今日、何気にテレビのニュースを見ていたら、「消費税アップか?」というニュースとともに、自民党の与謝野馨さんと津島雄治さんが同じ画面に映っていました。お二人とも自民党の税制調査会の委員を務めていらっしゃるそうですが、私はお二人のことをどうしても「与謝野晶子の孫」と「太宰治の女婿」としか見ることができないので、「おおっ、すっげーツーショット!」と思ってしまいました。
秋山耿太郎さんと福島義雄さんの「津島家の人びと」を読みました。もともとは1981年に出版された本で、2000年にちくま学芸文庫で復刊されました。秋山さんと福島さんは朝日新聞の青森支局の記者で(当時)、朝日新聞青森版にこの「津島家」を連載され、後に単行本になりました。津島雄治さんはこの本の最後のほうに少しだけ登場されています。
太宰治は特に好きな小説家ではありませんが、大学時代のゼミの担当教授が太宰治研究の世界ではまあまあの有名人でいらっしゃったので、何度かお話を伺う機会があり、そのつながりで何となく評伝を読んだり、研究論文を読んだりしていたので、非常に馴染みのある小説家ではあります。
太宰治と津島家の関係は太宰の小説にも度々登場し、太宰を研究した文章でもそのことについては必ずといっていいほど触れられていますが、それらはあくまで太宰の目を通した「津島家」でした。この本も、てっきり、太宰の小説から書かれたものかと思っていましたが、全然違っていて、非常に客観的に書かれていました。新聞記者さんなので、徹底的に取材されていて、津島家の先祖はどんな人なのかお寺の過去帳を調べたり、養子の実家を訪ねたりして、津島家が興ったときから、どのようにして“大地主”になったのか、そして戦後の農地解放による没落まで、この本は「津島家の歴史」になっています。太宰はその中の彩りとして登場するだけです。
津島家は大地主で大金持ちで政治家の家ではありますが、太宰が小説で書いていたほど「悪徳地主」ではないように思いました。それよりも太宰のいろいろな問題(出奔や自殺未遂、共産党活動)に振り回されて、気の毒な感じすら覚えました。ただ、今となっては「太宰治」のブランドは絶大で、そういう意味では、亡くなってから津島家には恩返しができているのかなぁと思いますが。
↓本の表紙は太宰の生家である「斜陽館」です。私が学生の頃はまだ旅館をやってらして(ただし、経営は津島家ではありません。戦後売却されています)、みんなで「斜陽館へ泊まりに行こう!」とよく言い合っていました。でも、青森は遠くて行けませんでしたが…。現在は、旅館はやめられて、金木町太宰治記念館になっているそうです。元・文学少女としては、やはりいつかは行ってみたいなぁと思います。