大木昌の雑記帳

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バイデン大統領の就任演説(1)―アメリカは分断を乗り越え団結を取り戻せるか―

2021-01-26 14:57:51 | 国際問題
バイデン大統領の就任演説(1)
―アメリカは分断を乗り越え団結を取り戻せるか―

2021年1月20日(日本時間21日深夜)、ジョー・バイデン氏が正式に第46第大統領
に就任しました。

就任式のオープニングにレディー・ガガは腰から下はたっぷりとした深紅のドレス、上半身
は黒という姿で登場し、国歌を熱唱しました。この時の様子はYou Tube で観ることができま
すので、是非アクセスしてみてください(注1)。

選挙運動中からバイデン支持を表明し集会で応援演説をしていた彼女にとって、この日はひ
ときわ感動的な1日となったことでしょう。彼女は歌いながら心の中で、喜びと感動で泣い
ていたのではないかと思います。それらの万感の思いを爆発させたその歌声に、確かなオー
ラを感じました。

今回の就任式は、6日のトランプ支持者による議事堂乱入という事態を受けて、ワシントン
の会場周辺を州兵が取り囲むなど、異常な状況で行われました。

熱狂的なトランプ支持者は今でも、選挙は不正で「盗まれた」と信じているし、アメリカは
邪悪な秘密結社によって乗っ取られる危機にあり、トランプはそれに立ち向かう救世主であ
る、という陰謀論を信じています。

私は、ありえないような陰謀論にすがるしか気持の持って行き場のない多くの人びとの不安
と絶望がいかに広く根深いものかをつくづく感じました。

国民の半分近くがトランプ支持者であるという現状、アメリカ社会に厳然として存在する深
い分断の闇をどのように克服してゆくのか、バイデン政権が担った課題はこれまでになく重
いと言えます。

その課題に挑もうとするバイデン氏の姿勢は就任演説で示されていますので、見てみましょ
う。なお、この演説は新聞各社で掲載されていますが、ここでは『東京新聞』(2021年1月
22日 朝刊)の全文・英和対訳を参考にします。

上記の新聞では、演説の順序に従って大きく6つのテーマに分けているので、ここでもそれ
に従ってみてゆきます。

6つのテーマとは、1 民主主義の勝利、2 団結に全霊注ぐ、3 全国民の大統領、
4 闘いに終止符を、5 国際関係を修復 6 偉大な国の物語 です。それぞれのテーマ
についての言葉には歴史的背景と重みがあり、これらすべてについて書くことはできません。
そこで今回は、「民主主義の勝利」と、「団結に全霊注ぐ」を取り上げます。

1 民主主義の勝利
演説は「今日は民主主義の日、歴史と希望、再生、決意の日だ」という言葉から始まりまし
た。そして、「われわれは民主主義は尊くもろいものだと改めて学んだ。諸君、民主主義は
今、勝利したのだ」と続きます。

この言葉の背景には、「何日か前、この神聖な場所で暴力が連邦議会議事堂の土台をゆるが
そうとした」事件があります。

正当に行われた選挙結果を覆そうと、トランプは腹心の副大統領のペンス氏に、議会で選挙
結果を認めないよう圧力をかけましたが、ペンス氏はこれを拒否しました。

共和党の、そしてアメリカの良心がかろうじて保たれた一瞬でした。そこでトランプ氏の支
持者たちは選挙結果を確定する議会に乗り込んで暴力的に阻止しようとしたのです。

民主主義は黙っていても保たれるわけではなく、常に努力して維持して、時には果敢に闘っ
てゆかなければ、たとえば暴力や陰謀論によって壊されてしまう「もろさ」をもっているこ
とをバイデン新大統領は訴えました。

就任式前に異常な暴力的事件があったとはいえ、就任演説で、まず民主主義の大切さを訴え
るというのは、アメリカの価値というのはやはり民主主義の体現者であることなのだと思い
ました。

もちろん、これまでアメリカがアジア・アフリカ・イスラム諸国、中南米で行ってきた、数
々の蛮行、武力行使や、国内に見られる人種差別を考えれば、個人的にはどちらかと言えば
批判的だし、単純に賞賛ばかりではありません。

しかし、それでも、就任の第一声で「われわれは候補者の勝利(つまり自分が大統領選に勝
利したこと)ではなく、大儀、民主主義の大義(the cause of democracy)をたたえる。人
々の意志が届き、聞き入れられたのだ」と宣言したのは、とても格調高く響きました。

日本の政治において、権力の座に就いた首相や与党の党首が、「民主主義の大義」を口にし
たことがあるでしょうか?

菅首相の就任演説においても、初めての所信表明においても、一度も「民主主義」という言
葉は発せられませんでした。

失礼ながら、バイデン新大統領が見ている世界と、携帯電話の通話料値下げとGo To キャン
ペーンにこだわる菅首相との落差に愕然とする思いです。

バイデンは、現在、アメリカには修復すべきものや回復すべきものもの、癒し、構築し、そ
して獲得すべきものが多くある、と説きます。

というのも、100年に1度のウイルスが1年で第二次大戦でのアメリカ人犠牲者と同じく
らいの命を奪い去ったこと、数百万もの雇用が失われたこと、多くの企業が倒産したことな
ど、米国史上これほど多くの難題に直面したことはないからです。

そして、次の一節で、彼の政治姿勢と決意を述べます。
    地球自身が生き残りを求めて叫びをあげている。これ以上に必死で明確な叫びはな
い。そして今、台頭する政治的過激主義や白人至上主義、国内テロに正面から立ち
向かい、打ち負かす。
これは、バイデンのトランプおよび暴力を肯定する過激な支持者への挑戦状でもあります。

しかも、議事堂への乱入者たちの中に、絞首刑のための装置を議事堂近くに用意し、「ペン
スの首を吊るせ」と叫んでいた極右過激派の存在を考えれば、バイデン氏は本当に殺される
かもしれない、命をかけての闘いを宣言したことになります。78才という高齢ではありま
すが、バイデン氏の精神的な強さは並外れています。

次に、2「団結に全霊注ぐ」についてみてみましょう。

アメリカが抱える困難を克服し、「米国の魂を回復し、将来を守るためには、・・民主主義
の中で最も得がたい(注2)ものを必要とする。団結・団結だ(Unity. Unity)。

バイデンが「団結」を強調するのは、今回の大統領選挙を通じて、バイデンとトランプ前大
統領の支持がほぼ真っ二つに分かれ、今まであまり目立たなかったアメリカ社会の分断が表
に噴出し、多くのメディアがアメリカ社会の分断を盛んに取り上げてきたからです。

しかしバイデンは、このような意味での分断だけを修復するために団結を呼びかけているわ
けではありません。

直面している敵と闘うために団結が必要だからです。それでは、バイデン氏は何を「敵」と
みなしているのでしょうか?

彼は、闘うべき「敵」は怒り、憤慨、憎悪、過激主義、無法状態、暴力、疾病、失業を挙げ
ています。

彼は、これらの分断をもたらす「敵」を団結によって克服し、引き裂かれたアメリカ社会に
おいて、「仕事に報酬を与え、中間層を再建し、人種間の平等をもたら」すことによって
「再び米国を世界のけん引役(leading force)にすることができる」と信じています。

人種間の平等は、この前の部分で、「400年求めてきた人種間の平等への渇望がわれわ
れを突き動かす」と述べており、「黒人の命も大切だ」(Black Lives Matter)という昨年の黒
人を白人警官が殺したことから沸き上がった反人種差別の動きを念頭に置いていると思われ
ます。

ところが、唐突に「中間層を再建する」という部分は、やや分かりにくいかもしれません。
しかし、ここはアメリカ社会を過去十数年にわたって蝕んできた深刻な病の克服を訴えてい
るのです。

一部のITや金融に携わる人たちが法外な利益を得ている反面、大部分のアメリカ国民、とり
わけ、歴史的にアメリカの民主主義を支えてきた最も重要な中間層は没落して貧困層に転落
してしまったからです。つまりアメリカ社会における貧富の格差が、あまりも大きく埋めが
たくなってしまったのです。

言い換えると、中間層こそがアメリカの民主主義を体現する人々で、彼らこそが国民の分断
をつなぎ、過激主義を抑え、社会の安定をもたらす「おもり」の役割を果たしてきたのです。
もし、中間層を再建できなければ、天秤はどちらか一方に傾いて、アメリカ社会はとてつも
ない混乱と不安定に陥ってしまうでしょう。

バイデンは分断の深刻さを熟知しています。「分断の力は深刻で、現実のものだ」、これま
でも多くの分断を経験してきたが、「われわれの良心が常に勝ち抜いてきた。そして今、わ
れわれにはそれができる。歴史、信念、そして理性は道を示す。団結への道だ」と訴えます。

「団結を口にすると、一部の人々には愚かな空想に聞こえる」かもしれないが、われわれに
はそれができる。なぜならわれわれは「互いに敵ではなく隣人としてみることができ、尊厳
と敬意をもって互いに接することができるからだ」。

バイデンは易しい言葉で語りかけます。この点、「アメリカを再び偉大に」とは「アメリカ
第一」という単語を激情的に発するトランプとは対照的です。

しかし静かな語り口の中に、バイデンが分断を克服し団結を取り戻すことに全霊を注ぐ覚悟
と強い決意が伝わってきます。

こんな政治家が日本にも欲しいな、とつくづく感じました。

(注1)いくつものサイトでレディ・ガガさんの国家を聞くことができますが、たとえば
 https://www.youtube.com/watch?v=lnSVSLvltpcにアクセスしてみてください。

(注2)「得がたい」の言語はelusive で、これwatchは、“つかまえどころがない、つかまえても、するりと抜けてしまう”
というほどの意味で使われます。それを訳者は「得がたい」と訳しています。“しっかりとつかまえておくことが難しい”と
も訳せます。

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