大木昌の雑記帳

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グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変動―

2024-03-05 10:34:09 | 国際問題
グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変動―

今回のテーマは、「グローバル・サウス」と呼ばれる国々の台頭により世界秩序が変化しつつある
ことを、経済的、軍事的、政治的な変化という背景に焦点を当てて検討することです。

そして、次回、これらの国々が実際、どのように行動し、日本はこの状況にどのように対応すべき
かを検討します。

このテーマを取り上げたのは、日本では「グローバル・サウス」についてあまり注目されていませ
んが、日本と世界の将来を考えた時、非常に重要な存在となると考えているからです。

そこで、確認のため、そもそも「グローバル・サウス」とは何なのか、それはどんな背景で生まれ、
今日の世界でどのような位置を占めているのかをごく簡単に説明しておきます。

私たちが世界の国々を見るとき、暗黙のうちに何らかの共通の特徴で分類されたグループとして理
解します。「グローバル・サウス」もその一つです。

たとえば「先進国」と「後進国」というグループ分けです。これは、政治、経済、社会、文化など
国のさまざまな領域を総合的に評価して、「進んだ国」と「遅れた国」に分ける“上から目線”の、
ある種、差別的なグループ分けです。

さすがに最近ではこのような区分はほとんど使われなくなりました。というのも社会や文化が「進
んでいる」とか「遅れている」ということはできないからです。しかし、残念ながらこのような表
現を使う人もごくわずかですが現在でもいます。

私たちになじみのある分類として、経済的な豊かさや発展段階を基準とした「先進工業国」(ある
いはたんに「先進国」)と対比される「発展途上国」(以前は「低開発国」という表現も使われた)
という分類もあります。

これは、中南米、アフリカ、東南アジア、インド亜大陸など南半球あるいはそれに近い地域に位置
しているからです。

単なる分類上の問題ではなく、先進工業国と発展途上国との貧富の格差や、前者による搾取や援助
など広範な問題を総合的に表す表現として「南北問題」といいう表現も用いられます。

というのも、先進工業国の多くは気候が温暖な赤道以北に位置しており、反対に発展途上国の多く
は、中南米、アフリカ、東南アジア、インド亜大陸など南半球あるいはそれに近い地域に位置して
いるからです。

その後、先進国と発展途上国の中間に「新興工業国」というカテゴリーが登場します。

これは、開発途上国のうち、20世紀後半に急速に経済成長した国と地域で、1979年の経済協力開
発機構 (OECD) レポートでは韓国、台湾、香港、シンガポール、メキシコ、ブラジル、ギリシァ、
ポルトガル、スペイン、ユーゴスラビア(1990年に分裂)が、このグループに入ります。

さらに2000年代以降に著しい経済発展を遂げた国として、ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、
インド(India)、中国(China)、南アフリカ(South Africa)の五か国を、それらの頭文字を合
わせてBRICS(ブリックス)と呼ばれる新たなグループが登場しました(注1)。

ブリックスは、たんに経済発展が顕著であるたけでなく、広い国土と多くの人口、豊かな天然資
源をもとに今後大きく成長することが見込まれるという意味合いも含んでいます。

現在は5か国ですが、さらにアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、
UAE6か国の参加を予定しています。これらの国々も、おおむねグローバル・サウスと重なり、
しばしば米欧日のG7に対抗する勢力となる点も注目されます。

以上を念頭において、改めてグローバル・サウスの意味を考えてみると、実は、この言葉には明
確な定義はありません。

「グローバル・サウス」とは、最も広義では南半球ないしはそれに近い地域に位置する発展途上
国の総称で、しばしば北半球に集中する先進国と対比する際に用いられ、「第三世界」と呼ばれ
ることもあります。

具体的には、インド、インドネシアやタイなど一部の東南アジアの国、ブラジルなどの南米の国
や南アフリカなどの新興国が含まれます。

ここで、グローバル・サウスを構成する国のほとんどが、かつて欧米・日本による植民地支配を
受け、搾取と抑圧にお苦しんだ経験がある、という歴史を確認しておく必要があります。この歴
史経験は、グローバル・サウスの立ち位置や言動を理解するうえで非常に重要な意味をもってい
ます。

なお、拡大される国々も含めてブリックス諸国も、グローバル・サウスと共通する立ち位置にあ
ります。

このほか、欧米日の西側先進諸国はしばしば、民主主義国と権威主義国とのというイデオロギー
的な対立軸で世界の国々を分類します。

たとえば欧米日の先進国は、近年のウクライナ戦争を権威主義国ロシアによる民主主義国ウクラ
イナへの攻撃と捉え、この戦争を、民主主義を守る戦いと位置付けています。

またアメリカは米中対立を、民主主義のアメリカと権威主義国の中国との対立という構図でとら
え、両者の分断と対立は激しさを増してきています。

一方で、次回に詳しく説明しますが、これらグローバル・サウスの国々は「中立」の立場を示し、
どの国にも加担せず、対立に取り込まれることを避けます。

こうした状況の中で、特に大国インドはグローバル・サウスの声を拡大する必要性を訴え、リー
ダーとしての地位を強調するような動きを見せています(注2)。

世界における経済成長性や、その立ち位置から、グローバルサウスは新たな勢力として存在感を
増してきています。これは、2023年のG7広島サミットにG7以外で招待された8か国のうち、
オーストラリアと韓国を除く6か国(インド、インドネシア、クック諸島、コモロ、ブラジル、
ベトナム)などのグローバル・サウスの国々であったことにも現れています。

日本政府はG7広島サミット開催にあたり、ロシアによるウクライナ侵略を背景に「法の支配に
基づく国際秩序の堅持」「グローバルサウスへの関与の強化」という「2つの視点」を掲げてい
ました。

言い換えると、G7はもはや自分たちの政治経済的利益を守るためにも、グローバル・サウスを
取り込む必要に迫られたことを意味しています。

しかしこれらの国は、アメリカ主導による世界秩序(パックスアメリカーナ)のダブルスタンダ
ードに苦しめられてきた歴史を持っており、ウクライナ紛争に対しても中立の立場をとり、対ロ
シア制裁に参加していないなど、G7の目論見通りに行動していません。

その背景にはアメリカの凋落とグローバルサウスの成長という世界秩序の大きな変化があります。

エコノミスト田代秀敏氏は、国際通貨基金(IMF)が公表している「購買力(PPP)換算国内総
生産(GDP)の世界シェア」から作ったグラフを示し、G7諸国のGDP合計は2000年に新興・発
展途上国のGDP合計に追い越され、2010年代後半には、新興・発展途上国の中のアジア諸国だけ
のGDP合計にも追い抜かれていることを明らかにしました。

さらに田代氏によると、今年2023年には、日本とアメリカのGDP合計が、中国1国に抜かれる
「記念すべき年」になると予測しています。
 
とりわけ深刻なのは工作機械の分野で、中国は世界の約30%と占めています。日本は約15%、
ドイツもほぼ同じ15%、イタリア、アメリカに至っては7%、8%に過ぎません(注3)。

G7諸国はもはや世界経済リードする余裕はなく、G7サミットでは経済的に台頭する新興・発展
途上諸国から、G7諸国の利益を保護することに汲汲とする有様でした。

実際、議長国日本政府が発表したG7広島サミットの「主要議題」の筆頭には、「対ロシア制裁、
ウクライナ支援、『自由で開かれたインド太平洋』」という「地域情勢」が掲げられていますが、
「世界経済」という議題は設定されていません。

エコノミストの田代秀敏氏はこれには主に二つの要因が関係していると指摘しています。

一つは、サミットの議題ともなった「法の支配に基づく国際秩序の堅持」について、経済の視点
からすると、アメリカが主導して設立された、IMFや世界銀行などの国際機関にもとづき、アメ
リカ合衆国ドルを基軸とする国際金融システムや、それを土台とする世界経済秩序が揺らいでい
る状況です。

田代氏は、アメリカによる世界秩序、つまり「パックス・アメリカーナ」は、米国の圧倒的な経
済力と軍事力が前提となっていましたが、米国の経済力の衰退、銀行破綻リスク、米国債のデフ
ォルト、アフガン戦争の敗北などによって、「失われつつある、あるいは、既に失われている」
と指摘しています。

広島サミットのもうひとつ、「グローバル・サウスへの関与の強化」について、田代氏は、「中
国包囲網の形成の一環だ」と指摘しています(注4)。

GDP世界シェアで急成長を続けるインドを、G7諸国の側に引き入れることができれば、中国を
経済的に包囲できるという願望を込めて、インドのモディ首相を広島サミットに招待したことは
明らかです。

現在の世界秩序は、「ますます重要性を増すグローバル・サウスと、慌てふためく先進資本主義
国」という構図です。

次回は、具体的に「グローバル・サウス」のリーダーたちの言動を取り上げ、合わせて、日本は
どのように対応すべきかを検討します。

(注1)第一生命経済研究所https://www.dlri.co.jp/report/ld/279639.html
(注2)日本経済研究所 https://www.murc.jp/library/terms/ka/global-south/
    三菱UFJリサーチ&コンサルティング https://www.murc.jp/library/terms/ka/global-south/
(注3)(AERA 2023年6月19日号、11ページ)。
(注4)IWJ 2023.5.31  https://iwj.co.jp/wj/open/archives/516159



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