夢七雑録

散歩、旅、紀行文、歴史 雑文 その他

東京文化財ウイーク(4)

2011-11-25 20:32:23 | 東京の文化財
(13)本門寺

 池上本門寺は日蓮聖人入滅の地に建てられた寺院で、祖師堂(大堂)を中心に多くの伽藍を擁している。文化財ウイークの対象となる文化財は、大堂に向かって右奥にある五重塔である。塔の建立は1608年。1703年に現在地に移されている。現在の五重塔は、2001年に改修工事を終えた後のものである。この塔は、一番下の初層が和様、二層から上が唐様という異なる様式により建てられており、高さは30m弱、五重塔としては中規模である。この五重塔は、現存する関東の塔の中では最古とされ、重要文化財に指定されている。今年は、重要文化財指定100周年記念として、文化財ウイーク中に五重塔内部が特別公開された。内部には須弥壇上段に宝塔を中央に釈迦牟尼仏と多宝如来、その下に四菩薩が祀られている。何れも五重塔建立時に造られた像という。所在地は大田区池上1-1-1。池上線池上が最寄駅。


(14)大円寺

 目黒駅近くから目黒川に向かって下る行人坂という急坂がある。大円寺はこの坂の途中にあり、行人坂火事という大火の火元であったため、幕末まで寺の再建は許されなかった。この寺の釈迦如来立像は、鎌倉の杉本寺にあったとされるが、大円寺に移された経緯は分からない。立像は、胎内に布の臓器を収めているため、生身の釈迦如来と呼ばれ、鎌倉初期の清涼寺式釈迦如来像として重要文化財に指定されている。年始などの特定日を除くと像は非公開になっているが、文化財ウイークの期間は公開されている。ただ、ガラス越しに拝観する事になるため、全身像はよく見えない。信仰上は、お顔を拝めるだけで十分なのであろう。大円寺には大火の犠牲者供養のための石仏群があるが、こちらの方は通年公開である。なお、大円寺には山手七福神の一、大黒天も祭られている。所在地は目黒区下目黒1-8-5。最寄駅は目黒駅である。 

(15)性翁寺

 江戸時代、春秋の彼岸に荒川流域の六か所の寺院をめぐる六阿弥陀詣という習俗があった。これには、次のような伝承が背景になっている。むかし、娘(足立姫)が荒川に身を投げた事を悲しんだ足立庄司が、行基に依頼して霊木から6体の阿弥陀像を造ったというのである。この時に余った根元の木から作ったのが性翁寺の本尊である木造阿弥陀如来座像で、余った木から造ったので、木余如来とも呼ばれていた。この伝承の真偽はともかくとして、この座像は平安末期から鎌倉初期の頃のものと考えられ、都指定有形文化財になっている。阿弥陀如来座像は文化財ウイーク中の1日だけ公開されている。性翁寺の住所は足立区扇2-19-3。舎人ライナーの扇大橋が最寄駅である。なお、六阿弥陀と性翁寺については、当ブログのカテゴリー「江戸近郊の小さな旅」の中の「六阿弥陀道のり」に記載がある。 

(16)善明寺

 善明寺の金仏堂に祭られている鉄造阿弥陀如来座像は、現存する鉄仏の中では最大とされ、重要文化財に指定されている。この鉄仏は武蔵国分寺の西の鉄谷にあったと伝えられ、後に大国魂神社に安置されていたが、明治になって善明寺に移されている。鉄仏は銘文から1253年に仏師藤原助近により制作された事が分かっている。金仏堂には、胎内仏とも称され、座像より小さい鉄造阿弥陀如来立像も安置されているが、座像とほぼ同じ時期の制作という。鉄仏は文化財ウイーク中の特定日だけ公開されるが、拝観は寺に入って右側の金仏堂の入口からとなる。以前、公開日に訪れた事があったが、鉄仏までの距離が離れているので細部はよく見えなかった。なお、この鉄仏については、当ブログのカテゴリー「江戸近郊の小さな旅」の中の「府中道の記」に記載がある。所在地は府中市本町1-5-4。最寄駅は京王線府中駅である。

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東京文化財ウイーク(3)

2011-11-19 16:42:13 | 東京の文化財
(8)根津神社

 根津神社の造営は1706年。本殿と拝殿を幣殿でつなぐ権現造りの社殿で、唐門、西門、透塀、楼門も含めて7棟が現存しており、重要文化財に指定されている。文化財ウイーク中の3日間、時間を決めて有料で社殿内を公開しているが、以前、内部を拝観したことがあるので、今年はパス。屋外については通年公開になっている。所在地は文京区根津1-28-9。最寄駅は千代田線根津駅である。 

(9)求道会館

 求道会館は、浄土真宗大谷派僧侶の近角常観が公衆に信仰を説く場として、建築家の武田五一に依頼し、1915年に建てた建物である。この建物は、戦後、使用されないまま放置されていたが、都の有形文化財に指定されたのを機に修復工事が行われ、平成14年に修復を終えている。求道会館は煉瓦造り2階建て。1階の会堂部分は吹き抜けで、木製の長椅子が並ぶ様子は教会のようだが、正面に置かれた白木の厨子が仏教施設である事を主張している。厨子は親鸞の故事から六角堂の形になっており、その前に演壇が置かれている。また、後ろの壁面には光背を表す唐草文様の半円が作られている。半円は黄色で下部はピンクになっているが、漆喰の混合物の違いで色を出しているという。費用面から会堂の上には天井を張らず、小屋組をそのまま見せている。小屋組は木製の部材を鉄板とボルトで固定する構造。また、2×6の建材を使用している。建物全体は、機能性重視、コスト重視になっているが、曲線部分を設け、手すりや窓枠の部材の面取りをするなど、細部には工夫が見られる。会堂の両側と入口の側に2階席が設けられている。当初、2階は畳敷きだったそうだが、現在は板張りである。2階席を支える柱はガス管を利用している。2階に上がって先ず目につくのは、仏教建築には珍しいステンドグラスで、釈迦がその下で悟りを得た菩提樹を図柄にしている。2階の欄干は手作りの卍模様を並べたものだが、鳥が並んで説法を聞くデザインになっている。暖房はストーブを使用していたが、煙突を引き回して全体を暖めるような工夫をしていた。なお、会堂部分の裏手にも部屋が設けられている。文化財ウイーク中の公開は解説付きで1日のみだが、毎月第4土曜にも公開されている。所在地は文京区本郷6-20-5。南北線東大前が最寄駅。


(10)徳田秋声旧宅

 徳田秋声旧宅は、自然主義文学の徳田秋声が、明治38年から38年間居住した家で、都の史跡に指定されている。主屋や書斎は明治の建築だが、洋室は大正時代の増築である。平成4年に解体修理を行っているが、基礎も変えたという。公開日は文化財ウイーク中の1日だけである。以前の公開日に内部を拝見させて頂いた事があるが、昔のままの雰囲気があって、落ち着く住まいであった。文京区本郷6-6-9。 

(11)水道歴史館

 東京都水道歴史館は、玉川上水や神田上水に関する江戸時代の記録で、都有形文化財に指定されている古文書「上水記」を所蔵しており、これを文化財ウイークの期間中に公開している。今年は、東京の近代水道の創設に功績のあったバルトンについての展示も行っており、また、水道の歴史展も同時開催されている。入場料は無料の上に東京水のおみやげ付きで、少々得した気分になる。3階には水道関係の図書を揃えたライブラリもあり。所在地は文京区本郷2-7-1。最寄駅はお茶の水駅。 

(12)ニコライ堂

 この聖堂を建てた聖ニコライ大主教の名から一般にはニコライ堂と呼ばれているが、正式には東京復活大聖堂と呼び、日本ハリストス正教会の聖堂である。1891年に建設された最初の聖堂は、関東大震災で鐘楼が倒れ、ドームが崩壊したため、鐘楼を低くするなど設計を変更して1929年に再建。1998年に修復工事を行って現在に至る。聖堂は、大ドームを有するビザンチン様式の建築で、重要文化財に指定されている。去年までは文化財ウイーク中の1日に限り無料で内部を公開していたが、今年からは通年公開となり、維持費としての献金が必要となる。入れるのは聖堂入口から啓蒙所と呼ばれる場所まで。内部の撮影は禁止されている。正面入口の上の画には、日本語で「太初に言あり 言は神と共に有り」と書かれた聖書が描かれている。聖ニコライは日本語と日本文化を積極的に学び、聖書や祈祷書の翻訳を進めたと伝えられている。ニコライ堂の十字架は、八端十字またはロシアン・クロスと呼ばれ、一般の十字架とは形が異なっている。ドームや鐘楼の上も、この十字架である。聖堂の所在地は千代田区神田駿河台4-1-3。最寄駅はお茶の水駅である。 


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東京文化財ウイーク(2)

2011-11-10 19:34:01 | 東京の文化財
(4)明治学院
 明治学院のインブリー館は、例年、文化財ウイーク期間中にチャペルや記念館と併せて一般公開されている。今年は11月1日~3日が公開日であった。明治学院は1863年、横浜に開設されたヘボン塾が起源となっている。1880年には築地に移転。築地大学と称したという。この頃すでに野球部があったらしい。1887年、明治学院の設置が認可され、現在地にて開校。1889年には、ヘボンが初代総理(学長)に就任している。インブリー館が建てられたのは、この頃という。所在地は港区白金台1-2-37。浅草線高輪台が最寄駅である。

 インブリー館は宣教師のために建てられた住宅で、インブリー博士が長年居住していたことから、インブリー館と呼ばれるようになった。建物は屋根裏部屋付きの木造2階建て。19世紀後半に流行したアメリカの住宅様式だが、外国人の指導のもと日本の大工により施工されたと考えられている。1964年、道路の拡幅に伴い、曳屋すなわち建物を壊さずに現在地に移動。平成7年からは、2年間かけて解体修復工事を行い、その結果、当初の姿を取り戻したという。ただし、屋根は瓦葺から銅板葺に変えられている。宣教師館としては都内最古とされ、重要文化財の指定を受けている。

 現在のチャペル(礼拝堂)はイギリス・ゴシック様式で、旧礼拝堂の木材を再利用して1916年に建設されている。2008年に耐震修復を終え、翌年には新しいパイプオルガンを設置している。このパイプオルガンは古い工法をもとに製作されており、バッハ時代の音色を再現しているという。近々リサイタルの予定あり。

 明治学院の記念館は、1890年頃に建設されたアメリカ・ネオゴシック様式の建物である。1964年、曳屋により現在の場所に移動。煉瓦と木造が組み合わせられた構造だが、当初の姿とはやや異なるようである。館内に置かれているメイソン&ハムリン社のリードオルガンは国内唯一のものではないかという。

(5)高輪消防署

 明治学院から桜田通りを渡って坂を上がって行くと、灯台を上に乗せたような古風なビルが見えてくる。この建造物が高輪消防署二本榎出張所で、建てられたのは昭和8年。灯台のように見えるのは望楼である。都内に残っている望楼付きの消防署は、ここだけという事で、2010年の東京文化財ウイークからは、東京都選定歴史的建造物の公開対象の一つになっている。公開は通年だが、現役の消防署であるので、火事など災害出動の場合は邪魔にならぬよう要注意。

(6)瑞聖寺

 明治学院を出て、前の道を右に行き桑原坂を上がっていくと、左手に瑞聖寺の石段が見えてくる。現在は目黒通り側が正門のようになっているが、桑原坂の方から入るのが本来の参道である。瑞聖寺は禅宗の一派、黄檗宗の寺で、1670年に創立されている。本堂に相当する大雄宝殿は石段を上がったところにあり、1757年の建立。重要文化財である。大雄宝殿は裳階付き入母屋造りで本瓦葺。黄檗宗の建築様式で、前面に月台と呼ばれる基壇を設け、建物の正面左右に丸窓、屋根中央に宝珠を設ける。正面は吹き放ちで、時刻を告げる魚梆がある。本尊は釈迦如来で、脇士として阿難と迦葉の像を安置する。今年の内部公開は11月3日のみだが、以前、堂内を拝観したことがあるので今回はパス。瑞聖寺の所在地は港区白金台3-2-19。南北線・三田線の白金台が最寄駅である。なお、瑞聖寺は山手七福神の布袋尊を祭っている。山手七福神については、当ブログのカテゴリー「寺社巡拝」にも記載がある。

(7)都中央図書館

 東京都立中央図書館は、江戸城の建築を担当していた大棟梁、甲良家に伝わる図面や記録類を保有しており、文化財ウイークの参加企画として、毎年、テーマを決めて公開展示を行っている。これまでに行われた企画展では、西の丸、地震と復興、大奥、お能、黒船がテーマとして取り上げられたが、今年は、重要文化財の江戸城造営関係資料による「江戸城・天下人の城」をテーマとして取り上げている。江戸城に関心を持つ人にとっては、必見の展覧会かも知れない。企画展の期間は11月3日~11月17日である。中央図書館は、図書の貸し出しを行っていないが、閲覧は可能であり、当ブログの記事を書くにあたって、偶に利用している図書館でもある。所在地は港区南麻布5-7-13。有栖川宮記念公園内。最寄駅は日比谷線広尾駅である。


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東京文化財ウイーク(1)

2011-11-06 07:29:00 | 東京の文化財
(1)東京文化財ウイーク
 10月も終わりに近づいたある日、ふと、文化財ウイークの事が思い出されて、近くの区の施設にパンフレットを貰いに行った。東京都では、文化の日を中心とする東京文化財ウイークを設けて、文化財の公開や各種イベントを行っているが、この機会を逃すと、来年まで見られない文化財があるからである。

 今年は10月29日から11月6日迄が、文化財の一斉公開期間で、都内約270か所にある約460件の文化財が公開されている。このほか、10月1日から11月30日の期間に、島を含む区市町村等において、各種の文化財関連事業が実施される。公開事業以外のイベントとしては、文化財めぐりが54件、特別展が63件、講座・講演会が39件、現地観賞会が32件、実演その他が24件、東京都選定歴史的建造物の公開が13件、それに古民家めぐりが11件もある。これだけあると、期間内に全てを見て回るのは無理のように思えるので、以前から、特別公開される文化財やイベントの中から、どれかを選んで見に出かけている。文化財ウイークは、文化財を身近に感じてもらう事を目的としているが、対象となる文化財の選定には自由度があるようで、動植物や民俗芸能、さらに景観までも含まれている。その一方で、著名な文化財が選ばれていないこともある。文化財の中には見学するのに予約が必要なものもある。また、文化財めぐりや講演会などは、事前の申し込みが必要なものが多い。ただ、パンフレットの入手時期が遅いため申込期限が切れていることがあり、また、予定が立てにくい事もあって、これまでは、予約してまで出かける事はしていない。

 東京文化財ウイークのパンフレットは、今年から、期間内に行われる特別公開・企画事業についてのガイドと、通年公開の文化財ガイドに分かれるようになった。特別公開の対象となっている文化財の中にも、通年で見学できるものもあるので、文化財ウイークの終了により、全ての文化財が非公開になるわけではない。ただ、期間中であれば、ポストカードの配布や、説明員による解説が受けられる場合がある。

(2)増上寺
 
 それでは、今年を含めて、これまでに見に行った文化財の中から、特別公開の文化財を中心に、幾つかを取り上げる。最初は増上寺とその周辺である。日比谷通りに面して聳える増上寺の三解脱門は、増上寺の造営当時の面影を残す唯一の建造物として重要文化財に指定されている。今年は、法然上人八百年御忌記念として、11月30日まで有料で楼に上る事が出来るようになっている。徳川家の霊廟は特定日に限り無料で公開されていたが、今回は、来年の1月31日まで有料で公開されている。しかし、文化財ウイークの対象となる文化財は、その何れでもなく、都の有形文化財に指定されている経蔵の方である。

 増上寺の経蔵は1605年の創建で、1802年に現在地に移設されている。構造は土蔵造り白壁仕上げ、屋根宝形瓦葺で、内部に八角形の輪蔵が置かれている。輪蔵とは回転式の書架のことで、回転させると収容されている経典を読んだ事になると言われている。この輪蔵には家康が寄進した大蔵経(重要文化財)が納められていたそうだが、現在は収蔵庫の方に移されている。経蔵の内部公開は2日間だけなので、この日を逃すと来年まで待たねばならない。ただ、三解脱門や霊廟に比べれば、地味な文化財の公開という印象はある。

 増上寺の周辺では、芝東照宮のイチョウや、旧台徳院(第二代将軍秀忠)霊廟惣門が、公開される文化財の対象に選ばれている。公開は通年なので、いつ来てもよい。

(3)妙定院

 妙定院は第九代将軍家重の菩提のために創建されたといい、増上寺の別院に位置づけられている。妙定院も空襲の被害に遭っており、本堂や書院は焼失したが、熊野堂と上土蔵は土蔵造りであったため焼失を免れている。熊野堂と上土蔵は、平成19年に解体修理され、現在地に移築されたが、文化財ウイークにおいて特別公開されるのは、この二つの土蔵であり、何れも国登録有形文化財(建造物)に指定されている。熊野堂は熊野大権現を本尊とする妙定院の鎮守として1796年に建立され、本尊のほか妙見菩薩や虚空蔵菩薩、不動明王など神仏を祭っていたが、内部はこれまで非公開であったという。上土蔵は棟札から1811年の上棟とされるが、既存の建造物がもとになったと考えられている。修復前の上土蔵は、収蔵を目的とする二階建ての蔵であったが、現在は須弥壇を移設して、仏像などを置くような空間になっている。公開日を逃すと、内部の拝観や展覧会の観覧は、また来年という事にはなるが、外観だけであれば、通年公開されている。所在地は港区芝公園4-9-8。最寄駅は大江戸線赤羽橋。 

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お知らせ

2011-11-01 19:03:41 | Weblog

 我が家の花暦、今回はミニバラです。物みな枯れ初める季節になりましたが、ミニバラが一輪だけ、まだ枯れずに残っていました。
 さて、今年もまた、都内の文化財の公開やイベントなどを行う、東京文化財ウイークが始まりました。そこで、これを機に、東京の文化財というカテゴリーを新設し、次回から記事を投稿することにしました。それでは、次回。 夢七。
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