風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ぼくたちの神様

2010年04月23日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Katura2


かなりむかし
神様がたくさんいた
崩れそうな石段のうえの
空がだんだん近くなってくるところ
樹齢千年の銀杏の樹のてっぺんあたりに


もうひとりの神様は
いつも白いきものを着ていた
髪もひげも白い
かしこみかしこみと言った
ぼくたちも真似て
かしこみかしこみと言う
すると神様は笑う


神様はとにかく偉いから
ひとも車も白い紙でつくってしまう
神様がつくるものはぜんぶ神様だから
ひらひらの形代だって神様になる
かしこみかしこみ
五穀豊穣 無病息災 家内安全


秋祭りが終わると
神様はみんな帰ってしまうので
白い神様は淋しそうに落葉を掃いている
神様はどこへお帰りなのですか
山の奥だよ ほれ
山はもう沢山の神様で真っ白だった


夜更けの大銀杏は黒い化けもの
白い神様の夜番をしているようだった
千年のどでかい闇をかいくぐって
ぼくたちが目指すのは
かすかに湯気を吐きだしている小窓
斥候がくすりと笑って耳打ちした


かしこみかしこみもうす
ただいま神様はお風呂のなかで
モーニング娘を熱唱中


(2005)



おじさんの花火

2010年04月22日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Kaidan


ヒューヒューヒューと
おじさんは唇を鳴らしながら現れる
ドーンと叫んで両手を高くあげ
おもいっきり地面を蹴ると
おじさんの体はそのまま夜空へあがってゆく


闇に大きな花火がひらく
ぼくたちは
おじさんの花火が楽しみだった


おじさんは夜しか現れない
ビョーキだから痩せこけている
仕事がないから髭も剃らない
子どもも奥さんもいない
そら豆のような唇を
ヒューヒューヒューと鳴らす


おじさんの花火はひと晩に一発だけ
空にあがったおじさんは
それきり戻ってこないからだ


おじさんは毎夜
ぼくたちのリクエストをきく
スターマインだ 牡丹だ 菊花だ
ロケットファイヤーだ ドラゴンマークだ
ゴールドショックだ 孔雀スパークだ
あれだ これだ


おじさんはかならずVサインして
ヒューヒューヒューと勢いをつける
なのに
おじさんの花火はいつも同じだった


…もう花火は無理かもしれない
夏休みも終わる頃に
おじさんはさびしそうに言った
…でもやってみよう
…いっぱつナイヤガラに挑戦してみよう
おじさんはいつものように
地面を蹴った


ぼくたちはいっせいに夜空を見あげる
大きな銀河が斜めに流れている
ナイヤガラはどんなだろう
けれども何も始まらない
夜空は夜空のまんまだった


そのとき足元で
ヒューヒューヒューとかすかな音がした
線香花火が弱い光を放射している
小さな小さな火の玉が
うるうるとしばらく浮いたあとに
ぽとりと地面に落ちて
消えた


おじさん…


ぼくたちの夏が終った


(2005)


ニュース

2010年04月19日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Baloon


おとうとよ
きみは夕べも帰ってこなかったね
部屋の隅にぶら下がっている白いTシャツ
憎らしいぞよ
抜け殻までが肩いからせておるとは


もう土器の欠けらも入っていない
きみのシャツのポケットは
いつから空っぽのままなんだ
きみの好きなブラックチョコ
空き箱すらもない


1900キロもある大河だぜ
伸ばした両腕が2本の川になる
きみのチグリス・ユーフラテス川
アッシリア
バビロニア
シュメール
古代の文明を抱きよせてみせた


おとうとよ
きみが瓦礫を掘り返すのは勝手だが
砂の山が人類の歴史だとしても
モヘンジョダロに辿りつくまえに
街が廃墟になっているかもしれない


君死にたまふことなかれ
きみは日露戦争もしらない
あれからの1世紀
戦争の命名はなお続いている
ひとの命は甘美なものだ
釈迦のことばに頬を染めるきみは
水鉄砲しか撃てないはずだ


ひとは静かに死ねないのだろうか
死者の数ばかり並べたてる
ニュースなんかもう聞きたくない


たった1行でいい
おとうとよ
きみの消息を伝えてくれ


(2004)


マザーランド

2010年04月19日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Pendant2


きみの母国
ぼくの母国
母国と母国が戦っている


草と乳のにおいがする母の国
きみもぼくも
ひとつしかない
母国のために戦い
母国を失う
傷ついたひとは失うひとだ
母の声と土の色を


舌をまるめた喉の奥から
きみの言葉はでてくる
きみの国はでてくる
言葉の国はつねに美しい
きみの国もぼくの国も
だからよく似ている


きみはきみと戦え
ぼくはぼくと戦う
母と国を捨てるために戦う
ぼくらは勝者でも敗者でもない
もうぼくらに帰るところはない
ぼくらは母と国を捨てるのだから


(2004)