ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



アトランティス大陸とならんで、ムー大陸って名前、よく聞くよね。ほんとにあったのかな。あったんだったら、いつ頃、どこになの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『太陽の法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 ムーは、太平洋上に浮かぶ大陸でした。その出現自体は、ラムディア大陸よりも古く、いまから三十七万年前ごろ、海上に姿をあらわしました。それ以後、大陸の形は、さまぎまにかわりましたが、ラムディアの末期ごろには、現在のインドネシアあたりを中心にして、オーストラリアの二倍ぐらいの面積をもつ大陸でした。(中略)
 ラムディアの人々は、大きな帆船の大軍団を組み、いまから二万八千年ぐらい前から、ムー大陸の諸都市を植民地化しはじめました。(中略)
 植民都市ではあったとはいうものの、ムー大陸にも、ラムディアの文化は浸透してきておりました。そして、ラムディア文明が滅失したあと、静かにではありましたが、ムー大陸にも、文明のきざしが見えてきました。
 いまから約二万年のむかし、このムーの地に、ゾロアスターの前身が出ました。この方のそのときの名を、エスカレントといいます。(中略)この大聖エスカレントは、太陽の科学的なエネルギーを重視しました。(中略)
 都市の中心には、一辺の長さが三十メートルの正三角でできたピラミッドがあり、それが銀色に輝いています。ここで吸収、増幅された太陽エネルギーが、各町の中心にある山辺の長さ十メートルのピラミッドに放射され、そこからさらに各家庭の屋上にある一辺の長さ十メートルの小ピラミッドに供給されていたのです。
 このピラミッド・パワーは、のちのアトランティスにもひきつがれます。この太陽エネルギーの巨大増幅装置は、現在ピラミッド・パワーなどといわれているしくみにとてもよく似ています。
 ムー大陸が、その最盛期を迎えるのは、ラ・ムーの時代でした。すなわち、いまからおよそ一万七千年近く前のことです。そのころ、ムーは、太陽信仰と太陽科学万能の時代を迎えておりました。この時期に、ラ・ムーが、肉体をもって生まれたのです。ラ・ムーとは、何代か前の釈迦の過去世です。また、ラ・ムーとは、「ムーの光大王」という意味をもっています。ラ・ムーの時代に、ムー大陸は、巨大な大帝国となったのです。(中略)
  しかし、やがてラ・ムーが没し、その偉大なる教えが形骸化してくると、ムーの全盛にもかげりが出てきました。しかも、悟りの力を否定し、あやしげな動物霊信仰の邪教がはびこりはじめました。悪しき霊能力信仰が、「愛と慈悲」の教えを嘲笑し、大陸全体に大きな想念のくもりがかかってきたのです。
 こうして、このムー大陸は、いまからおよそ一万五千三百年前、三段階にわたる大陸の沈下によって、海中に没しました。ラ・ムーの名前からとった巨大な近代都市ラムーも、この大陸の沈下によって、当然のことながら、太平洋中に沈没してしまいます。
 しかし、ムー人たちの一部は、なんとか逃げることができました。そのなかのある人々は、船で北上して、ベトナム人、日本人、中国人の源流になりました。また、ある人々は、東へと進み、太平洋をわたって、南米アンデスの山に住みつきました。さらには、大西洋へと逃れ、大西洋上のアトランティス大陸へと、新天地を求めて行った人々もおります。
(261~269ページ)

冒頭に登場する「ラムディア」というのは、いまから8万6000年前にインド洋上にあったラムディア大陸で発展したものの、2万7000年前に突如沈んでしまった、ムー文明のもう一つ前の文明のこと。

アトランティス文明で発達したピラミッド・パワーというのは、実は、ムー文明に淵源があったってこと、なんですね! 
 

『太陽の法』

大川隆法著

 

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