大木昌の雑記帳

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岸田首相の訪米(1)―首脳会談にたいする日米の温度差―

2024-04-23 08:58:38 | 国際問題
岸田首相の訪米(1)―首脳会談にたいする日米の温度差―

岸田首相は4月8日~14の日程で訪米しました。日本の外務省だけでなく、NHK
やその他のテレビや新聞は、なぜか「国賓待遇」という点を強調しています。

いうまでもなく、「国賓」とは元首にたいして使われる言葉であり、「国賓待遇」と
はそれに対応する歓迎の式典や待遇を指します。

元首でない岸田首相は「国賓」にはなり得ませんが、米国政府は礼砲を放ち公式晩
餐会を開いて首相を歓待しました。

もちろん、こうした米国政府の待遇は、岸田首相を思い切り持ち上げて、日本に対
する外交交渉を有利に運ぼうとする思惑があったからでしょう。これにたいして、
『東京新聞』(2024年4月13日)は「国賓待遇に覚える違和感」という社説を掲
げていますが、全く同感です。

いずれにしても、これで気分を良くした岸田首相は、この時点ですでにアメリカの
手の内に乗せられて「勝負あり」です。

その喜びようは、バイデン大統領と車に乗り込んだ時のツーショット写真に写った
岸田首相の顔は、「破顔一笑」を通り越して、ちょっと失礼な表現ですが、舞い上
がって不自然なほど大きく口を開けた顔つきにもはっきりと表れていました。

車の中でのツーショット 米側の歓待を受けてご満悦の岸田首相


皮肉なことに、首相が訪米中で得意の絶頂にあった11日(日本時間)に発表され
た、時事通信4月の世論調査(5~8日に実施された)によると、岸田内閣の支持
率は前月比1.4ポイント減の16.6%となり、国内では政権発足以来最低を更
新していました。

そして不支持率は2.0ポイント増の59.4%でした。自民党は派閥裏金事件で
すっかり国民の支持を失っていたのです(注1)。

日本にとって最も重要なイベントは、訪米のクライマックスともいえる10日(日
本時間11日)にホワイトハウスで行われた「日米首脳会談」と、そこで合意され
た「共同声明」の発表です。

「共同声明」の内容に入る前に、「首脳会談」から「共同声明」の発表時までに現れ
た日米政府のこの会談にたいする温度差について触れておきたいと思います。

この“温度差”は、今回の首脳会談と岸田首相に対して米側が、本音のところでどれほ
ど重要視していたのかを示しています。

ホワイトハウスで10日に開かれた首脳会談後の記者会見では、図らずも日米両政
府のこの声明にたいする姿勢の違いが露呈してしまいました。

記者会見ではホスト役のバイデン氏が約5分間、原稿を映し出すプロンプターを見
ながら発言しました。彼は、日米関係の進展を強調した後に「岸田首相個人もたた
えたい」と語り、日本が日韓関係を進めたことを称賛しました。

続いて岸田首相がスピーチをしました。記者会見に出席した日本人記者によれば、
岸田首相は用意された原稿に従って10分間発言しました。その間、日本の高官が
原稿にチェックを入れながら発言に漏れがないかを逐一確認する姿が見られました。

スピーチの原稿を見つめて、読み間違えがないかを逐一チェックする日本人高官

出典(注2)参照

一方、岸田氏の発言が冗長だった面もありますが、この間、米政府の高官はスマー
トフォンを操作したり、同時通訳のヘッドホンを外したり、爪をいじったりする姿
が見られたという。

さらに、記者会見の同席者にも違いがありました。秘密性が高い重要な話をする首
脳会談には、日本側から上川陽子外相、秋葉剛男・国家安全保障局長、米側からブ
リンケン国務長官、サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が出席しました。

しかし会談後の記者会見には、ブリンケン、サリバン両氏の姿はありませんでした。

米外交は、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への侵攻への対応で多忙を
極めていました。さらに、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルがシリアにあるイ
ランの大使館をミサイル攻撃し、革命防衛隊の幹部13人を殺してしまった事件へ
の対応などで多忙を極めていました。

バイデン外交を支える最側近の2人が欠席していたことは「国賓待遇とはいえ、日
本だけを相手にしているわけにはいかない」という米側の本音を示しています。

バイデン氏も会見後半の質疑に入ると語調が弱くなり、記者席の最前列でも聞き取
りにくい場面が度々あったようです。

81歳という高齢でも選挙集会では力強い演説をすることがあるのに、関心や緊張
感の低い場では声に張りがなくなるようです。出席した記者は、今回も他の行事に
比較すると、力の入れように弱さも垣間見えた、と印象を語っています(注2)

こうした実態をみると、形式的には「国賓待遇」という最大級の厚遇を演出しなが
らも、内実はいかにも気持ちが入っていない、軽く受け流している感じがします。

それもそのはずで、実際の首脳会談に入る前に、そこに盛り込まれるべき内容や文
言は双方で入念に検討され、アメリカは日本がアメリカとともに安全保障に関与す
るということを約束させていたからです。

一言でいえば、日本はアメリカ軍と一体になって、アジアの範囲を越えて世界のど
こでも安全保障を共に担って行く、ということを日本は約束させられたのです。

これを検証するため以下に、「共同声明」の中身の要点を整理して見てみましょう。

まず、「共同声明」のタイトルは、「未来のためのグローバル・パートナー」となっ
ており、これが全体の方向性を示しています。

ここには、日本はアメリカと共に、東アジアという地域的(ローカル)な問題だけ
でなく、グローバルな、つまり地球規模での問題に対応してゆく仲間として共同行
動をとろうという意図がはっきり見えます。

すなわち、日本はウクライナ戦争のような事態にもアメリカと一体となってかかわ
って行く可能性があることも意味します。ここには岸田首相の、かなり前のめりの
姿勢がタイトルにも現れています。

以上の事情を念頭に置いて、以下に「共同声明」の中身についてみてみましょう。
「共同声明」にはいくつかの領域が含まれていますが、ここではまず大きな領域区
分の項目だけを挙げておきます(注3)。

なお、「共同声明」は、発表の後で行われた共同記者会見で補足されたので、必要
に応じて、記者会見での発言を補足します。

「共同声明」の冒頭部分で、(バイデン大統領の就任以後)3年間に日米同盟は前
例のない高みに達したこと、すなわち深化したことが述べられています。

それを土台として日米は次のような関係にあるとしています。
日米両国及び世界の利益のために現在及び将来の複雑で相互に関連する課題に対処
する という目的に適うグローバルなパートナーシップを構築するため、あらゆる
領域及びレベルで協働している。我々は、同盟協力が新たな高みに達するに当たり、
パートナーシップのグローバルな性質を反映すべく関与を拡大している。

ここで「あらゆる領域」と表現されている具体的な中身として、「共同声明」では、
(1)防衛・安全保障協力の強化、(2)宇宙における新たなフロンティアの開拓、
(3)イノベーションの推進、(4)経済安全保障の強化、(5)気候変動対策の加速化、
(6)グローバルな外交・開発における連携、(7)両国民のつながりの強化などの幅
広い分野で協力関係を拡大するとしています。

上記の7領域のうち(1)の領域に掲げられた防衛・安全保障協力の分野こそが今回
の日米会談の最重要問題で、内容的には7割くらいが軍事・安全保障関係です。

「防衛・安全保障協力の強化」の中身を見てみると、グローバルなパートナーシップ
の中核は、日米安全保障条約に基づく二国間の防衛安全保障協力であり、これこそが
イ ンド太平洋地域の平和、安全及び繁栄の礎であり続けることを確認する、とある。

そして、
    バイデン大統領は核を含むあらゆる能力を用いた、同条約第5条の下での、
    日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントを改めて表明した。

つまり、日本が他国に攻撃された場合、アメリカが何らかの形で関与することを改め
て確認したのです。

しかしこの部分は、ただたんに、1960年に改訂された日米安保条約の規定を繰り返し
ただけで、アメリカが以前にもまして日本の防衛に深く責任を負うということを表明
したわけではありません。

これに対して
    岸田総理は、日本の防衛力と役割を抜本的に強化し、同条約の下で米国との
    緊密な連携を強化することへの日本の揺るぎないコミットメントを改めて確
    認した。バイデン大統領はまた、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用
    されることを改めて確認した。
と続きます。

良く知られているように、日本政府はオバマ政権の時以来ずっと、米大統領から「安
保条約第5条が尖閣列島に適用される」、との言質を取りたがっており、これにさえ触
れておけば日本は大いに喜ぶことを知っているバイデン大統領は、岸田首相の要請と、
米側の一種のリップサービスでこの文言を入れたと思われます。

尖閣諸島問題について岸田首相はかなり強く要請したようで、以下のような文言も付
け加えられています。
    我々は、尖閣諸島に対する日本の長きにわたり、かつ、平穏な施政を損なお
    うとする行 為を通じたものを含む、中国による東シナ海における力又は威
    圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みにも強い反対の意を改めて表明し
    た。我々は、日米の抑止力・対処力を強化するため、南西諸島を含む地域に
    おける同盟の戦力態勢の最適化が進展していることを歓迎し、この取組を更
    に推進することの重要性を確認する。

この文章をよく読んでみると、アメリカは尖閣諸島や南シナ海における中国の威圧や
一方的な現状変更に反対はするが、いったん、紛争が生じた場合にどのように対応す
るのかについて何も言っていません。

それでも、「日米抑止力・対処力を強化」「同盟の戦力態勢の最適化」などの文言はこ
れまで比べて日米の軍事的反撃を示唆する文言が加わったのは小さくない変化です。

もっとも実際に尖閣諸島で紛争が生じた場合、第一義的には日本の自衛隊が対応する
となっていて、米軍が直接参戦するとは一度も言っていません。しかも、アメリカは
尖閣諸島の領有権がどの国に帰属するかについては一貫して言及を避けてきました。

尖閣諸島の問題が日本側にとって大きな関心事であったとすると、米国にとっては日
本が軍事費を増強し、日米が連携して軍事行動に出ることができるようになることが
重大な関心でした。

「共同声明」はそれについて以下のように述べています。

    米国は、日本が自国の国家安全保障戦略に従い、2027日本会計年度に防衛力
    とそれを補完する取組に係る予算をGDP比2%へ増額する計画、反撃能力を
    保有する決定及び自衛隊の指揮・統制を強化するために自衛隊の統合作戦司
    令部を新設する計画を含む、防衛力の抜本的強化のために日本が講じている
    措置を歓迎する。これらの取組は共に、日米同盟を強化し、インド太平洋地
    域の安定に貢献しつつ、日米の防衛関係をかつてないレベルに引き上げ、日
米安全保障協力の新しい時代を切り拓くこととなる。

この部分は、重大な問題をはらんでいます。

第一に、防衛費は1%前後で推移してきたのに、2027年までにGDPの2%に増額さ
せると、毎年現在より5兆円も多くなりますが、国内的に財源問題を含めて国民的議
論も合意も得られているわけではありません。

安倍政権時にはトランプ氏との約束で、戦闘機の爆買いをしましたが、岸田首相はす
でに23年度予算で、長距離巡航ミサイル・トマホーク、E2D早期警戒機(5機)
の取得、F35B戦闘機(8機)、イージス・システム構成品、F15戦闘機(20
機)、F35A戦闘機など8機、の購入を決めています(注4)

こうした武器兵器がどれほど日本にとって必要なのかについても、ち密な議論はなく、
岸田政権はただ2%という数字と金額の達成だけを目標としています。

それにも関わらず「共同宣言」ではあたかも国際公約であり既定の事実であるかのよ
うに書かれています。この軍事費の増大が福祉や教育、医療などへの予算の減少と国
民の負担増をもたらすことは間違いありません。

第二に、安保三文書の閣議決定による敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有は、憲法9
条に違反するものであり、憲法に基づく平和主義、立憲主義及び国民主権を堅持する
立場から認められない、との意見もあります。国会での慎重な審議を経ないで閣議決
定だけで反撃能力を強化することには重大な問題があります。

「共同宣言」に関してはまだまだ問題は山積みですが、第三以降については次回に検
討しようと思います。




(1) JIJI.COM (2024年15時03分) https://www.jiji.com/jc/article?k=2024041100763&g=pol
(注2)『毎日新聞』(電子版2024/4/11 14:19 最終更新 4/12 02:39)https://mainichi.jp/articles/20240411/k00/00m/030/142000c
(注3)「共同声明」の全文は英文・日本語とも外務省のホームページで見ることができます。
(注4) 共同記者会見については、岸田首相の発言は 官邸ホームページ
  https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2024/0410kyodo_kaiken.html、
  英文のフルテキストはホワイトハウス発の
Remarks by President Biden and Prime Minister Kishida Fumio of Japan in Joint Press Conference | The White Houseを参照。
(注4)『しんぶん赤旗』電子版(2023年4月30日(日)  https://www.jcp.or.jp/akahata/aik23/2023-04-30/2023043002_01_0.html

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