大木昌の雑記帳

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検証:岸田首相(2)―国会無視の閣議決定と深まる「民主主義の危機」―

2024-08-27 10:17:51 | 政治
検証:岸田首相(2)
―国会無視の閣議決定と深まる「民主主義の危機」―

岸田首相の在職3年間を中島岳志氏は、「彼自身の考えがどこにあるのかつかめない。ブレ
ることだけはブレないというスタンスで首相を終えることになる」、「岸田氏は首相になり
たいだけの人だった。政権維持が目的化し、政策はそのための手段でしかなくなっていた」
と総括しています(『東京新聞』(2024年8月15日)

しかしこの3年間に岸田首相が行った政治をみて私は、ただ「首相になりたいだけの人」
だけでは済まされない大きな問題があると思います。

その一つとして私は、民主主義の危機が一層深まったとの危機感を感じています。ます、
この点から検証してみましょう

1 民主主義の危機
岸田首相の発足当時、「民主主義の危機」と「新しい資本主義」がキーワードでした。第
二次岸田内閣の発足時2021年11月の記者会見で、『東京新聞』の記者が次のような質問
をしました。この時のやり取りは「首相官邸」のホームページに掲載されています(注1)。
長くなりますが、重要な部分なので以下に引用します。

記者の質問
    総理は総裁選に出馬する際に、民主主義の危機だと、国民の信頼が壊れていると。
    それを守るために、今回総裁選に立候補されるというような御発言もありました。
    ただ、それ以降、就任以降、そういった言及についてあまり私は耳にしていないの
    ですけれども、現時点で総理は当時、問題意識を持たれていた民主主義の危機とい
    うものに対してそれはもう脱しているというふうにお考えなのでしょうか。
    
これにたいして首相は、
    まず、民主主義の危機を脱したと思っているのかという質問については、私は、引
    き続き、民主主義の危機の中にあると思っています。民主主義の危機にあると申し
    上げたのは、コロナ禍の中で国民の皆さんの心と政治の思いがどうも乖離(かいり)
    してしまっているのではないか。こういった声を多く聞いたということを挙げて、
    民主主義の危機ということを申し上げました。
    国民の皆さんの思いが政治に届いていないのではないか、政治の説明が国民の皆さ
    んの心に響かない、こういった状況をもって民主主義の危機だということを申し上
    げました。
    更に言うと、自民党が国民政党として国民の声をしっかり受け止められる政党であ
    ることをしっかり示さなければならない、こういったことも危機を前にして申し上
    げた、こういったことであります。
    よって、先ほども申し上げましたし、今までも何度も申し上げていますように、国
    民の皆さんとの対話、意思疎通、丁寧で寛容な政治、こういった姿勢をこれから
    も取り続けることが国民の皆さんと政治の距離を縮める大変重要なポイントである
    と思い、これからも努力を続けていきたいと思いますし、また、自民党の党改革に
    ついても冒頭申し上げました。
と答えています(注2)。

当時は、それまで9年近くの「安倍・菅政治」が国会を軽んじ、反対意見に耳を傾けず、数の
力で法案を押し通し、憲法や法律の解釈を独断で変更する強権的な政治手法により民主主義を
傷付けたとの問題意識が岸田首相には感じられました。しかし今では、それも政権に就くため
の方便だったと考えざるを得ません。

たとえば安全保障、原子力発電を中心としたエネルギー政策、マイナ保険証の実質義務化など
への政策転換も、国民の幅広い合意なく進めてきました。民主主義とは程遠く、政権の振る舞
いは民意とかけ離れるばかりです。(『東京新聞』2024年8月16日)

私が岸田首相の政治手法を見て最も「民主主義の危機」を感じたのは、戦後の日本が堅持して
きた「専守防衛」という基本方針更と、原発を含むエネルギー政策を、国会での十分な議論と
議決法的な手続きを経ず「閣議決定」という、いわば裏口から裏道へこっそりと変更し、それ
を既成事実として実施してきたことです。

閣議決定とは、内閣総理大臣が主宰し全閣僚が出席する閣議における意思決定のことです。こ
れは立法化の一つのプロセスにすぎず、最終的には国会での審議・議決を必要とします。

しかし、政府与党が議会で多数を占めている現状では、それが事実上の国の基本方針として威
力をもちます。岸田首相は、国の基本方針を内閣だけで決め、それを既成事実化して国民に押
つける、という手法をとってきました。今回の記事でもその具体例を示してゆきます。

閣議決定により政策を実施することは、国権の最高機関であり国民の代表によって構成される
国会の審議を経て議決をする、という議会制民主主義のルールを無視することを意味し、民主
主義の危機と言わざるを得ません。

この手法は、安倍首相が「集団的自衛権」を発動できるようした際に、憲法9条と抵触する可
能性があるため、国会の議論と議決を避けて、閣議決定という手法が採られました。

安倍首相はこれに限らず、しばしば都合が悪い問題に対して国会での十分な説明と議論を避け、
を軽視する傾向がありました。

山口二郎・法政大教授はこれを「安倍デモクラシー」と呼んで批判しました。その意味は、一応
選挙を経て国会議員を選び、言論の自由が保障されている、という意味ではデモクラシー(民主
主義)が実現されていると言える。

しかし、国民の代表からなる国権の最高機関である国会が軽視ないしは無視されているのが実態
なのだ、というのが安倍首相の政治の実態だ、というのです。

山口氏は、岸田首相は「安倍デモクラシー」の手法を踏襲していると批判しています(注3)。

以上を念頭においてまず、安全保障の問題から岸田首相の政治手法と閣議決定の実態を見てゆき
ましょう。

2 安全保障
岸田首相の出身派閥の「宏池会」はリベラル(軽武装、経済重視)として知られていますが、岸
田首相は「軍拡」にまい進してきました。

岸田政権は2021年12月16日、国家安全保障戦略(NSS)など安保関連3文書を閣議決定しました。
NSSは安保環境が「戦後最も厳しい」とし、相手の領域内を直接攻撃する「敵基地攻撃能力」を
「反撃能力」との名称で保有すると明記しています。

これにともない、「集団的自衛権の行使」容認に転じた安倍政権の独断的な政治姿勢を受け継ぎ、
関連予算を含む防衛費を国内総生産(GDP)比2%に倍増する方針を閣議だけで決定してしま
いました。(『東京新聞』2024年8月16日)

具体的には、防衛費は23年度から5年間で総額43兆円とこれまでの1・5倍に。財源として
所得税などの増税を決める一方、一回限りの定額減税の実施を突然打ち出し、場当たり的と批判
されてきました。『東京新聞』2024年8月15日)

岸田首相は、憲法に基づいて専守防衛に徹し、軍事大国とはならないとした戦後日本の防衛政策
は、大きく転換したのです(注4)。

もう一つ重要な問題は、安倍内閣進めた対米従属、軍事力強化政策を、岸田首相はさらに推し進
めたことです。「アベノミクス」は福祉を縮小し、経済格差を大幅に広げました。そして米軍事産
業製の兵器を大量に輸入したが、それでも岸田内閣ほどまでには軍事予算を一挙に増大させません
でした(『東京新聞』(2024年8月20日)。

一方でアメリカから大量の兵器を輸入し、他方で日本も武器の輸出を目指すようになります。岸田
首相は2023年12月22日の閣議決定をもって「防衛装備移転三原則」及び「防衛装備移転三原則の
運用指針」を一部改正しました(『内閣府 ホームページ  2023年12月22日 』。これによ
り日本は、幅広い分野での防衛装備の移転が実質的に可能としました。

平和憲法を尊重する日本のプライドは「戦争はしない。死の商人にはならない」というものでし
た。敵基地攻撃能力の保持が強められ、さらには来年3月創設される自衛隊の「統合作戦司令部」
が米軍の統合作戦司令部に「対応」するする組織になりそうです。

岸田首相は、日本を「悪夢のような軍事大国への回帰」を目指しているかのごとくです(『東京新
聞』(2024年8月15、20日)

岸田首相が軍備の拡張をする際に、それによってどれほど日本の安全が改善されるのか、という
合理的、本質的な検討は全く行っていません。ただ、アメリカから武器の購入ありきです。

3 原発政策の転換

安全保障面での軍事力増強と対米従属の強化とならんで、大きく転換したのが原発政策です。

衆院選公示前日の2021年10月18日、日本記者クラブ主催の党首討論会が開かれました。岸田首
相は「2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)で再生可能エネルギーが
基軸であることはその通りだが、電力の安定供給、価格を考えた場合に再エネ一本足打法では
応えられない。ぜひ他の選択肢も必要ということで、原発もその一つとして認めている」と、
従来の考えを繰り返しました。

この党首討論会の際、記者から「原発の新増設について自民党は認めているということでよい
か」と質問が出たのに対して、岸田首相は
    まずやるべきは原発の再稼働。その次に出てくるのが40年、60年という使用期限の問
    題だ。古い原発を使うなら、リプレースする必要があるのではないかという議論もあ
    る。この議論をしっかり行った上で方針を決めたいが、まずは再稼働にしっかり取り
    組みたいと答えました。

これは重大な発言で、まず、既存の原発は60年を上限にそれ以上は廃炉にしなければならな
かったが、もし原発に問題なければ60年を超えても稼働できる方向を示したのです。

つぎに、古い原発を「リプレース」する可能性にも言及しているのです。つまり、古い原発を
使い続けるだけでなく、それに代わる新たな原発を建設する可能性をも示唆したことです(注5)。

実際、岸田首相や急速に原発東京電力福島第1事故後、政府は原発依存度を低減する方針を示し
てきましたが、23年に原発の60年超運転や次世代革新炉の開発・建設を目指す基本方針を
議決定
し、「原発回帰」にかじをきりました。

岸田首相は既存原発の再稼働についても前のめりでした。東電柏崎刈羽原発6、7号機はテロ対
策の不備によって昨年末まで運転禁止命令が出されていました。今年1月には能登半島地震があ
ったにもかかわらず3月に政府が新潟県にたいし、再稼働方針への理解を求めると、直後の4月
には7号機に核燃料が装填されました。

これにたいして新潟国際情報大学の佐々木寛教授(政治学)は、
    基本方針は閣議決定で、核燃料装填も地元合意がないまま進められた。すべては、方針
    ありきのトップダウンで『理解しろ』という態度。ボトムアップの合意形成がないのは
    非民主的で、怒りを覚える。「聞く力」とはなんだったのか。
    エネルギー政策は中長期的な視点が必要だが、矛盾を先送りにしたまま無責任に去るこ
    とになる。

と怒りをあらわにしています(『東京新聞』2024年8月15日)。

こうして、福島の原発事故からわずか12年の後には原発再稼働へ踏みだしたのです(注6)。

原発の新増設と稼働年数の延長の背景には、電力の安定供給を望む経済からの要請があったもの
と思われます。

実は、2022年に岸田首相は、原発の新増設や運転期間の延長など原子力政策の見直しを指示し、
経済産業省がこれらを盛り込んだ行動計画案をまとめました。

この案を基本的に了承した経産省の審議会では、原発推進の産業界代表から、「私ども経団連の
意見を反映していただき、ありがとうございました」、と本音が隠すことなく飛び出しました。

このことにも、経済界と岸田政権との癒着ぶりがはっきりと表れています(注7)。

以上みたように、岸田首相は、安全保障と原発政策という日本にとって重大な問題の政策を閣
議決定という「裏道」で大きく変えてきました。


4 核廃絶問題

岸田文雄氏は東京生まれの東京育ちですが、岸田一族の本拠地は広島なので、選挙区は広島と
なっています。

このため、岸田首相は核廃絶をライフワークとしています。今年の8月6日の広島平和祈念式
典のスピーチで、「『核兵器のない世界』への道のりが厳しいものであったとしても、その歩み
を止めるわけにはいかない」と語りました。

しかし、その約10日前に日米閣僚級会合を開き、日本が米国の「核の傘」で守られていること
を国内外に誇示したばかりなのです。

首相が訴える核廃絶の理想と日本がアメリカの核兵器への依存を深める現実との矛盾は深まる
一方です。この状況にたいして鎌田慧氏は、
    世界史的な悲劇の『ヒロシマ』を背負いながら、その出自をもっぱら自己権力と政治
    家系の維持に執着していた首相として、後世評価されるだろうか?
と皮肉を込めて問いかけています『東京新聞』(2024年8月20日 さよなら岸田首相 本音の
コラム 鎌田慧)

実際、昨年の「G7広島サミット」は日本が主催国で、岸田氏にとって、「核なき世界」「核廃
絶」をG7各国と世界にアピールする絶好の機会でした。

しかし、この機会に出された共同文書「広島ビジョン」はアメリカの「核の傘」の下で核抑止
力を肯定する内容でした。広島県原爆被害者団体協議会の箕牧智之理事長は
    おらが県の選挙区出身ですから、関心を持って見てきた。ところがG7では核抑止論
    を持ち出されて正直がっかり
と漏らしています。

そして今年、2024年6月の広島伝の平和祈念式典後の面会の場で被爆者団体協議会側から核兵器
禁止条約への参加を求めましたが、岸田氏は否定的な姿勢を崩しませんでした。被爆者は、自分
たちの願いと首相の言動とがどんどん離れていく、と感じていともらしました『東京新聞』2024
年8月15日)

岸田氏は、ことあるごとく「核なき世界」を自らのライフワークであるといい、そのためには核
保有国と非保有国との「架け橋」になると言いながら、具体的に何らそのための努力をしていま
せん。

結局岸田首相は日本人の悲願ともいうべき核兵器廃絶に背を向け、あえて私の表現をすれば「ヒ
ロシマ」を自らのブランドとして利用しているにすぎません。

次回は、これぞ自分の画期的な経済政策だ、岸田首相が胸を張って口にした「新しい資本主義」に
ついて検討します。



(注1)『首相官邸』更新日:令和3年11月10日https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2021/1110kaiken.html
(注2)(『東京新聞』電子版 2021年11月10日 22時39分 https://www.tokyo- np.co.jp/article/142115
(注3)(『毎日新聞 政治ププレミア』電子版(2023年2月7日)
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230206/pol/00m/010/014000c
(注4)(『朝日新聞』電子版(2022年12月16日 16時58分)
https://www.asahi.com/articles/ASQDJ25R4QDHUTFK02L.html
(注5)(『毎日新聞 経済プレミア』(電子版 2021年10月19日)
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20211019/biz/00m/020/005000c?cx_f m=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=2021101。
(注6)(『毎日新聞 経済プレミア』電子版 (2023年3月11日)
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20230309/biz/00m/020/006000c。
(注7)『毎日新聞 経済プレミア』(電子版 2022年12月4日)
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20221203/biz/00m/020/005000c?cx_fm =mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20221204


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