大木昌の雑記帳

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フランシスコ教皇とウクライナ戦争(1)―“白旗”発言の波紋―

2024-03-19 08:39:57 | 国際問題
フランシスコ教皇とウクライナ戦争
  ―“白旗”発言の波紋―

カトリック教の頂点に立つフランシスコ教皇は、3月9日、スイスメディアとのインタビューを公開しました。

その中で、ウクライナ戦争についてのメッセージが世界を驚かせました。
    状況をみつめ国民のことを考え
    白旗を掲げる勇気
    交渉する勇気を持っているものが最も強い

私はこのメッセージに触れた時、これは誰かのフェイク情報ではないか、と疑いました。

というのも、まず、教皇はローマ・カトリック教徒の頂点に立つ宗教的な最高権威者で、その人物が生々しい戦
争に関して発言するということがあり得あるのだろうか、と直感的に疑問を抱いたからです。

つぎに、ウクライナ戦争とは、ロシアによるウクライナへの一方的な軍事的侵攻であり、少なくとも西側諸国の
メディアは、プーチンは悪、民主主義の敵であり、ウクライナは自国の国民と国土、そして世界の民主主義を守
るために闘っている、と喧伝しています。

それを考えれば、ウクライナに対して「白旗を掲げ」とは、つまり降参して停戦協議に入りなさい、と言ってい
るように聞こえるので、今回の教皇の発言には私も非常に驚きました。

しかし以下に説明するように、後日に教皇庁は、「白旗を掲げ」とは教皇自身の言葉ではなく、降参すべきと言
っているわけでもなかったのです。

いずれにしても、なぜか日本のメディア特に新聞などでは上記の教皇の発言に対してほとんど反応せず、その意
味合いや影響などについての論評はほとんどありませんでした。

おそらく、日本のメディアにとって教皇の発言の真意や影響についてコメントすることが難しかったのかも知れ
ません。

そんな中で、BSFujiの『プライムニュース』が3月12日と13日にそれぞれ、コメンテータを招いて約2時
間にわたって取り上げています。

12日には、作家で元外務省主任分析官、そして在ロシア日本大使館勤務の経験をもつ佐藤優氏と、外交ジャー
ナリストの手嶋龍一氏がゲスト・コメンテータでした。

なお、佐藤氏自身もキリスト教徒(プロテスタント)で、同支社大学の神学部在学中の1回生の時に洗礼を受け
ています。

この二人は、教皇の発言の意味や影響を重視する立場でコメントしています。

二人のコメントに入る前に、教皇の発言が公表された後の、ウクライナとロシア側の反応を見てみましょう。

まずウクライナのゼレンスキー大統領は、
     (ウクライナの)聖職者は祈り・対話・行動で私たちを支えている。これこそ人々とともにある教
     会なのだ。
     2500キロも離れたどこかで、生きたいと願う人と 滅ぼしたいと願うひとを仲介するようなこ
     とではない
と、教皇の発言に強く反論しています。(上記テレビ番組 3月12日)

ゼレンスキー大統領のコメントには、聖職者とは、そもそも国民のために祈り支えるべき存在なのに、(教皇)
は遠く離れたバチカンから、生きるために必死で戦っているウクライナの国民と、それを滅ぼそうとしているロ
シアとの仲介をすることなどとんでもない越権行為で、教皇にそんな資格はない、という反感がはっきり示され
ています(注1)。

ただしローマ教皇庁の報道官は、一般的に「降伏」を意味する「白旗」という言葉を使ったことについて、「イ
ンタビュアーの質問を引用したもので、敵対行為をやめ、交渉する勇気によって達成される停戦を示すためだっ
た」とコメントし、ウクライナ側に降伏を促したものではないと釈明しました(注2)。

教皇は、9日に公開されたスイスメディアのインタビューで「最も強いのは国民のことを考え白旗をあげる勇気
を持って交渉する人だ。負けたと分かったときや物事がうまくいかないとき、交渉する勇気が必要だ」と補足し
ています。

12日になってバチカンの国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿がイタリアメディアの取材に対して、ロシアがま
ず侵略を停止するべきだと語っています(注3)。ここでは、ロシアこそ侵略をやめて停戦すべきだ、と軌道修
正されています。

13日の一般謁見は「白旗」発言後では初めての公の場での教皇の発言だった。今回教皇はウクライナや他の紛
争地域を特定しないまま「大勢の若者が(戦争での)死に向かっている」などと聴衆に語りかけました。

さらに、教皇は「いずれにしても敗北でしかないこの戦争の狂気」に終止符が打たれるよう祈った(注4)。

他方のロシアのペスコフ大統領報道官は
    残念ながらローマ教皇の発言も
    ロシア側の度重なる発言も完全に拒否されている
とのコメントを出しています。(上記テレビ番組 3月12日)

ペスコフ氏のコメントは短く、確かなことは言えませんが、おそらく前段の部分では、ウクライナは停戦に応じ
て交渉に入るべきだという教皇の発言を拒否し、同様にロシアが何回ももちかけt停戦もウクライナ側に拒否さ
れた、という意味だと思われます。

在バチカン・ロシア大使館はX(旧ツイッター)に英語で「フランシスコ教皇は、ヒューマニズム、平和、伝統
的価値観の真の誠実な擁護者だ」「世界の諸問題に関する真に戦略的な視点を持つ数少ない政治指導者の一人」
と賞賛し、教皇の多幸を祈念したという(注5)。

以上が、フランシスコ教皇の発言に関する導入部で、以下に佐藤氏と手嶋氏の解釈とコメントを見てみましょう。

まず佐藤氏は、ゼレンスキー氏の反論において、本来は主語となるべきフランシスコ教皇の名前がないことに着
目し、彼はもし名前を出してしまうと、ウクライナに住むカトリック教徒に当然影響を与えるだろう、というこ
とを計算したうえで、名前を出さなかったのだろうとコメントしています。

ウクライナにおいて教皇が影響を及ぼすことができるのは、カトリック教徒が多い西部、とりわけガリツィア地
方です。

ここは対ロシア戦争で最も強硬な姿勢をとり続けてきた地域で、少なからず動揺しているが、それでもロシアに屈
して停戦と和平支持というわけにはゆかないだろう、と佐藤氏は推測しています。

それでは、教皇の発言は無意味で全く影響をもたないものだったのだろうか?

佐藤氏は教皇の意図を推察して、教皇は(ゼレンスキー大統領やウクライナ国民の―筆者注)心に訴えているのだ
という。すなわち、このまま戦争を続けても人はどんどん死んでゆくでしょう。人の命は取り返せない。だから、
ここで局面を変えた方がよい。

このままの流れで目標を達成する(つまり占領された領土を全て取り戻す―筆者注)ことはできないでしょう。だ
から、外交、平和的な方法でウクライナの目標を実現することに切り替えた方が現実的ではないか。“あなた自身心
に照らしてみて、どちらが正しい道であるか”を(国民の)一人ひとりに聞いてみては・・(この最後の部分の意味
は筆者には不明)。

ここで、もっとも核心的な問題に入ってゆきます。司会(キャスター)の反町理氏は、それでは、教皇があそこま
で踏み込んでおいて、後は当事者間で話し合ってください、という、いわば投げる形なのか、教皇ご自身とは言い
ませんが、バチカンが何らかの形で仲介の労をとる可能性があるのか、と問いかけました。

佐藤氏は間髪を入れず、“ここまで言っている以上、仲介の労をとります”と即答します。ただ、それはバチカンだ
けではなく他の国も(一緒に)・・・。“その時意外と日本も出てくる可能性がありますよ”、とも語っています。

ここで手嶋隆一氏が、とても参考になる言葉を発します。
    フランシスコ教皇というのは、日本から見るように、ただのお坊さんではありません。同時にバチカンは世
    界最小の国の一つですね。(しかし、それだけではなく―筆者注)偉大なインテリジェンス強国。ある意味
    でイスラエルと比べられるようなインテリジェンス強国。つまり、エージェント(情報機関や情報員)を世
    界に合法的に配している。そこから情報が流れてくるということになりますから、大変なインテリジェンス
    大国なんです。それを全部取りまとめてバチカンの国務相が読みに読みぬいてこの時期に(言葉が不明。お
    そらく“教皇の発言があった”と手嶋氏は言いたかったと思われる―筆者注)・・・。

手嶋氏は、カソリック教徒が強い西部ガリツィア地方は反ロシア意識も強いが、全体の戦局が大変厳しくなっている
ので、ローマ教皇が広い意味で根回しをし、交渉のテーブルを用意してくれるならば、ということで皆さんの心情は
揺れ始めている、と考えていいと思う、と述べています。

手嶋氏の解説を引き継いで佐藤氏は、最も反ロシアの意識が強い、最後の一人まで戦うと言っている西部地域の人た
ちを対象としてローマ教皇は“白旗を挙げ”(交渉につく)る方がいいよと言っているのです、と補足しています。

さて、冒頭のテレビ番組では、日本のウクライナ支援の実態、国益の追求などの議論に移ってゆきますが、以下では
フランシスコ教皇の発言の波紋と影響、という観点から整理したいと思います。

教皇の発言はどちらかと言えば、この戦争でウクライナに勝ち目はないという判断に傾いており、このまま戦争を続
けても、大切な命が失われるだけだから、ロシアと停戦協定を結んだ方が良い、というものです。

問題は二つあります。一つは、教皇の発言がたんなる思い付きのものなのか、それとも世界各地からの情報を精査し
た結果からでてきたのか、という点です。

二つは、教皇(バチカン)は実際に、他の国と一緒に仲介の労を取ろうとするのか否か、という点です。

これらに点については、次回に、今回登場した二人とは異なる立場から発言した放送に基づいて検討した後に、もう
一度戻ってきたいと思います。

(注1)BBC.com 2024年3月11日https://www.bbc.com/japanese/articles/ckrx1nd2804o
(注2) NHK NEWS WEB 2024年3月11日 17時20分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240311/k10014386521000.html
(注3) REUTERS 2024年3月14日午後 1:30 GMT+921時間前更新https://jp.reuters.com/world/ukraine/K3BWJJJHSBLWDOAV4L54IFIX6Q-2024-03-14/
(注4) Yahoo News Japan (3/14(木) 9:13 https://news.yahoo.co.jp/articles/269914fa4c199faf925c8e8e2866aa1690822151 (AFPBB NEWS 翻訳・編集)
(注5)(注4)参照。

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