大木昌の雑記帳

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グローバル・サウスの台頭(2)―米国覇権から“新G7”へ―

2024-03-12 07:18:20 | 国際問題
グローバル・サウスの台頭(2)―米国覇権から“新G7”へ―

『週刊エコノミスト』(毎日新聞社刊)の2023年4月11・18日合併号は、同誌創刊100
周年記念号になります。

同誌は特集として「台頭するグローバル・サウス 地盤沈下するG7」に焦点を当てています。
つまり、本ブログの前回記事のタイトル「グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変
動―」とほぼ重なります。

編集部が、記念すべき創刊100周年の記念号にグローバル・サウスをテーマを選んだことの背
景には、今が歴史の転換点にあるとの認識があったものと思われます。

全体は大きく、(第一部に相当する)『「分断」を拒否する新興国 中印がもくろむ世界新秩序』
と第2部「追い込まれる西側先進国」に分かれ、前者に14本、後者に5本の論考が掲載されて
います。

ここではグローバル・サウスに焦点を当てて、それらの諸国の実態や行動原理に焦点を当て検討し、
合わせて、“地盤沈下”しつつあるG7の一角を占める日本の立ち位置について考えてみたいと思い
ます。

まず、編集部による特集の巻頭論考から見てみましょう。そこでは大まかな傾向を示すために、国
際通貨基金の統計から編集部で作成した購買力平価(PPP)でみた国内総生産(GDP)の世界
トップ20か国を20年ごとに示した表(表1)を掲げています。

表1 購買力平価でみた国内総生産世界トップ20の変遷
   
出典『週刊エコノミスト』2023年4月11日・18日号:15。

購買力平価は、物価水準を反映し適正な為替レートで計算した国内総生産(GDP)で、より実態
に近いといえます。

表1では、G7(青色)を押しのけて、新興国・途上国(グローバル・サウスと置き換えてもよい)
が1982年から2020年にかけてトップ20に食い込んでいることがはっきり
分かります。

特に注目されるのは、ロシアとロシアの制裁に加わっていない9か国(赤色=中国以外はグローバル
・サウスでもある)の台頭は目覚ましく、22年には中国が米国を抜いて世界1位に、3位のインド
は4位の日本を金額で倍近く引き離している事実です。

さらに、G7の合計と9か国(赤色の国々)の合計を比べると、02年時点では9か国はG7の6割
に過ぎなかったのに対して22年は130%にまで成長しています。

グローバル・サウスの国々は、ロシアのウクライナ侵攻は許されないが、欧米主導の対露制裁はサプ
ライチェーン(エネルギー、食料、肥料など)を分断し、そのしわ寄せは最終的に最貧国に向かう、
との立場から対露制裁に参加していません(中国問題グローバル研究所所長遠藤誉氏 前掲雑誌:15)。

グローバル・サウスの台頭を示す他の指数に民間組織の「Correlates of War」プロジェクトが公開し
ている「総合国力指数」があります。

この指数は、その国の軍事費・軍人・エネルギー消費・鉄鋼生産・都市人口・総人口の6指標から独
自に計算されたものです(『週刊エコノミスト』2023年4月18日・19日、16ページのグラフ)。

それによると、戦後米国の値は世界でも圧倒的に高い水準にありましたが、その後徐々に低下し、冷
戦期と重なる70年代~80年代中盤にはロシア(旧ソ連)と拮抗する水準に低下しました。

一方、その陰で中国が徐々に指数を上げ、90年代中盤には米国を抜いて1位となりました。また、
インドの指標が80年代後半から一貫して上昇していることも見逃せません。

国際政治に詳しい福富満久一橋大学教授は、「総合国力指数」には多少技術的な問題はあるが、
「90年代半ばに中国がこの指標で1位だった時に、世界はまだ中国の経済成長に気づいていなか
った」、そして、「インドが徐々に順位を上げており、世界で影響力を発揮する可能性が見て取れ
る」、「今後はいかに米国が覇権を次世代の国に譲れるかが焦点となる」と解説しています。つま
り、米国はその覇権を他国に譲らざるを得ない段階にきていることを指摘しています。

上記雑誌の第二部は、ウクライナ戦争の長期化が予想される中、欧米諸国はウクライナ支援の経済
的な負担に加えて急激なインフレも相まって、世界経済において相対的に地盤沈下が進んでいるこ
とが詳しく説明しています。

この状況を編集部「米国覇権の終焉」という見出しで説明しています。その背景には、世界秩序の
中心は徐々にG7から中国と、インドを中心としたグローバル・サウスに移りつつあるという認識
があったものと思われます。

なお中国は、グローバル・サウスの範疇には入りませんが、それらの国々への経済支援を通じて結
びつきを築いていること、アメリカの世界的覇権(一極支配)にたいする反発という点で、グロー
バル・サウスの国々と利害や行動を共有する傾向があります。

中国は、国際政治の舞台で外交を積極的化しています。昨年の2月24日には「ウクライナ危機の
政治的解決に関する中国の立場」という12項目からなる和平案を発表し、「対話」により解決す
べきことを訴えました。

世界を驚かしたのは、この和平案のすぐ後の3月10日、北京においてイランとサウジアラビアと
の7年ぶりの国交回復を仲介したことです。

というのも、宗教的には同じイスラム教ではありますが、イランはシーア派の大国で、サウジアラ
ビアはスンニ派の大国で、これまで敵対関係にあったからです。

これは、グローバル・サウスの国々に対して「中国は話し合いによって解決した平和を重んじる国
であるというメッセージでもありました。

また、イランはアメリカによる厳しい制裁を受けて敵対関係にあり、サウジアラビアは逆に、これ
までアメリカの影響下にありました。その二国を中国がアメリカ抜きで国交を回復させたことは、
アメリカの覇権に少なからず打撃を与えたことになります。

前出の遠藤誉氏によれば、ここには米国による一極支配から抜け出し、グローバル・サウスを味方
に付けた多極的な世界秩序を構築したいという中国の狙いがあるという。

もっとも中国は、毛沢東時代に周恩来首相が参加した1955年のバンドン会議以来の国家戦略と
思想に基づき、「非同盟」の原則の下でアジア・アフリカの発展途上国(中東を含む)と関係を深
め経済発展を達成しようとしてきました(前掲『週刊エコノミスト』2023:18)。

現在の中国は当時と同じ理念で行動しているとは言えませんが、援助を通じてアジア・アフリカの
途上国との関係を深めていることは確かです。

上に述べた、中国によるグローバル・サウスへの積極的な外交的成功はインドに大きな衝撃を与え
ました。そこでインドはアジア・アフリカ・中東で中国に対抗するために積極的に働きかける行動
にでるようになりました。

インドのモディ首相は、昨年のG7広島サミットに参加するため訪日直前に『日本経済新聞』の単
独インタビューに答え、
    民主主義と権威主義の二極ではなくグローバル・サウスの一員として多様な声の架け橋と
    なり、建設的で前向きな議論に貢献する。
    インドは安全保障上のパートナーシップや同盟に属したことはない。その代わり、国益に
    基づき世界中の幅広い友人や志を同じくするパートナーと関わりを持つ。
などと語りました。

インドは特定の国と同盟を結ばずにどこの国とも等距離に付き合うことで、相手国に左右されるこ
となく外交や安全保障をインドが自主的に決める、という伝統的な外交方針である「戦略的自律主
義」を貫く考えを示しました。

そして、日米豪印が参加する「クワッド」について、もしこれが中国封じ込めの意図を持つならば
インドは参加しないと明言しています(注1)。

さらにインドのモディ首相は、2023年9月9日・10日にニューデリーで開催されたG20サミッ
ト(注2)では議長国としてイニシアチブを発揮しました。会議の総括である首脳宣言では、ウク
ライナ戦争に関してロシアを名指しすることなく、一般論でとどめました。他方でモディ首相はむ
しろウクライナとロシアの調停に向けて積極的に仲介する姿勢を示しています。

インドは新興国(グローバル・サウス)の代弁者として振舞っていますが、ブラジルのルラ大統領
もグローバル・サウスの盟主を自任しています。

ルラ大統領は、広島サミット終了直後の記者会見で、ウクライナ問題を持ち込もうとするG7国に
対して「ウクライナ問題はロシアと敵対するG7の枠組みでなく、国連で議論すべきだ」と反対を表
明しました。

そしてルラ大統領は、「バイデン大統領がロシアへの攻撃をけしかけている」「和平を見出したいが、
ノース(北=欧米日。筆者注)はそれを実現しようとしない」と批判しました。そして ゼレンスキー
大統領も参加したセッションでも、ルラ大統領は「ヨーロッパ以外にも平和と安全の課題がある」と
演説し、欧米日のウクライナ支持への偏重を批判しています(注3)。

アフリカについていえば、その多くはかつて欧米の植民地支配を受けたり、あるいはアメリカの軍事
介入で大きな犠牲を払ってきたため、これらの国々に対する反感は非常に強い。彼らは、はっきりと
反欧米の態度をとるか、グローバル・サウスの中立的な立場を維持します(注4)。

日本はグローバル・サウスをどのようにみているのでしょうか。昨年のインドのニューデリーで開催
されたG20会議ではたモディ首相がリーダーシップを発揮しましたが、外相会合には「国会優先」
を理由に欠席し、インドを大きく失望させました。おそらく日本はグローバル・サウスを重視してい
ないとの心証を与えたと思われます。

ところで、今後の世界秩序の在り方は、長期的にみてどのようになるのだろうか?

学習院大学特別客員石井正文教授(元インドネシア大使)は、2030年代はアメリカ・中国・インドの
「3G」が世界の趨勢を決める、その後にはGDP4位の日本、5位に成長著しいインドネシア、そ
して統一を維持していればEU、ロシアと続くとしています。

さらに石井氏は、上記7か国・地域が“新G7”を構成し、それはA(米・EU・日本)――B(インド
・インドネシア)――C(ロシア・中国)という3大勢力から成り、Aの西側先進国、その対極にCの
ロシア・中国があり、両者の間にBの非同盟の大国インド・インドネシアがくる、という図式を描いて
います。

インドネシアが世界主要国の一角を占めることは意外かも知れませんが、インドネシアは世界第4位の
2億7000万人の人口を持ち、平均年齢32歳の若い国で、経済成長が著しく40年代にはGDPで日本
を抜いて世界第四位に浮上すると期待されています。

また一昨年にインドネシアのバリ島で行われたG20サミットでは、不可能と思われた共同声明をまと
め上げ、国際的影響力も増しています(前掲『週刊エコノミスト』2023年:32)。

なお、Bの背後にはインドやブラジルなどのグローバル・サウスの国々が存在していると考えられます。
グローバル・サウスの国々はウクライナ戦争に関して中立的な姿勢をとっているのに、日本は欧米と一
体となってロシアを批判し制裁を実行しています。

冒頭の雑誌の編集部の記事は、「日本はウクライナをめぐる外交も、ウクライナを支援する一方で、ロ
シアの非難・制裁に徹することが本当に国益にかなうのか。日本の国際感覚が今、問われている。」と
結んでいます。

日本はすでにアメリカと軍事同盟を結んでいるのでインドのような戦略的自律主義を貫くことはできま
せんが、あまりにも露骨に欧米(とりわけアメリカ)に追随ばかりしていると、グローバル・サウスを
含むBの国々とCの国々から信頼されなくなる可能性があります。

とりわけ、パレスチナにおいて非人道的な殺戮をおこなっているイスラエルを擁護している米欧を、日
本はただ追認していると、世界のグローバル・サウスや途上国の信頼を得ることは難しいでしょう

世界経済のなかで没落しつつある日本の将来は、文字通り発展しつつグローバル・サウスの国々を上か
ら目線で援助するという姿勢ではなく、対等の立場で協力し合い共存共栄を図ることにかかっています。

(注1) (注1)IWJ (2023年5月20日号)https://iwj.co.jp/wj/open/archives/516087
(注2) G20サミットの正式名称は「金融世界経済に関する首脳会議」で、G7の7か国(プラスEU)に、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコの首脳が参加して毎年開かれる国際会議。
(注3)IWJ (2023年5月24日号)https://iwj.co.jp/wj/member.old/nikkan-20230524#idx-1
『エコノミスト Online』2023.4,3 https://weekly-  economist.mainichi.jp/articles/20230418/se1/00m/020/025000c
(注4)アフリカのグローバル・サウスについては、別府正一郎『ウクライナ侵攻とグローバル・サウス』集英社新書、2023:10章、11章を参照。
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