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大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

医療革命(3)―認知症の治療と予防―

2016-02-20 13:50:40 | 健康・医療
医療革命(3)―認知症の治療と予防―

前回は、認知症にたいするケアのうち、ユマニチュードに焦点を当てて説明しました。

今回は、認知症の医学的メカニズムから治療や症状の軽減の試みについて考えます。参考にするのは、前回と同じ『シリーズ医療革命
―認知症をくい止めろ―』(前・後編)です。

認知症の中でも最も多いアルツハイマー型だけでもその原因とメカニズムは、決して単純はではなく、幾つか考えられています。

このタイプの認知症の原因の一つは、脳の神経細胞が活動する結果として生産される老廃物、アミロイドβの蓄積です。ふつうは、アミ
ロイドβは血液に排出されますが、量が多くなると血管の壁の中に入って溜ります。

血管の壁に入ったアミロイドβがやがて血管を破ってしまい、脳に栄養が届かなくなり、記憶を司る海馬の神経細胞を少しずつ死滅させ
てしまいます。

最近の研究では、このアミロイドβの蓄積は、発症の25年前から少しずつ始まり、海馬を侵してゆきます。

この状態を解決するために、本来、認知症の治療薬ではなく、脳梗塞の治療薬である、シロスタゾールは老廃物をスムーズに血管に流
す効果があることが分かりました。

さらにこの薬は、血管の働きを刺激し脳の血管からの出血を防ぎ、神経細胞、脳内ネットワークを守る働きがあります。

この薬の利用と効果に関する研究では日本が一歩進んでおり、実験では、シロスタゾールの投与で認知機能の低下が80%も抑えられ
ることが実証されました。

投薬による治療分野で、もう一つ大きな進歩がありました。アルツハイマー病の患者の遺伝子を調べたところ、インスリンをつくる遺伝子
の活性がないことが分かりました。

よく知られているように、インスリンは膵臓で造られる、糖を分解してエネルギーに変えるホルモンです。これが足りないか、ほとんど出
ない病気が糖尿病です。

このことから、アルツハイマー病とは、脳が糖を取り込めない、従って脳の活動が弱まる「脳の糖尿病」と考えられる、という発想が生ま
れました。

通常の糖尿病の場合、糖を分解してエネルギーに変えるインスリンを注射で補う方法が採られています。

しかし、脳の組織は外部からほぼブロックされているため、直接インスリンを脳の神経組織に送ることができません。

そこで、スプレイで鼻の奥にインスリン液を噴霧して脳の神経に吸収させる方法が開発されました。

鼻孔の奥には脳からの神経が出ており、ここからインスリンを脳内部に送ることができるのです。この方法はアメリカで試験的に導入され、
かなり良好な結果が出ています。

シロスタゾールもインスリンも、これまで広く使われてきた薬であり、副作用はないのが大きなメリットです。

以上は、脳の萎縮、特定ホルモンの欠乏というメカニズムから薬を使うアプローチでしたが、これらとは異なるメカニズムからのアプローチ
もあります。

アメリカでの研究で、認知症の症状である 介護拒否や暴力(行動・心理症状)は ストレスホルモンが増えると出てくる心理症状であるこ
とがわかってきました。

海馬は本来、ストレスホルモンの分泌を抑える役割をもっているのですが、アルツハイマー病の場合、海馬が萎縮してしまっているので、
その機能も低下してしまっているのです。

アメリカの実験で、体を優しく触れて、その後で唾液中のコルチゾール(これはストレスホルモン)を調べた結果、海馬が萎縮した人でも、
ストレスホルモンは減っていたことが確認されました

人に優しく触れられることで「ここちよい」状態になり、脳は気分を安定させるホルモンを分泌するようになります。

こうして、興奮が収まり、暴力や介護拒否などの症状がみられたということです。

この実験を担当したリン・ウッズ准教授は、深い思いやりをもって良い介護をすれば介護者が薬になる。介護者そのものが治療になる、
と述べています。

日本でも、ある認知症専門施設で週5回、優しく触れることを6週間続けたところ、7割以上の人が、攻撃的言動が低下し、徘徊も減った
という結果が出ています。

ところで、日本には認知症に地域全体で取り組んでいる町があります。

福岡県久山町では九州大学の協力を得て、50年にわたり住民4000人の健康調査をしてきました。

それによると、1992年には65才以上でアルツハイマー病患者は1.8%であったものが、2012年には12.3%と、6倍以上に増えています。

さらに細かくみると、糖尿病を持っている人の認知症発症率は正常者の2倍、喫煙者は2.7倍、同様に高血圧、高血糖、肥満は認知症の
危険度を上げ、運動、禁煙、減塩は下げることが分かりました。

たとえば、運動している人はしていない人より発症率が4割も低い結果がでています。

逆に、歩く速さが秒速80センチ(時速2.9キロ)より遅い(軽度認知障害)人は認知症の疑いがあります。

早歩きを週3回、30分以上行い、肉と塩分、バター(オリーブオイルに)を減らし、魚と野菜中心にすると認知症のリスクを下げる大きな
効果があります。また、散歩を趣味にすると50%減らすことができる、と考えられています。

認知症が生活習慣病という側面が分かれば、生活習慣を変えれば予防も可能であると、担当した九州大学の教授は述べています。

認知症を大きく減らすことに成功したイギリスの事例は大いに参考になります。

海外でも、イギリスでは医療の在り方を見直すユニークな取組をしています。

ケンブリッジ大学 キャロル・ブレイン教授らは、7500人の高齢者を追跡調査してきたところ、増えると思っていた認知症患者が2013
年には20年前と比べて23%も減少していたことを発見しました。

脳卒中や心臓病の予防効果で、両疾患での死亡率が40%も減ったのです。

この減少の背景には生活習慣病をなくす取組を10年間行ってきたさまざま試みや努力がありました。

もう一つ重要なことは、脳卒中、心臓病(高血圧を含む)と認知症とのが密接に関係していることを突き止めたのです。

それでは、イギリスでのユニークな試みとは、どんなものだったのでしょうか。

それは、医者の収入を、通常の治療費の他に、患者の健康を維持する取組にポイントを付け、そのポイントに見合った報酬が国から
支給される仕組みです。

例えば、45歳以上の人の血圧を5年以上計り続けると10ポイント、高血圧の人を見つけて、そのうち45%以上の人の血圧を下げる
とまたポイントが付きます。

このポイントによって国から報酬が支払われます。多い人はポイント収入だけで、全収入の15%にも達しまし。

また政府は、タバコの自動販売機を撤去し、売り場での陳列を禁止しました。高血圧対策として、塩分を1日6グラム以下にするため、
外食産業と協力し、85の食品に目標の塩分量を設定(ソーセージ、スープ、サンドイッチ)しています。

何より驚くのは、イギリス政府はGDPの1%を認知症対策に使っている事実です。日本のGDPで換算すると、約5兆5000憶円支出
(防衛費とほぼ同じ)していることになります。

これは一見、非常に高額に見えますが、発症を5年遅らせれば認知症の人は半減します。これによる医療費の削減効果も大きいので
すが、イギリスでは、これにより、一人一人の人生にとって、大きな意味をもつ、との思想がこの政策をさせています。

国の文化水準は、こういうところに現れると思います。この点に関する限り日本の文化水準はイギリスにはるかに及ばない気がします。

医療というのは、一見、科学、技術、政治的な政策の問題のように見えますが、実は、命と人生に対する深い尊厳、という哲学こそが、
その根底にある、最も重要な要素であると思います。


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医療革命(2)―認知症への新たな挑戦:人間として―

2016-02-13 21:59:21 | 健康・医療
医療革命(2)―認知症への新たな挑戦:人間として―

厚生労働省の予測では、認知症高齢者の数は2012年の時点で全国に約462万人と推計されていますが、2025年には、65歳以上
の高齢者の認知症患者は700万人、つまり5人に1人とも推定されています。

これに、認知症予備軍(軽度認知障害 MCI)を含めると、1300万人の認知症患者が発生し、65歳以上人口に占める割合は4人
に1人に達すると見込まれています。

今や高齢者だけでなく、若い世代の若年性認知症も10万人当たり476人(男578人、女36.7人)と予想されています。認知症は
高齢者だけの問題ではありません。

認知症には、アルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型、前頭側頭型の四タイプ(原因)があります。うち、アルツハイマー型は全
体の70%を占めていますので、認知症と言えば、アルツハイマー病と同一視されるほどです。

認知症のもっとも顕著な症状は、記憶力の著しい低下です。医学的には、海馬と呼ばれる、記憶を司る脳の一部が萎縮ないし死滅
したことが原因です。

認知症になると、自分の居場所も行動も認識できない、徘徊したり、暴言を吐いたり、時には周囲の人に暴力を振るうことさえあります。

このため、認知症の高齢者を抱える家族は、非常に大きな介護の負担を強いられます。というのも、認知症患者の中には寝たきりの
人も多く、徘徊するようになると、家族は24時間つききりで介護しなければならず、気の休まる時がないからです。

「介護離職」という言葉があるように、認知症の家族が介護のために離職する人さえいます。また、ケアをしている老夫婦のどちらか
が、パートナーを殺してしまう悲劇さえあります。

他方、認知症の高齢者を受け入れてくれる公的施設は、希望者に比べて圧倒的に少なく、私立の施設が空いていても施設は費用は
高額で、誰でも入所できるとは限りません。

もし介護施設に入所できたとして、スタッフ不足もあり、入所者にとってもケアをするスタッフにとっても、必ずしも満足できる状態には
ありません。

確実に訪れる超高齢化社会に向かっている日本では、それと並行して認知症の高齢者も増加すると考えられ、それへの対応は、ます
ます深刻な問題となってゆきます。

この問題の解決策の一つは、認知症の画期的な治療薬などを開発することで。現在、認知症のメカニズムの解明や、それに基づいた
有望な薬が開発されつつあります。これについては、後で触れることにします。

もう一つは、薬以外の対応方法を開拓することです。その一つのアプローチが、今回紹介する「ユマニチュード」という、身体と心に働き
かける方法です。

ユマニチュードについては、NHKBS1の『シリーズ 医療革命―認知症をくい止めろ―』(前編)が紹介しています(注1)。

まず最初に、認知症で長期間寝たきりの95才の男性の姿が映し出されます。しばらく後で、この男性の2か月後の姿が登場します。

それは、この男性がベットの上で手を伸ばして頭がベッドに着きそうなるくらいまで体を前に倒すことができるようになっています。顔の
表情も生き生きとして、周囲の人と会話もしています。さらに両腕を支えられながらですが、この男性が歩くまでに改善しています。

この2か月の間に何が起こったのでしょうか?これは決して、魔術でも奇跡でもありません。また、認知症が突然治る特効薬が開発され
たためでもありません。

それは、「ユマニチュード」と呼ばれる、ケアの方法で、特に認知症にたいして有効性を発揮します。

「ユマニチュード」というケアの方法は日本語で「包括的ケアメソッド」と訳され、特に高齢者、認知症に有効とされています。

しかし、フランス語の原意を考えると、フランス語の「ユマニチュード」には、「人間らしく」「人間として」という意味合いが強いので、以下
では、この点に注意を払いつつ説明します。

現在では、この方法の具体的な手法に関するDVDが、主導者の2人の名前を冠した「ジネスト・マレスコッティ研究所 日本支部」から
発売されており、日本でも徐々に浸透しつつあります。

今回のNHKの番組は、このケアメソッドの2人の提唱者の一人、フランス人のイヴ・ジネスト氏(35年の認知症ケアの経験をもつ、この
分野の第一人者)が来日し、日本のケア施設を訪れて、ユマニチュードの実践的指導を行った様子を追ったドキュメントです。

ジネスト氏は、日本のケア施設で通訳をとおして実践し、日本人のスタッフに次の4点を繰り返し伝えます。

①見つめる。心から相手にたいして優しい気持をもち、笑顔で見つめることが大切。そして、認知症の人は視野が狭く、正面しか見えない
 ことが多いから、かならず相手の顔の正面に顔をもってゆく。この際、決して、見下ろしていけない、同じ高さの目線で相手を見ることが
 大切。

②話しかける。 多くの場合、認知症の人のケアを始める時、最初の一言だけで話しかけ、後は黙ってケアの動作・作業を行う傾向があ
 る。しかし、これだと、自分の存在が無視されたと感じてしまう。ケアのスタッフは、あたかも実況中継のように自分もやっていることを、
 穏やかに優しく話し続ける。これによって認知症の人は安心してケアを受け入れる。

③触れる。 体を起こすとき、腕を上からつかんではダメ。これは相手に恐怖感を与え、自分で動こうとする力を妨げる。本人が動こうと
 する意志を活かして下から腕を支えることが大切。

④寝たきりにしない。ケアをする人は、認知症の人ができるだけ手がかからないほうが望ましいと考えるかもしれないが、寝たきりにする
 ことによって

以上4点は、ある意味であまりにも当たり前すぎて、これで効果があるのか疑問さえ感じます。

それでは、ジネスト氏が日本で行った実践のごく一部を紹介しましょう。

上に紹介した、95才の寝たきりの認知症高齢者は、妻が家で介護していました。彼女は、ユマニチュードの方法を学び、2か月間実行
しました。その結果が、上に紹介した驚くべき変化です。

また、85才で施設に入所していた認知症の男性は、13年間寝たきりで歩いたことがありませんでした。

しかし、ジネスト氏のユマニチュードの手法を20分続けます。歩くよう励まします。その後で、スタッフが優しく、両腕を支えると少しずつ
あるくようになったシーンが映し出されます。施設の介護スタッフ、その姿を見て感動のあまり泣いていました。

こうした身体的な劇的改善とともに、情緒や感情面でも大きな改善がみられました。

ある施設に入所していている女性の認知症患者は、厳しい顔で所内を車いすで動き回っており、時々大きな奇声を発します。

彼女は他の入所やスタッフとコミュニケーションができず、その奇声によって、むしろ緊張を作り出してしまいます。

ジネスト氏は、彼女の前に膝をつき、彼女の手の甲を優しくさすり、正面から彼女に笑顔で語りかけます。

しばらくすると、彼女の厳しい顔つきが次第に柔和になり、そして笑顔がさえ浮かべるようになります。

なぜ、こんなことが可能なのでしょうか? ジネスト氏は魔術を使ったのでしょうか?

そうではありません。ジネスト氏は、記憶力は低下しても、生きる喜びは失ってはいない、と考えています。

そして、ここが最も大事な点ですが、ジネスト氏のケアの基盤は、「どんな状態にあろうとも、あなたは人間である」という哲学です。

ユマニチュードが有効であると分かると、技術的な面に注目が集まりがちですが、この方法が本当に有効となるには、この哲学を
どれほど深く理解し真剣に実践するかにかかっています。

ユマニチュードの哲学は、認知症にたいしてだけでなく、広く病気治療一般、とりわけ精神疾患などに、とても有効だと思います。

一見、当たり前のことをするだけでこれだけ効果がある、ということは、希望を持たせてくれます。

しかし、この「当たり前」のことが、現実には実践されていないことも事実です。ユマニチュードは私たちに、ケアの原点に立ち戻る
必要があることを教えてくれます。

私自身、かつてボランティアで、老人ホームを訪ね、メイクとともに、手の甲を優しくさするケアをやった経験があります。その経験から
高齢者の表情が見違えるほど変わることも実感しています。この意味でも、私はジネスト氏の考えに全面的に共感します。

(注1)(注1) 初回2015年12月19日放送、再放送2016年1月2日

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春の畑作のため、荒地となった畑の整備をしました。


畑はセイタカアワダチソウその他の草に覆われていました。


地表は、クズの蔓に全面覆われています


クズの蔓と枯草を取り除いて、4種の豆を定植しました。


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医療革命(1)―ガン治療と認知症への新たな挑戦―

2016-02-07 04:51:37 | 健康・医療
医療革命(1)―ガン治療への新たな挑戦―

日本人の死因の第1位はガンです。今や、日本人の2人に1人が、一生のうち何らかのガンに罹るといわれており、3人に1人がガンで亡くなっています。

この意味で、ガンはもはや、特別な病気ではなく、誰でも罹る可能性のある非常に日常的な病気となっています。

しかし、このことは、ガンが簡単に治る病気になったということを意味しているわけではありません。

もっと言えば、そもそも人は“なぜガンになるのか”について、決定的な原因が分かっているわけではないのです。

もちろん、タバコと肺ガンとの因果関係のように、そのいくつかの原因は分かっていますが、それが肺ガンの全ての原因というわけではありません。

なぜなら、タバコを全く吸わない人でも、周囲の喫煙者による副流煙にさらされていなくても、肺ガンに罹る人はいるからです。

特殊な場合として、印刷機の洗浄用に使われ、原因物質と推定されている化学物質「1、2ジクロロプロパン」と胆管ガンとの関係のように、「発ガン性が
ある」化学物質とガンとの関係も少しずつ分かってきています。

ストレスも、ガンのリスクを高めることも、多くの事例やさまざまな動物実験で明らかになっています。

また、いわゆる「ガン家系」で、親族にガンで亡くなった人がいるような場合、ガンに罹るリスクは高くなる傾向があることも分かっています。

しかし、これらの原因もガン全体からみれば、一部にすぎず、多くはまだ原因とメカニズムが不明の状態にあります。

このため、ガンへの対策としては、日常生活でガンのリスクをできる限り少なくすることが重要です。

もし、不幸にもガンが発症してしまったら、従来のガン治療の「標準的」な治療方法は、手術、放射線、抗ガン剤のいずれか、あるいはこれらを組み合わ
せた治療ということになります。

これらの治療法は、まずガンそのものを取り除くか、ガン細胞を「たたく」、ガンと「戦う」、という攻撃的な考え方です。

比喩的に言えば、切り刻む、焼き殺す、毒殺するという方法です。

ガンの部位によっては、または発見時に極めて初期段階であれば、従来の標準的な治療が功を奏することも珍しくありません。

しかし、「標準的治療」のうち放射線も抗ガン剤も、ガン細胞だけでなく、周辺の健康な細胞まで攻撃するので、つらい「副作用」をともなう問題があります。

手術の場合、完全にガン細胞を取り除くことができるかどうかが問題です。

いろいろ問題はあるにしても、現段階では上の3つは、やはり「標準的治療」方法であることは間違いありません。

実際、王貞治氏は胃ガンが見つかり、胃を全摘しましたが、現在まで元気です。しかも、王さんの場合、開腹せず、腹腔鏡下の手術で、翌日には自分で
歩いていました。

手術も現在では技術的にかなり進歩しています。ガンではありませんが、私自身も昨年、胆のうの全摘手術を、腹腔鏡下で行いましたが、翌日から動く
ことができました。

抗ガンン剤も進歩し、副作用を緩和する薬も開発されるようになりました。

こうした進歩にもかかわらず、残念ながら、ガン患者は減っていないし、がんによる死亡者の数も減っていません。

現在、「標準的治療」の他、医療機関では行っている方法はいくつかあります。たとえば、重粒子線治療もその一つです。ただ、これは採用している医療
機関が少なく、非常に高額で、誰でも受けられるというわけではありませんし、しかも確実に完治できる保障はありません。

残念ながら、ガン患者の数は減っていませんし、全死亡者全体に占めるがんによる死亡率を減ってはいません。

従来型の治療方法ではガンを撲滅することは、少なくとも近い将来には無理かもしれません。

そこで考えられるのは、ガンによる疼痛を緩和する方法を確立するか、今までとは異なる発想とアプローチでがんに対応する道を考えることです。

このような状況で、最近、本庶 佑氏(先端医療振興財団理事長、京都大学大学院医学研究科客員教授)は従来とは全く異なる発想でガン治療への道を
開こうとしています。

それは、本庶氏が、ガンの増殖のメカニズムと、そのメカニズムを遮断する方法を見つけたことです。これにより、新たなガン治療薬オプジーボ(一般名は
ニボルマブ)が開発されました。

オプジーボは従来の抗ガン剤とまったく異なり、直接にガン細胞を攻撃するのではなく、免疫細胞を活性化させ、ガン細胞を死滅させます。

ガン細胞は増殖するために、外敵を撃退する役割を持つ免疫細胞の監視の網をくぐり抜ける必要があります。そこでガン細胞は免疫細胞をだまし、敵と
して認識されないようにします。

本庶氏が解明したのは、このガン細胞が免疫細胞をだますからくりです。ガン細胞が免疫細胞をだます際、免疫細胞の表面にあるPD―1という分子を
利用することを突き止めました。

ガン細胞が免疫細胞の表面にあるPD―1と手を結んで結合してしまうと、免疫細胞はガン細胞を敵として認識できなくなり、ガン細胞はその隙を突いて
体内で増殖、転移していきます。

そこで、ガン細胞が免疫細胞のPD―1と結合しないよう「妨害」してやればいい、という発想です。そのための薬がオプジーボで、両者の結合を妨げます。

これによって、免疫細胞は外敵を見つけ除外するという本来の「仕事」に戻り、ガン細胞も撃退してくれるという原理です。

つまり、人工的な薬によって直接ガン細胞をたたくのではなく、人体がもともともっていた免疫のメカニズムが最大限に働けるよう応援することによって、
間接的にガン細胞を破壊する、という理想的な治療法です。

まさに、逆転の発想です。この世界的な発見は、本庶氏の専門が分子生物学、特に人体の根幹を支える免疫が中心で、ガンの専門家ではなかったから
(おおげさに言えば素人だったから)こそ、常識にとらわれずに考えることができた、と言えます。

オプジーボは日本の小野製薬とアメリカの大手製薬会社が製品化し発売しています。オプジーボは2014年7月、厚生労働省から悪性黒色腫(メラノーマ
皮膚がん)向けのガン免疫薬として承認され、15年12月には肺ガンへの追加適用を取得しました。

現在、さらに他のガンへの有効性を試験していますが、ガンの増殖メカニズムは、どのガンでもそれほど大きな違いはないと思われますので、将来は広
範囲のガンに適用可能となることを期待されています。

本庶氏は、「ガンが不治の病でなくなるのは数年後。遅くても10年以内にはそうなる」と頼もしい預言をしています(注1)。

もちろん、オプジーボも万能であるとは言えませんし、これからも改良されてゆくと思いますが、新たな発想で新たな治療法への道を開いていくれることを
期待したいと思います。

医療の世界には、まだまだこのような事例は、ガン以外のいろんな分野にもあり得るのではないか、と思います。

次回は、オプジーボほど劇的ではないかもしれませんが、やはり、従来の治療とは異なる発想で認知症の治療に大きな可能性を見出そうとする試みに
ついて紹介したいと思います。

(注1)『日本経済新聞 デジタル版』2016年1月11日
    http://www.nikkei.com/article/DGXMZO95861680X00C16A1000000/
    『日本経済新聞 デジタル版』2016年20161月5日  http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ05HQK_V00C16A1TJC000/

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最近の手術事情―腹腔鏡下手術を受けた私の経験から―

2015-04-04 06:05:24 | 健康・医療
最近の手術事情―腹腔鏡下手術を受けた私の経験から―

私たちは,できることなら手術などしないで一生を終えたいと思う。しかし,こうした希望
とは裏腹に,突然,手術を受けなければならない事態に直面することこがあります。

私自身は,小学校4年生の時に盲腸とヘルニアの手術をしたことから始まり,大小いくつか
の手術を経験してきました。

それらのうち,最近経験した二度の手術は,私の古い手術のイメージを一新させるものでし
た。

一つは,9年前の内視鏡手術です。私が静岡の山中で自閉症児のケアプログラムを行ってい
た時のことです。テントの支柱を支える重い石を持ち上げた瞬間,お腹に激痛を感じました。

それ以後,痛みは激しさを増しほとんど意識がなくなるほどでした。一緒にいた仲間の車で
急いで市内の病院へ搬送してもらいました。

たまたま,その病院の看護師さんが同乗してくれたので,彼女が車から病院に電話し,受け
入れ態勢を手配してくれました。

病院に着くや否やCT,レントゲン,血液検査が行われ,間もなく,「急性膵炎」であること
が判明し,緊急入院ということになりました。

これは,何らかの理由で膵臓が作る消化酵素(脂肪,蛋白,糖を消化する)が逆流し,自ら
の臓器を”消化“してしまう,
致死率が非常に高い危険な病気です。

搬送直後の血液検査(アミラーゼとリパーゼの血中濃度)の結果は,私の命が極めて危険な
状態にあることを物語っていました。
担当医は,そのあまりの高さに驚いて,翌日の朝まで命が持たないかもしれないと思ったよ
うです。

私の体には顔から足の先まで全身に黄だん症状が出ていました。幸い,抗生剤の点滴のおか
げで数時間後には,少しずつ数値が下がり始め,どうやら命の危機は去ったようです。

2日後,別の医師による詳しい説明の後,内視鏡手術が行われました。この方法では,口か
らカメラ,ライト,メスなどが組み込まれた,比較的太い管が挿入され,先端がのどを通過
すると全身麻酔が開始されます。

全身麻酔が投与されると“瞬殺”といっていいほど瞬間的に意識が飛んでしまいます。次に目
が覚めたのは,3時間後,病室のベッドの上でした。

この間に何が行われたのは,当人は全く分かりませんが,多様な検査と処置が行われたよう
です。以下は,後に医師から聞いた話です。

まず,内視鏡による食道の検査で逆流性食道炎が見つかりました。次に,偶然,胃にポリー
プが見つかったので切除されました。また,ピロリ菌の有無を見たところ,無いことが確認
された。

本題の急性膵炎のです。本来,胆汁を送る胆管と膵酵素を送る主膵管とは別々に十二指腸へ
の出口を持っているべきなのに,
私の胆管と主膵管とが十二指腸の手前で合流している(先天性の膵胆管合流異常)ことが,
内視鏡で確認されました。

執刀医は,何らかの原因でこの合流部分が詰まってしまい,膵酵素が逆流してしまったこと
で急性膵炎が発症した,と判断したようです。

そこで,内視鏡に組み込まれたメスで合流部分を分離し,胆管を直接十二指腸に頭を出すよ
う正常位置に移す手術を行いました。

同時に,胆管の出口からメスを挿入して胆のう内部の様子を見ようとしましたが,胆のうが
(私の意志とは無関係に)拒絶反応をしたので止めた,と後で説明してくれました。

手術の後,急性膵炎の症状は急速に消えました。この時の経験から,人の命が生死は本当に
紙一重だとつくづく思いました。

もし,処置が数時間遅れたら,命を失っていたかもしれません。

それと同時に,現代の内視鏡手術というのは,私が想像していた以上に多くのことができる
ことに驚きました。しかも,手術は直接目で見て行われたのではなく,カメラが映し出す映
像を見ながら行われたのです。

次に,つい最近((2015年3月末)に受けた腹腔鏡下手術について書いてみたいと思います。

腹腔鏡下手術とは,体に5~16ミリの穴を複数開け,そこからカメラ(腹腔鏡)その他の手
術器具を挿入して行う方法です。

この方法は,開腹手術に比べて体への侵襲(ダメージ)が少なく,したがって回復も早いと
いう大きなメリットがあります。

まず,腹腔鏡下手術では,あけた穴から炭酸ガスを注入して腹部を膨らませ,臓器と腹部の
皮膚との間に空間を作ります。

この方法も内視鏡手術と同様,直接に臓器や患部を目で見て行うのではなく,体に差し込ま
れたカメラが映し出す画像をみながら,限られた視野と空間で手術をする,という制限があ
ります。

このため,血管が多い肝臓とか胆管のように細い臓器,あるいは神経が複雑に絡み合ってい
る部位の手術には,開腹手術にはない。高度の技量を必要とします。

それだけい,もし,腹腔鏡下で難しいがんの手術を成功させることができれば,患者にとっ
て大きなメリットであるし,その技量をもった医師の評価は高くなります。

反対に,失敗すれば,最悪の場合,患者が死亡することも十分あり得ます。

腹腔鏡下手術と言えば,このころちょうど群馬大学病院の第二外科で行われた手術による死
亡例の問題が浮上していました。

この病院では,2010年12月から2014年6末までに92人が腹腔鏡下での肝臓がん手術が
行われ,8人が死亡したことが判明したことで,一挙に世間の注目を集め,毎日メディア
で報道されていたため,私もかなり不安でした。

上記の数字だけをみると,腹腔鏡下手術そのものが危険であるような印象をうけますが,
この病院では開腹手術でも,同期間に10人が死亡していることからすると,必ずしも腹
腔鏡下手術だけが危険な術式であるとは言えません。

群馬大学の場合,同一の40代の男性医師による手術であること,本来なら手術前に行う
べき臨床試験審査会での検討が,実際には行われていなかったこと,患者への事前の説明
(インフォームドコンセント)が,ほとんど行われてなかったこと,など個人的な問題と
病院としての制度上の問題が大きく関わっていたと考えられます。

この発表のすぐ後に,千葉県がんセンターにおいても,2008年6月から2014年2月までに,
腹腔鏡下手術により,主に膵臓,肝臓,胆管手術をうけた患者のうち11人が死亡したこと
が報道されました。

この病院は,高度な手術例が多い「修練施設」として「A認定」を受けています。この場合
も,亡くなった11人のうち8人の手術は,同一のベテラン男性医師が執刀しました。(『東
京新聞』2015年3月26日)

今回の私の手術は,強大化した胆石を取り除くために,腹腔鏡下で胆のうごと摘出する,比
較的“簡単な”手術でしたが,事前の説明(インフォームドコンセプト)を聞いていると,“簡
単な”とはいえ,手術には実にたくさんの危険性があり,合併症があり得ることが分かり怖く
なってきます。

全身麻酔が施されるので,手術に先立って全身的な検査が行われました。心電図による心臓
機能検査,肺活量,瞬間的な呼気の強さの検査からはじまり,血液,尿,便(大腸)など,
一般的な検査が行われます。

続いて,造影剤を注入してのCT,胃カメラによる上部消化器検査,MRI,レントゲン撮
影,既往症(私の場合,特に過去の急性膵炎)やアレルギーのチェック,などが行われます。

体に開ける穴に関しても,私は4つの穴を開けることを選択しましたが,傷をできるだけ少
なくしたい人は,おへそのところに一つだけやや大きめの穴を開け,そこから必要な器具を
全て挿入して行うこともできます。

これは,手術前の医師との話し合いで決めることができます。

いよいよ手術ですが,腹腔鏡下手術で始めても,いざやってみると開腹の必要が生ずる場合
があります。それに備えて,意識がなくなる麻酔とは別に,鎮痛薬を注入するために背骨の
硬膜のすぐ外側に針を刺し,カテーテルを留置する処置(硬膜外麻酔)が施されました。

この処置は,術後の痛みを大きく和らげ,患者が早くから動くことができるようにする上で
大きな役割を果たします。

このカテーテル挿入後,まもなく全身麻酔のマスクが口に当てられ,数回呼吸するうちに意
識を失いました。そして気が付いた時には病室のベッドに寝ていました。

後で聞いたところ,手術そのものは50分かからなかったそうです。この間に胆のうの切除,
摘出,血管の縫合が,やはり映像を見ながら行われ,最初に開けた穴が縫合されました。

執刀医からは事前に,「手術の翌日にはどんどん歩いてもらいます」,と言われていましたが,
実際,体にチューブは刺さったままですが,私は手術の翌朝には歩くことができました。

これは,背骨からの強力な鎮痛剤投与のおかげで,術後かなり早くから動くことができると
いう大きなメリットがありますが,その反面,尿意を感じなくなる(おそらく中枢神経をブ
ロックしてしまうので),という問題があります。

通常は,しばらく「バルーン」と呼ばれる導尿管が術後2日ほどは装着され,尿は自動的に
排出されるようにします。

しかし私の場合,この導尿管を術後すぐにはずしてもらったので,大変苦労しました。

どんなに簡単に見える手術でも,常に危険は伴います。腹腔鏡下手術では,画像を見ながら
切除部分や血管の縫合を行うので,縫合が不完全だと後で出血することもあるそうです。

このほかにもいくつかの問題や危険性はありますが,私の場合,腹腔鏡手術は体へのダメー
ジが軽く,その分,開腹もはないので,
手術の前日に入院して5日後に退院できました。

今回,感じたもう一つの大切なことは,手術を受ける際,疑問や不安に思うことがあったら
何でも医師に率直に相談し,
十分なコミュニケーションと信頼関係を築くことです。

幸い,私の場合,執刀医の事前説明とは別に,前日に手術に立ち会う医師と話す機会があっ
たため,それまで抱いていた不安はほとんど解消し,安心して手術に臨むことができました。

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サイクリングロード沿いの桜1


サイクリングロード沿いの桜2


桜と菜の花


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STAP細胞騒動(2)-第二幕の行くへは?-

2014-04-20 06:36:14 | 健康・医療
STAP細胞騒動(2)-第二幕の行くへは?-

4月16日,小保方氏の上司である理研の発生・再生科学総合研究センター副センター長の笹井芳樹氏は,3時間半に及ぶ会見を行いました。
今回の会見は,民法テレビ局では,日本テレビが一部を放送しただけで,他局はライブで放送しませんでした。

小保方氏の会見の際には既存の番組をつぶしてまで,各社が会見を実況で伝えたのとは対照的です。私は,USTREAMで最初から最後まで見て
いましたが,今回の会見で分かったこと,分からなかったことがさらにはっきりしました。

まず,分かったことは,小保方氏が写真の取り違いについて気づき笹井氏に報告したのは2月18日であり,それ以前笹井氏はこの事実を
知らなかったことです。

この点は,小保方氏の主張が正しいかもしれません。ただし,同月13日に調査委員会が発足して調査を始める際に,写真の取り違いに関
する他からの指摘があったかどうかは分かりません。

もう一つ,はっきりした重要な事実がありました。会見の出席者が「第三者は作製に成功したのか」と質問したのに対して笹井氏は:
  「理研内で発表前に少なくとも一人,発表後に一人,多機能性を示す目印が発現するところまでは確認した。次の段階のキメラマウス
まで一貫してやらないと統一的な解析にならない。 そこまで行ったものは知らない」
と答えています。つまり,現段階では,多機能性を示す目印が確認できた,という段階だということです。

ところで,STAP現象とSTAP細胞という言葉の意味が同じなのか違うことなのかという言葉の混乱も,今回の事態の理解を混乱させている一つの
要因になっています。

笹井氏は「体細胞筋肉やリンパ球などから逆戻りして,刺激によって多機能性細胞ができることをSTAP現象と呼ぶ」と明瞭に定義した上で,
「STAP現象」と「STAP細胞」とは同じ意味だ,とも言っています。ただ,今のところ,これを確認するのは,たんぱく質に仕組んだ目印の確認
にとどまっています。

なお,現在まで本当の意味でのSTAPP細胞の作製に成功した事例は一つもありませんが,それには難しい問題があるといいます。

笹井氏によれば,体細胞(皮膚とか筋肉とか,すでに分化を終えた細胞)が多機能性を示すまでの7日間に4ステップの段階がある。

このステップのどこで止まってもSTAP細胞はできない。

「何がステップを促進し,また阻害するのか,まだ分かっていない」とも答えています。(注1)どうやら,STAP現象は,ある段階で進行が止
まってしまっているようです。

つまり,まだ,4段階に変化することの因果関係も解明されていないし,第三者が再現実験できるための手順書も完成していないという状況です。

このように考えると,小保方氏が「200回以上成功している」ことの内容が,4段階のどこまでなのかが問題となります。

極端に言えば,緑色の蛍光が確認できるという第一段階のSTAP現象が発現していれば,それは「STAP細胞」が存在すると言えるというのが小保方
氏と笹井氏の立場です。

言い換えると,「STAP細胞が存在します」という時,何をもって「STAP細胞」というのかの定義によって,存在するとも,しないとも言えるのです。 

小保方氏が代理人弁護士を通じて14日に発表した文書によると、小保方氏以外の第三者がSTAP細胞作製に成功し、それを「理研も認識している」
と主張しました。

理研はSTAP細胞論文の著者以外に2人が作製したとの情報があることを認めましたが、「部分的な再現にとどまる」としています。

このことは,笹井氏の説明からも分かるように,多機能性を示す目印を確認した,という段階にとどまっていることがはっきりしました。

しかし,この目印だけでは、できた細胞が本当に,さまざまな臓器に分化し得る万能細胞(幹細胞)だと証明するには不十分なのです。
 
笹井氏は「STAPという現象は,非常に不思議な現象。

今でも信じられないが,その現象がなければ説明できない」という論理で,これを乗り越えようとしていますが,結論としては,STAP現象はもっとも
合理的で有望な「仮説]という見解に立っています。したがって,理研としては「仮説」を証明する必要があることになります。

笹井氏は,今回『ネイチャー』に掲載された論文はその部品にいろいろなヒビが入っているので,一旦,撤回して150パーセント確実な論文に仕上げ
てから再度,投稿すべきだと主張しています。

の点は,私もまったく同意見です。しかし,意地悪く考えると,笹井氏は「仮説」の段階で,『ネイチャー』誌への論文作製を手伝い,共著者として
投稿したことになります。

これにたいして小保方氏は,「仮説」ではなく,実証された「真実」だと主張し,論文撤回を拒否しています。

いずれにしても,今回の笹井氏の説明は,そつのない釈明ではありましたが,小保方氏および笹井氏の主張を裏付ける,新たな科学的根拠は何一つ示
されませんでした。

私は,今回の小保方氏の論文に関する限り,やはりこれは科学論文としては未完成で不正があり,直ちに撤回すべきだと思います。しかし,外部からの
刺激(ストレス)を与えることによって,細胞に多機能化への変化(たとえ不完全でも)を引き起こすことができるかもしれない,という発想は非常に
魅力的です。

これは,麻酔医であるチャールズ・バカンティが20年以上も前から唱えているアイディアですが,小保方氏は,その刺激として弱酸性の溶液に細胞を
浸す,というシンプルな方法を試みたわけで,この因果関係の説明ができれば,それだけでノーベル賞に値する発見だと思っています。

STAP細胞があるのかないのか,という問題とは別に,今回の一連の騒動で,私が非常気になった問題がいくつかあります。

その一つは,若い研究者に対する研究指導が甘く,もっと言えば「いいかげん」になっているのではないか,といいうことです。

まず私が驚いたのは,小保方氏が早稲田大学に提出した博士論は,100ページのうち20ページが,引用元を明示せず,コピーアンドペースト
(通称コピペ)であったことです。

この事実を審査員が発見できなかったのか,分かっていながら博士号を与えてしまったのかは分かりません。私の関係する歴史や社会科学の論文で,
ここまで露骨にやれば,その論文は「盗作」となり,著者は身分が問われます。

さらに驚くのは,小保方氏の博士論文の審査員の一人であった,チャールズ・バカンティ氏は,英科学誌ネイチャーの関連サイトの取材に「論文のコピー
をもらったり、読むように頼まれたりしていない」と話していることがわかったことです。(注2)

これは,信じられない話で。教育研究機関として早稲田大学は大学としての体をなしていない,と言われても仕方ありません。

小保方さんの博士論文を審査した早稲田大学の生命医科学科・常田聡教授の研究室で、彼女以外にも6人の博士論文にコピペ疑惑が浮上しました。

大学は第三者調査委員会を設けて博士論文全般にわたった再調査する方針です。しかし,今のところが具体的な内容は明らかではありません。

疑惑が指摘されているこれら6人の「博士」たちは現在、それぞれ大学や研究機関に所属しています。

東大医科学研究所の上昌広特任教授は「小保方さんは(論文盗用の)常習犯だった可能性が高い。
彼女はどこでそれを覚えたのか」と疑問を呈しています。小保方疑惑は日本科学会を揺るがす「パンドラの箱」を開けてしまったのではないだろうか。(注3)

大学院時代に,研究者としての基本的な倫理や方法の指導を受けてこなかったことが,今回の『ネイチャー』への論文に17行にわたってコピペが行われて
いることにも現れています。

しかし早稲田大学だけでなく,理研の調査委員会は,小保方論文のコピペにたいして「不正なし」との判定くだしています。これでは,若い研究者は,
他人の文章やアイディアを無断で借りることを当たり前と考えるようになってしまいます。

実際,小保方氏は,画像に別の画像を切り貼りしても,「してはいけないという認識がなかった」と平然と答えています。早稲田時代の教育指導の欠如に加えて,
理研においても基本的な指導が行われていないことを物語っています。

こうして「悪意なく」さらりとやってしまうことこそが,本当は最も深刻な問題であるという認識がないのです。

ちなみに,私は人文系ゼミを担当してきましたが,学部生の卒論に対しても,他人の文章をそのまま引用する場合には「  」をつけ,脚注で出所を示すこと,
アイディアを借りた場合にも,同様にその根拠を示すこと,それをしない場合には,盗作となるから注意するよう繰り返し指導してきました。

小保方氏が主筆となっている論文のチェックが内部でできなかったことは,理研という組織の監督・指導体制,共同執筆者にも大きな問題があったことを示して
います。

どう考えても,『ネイチャー』への投稿は時期尚早だったのではないかと思われます。というのも,一旦は『ネイチャー』側から採用を拒否された論文ですから,
どこからも疑義が生じない論文として万全を期すべきだったと思います。

投稿を急いだのは,4月の半ばには国会の承認を得て決定するはずだった,「特定国立研究開発法人」の指定が迫っているため,世間の評価を得るための業績
として,STAP細胞の衝撃的な論文を急いで出版する必要があったのかもしれません。

理研はこれを否定していますが,小保方論文が問題となった後,理研の理事長以下の幹部が特定法人の指定を受けられるよう,自民党の複数の国会議員に陳情
しています。

しかし,菅官房長官は4月9日,特定法人指定の閣議決定を先送りする考えであることを表明しました。この一事をみても,小保方論文が理研にとっていかに
マイナスに働いたかがわかります。

それどころか,今回の一連の問題が世界中に明るみに出てしまい,日本の科学研究の信頼性や,日本の大学が出す博士号にたいする信頼性を大きく損なったこと
は,日本にとって大打撃です。

ところで,日本において,小保方論文に関してさまざまな疑念や問題が指摘されているのに,当の『ネイチャー』誌が,今のところ何のアクションも起こして
いません。

これは,『ネイチャー』の査読機能が働いていないことを示しています。

「世紀の発見」といわれる衝撃的な論文であるにもかかわらず,「捏造」や「改ざん」が指摘されている論文を,なぜそのままにしているのでしょうか?

ある科学ジャーナリストは,「理研の対応を見極めているのでしょう」と述べています。『ネイチャー』にとって理研は大事なスポンサーなのです。
「ネイチャー・ジャパン」の英文広報誌のネットコンテンツ,小冊子の作製費に理研は年間7000万円ほど拠出しています。(『日刊ゲンダイ』2014年4月9日)
す。ここにも,純粋に科学とは離れた金銭の問題が見え隠れしています。

小保方氏の不服申し立て,論文の撤回,『ネイチャー』誌の対応,そして小保方氏の「研究不正」にたいする理研の再調査があるのかないのか,この騒動は当分,
続きそうな雲行きです。

(注1)私は会見の模様を見ていますが,活字媒体としては,『東京新聞』(2014年4月16日,朝刊)を参考にしています。
(注2)「朝日新聞 デジタル」(2014年3月20日) http://www.asahi.com/articles/ASG3M5WRDG3MULBJ00N.html
(注3)http://woman.infoseek.co.jp/ (Woman 2014年3月26日号) さらに,早稲田大学でのコピペ問題に関して,『AERA』(2014年3月31日号)は,
    審査員は実際にはよく読んでいないのではないか,ともコメントしています。
    また,第3章では,本文にない引用文献が参照文献欄では38の文献が突如,著者名,タイトル,引用雑誌とページが現れます。「朝日新聞 デジタル」3月12日号。
    http://www.asahi.com/articles/ASG3D32NBG3DULBJ002.html
    また,小保方氏が所属していた早稲田大学先進工学研究科がこれまで博士号を授与した280本すべての論文を対象に,盗用などの不正の有無を専門家が調査する委員会を設置することを決めました。
    『YOMIURI ONLINE』(20144月7日号)inehttp://www.yomiuri.co.jp/science/20140406-OYT1T50132.html;「朝日新聞 デジタル」(2014年3月18日)http://www.asahi.com/articles/ASG3X5CRBG3XULBJ00S.html

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【「いぬゐ郷」だより6】最近は,借りた田んぼの両側に連なる里山の整備に集中しています。
里山は,昔から人が手入れをして維持してきた人工林です。放置しておくと,藪となり,特に笹と竹が進入してしまいます。
最近,チェーンソーを購入し,村の人の同意を得て里山の整備を進めています。
これらを切り日の光が入るようにすると,さまざまな植物やきのこ類が繁殖します。今は,里山の端に,「のびる」が大繁殖しています。


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STAP細胞騒動(1)―後味の悪い小保方春子氏の反論会見―

2014-04-13 07:02:23 | 健康・医療
STAP細胞騒動(1)―後味の悪い小保方春子氏の反論会見―

4月9日に行われた小保方氏の反論会見は,多くの人々の注目を集めていました。今回の会見は,小保方氏が『ネイチャー』誌に発表した論文に,
「改ざん」と「捏造」があり,論文を撤回すべきとの理研の調査委員会の結論に対して不服申し立てをした理由と釈明でした。

私も,1時から最後までテレビ局のチャンネルを変えつつ,150分の会見をほぼすべて見ました。

素人の私もこの問題に大きな関心をもっていたため,1月28日のSTAP細胞の作製成功という衝撃的なニュース以来,ずっと注視してきました。
このブログでも3月20日に,“STAP細胞騒動の背景―小保方氏は成果競争の犠牲者?―”という記事を書いていますので,
経緯と背景については是非そちらを御一読ください。

小保方氏の万能細胞(多機能細胞)作製の方法は,外部から遺伝子を組み込む山中教授のiPS細胞と異なり,体細胞を弱酸性の液に浸しておくという,
夢のような方法に意表を突かれ,上記のブログ記事で書いたように世界は非常に興奮し期待しました。

しかし同時に,小保方氏の論文が2014年1月30日付けのイギリスの権威ある科学雑誌『ネイチャー Nature』に掲載された直後からさまざまな疑問
が指摘されました。

そして,理研調査委員会の最終報告に対して小保方氏が反論会見を行うことになったのです。今回の反論会見をみて,論文の正当性や妥当性に関して
疑念が晴れたというより,むしろ私の個人的な印象では,さらに深くなったし,「後味の悪さ」と感じたと言った方が正直な印象です。

ただし断っておくと,私は小保方氏が作製したとされるSTAP細胞が本当に存在するのかどうかについては,期待を込めて保留ということにしてお
きます。

というのも,今回の問題は,『ネイチャー』に掲載された論文の正当性にかんする疑義だからです。

さて,今回の会見をみて「後味の悪さ」を感じたことの一つは,不服申し立てを小保方氏に勧めた弁護団が持ち出した,法律的な論理にたいする違和感です。

弁護団が持ち出した,「改ざん」と「捏造」にたいする反論の主要な論点で私が違和感を覚えたのは二点あります。一つは,遺伝子写真に本来は無かった
写真を切り貼りしたことは,見やすくするためで,写真の切り貼りは「悪意ある」改ざんでも,捏造でもない,という主張です。

理研の規定では,「改ざん」とは本来良好な結果がないのにあったかのように手を加えることで,「捏造」とは「データ研究成果を作り上げ,これを記録,
または報告すること」ですが,「悪意のない間違いは除く」とされています。

代理人の弁護士は,あくまでも「改ざん」,「捏造」,「悪意」という言葉を法律的に解釈し,理研の規定からみて,小保方さんの論文は,研究不正でも,
改ざんでも,
捏造にも当たらないし,もちろん「悪意」などなかったという概念を法律用語として用い,法律論に徹しています。この場合の「悪意「とは,「人をだます
意図」というほどの意味です。これは法律の論理です。

小保方さんの画像の切り貼りに関して言えば,結果は正しかったので,それを見やすくするために画像を追加しただけで,「悪意」はないと主張していました。

小保方氏自身も,こういうことをやってはいけないという認識はなかったと言っています。

しかし,愛知淑徳大学の山崎茂明教授が言うように,これは科学論文においては,明らかな「改ざん」「捏造」そのものです(『東京新聞』2014年4月
10日 朝刊)。

分野を問わず研究や学問に携わる人なら,結論が正しければ証拠となる資料に手を加えても問題ないと主張することはとうてい受け入れられないでしょう。

ここでは,学問の世界で共通認識となっている方法論や倫理に照らして,「不正かどうか」,「改ざんか捏造か」が問題になっていのです。弁護団は,
科学論文としての正当性の問題に一般社会の法律の論理を持ち込んで,問題をすり替えているとの印象を拭えません。

次に,最も重大視されている,STAP細胞の多様性を示す画像の取り違え問題に関する弁護団の主張です。

これについては「外部から一切の指摘のない時点で」彼女が自ら点検する中でミスを発見し,『ネイチャー』と調査員会に報告したという小保方氏の主張を,
弁護団もそのまま受け入れ,単純な画像の取り違えミスであって,この点を意図的な捏造ではないことの根拠としています。

しかし,厳密に時系列を調べると,これも論拠が怪しくなります。小保方さんの論文が1月末に発表されるや否や,あまりに大きな発見だったので,発表
直後からたちまち世界中の関係者が論文を精査しました。

早くも発表直後の「2月の初め」(正確には2月5日)にはインターネット上(科学論文をチェックするサイト)で画像の不自然さが指摘され,さらに,
理研にも直接,画像が不自然であることの指摘が寄せられました。

疑惑を放置できなくなった理研は「2月13日」には調査委員会を発足させ,調査を開始したのです(『東京新聞』2014年4月2日,朝刊)。

ただし,この時点で理研が把握していた「画像の不自然」さが,切り貼りしたDNA写真だけだったのか,取り違えた画像をも含むのかは,現時点では分か
りません。

会見で記者から,「これは重要な点ですから答えてください。小保方さんはいつ,画像の取り違いに気づいたのか」との質問に,「写真の取り違いに気付いた
のは「2月18日」で,(取り違えた)写真の生データがなかなか見つからず,古いデータまでさかのぼったら学生時代に撮った写真であることに気づいた」
と述べています。(『東京新聞』2014年4月10日 朝刊)。

これは,たんなる日にちの記憶違いの問題ではありません。小保方氏の言動の信頼性に関わる重要な部分で,弁護団の立論も,「他から指摘される前に自ら気
が付いて訂正した」という点が,意図的な改ざんや捏造ではなかったことの根拠の一つになっているのです。

弁護団が小保方氏を守るろうとする意図は分かりますが,小保方氏の言葉を注意深く検討し,事実関係を確認の上れからの弁護に備えた方がよいと思います。

いずれにしても,弁護団はこの問題で,ゆくゆくは小保方氏の地位保全と名誉毀損で裁判に持ち込むことを視野においていると思われますが,
その場合,長期間のドロ試合の裁判になることは間違いないでしょう。

以上2点だけでも,今のところ弁護団の主張に私は違和感と,若干の正確さに対する疑問を持っています。

さて,これまでの小保方氏の発言も念頭に置いた上で,9日の会見から分かったこと,分からなくなったこと,疑問を感じたこと,などの感想を書いてみたい
と思います。

まず分かったことですが,小保方さんはSTAP細胞の存在に絶対的な自信をもっていること,今後もこの研究を続けて生きたいという強い希望をもっている
こと,そして,自分がまだ未熟で不勉強な研究者で研究の仕方も自己流であることを認めている点です。

しかし,疑問も多く残りました。たとえば,『ネイチャー』に送った画像は,博士論文に使われたものと酷似していると指摘されましたが,会見では,研究者
の研究会で使ったパワーポイントの写真(ただしいつどのような条件で撮ったは不明)で,本来の正しい写真は別にある,とも語りました。

もし真正の写真があるなら,疑惑を晴らす絶好の機会でありプロジェクターも用意してあった会見の場でなぜ示さなかったのでしょうか?この点は不可解です。

さらに問題なのは,この画像の元データが見つからなかったので,2月にもう一度写真を撮り直し『ネイチャー』に送ったことです。

画像は,あくまでも論文を掲載した時点のものでなけれならず,後から,「実は,ほかにこんな画像があります」とうのは科学論文ではありえません。

次に,多くの科学者やジャーナリストの疑惑を生んだ,「私自身STAP細胞の作製に200回以上成功している」,「インディペンデントでSTAP細胞の
作製に成功した人がいる」という小保方氏の発言です。

まず,この問題を考える上で,確認しなければならない重要なことがあります。それは,STAP細胞が作製された,ということはどのような事実を指すのか,
という問題です。

STAP細胞が作製される第一段階は,「STAP現象」といわれる現象の確認です。

これは,多機能性が現れると細胞が緑色に発光する仕組みを目印となるたんぱく質に作っておくことです。

小保方氏は,リンパ球などに刺激を与えたら多機能性を示す目印の緑色の蛍光が現れたと言います。ただし,蛍光は死に際の細胞でも出ることがあります
(『東京新聞』2014年4月2日 朝刊)。

しかし,本当の多機能性を示すには,STAP細胞を別のマウスに移植して,両者の細胞が混在した「キメラマウス」ができることを実証しなければなり
ません。

これには,多くの実験とかなり長い時間が必要です。

このように考えると,「200回以上成功した」という小保方氏の発言に,ほとんどの科学者が疑問をもつことは当然です。九州大学の中山敬一教授(分子
生物学は,「信じてもらおうとするなら証拠がいる。

二百回分の実験ノートは千ページくらいになるだろう。ノート十冊以上だ。実験期間が1回一週間としても,4年かかる。ありえない」と語っています
(『東京新聞』2014年4月10日,朝刊)。

今のこところ,小保方氏は,実験ノートは4~5冊はあると会見で答えていましたが,その内容は自分にしか分からない,とのことです。

しかも,「秘密実験もあるので,ノートは公開しない」とも述べています。

したがって,小保方氏がSTAP細胞の作製に成功したことを,第三者が実験ノートで確認することはできません。
しかし,実験ノートは科学者が実験結果の正当性を証明する重要な根拠なのです。

今回の会見で,非常に重要な発言は,小保方氏の方法で第三者が独自にSTAP細胞の作製に成功した人が1人いる,とのことです。

しかし,その人の個人名を公の場で言うことはできないと,名前を明かすことを拒否しました。これを除くと,現在までのところ,「再現実験」に成功
した事例は世界に一つもありません。

私が,かすかにSTAP細胞作製に関して期待をもっているのは,おそらく実際の作製にあたっては,職人技的な特別な技術があり,小保方氏はそれをも
っているのではないか,という可能性です。

実際,彼女はその作製に関するコツとレシピのようなものもあると語っています。会見の出席者から,そのレシピやコツを明かすことはできないのか,
との質問に,それも含めて現在,論文を準備しているので,それらを公開することはできない,と断っています。

ひょっとしたら,このレシピやコツは,これから取得しようとしている特許を盗まれないために,実験ノートとともに現段階では明かせないのかも知れません。

以上は私が会見から得た印象の,一部にすぎませんが,それでも私にはさらに疑問が深まった,という印象は拭えません。

NHKが会見後に20人の専門家に出したアンケートの結果をみると,多くの専門家が小保方氏のSTAP細胞作製に疑念を抱いたと答えています。(注1)

小保方氏の論文や会見の内容には多くの疑問が残りますが,しかし,責任を小保方氏一人に押し付けて幕引きを図る理研にも,大いに問題はあります。

さらに,これまでの小保方氏を指導してきた大学や研究所の指導者の問題,さらに科学を取り巻く社会の問題なども見てゆく必要があります。

次回は,これらの問題も含めて,もう少しSTAP細胞作製の問題について考えてみたいと思います。



(注1)(NHK『ニュースウォッチ9,2014年4月10日』


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STAP細胞騒動の背景―小保方氏は成果競争の犠牲者?―

2014-03-20 09:01:46 | 健康・医療
STAP細胞騒動の背景―小保方氏は成果競争の犠牲者?―

2014年1月28日,理化学研究所が記者会見で,同研究所発生・再生科学総合研究センターの,小保方春子氏をユニットリーダーとする
研究チームが,マウスの体細胞を使って,さまざまな細胞に分化することができる,通称,万能細胞(STAP細胞)の作製に成功した,
と発表しました。

この作製に関しては,世界的に権威のある科学雑誌『Nature』の2014年1月30号で掲載されました。

ノーベル賞を受賞した山中教授も,体細胞から,万能細胞=幹細胞(iPS細胞)を作製することに成功していますが,この場合,体細胞の
初期化を誘導する4つの遺伝子を組み込む必要があります。

理研の発表によれば,これに対して小保方氏らは,遺伝子操作をすることなく体細胞を弱酸性溶液の中に浸して培養するという,物理的
な刺激によって体細胞を万脳細胞に変えるという画期的な方法を見つけた,というものでした。

もし,これが本当なら,名実とともに画期的な「世紀の大発見」です。あまりに画期的なので,ある生物学者が「今までの生物学の蓄積
を愚弄するのか」という趣旨の発言をしたほどです。

植物の場合,組織の一部から,元の生体を再現することは,ごく普通に行われています。たとえば種(動物の受精卵に相当する)ではな
くても,植物の一部から挿し木で元の植物を再生させたり,雑草などでは茎の一部,根の一部からの復元は日常的に起こっています。

しかし,植物よりはるかに複雑な構造をもつ動物の場合,体細胞(たとえば皮膚)を増殖させて人間を作ることはできません。

イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのクリス・メイソン教授は「また日本人が万能細胞の作製法を書き換えた。

山中伸弥氏は4つの遺伝子で人工多能性幹細胞(iPS)を作ったが、STAP細胞は一時的に酸性溶液に浸して培養するだけ。

どれだけ簡単になるんだ」と驚きのコメントをネイチャーに寄せました。

米ピッツバーグ大の研究者は米NBCテレビの取材に「成果は衝撃的で、強力な可能性を秘めている」と評価し、今後の応用に期待を寄
せました。

また ロンドン大キングズ・カレッジの研究者はBBC放送などの英メディアに「本当に革命的。幹細胞生物学の新時代の幕開けだ。
理研チームが年内に人のSTAP細胞を作っても驚かない」と称えました。

一方、米カリフォルニア大ロサンゼルス校の研究者はAP通信に「人間でも同じことが起こると示されないうちは、どう応用できるか
分からない。

医学的に役立つかはまだ何とも言えない」とコメントし、慎重な見方を示していました。(注1)

理研は3月5日、小保方氏が1月末の論文発表後、初めてマウスの体細胞をつかってSTAP細胞の再現実験に成功した,と発表しました。
実験の客観的な証明には第三者による再現が必要ですが,世間では、小保方氏の成果の正しさを一定程度裏付けることになった,と報道され
ました。(注2)

ただし,これは後に論文の一部しか再現されていなかったことも明らかとなりました。

いずれにしても,『Nature』誌の論文の内容は,あまりに画期的だったので,世界中の専門家は論文を詳細に検討し始め,幾つかの疑問点を
指摘し始めました。

たとえば,共同剣研究者で論文の共著者の1人でもある山梨大学教授の若山照彦氏は,「STAP細胞が体のいろんなものに分化することを示す
決定的な写真。博士論文は(STAPとは)違うテーマの研究だったと思う。」とした上で、「STAP細胞の根幹にかかわる大事な所」「論文を信
られなくなった。」と発言し(注3),論文の撤回を提案しました

国内外からの批判と疑念が高まるにつれて,理研としては何らかの対応をせざるを得なくなり,3月14日に「中間報告」という形で記者会
見を開きました。

4時間におよぶこの時の会見で行われた一問一答の主要な部分は新聞各社が報じているが,今回の主要な問題は,次の3点にあります。
① 小方氏博士論文で使用した画像が『Nature』誌の論文にも流用されたが,前者はSTAP細胞とは別の実験画像であった。
② DNAを分離する「電気遊動」の画像に別の画像を合成した。
③ 実験方法に関する記述が他の論文からの盗用(コピー&ペーストで貼り付けた)だった。

以上の3点は,学術論文であるなら,絶対にやってはいけない初歩的な誤りです。小保方氏は他人の論文の盗用を認めながらも,それがどこから
引用したのか覚えていない,と述べていますが,これはちょっと理解に苦しみます。この背後に何か別の理由があるかも知れません。

論文に関する限り,相当問題があり,小保方氏が所属するセンター長の竹市雅俊氏が「論文の体をなしていない」と言ったのも無理のないことです。

しかし,これはあくまでも論文に関することで,STAP細胞の作製を全面的に否定することを意味しません。
第三者が小保方氏が示す方法で再現実験で成功すれば,やはり「世紀の大発見」であることは間違いありません。

これについて私は,現段階では判断できないので「保留」としておきます。論文の是非,STAP細胞は本当に存在するのか否か,
という問題とは別に,今回の一連の動きをみていて,かなりの違和感や,チェック体制の構造的問題,現在の成果主義の弊害を感じます。

まず違和感ですが,記者会見では,野依良治理事長は「未熟な研究者が膨大なデータをずさんに扱っていた」と,冷たく突き放した批判をしてい
ました。

他の幹部も同様の批判をしています。それでは,そのような「未熟な研究者」を雇った理研の理事長の責任はどうなるのだかろうか?

さらに野依氏は,今回のような研究者の無責任さは「氷山の一角かもしれない」とまで踏み込んだ発言をしています。

会見に出席した他の幹部も,「第三者による再現実験の結果を待つしかない」,とこれまた他人事のように言い放っていました。

次に,「論文の体をなさない」という批判がセンター内からも出ていますが,なぜ理研内部で論文のチェックができなかったのだろうか?

また,同様に,総勢28人もいた研究室のリーダーも,なぜ「世紀の大発見」を世に示す論文のチェックができなかったのか?これは,内部の
チェック体制の甘さとしか言いようがありません。

どう言い訳しようと,今回の件は,理研の国際的評価を低下させることはまちがいありません。

今回の問題を直接の関係はないように見えますが,重要な問題があります。それは,小保方氏が,早稲田大学に提出した博士論文を撤回すること
を明らかにしたことです。(『東京新聞』2014年3月15日)

小保方氏は早稲田大学大学院理工学研究科に博士論文を提出し,博士号(工学博士)を取得しています。その,博士論文を本人が撤回するという
ことは,博士論文そのものに重大な欠陥があったことを認めているからでしょう。

博士論文の審査には,小保方氏の主査であり指導教官である常田聡教授,武岡真司早稲田大学教授,武岡真司早稲田大学教授ほか,研究上の指導者
でもあった大和雅之東京女子医大教授,チャールズ・バカンティ・ハーバード大学教授がかかわっています。

博士論文という重要な論文の審査にこれだけの研究者がかかわっていながら,本人が撤回するような博士論文を合格させ,博士号を与えた早稲田
大学の審査・チェック体制にも問題がありそうです。これも,日本の大学(少なくとも早稲田大学)の博士号本当に信頼できるのか,という疑念
を国内外に抱かせます。

最後に,今回の全体の構造を見渡してみると,私には理研の成果主義に根本的な問題があり,小保方氏はむしろその犠牲者だったのではないか,
とさえ思えます。

私が腑に落ちないのは,「未熟である」と言われた小保方氏を,なぜ理研は過去の業績を精査することなく採用し,それだけでなくかつユニット・
リーダーに就任させたのか,という点です。

この点を問われて竹市センター長は,「STAP細胞の研究にインパクトを感じて採用に至ったが,過去の調査が不十分だったことを深く反省し
ている」と答えています。

採用にいたる正確な事情は分かりませんが,バカンティ氏は物理的刺激によるSTAP細胞作製のアイディアをもっており,その指導を留学中に
仰いだ久保方氏に理研が注目していたのかもしれません。

もうひとつ,野依理事長の「(共著者の笹井芳樹福センター長の)責任は大きいと思う。反省してもらわなければならない。これから研究者として
どう活動するか,表明してもらわないといけない」と,研究者としての笹井氏の身の振り方を左右しかねない発言もしています。

笹井氏はこの分野では世界的に知られた研究者で,現在は小保方氏の上司でもあります。その笹井氏を名指しで批判していることが部外者には
唐突に聞こえます。

『東京新聞』(2014年3月15日朝刊)によれば,小保方氏は笹井氏や丹羽仁史プロジェクトリーダーの知遇を得てユニットリーダーに就きました。
とりわけ笹井氏の小保方氏への肩入れは非常に強かったようです。そして同紙は,次のような驚くべき事情を書いています。

「笹井氏は小保方氏を大舞台に押し上げようと奮闘。会見に備え,理研広報チームと笹井氏,小保方氏が一ヶ月前からピンクや黄色の実験室を準備し,
かっぽう着のアイデディアも思いついた」のだそうです。

この記事の部分を読んで,“あの「かっぽう着」もピンクや黄色の実験室も演出だったのか!”,と思わずのけぞる思いでした。

さらにこの背景について,ある文部科学省幹部は「笹井先生はうれしかったんだと思う。IPSが見つかるまでは,笹井先生が(山中伸弥京大教授より)
上にいた」とコメントしています。

つまり,この幹部は,山中氏に抜かれてしまった理研(とりわけ笹井氏)は,何とか世間をあっと言わせるわせる成果を上げて,抜き返したかったの
ではないか,と言いたかったのでしょう。

もし,会見に備えておこなった数々の演出が,理研広報チームも含めて行われたことが本当だとしたら,今回の問題は,理研という組織を挙げての
活動や行動だったと言えます。

小保方氏は3月5日以来,精神的にそうとうまいっているようで,公に姿を見せていませんが,周囲の人には「未熟だった」と語っているそうです。

また書面で,今回の論文の不備を認め,混乱をもたらしたことを謝罪し,論文の取り下げ,適切な時期に説明することを述べています。

他方,研究指導者であった大和教授は2月5日にツイッター上で「博多行きの電車に乗った」との言葉を残したまま。

そして笹井氏は沈黙を続けています。この二人の説明も是非必要です。

理研は3390人の事務・研究スタッフ,3000人を超す国内の招聘研究者,600人を超す海外研究者を抱えています。

理研は,平成25年度は840億円の年間予算をもつ巨大研究機関であり,世界トップの成果を生み出すための新法人「特定国立研究開発法人」
の指定候補になっていました。このためには,政府や世間を納得させるだけの成果を上げておく必要があったのです。(注4)

小保方氏は,こうした理研の組織的,個人的要請の力でスターに押し上げられてしまった犠牲者なのかも知れない,とさえ私は思います。

もちろん,そうした事情を知った上で,理研でのユニットリーダーを引き受けた小保方氏にも全く問題がないわけではありません。

私個人は,STAP細胞の存在を信じたいのですが,これについては事態の進展を見守るしかありません。


(注1) 『日本経済新聞』電子版(2014年1月30日)2014年3月15日閲覧)
  http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG3000P_Q4A130C1CR0000/
(注2)MSN産経ニュース(2014年3月6日)2014年3月15日閲覧)
   http://sankei.jp.msn.com/science/news/140306/scn14030609000001-n1.htm
(注3)Yomiuri Online 2014.3.11
  http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20140310-OYT1T01144.htm
  (2014年3月15日閲覧)
(注4)今回の一連の動きをみていた政府は,会見に先立つ2日前の3月12日,理研にたいする開発法人の指定を先送りする決定をしました。


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ミツバチが警告するネオニコチノイド農薬の危険性

2013-11-13 12:00:44 | 健康・医療
ミツバチが警告するネオニコチノイド農薬の危険性

2010年、世界経済をゆるがすほどの大事件ではないかもしれませんが、大げさに言えば、ある意味で人類の
将来に関わる出来事が発生しました。

それは、日本、アメリカ、カナダ、中国、台湾、インド、ウルグアイ、ブラジル、オーストラリアなどの国で、ミツバチ
の大量死と大量の失踪が発生したことです。

当初、大量のミツバチが忽然と姿を消してしまったことの原因が分かりませんでした。その後の原因究明の努力の結果、
大量死の主要因は、ネオニコチノイド系の農薬が関係しているのではないか、と考えられるようになりました。

ネオニコチノイドとは、ネオ(新しい)ニコチノイド(ニコチン様物質)のことで、1990年ころに有機リン酸系の農薬
の後に開発された殺虫剤です。ネオニコチノイドはアセチルコリンと呼ばれる神経伝達物資の受容体と結合して、神経
を興奮させ続ける作用があることが知られています。

果物の栽培などでは大量の農薬が使われるので、それらの花の蜜を集める際、ミツバチがネオニコチノイド系の農薬を
同時に取り込んでしまい、脳神経系にダメージを受けてたために死に至ったり、帰巣行動が取れなくなったのではないか、
と推測されています。

もちろん、ネオニコチノイドのような毒性の強い農薬の影響はミツバチだけに限られるわけではありません。ミツバチは

いわゆる指標生物、つまり環境悪化の前兆を知らせてくれる生物なのです。ミツバチは養蜂家がか監視している群れが多く、
健康状態や増減が分かり易いのです。

ミツバチ大量死事件は,今から50年以上も前にレイチェル・カーソンが『沈黙の春』という著作で,DDTをはじめと
する農薬などの化学物質の影響で鳥たちが鳴かなくなった春、というできごとを通してそれらの危険性を訴えたこととよ
く似ています。

ミツバチで起きていることは、多種多様な昆虫で起きている可能性があり、ミツバチの異常は環境破壊の警告とみること
ができます

たとえば、2009年には、ネオニコチノイド農薬の使用とアキアカネ(赤とんぼ)幼虫の減少との関係を示した論文が発表
されました。

また、全国のアキアカネ研究者たちが、このトンボの減少に注目し始めたのは2010年でしたが、このころからカメムシの
殺虫のためにネオニコチノイド系の農薬が全国の稲作地域で使われ始めたのです。(注1)


さらに、昆虫で起こっていることは、当然、人間にも影響を与えているはずです。2013年6月12日午後。頭痛や体調不良
を訴え、小、中学生らが群馬県前橋市にある青山内科小児科医院の青山美子医師のもとへ駆け込んできました。

その後、12日に高崎市、13日には甘楽(かんら)町で無人ヘリコプターによるネオニコチノイド系農薬(以下、ネオニコ
系農薬)・チアクロプリドの空中散布が行われていたことが分かりました。

実は、人体に対する影響にについてはしばらく前から一部の医師が警告していました。それらの幾つかを紹介しておきます。(注2)

まず、東京女子医大の平久美子医師によれば、ネオニコチノイド剤の使用が増え始めた2006年頃から、農薬散布時に自覚
症状を訴える患者が増加。中毒患者には、神経への毒性とみられる動悸、手の震え、物忘れ、うつ焦燥感等のほか、免疫系
の異常によると考えられる喘息・じんましんなどのアレルギー性疾患、皮膚真菌症・風邪がこじれるなどの症状も多くみら
れます。

日本では、果物の摂食、次いで茶飲料の摂取、農薬散布などの環境曝露と野菜からの摂取も多い。受診した患者では、果物
やお茶の大量摂取群に頻脈が見られ、治療の一環で摂取を中止させると頻脈が消失します。青山医院を訪れた農薬の慢性中毒
とみられる患者は06年8月から8カ月で1111人、うち549人が、果物やお茶、野菜を大量に摂取していました。

平医師はさらに、人体に取り込まれたネオニコチノイドは、人の意識、情動、自律神経を司る脳の扁桃体に存在する神経伝達
物質の一部に作用するため、動悸、手の震え、物忘れ、不眠、うつ、自傷や攻撃などの情動、焦燥感など、さまざまな症状と
なって現れます。

また、人の記憶を司る脳の海馬や、免疫を司るリンパ球に存在する神経伝達物質の一部に作用し、記憶障害や、免疫機能の障害
(風邪がこじれるなどの症状、喘息・アトピー性皮膚炎・じんましんなどのアレルギー性疾患、皮膚真菌症・帯状疱疹などウイ
ルスや真菌などの病原体による疾患、関節リウマチなど)の誘因と、述べています。


青山内科小児科医院 青山美子医師の報告によれば、医院のある群馬県前橋市で、松枯れ病対策としてネオニコチノイド系殺虫
剤が使用されるようになった2003年以降、ネオニコチノイド系殺虫剤が原因と思われる頭痛、吐き気、めまい、物忘れなどの
自覚症状や、頻脈・除脈等の心電図異常がみられる患者が急増しています。

青山氏は、患者の生活習慣として共通する特徴に、国産果物やお茶を積極的に摂取していることがあげられます。

日本のネオニコチノイド系農薬の残留基準は、欧米よりも緩い基準値(日本は、アメリカの10倍、欧州の100倍近い)である

ことが関係しているのではないでしょうか、と警告しています。

東京都神経科学総合研究所 黒田洋一郎氏は、ネオニコチノイド系農薬の人体への影響として、空中散布や残留した食品の多量
摂取による心機能不全や異常な興奮、衝動性、記憶障害など、急性ニコチン中毒に似た症状が報告されています。

また、ネオニコチノイド系は胎盤を通過して脳にも移行しやすいことから、胎児・小児などの脳の機能の発達を阻害する可能性
が懸念されます。

胎児への影響について東京都神経科学総合研究所の木村-黒田純子氏は、懸念されるのが、胎児、小児など脆弱な発達期脳への
影響であると警告しています。

両氏によれば、胎児期から青年期にいたるまで、アセチルコリンとニコチン性受容体は、脳幹、海馬、小脳、大脳皮質などの正常
な発達に多様に関わっています。ネオニコチノイドはニコチンをもとに開発された農薬です。

ニコチンは胎盤を通過しやすく、母親の喫煙と胎児の脳の発達障害との関連を指摘する報告は多いのです。タバコに由来するニコ
チンは禁煙で回避できるが、規制が不十分な食品中のネオニコチノイドは回避しずらいのが現状です。

また、東京都神経科学総合研究所 黒田洋一郎氏によれば、ヒトの脳の発達は、多種類のホルモンや神経伝達物質によって調整され、
数万の遺伝子の複雑精緻な発現によって行われます。

それを阻害するものとして化学物質の危険性があり、有機リン系やネオニコチノイド系など農薬類は、環境化学物質の中でも特に
神経系を撹乱し、子どもの脳発達を阻害する可能性が高いのです。

環境化学物質と発達障害児の症状の多様性との関係は綿密な調査研究が必要でありますが、厳密な因果関係を証明することは現状
では大変難しい。

生態系や子どもの将来に繋がる重要課題として、農薬については予防原則を適用し、神経系を撹乱する殺虫剤については使用を極力
抑え、危険性の高いものは使用停止するなどの方策が必要です。

以上の医師や研究者の臨床や研究結果が明らかにしているように、ネオニコチノイドがヒトや生態系に与える悪影響は深刻です。

とりわけ私は、医師たちが指摘しているように子どもたちの発達障害への影響に強い不安を感じます。

日本のネオニコ系農薬の食品中の残留基準はEUやアメリカと比べると、なんと数倍から数百倍も甘く、特に果物、茶葉については
500倍という顕著な差がみられたのです。しかも驚いたことに、日本では欧米と逆行して、一部のネオニコ系農薬についての残留
基準がさらに緩和されています。

例えば07年10月に基準が改定されたネオニコ系のジノテフランの残留基準は、ほうれん草で5ppmから15ppmに、春菊で5ppm
から20ppmに、チンゲンサイも5ppmから10ppmになった。

さらには2011年12月に改定されたネオニコ系のイミダクロプリドは、ほうれん草について従来の2.5ppmから15ppm、ナスで
0.5ppmから2ppmなどと緩くなりました。いずれもネオニコ系をより使いやすくする“規制緩和”です。

しかも、イミダクロプリドの数値が改定されたのは、11年3月の東日本大震災後です。5~6月にパブリックコメントを短期間募集して、
国民が放射能に怯えるドサクサにまぎれて改定していた格好です。

その後も似た症状の患者が後を絶たず、果物やお茶の摂取をやめさせると、症状は改善され、消えました。さらにはお茶を飲み、桃と
ナシを食べて胸が痛くなったと来院した30代の女性の尿からは、かなり高い数値のアセタミプリドが検出されたのです。

臨床結果から、お茶、果物などのネオニコ系の残留農薬が中毒の原因ではないかと疑った平医師が世界各国の残留農薬の基準値を調査し、
日本だけが突出して高すぎることを問題視しました。

青山医師と平医師は、厚生労働省食品安全部基準審査課に、残留基準を厳しくすることを求める手紙を書きましたが、今年2月に送られ
てきた返事は、期待はずれなものでした。

〈これら(手紙)については拝読させていただき、貴重なご意見として今後の業務の参考とさせていただきます〉などと書かれているだけで、
具体的な改善の兆しはまったく見られませんでした。そして冒頭に紹介した群馬県の“事件”が起こるべくして起こったのです。
( 以上、『週刊朝日』2013年7月12日号より)
    
ネオニコチノイドの危険性にたいして、欧米では強い警戒心をもって規制しています。2012年5月、ヨーロッパ連合(EU)が、ミツバチ
に被害を与えている可能性を否定できないネオニコチノイド系農薬のうち3種類を2年間の期限付きで使用禁止措置にすると発表しました。

これに関連して、同年9月12日にNHKの「クローズアップ現代」が「謎のミツバチ大量死 EU農薬規制の波紋」を放映し、この問題
が広く社会の関心を呼びました。

EUの理念は「予防原則」という考え方で、1993年に発効したEU条約は「予防原則」を次のように定義しています。 「何もしなければ
健康被害を生ずる科学的根拠(必ずしも完璧な証明でなくてもよい)があり、措置が費用対効果の合理的判断に基づいて正当化できるとき、
慎重な措置をとること」というものです。

2000年のヨーロッパ委員会はさらに「より包括的なリスク評価に必要な科学的根拠を提出する責任を課すことができる」としています。(注3)

「予防原則」は、ただ禁止措置をとるだけでなく、2年間のうちに農薬の有害性に関する科学的に検証することを義務づけています。

実際、その有害性が確認されて、EUは2013年12月より、3種類のネオニコチノイド農薬の使用禁止に踏み切りました。

こうした、ヨーロッパにおける趨勢にもかかわらず日本では、ネオニコチノイド農薬は禁止されないどころか、政府も厚生労働省も、
その規制を緩めようとさえしています。それはなぜでしょうか。

これを考える前に、ネオニコチノイド系農薬の特徴を見ておきましょう。ネオニコチノイド系農薬は、、①浸透性、②残効性、
③神経毒性、という特徴をもっています。

農薬としてみれば、これらの特徴は「有効性」でもあります。まず、浸透性ですが、ネオニコチノイドは水溶性で植物内部に浸透
することから、浸透性農薬とも呼ばれます。

つまり、この農薬を散布すれば、葉や茎、果実の表面から内部に浸透してゆきます。したがって、雨などで洗われても流れること
がありません。

残効性とは、浸透性とあいまって効果が長く続くという意味で。そして、神経毒というのは、これまでの殺虫剤とは異なり、昆虫
の神経系を破壊する毒性をもつということです。つまり、少量で殺虫効果は高い反面、その分毒性が強いのです。

浸透性と残効性という特徴によって、散布したネオニコチノイドは地中で1年くらいはその毒性を持続させるので、それは根から
吸収され、茎、葉、花、花粉、蜜、実のどこにでも浸透して長期間滞留しますから、どんなに洗っても落ちません。ここがもっと
も恐いところです。

このため、農業者からすると、少ない回数の散布で済むのでまことに効率的な農薬ということになります。

しかし、これは同時に、毒性がこれまでの農薬の数倍も大きいことをも意味しています。

このため、国内出荷量は過去10年間で3倍にも増加し、今後も増加し続ける傾向にあります。

ネオニコチノイド系農薬(殺虫剤)は、農業部門ではイネ、野菜、果物、菊バラなどの栽培に使用されていますが、このほか林業
ではマツクイムシによる松枯れ病の防除、家庭用ではシロアリ駆除、ペットの蚤駆除など、その使用範囲は拡大しており、私たち
の健康への悪影響が心配です。

問題の発端となったミツバチへの影響との関連で言えば、この農薬を散布した植物から摂った蜂蜜にはネオニコチノイドが含まれて
いる可能性が充分あります。

果樹栽培で、結実を確実にするためにミツバチを使って受粉させます。この時、もし果樹にオニコチノイド系農薬が使われていると、
それらの果樹から摂れた蜂蜜にもネオニコチノイドが含まれてしまいます。

時々、「減農薬」と表示した米や野菜が売られていますが、この場合の「減農薬」とは、散布回数や量について言っているのですが、
どんな農薬かは示していません。

もし、少量でも長期間有効なネオニコチノイド系農薬を使用していたとしたら、その米や野菜はとうてい健康な食べ物とは言えません。

ネオニコチノイドの使用が日本で異常に大量に使われているもう一つの重要な問題は、これらの農薬を製造しているメーカーの利害が
強く働いている可能性です。

今や、ネオニコチノイド系の殺虫剤は大きな産業になりつつあるのです。ネオニコチノイド系農薬の主要7製品のメーカーのうち日本

企業は、日本送達、住友化学、三井化学アグロの3社です。このうち、広く流通しているネオニコチノイド殺虫剤のクロチアニジン系、
とンテンピラム系の農薬は、現経団連会長の米倉氏が社長を務める住友化学です。

ところで、これだけ世界的にも国内でも危険視されているネオニコチノイドの使用に関して、政府・厚生労働省はどのような姿勢を
とっているのでしょうか。現在は、使用を制限するどころか、基準をますます緩くしています。

政府は、ネオニコチノイド農薬とさまざまな身体症状との因果関係が科学的に証明されていないから、という立場をとり続けています。

しかし、水俣病にしてもサリドマイド薬害にしても、公害の問題に関して日本の政府は一貫して同じ論法で、批判をかわし、結果
として甚大な人的被害、環境破壊をもたらしてきたのです。

確かに、病気の原因は複合的で、農薬と病気との因果関係を特定することは困難です。しかし、それでも、EUのように、疑わしい
場合には、まず使用を止めて、できる限りの原因究明を行うという「予防原則」は是非必要だと考えます。

農家の便宜・効率、企業万が一にでも、ネオニコチノイドの使用が企業利益のために規制を緩めたりすることがあってはならないと
思います。



(注1)http://no-neonico.jp/kiso_problem2/  

(注2)医師による臨床結果の発表については、ネオニコチノイド剤に反対するにたいする組織「Noネコチオ」のホームページ http://no-neonico.jp/kiso_problem1/ に抜粋が掲載されていますが、全文は、以下のNPO「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」のホームページのニュースレター、

http://kokumin-kaigi.sakura.ne.jp/kokumin/wp-content/uploads/2011/03/Letter59.pdf (NPOダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議ニュースレター vol.59 Nov.2009)

http://kokumin-kaigi.sakura.ne.jp/kokumin/wp-content/uploads/2009/12/newsletter58.pdf (上記ニュースレター Vol.58, August 2009)この号は、ミツバチと農薬との関係を何人もヒトが論じています。

http://kokumin-kaigi.sakura.ne.jp/kokumin/wp-content/uploads/2011/03/Letter64.pdf (同ニュースレター Vo.64 August 2010)
を参照されたい。
そのほか、インターネット情報誌『選択』の http://www.sentaku.co.jp/category/economies/post-2540.php を参照。
また、(『AERA』 2008/9/22号、2008/12/1号もネオニコチノイドの危険性について特集しています。
(注3)http://koide-goro.com/?p=2073

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うつ病と日本社会(3)―薬に頼らない「うつ」からの脱出―

2013-08-16 08:44:38 | 健康・医療
うつ病と日本社会(3) ―薬に頼らない「うつ」からの脱出―

前回の(2)で,抗うつ薬の功罪について検討しました。そこでは薬学の立場から,現在,もっとも
普及している抗うつ薬のSSRIは,「脳を興奮させる薬」であって,うつを治す薬ではない,という点
を指摘しておきました。

誤解をさけるために補足しておくと、私はいかなる場合にも抗うつ薬を使うべきではない、というつもり
はありません。

きわめて重症なうつ病で、食欲不振、不眠に加えて自殺の危険性が極めて高い場合など、命に関わる状況
で緊急避難的に用いることは必要かもしれません。

しかし、大部分の軽度あるいは中程度のうつ状態に対しては抗うつ薬は、むしろその副作用の方が大きい
場合が多いようです。

うつに関するほとんどの本では触れられていませんが、生理学が専門の高田氏は、「現在はっきりしている
SSRIの最大の副作用は性的不能です」と断言しています。これは、セロトニンが脳内に増えすぎると
性欲を押さえてしまうからです。(注1)

ところで、もし、薬による治療が難しいとすると、他にどんな方法法があるでしょうか?

自立性もなく、意欲、自発性、気力などがすべて失われてしまった非常に重症な場合に、電気ショックや、
ロボットミー手術(脳の前頭葉切除)などがありますが、これらは極めて例外的で、特に後者は現在では
ほとんど行われていません。(注2)

これらの特別な方法を除くと、カウンセリングを中心とした心理療法が中心となっています。

『現代カウンセリング事典』によれば、もっとも広義のカウンセリングとは、「言語的および非言語的
コミュニケーションを通じて、行動の変容を試みる人間関係」である、と定義されます。
中でも心理治療や行動変容を目的としたカウンセリングをクリニカルカウンセリングと呼びます。(注3)

以下、特に断らない限り、カウンセリングという言葉はクリニカルカウンセリングという意味で使われます。

専門的にいえば、カウンセリングと一口いっても、非常に多様なアプローチがありますが、ここではあまり
深く立ち入らないことにします。

ただ共通していることは、薬を使わないこと、言語・非言語コミュニケーションを通じて問題の本質を探り、
考え方や精神的態度を変えてゆくという手法です。

ここでは、治療者(一般的には臨床心理士のような人)と相談者=クライエント(注4)との人間関係が
非常に大きな意味を持っています。

もし、両者の間に信頼関係が形成されないと、カウンセリングはほとんど治療効果を期待できません。

インターネットなどでの体験談などを読むと、カウンセラーが信頼できなくて結局、中断してしまった事例
などがみられます。

また、臨床心理士といえども、つねに人格円満で相談者の信頼を得られとは限りませんし、職業としてカウ
ンセラーを選択したものの、必ずしも適性であるとは限りません。

いずれにしても、マニュアルで診断し、マニュアルに従って薬を処方する医学的治療とは異なり、心理療法
による治療効果は、治療者の性格、経験、能力など、個人的な資質に大きく依存しています。

それでも、やはり、悩んでいる人にとって、話をじっくり聞いてもらうだけでも大きな救いになることは確
かです。

しかし、具体的にカウンセリングをどのように行うかは、そのカウンセラーが採用するアプローチによって
異なり、そのアプローチは非常に多様化しています。ここで、それらを説明する余裕はありませんぼで,まず
私自身が訓練を受けた、ロジャース(C.R.Rogers)によって開発された、傾聴(Active Listening)、来談者
=クライエント中心という方法を簡単に説明します。

ロジャースは、まず、カウンセラーが精神分析学理論によってクライエントの問題を解釈し、指示を与えるの
ではなく、あくまでも来談者が語ることを深い関心をもって聞く(傾聴)すること、クライエントの語ること
を受容することの重要性を強調しました。

このアプローチでは、何が重要な問題で、どんな経験が深く関わっているか、などについてもっとも知ってい
るのはクライエント自身であるからだ、と考えます。

つまり、カウンセリングではあくまでもクライエントが中心でカウンセラーはクライエントが自ら語ることで、
自然に自分を解放し、問題解決の道を見つけて行くことを手助けすることが主眼です。

ロジャースはこのほかグループ・エンカウンターという、さまざまな関係者が加わる集団的カウンセリングの
方法も開発しています。

次に、認知療法という方法という,特にアメリカで普及しいている方法があります。

この考え方は、外的な出来事が感情や身体反応を直接引き起こすのではなく、その出来事をどのように認識する
かによって、感情も身体反応も変わる、というものです。

この考えに基づいて、カウンセラーは来談者の認識を変容させる手助けをすることになります。

私自身は、ロジャースや認知療法の他に,「ナラティヴ゛」という考えに大いに可能性を感じています。

簡単にいうとこれは、クライエントは自分の病と人生について「ナラティヴ」(物語)をもっているはずであり、
治療者(カウンセラー)は、「医学の物語」(医学的理論)を適用し押しつけるのではなく、そのクライエント
の物語の共著者になるべきである、という考え方です。

「ナラティヴ」アプローチは日本ではまだあまり普及していませんが、これはうつ病や精神疾患だけでなく、
医療全般について非常に本質的な再検討を迫る考え方だと思います

なお、心理療法に催眠療法を取り入れることもあります。

これは主に退行催眠といって、クライエントの意識を催眠によって過去にさかのぼり、現在の精神的問題が過去
の何らかの経験と関連しているのかどうかを調べる方法です。

日本催眠心理研究所所長の米倉一哉氏によれば、退行催眠によって、現在の問題の根源やきっかけがわかり
、治療がうまくいった場合もありますが、常に有効だとは限らないそうです。

というのも、症状の原因となるところまで退行させようとしても、クライエントの抵抗感が強いと、そのビジョ
ンがなかなか出てこないからです。

しかも、自我が低下した状態では、過去の辛い記憶に呑み込まれて、逆に症状が悪化することさえあるようです。(注5)

さて、薬を使わず、言語コミュニケーションを通じて行われる心理療法が,うつの回復にどの程度効果があるの
でしょうか?また、薬を使った場合と心理療法の場合の治療効果はどうなっているのでしょうか?

残念ながら、日本における心理療法の治療成功率に関するデータをえることはできませんでしたが、アメリカに
おける興味深いデータがあります。アメリカにおける心理療法の中心は認知療法で、日とはやや事情が異なりま
すが、それでも心理療法の実績について大いに参考になります。

1980年代の実態調査に基づくデータなので、少し古いかもしれませんが、これもやはり参考にはなります。

うつに対する認知療法と薬物投与の効果比較(うつ病全体)は以下の通りでした。

① 16週間治療時の回復率   認知療法 30%   薬物投与(イミブラミン)20%
② 18か月時の再発率     認知療法 35%   薬物投与(イミブラミン)50%

つまり、認知療法は、うつからの回復率においても薬物投与による治療より成績が良く、しかも再発率においては
薬物治療より低かったのです。

さらに注目すべきことに、軽度から中程度までのうつの人に対する両者の治療後の再発率を見ると、認知療法の場合
は、20%にしかすぎないのに、薬物治療の場合、なんと80%にまで達しているのです。(6)

以上からわかることは、軽度から中程度のうつの治療に関しては、薬物による治療は一過性で、一時症状は和らぐが
、結局元戻ってしまうことが多い、という点です。

この点、認知療法では薬物治療より回復率も高く、再発率が低いという結果が出ています。


それでも、日本の医師はあくまでも薬物による「科学的」な治療の優位性を譲らず、ある医師は次のように語っています。

   カウンセリングが、患者さんを治すとは思えないんですよ。うちの病院にはね、具合の悪なった患者さんが流れて
   くるんです。患者さんによくよく聞いてみると、民間のカウンセリングに通っていたというんです。重いうつなのに、
   カウンセリングだけで治そうとして悪化させちゃう場合があるんですよ。(注7)

ちなみに、この医師は臨床心理士などに国家資格を与えることには大反対の立場の人です。彼から見ればカウンセラーは
無資格の民間の治療家ということになるのでしょう。

しかし、それでは逆に、科学を標榜する医師たちは、どれほど、うつの患者さんたちの治療の成功してきたのでしょうか?

もちろん、ここで「成功」とは一時的な症状の緩和ではありませんし、長期間にわたって再発しないという意味での治療医
の「成功」を指します。

このような態度は医師の間では一般的だと思うのですが、残念ながら、現在まで投薬によるうつの治療の方がカウンセリング
より優れているというデータはありません。それでも、医師が投薬に徹底的に投薬治療に依存せざるを得ないことには理由が
あります。

まず、もっとも根本的な理由は、医師には投薬以外、うつにたいしてできることがないのです。

しかも、薬を処方すれば確実に治療の売り上げが増えるのです。次に、患者の側からすると、医師の治療の場合には保険が
きくので安くあがるという利点があります。

薬を受け取ることによって、安心する患者さんがいることも確かです。ここには医師と患者とのギブ・アンド・テイクの
関係が成立しているようです。

どこの精神科や診療内科でも受診者が多く、一人の医師が1日50人の患者を診るというのは珍しくなく、多い時には
100人も診ることがあります。
こうした状況が、精神疾患の場合でさえ、「3分診療」という事態を生み出しているのです。

それでは、心理療法はもっと普及しても良さそうですが、実態はあくまでも医師による投薬治療が圧倒的に多い状況に
あります。そのもっとも大きな理由は心理療法(カウンセリング)の費用です。

現在、日本の法律ではカウンセリングは医療行為とみなされていませんので、当然、保険の適用外です。カウンセリング

専門のクリニックでの相談料はばらばらで、安いところで50分6000円くらい、また1時間で1万2000円から、
高いところでは2万円、あるいはそれ以上もします。これでは、いかにカウンセリングが良いといっても、よほど経済
的に余裕がないとこの治療を受けられません。

医師が保険を適用してカウンセリングをしたことにすれば通院精神療法として請求できるのですが、その保険点数(治療側
の報酬)は5分から30分までが330点(x10円)30分以上でも400点までしか請求できません。

しかし、このように低い点数では、医師が30分とカウンセリングに時間を使うことは考えられません。かといって、病院
や心療内科でカウンセラーを雇っても、形式上は医師が行ったことにせざるを得ないので、収入にはつながりません。

従って、現実的には医療機関では専門家のカウンセリングを受けることは、ほとんどないのが実情です。

心理療法の次の問題は、その治療期間が長いことです。私の知人もカウンセリングをかれこれ30年ほどやっていますが、
1人の相談者に数年というのはあたりまえで、5年とかそれ以上の例も珍しくありません。

相談料の高さと期間が長いので、次第にカウンセリングから離れていってしまう人が多いようです。

医師による投薬治療でも、10年以上も薬を飲み続けている人を何人も知っています。この場合、保険治療なので費用が安い
ということが長続きの理由でしょう。うつは治らないけれど、その代償として多くの場合、当人は薬漬けになってしまいます。

私は、薬でも言語でもない、第三の方法があると思っています。最後に、これについて簡単に説明しておきます。
それは一言で言えば、感覚と身体からのアプローチといえます。

私は3年間ほど、「森林療法」と称して、自閉症の子供たちと森林(主に山です)や山の清流の中でいろんな遊びをした経験
あります。

自然がもっている何ともいえない安らぎの効果、自然を皮膚で感じ,それが心の安定に与える効果は絶大だと感じています。
「森林療法」に活動に参加した子どもたちも、日頃の緊張感から解放されるためか、非常にリラックスしていました。

もう一つは、農作業による「うつ」からの回復です。これも私の経験ですが、「いのち」あるものを育てるという行為は、
私たちの心を優しくしてくれると同時に、緊張から解放してくれます。
今までも作業療法の一環として「園芸療法」は試みられていますが、まだまだ実験段階です。これからはさらに、広がること
を期待しています。

森林療法も農作業という作業療法も、その有効性が科学的に証明されているわけではありませんが、
そのメカニズムの解明を待つのではなく、良いと思われることは積極的に取り入れる必要があると思います。

なにより、これらは副作用がありません。私は、医療において大切なことは副作用がないことだと信じています。


(注1) このメカニズムについての詳しい説明は、高田明和『「うつ」依存を明るい思考で治す本:クスリはいらない!』(講談社+α新書、2002年):44-47ページを参照。
(注2) 高田明和『日本人の「うつ」は、もう薬では治せないのか』(主婦の友新書、2011年):40-48。
(注3) 國分康孝監修『現代カウンセリング事典』(金子書房、2008年):4,16ページ。
(注4) カウンセリングでは「患者」という言葉は使われず、「クライエント」とか「来訪者」
(注5) 米倉一哉監修、小田淳太郎著『そしてウツは消えた』(宝島社新書、2007年):190-92.
(注6) 高田、前掲書、2003年:94-98.
(注7) NHK取材班、前掲書:171.

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うつ病と日本社会(2)-それでもあなたは抗うつ薬を飲みますか?-

2013-08-12 10:59:42 | 健康・医療
うつ病と日本社会(2) ―それでもあなたは抗うつ薬を飲みますか?―

前回は,日本におけるうつ病を巡る全体的な状況について書きました。そこでは,公式統計だけでも,
「うつ病」と診断された人は増え続け,現在では100万人規模に達していることを示しておきました。

それに対する治療には,1)医師免許をもった医師による医学的な治療,実際には投薬治療と,2)医師
免許も国家資格もない臨床心理士などによる,カウンセリングを中心とする心理療法との二つがあること
も説明しました。(もちろん,理論的には1)と2)の併用も考えられますが,現時には困難なようです)

今回はまず,実際の治療ではもっとも主流になっている抗うつ薬治療について,その功罪を考えて見たい
と思います。その前に,なぜ医学的な治療が投薬中心になってしまうのかを整理しておきます。

まず,「うつ」を他の病気と同様「病気」であるとみなします。病気であるからには,物理的および理論的
レベルにおいて説明可能な科学的な根拠が必要になります。

最近のもっとも有力な説明は,脳が活発に活動しているときには脳内の情報伝達物質のセロトニンが盛んに
分泌されるが,うつ病になると,不安感や睡眠,食欲を調節するセロトニンという情報伝達物質が脳の中で

足りなくなるという考えです。したがって,うつ病の治療には,比ゆ的に言えばセロトニンが元に戻らない
ように薬物で受容体に蓋をしてしまうことがもっとも有効な方法となります。

そこで,従来の抗うつ薬に代わって,SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)が抗うつ薬の主役
となっているのです。

日本では現在4タイプあり,デプロメール,ルボックス,パキシル,ジェイゾロフト,レクサプロとい
う商品名で発売されています。

SSRIの抗うつ薬は,従来の三環系と総称される抗うつ薬よりも「効果が高いうえに副作用が少なく手軽
に飲める」という宣伝文句で,あっという間に世界を席巻してしまいました。

こうして一時は「ハッピードラッグ」とさえ呼ばれていました。(注1)製薬会社は正確な金額を公表して
いませんが,たとえば代表的なSSRIであるグラクソ・スミソクライン社のパキシルの日本での売り上げ
は年間400億円と見積もられています。これは恐ろしい数字です。

ところで,このSSRIという抗うつ薬にはかなりの問題があることが分かってきました。

私がもっとも疑問に思うのは,科学的と称するSSRIの理論的根拠そのものです。

うつ病の人の脳内ではセロトニンが不足しているから,うつ病はセロトニンの不足が原因である,という論理

は同義反復で科学的な因果関係を証明していません。

つまり,症状からうつの原因をセロトニン不足と決めつけているだけで,なぜセロトニンが減少するのかという
本来証明されなければならない本当の原因を証明していないのです。

つまりセロトニン不足は,うつの直接的な物質的因子ではあっても,原因ではなくむしろ結果なのです。

うつを経験したジャーナリストの織田淳太郎氏もこうした医師の矛盾を指摘しています。

すなわち,ある精神科医は「いわゆる「ウツ本」の中で,「こころの病気は性格の弱さとか,ストレスで起こる
と誤解している方がまだまだ多いのが実情ですが,ほとんどのこころの病気は脳の働きの異常が関与していて,
ストレスは原因ではなく,発症や再発の引き金になっていることがわかっています」と,医師の誤った思い込み
について書いています(注2)

もし脳内の伝達物質の不足を補えば,うつ病は「治る」というのなら話は簡単ですが,それでは熱がでたから
解熱剤で熱を下げる,下痢が続くから下痢止めを服用する,という発想と同じで,発熱や下痢の原因を究明して
解決するのではなく,あくまでも物質レベルでの対症療法にしかすぎません。

確かに,症状から導き出してきた薬ですから,その症状を緩和することは,「一時的」には可能であるし,有効
かもしれません。

しかし,実際にうつ病になった人の事例をみてゆくと,何らかの精神的,心理的な問題(ストレスや大きな心理的
なダメージなど)が背景にあり,その問題を解決しない限り,症状が一時的に消えても,「治った」とはいえません。

実際,織田氏の著作の中には,最初のうち,うつの状態が緩和されても,次第に効かなくなったり,再発する事
例が幾つも紹介されています。

次に,そもそも抗うつ薬はうつ病を本当に治す力があるのか,また,宣伝文句がいうように副作用が少ないのか,
という問題があります。

自身が長い間うつ病に悩まされ,自分で克服した生田 哲氏は薬学博士であり,アメリカの研究所で研究活動を行い
大学でも教鞭をとってき人物です。彼は『「うつ」を克服する最善の方法―抗うつ剤に頼らず生きる』の「まえがき」
で次のように明言しています。

   「あなたはうつ病です。うつ病は抗うつ薬で治ります。だからしっかり抗うつ薬を飲みましょう」というのは,
   製薬会社の販売促進用プロパガンダである。
   辛いことがあれば 泣き,うれしいことがあれば笑う。うつは人間感情の自然の発露である。
   そんなうつを,錠剤の何粒かを口に含んだくらいで治ると思っているほうがどうかしている。
   うつは抗うつ薬を飲んでも治らないし改善もしない。
   むしろ薬の副作用によってうつが悪化したり,自殺したくなったり,さらに極端な場合には,本当に自殺を決行
したり,はたまた犯罪を犯したりする。(注3)

自殺や犯罪までゆかなくても,突然,暴力行為も含めて異常行動に走る,無気力,死にたいと思うようになる,自分が
何をしているか分からなくなる,めまいやふらつき,はきけが起こるなどが報告されています。

薬理の面から言えば,本当の意味で「抗うつ薬」と総称される薬の本当の姿は「脳を興奮させる薬」であり,断じて
うつを治す薬ではない。

本当の意味での「抗うつ薬」というものは,この世には存在しない。(注4)つまり,一般に「抗うつ薬」と称される
薬は,落ち込んだ気分を無理矢理興奮させる薬なのです。

生田氏が指摘するように,イギリスでもアメリカでもSSRIの影響と思われる自殺や殺人が相次ぎ,訴訟問題になって

います。日本でも,SSRI系の抗うつ薬を飲む前には考えられなかったような暴力をふるうようになったり,
殺人を犯す事例などがすでに知られています。(注5)

私の周りにも,抗うつ薬をずっと処方されて,ある日突然自殺してしまった学生,抗うつ薬を長期間飲み続けて体が動か
なくなり家から出られなくなってしまった学生,抗うつ薬を飲み始めて2週間後に起きあがれなくなり,結局退学に追い
込まれた学生,などなど悲惨な事例がたくさんあり,今でも決して消えることにない辛い記憶として私の心に残っています。

しかし,問題は医師が薬を処方するとき,ほとんど薬の作用や副作用について説明しないことです。このため,穏和だった
人がいきなり暴力的になった原因が,実は病気を治すはずの「抗うつ薬」にあることを本人や家族がずっと後になって知っ
たという事例も珍しくありません。

抗うつ薬で,一旦はうつ症状が緩和されることもありますが,やがて効かなくなってくるので,だんだん量が増えてきます。

そのような具体な事例として,診察に同行した人の記録を示しておきましょう。
   その後,どう? (パソコンをウツ仕草)こうやっているのね。ええ,もう全然(私たちの方を向かないんですよ。
   その後,どう?って。今,ちょっと具合悪いですって言うと,“そう,じゃあ薬増やしておこうね”って。
   こういう状態なんですよ。あれ?って思いましたよね。(NHK取材班『前掲書』30ページ)

改善がみられないと,“お薬を増やしておきましょう”,という対応はよく見られます。こうして薬がどんどん増えて
ゆきます。

ある患者さんの処方箋によれば,統合失調症やうつに効果があるとされている薬を1日3錠,さらにSSRIの一種「パキ
シル」1日1錠と,最初の段階から2種類の抗うつ薬が同時に投与されている。

その他,抗不安薬が1日3錠,睡眠導入薬が1日1錠,計,10錠が処方されていた。(同上書 47-48ページ)

これは極端な事例に思われるかも知れませんが,必ずしもそうではありません。私のところに相談にきた学生の処方箋の
場合,内容はほぼ上記と同じで,これに「てんかん」に効くとされる薬,消化剤が加えられて,計14錠をワンセットに,
と書かれていました。

薬が治療の中心になることには,さまざまな事情があります。1日に診る患者の数は,丁寧な診察など不可能なほど多く
なっている,という事情が深刻です。1日50人程度は普通で,多いところでは100人物患者を診る場合さえあります。

こうなると,患者の話をゆっくり聞いている時間はなく,いわゆる3分診療となります。

医師が“どう?”と聞いて,“あまり改善していません”,と答えれば“お薬を増やしておきましょう”あるいは“お薬を
変えてみましょう”という対応になります。

また,“まあまあ”と言えば,“じゃあ,しばらくこの薬を飲み続けてください”という程度の,これでも「診察」と言
えるのか,という対応も珍しくありません。

最近知人から,精神科の待合室で4時間待って,結局,薬の処方箋を渡されただけだったので,行くのを止めたという話
を聞きました。

ゆっくり話を聞いてくれることは期待せず,処方箋だけをもらうために行く人もいて,医師が顔だけちょと見て処方箋を書
く場合もあるようです。

SSRIの抗うつ薬のもう一つやっかいな点は,依存性が非常に高く,薬から全面的に抜けることはいうまでもなく,減薬
さえも非常に難しいことです。

というのも,抗うつ薬を長期間服用すると,体の中に依存性(はっきり言えば中毒症状)が生じ,薬の量が少なくなると激
しい「離脱症状」(禁断症状に近い)に襲われるからです。

したがって,減薬や断薬をするには,薬学についての知識がある医師のもとで長い時間をかけてゆっくり体から薬を抜いて
ゆくことが理想です。

医師は,薬理作用については専門的な知識をもっているとは限らず,むしろ製薬会社の営業マンの説明に頼って薬を処方して
いる場合が結構あるからです。

ただ,薬理の専門家の指導がなくても,抗鬱剤から抜ける方法について,ス電紹介した生田哲氏は10の原則を具体的に書い
ています。(注6)

ここで全てを紹介することはできないので,関心のある人は是非,一読することをお薦めしますが,一つだけ重要なポイント
を示しておきます。
 
それは彼が(4)に挙げている項目で,「精神活性薬物の深刻な副作用が発生していて,迅速に離脱しなければならない場合
を除いて,薬はゆっくり減らすこと。毎週10パーセントずつ薬を減らしてゆけば,たいていの深刻な離脱反応は防ぐことが
できる」というものです。

ここで「10パーセントずつ減らす」とは具体的に,錠剤をナイフやカミソリで十分の一ずつ削ってゆくことです。
さらに,これには運動や栄養の摂取などについての補足的な面も合わせて採り入れることも重要です。

現在,多くのうつに悩む人たちは,良い医者を求めてさまよっています。それだけ,うつにたいする決定的な治療方法がない
ということなのでしょう。

日本うつ病学会理事長の野村総一郎氏は,医者選びの五箇条(避けた方がよい医者)を挙げています。

氏の解説も含めて示しておきます。

① 薬の処方や副作用について説明しない。
  薬の処方は積極的な行為なので,説明とくに副作用については,出る可能性があるものにかんしては,ポイントを押さえ
  て説明すべきである。
② いきなり3種類以上の抗うつ薬を出す(初診,あるいは最初の処方で)
  薬というものは,基本的には1種類であるべき。抗うつ薬の有効性というのは,1種類の薬についてのデータに基づく
  ものであり,2種,3種の組み合わせのデータはないので,説明できない。
③ 薬がどんどん増える
  薬を増やせば有効だというデータはない。“治らないからでしておくか”といってどんどん足し算みたいに増やして
  ゆくのは科学的ではない。
④ 薬について質問すると不機嫌になる
  “薬の副作用がでましたよ”と言われると,何か自分の治療を非難されたように感じる医師がいる。しかし,これは文句
  ではなく,情報を与えてくれているんだと解釈すべきである。それを怒って反応するのは治療のチャンスを逃すことになる。
⑤ 薬以外の治療方法を知らないようだ
  患者さんが,病気の症状とか悩みとか,困っていることをいうと,“じゃあ薬を増やしておきましょう”というふうに話
  をもっていってしまう医師。薬以外にも 心理療法もあれば,重症の場合には通電療法もある。あの手この手を繰り出す
  雰囲気がないとまずい。

私の個人的な感想を言えば,薬は,今にも自殺しそうな状態なっているような緊急性がある場合を除いて,第一の選択肢と考える
べきではないと思います。まずは,カウンセリングを受けることが重要だと思います。

なぜうつになったのかも詳しく聞かないで,マニュアルにあるからといって,直ぐに薬に頼るのは,安直な対症療法にすぎない
からです。

私が出席したメンタルヘルスに関する会合の席上,隣に座っていた精神科の医師が私に,“えっ”と驚くべきことを,そっと私に
ささやきました。“先生でも2週間あれば,うつにたいする治療ができますよ”,と。

彼が言うには,診断にはマニュアル(おそらくDMS-IV)があり,それで「病名」を確定すれば処方する薬が,これもマニュ
アルに書いてあるからだそうです。

もちろん,これは彼が半ば冗談めかして言った極論なのだとは思いますが,意外と本質をついていると思いました。

次回は,ではうつにたいして,私たちはどう対応したらよいかを,薬ではない幾つかの心理療法に焦点を当てて考えてみたいと
思います。


(注1)NHK取材班『NHKスペシャル:うつ病治療が 常識が変わる』宝島社新書,2012年110ページ。
(注2)米倉一哉監修・織田淳太郎著『そしてウツは消えた!』宝島社新書,2007年,121-22ページからの引用。
(注3)生田 哲『「うつ」を克服する最善の方法―抗うつ剤に頼らず生きる』(講談社+α 新書,2005年),4-5ページ。
(注4)生田 『前掲書』25-26ページ。
(注5)NHK取材班,前掲書,第三章に具体的な事例が載っています。
(注6)生田 『前掲書』146-49ページ。

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うつ病と日本社会(1)-うつは心と感情の問題?それとも「病気」?-

2013-08-07 18:32:21 | 健康・医療
うつ病と日本社会(1)-うつは心と感情の問題?それとも「病気」?-

数年前のことですが,何気なくFMラジオで音楽番組を聞いていたら,「うつは病気です。ちょうど風邪を
引いたとき,医者にいって治療を受けるように,うつは心が風邪を引いた状態です。

だから,うつかなと思ったら早めに専門家の治療を受けましょう」という宣伝文句が耳に入りました。

この広告主が誰であったかは憶えていませんが,たしか,どこかの心療内科か製薬会社だったと思います。

ラジオで宣伝するほど,うつ病は一般的になったのかという驚きと同時に,このような広告がラジオで放送
されるようになったことに,「改めて」驚きました。というのも,私は2005年に『関係性喪失の時代-壊れ
てゆく日本と世界』(勉誠出版)を出版した頃,うつに由来すると思われる自殺の問題を追いかけていたか
らです。

当時はリストカットが流行していた時期でもありました。そして当時はまた,うつと自殺の関係が注目され
ていた時期でもあります。

日本人の自殺者は1997年までは2万人半ばくらいで推移していましたが,1998年に突如,3万人台に激増し
ました。

「交通戦争」と言われて社会的な問題となっていた交通事故死でさえ,当時は1万人をかなり下まわってい
たのです。

とりわけ異様な印象を世間に与えたのは,インターネットなどで呼びかけて希望者を募り,車を密閉して練炭
を燃やし,一酸化炭素中毒で集団自殺する事例が頻発したことでした。

私はこれらの事例を一つずつ,できる限り詳しく調べました。

そして,集団自殺に加わった人たちに共通する特徴があることがわかりました。

彼らは,生きていることに意義を見いだせず,実感も持てず,気分の落ち込みを抱えている,典型的なうつ
の状態にありました。彼らは,ただ死ぬことだけを考えていて,たまたまインターネットで自殺の募集を見
て集団自殺に応募したのです。

集団自殺に参加した人たちの構成は,年令層も男女もバラバラで,職業も一般の社会人,学生,主婦など,
中小企業の経営者など多様でした。こうした事実を考えると,うつによる自殺はまさに国民的な問題とい
えそうです。

誰でもおちいる可能性のある「うつ」について,これから何回かに分けて考えます。ただ,うつに関しては,
かなり複雑な問題があるので,今回はまず,そもそもうつとは何か,どんな基準でうつと診断されるのか,
うつの治療にはどんな問題があるのか,について大枠を整理しておきたいと思います。

厚生労働省は,3年に1度さまざまな疾患の患者数を全国の医療機関を通して調査しています。たとえば

平成8年(1996年)には,後に示す診断基準に基づいて診断を下された,「うつ病」と「躁うつ病」を含む
「気分障害」の総患者数は43万人強でした。

これが,平成23年(2011年)になると95万人(うち女性が6割,男性が4割)に激増しています(ただし
福島県と宮城県は震災という特殊事情のため,この中に入れてありません。両県の合計は3万人ほどでした)。

なお,ここでは煩雑さを避けるために,「うつ病」と「躁うつ病」とを厳格に分けないで一括して「うつ病」
あるいはたんに「うつ」と表記することにします。「躁うつ病」もやはり「うつ」をともなうので,このよう
にまとめて「うつ」として扱うこともある程度許されるでしょう。

単純に計算すると,うつ病患者はこの15年間に倍増したことになります。注目すべき事実は,平成14年
(2002年)には70万人を突破していたことです。

この急激なうつ病患者の増加は,平成3年(1991年)のバブル崩壊と,それに続く不況と関係があるように
思えます。

ただし,厚労省の調査は医療機関からの報告を基にしているので,医療機関に通っていないうつの患者数は,
発表された数よりかなり多いと考えるべきでしょう。

ところで,厚労省が定義する「うつ病」とは一体何でしょうか?私たちの日常的な感覚から言えば,気分が
滅入って,いつも落ち込んだ気分が抜けない,落胆や悲観,不眠,極端な場合,死にたいなどの感情が支配
的になっているなど,生きることに否定的・悲観的な感情の状態,もっと平たく言えば心の問題であって,
腎臓病や心臓病のような臓器の「病気」だとは思いません。

しかし,脳精神科医は,体の異常な状態を何が何でも生物学的・科学的な根拠に基づく「病気」であるかの
ごとく再定義し,無理に「病気」にしてきました。そこで彼らが(一般の医師も厚労省も)依拠したのは,
アメリカの精神医学界が作成した公式の診断マニュアル(DMS―IV)です。参考までに,その診断基準
を示しておきます。

この診断基準に従うと,以下に示した9つの項目のうち5つ以上が当てはまり,それが2週間以上続いてい
ると,「はい,あなたはうつ病です」(医学的には「大うつ病」とよばれる)と診断されます。

  1 悲しみや落胆
  2 興味や喜びの喪失
  3 体重の減少や増加
  4 睡眠障害(不眠や過剰な睡眠)
  5 焦燥(あせり)や抑制(のろさ)
  6 疲労感
  7 自分を価値のない人間と思う罪悪感
  8 思考力,集中力,決断力の欠如
  9 繰り返す死への願望

このブログを読んでくださっている人の中で,自分はひょっとしたら「うつ病」か「うつ傾向」かなと思った
人はいませんか? 

現代の日本で生活している限り,これらの症状の幾つかに当てはまっても不思議ではありません。

あるいは,5つは当てはまらないけれども,4つは当てはまるとか,2週間までは続いていないけど12日
くらいは続いている,といった場合もあるでしょう。

こうして数値化しても,実際には,強弱の問題を含めて,その中間の状態は非常に多様であり,簡単に断定
できるものではありません。

しかし,それでも,このような診断基準を設けることには,生物学的・科学的医学を標榜する医師たちにとって
は大きな意味があります。

何より,この診断基準は彼らに,「うつ病」とは単に気分や感情の問題ではなく,科学的根拠がある明確な
「病気」であるというお墨付きを与えてくれるからです。このことは,実際の治療場面で大きな意味をもっ
ています。

つまり,一旦,ある患者が「うつ病」であると診断されれば,それにたいして「抗うつ薬」を処方できるか
らです。

これだけをみると,うつに関しては診断も治療の方法も明確で理想的に見えますが,実はここに,治療に
かんする大きな問題があるのです。

極めて大ざっぱに言ってしまうと,精神科の医師であれ心療内科の医師であれ,医師は「うつ」を身体的な
「病気」と診断し,それに対応した薬の処方を中心とした「医学的」治療を行います。

これに対してカウンセリングを中心とし,そのほか箱庭療法や催眠療法なども補助的に併用した,いわゆる
心理療法を行う臨床心理士(カウンセラー)は,うつを心や感情の問題として扱います。

カウンセラーは医師免許をもたないため,薬を処方することはできません。そこで,会話をつうじて患者の
心の奥底にある問題を発見し,患者がそれに気付き,自ら立ち直るのを助けることになります。これがカウ
ンセリングです。

ところで,うつは心や感情の問題なのか,そうではなくて,一般の病気と同じように薬物療法が有効な身体的
な病気なのかという二元論的な区分は,実はあまり適切ではありません。

というのも,人間は心と体は一体のもので,分けることはできないからです。

たとえば,うつの状態が長く続いて,そのストレスが胃潰瘍や,さらにはがんなどの臓器の障害を引き起こす
ことは十分あり得ます。

医師とカウンセラーはそれぞれ役割が異なるので,本来なら両者は協力して治療に当たるべきなのに,現実に
は両者の協力関係は皆無に近い状態です。

医師には,困難な試験に合格し,多額の教育費をかけ,長年の研修を経てようやく医師免許を得ることができ
たのに,医師免許をもたないカウンセラーと同レベルで扱われることに強い心理的な抵抗があるようです。

2005年,当時文科省の大臣で,ご自身が日本におけるユング派の心理療法の権威であった河合隼雄氏が,臨床
心理士を国家資格に格上げしようと懸命な努力をしました。しかし,心理学界内部の不統一と,医師側の反対
もあって,臨床心理士は今でも国家資格ではなく,文科省認定の日本臨床心理士資格認定協会が認定する,
民間資格に留まっています。

精神科の病院でも専任のカウンセラーを置いているところは非常に少ないようです。これはひとえに経費の
問題です。つまり,カウンセリングに対する保険点数が低いため,病院にとってカウンセラーを雇うとその
人件費をカバーできず採算が合わないのです。

こうして,現在ではもっぱら医師による医学的治療と,臨床心理士が行うカウンセリングとが別々な方法で
治療を行うことになっているのが実情です。

この状態も大いに問題ですが,それぞれの方法にも問題や限界があります。

それらについては,次回以降で詳しく検討しますが,最後に,人が自分の精神状態の異常を感じたとき,まず最初
にどこへ行くのか,という点を見ておきたいと思います。

自分がうつかも知れない,あるいは「うつ」という言葉を使うかどうかは別にして,気分の落ち込みが激しい,
不眠,不安や生きる気力が湧いてこない,会社や大学に行こうとしてもどうしても体が動かないなどの自覚症
状を感じたとき,いきなり精神病院や,総合病院の精神科に行く人は少ないでしょう。

最初は,近くの内科を訪れると言う人もいるでしょう。あるいは,大学生の場合,大学の保健センターや相談所
に行くケースもあります。

ただ,一般的には,心に何らかの問題があるな,と感じたとき,心療内科に行く場合が多いようです。

私が直接・間接にかかわってきた学生に聞くと,現在は心療内科の予約がなかなか取れないほど,受診希望者
が多いそうです。

心療内科という言葉には,精神科よりも軽い,そして心のケアと体のケアを同時にやってくれそうな響きがある
ので,あまり抵抗なく行けるようです。しかし,ここには少なくても二つ,大きな問題があります。

一つは,心療内科といっても,基本は内科で治療者は医師免許をもった医師です。

私が知っているケースでも,ほとんどが,まず心療内科を訪れています。しかしそこでは,ほとんど例外なく
投薬が治療の中心です。心療内科の先生は医師ですから,カウンセリングはほとんどしません。

そもそも薬によってうつは本当に治るかどうかさえ,現在では疑問視されていますう。これについては,次回
以降に検討します。

二つは,既に書いたように,現在では心療内科の予約がなかなかとれない(3ヶ月とか半年先,といった事例
も聞いています)ほど受診希望者が多い状態にあります。ところが,全ての診療内科の医師が,うつのような患者
を治療する訓練と経験をもっているとは限りません。

日本では,医師免許を持っていれば,だれでも診療内科の看板を掲げることができるからです。こうして,心療内科
が儲かるとなれば,それまで内科を専門にしていた医師も,診療内科・クリニックの看板を掲げるケースが急速に増
えたのです。

厚労省の統計に寄れば,平成8年には,心療内科を主たる科として標榜する施設数は,平成8年度で,一般病院の
なかで117,一般診療所が662であったが,平成20年には,一般病院が540,一般診療所で3755と5倍
以上に激増しました。(注1)

これだけ心療内科が増えてもなお,予約がなかなかとれない,という状況が今の日本です。

次回から,こうした状況を踏まえて,医学的アプローチと,カウンセリング中心の心理療法の有効性や問題点を検討
したいと思います。


(注1)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hoken/kiso/xls/21-2-22.xls (2013年8月7日参照)

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疑惑の医薬臨床データ-ノバルティスファーマ社と大学・医師との怪しい関係-

2013-07-20 09:18:08 | 健康・医療
疑惑の医薬臨床データ-ノバルティスファーマ社と大学・医師との怪しい関係-


昨年度の国内医療用医薬品の売上ランキングが業界紙で発表されました。1位はノバルティスファーマ社(本社はスイス。以下,「ノ社」と略す)
の降圧剤「バルサルタン」の1083億円でした。

たった一つの薬が,1年間にこれだけ売り上げるのです。

医薬品でヒット商品となると,桁がちがう巨額の利益を製薬会社にもたらします。したがって,製薬会社はヒット商品を発売するために,合法・
非合法を含めて,あらゆる手段をとることになります。

とりわけ,医師が患者にどのような薬を処方するかが決定的に重要となります。この際,ヒット商品となるためには,その薬が特定の症状に良く効く
ことはもちろん,単独の効果だけではなく,複数の効果を持てば医師としては,さらに患者に処方し易くなり,その薬が使われることになります。

しかも,降圧剤の場合,一度使い始めると,その後もずっと使い続ける傾向があるため,とにかく一度でも医者に処方してもらえれば,その患者は
長期間の「固定客」となり,自動的に売上が確保されます。

「バルサルタン」と同系統の降圧剤市場は6300億円にもなり,製薬会社にとっては巨大市場です。製薬会社は激烈な競争に勝つため,たんに血圧を
下げる効果だけでなく,その他の症状にも効果があることを宣伝しようとします。

しかし,複数の効果を謳い文句にするためには,科学的データが必要で,そのためには多くの臨床実験を行い,そのデータで証明しなければなりません。

「ノ社」の場合,血圧を下げる効果のほかに脳卒中などの発症の危険性を抑える効果を期待して,既に降圧剤としては認可を得ているのですが,
大学側に臨床試験を依頼しました。最終的には京都府立医大,東京慈恵医大,滋賀医大,千葉大学,名古屋大学5大学が試験を引き受けました。

以上の事情を考慮すると,今回の「ノ社」の(「バルサルタン」)に関する疑惑の背景が理解できます。

この問題を『毎日新聞』は6月10日,21日から3回(上・中・下)連続で関連記事も含めて掲載しています。

慈恵医大と京都府立医大は,患者を二つのグループに分け,それぞれ異なる降圧剤を処方して,心臓の血管にかかわる脳卒中などの発症の違いを
比べる臨床試験を行いました。

その結果は,バルサルタンには他の降圧剤と比べて,脳卒中を45%,狭心症を49%減らす効果がある,と結論づけ,京都府立医大の松原弘明教授
の名前で,2009年にヨーロッパ心臓病学会誌で発表されました。(この論文は今年の2月,掲載誌から削除された)

こうして,いわば大学のお墨付きをもらった「ノ社」は,「パワーが違う」と自社のバルサルタンの広告を,日本の大手医療雑誌に続けて掲載しました。
そこでは,慈恵医大が発表した臨床試験を前面に出し,他の降圧剤と比べてバルサルタンの「強さ」を強調していました。

バルサルタンの座談会形式の記事広告には,日本高血圧学会を中心に,有力研究者が繰り返し登場しました。そして,臨床試験の結果は複数の学会の
診療ガイドラインにも反映され,現場の医師の治療に今日まで影響を与えてきたのです。

昨年の薬の売上ランキングでバルサルタンが1位になった背景には,このような事情があったのです。

しかし,昨年,臨床試験のデータの信頼性に疑問がもちあがりました。

「事」の発端は,昨年の4月,世界で最も権威ある医学雑誌の一つ「ランセット」に,京都大学病院の由井医師が,東京慈恵医大や京都府立医大などが
実施した臨床試験結果への「疑念」を示す論文が発表したことでした。

このような試験の場合,バルサルタンと,別の降圧剤を使った患者を二つのグループに分けてそれぞれの効果を試験します。由井医師の「疑惑」とは
「高圧剤の効果で血圧はいずれも下がるが,下がり方には当然差がでる。ところが,慈恵医大や京都府立医大の試験では両グループの最高血圧(
収縮期血圧)の平均値がピタリと一致していた。

さらに最高血圧のばらつきを示す値までも同一なのは不自然」というものだった。

さらに千葉大と滋賀大でも種類が異なる降圧剤を服用した二つの患者グループで,試験終了時の最高血圧の平均値が一致していたのです。

由井医師は,バルサルタンやこれと似た作用をもつ降圧剤に関する国内外の36の臨床試験結果を調べたところ,最高血圧と最低血圧の平均値がそれぞれ
一致していたのは,慈恵医大,京都府立医大,千葉大学,滋賀大学だけたったことにも注目しています。

そして今年の3月末,京都府立医大は「ノ社」から1億円超の寄付を受けていたことが,情報公開請求した『毎日新聞』の報道で明かとなりました。

こうして,「ノ社」のバルサルタンのデータ疑惑は,「日本最大の薬と研究者に関わるスキャンダル」へと発展していったのです。

京都府立医大は早速,事実に関する調査を行い,学長は次の事実を明らかしました。

まず,「医師が入力した患者データが一致せず,バルサルタンに効果がでるよう解析データが操作されていた」こと,そして「論文の結論は間違って
いたうえ,不正があったこと」を認め謝罪しました。

次に,販売会社「ノ社」の元社員が,バルサルタンに有利な結論がでるようなデータだけを取り出して(つまりデータを改竄ないしは歪曲して)解析し,
それを大学の医師グループに示し,松原教授がその解析に基づいて論文を発表したことです。

そもそも製薬会社社員が,結論が出る前に試験データを見ること自体,大いに問題です。現在,ヨーロッパでも松原教授の論文の内容は疑問視されています。

今回のバルサルタン問題で明らかになったことは,日本人の大人の4人に1人が高血圧と言われる現状は,降圧剤が製薬会社に莫大な利益をもたらすことです。

このため,製薬会社はなんとしても自社製品に有利なデータを得て「売れる薬」を販売しようとします。

そのためには,認知された医療機関(通常は大学病院)で実際の患者を使った臨床試験をしてもらう必要があります。

ここに,大きな問題が発生する原因が現れます。医学系研究費の約半分を民間資金に頼っているのが現状です。各大学は研究費が欲しいので,製薬会社からの
寄付を受けようとしています。そして,製薬会社は自社製品の販売に有利なデータや結論を出してくれそうな大学や医師を探すことになります。

もちろん,全てではありませんが,バルサルタンの事例のように,寄付を受けた医師や大学は,製薬会社の意向に沿ったデータを使って結果を発表すること
もあるのです。これは「利益相反」と呼ばれます。

産学連携(産学協同)の裏には常に,こうした「落とし穴」が存在します。しかし,人の命と健康に関わる薬に関して,医師・研究者と製薬会社との癒着は
非常に危険です。

1980年代に,非加熱血液製剤を血友病患者などに使用し,1800人ものエイズ患者をだしてしまった悲惨な事件がありました。

この時は,帝京大学の安倍英教授,ミドリ十字,厚生省の幹部が関与した,三者による事実の隠蔽が悲劇を生み出したのです。

今回のバルサルタン事件に関して,ある医学関係者は,これはほんの氷山の一角にすぎず,製薬会社と研究者(時には政府や行政も含めて)との癒着は
日常的にみられる,と言っていました。

想像の域をでませんが,おそらく,事件が明るみにでない癒着はむしろ構造化しているのではないでしょうか。

かつて,私が京都で開かれたある研究会に出席したとき,その会場にはもう一つの研究会が開かれていたのですが,その受付や案内に当たっていたスタッフは
スーツを着た「ミドリ十字」の社員でした。

医薬や医療の分野では「アゴ アシ付き」(食事と交通費付き=つまり旅費付き)という会合や学会がしばしば見られるし,原稿料として多額の謝礼が医師など
に支払われる,という話を聞いたことがあります。私が見た光景は,まさにそれをあからさまに示していました。

今回の事件に関して,研究者側へのあらゆる資金の流れの開示が必要なのに,「利益相反」のルール作りを大学に指導してきた文科省は,製薬会社や大学が
自主的に情報公開すべきだ,として直接関与しない姿勢をとっています。

近年,原発に関して「原子力村」(産業界・大学・政府・官僚からなる利害関係者)の存在が問題になりましたが,薬に関しても「薬品村」が存在するような
気がします。

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食の安全が脅かされる(3)-中国の輸入食品と国内の食品-

2013-06-29 16:35:04 | 健康・医療
食の安全が脅かされる(3)-中国の輸入食品と国内の食品-

このシリーズの第一回(1)で,「輸入届出における代表的な食品衛生法違反事例」(2013年度)のリストについて紹介しましたが,
そのリストをみることができる厚労省のホームページのURL(http://www1.mhlw.go.jp/topics/ysk_13/tp0419-1q.html),
(2013年)を添付し忘れました。関心のある方は,このサイトをみてください。

上記リストのうち,中国からの輸入食品で「代表的な」違反事例(不合格食品)だけでも135あり,品目数では断然多い。

このリストをみると,中国からの輸入食品のほとんどといっても過言ではないくらい,多種に及んでいます。

中国からの輸入品の「違反事例」が減らないのは,前回(2)で紹介した,中国の鶏肉生産体制でも見られるように,利益を得る
ためには安全は二の次,という生産者のモラルが変わらないこと,さらにその背景には,農村地域の貧困があります。

『週刊文春』2013年5月23日号には,衝撃的な事実が紹介されています。それによると,5月2日中国で,羊肉と偽ってネズミ,
キツネ,カワウソの肉を流通させた業者が摘発されました。

この肉が日本に入ってきたかどうかは分かりませんが,一旦,ミンチにして香辛料で味付けしてしまえば,何の肉か分からなく
なってしまいます。

平成16年から23年までの8年間に,日本の厚労省によって摘発された中国産食品の違反事例のうち,重量順で上位20品目は
以下のようになります。数値は年単位。またトン数は,摘発量であり,総輸入量ではありません。


1  野菜・冷凍食品(アスパラガス,いんげん,えだまめ,ほうれん草など)2131トン
2  落花生(ピーナッツ)1951トン
3  その他の野菜(生鮮ショウガ,タロイモ)1380トン
4  ハトムギ 958トン
5  ピーナッツ製品(炒ったピーナッツ,ココアピーナッツ) 833トン
6  ゆり科の野菜(タマネギ,ニンニク,生鮮ネギなど)756トン
7  冷凍食品(食肉製品に該当するものは除く。米飯類,たこ焼きなど)545トン
8  貝:冷凍食品(冷凍あさり,冷凍はまぐり,カキフライ)542トン
9  加熱食肉製品(フライドチキン,チキンピカタ,豚玉ねぎ串カツなど)513トン
10  切り身,むき身の生鮮水産物類:冷凍食品を含む(むき身えび,切り身さば,いか類など)489トン
11 セリ科野菜(生鮮ニンジンなど)470トン
12  水産動物:冷凍食品(うなぎ蒲焼,しゃこ類,さわら照り焼き,鮭の粕漬け)458トン
13  冷凍食品(食肉製品に該当するものを除く。焼き鳥,ねぎま串など)425トン
14  二枚貝類(活赤貝,活きしじみ,など)376トン
15  そば 336トン
16  切り身,むき身の鮮貝類(生食用うに,活とこぶしなど)303トン
17  その他の種実類(アーモンド,ナッツ類)242トン
18  蜂蜜 221トン
19  うるち米 217トン
20  米穀の粉 208トン

これらの食品が含む有害(時には猛毒)物質の中でも,ナッツ類にふくまれるアフラトキシンは,発ガン性が非常に高いカビ毒は,
微量でも肝臓がんを発症するおそれがあります。

2008年に日本で発生した中国産「毒ギョーザ事件」では,このカビ毒のため10人が中毒症状を起こし,1人が重体におちいりました。

このほか小豆からは有機リン系の農薬ジクロルボスが,生鮮セロリからはクロルピリホスが,生鮮未成熟サヤエンドウからは
シペルメトリンが見つかっています。

私たちの日常生活で身近な,「そば」や「うるち米」(いわゆる通常の米)などに有害化学物質や,カビ,大腸菌などの菌が含まれて
いました。

量はそれほど多くありませんが,中国産蜂蜜の有害性はヨーロッパではよく知られており,輸入禁止になっているはずですが,日本では
安い蜂蜜はほとんど中国産です。

また,スーパーなどで売っている安い中国産の焼き鳥もかなりの確率で汚染されています。

もちろん,中国は日本向けだけにこれらの有害食品を輸出しているわけではありません。中国の国内でも有害物質を含んだ食品が出回
っています。

たとえば,中国ではしばしば冷凍いんげんなどの冷凍野菜から高濃度の残留農薬が見つかっています。

また,中国ではイチゴは常温で一週間放置してもピカピカのままだそうです。

『日刊ゲンダイ』(2013年6月19日)に,日中韓のスペシャリストで,北京滞在経験のある近藤大介氏は,次のように中国野菜の危険性
に警告しています。

今年の3月6日,全国人民代表会議(国会)で,代表(国会議員)の一人は一袋のピーナッツを取り出し,中から10粒ほどを水の入った
コップに入れました。数秒後に水は真っ黒に変色しました。

この代表はこの他300種の有毒食品を国会に持ち込んだのですが,「悲しいかな,われわれは普段,こんな毒入りの食品を口にしてい
るのだ」と述べたそうです。

近藤氏が特に気にしているのは,これから輸入される夏野菜だそうです。というのも,夏野菜は傷みやすいので,特にこの時期過剰な農薬
を散布しがちだからです。

近藤氏が北京に暮らしていたころ,農薬漬けのニラを食べた9人が体中マヒして病院に担ぎ込まれたそうです。一斉検査して,1930キロ
ものニラが処分されました。

同様に,「無公害野菜生産基地」として表彰されている河北省永年県の「優良」ニンニクでさえリン酸硫黄などの劇薬が振りかけられている
ことが暴露されました。また今年の5月には,農薬漬けになった広東省のナスが問題になりました。

中国産の食品が全て薬品やカビ毒などで汚染されているとは限りませんが,現状では総輸入量の1割くらいしか検査していないので,検査を
通り抜けている有害食品が日本の市場に出回ってしまう可能性は十分あります。

アメリカ系企業と中国の輸入食品の“コラボレーション”は,前回紹介したマクドナルドの例だけではありません。

最近明らかになった,千葉県の「東京ディズニーランド」内でのレストランで出される食品にも問題があることが発覚しました。

ディズニーランド内のレストランで,「ズワイガニとブロッコリー」のビザの場合,「車エビ」と表示されていますが,実は,ブラックタイガー
でした。

「和牛」と表示された牛が,実は肉料理の条件を満たさない交雑種の肉を使っていることが明らかになりました。

しかし,問題は,大人気の「ギョウザドッグ」は中国の青島で製造された冷凍餃子をそのまま使っています。冷凍餃子は,しばしば不合格となる
ほどの添加物を含んでいます。

ディズニーランドとディズニーシーを管轄するオリエンタルランドは,提供する食品の原産地をホームページで紹介していますが,69品目のうち,
チキン,アサリ,タコ,ほうれん草など18品目で中国産の割合が高いことを明らかにしています。

ただし,これには,「加工品」「加工品の原料」は含まれていないので,実際にはかなり多くの中国食品がディズニーランド・ディズニーシー
内で使われているものと思われます。

『週刊文春』の問い合わせにたいして,オリエンタルランドは書面で,中国では日本の基準に基づいて検査され合格したものだけを使っている
こと,日本国内への輸入時には日本の検疫所での検査を通過したものだけを使用しているから法律に違反していない,と解答してきました。

しかし,実際には,最終の三次加工工場が衛生的でも,その前の一次,二次加工工場が衛生的でなければ意味はありません。

中国の食品事情に詳しい愛知大学の高橋教授によれば,中国における食品加工の全容は把握できない仕組みになっているそうです。

オリエンタルランドは,アメリカ本部への高いロイヤリティーを払うために,コストの削減が至上命令です。そこで,高級食材は偽装して安い
食材を使用し,しかも,それを高値で売っているのです。

夢を売るディズニーランドも,安全性や質より利益を追求する体質があるようです。

ところで,有害食品は名にも,輸入食品だけとは限りません。輸入食品であれ国産食品であれ,有害添加物や使われています。
下に,参考までに代表的な12種を挙げておきます。(注)

1 亜硝酸Na (発色剤) 発ガン性物質ニトロソアミン類に変化
  (明太子,サンドイッチ用のハム,ウィンナー,揚げ物などに)

2 カラメル色素( 4―メチルイミダゾール) カラメルIII, IVが発ガン性

3 合成甘味料 (アスパルテーム, スクラロース,アセスルファムK(カリウム)

4 メラミン (中国で粉ミルクに入れられた毒性の強い添加物)

5 臭素酸カリウム  有毒で発ガン性がある。(パン生地改良材で,「山崎パン」のランチパックで使用)

6 合成着色料 タール色素  赤色2号,3号,102号,106号;黄色4号,5号;緑色3号,青色1号,2号(赤色2号は発ガン性があり,
  アメリカでは使用禁止。発ガン性があり,アレルギーを起こす

7 OPPとTBZ オルトフェニルフェノル オルトフェニルフェノールナトリウム (防かび剤) オレンジ,グレープフルーツ,イスラエル産
  スイーティー。発ガン性,先天性障害を起こす恐れがある。

8 イマザリル ポストハーベストの農薬(米)が輸入柑橘類に。 神経行動毒性

9 次亜塩素酸ナトリウム (殺菌料)カビキラー,ハイターなどの主成分
  キス,カニ,エビなどの腐りやすい魚の天ぷら,魚介類や野菜の殺菌に使われるが,残留する。スペイン料理魚介類,カット野菜

10 亜硝酸塩  二酸化硫黄, 亜硫酸塩 亜硫酸Na (ワインの酸化防止剤,甘納豆や干しあんずなどの漂白剤)

11 安息香Na (合成保存料) ドリンク類 栄養ドリンク,発ガン性 (細菌,カビ,酵母などの繁殖を抑える) 
12 サッカリンNa

以上,3回にわたって,食品添加物についてみてきましたが,私たちの周囲には添加物食品だらけで,そうでない食品を手に入れることは現実には難
しい状況にあります。

私たちにできることは,買う前に一応添加物の有無をチェックし,できるだけ添加物が少ない食品を選ぶことしかないかも知れません。




(注)渡辺雄二『体を壊す10大添加物』(幻冬社新書,2013)。本書のタイトルは大分類10種としていますが,ここでは,もうすこし細かく12種に分けた。

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食の安全が脅かされる(2)-マクドナルドとアメリカの輸入食品-

2013-06-25 22:37:15 | 健康・医療
食の安全が脅かされる(2)-マクドナルドとアメリカの輸入食品-


前回は,日本の食の安全が脅かされる背景について書きました。一つは,既に食料自給率は39%と,40%を下回っていることです。
言い換えれば60%以上は輸入食物に依存していることになります。

もう一つは,7月から日本もTPPに参加することになり,これにより輸入食料がさらに増える可能性があることです。

いずれにしても,食料が海外から輸入される場合,生産国での添加物,農薬,ホルモン剤,殺虫剤などの使用に加えて,運送の途中
および陸揚げ後には
防カビ剤や防腐などの,いわゆる「ポストハーベスト」が追加されます。

今回は,食の安全が脅かされている現状を,日本マクドナルドが販売するハンバーガーとアメリカからの輸入食品について考えて
みたいと思います。

マクドナルドを取り上げたのは,この企業がアメリカ企業であり,アメリカは日本の食料輸入相手国として最大でること,そして,
マクドナルドは日本で現在約3,700店舗も展開している,国内第一級のファーストフード企業だからです。

マクドナルドと食の安全については,今から15年以上も前から日本で問題視されています。

2000年2月に65円という驚異的な低価格のハンバーグを発売した時,一体,なぜそんなに安くできるのかという疑問が各方面から
投げかけられました。

当時それは,当時,世界で110カ国,2万8000店舗あったマクドナルドの店舗が使う原材料を,全店舗を統括するマクドナルド・
コーポレーション本社が,世界的な規模で最も安く購入するシステム(国際購買体制)を最大限に活用しているからだ,と説明されて
いました。

ハンバーガーの原材料は,バンズ(パン),ミンチで作ったハンバーガーパティ,ピクルス一切れ,少量のタマネギのみじん切り,
ケチャップ,マスタードで,チーズバーガーはこれにチーズが1枚加わります。

2000年ころ,マクドナルドについて調べた榊田みどり氏によれば(注1),ミンチの原料の肉は全量オーストラリア産だった。

というのも,オーストラリアの牛は牧草で飼育されるのが普通で,配合飼料も与えるアメリカの牛肉より安くなるからです。

ただし,スーパーなどで売っているオーストラリア産の肉は,食肉用の牛肉だそうです。

パンの原料の小麦粉はアメリカ産とオーストラリア産,チーズの原料は主にオーストラリアとニュージーランドのものでした。

また,ピクルスは海外で加工した製品を輸入する場合と,原材料を輸入して国内メーカーが製造する場合と二通りあるが,いずれも
原材料は輸入で,一番多いのはスリランカだそうです。

チキンタツタやビックマックなど一部のメニューで使用されているレタスやキャベツなどは国産が基本だが,半額セールとなった
ハンバーガーやチーズバーガーで,野菜と呼べるものはピクルスと一切れのアメリカ産タマネギだけです。

通常はほとんど使用しないトマトなどを大量に使う季節限定のキャンペーン商品では輸入生鮮野菜を使う場合が少なくありません。

調味料のトマトケチャップは,輸入ものか,原料のトマトピューレはほとんどが輸入物で,トルコ,アメリカ,中国が3大輸入国相手国。

以上見たように,マック・ハンバーガーはほぼ100%輸入食材でできています。日本マクドナルド(株)の創業者の藤田社長(当時)
は自由貿易と食のボーダレス化の推進論者で,

たとえば米なら,生産コストが安いベトナムやタイでコシヒカリを作り,日本に輸入すればよい,と自著でもいっています。

以上は,経済的な面からだけみたマックの安さの秘密ですが,lそれでは,安いマックの質はどうか,安全か否か,をもう少し細か
く見てみましょう。

まず,主役の肉ですが,使われるのは乳用種と肉用種があります。

乳用種は乳を搾るために品種改良された牛で,妊娠中と出産後に集中的に乳を搾るので,何回も出産したメスの牛の肉は最も安いけれど
肉としてはまずく,「ババ肉といって,食えたもんじゃない」というのが業界の認識です。

業界では,このような肉をどう処理するかが課題です。

これにたいして肉用種のオスの肉は,乳用種の肉よりはずいぶん高くなります。

こうして,最も安い,オーストラリアの乳用牛のメスの肉がマックのハンバーガーパティの主原料となります。

味は悪くても香辛料で味付けしてしまえば分かりません。

ここが問題で,オーストラリア産の牛肉には,日本で禁止されている抗生物質とホルモン剤が見つかっています。

成長ホルモンはいうまでもなく,より多くの乳を搾るためで,特にヨーロッパで問題になったのは,発ガン性のあるエストラジオール17β
というホルモン剤です。

マックは,これらを含む肉は使用しない,と公式には主張しています。しかし,厚生省が2000年に調査した結果,オーストラリアとアメリカ
からの輸入肉には,エストラジオール17βが,最大で国産の3倍も高い濃度で見つかっています。

もう一つ気になるのは,オーストラリア産の牛肉には,日本で禁止されている有機塩素系の殺虫剤,DDE,DDTなどが検出されたことが
あり,かつて,オーストラリアへ積み戻されたことがある,という事実です。

これは,牛の餌になる牧草が,他の作物(綿花など)への薬を空中散布したために,エサとなる牧草が汚染されたためです。

マックには,まだまだ問題があります。

たとえば,ある若者グループがさまざまなファーストフード店のフライド・ポテトをペットボトルに入れて放置したところ,
マックのフライド・ポテトは1年経っても,色は変わっていたが,腐ってはいなかったのです(注2)。

榊田氏によれば,マックは法律の範囲内(つまり残留化学物質など,基準値内)に留めようとしていることは間違いないが,それ以上の質を求
めない,と述べています。

ただ,この「基準値」そのものがアメリカの政治力によって決められる部分が多いため,基準値内なら安全というわけではありません。

たとえば,イチゴなどは,そもそも日本の検査対象になっていない残留農薬やポストハーベストが使われていて,法律的には問題ありませんが,
人体には有害な物質が輸入されています。

しかし,検査対象になっていないことがすでに,アメリカの圧力の結果なのです。

ところで,最近,TPP参加が目の前に迫ってきて,食の安全についての報道が増えました。特に『週刊文春』は連続してアメリカと中国からの
輸入食品について,現場まで行って追跡調査した記事を掲載しています。

それによると,日本におけるマクドナルドの食品の危険性は,アメリカ企業と中国産鶏肉とのコラボレーションといった感じです。

まず,2013年5月2・9日号の「あなたはそれでもチキンナゲットを食べますか? マクドナルドの中国産鶏肉が危ない!」を見てみましょう。

調査は,奥野修司氏と『週刊文春』の取材班によって現地に赴いて行われました。詳しくは記事を読んでいただければいいのですが,要点だけを
以下に示しておきます。

事の発端は,今年1月,中国共産党系機関紙『北京青年報』が,河南大用食品グループが病気で死んだ鶏を長期にわたって加工販売し有名な
ファーストフード店で売っていた,という衝撃的なニュースを掲載したことでした。

この有名はファーストフード店とはケンタッキーフライドチキンとマクドナルドのことで,これに先立つ数日前に,両社は,「成長ホルモンと
抗生物質を過剰に投与した鶏」を使用していた事実を認めて謝罪したばかりでした。

大用グループは鶏を年間4億羽を出荷し,世界中に輸出しています。日本マクドナルドも他の日本のファーストフードチェーンも大用社から鶏を
調達していることを認めています。

上記の調査班が大用社に鶏を納入している養鶏場を訪ねると,一坪あたり90羽という超過密状態で飼育されていた事実が判明しました。
通常のブロイラー方式では,一坪40羽が適性とされているのに,2倍以上の密度です。

超過密状態でのストレスの中では病気(特に病原性大腸菌症)が蔓延しやすくなります。実際,このグループの鶏舎で数万羽という鶏の大量死が
起こったのです。

そこで,大量の抗生物質が不可欠になるのです。しかし,抗生物質に耐性をもった菌が繁殖し,大量死は避けられないようです。

これがヒトの体に入れば,菌と同時に抗生物質を取り込むことになってしまいます。

この他,DDTやBHCなどの極めて危険な有機塩素系農薬についての質問にも,日本マクドナルドは書面で,中国の検査に任せている,
日本の残留基準を適用しているとのみ解答していますが,この日本の基準等というのが,非常に緩い状態にあります。

怖いのは,中国産鶏肉調整品はハンバーグだけでなく,唐揚げ,焼き鳥,フライドチキン,チキンナゲット,ミートボール,竜田揚げなどにも使用
されています。
2011年に中国から輸入された鶏肉22万トンのうち半分は外食産業で使われています。

外食産業の場合や味付けされた加工食品には表示義務がありません。したがって,私たちは知らないうちに有害化学物質を食べている可能性があります。

前号の『週刊文春』に続いて2013年5月28日号は「中国産に気を取られるあなたの食卓に米国産『危なすぎる食材』」というタイトルで,
米国産の輸入食品についてさらに対象を広げて特集を組んでいます。

まず,牛肉ですが,現在日本の国産牛肉は50万トン,輸入牛肉は52万トンで,うち米国産は13万トンを占めています。

数年前に現地視察した畜産業者によれば,アメリカの牧場面積は日本よりはるかに広いが,頭数も多いので,1頭あたりの面積は日本より狭く,
狭いスペースで運動を制限して太らせる飼育方法が採られているそうです。

しかも,アメリカでは効率良く育てるためにエストラジオールやゼラノールなどの成長ホルモンを投与することが許されており,実際に使われています。
日本では,これらのホルモン剤の使用は認められていませんが,ホルモン剤を投与された牛の輸入は認められています。

実に奇妙なことですね。結局アメリカからの牛肉の輸入を認める日本政府の苦肉の策です。

北海道対がん協会細胞診センター所長の藤田氏の調査によれば,米国産牛肉には,国産肉に比べて,赤身で600倍,脂身で140倍のエストロゲン
(女性ホルモン)が含まれていました。

ヨーロッパではホルモン剤を含む米国産の牛肉を24年前に輸入禁止するようになって,ホルモン依存性がんが一斉に減少し,とりわけ北アイルランド
で29%,オランダで25%,ノルウェーで24%減少など顕著な結果がでています。

アメリカ産輸入食物で危険な物は,オレンジでこれには運送中の不快を防ぐために,日本では認められていないの発ガン性のある,強烈な「防カビ剤」
(OPP,TBZ)が噴霧されています。これも,日本政府は一度は輸入禁止にしたのですが,アメリカが激怒して,日本に認めさせた経緯があります。

レモンやアメリカンチェリーなどにも同様に有害な薬品が使われています。

さらに意外な食品はアメリカ産の養殖サーモンで,回転寿司などでよく使われています。

アメリカの名門コーネル大学などの研究者が2005年に行った報告によれば,養殖サーモンのダイオキシンやPCBなどの有害物質濃度は,天然鮭より
遙かに高く,食べ続けると幼児にIQ低下や発達障害をもたらす危険が,食べない場合より300倍近くも危険性をもっています。

これは,養殖鮭は,沿岸で狭い範囲で育てられ,そこは農薬や殺虫剤などで汚染されているからです。とりわけ脂身はこれらの薬品が蓄積されやすい
部位です。

研究者は,養殖サーモンを食べるなら,年に6回以内にすべきだと警告しています。

上記の『週刊文春』はさらに,ダイオキシンの10倍,地上最強の天然発ガン性物物質,アフトラキシンが「カリフォルニア米」に混入していた事件
(2008年の,三笠フーズ汚染米転売事件)に触れて,アメリカからの輸入米の危険性についても報告しています。

TPPが導入されると,9割が輸入米で占められる可能性があり,2008年の事件のように,検査官の数が足りないために,有毒物質を含んだ米が検疫
を通ってしまう化可能性があります。

最終的には自分で自分の身を守るしかありません。安全な食品は割高かも知れませんが,他で無駄使いをしていることを考えれば,身を守るためには
多少高くても,心身の健康を考えれば,結局は安いのだと思います。

次回は,今回の書いた鶏肉を除いた中国からの輸入食品についてみてみましょう。


(注1)以下の,2000年当時のマックに関する記述は,榊田みどり「六五円ハンバーガーの裏」,山下惣一編著『安ければ,それでいいのか!?』
   (コモンズ,2001年,pp7-56)を参考にしています。

(注2)インターネット(You Tube)で一度見た映像を,今回,もう一度正確なサイトを探しましたが,見つかりませんでした。
この事例だけでなく,You Tube で「ポストハーベスト」で検索すると,薬品を食品に振りかけている動画が,たくさん出てきます。

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食の安全が脅かされる(1)-輸入食品の有害化学・添加物-

2013-06-20 22:09:25 | 健康・医療
食の安全が脅かされる(1)-輸入食品の有害添加物の背景-


大手マスメディアはあまり扱っていませんが,週刊誌や一部の日刊紙などで,中国やアメリカからの輸入食品に含まれる有害食品添加物
や化学物質に関する記事が頻繁に報道されています。

今回はまず,輸入食品の安全性についての議論が高まっている背景と,食の安全を脅かしている食品添加物を概観しておきたいと思い
ます。

既に,このブログでも何回か取り上げたように,今年の5月に安倍首相が正式にTPPへの参加を表明し,7月の会合から日本も参加
することが決まりました。

この参加表明がなされる以前から,TPPが日本の農業を衰退させるだけでなく,食の安全を脅かすことを懸念する声は,各方面から
出されていました。

TPPに参加すると,日本では禁止あるいは制限されている食品の中の農薬,食品添加物,ポストハーベストなどの化学物質,抗生
物質,ホルモン剤などが輸入食品に含まれていても,それらが他の参加国で認められていれば輸入を禁止できなくなるからです。

もし,これらの有害物質が含まれていることをもって輸入を禁止や制限すれば,非関税障壁として訴えられてしまいます。

有害物質だけでなく,遺伝子組み換え食品についても,それを食品に表示する義務はなくなり,それでも敢えて表示すると,これも
非関税障壁とみなされて,

これも訴えられる可能性があります。

このように,日本の食の安全を確保するための防衛機構は,TPP参加を機に,次第に外堀を埋められつつあります。

日本の食料自給率は2013年(平成23年)には,カロリーベースで39%にまで低下しています。逆に言えば食料の6割は輸入に頼っ
ているのです。

この自由律はもちろん先進国では最低です。

6割以上の食料を輸入に依存しているというのは,とうてい「先進国」とはいえません。

こうなると,いやでも私たちの食生活は輸入食品に頼らざるを得なくなってします。

ちなみに,1960年における日本の食料自給率は79%,1970年は60%,1980年は53%,1990年は48%,2000年には40%に落ち,
それ以後現在に至るまで39%台に定着しています。

この経緯を見ると,1970年代から1980年代にかけての,いわゆる高度経済成長期に,食糧自給率が一気に低下していったことが分かり
ます。

当時の日本政府は,自動車,家電などの工業製品を輸出し,生産性の低い国内農業を見捨てて,食料は輸入に頼る方針をはっきりと打
ち出していたのです。

食料自給率の実態を,平成23年度の統計からもう少し細かく見てみましょう。

まず,米に代わって主食に大きな比重を占めるようになったパン,うどん,パスタの原料となる小麦は11%,味噌,醤油,納豆など,
日本食に欠かせない大豆は,わずか7%,戦後,一貫して消費が増えている肉類では,牛肉が54%,豚肉52%,鶏肉が66%とな
っています。海に囲まれた日本の魚介類でさえ,自給率は52%と,ほぼ半分にしかすぎません。

今のところ野菜の自給率は79%と比較的高い水準ですが,果物の自給率は38%にすぎません。しかし,これらの生鮮食品には,
有害物質が残る特別な事情があります。(注1)

果物は栽培の過程で大量の農薬が使われることが多く,輸入に際しては船での運搬の途中でカビや腐植を避けるために防カビ剤や保存料
などが大量に使用され,されに日本に陸揚げされた後も,殺虫剤や防カビ剤,防腐剤などのくん蒸をします。野菜についても同様のことが
言えます。

市場に流通している農産物には,農薬や殺虫剤などの化学薬品に加えて,遺伝子組換え食品の問題もありますが,これについては,別の
機会にゆずることにします。

さて,輸入食品の危険な食品添加物,残留農薬などがに関連して懸念されているのは,アメリカと中国からの輸入食品です。

ここで食品添加物とは,食品の風味や外形を整えたり,酸化防止や腐食防止のため,発色させて見栄えを良くするため加えられた物質
(多く化学物質)で,中には発ガン性ものや,さまざまな疾患を発生させたり,肝臓などに悪影響を与える可能性があります。

輸入食品の中でも,アメリカと中国の輸入食品が特に問題にされるのは,これら二カ国からの輸入が金額と割合が断然大きいこと,そして
食品添加物や残留農薬や殺虫剤にたいする基準や日本とはかなり異なっていることが主な要因です。

2012年についてみると,日本の最大の食品輸入相手国はアメリカで,1兆3200億円,全体の4分の1,つまり25%を占めており,
次が中国で約8000億円で,全体の14%ほどを占めています。

食品添加物は全て禁止されている訳ではなく,日本政府はその物資区の種類と量の基準を定めています。現在,一定の基準値内で使用が
認められている食品添加物は,日本で約800種類であるのにたいして,アメリカは3000種類もあります。

つまり,TPPに正式参加してその協定が実行されるようになると,新たに2200種類もの添加物を含む食品がアメリカから日本に
もたらされる可能性があるのです。

次に,中国からの輸入食品についていうと,食の安全に関する法律も,食品の製造・加工に携わる人たちのモラルも,日本とはかなり
かけ離れていて,有害な化学物質が混入した食品が日本国内に出回っています。この実態については次回以降で具体的に示してゆこう
と思います。


厚労省のホームページで,「輸入届出における代表的な食品衛生法違反事例」(2013年度)のリストが公表されています。
これらは,検疫検査の際,禁止された農薬の使用や適正量を超えた食品添加物の含有,有害な病原体による汚染などで,違法とされた
食品です。(注2)

ここには,品目別,国別,そして違反内容別に,代表的な違反事例だけで669品目がリストに挙げられています。これらのうち中国
からの輸入食品は135品目に及んでいます。

これにたいしてアメリカからの輸入食品の違反事例は,58品目と,一見少ないように見えます。しかしこれにはからくりがあって,
有害ではあるが,日本の規制対象にはなっていない添加物がかなりあるからです。

また,アメリカ政府の圧力で,違法ではない添加物にされたものもありますので,アメリカからの輸入食品の安全性が高いとは一概に
言えません。

まず,中国からの輸入食品の事例を見ておきましょう。中国からの輸入食料で,日本の食品衛生法に違反した事例のうち,比較的なじみ
の深い食品を見ると以下の通りです。なお,この「違反」した食品には,有害化学物質の他,輸入時点で大腸菌が付着していたり,カビ
が発生していたり腐食していた食品も含まれます。(注3)

これまで発見された違反食品には,たらこ,ハトムギ,塩蔵らっきょう,塩蔵ショウガ,乾燥エノキタケ,魚肉ねり製品,ソーセージ,
食肉製品(焼き鳥,つくね,蒸し鶏,ねぎ間串,フライドチキン,チキンカピタなど),生鮮スナックエンドウ,生鮮タケノコ,大葉,
落花生,蜂蜜,味付けザーサイ,味付けメンマ,冷凍エビ,冷凍シーフードミックス,冷凍ミックスベジタブル(アスパラガス,
インゲン,エダマメ,ホウレンソウなど),うるち米,冷凍餃子,冷凍の貝(あさり,はまぐり,かき),ピータン,乾燥しいたけ,
などなどです。

次にアメリカからの輸入食品のうち,代表的な食品法違反の食品をみてみましょう。

まず,目立つのは健康食品で,厚労省のホームページには具体的な名前は示されていませんが,17種類の健康食品が上げられています。
リキュール,ワイン,フレーバー・コーヒー,乳製品,小麦(腐敗,カビ),アーモンド,ミックスフルーツジュース,グレープフルーツ
果汁,マカロニ,コーン,シロップ類,ケーキ,ビスケット類,食肉製品(フライドチキンなど),たらこ,などです。

グレープフルーツ,レモン,アメリカンチェリーなどの果実にも残留農薬は検出されているのですが,日本の検疫対象外にされているので
「違法」の対象にはなっていないのです。

しかし,検疫で違法性が見つかった食品は全体の一部にすぎないでしょう。

というのも,検疫を行うスタッフが少なくて,実際には輸入食品の10%ほどしか検査が行われていないので実態だからです。

つまり,大部分の輸入食品は,検査を逃れて国内の市場に流れて,私たちの口に入っているのです。

以上は,輸入額と量が突出して大きい中国とアメリカからの輸入食品についてみたものですが,もちろん,他の国からの輸入食品にも
ほとんどが何らかの有害添加物,化学物質,腐敗やカビが発生した食品などが残存しています。

極端に言えば,輸入食品は運送の途中での腐敗や変質を避けるために,保存料,防カビ剤,発色剤,陸揚げされたあとの殺虫剤などが
使用されていると考えた方がいいと思います。

次回は,もう少し生々しい,輸入食品の実態を考えてみます。

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