風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

おじさんの花火

2010年04月22日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Kaidan


ヒューヒューヒューと
おじさんは唇を鳴らしながら現れる
ドーンと叫んで両手を高くあげ
おもいっきり地面を蹴ると
おじさんの体はそのまま夜空へあがってゆく


闇に大きな花火がひらく
ぼくたちは
おじさんの花火が楽しみだった


おじさんは夜しか現れない
ビョーキだから痩せこけている
仕事がないから髭も剃らない
子どもも奥さんもいない
そら豆のような唇を
ヒューヒューヒューと鳴らす


おじさんの花火はひと晩に一発だけ
空にあがったおじさんは
それきり戻ってこないからだ


おじさんは毎夜
ぼくたちのリクエストをきく
スターマインだ 牡丹だ 菊花だ
ロケットファイヤーだ ドラゴンマークだ
ゴールドショックだ 孔雀スパークだ
あれだ これだ


おじさんはかならずVサインして
ヒューヒューヒューと勢いをつける
なのに
おじさんの花火はいつも同じだった


…もう花火は無理かもしれない
夏休みも終わる頃に
おじさんはさびしそうに言った
…でもやってみよう
…いっぱつナイヤガラに挑戦してみよう
おじさんはいつものように
地面を蹴った


ぼくたちはいっせいに夜空を見あげる
大きな銀河が斜めに流れている
ナイヤガラはどんなだろう
けれども何も始まらない
夜空は夜空のまんまだった


そのとき足元で
ヒューヒューヒューとかすかな音がした
線香花火が弱い光を放射している
小さな小さな火の玉が
うるうるとしばらく浮いたあとに
ぽとりと地面に落ちて
消えた


おじさん…


ぼくたちの夏が終った


(2005)


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