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自然を尋ねる人

自然の素晴らしさ、豊かさ、人と自然の係わり合いを求めて!自然から私たちにくれる贈り物を見つけるために今日も歩く。

堂々川今昔

2011-10-13 21:28:23 | Weblog
約2年多くの人に教えを請い、資料や現地を探してようやく出来上がった冊子「堂々川今昔」。


神辺美術協会の仲間がデザインを
してくれた表紙

目次

雉のいない記事 砂留の頁
ブログ仲間のフォト雉もいる頁あり


その冊子が福山市協働のまちづくり課の支援で完成した。
作者は自信を持っているが上には上があり批判も耳にする。
上、中、下で評価すると批判する人には下に見えるらしい。
でも、広島県より北の県の境港にはまだ下があるから心配していない。
横道に外れたが
その本を教科書代わりにして御野小の6年生が総合学習の一環で堂々川を見学した。
歴史や自然、環境保護を学ぶ科外教師に自然を選んでくれて
約1時間半、堂々川800mを一緒に歩いた。
かなり暑さを感じたのに良くついてきてくれたものだ。
その上、史跡の場所が書いてある頁を探していると、・・ページと彼らが先に言う。
前回ヒガンバナを植えてくれた子もいたから予習が良くできていたのだろう。


すごい
誰が情報提供したのか
井原放送のテレビカメラが回っている

1番砂留で堂々川の概要を学ぶ

6番砂留で最後の説明を受ける


穴の海の謎や堂々谷餘滴の話を聞いているが
うなずいているところみると、かなり難しい内容だが理解している子もいるようだ。
中国新聞の女性記者さんもその様子を見ていた。
そして13日の朝刊福山版の最上部中央に2段抜きの記事が載っていた。
嬉しいことに記事のコメント欄に
「川に興味がわいた。環境保全に協力する」と書いてあった。


ミゾソバ


前回名前を間違って載せた花がたくさん咲いていて綺麗だった。
又、鳶ケ迫砂留をバックに鳶も舞っている。


堂々川NO.2の砂留
違う角度から見ると日本でNO.2の砂留でもある


一通りの説明が終わり子供たちと別れたそのすぐ後
同好会の役員がアケビがたくさん採れたと持ってきて、記者さんにプレゼントした。



そのアケビは3つ葉アケビで実が割れていた。
臨時の教師役はしどろもどろだったがなんとか終わった。
午後からは焼酎「黒姫」の絡みで福山大学まである教授を尋ねたがそれはまたの機会に!

12日の仕事の終わりは
夕日が白色を薄ピンクに染めて鷺を詐欺のように綺麗に変えたねぐらの光景



夕日を美しく感じさせる秋の夕暮れだった。

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11 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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よき言葉が見つからないが≪地産自学≫ (縄文人)
2011-10-14 05:46:38
「堂々川今昔」
よき冊子が生まれました。評判は上・中・下に分けて・・・・・・・。
その評価はどうあれ、作った人、編集したものにとっては宝物です。役立つでしょう。
早速地元の小学生が教材として現地で学習、その学ぶ姿に同行した自然さんも笑顔がこぼれっ放しであったことでしょう。

大分県知事が「地産地消」を提唱し大きな話題になった。
小学生が学ぶ、地元の若者が学習する
地元の名所や語れつがれてきた堂々川を(「地産学習」=当てはまる言葉を持ち合わせていない)、地元の人たち若い者が学んで受け継ぐ。
堂々川の歴史、次いでほたるの里、彼岸花の里として伝承の大切なことでしょう。

きっと自然を尋ねる人さんのような郷土を愛する者がこの中から育ってくれるでしょう。


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追伸、訂正 (縄文人)
2011-10-14 07:44:15
≫大分県知事が「地産地消」を提唱し大きな話題になった。

     ≪一村一品≫の提唱者でした。
間違いました。
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Unknown (るな)
2011-10-14 10:34:25

自然さん、ご出版おめでとうございます。
自分が住む土地に誇りとするものがあること、
その歴史を知ることは、
一生涯の糧になると思います。
そういう存在を持っていない私としては
とても羨ましいです。
福山市協働のまちづくり課のホームページなどを見ましたが、
この本の販売はされていないのでしょうか?
申し込み窓口があれば、ぜひ掲載ください。
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堂々川の砂留め (ヒキノ)
2011-10-14 11:49:05
1番が1773年竣工となっていますが確か日本でいつしかない砂留めです。砂留め自体は明治以降に日本に無数に造られており今も作られています。
でもこのように石を加工して乱積、布積で造られたのは見たことがありません。今は100%埋まっているでしょうが階段状の地形になっていますから砂留めの昨日は十分にあるのでしょうね。

惜しむらくは公道がすぐ横に設置されたことです。遊歩道でないと近寄れないところにあったらもっと環境が守られたでしょうね。

こちらの川の法面のヒガンバナを載せました。
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おめでとうございます。 (まよこ)
2011-10-14 11:55:23
自然を尋ねる人さん今日は。
先ずは冊子「堂々川古今」出版おめでとうございました。
お忙しい中の制作の成果に拍手喝采です。

堂々川古今の文字が素敵ですね。
堂々川も喜んでいる事でしょう。

早速冊子を使った授業 子供たちが真剣に学ぶ姿から郷土愛が育っていっているようで 素晴らしいと思いました。

ふるさとを愛さないと何処も愛せないですね。

まよこも恩師からふるさとの写真集が届き 改めてふるさとに思いを馳せています。
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堂々川今昔、おめでとうございます。 (紗真紗)
2011-10-14 17:59:17
自然を尋ねる人さま^^こんばんは~♪

「堂々川今昔」のご出版おめでとうございます。
ついにこの素晴らしい日がきました~!
表紙を飾る、題字と砂留のデザイン画等から、
いかに力を入れているということが伝わってきます~!

その冊子から、すぐに繋がる授業ということですね、
立ち合い授業は、このブログのようにユーモア添えて
スッと心をつかんだのではないでしょうか。

「もう一度、聞いてみたいこの人の話」と、
既に、多くのリクエストがあるのではと思いますが・・・。

道端に咲くミゾソバの群生、可憐で可愛いです。
鷺さんたち、大切な一日を終えて寛いでいる様が美しくて、
とてもやさしい夕日ですねぇ~癒されました~♪
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表紙 (和三郎)
2011-10-14 22:14:28
>神辺美術協会の仲間がデザインをしてくれた表紙

これは版画? 切り絵?
それともPCでこういうものがデザインできるのか?
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ふるさとは (まよこ)
2011-10-15 11:08:05
自然を尋ねる人さん今日は。
我が故郷は岐阜県の土岐市。
中仙道からは外れています。
恵那~瑞浪~可児と通って行っていますので
少しかする位です。

瑞浪は子供の頃も栄えていてデパートやスケート場もありよく遊びに行きました。
その後窯業の発展で土岐市や多治見市が賑やかに成り 可児氏は取り残されましたが現在名古屋のベットタウンとして栄えています。

窯業も衰退の一途で活気のない土岐市になっている様子です。
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堂々川今昔 (とくさん)
2011-10-15 11:47:38
こんにちは
各地にはいろいろな歴史があります。
その歴史を後の人に継ぐには又いろいろな手段が有りますね。

堂々川の今昔を残すに相応しい資料です。
砂留の歴史も相当古いものですね。
子供たちに伝えるのも後世に残ります。
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Unknown (NANADSK)
2011-10-15 22:51:01
今晩は 何しろ人に見せたり 公表するものを作り上げる大変さ良く判ります
何をやっても反対者はいますからね
臨時教師をやったり 大変だ これでは疲れますね テレビに出たり‥‥
でも自然さん 楽しみながら何事もやる事大切ですよ 頑張って下さい。 
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