自然を尋ねる人

自然の素晴らしさ、豊かさ、人と自然の係わり合いを求めて!自然から私たちにくれる贈り物を見つけるために今日も歩く。

もうすぐ

2011-03-29 22:15:40 | Weblog
暖かかったり、雨が降ったり、「り」の字がたくさんついた日だ。
なんだかんだと言いながら、もうすぐ4月、春本番が来ようとしている。
ホタルを気にしながら、薬草教室も開かないと春ランに申し訳ないし、
助成金を確保するためには堂々川の歴史本も完成を目指さないといけない。
いくら焦っても一つ一つ進めないとできないことだ。

まずホタルから見て行くと
堂々川のホタルは経験値からソメイヨシノが満開になってすぐ降る雨の夜、幼虫が光りながら陸へあがる。
それから60日後にホタルの乱舞が最高になる。
そこで櫻を調べてみたら


つぼみにピンクの色が感じられる
その横の泥が気になる

多分ヒワだろう

櫻の観光地は準備完了
花を待つだけ


堂々川の昔を次世代につなぐ冊子の資料集めを急いでいる。
約50ページで収める予定だが一つ取り上げたら関連がたくさん出てくる。
後からいくらでも消去できるから集められるだけ集めることにした。


福山藩番所後の標

亀山古墳の山裾、池のほとりにある


この遺跡の古墳は円墳である。
大きさは次にあげる迫山古墳の方が大きい。


迫山1号古墳


迫山の東側を堂々川は流れ、そこではホタルが舞う。
ホタルの幼虫の上陸が一番早いのは下記の場所である。



今年もホタルの幼虫を交通事故から守らなければならないから雨の夜は忙しくなる。
今日のトリは秘話、いや違う、素直に起承転結の結の話。
堂々川は砂と住民が闘ってきた経緯がある。
山から下りてきた砂を含んだ水が最初に砂を置いていく場所
砂揚げ場が今でも残っている。



堂々川の下流の住民は約300年間砂と闘いようやく終末を迎えようとしている。
(江戸時代、当時の人口の約500人のうち63人の犠牲者が出た土石流災害もあった)
今回の東日本の地震、津波の被害とは比べ物にならないけれど我々もこんな歴史を持っている。
「災害は忘れた頃にやってくる」
覚えておいて役に立つ言葉だと思う。

ぼちぼち動く

2011-03-27 21:08:10 | Weblog
先日ラジオの野球中継をバラエティー番組の担当が実況中継をしていた。
面白いという人が多かったようだが局へクレームをつけた人も一人や二人ではなかったと聞いた。
そんなわけのわからない理屈を盾に、
多少お洒落が入るブログは東日本大震災で被災された方々にも失礼と自粛していた。
しかし周囲は寒いけれど春めいてきたし、東日本も復興の声がきこえだした。
ぼちぼち穴から出るかと顔を出してみた。

卒業した小学校から卒業式の来賓参加のお手紙をいただき参加した。







本音の世界だがD80型のカメラの調子が悪くカメラ談義をしていたのでUPできなかったこともある。


福山市神辺町人口4万人強の市街地


毎年白モクレンが咲きだすとこの町では霜が降り、せっかく咲きだした花も茶色になる。




今年は咲き始めだったのでまだ白を見られる可能性はあるが霜が降った。
明日のお天気をトンビに聞いたら今日は風が強く寒いので高く上がらず低めのところで餌を探すと答えてくれた。つまりよくわからないという返事だ。




カラスとトンビの喧嘩はよく見るが
トンビどうしはあまり見ない


画像を大きくするためただいま研究中につき我慢して見ていただきたい。
ここから先は春、春の花を愛でていただきたい。


姫こぶし


水仙が綺麗だと推薦してくれた花は



三俣と緋寒櫻だ。それらの紹介をする。





恋のさや当ては二股で起こるのだ。三俣ならもめることも少ないはずだよトンビさん。

ホタル3月の定例会

2011-03-21 10:35:24 | Weblog
「暑さ寒さも彼岸まで」昔から言いつくされた言葉だが最近はこの言葉が置いてきぼりにされている。
特に昨年の9月は猛暑、今年の3月は雪が舞う。
それでも江戸彼岸桜は花を開こうとしている。


江戸彼岸


3月20日ホタルの旗のもとに集まる堂々川ホタル同好会のメンバーが清掃や櫻の保護活動を行った。
いつものことだが道路のゴミを拾う。いや拾わなくてはならない。
ゴミ拾いに参加してくださる方々にはゴミを捨てた奴を代表して部外者がお礼を言う。


もう捨てないでね


登録有形文化財の鳶ケ迫砂留の下方には倒木やタイヤ等がある。
かなりの急斜面のためロープを使って引き揚げる。


きつい作業だった

枯れた松のなれの果ては倒木となる

古タイヤ


昨年12月に植えた桜、夜露がかからぬと生育が悪いとアドバイスされ
森林組合の組合長殿に許可をもらい伐採した。


早く桜が咲くのを見たいがまだ幼木故無理な話

ボランティアとしてはやりすぎの伐採


下流の1番砂留西方ではご婦人方が櫻の根元にそそぐ水を排除する溝の整備をしてた。



作業は少しきつかったが無事完了した。
終わった後を巡視したら


ウグイスが鳴き

ヤマガラが遊ぶ


川の中を見ればお玉が泳ぎだして可愛い


日本赤ガエルのオタマジャクシだ


今年のホタルは



カワニナを食べている姿を発見したが昨年の幼虫数に比べて1/10以下だ。
周囲を見たらカワニナの姿がほとんど見えない。
なぜ少なくなったのか原因を調べる仕事が舞い込んだ。

百舌と遊ぶ

2011-03-18 11:22:29 | Weblog
時々雪が舞う、3月半ばの寒い日に百舌が1匹遊びにきた。


時々雪あらしが通り過ぎる


畑を耕し始めたら早速百舌がやってきた。
この雄百舌、名前はまだなく、彼女もいない。が男前である。


人に慣れている

2m近くまでやってくる


畑を耕しているとミミズ、カナブンの幼虫、夜盗虫等が顔を出す。
それを狙ってやってきた。
ミミズを食べる。





ミミズよりカナブンの幼虫がごちそうらしい。



カナブンの少し大きめの幼虫の食べっぷり





ミミズやカナブンを5匹以上食べた後でも餌はどんどん出てくる。
ミミズを咥えて、飛び立つ。





飛びたったさきは木の枝、そこでは枝に刺す。



そしてすぐ帰ってくる。
再度餌を咥えて今度は別の方向へ飛ぶ。



百舌は餌を保存するために木の枝にかけると聞いていたが
彼の行動を眺めると餌のある場所等覚えてはいないようだ。
ただ餌があると見過ごせないらしくすべてを食べるか木の枝にさしている。
今年も春先百舌と遊べた。遊べる幸せを有難いと感謝している。

まだ多くの人はブログを見る環境にはないと思いますが
少しでも見られる状況になった人に安らぎを与えようとアップしました。

カスミサンショウウオ

2011-03-15 16:42:05 | Weblog
東日本の皆さま、被害にあわれた皆さま謹んでお見舞いを申し上げます。
もう少しブログの更新を自粛しょうかと思いました。
が櫻の花もほころび始めました。
今は自然を見る余裕などないでしょうが世の中の移り変わりは日々進んでおります。
世の中は千年に1回か2回しか起こらない地震と津波に襲われ大変ですが
もう少ししたら明るい光が登ってきます。自然の中にも皆様にも少しづつ春がやってきます。
がんばってください。

少し歩くと汗ばむぐらいの気温にさそわれて、ホタルの川へ桜の観察とカイガラムシ予防の薬を撒いた。
早い桜は咲き始めていた。

緋寒櫻

名前が分からない

10月櫻


まだつぼみの堅い桜


ソメイヨシノ

万里香櫻


八重櫻、大島桜、山桜等も同じでまだ先のようである。
咲かない咲かないと近くへ行っては愚痴をこぼしていたら、何と水仙が咲きだした。
やはり悪口は近くで話すと希望の姿を見せてくれるのだと感じて納得。
(悪口を言えばその人がやってくるジンクスはほんとのほんとの事例であった)


堂々川不法投棄防止対策の水仙


先日広島大の先生と福山市の学校の先生2人と昨年発見した堂々川の
広島県絶滅危惧種Ⅱ類のカスミサンショウウオを探しに山の中に入った。
今時山の中から湧水の出る場所、それも昨年と同じ場所へ卵を産みにやってくる。
♂が先にやってきて♀を待つのだそうだ。
堂々川では♂を発見


尻尾のひらひら感が♂の象徴


場所を移して堂々川から山を越えた西側の集落で2個所、姿は見えなかった。
そしてまた移動、加茂の粟根と言う場所近くで発見。
カスミサンショウウオの卵


2匹分


別の場所で卵を抱えた♀発見



もう間もなく産卵するだろう
しかし、少なくとも2個所は影も形もない。
この場所では絶滅か!

又広島県準絶滅危惧種の日本赤蛙発見!
オタマジャクシに孵化して泳ぎだしている集団
こんな集団塊を50か所ぐらい発見した。



そして親を捕まえた。
すぐに逃がしてやるために急いで記録写真をとる。
少しいじめた姿になったがごめんなさい。



自然の中でも生きていくために一生懸命種の保存をしている生き物がいる。
被災されたみなさんがんばってください。
ホタル同好会として義援金は送らせてもらったが次は何をするか考え中です。

何かありそうな朝

2011-03-12 21:02:03 | Weblog
昨日朝7時過ぎ
気温2℃、東へ向けて走る新幹線に乗る人を送った帰り道



東の山端から登る太陽の光がいつもと違う


後で思い出したのだが太陽柱現象らしい


車で家から出る前屋根がうっすら白い。
こんな日はいつもの例で堂々川へ行く。
潼々谷餘滴の碑にはうっすら雪があり、堂々公園は白い。





白いところを足でかき混ぜている鳥がいる


白いところを掘るからもしかしたらシロハラ?


もう少し上流まで行くと8時がすぎている頃山から陽がのぼりはじめた。


水に映る雲模様、もしかして地震雲
自信はないけれど


朝霧がたち水に映る山が綺麗
霧がたつ話で思い出し雲海を見に行ってみた。



雲海を見るには運が良くないと見れない。
霧とは見えずもやのような気がする。
山から下る坂道で正面を見ると松がすべて枯れている。



なんとなくもやもやした気持ちを引きづり家にかえった。
残る仕事を片付けていたが気持ちがのらないからテレビのスイッチを入れた。
菅首相が質問にしどろもどろで同じような回答をくりかえしている。
これはアカン、もうイカン。早く・・・・
そんな時気象庁の地震の前触れ情報が入った。
首相、助かったという顔が一駿見え隠れしたがそこからは画面は地震に変わった。
地震ニュースが始まった時の大きな揺れ。
テレビを見ているこちらも同じ感覚になったぐらい激しい揺れ。
その後テレビにくぎづけになったが時間が経過するごとに被害は大きくなった。
もうそろそろ家族は東京かな、心配だった。

被災地の皆さま(何をすればよいか今思案していますが)とりあえずお見舞い申し上げます。

こい 恋

2011-03-10 21:09:06 | Weblog
奈良のお水取りの頃は寒いという通説は今年も当たった。
がフィナーレの日には寒さもかなり緩んできそうだ。
西空の夕日、見た目は暖かそうだが今日は一日寒かった。
誰が燃やしているのか野焼きの煙。どこかに昔を思い出す。



日が暮れかけても今日のねぐらが見つからないシジュウカラ
暗くなったところで白と黒の色模様、桃の重なり枝が邪魔で絵にならない。



南の空では寒波の雲が元気でまだ発達している。



雲の下の山、後鳥羽天皇以後から江戸時代まで約300年の歴史を刻む神辺城址
今日の本題はこのお城の約3km北の対面、堂々川の歴史についてだ。


サッシの良い方なら冊子の表紙と分かるはず


以前にも紹介した堂々川の縄文時代から現代までのフォト歴史冊子の一部を
紹介する予定であったがもう少し我慢してもらう。
昨日一日かかって2006年以降の新聞記事を探しだし、スクラップ帖に綴じた。
たった5年前のことだが記憶と事実は違っていた。
例えば、2006年4月8日が我々の設立記念日であり、
この年からビオトープを作り、わけもわからないのにホタルの出前教育を行っている。
驚いたことにこの年度の2007年3月29日には
同好会の子供たち6人が環境省ホタレンジャーの優秀賞を受賞し、東京の霞が関まで行き、
環境大臣から表彰状を貰い、福山市長に受賞報告をしていた。
すごい能力の子供たちと、お母さん方が我が会に入会されていたものだと改めて感心した。
2006年新聞記事になっていたのが5件
2007年は13件
2008年から砂留の整備を始めている。記事は6件しか見えないが雉は何回も見ている。
2009年2件しか見当たらないがまだたくさんあるはずだ。
2010年9件この頃になると誰かの駄洒落を止める人がいなくなりやりたい放題らしい。
2011年3件今年のペースは少し早い。9月にヒガンバナがどれくらい咲いてくれるか。
     この花の咲き具合により我々の悲願が早くなり広島県最大レベルが見えてくるはずだ。

春は木の芽どき、少し頭が異常になる人もいるらしい。
ブログの主もその手の一人になっているかもしれない。
百舌君が木の上で最近特に良くさえづっている。メスに給餌活動を始める時期らしい。



ブログの主も探しているのだが!いくら可愛くても幼稚園の子がガールフレンドだからいとおかし。
ところで歴史と恋はどうかかわりがあるの知りたいと思う人もおられそうだから
はい、ととのいました。
ホタルは見たいからはやく恋、歴史の恥めは男と女、イチジクの木の下で恋をした。

ホタルとカエル

2011-03-07 22:10:22 | Weblog
百舌さえ首をかしげて悩むゴミを捨てる話
昨日の雨の降る前に捨てたのだろう雑誌やたばこの吸い殻。


意識しておいたのか、几帳面な人なのか
最近は捨てるのは男とは限らない、女も結構多い

百舌の♂首をかしげて
おれも雄だがこんな捨て方意味がわからないと言う


めいる話はさらりと捨てて今日はガールフレンドとホタルの幼虫の放流をするのだ
ルンルン気分のホタルの幼虫は堂々川へかえるの楽しいそうだ


同好会が飼育していた約40匹


会員とガールフレンドと彼女のお兄さん


放流

帰りたくないと飼育箱にしがみつく幼虫もいた


あとは4月のヨメイヨシノ櫻が満開の後降る雨の夜光りながら上陸するのを待つだけだ。
その時ガールフレンドがおたまじゃくしを見つけたとはしゃぐ








後で「生き物は大切にしょうね。人間がむやみに触ると死ぬからね」と話しておいた。
短い時間の平家ボタルが川へ帰る行事とカエルが卵から孵化した瞬間の観察日記。
この幼い兄弟がこの経験をどのように生かすか。
経験しないよりした方が良いのは当たり前である。




日本一の砂留をバックの経験
「アイアムアガール」と可愛くて元気な孫みたいなガールフレンドと
かえる、それともデートする、自然を楽しんだ一瞬でした。



新堂々川の砂留

2011-03-05 20:35:48 | Weblog
”祇園精舎の鐘の声
今日は平家物語を述べるのではなく堂々川の枕ことばとして使う。
1673年(延宝元年)、旧暦5月14日、3尺先が見えないほど降る大雨に、
じっと我慢の大原池が堤防を越える水にこらえ切れず堰を切る。
ダダダダダ、ザワー、ゴー、周りの石や木を巻きこんで急流をかき下る。
半里下って最高に勢いがついたところが備後国分寺。
言葉では言い表せない音とともに濁流が運ぶ木・石・水あっという間に国分寺を飲み込んだ。
門前町も同じ運命、逃げ遅れた人が結果的に63名、尊い犠牲者になってしまった。
あれから310余年、今日も供養の鐘が鳴る。



国分寺の西北にひっそりと建つ、供養塔。
誰がお供えするのか線香1本。



過去の災いをなくすために下流に住む住民と福山藩のお殿様は
2度と災害が起こらぬように砂留を作り始めた。
アーあれから300年。
堂々川の砂留は石積の技術、今も砂を防ぐ役割を果たしている、そして砂留群規模と大きさ
誰が何と言っても日本一なのであります。
さーて、その砂留にモニュメントが造られていたがようやく8基全数が完成した。
完成祝いに一挙にお見せする。
これでも気を使い広島県の工務課殿にはブログ掲載のお伺いをたてて了解をもらっている。
下流から1番砂留、2番砂留


石垣の近くの緑は水仙

この場にも水仙
誰も推薦してくれないから「はぶてて」花は咲かない


この砂留群8基が登録有形文化財になったのは2006年8月
私たち堂々川ホタル同好会が設立したのが2006年4月
何も関係ないが同じ年と言うのがいとおかし。清少納言なら「春は砂留いとおかし」と書くかなー。
3番、4番砂留





今は夕方でも散歩できるが2006年当時はタヌキは出るし、イタチは走る、兎に雉まで飛んでいた。
とても散歩と言うイメージはもてなかった。

5番、6番砂留
かなり上流まで登ってきた。





この6番砂留のモニュメントは窮屈そうに設置されている。
2006年当時はこの場所に樹齢80年の松があったがもう枯れてしまった。
鳶ケ迫、内廣砂留。
どちらも本流ではなく右岸の山の中にある。


道路から150mの山の中

こちらは道路から250mの山の中


日本一の砂留群、登録有形文化財の紹介は終わるが
土砂災害から我々を守ってくれる砂留
そして遠い昔の悲しい出来事を備後国分寺の鐘が供養してくれる。
現在のわれわれは少しでも御先祖様に恩返しをしないといけないのに
アーそれなのにそれなのにゴミを捨てる罰あたりがいる。

とぶ

2011-03-03 18:14:46 | Weblog
春小金花が咲き始めると春と思うのだが今年の寒さは頑固で固まっている。
梅が満開でいい気持になっているとこち(東風)から吹いているはずの風はあっちかららしい。
あっちとはどの方角かと聞けば、はえ(南風)はなし北ではない。つまり西風のようだ。
その西風がやけに冷たい。


サンシュユ

梅の花も寒そう


空の雲は東へ向かって飛ぶ。
飛行船飛んではいるが風の言いなりではない。


PRをしているのだろう輪を書くように進む


大きい飛行船を載せたいが金銭授受がないからこの程度にした。
山の方では鵜がにぎやかだ。
鵜と言う鳥は上昇するのも下降するにも輪を書いて飛ぶ。


真上近くを飛んで

くるリンパして

コロニーの木へ 木は糞で真っ白


糞害なのだが今のところ誰も文句は言わない。
たとへ文句を言っても「フン」で済まされるだけで文句を言う人の方が憤慨する。
山を下るとバンが近づいてくる。いや逃げる。



西空の雲の切れ目から沈む太陽の光が綺麗だった。



さて本日、仕事帰りに東の方では火災の煙が見える。



仕事先の出来事としては近くに数十羽のカラスがいた。
これだけの黒いのが飛び、鳴くと気味が悪い。
なんとかするようには話したが飛ぶ鳥の事、対応が難しいようだ。



今日のような寒い日は家に帰って寝るのがベストだが目がかゆい。
花粉症は無いはずだがかゆい!



時々雨が落ちてくるのに風が吹くと花粉が飛ぶ。
でも不思議!花粉が飛んでる木の下では目が開き異常は見られない。



多分、この鳥の写真と同じでボケているから尾もしろい。
かなり苦戦した飛ぶ物語であった。