夢七雑録

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杉並コースを歩く

2013-11-22 19:23:54 | 歴史と文化の道
 東京都の歴史と文化の散歩道のうち「杉並コース」は、「薬師平和の森散歩(新井薬師前駅~高円寺駅)」、「社寺遺跡めぐり散歩(高円寺駅~西永福駅)」、「神田川川辺の路散歩(西永福駅~高井戸駅)」、「烏山寺町散歩(高井戸駅~千歳烏山駅)」の4区間のサブコース(ガイド区分)から成り、総延長は15.9kmになる。

(1)薬師平和の森散歩

 本コースの起点は西武新宿線の新井薬師前駅、駅の東側に旧鎌倉街道が通っていたとする説がある。駅の西側の通りは哲学堂通りで、右に踏切を渡っていくと哲学堂に出る。案内板を確認して、この通りを左に行く。商店街を進み、新井1の信号を右に折れると、道は二つに分かれる。本来のルートは左側の道だが、今回は右側の道を進んで、新井薬師の前に出る。

 梅照院・新井薬師は、子育てや眼病平癒で知られ、各地からの参詣者が多かった寺で、名水と言われた井戸水は今も健在である。寺の裏手に出て、新井薬師公園を抜け、桜並木の中野通りを歩道橋で渡ると、北野神社に出る。中野通りを左に行き、新井五差路を右に折れ、右側の歩道で先に進むと、中野刑務所跡に作られた平和の森公園に出る。

 平和の森公園は遺跡地でもあり、園内には弥生時代の復元住居がある。公園南側の芝生広場で小休止したあと、少年スポーツ広場の外周に沿って下り、公園入口に置かれている案内板を確認し、妙正寺川沿いの道に出て左に行く。新橋で左に折れ、車に注意しながら進んで早稲田通りを渡り、野方警察署の前を右に行く。左側一帯では中野駅北口の再開発事業が今も進行中である。

 大和陸橋の下をくぐって環七を過ぎ、大和町郵便局前の信号で左に入ると、庚申通り商店街となる。庚申堂の先で道幅が狭くなるが、ここを標識Cにより左折、次の角を標識Cにより右に折れると純情商店街となり、程なく高円寺駅の駅前に出る。案内板は高円寺駅北口の駅前広場に置かれている。

(2)社寺遺跡めぐり散歩

 高円寺駅北口から右に行き、JRのガードをくぐって、高円寺パルの商店街に入り、二つ目の角を標識Cにより左に折れる。駅から南に向かう高南通りを渡り、その先、二つ目の角を左に折れると、氷川神社の前に出る。ここから坂を下れば、高円寺中央公園に出る。案内板は、この公園に置かれている。

 高円寺中央公園を過ぎて先に進み、T字路を右に行き、その先を左に入ると高円寺の参道に出る。高円寺は三代将軍家光が鷹狩の際の休憩所として利用した寺で、村の名にもなった寺である。その参道を南に行き、高円寺前の信号を渡って進み、桃園川緑道を横切り、その先の角を標識Cにより左折して進み、次の標識Cにより右折して進む。鳳林寺と長善寺の間を上がり、長龍寺の先で突き当りを左に行くと環七に出る。ここを右に折れると高円寺陸橋下の交差点に出る。

 交差点を南東側に渡ると、蚕糸の森公園に出る。蚕糸試験場の跡地に開設された公園で、旧試験場の正門や守衛所が修復保存されている。滝や池を眺めながら公園内を歩き、公園の南西側に出るが、ここに案内板が置かれている。

 公園西側の道は妙法寺の参詣道の一つでもあった。この道を南に歩いていくと環七に出るので、左側の歩道で南に進み、妙法寺入口の信号で右側の歩道に移る。妙法寺東の信号まで進んで、御題目宝塔のある角を右に折れると、間もなく妙法寺の前に出る。妙法寺は、堀之内の御祖師様として多くの参詣者を集め、落語の題材にもなった寺である。

 参拝を終え、寺を出て右に行くと直ぐ、右に分かれる道がある。この道を進むと、右から下ってくる荒玉水道道路に出るので、ここを左に折れるのがルートである。なお、妙法寺を出て左側の直進する道を下り、坂を上がって二つ目の信号が荒玉水道道路になる。荒玉水道道路は多摩川の水を送るため、大正から昭和にかけて敷設された水道管上の道路で、砧浄水場から妙法寺裏手までは一直線の道になっている。妙法寺裏手から先の水道管のルートは判然としないが、哲学堂の北側にある野方配水塔と、板橋の大谷口配水塔に水を送っていた。この水道はすでに役割を終えているが、野方の配水塔は現存し、国指定の文化財になっている。

 荒玉水道道路を進んで行くと善福寺川に出る。この先のルートは、済美橋を渡って右に折れ、川沿いの道をたどるのだが、現在は工事中で通行できないため、橋を渡って坂を上がる。その先、郷土博物館入口の信号で、右に折れると大宮橋に出る。今回は、右手後方の道をたどり、旧井口家住宅長屋門が入口になっている郷土博物館に行く。

 郷土博物館南側の細い道をたどり、善福寺川に出て左に行くと大宮橋に出る。橋を渡って左側すぐのところに案内板が置かれている。ここからは、善福寺川に沿って上流に向かい、宮下橋を渡って道の右側を上がり、大宮八幡の鳥居の前に出る。この先、本来のルートは、方南通りに出て右に折れるのだが、今回は大宮八幡の鳥居をくぐる。

 大宮八幡の北側は弥生時代の族長の墓が発掘された場所であり、西側には円墳が存在していたと伝えられる事から、大宮八幡は祭祀遺跡地に位置していると考えられる。また、武蔵国府(府中)からこの地に至る古代の道があったとする説もある。大宮八幡は東京都の人口の重心に相当する位置にある事から、東京のへそと呼ばれ、それに因んだ福餅も販売されている。大宮八幡の東側には旧鎌倉街道が通っていたとされるので、ここは古くからの交通の要衝でもあったのだろう。大宮八幡を南参道から出て方南通りを右に行き、井の頭通りとの交差点を左に、井の頭通りを戻って西永福駅入口の信号で右に入ると、西永福駅に出る。

(3)神田川川辺の路散歩

 井の頭線の踏切を渡って、駅の南側にある案内板を確認してから先に進む。道は二つに分かれるが左側の道をとり、右側の歩道を進むと下り坂となり神田川に出る。向陽橋を渡って右に折れ、神田川沿いの遊歩道を進むが、ここから高井戸駅近くの佃橋までの間は、川沿いの迷うことの無い道が続いており、適当な間隔で標識Bも置かれている。弥生橋、むつみ橋を過ぎると、八幡橋に出る。左側は八幡神社である。藤和橋、梢橋を過ぎると鎌倉橋に出る。旧鎌倉街道は、ここから大宮八幡の東側を通り、このコースの出発点でもある新井薬師駅の東側を通って板橋に出ていたという。

 鎌倉橋の先の左側は塚山公園で、縄文時代の遺跡地である。小休止したあと、塚山橋から神田川を覗いてみる。この橋は車が通る橋ではなさそうだが、その割には重厚な橋になっている。神田川に架かる橋の多くは実用一点張りで見栄えのしないものが多いが、そうでない橋も少しはある。このコースでは、八幡橋に続く藤和橋や梢橋、それと塚山橋が、それに該当するだろうか。

 神田川に沿って進み、堂の下橋、乙女橋、池袋橋、正用下橋を過ぎる。京王線が右上に近づいてくると高井戸橋となる。道の左側の案内板を確認し佃橋を通ってくる環八に出る。高井戸駅へは右手の京王線ガードをくぐり歩道橋を渡れば行ける。

(4)烏山寺町散歩

 環八を左に折れ左側の歩道を進むと、標識Aが恭しく置かれている。坂を上がりきった先の歩道橋で右側の歩道に移って先に進むと、中央自動車道が間近に迫ってきて、程なく中の橋交差点に出る。交差点の名は玉川上水に架かっていた橋の名に由来するが、橋は玉川上水もろとも自動車道の下に消えてしまっている。

 中の橋交差点で右に折れると、歴史と文化の散歩道の車止めがある。この車止めは、この先、間隔を置いて歩道上に配置されている。自動車道沿いの道はさらに続くが、植樹による緑のカーテンもあって、少しは歩きやすい道になっている。

 昭栄公園を過ぎ、その先の信号を渡ると、右側に富士見ヶ丘運動場の入口がある。ここはNHKのグラウンドであったが、今は杉並区が管理する運動場になっている。この運動場に沿って先に進むと、案内板が置かれている。

 案内板の先、歩道は左に曲がり、金網の横を通る。右手の林の下を流れているのは玉川上水だが、玉川上水のうち現在も水道用に使用されているのは上流部だけで、中流以降は清流復活を目的として再生水が流されている。その再生水も遂には暗渠に流れ込むことになるが、その地点が右側の金網の中である。玉川上水は、暗渠部分などを除き、国指定の史跡に指定されているが、その一方、玉川上水を包む形で放射五号線の道路計画が進行中である。計画が実現すれば、この付近の景観は一変してしまうだろう。

 先に進んで中央自動車道近くになると、歩道は右に曲がっていく。この歩道を進むと右に分かれる道がある。直進する歩道は車道に出てしまうので、右の道を進んで、車道の右側の歩道に出る。信号の二つ目、久我山一の信号で左に折れ、松葉通りを南に行くのがルートで、案内板は、交差点の東南側、久我山病院北側の歩道に置かれている。

 松葉通りを左側の歩道で南に進むと、通りは次第に左に曲がるようになる。その先、標識Cを確認して横断歩道を渡り右側の歩道に移る。この歩道から右に入る道があり、入った先の右側に玄照寺がある。道なりに進んでいくと、バスも通る寺町通りに出る。烏山川の水源で小鴨飛来地としても知られる高源院に寄ってみたい気もしたが、今回は割愛して、寺町通りを左に進み、中央自動車道の下をくぐる。右側の歩道で烏山北小に沿って進み、先に行くと甲州街道の烏山の交差点に出る。ここを渡って先に進むと、次第に商店街らしくなり、まもなく千歳烏山駅、コースの終点となる。

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