日々是好日・スローライフ

・日常・  綴る
・葛ハイ ・  歩く
・家庭菜園 ・  芽生え、成長
・働く・  活力、生き甲斐

千葉県我孫子市、布佐・新木の三大緑地を歩く  その4(完)

2016-07-26 16:33:53 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

ヤーコン & 家庭菜園を楽しむ方々

 

  道路わきの家庭菜園?楽しんでいる方に出会った(♂1、♀2)

勢いよく伸びる大きな葉っぱ「これ なんだろう? 野菜!? しっかりした茎植物

ですこと・・」立ち止まりながら雑談にふけた。

背の高いがっしりした髭の小父さんが言葉を挟んだ。


「これは、ヤーコンと言って、外国から入ってきた野菜です」と口火を切った。

植えて置けば、たちまち大きくなり、ダリヤのような芋を付けます。

我々に、話しかけて答えてくれた。
私は、数年前作ったので、ヤーコンと直感した。
料理・実用的な価値はあまりなかったと…・記憶がよみがえった。

  
チョイと見ただけですが、相当の広い畑!いろいろな野菜が植えられているようで、
小さな耕運機を使わなくてわ、重労働であろう。


3人が菜園を楽しみながら、野菜を育てている様子。
フジの会36名の隊列を見る笑顔から伺えた。

 

 
縄文人もヤーコンを作りました。蔵出し画像です。
珍しさ半分で栽培しましたが、実用性(利用価値)がなく2年ばかしで止めました。

 

ヤーコン堀りと 栽培方法

http://blog.goo.ne.jp/tsyouji5243_001/e/eb6209a504b0597e8c24781e36b290f5

 

コメント欄は閉めています。
いつもお越しくださって有難うございます。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

千葉県我孫子市、布佐・新木の三大緑地を歩く  その3

2016-07-26 10:53:56 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

目を楽しませてもらった、花や植物

 

珍木、名花があると、36人の眼、いや72の瞳が輝く。

”あれ、それ、これ”とお喋りが続き、あれは『カンナの花よ……』と、
遠くを眺めながら雑談は、落ち着く。

そんなこんなをピックアップしました。 

    
     ざくろ 、成田線に覆いかぶさるような大木。  いずれも宮の森公園にて。
アッツ~~実がなっている!花が可愛いのよね…とつぶやく。


布施小学校近くで見かけた、”むべ”の実 


森に囲まれて建つ、農家の佇まい、県道脇のカンナの花。

ここでちょいとストップ、シンキングタイム!!

竹林が枯れた!! 竹に花が咲いたり枯れたりすると不吉な予感(昔人)。
竹は、60年いや100年に一度花が咲いたり枯れたりするという。

人間の一生の内で、あまり見られない。
まり異常気象や人間の干渉などにより、自然界のバランスが大きく崩れるらしいと

言われています。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1384425.html

 


ピーマン、ナス、トマトがいっぱい鈴なりで農家の人の丹精が伺えた。
車や机が運び込まれて、イベントの準備か?


他人の庭をそっと覗き見、
ノウゼンカズラが松と調和して咲いていた。


Yさん、栗羊羹美味しかったです。

 

は ① 計画する楽しみ
        ② 現地で見る楽しみ
                       ③ 帰ってから振り替える(反省と整理)楽しみ
を心がけています。
パソコンに向かって③が進行中です。

 

 

 

コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

千葉県我孫子市、布佐・新木の三大緑地を歩く  その2

2016-07-25 21:09:04 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

宮の森公園を行く&気象台記念公園で憩う 
            緑がいっぱい 、芝生の広さに圧倒される  

                                                

生が一面に広いなぁ~、遊ぶ人々が伸び伸びしていました。

 


歩くコースそして我孫子市の生い立ちについて説明がありました。
綿密に調べるリーダーです、一つ一つ説明を・・して頂きました。


宮の森公園の中にある沼です。


先頭を行くリーダー& Yさん。
敷き詰めら管理が行き届い建芝生が眩しい。


芝生の中をさっそうと生きフジ会の人々。

 
公園でボールに遊ぶ若者

 

気象台記念公園

びっしりと敷き詰められた芝生が広大に広がっていました。
ゆったりのんびりの、1時間の昼食時間でした。

 

 


家族の語らい


行きつく先は松林の大木


♬、この木何の木,気になる木…です。


自転車の練習中


バットを振っている女の子は、自転車練習中と同少女じです。

 

コメント欄は閉めています。 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

千葉県我孫子市、布佐・新木の三大緑地を歩く その1

2016-07-24 17:47:26 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

天気良し・緑いっぱい、ウオーキング最高

クリック拡大・詳細は下欄  蜂の巣、名前分かりました。

 

我孫子には、「いろいろ八景歩き」コースがあります。
三大緑地コース①宮の森公園、②布佐南公園、③気象台公園を歩きました。

列の後方で、住むなら郊外ですね!!空気はいいし、緑がいっぱい
…と、ささやく声が聞こえた。

← クリック拡大

出発=布佐駅 →  到着=新木駅
 4,5kmコースゆったり歩きました。

 


布佐駅です。駅前は集合住宅11建てが林立し、商店はほんの数軒。
シャッターが閉まっていたので、そんな気がしたのかな?・・・・。


宮の森公園の桜並木を行く、フジの会一行36名。


宮の森公園の芝生、久しぶりに見る緑いっぱい。

    
   布佐小学校の玄関。御隣さんの女性が、        消防署の訓練塔
   私の主人この学校卒業生!と声をかけて来た。  

   

 

コガタスズメバチ ⇔ 調べました、クリック詳細。


気象台公園にて  セミ取り、 都内ではこんな光景は見られない。


この木何の木、気になる木   CMを思い出し、思わず口づさぶ。
すると隣人が、日立のコマーシャル・・と口を添える。


気象台公園の反対(森の奥)に行ってみました。
眼下は広がる住宅地(新木野住宅地)でした。

 
アメダス送信装置。


アメダスの説明版

 

参考資料
こんな観測計もあるそうです。

 

 

情報は早い方がよい。早速upしました。

 

 

 

コメント (17)
この記事をはてなブックマークに追加

風鈴の音

2016-07-24 05:55:52 | 文学 五行歌

 葡萄そろそろ食べごろ・・・かな。

 

今年は、ことのほか豊作です。

仕事の合間に、息抜きをしながら皆さん共々、手入れをしています。

 

☆ 風鈴のリンリンリンと風涼し 

 

 

 

 

コメ欄は閉めています。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

帝釈道・国分道(新宿地蔵尊群~柴又帝釈天まで)

2016-07-23 08:24:54 | 紀  葛飾今昔街歩き

国分道の道筋

水戸街道横断~新宿交通公園前(小岩用水跡を渡る)~柴又憩い館~
                            古録天神社~八幡神社~帝釈天

 柴又帝釈天・事前勉強会
この勉強会が、立石道と、国分道の出発点でした。

 


 黄色い○が13体石仏群           の線が国分道です。


帝釈道道標
 

     
          13体石仏群                       記念碑

 

 金町~新小岩貨物線踏切があります




水戸街道を横断します   亀有警察署前交差点


新宿交通公園の前で、小岩用水とドッキングします。


小岩用水と別れて左に曲がります。


柴又用水跡です。

幻の用水路、別名[タモリ道


柴又憩い交流館前



 古録天神社前

 


八幡神社湧き金町線の踏切

 

京成金町線  踏切を渡ります。

むかしは帝釈天の参拝に使った、おっぺし電車です。

 

   
   柴又帝釈天参道入り口です。               参道を柴又用水が横切っていた。

  

 

柴又帝釈天到着

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

陸前浜街道(現・水戸街道)の新宿の宿場町(葛飾)

2016-07-22 05:44:54 | 紀  葛飾今昔街歩き

 古地図から見た昔の新宿宿場町と今の街

甲州街道に新宿(しんじゅく)が有りますが、
葛飾・陸前浜街道(水戸街道)の宿は新宿(にいじゅく)と呼ぶ。

かつしか、いろはカルタ

 

    

江戸時代の新宿(にいじく)は宿場で、浜街道と佐倉の両街道の分岐点。
「枡形」の道の両側に中川屋、藤や、亀屋などの旅籠や茶店が立ち並んでいた。
甲州街道の「内藤新宿」より古い宿場町である

 

 
新宿・渡し・追分碑・地蔵尊付近概略図

                 ☆  成田街道(佐倉道)→市川の渡しを通り成田山へ参拝
     ☆  帝釈道(国分道)→柴又帝釈天へ参拝
は此処からが街道の起点

 

古地図から見た新宿の宿場

 

 

明治38年・南葛飾郡と呼ばれた当時絵図(狩野栄一氏から提供され地図) 
撮影技術が悪く地図の価値が、全くありません。申し訳ない。

 
新宿渡し名所絵図


嘘のようなホントの話

明治30年頃、常磐線の金町駅を設置する話が持ち上がった。
すると大反対する住民が沢山居ました。
反対する住民は、新宿渡しの関係者、宿場町の関係者であったと言う。

この町を人が通らなくなって、街がさびれてしまうと言う
ホントの話です。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

    

中川橋付近(新宿の渡しが有った場所)の現在の様子


中川橋東詰の様子(上3枚)

 

現在の新宿2丁目(宿場町)付近

「枡形」の道の両側に旅籠や茶店が立ち並んでいた。
街道の裏手には、宝蓮寺、浄心寺があり、
地図の上から見ると、大きな池が有ったことが伺える。

     
真っ直ぐは日枝神社、角から2軒目がお煎餅や                 保育園入り口

  
日枝神社

 


面影を残す金阿弥橋

 

 陸前浜街道(水戸道)と佐倉道の分岐

 

adumaya

正面に「右 なりたちば寺道」「左 水戸街道」とあり、
右側面に「さくらミち」、左側面に「安永六(1777)丁酉年八月吉日 
石橋供養塔」と刻んであります。

約5年の歳月をかけて、この付近に27箇所の石橋を架けたので、その供養のため不動尊と、供養塔を兼ねた道標を建てたのだと言います。葛飾区の指定文化財となっていました。

この付近には、水元からの用水路が流れており橋が無ければ、
行き来することはできない。
27ヶ所の橋はそんな状況から生まれたのであろう。


この場所が、水戸道と佐倉道の分岐点でした。交通量の激しい水戸街道を横切ると、これがと思うほどの狭い佐倉道が、ほぼ南方向へ続きます。  (旧・成田街道を歩くHPから)


残念なことに、ここのお蕎麦屋さんと、石標が取り払われて
空き地になっています。石標は博物館に保管されています)

 

  

地蔵尊付近・陸前浜街道と帝釈道の分岐

 


沢山の石像が有ります。1つ1つのそれぞれ建立の価値が有るのでしょう。
大きな松が有り日影となって、憩いの場所です。


                             帝釈道(国分道)の起点

 

 帝釈道(国分道)の道標を調べに行きましたら、
やはり
「枡形」の道の宿場を見ない訳にはいかなくなりました。

そんなことから、記事の分量が多くなりました。

 

 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

斜張橋・高砂橋

2016-07-21 05:01:49 | 総 知る・見る・歩く

橋の見える散歩道

 

真ん中に高い柱、左右をロープで吊る、いわゆる斜張橋を、

あちこちで見かけます。

散歩道から見た、中川に架かった高砂橋です。

 

 

          「橋」       高田敏子

少女よ
橋のむこうに
何が あるのでしょうね

私も いくつかの橋を
渡ってきました
いつも 心をときめかし
急いでかけて渡りました

あなたが いま渡るのは
あかるい 青春の橋
そして あなたも
急いで渡るのでしょうか

むこう岸から聞こえる
あの呼び声にひかれて

 

「台所詩人」「お母さん詩人」などともいわれ
新聞紙上で見かけた。
やさしさを包み込むような詩人であった。
青春時代に新聞家庭欄で、お目にかかった詩人でした。


コメ欄は閉めています。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

菜園の隣人

2016-07-20 05:20:51 | 自然  家庭菜園・国府台

「久しぶりですねぇ…、
キュウリとナスを採ったから持って行って!」

隣人の、栗さん。

 

わが菜園には、

キュウリ、トマト、ナスなどすぐに大きくなる野菜は作っていません。

時間的距離的に無理があるからです。

 


畑の隣人、栗さんから頂いた野菜。

 

菜園の種まき


休みがてら、畑の手入れをと思いながら、なかなか他のことに打ちひしがれて行けない。

意を決して出かけました。

ニンジンとミズ菜の種まきである。

1ヶ月ほどのご無沙汰、栗さんがいた。

「縄文さん久しぶりだねぇ~、随分会ってないけど元気でした・・・」

挨拶を交わしながら畑の天地返しに取り掛かった。

スコップを大地に突き刺し掘り起こし、下の土を上に跳ね上げる。

重労働で、結構な力仕事。

すると「持って帰ろうと思ったのだが、俺一人だから持って行ってよ・・・!

昨日も採って行ったのさぁ~・・・・」

茄子と胡瓜をビニール袋に詰めて差し出した。

「まだ採り残しのナスがなっているから、好きなだけ採って行って・・・」

「いつも栗さん、貰うばかりですまんすまん」

と言いながら頂いた。

そういえば栗さん(畑の隣人)には、玉ねぎの苗をいただいたのに、お礼もしてない。

懐の深い方で、いつもお世話になるばかりです。

几帳面で、野菜作りもとても上手です。

すると栗さんは、今日は35度を超える猛暑日になると予報が出ていたから、

俺、早めに帰りますと言いながな、農機具を片ずけていた。

時計を見ると11時、別れの挨拶をして後姿を見送った。

栗さんは4~5年前に奥さんに先立たれ、一人生活。

近所に娘さんが住んでおりおり、時々来てくれると言っていた。

今度会ったときは、雑談を交えてじっくり染み入った話をしたいものだ。

有難う、栗さん。

 

 

コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

2016-07-18 20:44:33 | 文学 五行歌

  蝉の一生・七日間

 

朝の散歩から帰ると、

蝉が玄関先の木に、よちよちと這い上がって、手足を動かしていた

 

 

 

 

 

コメ欄は閉めています。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

多摩川浅間神社

2016-07-18 07:56:39 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

初参り&赤子に幸あれ

 

展望台からは、多摩川の清流を眼下に、秀峰富士山が見えます。

 


多摩川浅間神社の本殿

 

コメント欄は閉めています。

 

デジブック 『多摩川浅間神社・夏詣』

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

田園調布の坂道  2の2

2016-07-16 06:11:51 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

桜    坂   
福山雅治の 「桜坂」は、ここです。

 

 

 

東京都大田区田園調布本町の桜坂。

 

福山雅治の「桜坂」の大ヒットで一躍有名スポットに!

大田区田園調布本町の桜坂~東京の新名所

~君よ ずっと幸せに 風にそっと歌うよ
  Woo Yeah 愛は今も 愛のままで

  揺れる木漏れ日 薫る桜坂
  悲しみに似た 薄紅色・・・・

福山雅治が切なく唄う「桜坂」です。

2000年に発売され、売上げ200万枚を超える大ヒット曲となりました。

そのモデルとなった場所が大田区田園調布本町の桜坂です。

東光院の角を雪谷大塚の方向に進むと「さくら坂」の交差点があります。

ここから「さくら坂上」までが旧中原街道の桜坂です。

歌がヒットして以来、若いカップルがたくさん訪れるようになりました。

 
案内標識


桜橋を渡る


桜坂の”桜橋”
最近はあまりにも有名になって橋に落書きする人が多くなったと…地元の人。


Fリーダーから、桜橋のことについて、事細かに説明されました。


桜橋から桜坂を見る。


中原街道旧道、もっともこの辺が面影を残している。
交通量、江戸えの物資の流通の多さから新しく中原街道が作られた。


坂下から、桜橋と坂上方向を見る。
左の坂が旧中原街道(乗用車の左上)です。桜橋も見えます。

 

 福山雅治『桜坂』

歌詞をお読みください。

 

 

 

コメント (11)
この記事をはてなブックマークに追加

東京生活の原点、柳行李

2016-07-15 11:20:11 | 総   日    記

健康な 身体と柳行李&トランク、
        東京生活の原点にタイムスリップ

東京の原点 ・・・・チョイと一服

 



この”長持ち”を見て、少年期(田舎生活)にタイムスリップした。
2階に2棹(さお)ありました。書物や着物が入っていた。
半世紀いやもっと前の物語です。

   

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

古ぼけた柳行李

 

  我が家に古ぼけた柳行李がある。

 田舎を出るとき(東京)、行李りいっぱいに衣類を入れて持たせてくれた母。あれから三十八年も、経たので古ぼけた物になった。

 この冬,妻が夏物を整理していた。
何気なく「随分古くなったね・・・」と言った。

やにわに「それは捨てないで・・・」と言ってしまった。実は、古くなったので処分するのかと早トチリしてしまった。実は、中身の虫干しでした。

私にとって、かけがえのない宝物なのである。
                        


かまくら資料館で見かけた柳行李


 最近は,プラスチック製のきれいな容器が出回り、ほとんど使わない。独身時代、唯一の物入れとして、部屋(寮)の隅や机の下に置いて便利した。

 転勤が多く、あちこちに寮を8回も移動した。その時はとても便利で何でも無造作に詰め込むと整理が出来て、詰め終るとロープを十文字に掛け結べば出来上がり、転勤(移動)にはうってつけであった。

柳行李に、ダンボール箱、これに本箱1ツ、トランクが全ての財産で原点です。

 柳行李に限らず、どこの家庭にも形の悪い、邪魔物が保管してあると思います。何でこんなものがと、不釣合いのものが奥深くの押し入れの片隅に。



何の変哲もない、つまらないものであっても、その人にとっては、捨てがたく思い出の物であって、お金では推し量れない想い出の宝物である。

我が家には、無用の長物がいくつか有る。

 黒ずんだ柳行李は、東京生活の原点である。
        
         
        平成9年3月10日記す    『文集・せせらぎへの投稿』より

 


おことわり

長持ちと、柳行李を『かまくら資料館』で見た。
田舎での生活、そして東京生活の原点が無性に懐かしく、ふつふつと心の中に湧いて来た。
以前もこの記事をupしました。
ちょいと編集し直しました。

  

 

コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

田園調布の坂道  2の1

2016-07-15 08:05:12 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

 起伏の多い高級住宅街で坂道があちこちに

 

馬   坂

     クリック拡大


案内標識柱の説明

この坂道は、大正のころまで馬が引く荷車で台地を上る唯一の坂道であるため

馬坂と呼ばれていた。昔は荷車が通るだけの狭い道幅であったが、

耕地整理により道幅も現在に近いものになったといわれる。


坂下を見る


坂上を見る

 

また、寺坂とよばれたこともあった。

曲折しながら上っている長い坂です。

寺坂とも言いますが、坂道にある照善寺に由来すると思われます。

照善寺内には、庚申塔があります。庚申塔(こうしんとう)は、

中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔です 
 (大田区HPから出典)

 

  富士見坂    

クリック拡大                               

  
富士見坂を上ります 

  案内標識柱の説明

田園調布一丁目12番と30番の間を曲がりくねって上る坂道が富士見坂です。

大正末期ごろより行われた耕地整理によってできた坂道です。

ここからは富士山がよく見えたので、富士見坂と呼ばれるようになったといわれています。

沿道の斜面にある樹林の緑が美しい坂道です。 

 


鬱蒼と茂る左の緑は広大な宗教法人研修所

 
きつい坂でした、坂上から見る。

 

この辺りは丘陵が続き南西側に多摩川が流れていて、地形上は見通し良好のはずですが、

富士山の見える場所は少なくなっています。

東急東横線と目黒線の隣駅、田園調布を中心とした住宅地開発が広がり、

中高層マンションが増えているのです。

この富士見坂も、坂下にある浅間神社の丘や手前の雑木林に遮られて富士山は見えません。

坂の中ほどから勾配は急になりますが、舗道脇の紅葉が美しい素敵な散歩道です。

(大田区HPから抜粋)

 

 次は「桜坂」です

 

 

 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

高級住宅街を抜け公園で憩う

2016-07-13 05:38:51 | 紀  フジの会 ウイクデーハイク

天空を突く、クロマツの幹に手を巡らす (記録用)

 

田園調布駅に集合10時、

(DB)➡整然と並ぶ銀杏並木を抜けて宝来公園へ、そしてクロマツの丘。


直射日光を避けて、木陰でミーテイイグ

駅前で見かけた、孟宗竹林    Eさんyさんが行く

 

デジブック 『宝来公園&クロ松』

 

コメント欄は閉めています。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加