自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

物は幸せにしてくれない。魂を失った日本人~ウルグアイ・ムヒカ前大統領来日

2016-04-04 17:09:38 | 憲法を考える

 「世界一貧しい大統領」こと、ウルグアイのムヒカ前大統領が4月5日に初来日するそうだ。「ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領 (角川文庫)」の出版を記念して招かれるようだが、彼の興味は、「日本社会に、ウルグアイを待ち受けている事柄の、何らかのサインがあるように思う。日本の人びとが幸せについてどんなことを感じているか、理解を深めたい」ということのようだ。今の日本人のことを知られるのは恥ずかしいけれど、いろいろ発言して日本人の見失ったものを気づかせていただきたい。
 ただ、残念なのはフジテレビの特別番組が4月8日(金)19時~20時54分にあるようだが、当日はプロ野球中継が予定されていて雨を祈るしかないのか?NHKはどう報じるのだろう?

 ウルグアイ移民を当時の社長が世話した関係で、その会社が経営する造船所と牧場が今もウルグアイにあり、卒業生もお世話になり、私も行ったことがあるが、アメリカで乗り換えて日本から一番遠い国に行ったような思い出が残っている。

 これも不思議な縁で昨日、小学校からの友人からムヒカ前大統領のことが下記のネットにあると教えられたばかりだった。
「世界一貧しい大統領」と呼ばれたムヒカ前大統領の日本人へのメッセージが素晴らしすぎる
世界で最も貧しい大統領の生き方・考え方が心に沁みる>
惜しまれつつ退任へ...。「世界で最も貧しい大統領」の逸話

 ウルグアイに移民した日本人は働き者であり、狭い土地に多くの作物等を栽培し、彼はそこからか若いとき花卉の栽培を学び生活の糧にした。あの働き者の日本人が、経済大国となった日本で、何を幸せと思い生活しているのだろう。ウルグアイも経済成長を目指していくと、その先にウルグアイの人々を待っているものは何だろう。そう思っての来日であろう。

 世界一幸せの国と言われるブータンも電線が各家庭に配線されると、テレビ購入が幸せのシンボルになって来た。日本の高度成長期にテレビ、洗濯機、冷蔵庫が3種の神器となったように。未だ経済成長の夢を追っているが、あの時代よりも日本人は幸せになっただろうか。未だに自動車も家庭への電線配線を拒否し続けているアーミッシュの人々は、自給自足の生活を続けて地域で協力して作業をし、家も協同作業で造るので、中世の貴族が質素に生活しているように見える。
 「幸せとは何か?」 今の日本人が立ち止まって考える良い機会になればと思う。

 私が中学生だった頃、「私は貝になりたい」(動画)というテレビドラマが有名になった。死んだらいじめられる犬や猫ではなく、海底でひっそり生きていく貝に生まれ変わりたいという意味だろうが、その意味は分からず、フランキー堺とタイトルだけが何故か強烈な印象として残っている。

 私には日本人は「従順で大人しい殻」を被った貝のように見える。戦時中は心底では戦争に反対していたのか、あるいは利己的だから集団に合わせていただけかも知れないが、お国の言うことに従順に従った。そして今は、子どもの虐待、オレオレ詐欺から、「殺しさえしなければ、そしてバレさえしなければ、何をしても良い」と言わんばかりの「女子中学生監禁事件」のように超利己的な事件が多すぎる。白鳳×日馬富士戦を、 横綱相撲でない、「モンゴルへ帰れ」とブーイングしたのも、大関戦の気迫で闘ったら怪我をしている日馬富士が壊れてしまうと見ていた私には、立ち会いの一瞬、白鳳の脳裏をその思いが横切ったのではないかと思った。そのような配慮を片隅にも持てないで、横綱になれない日本人の悔しさから、集団で噴出した他者を攻撃するブーイングのように私には思えた。

 72歳で亡くなった司馬遼太郎は、何故日本人は馬鹿な戦争をしたのかという「二十二歳の自分への手紙」を小説、思索紀行等で残したが、「他者への思いを育てるには訓練が必要」という21世紀に生きる君たちへ(動画)の遺言も残している。私も私なりに誰も読まない「自然と他者と現場を大切に」という遺言を寂しくブログに書いているが、明治維新の明と暗についてもう少し考えたいと思っている。それは日本をどうこうしたいという大それたものではなく、ムヒカ前大統領のように「あなたの心が他者を愛するようになって欲しい」し、そういう「若い人たちが少しでも多く育って欲しい」と思っているから。
参考:日本人は何をめざしてきたのか <知の巨人たち> 第4回 「二十二歳の自分への手紙 ~司馬遼太郎~」

初稿 2016.4.3

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