勝負することとでは、全然、違います。「勝たなければ、死ぬ」という真剣勝負を経験した者と、竹刀で戦っている者とでは、気迫が、全然、違ってくるのです。
 みなさんにも、そういう気迫を持っていただきたいものだと思います。もし、「何もかも条件が整ったら、勝てる」というような考えを持っているなら、どうか、きょうを限りにカラッと捨ててください。
 宮本武蔵と同じ心境で、臨んでください。「生涯で六十数回戦い、一度も敗れなかった」と言われていますが、その武蔵は、「勝負というのは怖いものである」というようなことを語っています。それは、そうでしょう。真剣勝負とは命の取り合いであり、負ければ死ぬわけですから、大変なことです。(中略)
 生の人間として勝負することです。街頭演説であろうが、講演会であろうが、戸別訪問であろうが、辻説法であろうが、何でも結構ですが、その場その場で、真剣勝負を挑んでください。
 何も考えなくてよいのです。その場に立てば、自らの口から、自然に、力強い言葉が出てくるでしょう。それは、今、みなさんを支援している「大きな力」が働いているからです。
 どうか、その大きな力を受け止めてください。この世的なことを考えすぎていると、その大きな力が入ってこないのです。この世的なノウハウやハウツー、あるいは周りが言っている勝ち方ばかりを聞いていたら、その大きな力が流れ込んでこないのです。
 どうか、無我になり、無心になってください。そして、「自分の動機が善であり純粋であり無私であるならば、必ずや、自分自身の声は、天の声として多くの人々に伝わるのだ」ということを信じていただきたいのです。
 この世の人間は聞き分けが悪いこともありますが、神仏の力に抗えるような人類は、この地上に存在し続けることができないのです。それを信じてください。それを信じたならば、みなさんは、無敵への道を歩み始めることになるでしょう。
 あなたがたを、もう一段、強める力があります。それに気づいてほしいのです。「自分独りで戦っているわけではない」ということを知ってください。
(300~304ページ)

人生に勝利するためには、生の人間として、真剣勝負を挑むことである。

何も考えなくてよい。みなさんを支援する「大きな力」が働き、その場に立てば、自らの口から、自然に、力強い言葉が出てくる。

自分独りで戦っているわけではない。無我になり、無心になることである──。

天上界の力に頼ってしまうのでは、無心でも無我でもないんだろうと思います。

でも、私たち一人ひとりには、守護霊がついてくれているし、場合によっては指導霊もいてくれるわけです。

その霊的真実を信じて、我を張ることなく、天上界と一体となって使命を果たしていこうとすることが、人生の真剣勝負に勝利していくための大事なポイントなんだってこと、なんですよね!



『宗教立国の精神』

大川隆法著


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