おとらのブログ

観たもの、見たもの、読んだもの、食べたものについて、ウダウダ、ツラツラ、ヘラヘラ書き綴っています。

第2回雀林遊会

2015-10-05 22:55:32 | 観たもの
 「じゃくりんゆうかい」と読みます。「三林京子と桂すずめの二人会」というサブタイトルがつきます。三林京子さんと桂すずめさんは同一人物ですので、ま、要するに独演会っちゅうことですね。「女優業と落語家という二足のわらじでもう一つ自分らしい冒険をやってみたい」という思いでお始めになったとプログラムに書いてありました。ちなみにこの会の名付け親は宗教学者の山折哲雄先生です。今回もおみえでアフタートークにご出演でした。

 プログラムです。
 一、落語
  団治郎「七度狐」
  すずめ「まめだ」
  宗助「猫の忠信」

 二、語り芝居
  「水神」 
   出演=三林京子/桐竹勘十郎

 三、座談
  「化身について」
   出演=山折哲夫/桐竹勘十郎/桂宗助/三林京子

 前半の落語は、スミマセン、あまりちゃんと聞いていませんでした。「七度狐」も「まめだ」もつい最近聞いた記憶があって、「あぁ~」って感じで、宗助さんは先日の米朝師匠の追善落語会での「市川堤」が良かったので、「ちゃんと聞かなあかんわ」と思っていたのですが、いつの間にかとても気持ちよくなっていました。「猫の忠信」は何度か聞いたことがありますが、昔聞いたときは歌舞伎を全然知らなかったので、「猫言葉(狐言葉?)」のところもよくわからずに聞き流していましたが、今ならば歌舞伎を見ているのでちゃんと「四の切」のパロディだとわかります。そういう自分が“ちとウレシイ”と思ってしまいました。

 後半の「水神」は、これが目当てで行ったこともあり、大丈夫でした。弟さんの勘十郎さんと28年ぶりのご共演だそうです。勘十郎さんがご出演でなければたぶん行ってなかったと思います。だって、正直なところすずめさんの落語ってあんまり面白くないんですよね。落語家って一人で何役も演じわけます。俳優さんならば常日頃からいろんな役を演じていらっしゃるんだから絶対うまいと思っていたら、案外そうではなかったんです。台詞を言うことと落語を語ることは別物なんですね。

 落語のマクラで「今回は非常に大掛かりなセット、仕掛けがあります。文楽劇場のスタッフの方には非常に迷惑をかけました。弟(勘十郎さん)のホームグランドで、弟はスタッフさんに対し肩身の狭い思いをするかもしれないけれど、こんな姉を持ったとあきらめもらわなしゃーない」とおっしゃったのですが、本当にその言葉のとおり文楽劇場の劇場機構を駆使したダイナミックな舞台面となりました。

 お話は、「水神」の使いの鴉の化身であるおこうと職人・杢蔵(もくぞう)の夫婦愛を描いた人情噺です。菊田一夫が作った噺で、舞台を原作の東京・隅田川から大阪・住吉大社に移し「語り芝居」という形に加工されました。三林京子さんが語り、勘十郎さんがおこうの人形を遣われました。最後の座談で山折先生が「『夕鶴』が入ってますね」とおっしゃっていましたが、そんな感じのお話でした。私はちょっと「『羽衣伝説』も入ってる?」って感じましたが。

 面白いものになるんだろうなぁとは思っていましたが、想像以上に素晴らしい舞台でした。たった1回こっきりの公演ではもったいないように思いました。三林京子さんの自在の語りと勘十郎さんの鮮やかな動きに完全にやられました。人形遣いさん、通常なら主遣いさんが舞台下駄という背の高い下駄を履かれますが、今回は舞台下駄が無しだったので、足遣いの方はずっと中腰の状態、見ているほうが「わぁ大変」と腰が痛くなりそうでした。

 最後の座談ですが、山折先生は示唆にとんだ有意義なお話をされ、それはそれで非常に興味深く拝聴したのですが、ワタシ的にツボは三林京子・勘十郎姉弟のパワーバランスでした。圧倒的にお姉ちゃんのほうが強い?もともと勘十郎さんご自身が「我が、我が」とそんな前に出る方ではありませんが、さらに畏まって座ったはりました。テーマが「化身」ということで化かす動物の話題になったときに、三林さんが勘十郎さんに「あなた、狐やね」といきなり振られ、勘十郎さん「あ、はい…」と答えられ、文楽の世界では中堅からもうベテランへ差しかかろうとなさっているのに、完全に上からって感じでした。何か、おかしかったです。三林京子さんと勘十郎さんのお稽古風景の写真がココにあります。貫禄負け?

 プログラムにすずめさんのご挨拶によれば、来年は大ネタ披露を考えていらっしゃるそうですが、個人的には文楽とのコラボのほうがいいんですけど、って言うときます。ヨロシクです。
コメント (4)
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