大木昌の雑記帳

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うつ病と日本社会(1)-うつは心と感情の問題?それとも「病気」?-

2013-08-07 18:32:21 | 健康・医療
うつ病と日本社会(1)-うつは心と感情の問題?それとも「病気」?-

数年前のことですが,何気なくFMラジオで音楽番組を聞いていたら,「うつは病気です。ちょうど風邪を
引いたとき,医者にいって治療を受けるように,うつは心が風邪を引いた状態です。

だから,うつかなと思ったら早めに専門家の治療を受けましょう」という宣伝文句が耳に入りました。

この広告主が誰であったかは憶えていませんが,たしか,どこかの心療内科か製薬会社だったと思います。

ラジオで宣伝するほど,うつ病は一般的になったのかという驚きと同時に,このような広告がラジオで放送
されるようになったことに,「改めて」驚きました。というのも,私は2005年に『関係性喪失の時代-壊れ
てゆく日本と世界』(勉誠出版)を出版した頃,うつに由来すると思われる自殺の問題を追いかけていたか
らです。

当時はリストカットが流行していた時期でもありました。そして当時はまた,うつと自殺の関係が注目され
ていた時期でもあります。

日本人の自殺者は1997年までは2万人半ばくらいで推移していましたが,1998年に突如,3万人台に激増し
ました。

「交通戦争」と言われて社会的な問題となっていた交通事故死でさえ,当時は1万人をかなり下まわってい
たのです。

とりわけ異様な印象を世間に与えたのは,インターネットなどで呼びかけて希望者を募り,車を密閉して練炭
を燃やし,一酸化炭素中毒で集団自殺する事例が頻発したことでした。

私はこれらの事例を一つずつ,できる限り詳しく調べました。

そして,集団自殺に加わった人たちに共通する特徴があることがわかりました。

彼らは,生きていることに意義を見いだせず,実感も持てず,気分の落ち込みを抱えている,典型的なうつ
の状態にありました。彼らは,ただ死ぬことだけを考えていて,たまたまインターネットで自殺の募集を見
て集団自殺に応募したのです。

集団自殺に参加した人たちの構成は,年令層も男女もバラバラで,職業も一般の社会人,学生,主婦など,
中小企業の経営者など多様でした。こうした事実を考えると,うつによる自殺はまさに国民的な問題とい
えそうです。

誰でもおちいる可能性のある「うつ」について,これから何回かに分けて考えます。ただ,うつに関しては,
かなり複雑な問題があるので,今回はまず,そもそもうつとは何か,どんな基準でうつと診断されるのか,
うつの治療にはどんな問題があるのか,について大枠を整理しておきたいと思います。

厚生労働省は,3年に1度さまざまな疾患の患者数を全国の医療機関を通して調査しています。たとえば

平成8年(1996年)には,後に示す診断基準に基づいて診断を下された,「うつ病」と「躁うつ病」を含む
「気分障害」の総患者数は43万人強でした。

これが,平成23年(2011年)になると95万人(うち女性が6割,男性が4割)に激増しています(ただし
福島県と宮城県は震災という特殊事情のため,この中に入れてありません。両県の合計は3万人ほどでした)。

なお,ここでは煩雑さを避けるために,「うつ病」と「躁うつ病」とを厳格に分けないで一括して「うつ病」
あるいはたんに「うつ」と表記することにします。「躁うつ病」もやはり「うつ」をともなうので,このよう
にまとめて「うつ」として扱うこともある程度許されるでしょう。

単純に計算すると,うつ病患者はこの15年間に倍増したことになります。注目すべき事実は,平成14年
(2002年)には70万人を突破していたことです。

この急激なうつ病患者の増加は,平成3年(1991年)のバブル崩壊と,それに続く不況と関係があるように
思えます。

ただし,厚労省の調査は医療機関からの報告を基にしているので,医療機関に通っていないうつの患者数は,
発表された数よりかなり多いと考えるべきでしょう。

ところで,厚労省が定義する「うつ病」とは一体何でしょうか?私たちの日常的な感覚から言えば,気分が
滅入って,いつも落ち込んだ気分が抜けない,落胆や悲観,不眠,極端な場合,死にたいなどの感情が支配
的になっているなど,生きることに否定的・悲観的な感情の状態,もっと平たく言えば心の問題であって,
腎臓病や心臓病のような臓器の「病気」だとは思いません。

しかし,脳精神科医は,体の異常な状態を何が何でも生物学的・科学的な根拠に基づく「病気」であるかの
ごとく再定義し,無理に「病気」にしてきました。そこで彼らが(一般の医師も厚労省も)依拠したのは,
アメリカの精神医学界が作成した公式の診断マニュアル(DMS―IV)です。参考までに,その診断基準
を示しておきます。

この診断基準に従うと,以下に示した9つの項目のうち5つ以上が当てはまり,それが2週間以上続いてい
ると,「はい,あなたはうつ病です」(医学的には「大うつ病」とよばれる)と診断されます。

  1 悲しみや落胆
  2 興味や喜びの喪失
  3 体重の減少や増加
  4 睡眠障害(不眠や過剰な睡眠)
  5 焦燥(あせり)や抑制(のろさ)
  6 疲労感
  7 自分を価値のない人間と思う罪悪感
  8 思考力,集中力,決断力の欠如
  9 繰り返す死への願望

このブログを読んでくださっている人の中で,自分はひょっとしたら「うつ病」か「うつ傾向」かなと思った
人はいませんか? 

現代の日本で生活している限り,これらの症状の幾つかに当てはまっても不思議ではありません。

あるいは,5つは当てはまらないけれども,4つは当てはまるとか,2週間までは続いていないけど12日
くらいは続いている,といった場合もあるでしょう。

こうして数値化しても,実際には,強弱の問題を含めて,その中間の状態は非常に多様であり,簡単に断定
できるものではありません。

しかし,それでも,このような診断基準を設けることには,生物学的・科学的医学を標榜する医師たちにとって
は大きな意味があります。

何より,この診断基準は彼らに,「うつ病」とは単に気分や感情の問題ではなく,科学的根拠がある明確な
「病気」であるというお墨付きを与えてくれるからです。このことは,実際の治療場面で大きな意味をもっ
ています。

つまり,一旦,ある患者が「うつ病」であると診断されれば,それにたいして「抗うつ薬」を処方できるか
らです。

これだけをみると,うつに関しては診断も治療の方法も明確で理想的に見えますが,実はここに,治療に
かんする大きな問題があるのです。

極めて大ざっぱに言ってしまうと,精神科の医師であれ心療内科の医師であれ,医師は「うつ」を身体的な
「病気」と診断し,それに対応した薬の処方を中心とした「医学的」治療を行います。

これに対してカウンセリングを中心とし,そのほか箱庭療法や催眠療法なども補助的に併用した,いわゆる
心理療法を行う臨床心理士(カウンセラー)は,うつを心や感情の問題として扱います。

カウンセラーは医師免許をもたないため,薬を処方することはできません。そこで,会話をつうじて患者の
心の奥底にある問題を発見し,患者がそれに気付き,自ら立ち直るのを助けることになります。これがカウ
ンセリングです。

ところで,うつは心や感情の問題なのか,そうではなくて,一般の病気と同じように薬物療法が有効な身体的
な病気なのかという二元論的な区分は,実はあまり適切ではありません。

というのも,人間は心と体は一体のもので,分けることはできないからです。

たとえば,うつの状態が長く続いて,そのストレスが胃潰瘍や,さらにはがんなどの臓器の障害を引き起こす
ことは十分あり得ます。

医師とカウンセラーはそれぞれ役割が異なるので,本来なら両者は協力して治療に当たるべきなのに,現実に
は両者の協力関係は皆無に近い状態です。

医師には,困難な試験に合格し,多額の教育費をかけ,長年の研修を経てようやく医師免許を得ることができ
たのに,医師免許をもたないカウンセラーと同レベルで扱われることに強い心理的な抵抗があるようです。

2005年,当時文科省の大臣で,ご自身が日本におけるユング派の心理療法の権威であった河合隼雄氏が,臨床
心理士を国家資格に格上げしようと懸命な努力をしました。しかし,心理学界内部の不統一と,医師側の反対
もあって,臨床心理士は今でも国家資格ではなく,文科省認定の日本臨床心理士資格認定協会が認定する,
民間資格に留まっています。

精神科の病院でも専任のカウンセラーを置いているところは非常に少ないようです。これはひとえに経費の
問題です。つまり,カウンセリングに対する保険点数が低いため,病院にとってカウンセラーを雇うとその
人件費をカバーできず採算が合わないのです。

こうして,現在ではもっぱら医師による医学的治療と,臨床心理士が行うカウンセリングとが別々な方法で
治療を行うことになっているのが実情です。

この状態も大いに問題ですが,それぞれの方法にも問題や限界があります。

それらについては,次回以降で詳しく検討しますが,最後に,人が自分の精神状態の異常を感じたとき,まず最初
にどこへ行くのか,という点を見ておきたいと思います。

自分がうつかも知れない,あるいは「うつ」という言葉を使うかどうかは別にして,気分の落ち込みが激しい,
不眠,不安や生きる気力が湧いてこない,会社や大学に行こうとしてもどうしても体が動かないなどの自覚症
状を感じたとき,いきなり精神病院や,総合病院の精神科に行く人は少ないでしょう。

最初は,近くの内科を訪れると言う人もいるでしょう。あるいは,大学生の場合,大学の保健センターや相談所
に行くケースもあります。

ただ,一般的には,心に何らかの問題があるな,と感じたとき,心療内科に行く場合が多いようです。

私が直接・間接にかかわってきた学生に聞くと,現在は心療内科の予約がなかなか取れないほど,受診希望者
が多いそうです。

心療内科という言葉には,精神科よりも軽い,そして心のケアと体のケアを同時にやってくれそうな響きがある
ので,あまり抵抗なく行けるようです。しかし,ここには少なくても二つ,大きな問題があります。

一つは,心療内科といっても,基本は内科で治療者は医師免許をもった医師です。

私が知っているケースでも,ほとんどが,まず心療内科を訪れています。しかしそこでは,ほとんど例外なく
投薬が治療の中心です。心療内科の先生は医師ですから,カウンセリングはほとんどしません。

そもそも薬によってうつは本当に治るかどうかさえ,現在では疑問視されていますう。これについては,次回
以降に検討します。

二つは,既に書いたように,現在では心療内科の予約がなかなかとれない(3ヶ月とか半年先,といった事例
も聞いています)ほど受診希望者が多い状態にあります。ところが,全ての診療内科の医師が,うつのような患者
を治療する訓練と経験をもっているとは限りません。

日本では,医師免許を持っていれば,だれでも診療内科の看板を掲げることができるからです。こうして,心療内科
が儲かるとなれば,それまで内科を専門にしていた医師も,診療内科・クリニックの看板を掲げるケースが急速に増
えたのです。

厚労省の統計に寄れば,平成8年には,心療内科を主たる科として標榜する施設数は,平成8年度で,一般病院の
なかで117,一般診療所が662であったが,平成20年には,一般病院が540,一般診療所で3755と5倍
以上に激増しました。(注1)

これだけ心療内科が増えてもなお,予約がなかなかとれない,という状況が今の日本です。

次回から,こうした状況を踏まえて,医学的アプローチと,カウンセリング中心の心理療法の有効性や問題点を検討
したいと思います。


(注1)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hoken/kiso/xls/21-2-22.xls (2013年8月7日参照)

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