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松本清張「風紋」はアラビアの砂漠に生えるキャメル・ソーンから構想した企業サスペンス

2020年12月16日 | 斜読

book522 風紋 松本清張 光文社文庫 2018   斜読・日本の作家一覧>   
 松本清張(1909-1992)の劇的な展開は私好みで、何冊も読んでいる。
 この本は栄養食品にからむ企業サスペンスと紹介されていた。1967~1968に「流れの結像」として連載され、のちに改題「風紋」として単行本、文庫本として刊行されたそうだ。清張60代、絶好調の筆裁きと思ったが、ほかの本のような輻輳した筋書き、巧妙な伏線、読者を惑わす謎かけなどは意外なほど淡泊だった。

 だいぶ前、アーサー・ヘイリー著の「ストロング・メディスン」を読んだ(b110参照)。利潤追求のための過当な新薬競争と社会正義の拮抗をテーマにした展開で、一気に読み通した。
 この本では、「ストロング・メディスン」のように利潤追求がすべてに優先する企業体質を軸にしながらも、主人公となる今津章一が社会正義に燃えて正体を暴こうとする筋書きではない。後述のように明るい話で幕が下りる。
 ・・反面、見えない敵に追い詰められていくといった恐怖感や悲惨な殺人もないので平常心で読み終えられた。

 清張は1964年に初めての海外旅行に出かけ、後半に中東を旅した。1965年に再び中東を訪ねている。そのときの知見がこの本の主役ともいえる栄養食品キャメラミンのヒントになったそうだ。
 サハラやアラビアの砂漠に生えている灌木のCamel Thorn=駱駝の茨を見て、キャメラミンを発想し、流れの結像=風紋という企業サスペンスを構想するのだから、清張は怪人である。

 目次のように、社史編纂 を担当する今津章一を中心に 人間社長 待合における人間研究 宣伝部長 赤坂界隈 講師の名刺 研究論文 研究者の論理 籠絡 再浮上 異常な雰囲気 噂と事例 居坐り と物語が展開するが、終章の その後のこと で、語り手が「私」に変わる。
 p252・・私が今津章一君に借りたノートから、これまでのところをこの小説にして書いてきた・・という展開である。劇中劇とも違う。ワトソンがシャーロック・ホームズの事件を記録するというスタイルとも違う。
 主人公今津になりきって謎解きに没頭していた読者は舞台設定を変えられて、肩すかしほどではないが「私」の登場に驚かされる。変幻自在の物語展開は、怪人清張ならではの余裕であろう。

 結末は、私が今津にいい奥さんをもらったと語りかけ、今津が私に奥さんの公演会の切符を買ってもらうところで締めになる。明るい結末は清張にしては珍しい。怪人清張の息抜きかもしれない。

 今津章一は勤め先の東方食品会社の社史編纂を命じられ、物語は今津の目線で書かれていく。
 東方食品は杠ユズリハ忠造が昭和25年に創業した株式会社である。杠は野望を抱き東京へ出て苦労する。うだつが上がらないので歯医者の助手としてシンガポールに渡るが歯医者が失敗し、華僑夫婦の薬屋・・ここで駱駝の茨を知る・・、次いで英国人の食料品店・・ここで食品工場に関心を持つ・・と職を変える。
 杠は日米開戦前に帰国し、印刷屋を開店する。開戦後、軍司令部のコネで紙を倉庫に隠し、敗戦後、紙を元手にヤミで売買してもうけ、東方食品を興す。

 東方食品の営業はまあまあだが、杠は将来を見据えて食品と薬の結合を着想し、砂漠に育つ駱駝の茨キャメル・ソーンを思い出す。植物学者を訪ねてキャメル・ソーンの科学分析表をもらい、薬学の仁田哲朗博士に会って効果を聞くが、現物が手元にない。
 さっそく現物のキャメル・ソーンを探しに、杠は島田専務とシリア、イラクの砂漠に向かう。
 こうした杠の発想力、行動力がキャメラミンを生み出す。キャメラミンを広めるためのユニークな宣伝方法が成功につながり、社員1000人、資本金30億円にせまる会社に発展する。
 ・・綿密な取材を手がかりにしているとはいえ、こうした物語を構想する清張の峻烈さに感心させられる。

  杠は自分の人間性の面も見るようにと、今津を神楽坂の料亭に呼ぶ。座敷では杠と、竹馬の友を縁に常務になった大山が、芸者を相手に宴席を楽しんでいた。
 ここにいた芸者の一人が小太郎である。のちに今津は偶然に入った喫茶店で小太郎に声をかけられる。小太郎は気さくで話が弾み、今津は小太郎に惹かれる。
 話は変わって、杠は新製品が知名度を持つには宣伝以外にないと考え、キャメラミンを栄養素として宣伝するために膨大な宣伝費をつぎ込んでいた。杠の期待に応えて手腕を発揮したのが工藤宣伝部長である。宣伝効果でキャメラミンはうなぎ登りに売れ行きを伸ばす。工藤の宣伝力は巧みだが、振る舞いは派手で金づかいが荒い。

 話は飛んで、今津が従弟の結婚式に出席し、大学講師で栄養学を専攻する遠戚の吉村哲夫に久しぶりに会う。
 話を戻して、杠はシリア、イラクで採取したキャメル・ソーンの栄養分析を仁田博士に依頼する・・抽出結果については物語中に詳しく紹介されている。
 話を飛ばして、吉村は前々からキャメル・ソーンの栄養価に興味をもっていて、アラビアからキャメル・ソーンを取り寄せ分析したところ、ごく微量の人体に有害な物質が含まれていることを発見していた。
 今津は小太郎から、工藤部長が吉村を茶屋で饗応していたことを聞く。のちに今津は吉村が突然海外旅行に出かけたことを知る・・工藤の籠絡が成功したようだ・・。
 工藤は、・・有害物質の噂を払拭するため・・キャメラミンの大規模なキャンペーンを展開する。

 主要な登場人物・・杠社長、島田専務、大山常務、工藤部長、今津、小太郎・・が出そろった。
 ・・正義感に燃えた今津が小太郎の力を借りながら有害物質を告発しようとし、杠の命を受けた工藤と対決するシナリオも想像できる。
 しかし清張は私の予想とは違うシナリオで物語を決着させた。あとは読んでのお楽しみに。

 ・・我が家ではかなり食品添加物に注意している。値段や効能よりも、原材料、原産地、成分表などが記載されたラベルを先に見て購入を判断する。健康食品や医薬品、生活用品など身の回りのすべて、ラベル表示を見て、・・限界はあるが・・安心か、安全か、害はないか、危険はないかを見極めるようにしている。それほど注意しないと、キャメルソーンのように宣伝に惑わされかねない。
 清張は誇大な宣伝に惑わされず実像に迫れと言おうとしている。それが伝わればよしとして物語を完了させたのかもしれない。 (2020.12)

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