大木昌の雑記帳

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うつ病と日本社会(3)―薬に頼らない「うつ」からの脱出―

2013-08-16 08:44:38 | 健康・医療
うつ病と日本社会(3) ―薬に頼らない「うつ」からの脱出―

前回の(2)で,抗うつ薬の功罪について検討しました。そこでは薬学の立場から,現在,もっとも
普及している抗うつ薬のSSRIは,「脳を興奮させる薬」であって,うつを治す薬ではない,という点
を指摘しておきました。

誤解をさけるために補足しておくと、私はいかなる場合にも抗うつ薬を使うべきではない、というつもり
はありません。

きわめて重症なうつ病で、食欲不振、不眠に加えて自殺の危険性が極めて高い場合など、命に関わる状況
で緊急避難的に用いることは必要かもしれません。

しかし、大部分の軽度あるいは中程度のうつ状態に対しては抗うつ薬は、むしろその副作用の方が大きい
場合が多いようです。

うつに関するほとんどの本では触れられていませんが、生理学が専門の高田氏は、「現在はっきりしている
SSRIの最大の副作用は性的不能です」と断言しています。これは、セロトニンが脳内に増えすぎると
性欲を押さえてしまうからです。(注1)

ところで、もし、薬による治療が難しいとすると、他にどんな方法法があるでしょうか?

自立性もなく、意欲、自発性、気力などがすべて失われてしまった非常に重症な場合に、電気ショックや、
ロボットミー手術(脳の前頭葉切除)などがありますが、これらは極めて例外的で、特に後者は現在では
ほとんど行われていません。(注2)

これらの特別な方法を除くと、カウンセリングを中心とした心理療法が中心となっています。

『現代カウンセリング事典』によれば、もっとも広義のカウンセリングとは、「言語的および非言語的
コミュニケーションを通じて、行動の変容を試みる人間関係」である、と定義されます。
中でも心理治療や行動変容を目的としたカウンセリングをクリニカルカウンセリングと呼びます。(注3)

以下、特に断らない限り、カウンセリングという言葉はクリニカルカウンセリングという意味で使われます。

専門的にいえば、カウンセリングと一口いっても、非常に多様なアプローチがありますが、ここではあまり
深く立ち入らないことにします。

ただ共通していることは、薬を使わないこと、言語・非言語コミュニケーションを通じて問題の本質を探り、
考え方や精神的態度を変えてゆくという手法です。

ここでは、治療者(一般的には臨床心理士のような人)と相談者=クライエント(注4)との人間関係が
非常に大きな意味を持っています。

もし、両者の間に信頼関係が形成されないと、カウンセリングはほとんど治療効果を期待できません。

インターネットなどでの体験談などを読むと、カウンセラーが信頼できなくて結局、中断してしまった事例
などがみられます。

また、臨床心理士といえども、つねに人格円満で相談者の信頼を得られとは限りませんし、職業としてカウ
ンセラーを選択したものの、必ずしも適性であるとは限りません。

いずれにしても、マニュアルで診断し、マニュアルに従って薬を処方する医学的治療とは異なり、心理療法
による治療効果は、治療者の性格、経験、能力など、個人的な資質に大きく依存しています。

それでも、やはり、悩んでいる人にとって、話をじっくり聞いてもらうだけでも大きな救いになることは確
かです。

しかし、具体的にカウンセリングをどのように行うかは、そのカウンセラーが採用するアプローチによって
異なり、そのアプローチは非常に多様化しています。ここで、それらを説明する余裕はありませんぼで,まず
私自身が訓練を受けた、ロジャース(C.R.Rogers)によって開発された、傾聴(Active Listening)、来談者
=クライエント中心という方法を簡単に説明します。

ロジャースは、まず、カウンセラーが精神分析学理論によってクライエントの問題を解釈し、指示を与えるの
ではなく、あくまでも来談者が語ることを深い関心をもって聞く(傾聴)すること、クライエントの語ること
を受容することの重要性を強調しました。

このアプローチでは、何が重要な問題で、どんな経験が深く関わっているか、などについてもっとも知ってい
るのはクライエント自身であるからだ、と考えます。

つまり、カウンセリングではあくまでもクライエントが中心でカウンセラーはクライエントが自ら語ることで、
自然に自分を解放し、問題解決の道を見つけて行くことを手助けすることが主眼です。

ロジャースはこのほかグループ・エンカウンターという、さまざまな関係者が加わる集団的カウンセリングの
方法も開発しています。

次に、認知療法という方法という,特にアメリカで普及しいている方法があります。

この考え方は、外的な出来事が感情や身体反応を直接引き起こすのではなく、その出来事をどのように認識する
かによって、感情も身体反応も変わる、というものです。

この考えに基づいて、カウンセラーは来談者の認識を変容させる手助けをすることになります。

私自身は、ロジャースや認知療法の他に,「ナラティヴ゛」という考えに大いに可能性を感じています。

簡単にいうとこれは、クライエントは自分の病と人生について「ナラティヴ」(物語)をもっているはずであり、
治療者(カウンセラー)は、「医学の物語」(医学的理論)を適用し押しつけるのではなく、そのクライエント
の物語の共著者になるべきである、という考え方です。

「ナラティヴ」アプローチは日本ではまだあまり普及していませんが、これはうつ病や精神疾患だけでなく、
医療全般について非常に本質的な再検討を迫る考え方だと思います

なお、心理療法に催眠療法を取り入れることもあります。

これは主に退行催眠といって、クライエントの意識を催眠によって過去にさかのぼり、現在の精神的問題が過去
の何らかの経験と関連しているのかどうかを調べる方法です。

日本催眠心理研究所所長の米倉一哉氏によれば、退行催眠によって、現在の問題の根源やきっかけがわかり
、治療がうまくいった場合もありますが、常に有効だとは限らないそうです。

というのも、症状の原因となるところまで退行させようとしても、クライエントの抵抗感が強いと、そのビジョ
ンがなかなか出てこないからです。

しかも、自我が低下した状態では、過去の辛い記憶に呑み込まれて、逆に症状が悪化することさえあるようです。(注5)

さて、薬を使わず、言語コミュニケーションを通じて行われる心理療法が,うつの回復にどの程度効果があるの
でしょうか?また、薬を使った場合と心理療法の場合の治療効果はどうなっているのでしょうか?

残念ながら、日本における心理療法の治療成功率に関するデータをえることはできませんでしたが、アメリカに
おける興味深いデータがあります。アメリカにおける心理療法の中心は認知療法で、日とはやや事情が異なりま
すが、それでも心理療法の実績について大いに参考になります。

1980年代の実態調査に基づくデータなので、少し古いかもしれませんが、これもやはり参考にはなります。

うつに対する認知療法と薬物投与の効果比較(うつ病全体)は以下の通りでした。

① 16週間治療時の回復率   認知療法 30%   薬物投与(イミブラミン)20%
② 18か月時の再発率     認知療法 35%   薬物投与(イミブラミン)50%

つまり、認知療法は、うつからの回復率においても薬物投与による治療より成績が良く、しかも再発率においては
薬物治療より低かったのです。

さらに注目すべきことに、軽度から中程度までのうつの人に対する両者の治療後の再発率を見ると、認知療法の場合
は、20%にしかすぎないのに、薬物治療の場合、なんと80%にまで達しているのです。(6)

以上からわかることは、軽度から中程度のうつの治療に関しては、薬物による治療は一過性で、一時症状は和らぐが
、結局元戻ってしまうことが多い、という点です。

この点、認知療法では薬物治療より回復率も高く、再発率が低いという結果が出ています。


それでも、日本の医師はあくまでも薬物による「科学的」な治療の優位性を譲らず、ある医師は次のように語っています。

   カウンセリングが、患者さんを治すとは思えないんですよ。うちの病院にはね、具合の悪なった患者さんが流れて
   くるんです。患者さんによくよく聞いてみると、民間のカウンセリングに通っていたというんです。重いうつなのに、
   カウンセリングだけで治そうとして悪化させちゃう場合があるんですよ。(注7)

ちなみに、この医師は臨床心理士などに国家資格を与えることには大反対の立場の人です。彼から見ればカウンセラーは
無資格の民間の治療家ということになるのでしょう。

しかし、それでは逆に、科学を標榜する医師たちは、どれほど、うつの患者さんたちの治療の成功してきたのでしょうか?

もちろん、ここで「成功」とは一時的な症状の緩和ではありませんし、長期間にわたって再発しないという意味での治療医
の「成功」を指します。

このような態度は医師の間では一般的だと思うのですが、残念ながら、現在まで投薬によるうつの治療の方がカウンセリング
より優れているというデータはありません。それでも、医師が投薬に徹底的に投薬治療に依存せざるを得ないことには理由が
あります。

まず、もっとも根本的な理由は、医師には投薬以外、うつにたいしてできることがないのです。

しかも、薬を処方すれば確実に治療の売り上げが増えるのです。次に、患者の側からすると、医師の治療の場合には保険が
きくので安くあがるという利点があります。

薬を受け取ることによって、安心する患者さんがいることも確かです。ここには医師と患者とのギブ・アンド・テイクの
関係が成立しているようです。

どこの精神科や診療内科でも受診者が多く、一人の医師が1日50人の患者を診るというのは珍しくなく、多い時には
100人も診ることがあります。
こうした状況が、精神疾患の場合でさえ、「3分診療」という事態を生み出しているのです。

それでは、心理療法はもっと普及しても良さそうですが、実態はあくまでも医師による投薬治療が圧倒的に多い状況に
あります。そのもっとも大きな理由は心理療法(カウンセリング)の費用です。

現在、日本の法律ではカウンセリングは医療行為とみなされていませんので、当然、保険の適用外です。カウンセリング

専門のクリニックでの相談料はばらばらで、安いところで50分6000円くらい、また1時間で1万2000円から、
高いところでは2万円、あるいはそれ以上もします。これでは、いかにカウンセリングが良いといっても、よほど経済
的に余裕がないとこの治療を受けられません。

医師が保険を適用してカウンセリングをしたことにすれば通院精神療法として請求できるのですが、その保険点数(治療側
の報酬)は5分から30分までが330点(x10円)30分以上でも400点までしか請求できません。

しかし、このように低い点数では、医師が30分とカウンセリングに時間を使うことは考えられません。かといって、病院
や心療内科でカウンセラーを雇っても、形式上は医師が行ったことにせざるを得ないので、収入にはつながりません。

従って、現実的には医療機関では専門家のカウンセリングを受けることは、ほとんどないのが実情です。

心理療法の次の問題は、その治療期間が長いことです。私の知人もカウンセリングをかれこれ30年ほどやっていますが、
1人の相談者に数年というのはあたりまえで、5年とかそれ以上の例も珍しくありません。

相談料の高さと期間が長いので、次第にカウンセリングから離れていってしまう人が多いようです。

医師による投薬治療でも、10年以上も薬を飲み続けている人を何人も知っています。この場合、保険治療なので費用が安い
ということが長続きの理由でしょう。うつは治らないけれど、その代償として多くの場合、当人は薬漬けになってしまいます。

私は、薬でも言語でもない、第三の方法があると思っています。最後に、これについて簡単に説明しておきます。
それは一言で言えば、感覚と身体からのアプローチといえます。

私は3年間ほど、「森林療法」と称して、自閉症の子供たちと森林(主に山です)や山の清流の中でいろんな遊びをした経験
あります。

自然がもっている何ともいえない安らぎの効果、自然を皮膚で感じ,それが心の安定に与える効果は絶大だと感じています。
「森林療法」に活動に参加した子どもたちも、日頃の緊張感から解放されるためか、非常にリラックスしていました。

もう一つは、農作業による「うつ」からの回復です。これも私の経験ですが、「いのち」あるものを育てるという行為は、
私たちの心を優しくしてくれると同時に、緊張から解放してくれます。
今までも作業療法の一環として「園芸療法」は試みられていますが、まだまだ実験段階です。これからはさらに、広がること
を期待しています。

森林療法も農作業という作業療法も、その有効性が科学的に証明されているわけではありませんが、
そのメカニズムの解明を待つのではなく、良いと思われることは積極的に取り入れる必要があると思います。

なにより、これらは副作用がありません。私は、医療において大切なことは副作用がないことだと信じています。


(注1) このメカニズムについての詳しい説明は、高田明和『「うつ」依存を明るい思考で治す本:クスリはいらない!』(講談社+α新書、2002年):44-47ページを参照。
(注2) 高田明和『日本人の「うつ」は、もう薬では治せないのか』(主婦の友新書、2011年):40-48。
(注3) 國分康孝監修『現代カウンセリング事典』(金子書房、2008年):4,16ページ。
(注4) カウンセリングでは「患者」という言葉は使われず、「クライエント」とか「来訪者」
(注5) 米倉一哉監修、小田淳太郎著『そしてウツは消えた』(宝島社新書、2007年):190-92.
(注6) 高田、前掲書、2003年:94-98.
(注7) NHK取材班、前掲書:171.
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