goo

将棋の竜王就位式に行ってきました

 さる1月26日に渡辺竜王の竜王就位式に行って来た。ご存知のように、昨期の竜王戦七番勝負では、羽生名人が挑戦者となって、羽生挑戦者の三連勝に対して、渡辺竜王が四連勝を返す、将棋界としてははじめてのタイトル戦七番勝負における「三連敗四連勝」が起こった。
 将棋のタイトル戦はずっと行われているわけだから、三連敗四連勝はいつかは起こっておかしくない現象だが、最初の三局における羽生名人の強さが素人目には圧倒的に見えたので、なぜあの羽生名人が四連敗したのか、理由を知りたいと結果が出て以来ずっと思っていた。スッキリと説明できる理由があるとは限らないのだが、何か納得できる材料が欲しかった。
 先日、今回の七番勝負を特集したテレビ番組を見たのだが、せっかく敗者の羽生名人に単独インタビューまでしているのに、「どうして渡辺竜王は今回勝つことが出来たのでしょうか」と質問して、羽生名人に「それは私に訊かれても・・。渡辺さんに訊いて下さい」と答えられるようなツマラナイ番組だったので、なおさらだった(プロ野球の監督を呼んで話をさせる演出も、内容を深めるには不適切で奇妙だと感じた)。

 実は、竜王戦の結果が出てから、幸運にも複数のプロ棋士の意見を聞く機会があったのだが、どなたからもスッキリと納得できる理由をお聞きすることは出来なかった。
 思うに、プロ同士の勝ち負けの理由を、現役の棋士にお聞きするのは不適当なのだろう。他のプロの勝ち負けに関する分析を語ることは、自分の将棋観や勝負観にも関わる問題なので、現役棋士にとっては「語りたくない」ことなのではないか。私に何かを語っても、その内容を本人の許諾を得ずに公開はしないから、情報が他の棋士に伝わって不利になるということはないが、自分にとって重要で微妙な問題について自分の言葉で他人に語ると、語ったという事実や自分が語った内容に対して何らかのこだわりが生まれることがある。特に将棋はメンタルな影響の大きいゲームだから、余計なこだわりは持たない方がいい。この辺りの事情は、為替や株式のトレーダーが自分の相場観を他人に語らない方がいいのと少々事情が似ている(完全に同じではないが)気がする。
 そんなわけで、渡辺竜王ご本人の挨拶の中に何か手掛かりはないかと思って、メモ用の小型ノートを携えて(ついでにデジタルカメラを首からぶら下げて)、話を聞くことに集中できるように軽く食事を済ませてから、就位式のパーティーに向かった。

 渡辺竜王の挨拶は、簡潔且つ丁寧で、スピーチとしては素晴らしかったが、勝因が何かについては説明してくれなかった。竜王のスピーチの七番勝負に関する振り返り部分をかいつまんで紹介すると、以下の通りだ。
 第一局は将棋観を覆されるような痛い負け方で、二局目、三局目も含めて、最初の三局で「こうやっておけば勝ちだった」と後からいえる将棋は一つもない。四局目は、勝てるイメージがなかったが、一局くらいいい将棋を指そうと思って指し、苦しい将棋だったが、勝ちをを意識せずに指したら、勝っていた(注:最終盤に羽生名人側から見て打ち歩詰めの局面が出来て渡辺竜王の勝ちになった)。それなりの将棋が指せたことで、五局目、六局目は伸び伸び指せて、七局目に辿り着いた。最終局は、凄い将棋で、何回か負けを覚悟して、せっかくここまで来たのに、などと考えた時間もあったが、一分将棋で手がいいところに行って、勝てた。
 渡辺竜王は、まだ二四歳であり、これから何十年も第一線で戦うわけだから、勝負の内幕を詳しく説明するわけにはいかないのだろう。

 パーティーでは、ご著書「ウェブ進化論」(ちくま新書)で有名な梅田望夫氏と立ち話をする機会があった。梅田氏は、近年、将棋と将棋界に対して非常に熱心で(今や相撲界における横綱審議委員のような存在感だ)、竜王戦では、対局場であるパリに直接行って第一局の観戦記をウェブに書かれている。この就位式でも力の入った長時間のスピーチをされた(お話もロング・テールであった!)。梅田氏は、渡辺竜王とも羽生名人とも親交があり、今回の竜王戦に関しては、お二人の両方から話を聞かれているようだった。
 梅田氏は、次に発売される「将棋世界」誌に竜王戦について八ページの記事をご執筆されたということなので、立ち話の内容はご紹介しないが、氏によると、第一局は竜王ご本人のスピーチにもあったように渡辺竜王にとって大きなショックだったようだが、この時点で、一つの有力な可能性として、三連敗四連勝のゲーム・プランを渡辺竜王はイメージしていたのではないかという。
 何はともあれ、次の「将棋世界」を買わねばならぬ。

 竜王戦七番勝負に関する私の勝敗分析は平凡なもので、渡辺竜王が羽生名人に勝ってもおかしくないくらい強いのだという単純な事実を除くと、羽生名人の累積疲労と渡辺竜王の勝負術が噛み合ったことが今回の大逆転の原因ではないかと思っている。
 申し訳ないことだが、今回は、どうしても「羽生名人の敗因は何か」という視点で考えてしまう。私のような素人が見ても、羽生名人の将棋は頭一つ以上抜けて面白いので、羽生名人絡みの将棋はほぼ常に「次にまた羽生名人の将棋が見られるように」という願いを込めつつ見てきた。この気分で将棋を見ていて、羽生名人の変調を感じたのは、木村八段と戦った竜王戦の挑戦者決定三番勝負の第二局の終盤だった。
 この将棋で、羽生名人は、優勢な終盤で玉の逃げ方を間違えて逆転負けした(ネットの解説を参考に考えると、そのようだ)。羽生名人といえども人の子で、ごくごくたまにはポカがあったが、終盤の勝負所で方針を間違えるというようなことは少なかった。しかし、ここのところ、優勢な将棋をスッキリと勝ちきる技に、昔ほどの切れ味がなくなっているように見える。羽生名人のことだから割り切ってスッキリした勝ちを見つけたのだろうと思って将棋を見ていると、どうも割り切れていなかったらしい、というような展開が時々ある。
 羽生名人も三八歳だ。一つの推測だが、二十代の頃ほど終盤の手が読めない場合があるのではないだろうか。よく話題になる「勝ちを意識した(と見られる)ときの手の震え」は、終盤の「心配」から開放されつつある時に、極度の緊張と集中から安心を伴った確信に移行するときに生じる、ホンの少しの自己コントロールの乱れなのではないだろうか。
 しかし、昨年の名人戦も含めて、ここのところ羽生名人は、敢えて終盤に力を要する勝負スタイルで勝ち抜いて来たように見える。あの一連の戦い方では、さすがに疲労が溜まっていたのではないだろうか。
 渡辺竜王の勝負術の正体はまだ分からない(もちろん素人が完全に理解できるようなものではないだろうが)。だが、敢えて推測すると、相手へのプレッシャーの掛け方が上手いのではないか。
 特に、七番勝負では、四勝目をあげることが最大の安心であるわけだから、四勝目が見える状態での最終盤に相手には最も大きなプレッシャーが掛かるだろう。スピーチの中で、渡辺竜王が七局目を指しながら考えたと仰っていたように、四勝目を上げられなければ、「せっかくここまで来たのに」となる訳だから、四勝目の勝ちを見つける場面では心が揺れるだろうし、五局目、六局目、七局目と後になるほど、精神的な賭け金が膨らんでプレッシャーが掛かる。相手に掛かるプレッシャーを知り、自分の側でプレッシャーの処理の仕方を知っていれば、七番勝負のような勝負の形態を有利に使うことができそうだ。
 それにしても、後手番の第六局で新構想が出てくるという勝負の組み立てには恐れ入るし、そもそもこれまでの五期で破った相手が、森内、木村、佐藤、佐藤、羽生、という文句なく強い顔ぶれなのだから、要は渡辺竜王が強いのだろう。

 ところで、今回は永世竜王の就位式ということもあり、会は大くのファンで賑わっていたが、プロ棋士の姿が意外に少なかったのは、少し気になった。ファンとの交流の機会ということもあるが、それ以上に、何といっても、大スポンサーである読売新聞社のパーティーなのだから、ビジネス常識的には、棋士が多数顔を揃えてスポンサーを盛り立てるべきだろう。近年、新聞社のビジネス状況は苦しさを増している。プロの将棋は今のところスポンサーのバックアップで成り立っている商売なのだから、スポンサーにもっと気を遣わなければならないのではないだろうか。
 余計なことかも知れないが、心配だったので、一言付け加えておく。
コメント ( 18 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする