goo

超々シンプルな個人のマネー運用術

 なるべく広い範囲の個人に適用できて、最も簡単なマネー運用法とはどのようなものだろうか、というようなことを最近考える機会があった(単行本の企画書を書いたので)。

 投資理論から風呂敷を広げるのは気が引けるが、投資の本では、リスクとリターン、有効フロンティアと説明が進み、リスク資産の有効フロンティアと資金の借り入れ・運用が自由に出来る場合に、最も効用の高いポートフォリオが一つだけ選択されて(要はリスク当たりの超過リターンが最大になるポートフォリオだ)、リスクをたくさん取る人も取らない人も、このポートフォリオとリスクフリー資産の組み合わせ(レバレッジを利かせることもあり得る)を持てばよい、といった順番で話が進む。この後、市場の均衡からCAPMと進むと、急に現実感が乏しくなって、論理は大丈夫でも、市場を説明する理論としては「使い物にならない」と感じるようになるが、リスク資産のポートフォリオが一つ定まるという、個人の投資判断のところまでは、それほど現実離れしていない頑健な議論だと思う。
 これは、要は、リスク資産の組み合わせとして概ね「ベスト」と思われるものが一つあれば、ほぼ誰でも、リスク資産運用はそれでいい、ということだ。金融界にとっては不都合かも知れないが、投資家にとっては「好都合な真実」である。

 厳密に「ベスト」というものは決めようがないから、この組み合わせは、大雑把で、単純なものでいいだろう。具体的には、TOPIXに連動するETFとMSCI-KOKUSAIに連動するETFの組み合わせあたりでいいだろう。これらで、こと株式に関する限り、GPIF並みの運用が出来る。比率は、これも大雑把に4:6でどうか(計算の根拠は、楽天証券のホームページの拙稿をご参照下さい。
http://www.rakuten-sec.co.jp/ITS/investment/yamazaki/in05_report_yamazaki_20080118.html
簡単に言うと、両者を同じ期待リターンとして、リスクを最小化する組み合わせが「42%と58%」だった)。
 「外債」というアセット・クラスをどうするかを少々考えたが、個人には不要だろう。取引時の為替手数料や債券価格を考えると不利な商品(債券)が多く、外貨預金も同様に気が進まず、外債に投資する投信は手数料が高い。また、外株に投資したいので、外債でも為替リスクを取ると、個人にとって為替リスクが過大になる公算が大きい。「為替リスク枠」は外株に割り当てたい。ちなみに、私が運用委員を務めている国家公務員共済組合連合会(通称「KKR」)の基本ポートフォリオにも現在外債が無い。KKRの資産の規模から言って、将来は、外債というアセット・クラスを持つようになるのではないかと思うが、現在は無い(基本ポートフォリオの計算をする際に、外債を加えても、大きな改善が見られなかったからだと記憶している)。こちらも、為替リスク枠を外株で使っているイメージだ。
 TOPIX連動のETFは、日興アセットの「上場インデックスファンドTOPIX」(コード番号1308。信託報酬0.0924%)が信託報酬が安くていいが、最小投資単位が少し大きいので、運用金額によっては野村アセットの「TOPIX連動型上場投資信託」(コードは1306。信託報酬は現在0.1155%)を選んでもいいかも知れない。MSCI-KOKUSAIのETFは、バークレイズのi-Sharesでこの指数に連動するものを選ぶといい(ティッカー・コードはTOK。信託報酬は約0.25%)。

 問題は、リスク資産を幾ら買うかというアセット・アロケーションだ。個人の場合、収入の変動もあれば、借り入れや、本人の健康や家族の条件変化もあるから、アセット・アロケーションは真面目に取り組むと、年金基金のような機関投資家の場合よりも難しい。
 私が過去に書いた本や原稿では、平均マイナス2標準偏差くらいのイベントで「最悪の場合」の損失額を求めて、許容できる範囲の中で、「期待リターン」と「最悪の場合」の組み合わせの中から、本人にとって最も好ましく思えるものを選ぶというアプローチを取っていた。一種の簡便法だが、目標運用利回りを先決めしてリスクを見ずに運用商品の組み合わせを決めるような(旧式のファイナンシャル・プランニングにそのようなものが多い)やり方よりは、「無難」(最大損失を意識しているから)で、「良心的」(本人に組み合わせを選ばせているから)な方法だとは思う。
 しかし、超初心者も含めて、一般向けに説明するとなると、以下のような難点がある。
(1)「標準偏差」を説明しなければならない
(2)株式などの「期待リターン」は決め方が難しく誤解される恐れが多々ある
(3)複数の選択肢を見せられても自分で決められない人が多い
(4)損から先に考えるという手順に気が進まない人がいる

 運用で幾ら損をすることがあり得るのか、という点は、何れにせよ確認しなければならないのだが、もっと単純な方法はないものか、と考えてみた。
 
 現在、私が考えている「超々簡便法」は以下のようなものだ。
 先ず、一定の手元資金(たとえば普通預金に生活費の3ヶ月分くらい)を除いて、「気持ちが許す限り」全てを例の「リスク資産の組み合わせ」に投資する。というものだ。基本はこれだけだ。
 その代わり、必要があれば、基準価額に関係なく部分的に取り崩しを躊躇しないこと、という条件が付く。カードローンや消費者金融は使わない方がいいし、リボルビング払いも金利がばかばかしいので利用しないことが肝心だ。必要があってお金を使うときには、自分の買値はもちろん、その時のETFの基準価額に関係なく、投資を取り崩していいのだ、という精神的な自己教育が必要な人がいるかも知れないが、こうするのがいい。
 他方で、自分のお金をリスクに晒すことが気の進まない人は、無理をする必要はないし、安全運用したいお金が1000万円を超える人は、ペイオフ対策も兼ねて、ある程度のお金を個人向け国債に振り向けるといい、という程度の補足説明も付ける方が親切かも知れない。
 リスク管理面では、健康保険に加入することと、ドライバーは自動車保険に入ること、若くて貧乏で子供が居る場合に限り掛け捨ての死亡保険に少々入ること(保険会社は、今のところライフネット生命で決まりだろう。http://www.lifenet-seimei.co.jp/)、それ以外の保険には勿体ないから「入らない」ことが肝心だ。

 これくらい単純だと、かなりものぐさな人(たとえば、個人としての山崎元)でも実行できるだろう。

 これで何か不都合はあるだろうか。
 もちろん、株価が下がった場合に「結果的に」損が出る。方法の有難味を増すためには、株価の益利回り、経済成長率、景気判断(内閣府)くらいを組み合わせて、投資額の増減を行うフォーミュラを作ってもいいが、「株価のタイミングは良く分からない」というのがこの超々簡便法の前提だし、運用業界にとっての現実でもあるので、小細工はしない方がいいだろう。「最悪の場合、一年間に投資額の三割くらい損をすることがある」と覚悟を決めて、あとは運を天に任せる。明らかかつ大幅にこの方法を上回る運用方法を考えるのはなかなか大変だ。厳密に「ベスト」ではないかも知れないが、大まかに「ベストに近い」なら、それでいいではないか。
 ちなみに、GPIFの昨年度の対ベンチマークの運用成績は、国内株が+0.08%、外国株が-0.30%だから、前記のETFの信託報酬は、腹の立たない範囲だろう。証券会社には有り難くないことだが、もちろん、この投資は、お金が必要で取り崩すまで、30年でも40年でもずっと続ける長期運用が原則だ。
 生命保険はいらない。特に、医療保険は不要だ。高額療養費制度まで含めると日本の健康保険はかなりのリスクまでカバーしているし、貯蓄(この場合ETFへの投資だが)は、「無駄にならない保険」として機能する。
 年金を受給して生活している人の場合はどうか。この場合、生活に必要な最低限の金融資産の見当を付ける必要があるかも知れないが、純然たる余裕金の運用は、二つのETFでいいだろう。年金生活期間もそれなりに長くなりがちだから、期間を味方に付けて、金融資産に働いて貰うことを考えていい。
 住宅には人によって各種のこだわりや考え方があるので、本来は「一体で」考えなければならないのだが、面倒なので、今回は別に考えることにした。ただし、余裕があって不動産を購入した人に関しても、金融資産部分の運用は、大きな修正が必要な感じはしない。
 結局、大きな不都合があるとすれば、親戚に金融マンや保険屋さんがいる人の場合、親戚付合が気まずくなることぐらいか。
 
 ある雑誌を見ていたら、運用会社の社員が、たぶん投資信託の手数料水準を「高くない」と言い張る為なのだと思われたが、投信が投資顧問よりも高いことが不満なら「100万円を持って」投資顧問会社に行ってみるといい、といった趣旨のことを発言されていた。まあ、そんな意地悪を言わずに、上記のようなことを教えてあげたらいいのに、と思ったことであった。
 それに、実質的に大幅に節約できるなら、その手数料はやっぱり高い。外国の投信の手数料が高い(厳密には高い手数料の投信が多数ある)のは、「外国にもダメな投信がある」と素直に理解すればいいことで、日本の投信手数料が投資家のために十分低いことの説明にはなっていない。
 何はともあれ、投資顧問になど行かなくても、この程度のことはタダで分かるいい世の中なのだ。
 個人の投資対象は手数料の安いETFのようなもので十分だし、個別の資産配分などは、お金に詳しい人(たとえば、正しい知識を持った退職後の金融マンのような人)がブログでも開いて、相談に乗ってあげたら済む話だ。価値の殆ど無いサービスに高いお金を払うのは勿体ない。

(注)野村のTOPIX連動型ETFの信託報酬の数字を訂正しました。ponzouさん、ご指摘ありがとうございました。(7/12)
コメント ( 33 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする