夢七雑録

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100の思考実験

2020-06-15 20:48:48 | 私の本棚

私の本棚の中に読みかけのままになっていた本があった。「100の思考実験」がそれで、今回一通り読んでみた。思考実験とは頭の中だけで想像する実験のことで、哲学や科学に関するものが多いが、この本では一般向けに具体的な内容の100の思考実験が取り上げられている。思考実験は実際には試せないことも試せる利点があり、複雑な要因を取り除いて問題の本質を見極める上で役に立つ方法でもある。この本は、読者に考えさせることを目的としており、100の思考実験について、問題の提示に続けて、考える上で参考となる事柄を解説として記しているが、正解は記されていない。

【書誌】

書名「100の思考実験」。著者 ジュリアン・バジーニ。訳者 向井和美。

発行 紀伊国屋書店。 2012年3月30日。第2刷発行。 

【読後感】

この本は、思考実験について具体的な事例をあげて説明しているので、読むだけなら、ページ数の割に時間がかからないかも知れない。ただ、個々の思考実験について考えるという事になると、そう簡単ではない。本の内容については、個人的に違和感のあるところも無いではないが、各章は独立しているので、興味の無い章は飛ばせばいいのだろう。それでも、考えるには時間がかかりそうである。とりあえず、100の中から思考実験を3件選び、その問題及び解説の要点を記すとともに、個人的なコメントを付記することにした。

 

1.自動政府

(1)問題

「コンピュータが経済を運営することで、経済成長は着実で物価は安定し失業率も低いままとなった。したがって、次の大統領には、全ての決断をコンピュータにゆだねるとした人物が選ばれる筈である。コンピュータが政治を行えば、政治家の質も大幅に向上する。」

(2)解説

「政治の最終目標は人間が指示することになるが、どのような目標を選ぶかは、そう簡単ではない。さらに、何が最善の目標かまでもコンピュータが決めるようになれば、政治家も不要となる。しかし、それは、はるかに難しいことである。」

(2)コメント

グローバル化が進み、世の中が多様化し、現状をまともに把握する事が難しくなっている時代、膨大なデータをもとに実情をより正しく掌握し、様々の政策案に対してシミュレションを行ってくれるコンピュータがあれば、政府もよりまともな政策を実行できるようになるのかも知れない。将来、理想的な政府が実現するか、独裁国家が登場するかは分からないが。

 

AIの世界的権威であるベンゲーツェルは、AIの政治への活用についての質問に答えて、いつの日か善良なAI政治家が生まれる可能性があるとし、人間は時に危険な社会を作ることがあるが、AIは物事をうまくコントロールして人間を助けてくれ、より安全な社会の仕組みを作るのに役立つと答えている(WIRED・AI特集)。AIを推進してきた人物がAIの将来に夢を抱くのは分からないでもないが、楽観的過ぎるような気もする。

 

ホーキングは、AIの潜在的恩恵は大きいとしながらも、人間を超えるAIが、人類の意思と対立する意思を持つようになれば、人類はAIに太刀打ちできず、危険を回避する方法を持たない限り、人類は終りを迎えるとしている(ホーキング「ビッグ・クエスチョン」)。人間には不合理なところがあるが、それが人間らしい点でもあり、合理的な判断をするAIとは相いれないことが起きる可能性がある。たとえば、地球に永遠の平和をもたらす事が正義だとすれば、AIが人類を滅亡させるかも知れないのだ。

 

2.好都合な銀行のエラー

(1)問題

「ATMで100ポンドおろしたら1万ポンド紙幣が出てきた。銀行口座の引落額は100ポンドになっていて、銀行からの電話もなかったので、1万ポンドは自分の懐に入れた。」

(2)解説

「小さな店で釣銭を多く受け取ったら返すが、1万ポンドは銀行にとって小さな損失に過ぎないので返さなくても良いと考えてしまう(自分に都合の良い考えに傾いてしまう)。」

(3)コメント

中学生の頃だったか、近所の本屋で雑誌を買い、帰宅してから釣銭が多い事に気付いて返しに行ったことがある。ただ、電車に乗って行くような本屋だったら、そのままにしていたかも知れない。ある時、銀行の窓口で多少まとまった金をおろしたことがあった。外に出て歩いていると、銀行の人が追いかけてきた。紙幣が1枚落ちていたというのである。こんな事は初めてだった。一方、紙幣が余分に入っていた事は、これまで無かったと思う、多分。仮に、ATMで1万円下ろした筈が機械のミスで100万円出てきたらどうするか。とりあえず、銀行に電話するだろう。遺失物扱いになって、晴れて自分のものになる事を期待して。

 

3.わたしを食べてとブタに言われたら

(1)問題

「信念から肉を食べなかったベジタリアンが祝宴の席でやっと肉を食べられる事になった。その肉は遺伝子操作で話すことが出来、人間に食べられることを望んでいた豚の肉だった。」

(2)解説

「動物を育てて殺すのは間違いだとする主張には、飼育環境の悪さのほか、殺す行為への反感もある。言葉を話す動物を食べるのはたじろぐとしても、除脳した動物ならどうなのか。」

(3)コメント

「100の思考実験」の原著のタイトルは「食べられる事を望む豚ほか99の思考実験」であり、タイトルにつられて本を購入した人もいるかも知れない。この思考実験は、SF(アダムス「宇宙の果てのレストラン」)に出てくるもので、品種改良の結果として人に食べてほしいと願い、それを言葉で言えるようになったウシ型動物の話が元になっている。人間は、植物については抵抗なく食の対象とするのだろうが、人間と同じように言葉を話す動物を食べる事は、生理的に受け付けにくいのかも知れない。

 

何を食の対象とするかは、宗教上のほか地域や時代によっても異なるので、一律に論じることは出来ない。また、動物の尊厳についても考え方の違いは残るだろう。今後、培養肉や植物肉が一般に提供されるようになったとすれば、ベジタリアンも安心して肉の味を楽しめるようになるかも知れないが、自然を変えることが許されるかという問題は残ってしまう。食についての思考実験としては、複雑な要因が残ったままなので、例えば次のような思考実験に変えてみたらどうだろう。「あなたは、宗教上の理由もあって、これまで肉食をしなかった。会食の時、培養肉と植物肉が出されたが、あなたならどうする。」

 


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