大木昌の雑記帳

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うつ病と日本社会(2)-それでもあなたは抗うつ薬を飲みますか?-

2013-08-12 10:59:42 | 健康・医療
うつ病と日本社会(2) ―それでもあなたは抗うつ薬を飲みますか?―

前回は,日本におけるうつ病を巡る全体的な状況について書きました。そこでは,公式統計だけでも,
「うつ病」と診断された人は増え続け,現在では100万人規模に達していることを示しておきました。

それに対する治療には,1)医師免許をもった医師による医学的な治療,実際には投薬治療と,2)医師
免許も国家資格もない臨床心理士などによる,カウンセリングを中心とする心理療法との二つがあること
も説明しました。(もちろん,理論的には1)と2)の併用も考えられますが,現時には困難なようです)

今回はまず,実際の治療ではもっとも主流になっている抗うつ薬治療について,その功罪を考えて見たい
と思います。その前に,なぜ医学的な治療が投薬中心になってしまうのかを整理しておきます。

まず,「うつ」を他の病気と同様「病気」であるとみなします。病気であるからには,物理的および理論的
レベルにおいて説明可能な科学的な根拠が必要になります。

最近のもっとも有力な説明は,脳が活発に活動しているときには脳内の情報伝達物質のセロトニンが盛んに
分泌されるが,うつ病になると,不安感や睡眠,食欲を調節するセロトニンという情報伝達物質が脳の中で

足りなくなるという考えです。したがって,うつ病の治療には,比ゆ的に言えばセロトニンが元に戻らない
ように薬物で受容体に蓋をしてしまうことがもっとも有効な方法となります。

そこで,従来の抗うつ薬に代わって,SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)が抗うつ薬の主役
となっているのです。

日本では現在4タイプあり,デプロメール,ルボックス,パキシル,ジェイゾロフト,レクサプロとい
う商品名で発売されています。

SSRIの抗うつ薬は,従来の三環系と総称される抗うつ薬よりも「効果が高いうえに副作用が少なく手軽
に飲める」という宣伝文句で,あっという間に世界を席巻してしまいました。

こうして一時は「ハッピードラッグ」とさえ呼ばれていました。(注1)製薬会社は正確な金額を公表して
いませんが,たとえば代表的なSSRIであるグラクソ・スミソクライン社のパキシルの日本での売り上げ
は年間400億円と見積もられています。これは恐ろしい数字です。

ところで,このSSRIという抗うつ薬にはかなりの問題があることが分かってきました。

私がもっとも疑問に思うのは,科学的と称するSSRIの理論的根拠そのものです。

うつ病の人の脳内ではセロトニンが不足しているから,うつ病はセロトニンの不足が原因である,という論理

は同義反復で科学的な因果関係を証明していません。

つまり,症状からうつの原因をセロトニン不足と決めつけているだけで,なぜセロトニンが減少するのかという
本来証明されなければならない本当の原因を証明していないのです。

つまりセロトニン不足は,うつの直接的な物質的因子ではあっても,原因ではなくむしろ結果なのです。

うつを経験したジャーナリストの織田淳太郎氏もこうした医師の矛盾を指摘しています。

すなわち,ある精神科医は「いわゆる「ウツ本」の中で,「こころの病気は性格の弱さとか,ストレスで起こる
と誤解している方がまだまだ多いのが実情ですが,ほとんどのこころの病気は脳の働きの異常が関与していて,
ストレスは原因ではなく,発症や再発の引き金になっていることがわかっています」と,医師の誤った思い込み
について書いています(注2)

もし脳内の伝達物質の不足を補えば,うつ病は「治る」というのなら話は簡単ですが,それでは熱がでたから
解熱剤で熱を下げる,下痢が続くから下痢止めを服用する,という発想と同じで,発熱や下痢の原因を究明して
解決するのではなく,あくまでも物質レベルでの対症療法にしかすぎません。

確かに,症状から導き出してきた薬ですから,その症状を緩和することは,「一時的」には可能であるし,有効
かもしれません。

しかし,実際にうつ病になった人の事例をみてゆくと,何らかの精神的,心理的な問題(ストレスや大きな心理的
なダメージなど)が背景にあり,その問題を解決しない限り,症状が一時的に消えても,「治った」とはいえません。

実際,織田氏の著作の中には,最初のうち,うつの状態が緩和されても,次第に効かなくなったり,再発する事
例が幾つも紹介されています。

次に,そもそも抗うつ薬はうつ病を本当に治す力があるのか,また,宣伝文句がいうように副作用が少ないのか,
という問題があります。

自身が長い間うつ病に悩まされ,自分で克服した生田 哲氏は薬学博士であり,アメリカの研究所で研究活動を行い
大学でも教鞭をとってき人物です。彼は『「うつ」を克服する最善の方法―抗うつ剤に頼らず生きる』の「まえがき」
で次のように明言しています。

   「あなたはうつ病です。うつ病は抗うつ薬で治ります。だからしっかり抗うつ薬を飲みましょう」というのは,
   製薬会社の販売促進用プロパガンダである。
   辛いことがあれば 泣き,うれしいことがあれば笑う。うつは人間感情の自然の発露である。
   そんなうつを,錠剤の何粒かを口に含んだくらいで治ると思っているほうがどうかしている。
   うつは抗うつ薬を飲んでも治らないし改善もしない。
   むしろ薬の副作用によってうつが悪化したり,自殺したくなったり,さらに極端な場合には,本当に自殺を決行
したり,はたまた犯罪を犯したりする。(注3)

自殺や犯罪までゆかなくても,突然,暴力行為も含めて異常行動に走る,無気力,死にたいと思うようになる,自分が
何をしているか分からなくなる,めまいやふらつき,はきけが起こるなどが報告されています。

薬理の面から言えば,本当の意味で「抗うつ薬」と総称される薬の本当の姿は「脳を興奮させる薬」であり,断じて
うつを治す薬ではない。

本当の意味での「抗うつ薬」というものは,この世には存在しない。(注4)つまり,一般に「抗うつ薬」と称される
薬は,落ち込んだ気分を無理矢理興奮させる薬なのです。

生田氏が指摘するように,イギリスでもアメリカでもSSRIの影響と思われる自殺や殺人が相次ぎ,訴訟問題になって

います。日本でも,SSRI系の抗うつ薬を飲む前には考えられなかったような暴力をふるうようになったり,
殺人を犯す事例などがすでに知られています。(注5)

私の周りにも,抗うつ薬をずっと処方されて,ある日突然自殺してしまった学生,抗うつ薬を長期間飲み続けて体が動か
なくなり家から出られなくなってしまった学生,抗うつ薬を飲み始めて2週間後に起きあがれなくなり,結局退学に追い
込まれた学生,などなど悲惨な事例がたくさんあり,今でも決して消えることにない辛い記憶として私の心に残っています。

しかし,問題は医師が薬を処方するとき,ほとんど薬の作用や副作用について説明しないことです。このため,穏和だった
人がいきなり暴力的になった原因が,実は病気を治すはずの「抗うつ薬」にあることを本人や家族がずっと後になって知っ
たという事例も珍しくありません。

抗うつ薬で,一旦はうつ症状が緩和されることもありますが,やがて効かなくなってくるので,だんだん量が増えてきます。

そのような具体な事例として,診察に同行した人の記録を示しておきましょう。
   その後,どう? (パソコンをウツ仕草)こうやっているのね。ええ,もう全然(私たちの方を向かないんですよ。
   その後,どう?って。今,ちょっと具合悪いですって言うと,“そう,じゃあ薬増やしておこうね”って。
   こういう状態なんですよ。あれ?って思いましたよね。(NHK取材班『前掲書』30ページ)

改善がみられないと,“お薬を増やしておきましょう”,という対応はよく見られます。こうして薬がどんどん増えて
ゆきます。

ある患者さんの処方箋によれば,統合失調症やうつに効果があるとされている薬を1日3錠,さらにSSRIの一種「パキ
シル」1日1錠と,最初の段階から2種類の抗うつ薬が同時に投与されている。

その他,抗不安薬が1日3錠,睡眠導入薬が1日1錠,計,10錠が処方されていた。(同上書 47-48ページ)

これは極端な事例に思われるかも知れませんが,必ずしもそうではありません。私のところに相談にきた学生の処方箋の
場合,内容はほぼ上記と同じで,これに「てんかん」に効くとされる薬,消化剤が加えられて,計14錠をワンセットに,
と書かれていました。

薬が治療の中心になることには,さまざまな事情があります。1日に診る患者の数は,丁寧な診察など不可能なほど多く
なっている,という事情が深刻です。1日50人程度は普通で,多いところでは100人物患者を診る場合さえあります。

こうなると,患者の話をゆっくり聞いている時間はなく,いわゆる3分診療となります。

医師が“どう?”と聞いて,“あまり改善していません”,と答えれば“お薬を増やしておきましょう”あるいは“お薬を
変えてみましょう”という対応になります。

また,“まあまあ”と言えば,“じゃあ,しばらくこの薬を飲み続けてください”という程度の,これでも「診察」と言
えるのか,という対応も珍しくありません。

最近知人から,精神科の待合室で4時間待って,結局,薬の処方箋を渡されただけだったので,行くのを止めたという話
を聞きました。

ゆっくり話を聞いてくれることは期待せず,処方箋だけをもらうために行く人もいて,医師が顔だけちょと見て処方箋を書
く場合もあるようです。

SSRIの抗うつ薬のもう一つやっかいな点は,依存性が非常に高く,薬から全面的に抜けることはいうまでもなく,減薬
さえも非常に難しいことです。

というのも,抗うつ薬を長期間服用すると,体の中に依存性(はっきり言えば中毒症状)が生じ,薬の量が少なくなると激
しい「離脱症状」(禁断症状に近い)に襲われるからです。

したがって,減薬や断薬をするには,薬学についての知識がある医師のもとで長い時間をかけてゆっくり体から薬を抜いて
ゆくことが理想です。

医師は,薬理作用については専門的な知識をもっているとは限らず,むしろ製薬会社の営業マンの説明に頼って薬を処方して
いる場合が結構あるからです。

ただ,薬理の専門家の指導がなくても,抗鬱剤から抜ける方法について,ス電紹介した生田哲氏は10の原則を具体的に書い
ています。(注6)

ここで全てを紹介することはできないので,関心のある人は是非,一読することをお薦めしますが,一つだけ重要なポイント
を示しておきます。
 
それは彼が(4)に挙げている項目で,「精神活性薬物の深刻な副作用が発生していて,迅速に離脱しなければならない場合
を除いて,薬はゆっくり減らすこと。毎週10パーセントずつ薬を減らしてゆけば,たいていの深刻な離脱反応は防ぐことが
できる」というものです。

ここで「10パーセントずつ減らす」とは具体的に,錠剤をナイフやカミソリで十分の一ずつ削ってゆくことです。
さらに,これには運動や栄養の摂取などについての補足的な面も合わせて採り入れることも重要です。

現在,多くのうつに悩む人たちは,良い医者を求めてさまよっています。それだけ,うつにたいする決定的な治療方法がない
ということなのでしょう。

日本うつ病学会理事長の野村総一郎氏は,医者選びの五箇条(避けた方がよい医者)を挙げています。

氏の解説も含めて示しておきます。

① 薬の処方や副作用について説明しない。
  薬の処方は積極的な行為なので,説明とくに副作用については,出る可能性があるものにかんしては,ポイントを押さえ
  て説明すべきである。
② いきなり3種類以上の抗うつ薬を出す(初診,あるいは最初の処方で)
  薬というものは,基本的には1種類であるべき。抗うつ薬の有効性というのは,1種類の薬についてのデータに基づく
  ものであり,2種,3種の組み合わせのデータはないので,説明できない。
③ 薬がどんどん増える
  薬を増やせば有効だというデータはない。“治らないからでしておくか”といってどんどん足し算みたいに増やして
  ゆくのは科学的ではない。
④ 薬について質問すると不機嫌になる
  “薬の副作用がでましたよ”と言われると,何か自分の治療を非難されたように感じる医師がいる。しかし,これは文句
  ではなく,情報を与えてくれているんだと解釈すべきである。それを怒って反応するのは治療のチャンスを逃すことになる。
⑤ 薬以外の治療方法を知らないようだ
  患者さんが,病気の症状とか悩みとか,困っていることをいうと,“じゃあ薬を増やしておきましょう”というふうに話
  をもっていってしまう医師。薬以外にも 心理療法もあれば,重症の場合には通電療法もある。あの手この手を繰り出す
  雰囲気がないとまずい。

私の個人的な感想を言えば,薬は,今にも自殺しそうな状態なっているような緊急性がある場合を除いて,第一の選択肢と考える
べきではないと思います。まずは,カウンセリングを受けることが重要だと思います。

なぜうつになったのかも詳しく聞かないで,マニュアルにあるからといって,直ぐに薬に頼るのは,安直な対症療法にすぎない
からです。

私が出席したメンタルヘルスに関する会合の席上,隣に座っていた精神科の医師が私に,“えっ”と驚くべきことを,そっと私に
ささやきました。“先生でも2週間あれば,うつにたいする治療ができますよ”,と。

彼が言うには,診断にはマニュアル(おそらくDMS-IV)があり,それで「病名」を確定すれば処方する薬が,これもマニュ
アルに書いてあるからだそうです。

もちろん,これは彼が半ば冗談めかして言った極論なのだとは思いますが,意外と本質をついていると思いました。

次回は,ではうつにたいして,私たちはどう対応したらよいかを,薬ではない幾つかの心理療法に焦点を当てて考えてみたいと
思います。


(注1)NHK取材班『NHKスペシャル:うつ病治療が 常識が変わる』宝島社新書,2012年110ページ。
(注2)米倉一哉監修・織田淳太郎著『そしてウツは消えた!』宝島社新書,2007年,121-22ページからの引用。
(注3)生田 哲『「うつ」を克服する最善の方法―抗うつ剤に頼らず生きる』(講談社+α 新書,2005年),4-5ページ。
(注4)生田 『前掲書』25-26ページ。
(注5)NHK取材班,前掲書,第三章に具体的な事例が載っています。
(注6)生田 『前掲書』146-49ページ。

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