夢七雑録

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花の寺

2010-04-03 10:21:20 | ショートショート

 子供の頃、この寺の辺りは、遠征するには丁度良い距離であったので、何度か寺の境内に入り込んだ事がある。ただ寺らしい建築物があったという記憶がない。ところが今は、由緒がありそうな立派な寺院に生まれ変わっている。山門を入ると、石畳に沿って小さな庭が続き、さらに歩を進めると、突然、清水の舞台と思しき本堂が、台地の上に現れる。その劇的効果を誰が考えたのかは知らないが、この寺の敷地を、実際よりも、かなり広く見せている。

 いつ頃からか、この寺に牡丹が植えられるようになり、花時になると、この寺も混雑するようになった。こんな絶好の儲け時に、入場無料という至極当然の習慣を守って呉れているのは有り難いが、有料だったら、多分、誰も来ないのだろう。まあ、それはともかく、昼間はこうやって、群衆の一人として花を楽しむのも悪くない。

 この寺の牡丹も、丹精をこめて育てる人があって、毎年、美しい花を咲かせているのだろう。大風で牡丹が傷ついた時には、枝に添え木をしたり、悪戯者が花壇を荒らした時には、落ちた花を拾い集めて悲しむようなこともあるのかも知れない。ただ、牡丹は人のために毎年美しい花を開いている訳ではないし、仮に牡丹が知性を持っていたとしても、世話してくれる人に感謝の念など抱くとは思えない。牡丹のような生命体には、生存本能の一つでもある恐怖の機構などは無意味なものでしかなく、まして、強大な存在に同化して心の安定を保つメカニズムなど無用な筈である。牡丹にとって、育ててくれる人の存在は、外界の構成要素の一つに過ぎず、時には有益で、時には害をなす、そして大抵の場合は無関係な存在でしかないのだ。人は勝手に牡丹を育て、牡丹は勝手に花を咲かせているのである。

 牡丹は花の王様だと言う。王様だから何もしない。人間が手入れしてやらないと何も出来やしないのに、一本、一本、大面をしてふんぞり返っている。むろん、こちらの思いが通じないのは分かっている。それでも、何とか思い知らせてやりたい。こんな事を考えるようになったのは、いつの頃からだろうか。

 その日、用事で夜遅くなって、偶然にも寺の前を通りかかると、何時もは閉まっている門が開いている。こんな機会を逃す手は無い。さっそく境内に進入し、近くにあった草刈り鎌で、ばっさばっさと牡丹の首を掻ききった。しかし勝利感に酔い過ぎたらしい。人影が暗闇の向こうに現れた事に気付かなかった。「誰だ!」と言う声に一瞬ぎょっとしたが、とっさに「牡丹です」と言ってやった。それに納得したのだろう、人影は見えなくなってしまった。それでも、暫くはその場にじっとしていることにした。そうして居るうち、何だか牡丹になったような気がした。その時になって初めて、牡丹が如何に幸せな存在なのかという事に気が付いた。このまま、永遠に牡丹のままでいたい。そう思った途端、目の前に現れたものがある。鎌の刃だった。




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梅は咲いたか

2010-03-29 22:48:27 | ショートショート

 遠い昔のことだが、旅のお坊様が、この村に立ち寄られたことがあった。その坊様は大事そうに梅の盆栽をかかえていた。そんな物を持ち歩いて旅をするというのも妙な話だが、何でも、どこかの村で何かのお礼にと贈られたものを、捨てる事も出来ず、そのまま持ち歩いているということだった。村の近在にも野梅はあるにはあったが、盆栽の梅の風格に村人は魅せられ、そのうちの誰かが、その梅を所望した。結局、この盆栽は村に置かれることになった。

 その梅は、まだ寒い時期に他に先駆けて花を付けた。梅は村人の期待通りの品格を持っていた。そうこうしているうちに、村人の中にその梅を露地植えにしたらと言い出す者が現れた。その通りにすると、村人の丹精もあったのか、梅は年々成長して見事な花を付けた。しかし、どうしたことか実はならなかった。そのうち挿し木で梅を増やす者が現れ、それを真似する者が次から次へと現れて、いつの間にか、村には立派な梅林が出来上がっていた。あの坊様が二度目に村を訪れたのは、そんな頃だった。坊様は満足そうにその様子を眺め、村人に礼を言い、また来るからと言い終えて去っていった。それから間もなく、村の梅林の評判が広まって、早咲きの梅を見ようと、大勢の風流人がこの地を訪れるようになった。それからというもの、この梅を挿し木する者があちこちに現れ、半島の隅々まで、この梅の木が広がることになった。

 それから何年かたって、悪い虫がはびこったことがあり、梅の勢いが衰え、村の梅林は見る影もないほどに衰えた。あの坊様がこの村を三度目に訪れたのは、親木も枯れかけたそんな年のことだった。坊様は悲しそうな顔をすると、ふっと何処かに行ってしまわれた。翌日、村人は枯れかけた親木を掘り起こし、火を付けて燃やしてしまった。そんな事があってから暫くすると、親木から分かれた梅が、次から次へと枯れていった。村人は、あの坊様は梅の精ではないかと噂しあったが、中には、あの梅は不老長寿を得ようとして失敗したのだと、まことしやかに言いふらす者まで現れた。

 坊様が持ち込んだ親木から分かれた梅の木は、今や、一本も無く、ただ、言い伝えだけが今に残っている。梅に代わって、この半島に持ち込まれたのは桜である。ソメイヨシノの若木を売り歩く者が居たのは、だいぶ前の事だが、今はもう、半島の至る所にソメイヨシノが植えられ、その季節になると、半島はソメイヨシノの花で蔽われるようになった。しかし、挿し木や接ぎ木によって増えていく、この花も、伝説の梅と同じように永遠の命を得ようとした、儚い試みであるのかも知れない。そして、その試みもいつか破れて、半島の桜は一斉に枯れてしまうのだろう。その時に備えて、八重山吹を株分けして、大量に栽培している人が居ると、どこかで聞いたような気がする。

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もうすぐ春ですネェ

2010-03-27 18:09:44 | ショートショート

 次の連載まで、少々時間稼ぎをする必要があるため、場つなぎに、ショートショートを3回分、投稿することに致しました。何れも、つまらぬ話ゆえ、パスしていただいても構いません。 夢七。

「もうすぐ春ですネェ」
 雪だるまを作った。何故か疲れてしまったので、そのまま寝てしまった。朝になったら、だるまはカチンカチンになっていて、竹竿でぶったたいても平気な顔をしていた。お湯をかけたら顔は小さくなったが、そのくせ妙にふてぶてしくなった。蹴飛ばしたら白いアザが出来たので、一寸安心してスコップでばっさりやってしまった。それから、だるまの胴体でカマクラを作る事にした。人間が入れるサイズではないので、犬猫用の積もりだったのだが、犬も猫もいなかったので、ドントに火を付けて炬燵にする事にした。しばらくすると、ピンクの雪がチラチラ降ってきた。その雪のおかげで、カマクラもピンクになったのかと思ったが、そうではなく、カマクラの内部が燃えているだけだった。その熱で、こっちの肉体も気化して、気持ちよさそうにカマクラの上を漂っている。あらまぁ、と口に出したら、世界が広がって全てが一体となった。心地よい悟りの世界は、簡単に得られるものなのだと、その時はそう思った。

 ほんの一時の昼寝から目覚めた途端、後楽園の雪景色は素晴らしいという声が聞こえた。誰かが記憶の引き出しから顔を出して、大声をあげたらしい。他にする事もなかったので、ともかく出かけることにした。池袋で地下鉄に乗ると、珍しく席が一つ空いていた。さっさと座って前をみると、若そうな女性が一人。他には誰も居ない。赤いコートと赤いスカートという取り合わせが奇妙でもあり、魅力的にも見えた。髪は長くて、意図的かどうかはともかく、俯いた顔をすっかり隠している。眠いので、そのまま目をつぶった。暫くして目を開けると、彼女の睫だけが見えた。本を読んでいるのかとも思ったが、その割には落ち着きが無かった。白い顔に白い足、靴だけが黒かった。次に目を開けたとき、顔には睫しかなかった。地下鉄の照明が一瞬消えたせいなのだろうと思い、そのまま目を閉じた。再び眼を覚ますと、茗荷谷駅になっていた。向かいの席は空席で、下には水たまりが出来ていた。窓の外を見ると、積もっていた筈の雪は、すっかり消えていた。

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ショートショート・空中浮遊術

2010-02-08 19:37:38 | ショートショート

 一生の間に一度でいいから空中を浮遊してみたいと思っていた。世の中には空中浮遊の記録もあるにはあるのだが、その方法についての記述は見当たらない。しかし、夢では屋根の上を浮遊することは良くある事だから、現実に出来ない筈はない。

 だいぶ昔のことだが、一度だけ浮遊しかけた事がある。階段のかなり上から躓いて落ちた時、数秒間は確かに浮かんでいたのである。人間にはまだ未開発の能力がある筈だし、この世の中は完全に辻褄の合った世界ではなさそうだから、不可能などという言葉は無い筈なのである。「精神一統何事かならざらん」と言うのも、その辺の事情を物語っているのだろう。ともかく、何らかの方法があるに違いない。

 鴎のジョナサンだって餌もとらずに練習したから、種族の能力を超える事が出来たのだ。片手間に練習するぐらいでは、人並み以上の能力を発揮できる訳がない。野生の動物は生死のぎりぎりのところで生きているから、種族の能力を飛躍的に発展させる可能性もないではないが、文明のシェルタの中でぬくぬく生きている人間の動物的能力は衰えていくだけである。そこをカバーしようと機械を使うから機械に支配される羽目になるのだ。人間社会での生存競争は進化の本能を満足させるものではないし、戦争やアドベンチャーも野生動物の環境をシミュレートするだけのものでしかない。進化の最先端からさらに一歩進めるためには、不可能と思えることに命を賭けてチャレンジする必要があるのではないか。

 考えてみると、小さいときから、やりたい事は一杯あった。だが、結局何一つ行うこともなく、ここまで来てしまった。己の能力を発展させるために、命はおろか人生さえ賭けることなく、能力の可能性すら試す事もなく、潜在能力の疼きを押さえつけて安全運転してきた罪は、何時か贖わなければならないだろう。この世に生まれてきた事の意味は自己の能力を最大限に押し進めることだし、それが種全体の進化を促す事になる筈なのだ。と、まぁ理由付けはこの位にして、生涯も残り少なくなったところで、空中浮遊というチャレンジすべき対象が見つかったのは幸運と言うべきだろう。

 ところで、空中浮遊術には2種類ある。一つはオルゴンエネルギーを最大限に噴射し引力に逆らって浮上する方法で、強い精神集中とそれを支える体力がないと無理である。もう一つは忘我の境地の中に身を置いて、波動の上昇エネルギーをうまく利用して浮上する方法で楽に高みに上る事が出来る。体力がなければ、後者の方法で空中浮遊を試みる訳だが、そんな機会が訪れる事は滅多に無い。

 ところが、そのチャンスが訪れたのである。その日、例によって窓際仕事をしていると、いやに煙が目にしみる。そのうち周囲が騒然としてきた。どうやら下の階から出火したようだ。慌てて逃げ出したが、転倒して一時気を失っていたらしい。気が付くと周りに誰も居ない。煙が充満しはじめ炎も見えたので、急いでベランダにとびだしたが、そこで逃げ場を失った。その時である。大地からの上昇エネルギーを感じたのは。これなら飛べそうだ。思いきり精神を集中させ一気にそれを解き放つ。その忘我の瞬間に手すりを越えて空中に飛び出す。飛んだ!!飛んでいる。落ち葉が舞い落ちるように。ゆっくりと。回りながら。街路樹の緑が眩しい。くるり。くるり。音も無く。地上に。舞い下りて。・・・・・。  (夢七「掌編小説ノート」から)


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アラジン・ランプ

2010-02-05 22:47:20 | ショートショート

 長生きしたいとは思っていなかった。ただ、長生きしないうちに会社に入ってしまった。会社のトップがどんな人物なのかについては、まるで関心がなかった。どうせ何段も積み上げられた段差の低い階段を上り詰めて、結果として雲の上に追いやられてしまっただけなのだろう。少々気の毒にも思えて、少しばかり階段をはずしてやろうかと思った。時期は人事異動が落ち着いた今頃が丁度良さそうだった。まぁ、社長ぐらいは置いておかないと駄目だろう。でも副社長やら専務やら常務やら、ぞろぞろお控えなさっている連中は辞めてもらわにゃならん。大勢居たところで決断するのは社長一人なんだから、他の人間は不要な筈である。部長、課長、係長その他大勢の役職者も本当はいらない。釣り餌ポスト、温情ポスト、年功ポスト、論功報償ポストは全て廃止する。上司が居れば部下をチェックしなければならぬ。これは人間関係を悪くするもとである。社長に判断を仰ぐ必要の無い些細な決済をする人間は必要だが、管理職である必要はなく、適当な職名を与えるだけで十分である。早速、実行。かくて、殆ど平社員と言う理想的な職場が出来上がった。こうなれば、仕事の能率なんぞという馬鹿な事を考えずに済む。そこで、有給休暇を1ヶ月取って海外旅行に出かけた。貯金は殆ど使い果たす事にはなるが、これも承知の上である。

 インド亜大陸に拠点のある、某大学院の研究室に潜り込めたのは幸いと言うべきなんだろう。選んだ研究テーマは「非論理系記述言語の研究」というものである。ともかく一心不乱に研究に勤しみ、その結果を論文形式にまとめて主任教授に見て貰ったところ、何故か知らんが大変ほめてもらった。この分なら学位が取れそうだと言う。その主任教授が、前祝いに面白い所に連れていってやろうと言う。本当は行きたくはなかったんだが、無碍に断ることもならず、1時間だけですよと念押ししてついて行く事にした。

 裏通りをぐるぐる引き回されて方向も何も分からなくなってから、バーともキャバレーともつかぬ店に連れ込まれた。言葉も満足に通じないホステスとわいわい騒いでいるうちに、日本製カラオケセットを見つけて早速歌ってみた。我ながら渋い声で拍手、拍手。忽ち大モテになった。何となく気分が良くなってチップを連発。そのうち酔いつぶれてしまったらしい。気が付くと、道路際にひっくり返っていた。

 翌日、大学院に行くと学位の証明書が出来ていると言う。金も休暇期間も無くなっていたので、証明書を貰って帰国した。翌朝、出社してみると誰も来ていない。時差ボケかなと思い応接室に入り込んで早い昼寝をきめ込んだ。そのうち乱暴に起こす奴がいる。何をするんだと怒鳴ったが、すごい剣幕で借金を返せと言う。まわりを見回すと険しい顔また顔だ。よくよく聞いてみると会社は倒産、社長以下全社員が逃亡。そこへ、のこのこ戻って来たというわけだった。面倒になったので、会社ごと爆破する事にした。ドカーン。

 会社も無くなって自由の身になったが、懐の方もさびしくなった。仕方がないので、湯島で富くじを買った。多分、当たるだろう。安心して男坂を下り、古い町を歩いていくと、老若男女の集団がぞろぞろ歩いていくのが見えた。ついて行くと、どこかの演芸場に入った。前の方が空いていたので、最前列に陣取ると、間もなく幕が開いた。すると、司会者らしい男が登場して、今から瞬間移動の実験をやるという。誰か協力してくれる人は居ませんかと言うので、手を挙げた。舞台の上にはベットが一つ。その上に寝ろと言う。仰向けになると、上からシーツが掛けられた。間もなく、声が聞こえてきた。「只今から、実験を行います。それでは、ワン、ツー、スリー」。パチン。

 パチン。一瞬スイッチが入ったような気がした。シーツをめくると、天井が変わっていた。舞台も消え、司会者も消え、観衆も消えていた。それから、やおら起きだして、顔を洗い、朝食をとって、何時ものように会社に出かけた。
 

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電話相談

2010-02-03 21:48:08 | ショートショート

問「いつまでも、子供のままでいたいのですが」
答「あなたの望みは簡単にかなえられますよ。ずっと子供の気持のままでいれば良いのです。大人がやれる事は誰かがやってくれますよ。まわりに大人が居る間はね」

問「何時までも、子供と一緒に住んでいたいのですが」
答「あなたの望みを叶えてあげましょう。卵を孵さずに冷蔵庫にしまっておきなさい。」

問「よその土地へ、移住したくないのですが」
答「大丈夫。移りたくても移れないようになりますよ。何れ、こんな土地に住んでいたいと思うのはあなたしか居なくなるでしょうから。」

問「できれば、煩わしい事をしないで済ましたいのですが。」
答「頭を下げて小さくなって、煩わしい事がすべて通り過ぎるのを待ちなさい。そうすれば、煩わしさに直面するのは一度だけで済みます。もっとも、今まで避けていた煩わしさが、ひとまとめになってやってくるだけですが。」

問「一生懸命がんばっているのに、どうしてうまくいかないのでしょう。」
答「えっ?うまくいってるじゃありませんか。きっと思い通りになってますよ。誰もが別々の人生を生きているのですから、その限りではうまくいってる筈ですよ。」

問「何時までこんな仕事をやっていなくちゃいけないんですか。」
答「心配ご無用。その時が来れば、嫌でも止めさせてあげます。」 

問「先の事を考えると不安になるのですが」
答「大丈夫。赤ん坊の時は前途に不確定要素が多いのですが、年を取るにつれて選択の範囲が狭まってきます。選択肢が少なければ、先の事が予測しやすくなるし、判断も容易になるでしょう。どうです。うまく出来ているでしょう?この仕組み。」

問「このまま生き続けても、何の意味もないように思います。ただ空しい限りです。」
答「ゲームは勝負が明確でない時の方が面白いのですが、寄せを軽視してはなりません。最後の最後に一発逆転という可能性もありますから、気を抜かないで頑張って下さい。結果も大事ですが途中経過も大事ですね。勝っても負けても経験として蓄積されていく訳ですから。途中で投げては駄目ですよ。プロになるのは大変な事なのですから。」

問「何故、力不足の人間に生まれついたのでしょうか。運命も味方してくれません。」
答「前回あれだけ良い成績を上げたのですから、ハンデキャップがつくのは当然です。展開は基本手がフィックスされていますが、布石の影響も大きいのです。何ならアドバイザに相談してみて下さい。それから、他人からの報復に対する防御も学ぶことですね。」

問「もう一度やり直したい事があるのですが、どうしたら良いのでしょう」
答「ご存じの通り、あなたの存在空間は統計的に時間非対称となるようプログラムされています。プログラムを一部変更するとしても、核の部分の変更になりますから、システム全体に及ぼす影響が無視できません。従って答は不可です。あなたが行っている因果性ベースのゲーム中で、あなたの力を磨く方法を学んで下さい。」

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当たり屋

2010-02-01 21:54:54 | ショートショート

 脱サラというより落サラで、屋台を引っ張ることになったが、何とか生き延びていけそうなのは、この商売が性に合っていたからかも知れない。屋号も「あたり屋」と付け、少々凝った麺を出したら結構人気が出て、まぁ、食べていくだけなら十分な金を稼げるようになった。昔から籤運の良い方ではなかったから、こんな具合に調子良くいく処をみるとツキが変わったのかも知れない。そんな事を考えながら路地から表通りに出た途端、乗用車に引っかけられた。お陰で屋台はメチャメチャ。こっちも軽傷を負った。その代わり、相当な示談金が入った。してみると、やっぱり今回もついているらしい。この程度の怪我で済むのなら、当たり屋商売も悪くはないなと思った。

 怪我か直ったので競艇に行ってみた。ひょっとしてツキがあるかと思い、派手に賭けてみたが見事に外れ。こんな筈ではないと思い、翌日も競艇に出かけた。ところが本日は都合によりレースは休みだと言う。面白くないので、競艇場の水に飛び込んでボチャボチャやっていたら、こんな日に練習している選手がいる。慌てて逃げたが間に合わずに衝突。前回よりは少々重い怪我で入院と相成った。どちらかと言えばこっちが悪いのだが、それでも示談金がたんまり入ったので、暫くは遊んで暮らすことになった。

 自転車レースでは大負けに負けた。頭に来てしこたま酔っぱらい、プラットホームをふらふら歩いていたら、突然足をすくわれた。気が付いたら病院のベットの中。聞いたところでは、電車から棒のようなものが突き出ていたらしい。1ヶ月の入院だったが見舞金も少なからず手に入ったので、暫くは遊んで暮らすことにした。

 退院を待ちかね、競馬に行ってみた。むろん大穴狙いである。ところが、全て外れで、すっからかん。屋台で一杯やりたい気分だったが、その金も無い。おまけに電車賃も無い。まぁ何とかなるさと歩き出した。いつのまにか雨になっていた。見上げると空がやけに明るい。赤い火の玉が落ちてきたのだ。ひょっとして、人工衛星の落下?ぶつかれば、しこたま補償金が貰えるな。そのうち、火の玉はどんどん大きくなってきた。あっ!どどぅん!

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成人式

2010-01-30 21:51:02 | ショートショート

 昔は今と違って、そりゃ陽気なもんだった。娘っこはすっかり着飾って、正月三日より華やかな位だったし、ついこの間まで悪童だったのがスリーピース着込んで三々五々と出かけていく。どこやらの公会堂で誰やらのお話を聞いて、インタビュウでもされようものなら「20才になって、まずやりたいのは選挙権の行使です」とか、「20才に早くなりたいと思っていたけれど、成ってみたら、この先、年を取りたくないわね」とか、のたもうたりする。まぁ、昔は平和だったんだねぇ。

 確かにひ弱な奴が多かったよ。何しろ、大学の入学式にまで親がついていくんだから。甘えん坊ですぐ参いっちゃうし、我慢なんてこれっぽっちも出来やしない。家庭を持ったところで「子供が子供を抱いていらア」なんて言われたもんさ。それだけ良き時代だったんだな。闘争心をむき出しにする必要なんて無かったんだ。先行きに何の希望も無くたってTVやマンガみて一日ぶらぶら過ごせるんなら、それがユートピアってものじゃないか。

 近頃の若い者は昔に比べりゃ、確かにしっかりしてる。成人式を迎えるずっと前からもう一人前だよ。こっちが付け入る隙なんてありゃしない。だからって、成人式を迎えた途端、親から子供を引き離すことは無いじゃないか。親熊が子熊を置き去りにるのとは訳が違うんだ。子供が独立したって親は親だ。時には孫連れて会いに来たり、年とったら面倒みようという気持ちがあったっていいじゃないか。それがどうだい、近頃の奴は。20歳になったらサッサと遠くに行ってしまう。もう会えないような遠くへだよ。

 あの子も小さい頃は可愛かったなあ。「遊ぼう、遊ぼう」って離れなかったものな。それが学校に行くようになってからだよ。相手にされなくなったのは。今じゃこっちのこと、どう思っているのか、分かりゃしない。ああ、明日の成人式には行かないよ。でもスペースポートには行く積もりだ。他の親たちも大勢行くのだろうよ。でも、あの子の母親は寝込んじまったからなあ。この地球が人間で一杯なのは分かってるよ。コロニーの建設に人手が足りないっていうのも知ってるさ。だからって、成人式を終えた若者を強制的に遠い星に移住させるなんて、政府のやり方は良くないよ。でも、明日はサヨナラって言われても、涙は流さん積もりだ。

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物語はこのように始まり、そして、多分、その続きは読者の想像に委ねられるのでしょう。働き手を失った惑星の物語として、或いは、新天地を求めて旅立った若者の物語として。

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ゴルフが嫌いになったわけ

2010-01-27 19:53:39 | ショートショート

 こんな日にゴルフなんぞやろうなんていうのが、土台間違いだったのだ。「生命の危険なき限り決行。欠席する奴はエチケット知らず」 こういう案内状を出した奴の気が知れない。だいたい、個人プレーの筈なのに、団体遊技と化した世間の風潮が嘆かわしい。それでも、アウトの3番までは降りみ降らずみ、何とかなったが、それから先はもういけない。今や本降り雨ン中、ひたすら行軍、泥塊バッシャン、こちらは真っ黒。ボールはと見てとれば、雨の彼方へ優雅に飛んでいく。スコアなんて、もうどうでもいいから、早くクラブハウスに戻りたい。単なるつき合いで、こんな無益な労働を強いられるなんて不愉快極まりない。はっきり言って、ゴルフは嫌いだ。

 やっとの思いで、懐かしのクラブハウスに到着。食事はカレーかミニステーキのランチしかないと言う。食欲はあまり無いが、水だけ頼む訳にもいかない。和服のウエイトレスにカレーを頼んだら、どういう訳かやけに待たせる。催促したら注文は伺っていませんとぬかしやがる。さては、さっきのウエイトレス、狐だったか、それとも目の錯覚か。ひょっとして、この世の綻びだったのかも知れぬ。こんな目にあうから、ゴルフは嫌いなのだ。

 インの最初のホールは、打ち下ろし。豪快さだけが売り物らしい。雨はどうやら上がったが、今度は風が吹き出した。第1打は見事、大スライスだったが、風のおかげでフェアウエイをキープ。他人のいい当たりは全てOB。こういう時だけ、ゴルフは楽しい。しかし第2打は凄まじい勢いで右へすっ飛び、前方を見ていたキャディを直撃。ソケットの感じは無かったので、風のせいなんだろう。キャディは歩けそうもないというので、仕方なくキャディバックを自分で担ぐ。こんなことになるから、ゴルフが嫌いになるのだ。

 次のホール辺りからは、スライスもフックも風まかせ。小砂眼入してプレーどころではなくなった。前方を見ると、先発組もグリーンサイドにしゃがみこんで、風よけをしているらしい。こんな異常気象は滅多に無いのだが、ウエザーコントロールの奥深く潜んでいたバグが暴れ出したのだろう。こんな日でも、他の奴はゴルフ嫌いにならないのだろうか。

 風が少し止んだのでプレー続行。次に向かったのは、真っ直ぐ、広々、平坦のドラコン向きのホール。思いっきりボールをひっぱたいたら、爆発音がして煙がたなびいた。間違ってスモークボールを打ったのかと思ったが、クラブのヘッドまですっ飛んでいた。どこで損するか分かったものじゃない。まったく、ゴルフなんて大嫌いだ。

 ゴルフの楽しみは、一風呂浴びた後、その日の成績をサカナに飲むことだと、皆は言っている。本当だろうか。アルコールが苦手な上に、ブービー賞さえ取れない有様で、無理して残っていても、何も楽しいことはない。結局、適当な理由をでっちあげて、先に帰ることにした。クラブバスは直ぐに出発、それじゃ皆さん、お先に失礼と思った途端、最初のカーブを曲がり損ねてバスは空中に飛び出した。

 気がつくと、病院の床の上に寝かされていた。事故のことが頭をよぎったが、それにしては怪我人が多すぎる。ベッドも足りないのだろう。突然、床が大きく揺れた。「地震だ」思わず、そう叫ぶと、隣に寝かされていた中年男が「余震だな」とつぶやき、それから、おもむろにこちらを向いた。「あんた、プレイランドに居たんだってね。本物そっくりのゴルフのシュミレーションゲームやってるとこだろう。でも、あんた運がいいよ。地震でプレイランドは全壊。生存者は殆どいないって話だから」 だから、ゴルフは・・・・。

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