人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

秋山和慶 ✕ 東京交響楽団でベートーヴェン「交響曲第6番”田園”」「交響曲第5番”運命”」を聴く ~ フェスタサマーミューザ

2020年07月31日 07時21分08秒 | 日記

31日(金)。関東地方はまだ梅雨が明けないのに7月は今日で終わりです 梅雨が明けたら明けたで暑くなりそうだし・・・どっちもどっちだな

ということで、わが家に来てから今日で2130日目を迎え、政府の観光支援策「Go  To  トラベル」事業の開始時期について、新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長を務める尾身茂氏は29日、政府に対し、判断に時間をかけるよう事前に分科会として提言していたが、政府には採用されなかったと語った  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     「専門家の意見を聞きながら」は「専門家の意見を聞き流しながら」だったのか

 

         

 

昨日の夕食は、勝浦市在住の大学時代の友人S君が送ってくれた「あこう鯛」を煮つけ、「生野菜サラダ」と「ジャガイモと玉ねぎの味噌汁」(写真には写り切っていない)を作り、買ってきた「マグロの刺身」を用意しました あこう鯛は良く煮汁が沁み込んで美味しかったです が、娘から「魚の鱗を取ってないんじゃないの?」と言われてしまいました 面倒くさいから省きましたが、たしかに鱗が付いてると食べにくいです。次回への反省材料にします

 

     

 

         

 

昨日、ミューザ川崎シンフォニーホールでフェスタサマーミューザ参加公演「東京交響楽団」のコンサートを聴きました プログラムは①ベートーヴェン「交響曲 第6番 ヘ長調 作品68 ”田園” 」、②同「交響曲 第5番 ハ短調 作品67 ”運命” 」です 指揮は秋山和慶です

自席は2CA4列45番、センター右ブロック4列目右から7つ目です オケの編成は左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスといういつもの東響の並びです 総勢60名弱の楽団員同士は1メートル超のソーシャルディスタンスを取っていますが、譜面台は2人で1台を使用します。コンマスのグレヴ・二キティンをはじめ弦・打楽器奏者はマスクを着用します

 

     

 

この日演奏される2つの交響曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が1807年から1808年にかけて同時並行的に作曲、1808年12月22日にアン・デア・ウィーン劇場で「ピアノ協奏曲第4番」や「ピアノ、合唱、管弦楽のための幻想曲ハ短調」などと共にベートーヴェン自身の指揮により初演されました しかし、オケの練習不足に加え、会場は暖房装置が壊れていて寒く、聴衆は4時間にわたるコンサートを震えながら聴いていたと言われています その結果、初演は失敗に終わりました ベートーヴェンのことです、その後の再演では成功を収めています

1曲目はベートーヴェン「交響曲 第6番 ヘ長調 作品68 ”田園” 」です ベートーヴェンの9つの交響曲の中で唯一、自身が「田園」と標題を付けた作品で、当時の交響曲が4楽章形式だったのに対し、5楽章から成り、後半の3,4,5楽章が続けて演奏されるという先進性を備えています 第1楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポ(田舎に着いた時の愉快な気分と目覚め)」、第2楽章「アンダンテ・モルト・モッソ(小川の風景)」、第3楽章「アレグロ(田舎の人々の楽しい集い)」、第4楽章「アレグロ(雷鳴、嵐)」、第5楽章「アレグレット(牧歌~嵐の後の喜びと感謝)」の5楽章から成ります

「歩く紳士」と形容したくなるようなロマンスグレイの秋山和慶氏の指揮で第1楽章に入ります 首席オーボエの荒木奏美の愉悦感に満ちた演奏が素晴らしい 隣席の首席フルート・相澤政宏も楽しく美しいメロディーを奏でます この日、いつにも増して感じたのは、弦楽器のアンサンブルの美しさです 秋山氏の指揮は いつものように奇をてらうことのない自然体のもので、楽団員は演奏しやすいのではないかと想像します   楽団員の演奏姿を見ていると、桐朋学園を卒業した翌年の1964年に東京交響楽団を指揮してデビューして以来、40年間にわたり同楽団の音楽監督・常任指揮者を務めてきた秋山氏へのリスペクトを感じます お互いの信頼関係の上に成り立つ演奏だと思います

話は変わりますが、ここに1枚のCDがあります ドイツの作曲家ユスティン・ハインリヒ・クネヒト(1752-1817)が作曲した「自然の音楽的描写-大シンフォニー」です ベートーヴェンの「田園交響曲」と同様、5楽章から成り、曲想もほぼ同じです 第1楽章「美しい田舎~」、第2楽章「雷鳴が轟き嵐が近づく~」、第3楽章「嵐がやってきた~」、第4楽章「嵐は次第に収まる~」、第5楽章「自然は喜びに満ち~」といった内容です 実際に曲を聴いてみると、明らかにベートーヴェン(1770生まれ)はクネヒト(1752年生まれ)のこの作品を参考にして「田園交響曲」を書いたのではないかと思ってしまいます 違うのはクネヒトが自然を音楽で描写したのに対し、ベートーヴェンは自然の心象風景を音楽で表したことです

 

     

     

 

プログラム後半は「交響曲 第5番 ハ短調 作品67 ”運命” 」です この曲は「運命」という愛称で呼ばれていますが、言うまでもなくベートーヴェンが名付けたものではありません 弟子のシンドラーが冒頭のダダダダーンの意味をべ――トーヴェンに訊ねると、彼は「運命はこのように扉を叩く」と答えたというエピソードから、そのように呼ばれるようになったと言われていますが、何の証拠もありません この曲の大きな特徴は①曲の冒頭は休符から始まる、②冒頭の短い動機(ダダダダーン)が全曲を通して緻密に積み上げられていく、③交響曲で初めてピッコロ、コントラファゴット、トロンボーンが使用された、④ベートーヴェンの「苦しみを通して歓喜に至れ」という人生哲学が具現化されている、といったところでしょうか

第1楽章「アレグロ・コン・ブリオ」、第2楽章「アンダンテ・コン・モート」、第3楽章「アレグロ」、第4楽章「アレグロ~プレスト」の4楽章から成ります

秋山氏の指揮で演奏に入りますが、東響は終始 緊張感と推進力に満ちた演奏を展開、ベートーヴェンの人生哲学を渾身の演奏によって築き上げました

 

     

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下野竜也 ✕ 反田恭平 +務川慧悟 ✕ 読売日響でモーツアルト「交響曲第31番”パリ”」「交響曲第32番」、プーランク「2台のピアノのための協奏曲」、サン=サーンス「動物の謝肉祭」を聴く

2020年07月30日 07時19分35秒 | 日記

30日(木)。わが家に来てから今日で2129日目を迎え、製薬会社や医療機関がコロナ治療薬の研究を急いでいるものの まだ治療法は確立していない中、トランプ米大統領が27日夜、新型コロナウイルスに関して「治療法はある。米国よ目を覚ませ」と主張する投稿をリツイートしたことに対し、ツイッター社は間もなく「誤情報規制に反する」として、このリツイートを削除した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     「治療法はまだない。トランプよ目を覚ませ」というのが多くの米国民の警告だ

     

         

 

昨日、夕食に「親子丼」と「生野菜サラダ」を作りました 全国的な大雨で野菜が高騰していますね でも野菜は毎日摂らなければと思います

 

     

 

         

 

昨夕、ミューザ川崎シンフォニーホールでフェスタサマーミューザ2020参加公演「読売日本交響楽団」のコンサートを聴きました プログラムは①モーツアルト「交響曲 第32番 ト長調 K.318」、②プーランク「2台のピアノのための協奏曲」、③サン=サーンス「動物の謝肉祭」、④モーツアルト「交響曲 第31番 ニ長調 K.297  ”パリ”」です 演奏は②③のピアノ独奏=反田恭平、務川慧悟、指揮=下野竜也です

公演に先立って、開演40分前から下野氏のプレトークがありました 真っ赤な開襟シャツの胸に書かれているのは「Hiroshima」で、背中には00の番号が 言うまでもなく広島カープのユニフォームです 下野氏は2006年から2017年まで読売日響の正指揮者・首席客員指揮者を務めましたが、現在は広島交響楽団の音楽監督を務めています 読響の同族グループ読売巨人軍に喧嘩を吹っ掛けたわけではありません 「カープ愛」と言っておきます 読響のコンマスで広島出身の長原幸太氏もカープ・ファンなので、この日のコンマスが日下紗矢子さんでなく、長原氏だったら別の意味で盛り上がったかもしれません

話好きな下野氏は、この日のオケの編成、演奏される曲目や出演者について解説しましたが、興味深かったのはオケの編成です 「コロナ禍で思うように演奏ができないなか、こういう時だからこそ、今までできなかったことに挑戦してみようと思った」として、「昔 映像で観たストコフスキーが執った配置で演奏することにした   すなわち、舞台下手(左サイド)に弦楽器を、上手(右サイド)に管楽器を配置して演奏します」と語りました 予定の20分を超過しましたが、実に有意義なプレトークでした

 

     

     

さて本番です。自席は2CB3列39番です。プレトークで解説された通り、オケは左サイドに弦楽器が、右サイドに管楽器とティンパニが配置されています 2曲目のために舞台中央に2台のピアノが向かい合わせで設置されています。総勢34人位の編成ですが、弦楽器はほぼ1.5メートル間隔、管楽器はほぼ2メートル間隔のソーシャルディスタンスを取っており、譜面台は1人1台を使用します これまで見た中では、N響が一番間隔が広く、次が読響で、その次が東響と神奈川フィルといったところです。なんだか年収順のような気がしないでもないですが、きっと気のせいでしょう なお、演奏者はマスクを着用していません。その必要はない距離です

1曲目はモーツアルト「交響曲 第32番 ト長調 K.318」です この曲はウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756‐1791)が1779年に生まれ故郷のザルツブルクで作曲した作品です 第1楽章「アレグロ・スピリトーソ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「プリモ・テンポ」の3楽章から成りますが、続けて演奏されます

下野氏の指揮で演奏に入りますが、この人の真骨頂はメリハリのある音楽作りです キビキビとした指揮による少数精鋭の読響で聴くモーツアルトは、まるで単一楽章によるオペラの序曲(シンフォニア)のように聴こえます 溌剌とした素晴らしい演奏でした

2曲目はプーランク「2台のピアノのための協奏曲」です この曲はフランシス・プーランク(1899-1963)が1932年に作曲、同年にヴェネツィア現代音楽祭で初演されました

第1楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」、第2楽章「ラルゲット」、第3楽章「フィナーレ:アレグロ・モルト」の3楽章から成ります

私が初めてこの曲を聴いたのは、ン十年前にラベック姉妹のピアノで聴いた時ですが、あまりにも昔過ぎて演奏内容をほとんど覚えていません

モスクワ音楽院を経て現在ショパン音楽大学で学び、2015年のロシア国際音楽祭でマリインスキー劇場デビューを果たした反田恭平と、2019年のロン=ティボー国際コンクール第2位で脚光を浴びた務川慧悟がピアノに向かいます 向かって左(第一)を反田、右(第2)を務川が努めます

あらためて生演奏でこの曲を聴いて、新鮮な驚きを覚えました この曲はこれほど刺激的な音楽だったのか、と 第1楽章と第3楽章における二人のピアニストのパワフルで鋭角的な演奏に魅了されました また、第2楽章「ラルゲット」は、プレトークで下野氏が語っていた通り、モーツアルトの「ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466」の第2楽章「ロマンツェ」をパクったような曲想で、「一筋縄ではいかないモーツアルト」といった感じでした 二人のピアニストは息がピッタリでした

二人はアンコールにモーツアルト(グリーグ編・2台ピアノ版)「ピアノ・ソナタ  ハ長調K.545」から第1楽章「アレグロ」を鮮やかに演奏、大きな拍手を浴びました

 

     

 

プログラム後半の1曲目はサン=サーンス「動物の謝肉祭」です この曲はカミーユ・サン=サーンス(1835‐1921)が1886年に作曲した作品です 第1曲「序奏と堂々たるライオンの王の行進」、第2曲「雌鶏と雄鶏」、第3曲「ラバ」、第4曲「亀」、第5曲「象」、第6曲「カンガルー」、第7曲「水族館」、第8曲「耳の長い登場人物」、第9曲「森の奥のカッコウ」、第10曲「大きな鳥籠」、第11曲「ピアニスト」、第12曲「化石」、第13曲「白鳥」、第14曲「終曲」から成ります

ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスとクラリネット、フルート、打楽器(シロフォン他)、ピアノの総勢16人による演奏です この曲を聴くと、いかにサン=サーンスが他の作曲家の作品をシニカルに捉えて、おちょくっているかがよく分かります 例えば、第4曲「亀」はオッフェンバックの「天国と地獄」の速いテンポの音楽をわざとゆっくりと演奏することにより亀の歩みを描いています 第8曲「耳の長い登場人物」は、ロバを想定していたとか、サン=サーンスが嫌っていた音楽批評家への皮肉だとも言われていますが、ヴァイオリンが弾くヒャックリのような音楽は、まるで音楽批評家が語る批判のようです また、第11曲「ピアニスト」はまるで初心者がピアノを弾くようにわざと下手に弾かなければなりません 努力して下手に弾く二人のピアニストの連弾を聴いて、思わずニヤニヤしてしまいました 下野氏は、2曲ずつ簡単な解説を加えながら、演奏者を一人一人紹介していきました この辺は、この指揮者の古巣への気遣いが感じられました

さて、最後の曲はモーツアルト「交響曲 第31番 ニ長調 K.297  ”パリ”」です この曲はモーツアルトが1778年にコンセール・スピリチュエルの支配人J.ルグロの依頼により作曲、同年パリで初演されました モーツアルトの交響曲としては初めてクラリネットを用いています

第1楽章「アレグロ・アッサイ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「アレグロ」の3楽章から成ります

下野氏はこの曲でもキビキビとした指揮ぶりで、メリハリの効いた音楽作りを展開し、若きモーツアルトの溌剌とした音楽を読響から引き出しました

演奏後、下野氏は「コロナ禍のもと、音楽は不要不急のものと思われがちであるが、私たちは不要なものだとは思っていない 聴衆の皆さまあっての活動だが、職業として音楽をやることを誇りに思っている。ここにいる楽団員の皆も同様だと思う。一日も早くコロナが解消し、マーラーが演奏できるようになると良いと思う」と語ったので、思わず大きな拍手をしてしまいました

下野 ✕ 読響は、アンコールにサン=サーンス作曲、読響打楽器奏者・野本洋介編曲による「アヴェ・マリア」をしっとりと演奏し、コンサートを締めくくりました

会場を後にしながら、下野氏は「聴衆がコンサートを聴き終わって、幸せな気分で帰ってもらうにはどうしたらよいか」を常に考えている 得がたい指揮者だな、と思いました    彼こそクラシック音楽界きっての演歌テナー、もとい、エンターテナーだと思います

 

     

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川瀬賢太郎✕神奈川フィルでドヴォルザーク「管楽セレナード」「交響曲第9番”新世界より”」、バッハ「2つのヴァイオリンのための協奏曲」を聴く ~ フェスタサマーミューザ

2020年07月29日 07時17分46秒 | 日記

29日(水)。わが家に来てから今日で2128日目を迎え、政府が新型コロナウイルスの感染拡大防止策として始めた布マスク配布事業の一環として、新たに約8千万枚を介護施設などに配る予定であることが28日わかった  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

      安倍政権の辞書には「予算消化」はあっても「反省」や「世論」はないようだな

 

         

 

昨日、夕食に「ビーフカレー」と「生野菜サラダ」を作りました ビーフといっても前回使った牛バラ肉が美味しかったので、今回もバラ肉にしました カレーの向きが変だな

 

     

 

         

 

昨日、ミューザ川崎シンフォニーホールでフェスタサマーミューザ2020参加公演「神奈川フィル」のコンサートを聴きました プログラムは①ドヴォルザーク「管楽セレナード ニ短調 作品44」、②バッハ「2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV.1043」、③ドヴォルザーク「交響曲 第9番 ホ短調 ”新世界より” 」です 演奏は②のヴァイオリン独奏=石田泰尚、崎谷直人、指揮=川瀬賢太郎です

 

     

 

自席は2RB4列8番、2階右サイド最前列左通路側です。会場は定員600席のちょっと手前でしょうか

1曲目はドヴォルザーク「管楽セレナード ニ短調 作品44」です この曲はアントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)が1878年1月に作曲し、同年11月17日にプラハ国民劇場の仮劇場で作曲者自身の指揮により初演されました オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラ・ファゴット1(任意)、ホルン3、チェロ、コントラバスによる作品です

第1楽章「モデラート・クワジ・マルチャ」、第2楽章「メヌエット:テンポ・ディ・メヌエット」、第3楽章「アンダンテ・コン・モート」、第4楽章「フィナーレ:アレグロ・モルト」の4楽章から成ります

左からオーボエ2、ファゴット2、チェロ1、クラリネット2が半円形状に並び、その後方に左からホルン3、コントラファゴット、コントラバスがスタンバイします

第1楽章の憂いを含んだ行進曲風のメロディーを聴いて、その昔、NHKテレビで放映された向田邦子原作「阿修羅のごとく」のテーマ音楽と勘違いしていたことを思い出しました その音楽は、正しくはメへテルハ―ネ作曲「ジェッディン・デデン」(祖父も父も)という曲名なのですが、メロディーが似ているのです

第1オーボエを中心に素晴らしい演奏でした 管楽セレナードとはいえ、チェロとコントラバスが有効で、ドヴォルザークの音楽の才能が垣間見られました

2曲目はバッハ「2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV.1043」です この曲はヨハン・セバスティアン・バッハ(1685‐1750)が1717年から1723年の間に、ヴァイオリン協奏曲(2曲)と供に書いたと考えられています

第1楽章「ヴィヴァーチェ」、第2楽章「ラルゴ・マ・ノン・タント」、第3楽章「アレグロ」の3楽章から成ります

ヴァイオリン独奏の石田泰尚、崎谷直人の両コンマスが舞台中央にスタンバイし、その後方にチェンバロが、向かって左サイドにヴァイオリン・セクション8人が、右サイドにヴィオラ2、チェロ1、コントラバス1がスタンバイします 弦楽奏者はチェロを除いて立奏します この曲だけ日本フィルのアシスタント・コンサートマスター千葉清加がコンマスを努めます

崎谷の第2ヴァイオリンからテーマの演奏に入り、石田の第1ヴァイオリンが追いかけます 神奈川組では石田が組長ですが、演奏では崎谷と対等の関係にあります 全楽章を通じて2つのヴァイオリンの掛け合いが楽しく聴けました 奇しくもこの日、没後270年(1750年7月28日没)を迎えた大バッハに音楽の花束を捧げるかのような素晴らしい演奏でした

会場いっぱいの拍手に気を良くした二人は楽譜を持って再登場し、フォスターの「金髪のジェニー」を甘く懐かしく演奏、再び大きな拍手を浴びました

 

     

 

プログラム後半はドヴォルザーク「交響曲 第9番 ホ短調 ”新世界より” 」です この曲はドヴォルザークがニューヨークの私立ナショナル音楽院の院長として招かれ、アメリカ滞在中の1893年に作曲、同年ニューヨークのカーネギーホールで初演され、大成功を収めました

第1楽章「アダージョ~アレグロ・モルト」、第2楽章「ラルゴ」、第3楽章「スケルツォ:モルト・ヴィヴァーチェ」、第4楽章「アレグロ・コン・フォーコ」の4楽章から成ります

オケは左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという並びです コンマスは石田組長、隣席は崎谷コンマスです 楽団員同士がソーシャルディスタンスを取っているとはいえ、それほど離れているようには見えません ただ、譜面台は1人1台を使用します。マスク着用はなしです

この曲の最大の魅力は第2楽章「ラルゴ」におけるコーラングレの独奏です 日本では「遠き山に陽は落ちて~」という「家路」の題名で知られています 私が初めてこの音楽に出逢ったのは、小学校5~6年の時に入隊していたボーイスカウトのキャンプで歌った野営の歌「家路」でした その頃はドヴォルザークの作曲だという意識は全くありませんでしたが

「郷愁を誘うメロディー」というのは、まさにこの曲のことを指すのではないか、と思うほどノスタルジーに満ちた万国共通の名曲です 女性奏者により奏でられた「ラルゴ」は素晴らしい演奏でした

この曲のもう一つの魅力は、第4楽章冒頭の、機関車が力強く前進していくような音楽です 良く知られている様に、ドヴォルザークは鉄道オタクで、ニューヨークに移ってからも、音楽院とは反対の方向にあるセントラル駅まで機関車を見に行った等々、エピソードには事欠きません この4楽章のアレグロはまさに機関車の発進の音楽です 神奈川フィルの演奏には勢いを感じました

この日、川瀬賢太郎はエネルギッシュな指揮で、神奈川フィルの面々から持てる力を全て引き出しました

 

     

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クロード・ルルーシェ監督「男と女 人生最良の日々」 & ダン・フォーゲルマン監督「ライフ・イットセルフ」を観る ~ ギンレイホール

2020年07月28日 07時17分50秒 | 日記

28日(火)。わが家に来てから今日で2127日目を迎え、米政府が「スパイ行為や知的財産窃盗の拠点」とし ヒューストンにある中国総領事館の閉鎖を求めたことに対する対抗措置として、中国外務省は27日、中国四川省成都市にある米国総領事館が閉鎖されたと発表した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     覇権主義国家同士の醜い争いだ  コロナ禍拡大のなか 付き合ってられる国はない

 

         

 

昨日、夕食に「豚の角煮」「生野菜サラダ」「冷奴(山芋、オクラ、削り節のせ)」「キャベツとエノキダケの味噌汁」を作りました 角煮は下茹でを含めて2時間以上煮込むらしいのですが、そんな流暢なことやってられないので50分煮込みました。それでも美味しく出来ました

 

     

 

         

 

昨日、神楽坂のギンレイホールで「男と女 人生最良の日々」 と「ライフ・イットセルフ」の2本立てを観ました

「男と女 人生最良の日々」はクロード・ルルーシェ監督による2019年フランス映画(90分)です

元レーシング・ドライバーのジャン・ルイ(ルイ・トランティニャン)は記憶を失いかけ、過去と現在が混濁するなかでも、かつて愛した女性アンヌ(アヌーク・エーメ)のことだけを追い求めていた そんな父親の姿を見た息子は、アンヌを探し出し、二人を再会させる決意をする 長い年月を経たジャン・ルイとアンヌの新たな物語が始まる

 

     

 

 

クロード・ルルーシュ監督映画「男と女」が公開されたのは1966年のことでした 監督は53年前と同じ二人を主役として起用し、新たな作品を作り上げました 音楽はお馴染みの「ダバダバダ・・・」のスキャットで始まるフランシス・レイの作曲による「男と女」のテーマです

オリジナル作品はいつか一度は観たはずですが、まったくストーリーを覚えていませんでした この映画では、オリジナルの映像を交えながらストーリーを展開していきますが、アヌーク・エーメがかつての面影があるのに対し、ジャン=ルイ・トランティニャンはほとんど別人です かろうじて笑顔を見せた時の歯並びにその面影を見い出すくらいです 人間は1年経てば1歳だけ歳を取ることにおいて平等です それが53年も経てば風貌も変わるし皺も寄ります 53年前の二人と現在の二人を交互に観ながら、時間の残酷さを感じるとともに、演技が必要だった53年前の二人が、黙ってそこにいるだけで存在感を醸し出していることに”熟成”という言葉を思い浮かべました

 

         

 

「ライフ・イットセルフ」はダン・フォーゲルマン監督による2018年アメリカ映画(117分)です

現代のニューヨーク。学生時代からのカップルのウイル(オスカー・アイザック)とアビー(オリヴィア・ワイルド)は大恋愛の末に結ばれる 第一子誕生を間近に控え幸せの絶頂期にあったその時、彼女は信じられない交通事故に遭遇してしまう その後ウイルは事故のショックから精神を病み自殺してしまう その事故の時、たまたま訪れたニューヨークでその顛末に深く関わった幼い少年ロドリゴがいた 彼は海を越えたスペインの大地で、両親と父の雇い主であるオリーブ園のオーナーのアントニオ(アントニオ・バンデラス)とにより愛情深く育てられていたが、その事故がトラウマになって苦しんでいた 次々と訪れる苛酷な試練を 愛だけで乗り越えていく2つの家族は、数奇な運命に引き裂かれながらも、思わぬ奇跡でつながっていく

 

     

 

事故死したアビーのお腹の中の女児は、アビーが好きだったボブ・ディランにちなんでディランと名付けられ、祖父の家庭で育てられましたが、彼女が成長し21歳の誕生日を迎えた日に、偶然、通りかかったロドリゴに出逢います

人間だれしも生きていれば、ちょっとした過ちもあれば運命のいたずらもある、突然事故に遭うかもしれない でも、その時々で精一杯生きていけば きっと幸せが待っている ー そんな思いを抱かせる映画です

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大林宣彦監督「時をかける少女」&「青春デンデケデケデケ」を観る ~ ベンチャーズの「パイプライン」「ダイヤモンド・ヘッド」「急がば廻れ」「キャラバン」等がふんだんに流れる

2020年07月27日 07時22分11秒 | 日記

27日(月)。一昨日の朝日新聞朝刊第1面の鷲田清一氏のコラム「折々のことば」は吉田秀和氏の言葉を紹介していました 次のような内容です

「きれいな音であればあるほど、それが何か悲しくひびくのはどうしたわけだろう」(吉田秀和)

モーツアルトのクラリネット協奏曲は、響きが「あんまり平静」なので、「明るい長調の光の中で起こる出来事」なので、よけい痛切に響くと、音楽評論家は言う それに共振するのは、「自分がどこから来たか?」という問い。一度かぎりで消えゆく音。それは「私」という存在の寄る辺なさとその寂寥に、どこか「安らぎ」をすら伴いつつ人を侵すのか 『私の時間』から。

この文章を読んで、私が真っ先に思ったのは、小林秀雄が「モオツァルト」の中で触れているアンリ・ゲオンの「tristesse allante」(疾走する悲しみ)という言葉です 小林は次のように書いています

「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、『万葉』の歌人が、その使用法をよく知っていた『かなし』という言葉の様にかなしい」

小林秀雄がここでコメントしているのはモーツアルトの「弦楽五重奏曲 ト短調 K.516」の第1楽章「アレグロ」ですが、吉田秀和がコメントしているのは「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」です つまり、後者は調性としては「明るい」ト長調で書かれているのに、短調のようなかなしさを感じさせるので、よりいっそう寂寥感を覚えると言っているのです こういう音楽が書けた作曲家はモーツアルト以外にいたでしょうか

ということで、わが家に来てから今日で2126日目を迎え、北朝鮮メディアは開城(ケソン)市で7月19日、3年前に韓国に脱北し、その後不法に北朝鮮に戻った男の新型コロナウイルス感染の疑い事例が発生したため、24日からケソン市を完全封鎖したと報じた  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     北朝鮮は「感染者ゼロ」じゃなかったの? 脱北者の出戻りというのも何だかなぁ

 

         

 

昨日、池袋の新文芸坐で大林宣彦監督「時をかける少女」と「青春デンデケデケデケ」の2本立てを観ました

「時をかける少女」は大林宣彦監督による1983年製作映画(105分)です

高校生の芳山和子(原田知世)は、ある土曜日、学校の実験室で白い煙と共に立ちのぼったラベンダーの香りをかいだ瞬間、意識を失い倒れてしまう それ以来、昨日経験したことが今日繰り返されるという、時間を移動してしまうような不思議な現象に悩まされるようになる 知子は、この特別な超能力について幼馴染みの同級生・深町一夫(高柳良一)に相談すると、彼は、意識を集中して倒れた土曜日に戻ることを念じるようアドヴァイスし、本当の正体を明かす しかし、その後和子はすべての記憶を消されてしまい、数年後に彼に出逢っても気が付かないのだった

 

     

 

この映画は筒井康隆の同名SF小説を映画化した青春ファンタジーです この映画は、本作が映画初主演となる原田知世のフレッシュな魅力がすべてと言っても良いくらい彼女の存在感が強い作品です この時、彼女は15歳でしたが、高校生の初々しさを醸し出している一方、終盤では大学の研究生をそれらしく演じていて、演技力の幅広さに驚きます

エピローグで歌われる主題歌が、当時日本中で流行ったのを思い出します

 

         

 

「青春デンデケデケデケ」は大林宣彦監督による1992年製作映画(135分)です

香川県観音寺市で高校入学を目前に控えた1965年の春休み。僕=ちっくんこと藤原竹良(林泰文)は、ヴァイオリンで「ホフマンの舟歌」を弾いて「眠くなるなぁ」と思いながら過ごしていたが、ある日、昼寝の最中にラジオから流れてきたベンチャーズの「パイプライン」の「デンデケデケデケ~」という音に電撃的な衝撃を受け、高校に入ったらロックバンドを結成しようと心に誓う 浄泉寺の住職の息子・合田富士男(大森嘉之)=ベース、ギターの得意な白井清一(浅野忠信)=リードギター、ブラスバンド部の岡下巧(永堀剛敏)=ドラム、そして僕=サイドギター兼ボーカルの4人のメンバーが揃った 夏休みに各自がアルバイトをしてお金を稼ぎ、念願の楽器を購入し、バンド名も「ロッキング・ホースメン」と決定した その後、機械いじりが得意でアンプを作ってくれた谷口静夫(佐藤真一郎)が名誉メンバーとして加わり、河原で合宿したりして腕を磨いていく 学内での活動も認められ、女子生徒の人気の的にもなった そして、スナックの開店記念パーティーで念願のデビューを果たし、それぞれの家族を喜ばせる バンドの最後の演奏となった高校3年の文化祭も大成功の裡に終了した 仲間たちがそれぞれの家業を継いで働こうとしている中、僕だけが東京の大学へ行こうとしていながら不安定な気持ちのままでいた そんな中、バンドの仲間たちが「終身バンド・リーダー」として表彰し 励ましてくれた 数々の思い出を抱いて、僕は東京に向かうのだった

 

     

 

この映画は、1960年代中ごろの四国の田舎町を舞台に、ベンチャーズに憧れ、ロックバンドに情熱を燃やす高校生たちを描いた青春ドラマです 第105回直木賞を受賞した芦原すなおの同名小説を原作として映画化した作品です

理屈抜きで面白い映画というのがあります。その意味で、この映画は「どこが?」とか、「何が?」とか理屈を言う前に、とても面白かったです 第一に、主人公をはじめとする登場人物が個性的で魅力に溢れています とくに住職の息子・合田富士男(大森嘉之)のキャラが飛び抜けて楽しくぶっ飛んでいます 他の仲間より見た目が大人で、人生経験が豊富で、仲間のためにおせっかいを焼くのを生きがいにしているようなところがあります

タイトルどおり、この映画では当時のロック音楽がふんだんに聴かれます とくに 低音弦をスライドさせてトレモロ・ピッキングを行う「トレモロ・グリスダウン奏法」によって演奏される「パイプライン」、「ダイヤモンド・ヘッド」、「急がば廻れ」、「キャラバン」などのベンチャーズ・サウンドが全編を通して聴かれ、とても懐かしい思いをしました 当時の私にとっては、ビートルズよりもベンチャーズの方が素直に音楽が耳に入ってきました

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ジョナサン・ノット(映像) ✕ 東京交響楽団でベートーヴェン「交響曲第3番」、ストラヴィンスキー「ハ調の交響曲」を聴く ~ オーケストラ演奏史に残る画期的なコンサート

2020年07月26日 08時30分01秒 | 日記

26日(日)その2.よい子はその1から見てね。モコタロはそちらに出演しています

昨日午後7時から、サントリーホールで東京交響楽団「第682回定期演奏会」を聴きました    プログラムは①ストラヴィンスキー「ハ調の交響曲」、②ベートーヴェン「交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 ”英雄”」です この日の公演は当初①ラッヘマン「ドイツ国家を伴う舞踏組曲~弦楽四重奏とオーケストラのための」、②マーラー「交響曲第5番嬰ハ短調」の予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で指揮者ジョナサン・ノットとロータス・クァルテットが来日出来なくなり曲目変更になったものです

この日のサントリーホールは、他の会場と違い、市松模様のために座れない席を表示してありません しかし、チケットは市松模様に座るように再指定されています 会場の入りはいつもの4分の1くらいでしょうか。昼の公演に大分流れたようです コンマスのグレヴ・二キティンはじめマスクを着用した弦楽奏者21名が登場し 配置につきます 昼に聴いたN響と比べると、いつもの東響に近い配置で、楽員間の距離は1メートルくらいではないかと思われます。N響の半分です したがってマスク着用は必須でしょう。もちろん通常通り2人で1つの楽譜を見て演奏します これが東響のソーシャルディスタンスです

1曲目はストラヴィンスキー「ハ調の交響曲」です この曲はイーゴル・ストラヴィンスキー(1882-1971)が、パリ時代とアメリカ時代の双方にまたがる作品で、1938年秋にパリで作曲が開始され、1940年夏にハリウッドのヴィヴァリーヒルズで完成されました シカゴ交響楽団の委嘱により、同楽団創立50周年を記念して作曲され、1940年11月7日、シカゴで作曲者自身の指揮シカゴ交響楽団により世界初演されました

当時のストラヴィンスキーの生活は次々と不幸が襲いかかる悲惨な時期でした 1938年には娘のリュドミラが死去、1939年3月には最初の妻カテリンが57歳で死去、さらに同年8月には母親アンナが85歳で死去しています こうした悲惨を絵に描いたような状況の中で、ストラヴィンスキーは「ハ調の交響曲」を作曲したわけですが、この曲は、作曲者の個人的な悲惨な心理的状況を全く反映せず、全体的に楽観的で明るい曲想に支配されています

第1楽章「モデラート・アラ・プレーヴェ」、第2楽章「ラルゲット・コンチェルタンテ」、第3楽章「アレグレット」、第4楽章「ラルゴ、テンポ・ジュスト・ア・ラ・プレーヴェ」の4楽章から成ります

この曲は指揮者なしで演奏されます 最初、そのニュースを東響のホームページで見た時、「えっ、ストラヴィンスキーを指揮者なしで演奏するの」とビックリしましたが、本気のようです 同じストラヴィンスキーでも変拍子に次ぐ変拍子の「春の祭典」だったらそうはいかないでしょう 演奏は、コンマスの二キティンがヴァイオリンを弾きながら、弓で各セクションに合図を出していました とても指揮者なしで演奏したとは思えない集中力に満ちた緻密な演奏でした 言うまでもなく、二キティンに一段と大きな拍手が送られました

 

     

 

プログラム後半はベートーヴェン「交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 ”英雄”」です この曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が1803年から1804年にかけて作曲、1804年ウィーンのロプコヴィッツ侯爵邸で私的に初演、同年アン・デア・ウィーン劇場で公開初演されました 良く知られているように、この曲は当初、共和主義の象徴であるナポレオンに献呈する予定で作曲され、手稿譜の表紙には「ボナパルト交響曲」と記されましたが、ナポレオンの皇帝就任の知らせを聞いて取り止めたと伝えられており、出版時点では「英雄交響曲 一人の偉大な人間の思い出を祝して」という標題が付されました

第1楽章「アレグロ・コン・ブリオ」、第2楽章「葬送行進曲:アダージョ・アッサイ」、第3楽章「スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ」、第4楽章「フィナーレ:アレグロ・モルト」の4楽章から成ります

ステージの中央には、客席側に向けて1台、演奏者側の正面と左右の3方向に向けて3台の大型モニター画面が設置されています オケはモニターの左サイドの奥にコントラバス、前に左から第1ヴァイオリンとチェロが、モニターの右サイドに左からヴィオラ、第2ヴァイオリンがスタンバイします 正面にスタンバイする管楽器を含め総勢47人規模ですが、モニターを無視すれば いつもの対向配置=ノット・シフトです

モニター画面に、こちらを向いたジョナサン・ノットが映し出され、ノットのタクトで第1楽章の指揮に入ります 演奏する側から見れば、ノットの指揮する姿をモニター画面で見ながら演奏するわけですが、聴衆側から見れば、演奏者を対面で見ながら、指揮者もこちらを向いている(まるでP席で聴くよう)という一見不自然な形で向かい合うことになります 正確に言えば、聴衆はノットの後ろ姿を見るのが正しい形なのですが、ずっと画面でノットの背中を観ている訳にもいかないので、映像上はノット・グッドなのでしょう

演奏では、第2楽章「葬送行進曲」における荒絵理子のオーボエが素晴らしく、第3楽章におけるホルン3人による三重奏が冴え渡りました 全体的には、この曲でもコンマスの二キティンの貢献度が大きく、彼が実質的にオケをリードしました 聴衆側から見るとモニター画面に映し出されるノットの指揮にオケがピタリと合わせているように見えましたが、実際にはそんな単純で生易しいものではなかったようです

東京交響楽団のプログラム冊子7&8月号に「事務局長が語る 音楽監督ジョナサン・ノットとの4か月」というリポートが載っています それまで有効だったビザが一旦すべて無効になった3月16日以降、ノット氏が今回の映像出演に至るまでの経緯が書かれています。3月、ノット氏から「我々の音楽を、観客の有無に関わらず、配信であったとしても聴衆の方々に届けられる可能性が少しでもあれば、来日のために最大限の努力を惜しまない」というメールが東響事務局に届きます ここから、事務局員による大使館とのやり取りやノット氏との連絡が続けられますが、3月末に至りイギリスが入国拒否国に分類されるに至って、ノット氏も来日を断念したといいます その後、日本にも緊急事態宣言が出され、全ての公演が中止や延期に追い込まれ、事務局も休業状態になったとのことです その後、緊急事態宣言も解除されたが、今回もビザが発給されず 来日不可能となったため、7月の公演についてノット氏と相談すると、「リモート指揮による演奏」の提案があった   複数の専門業者にリサーチしたが、指揮する姿をモニターにライブで映し出し、それを見ながらオーケストラが演奏するには時差が生じてしまう    それはコンマ数秒ではなく、3~5秒くらいで、これでは指揮者は実際の音を聴きながら演奏することはできないと判断した   その旨をノット氏に伝えたところ、「ベートーヴェンが第九を自ら指揮した時、彼は既に耳が聞こえなかった。ブラボーの声にも気づくことなく、歌手に言われて初めて聴衆に振り返った。私はやれると思う」という とんでもない返事が返ってきた  「演奏を聴かずに指揮するのか」と驚き、慌て、少し呆れたが、苦渋の決断をし、二人のコンサートマスターに相談した    水谷氏は「指揮の映像はリハーサルでは殆ど見ないようにしたい。今回は我々だけでどこまで音楽を作れるか、良いチャンスだ 映像に合わせるリハーサルはやらない 彼のスコア(総譜)をもとに、我々で音楽作りをして、本番だけ映像を見るくらいのイメージで十分だ ノット監督は細かいところまで徹底的にリハーサルしておいて、いつも本番は全く違うことを指揮して壊しにくるではないか 空中分解するかもしれないが、ギリギリを楽しみたい。Take a  risk 」との返事だった。もう一人のコンマス、二キティン氏は「これは監督がいなくても監督のコンサートだ 監督の書き込み付きのスコアを借りてほしい。すべてのリハーサルにはアドヴァイスを貰ってほしい。あとオーケストラ全員にスコアを渡しておいてほしい」との答えだった 二人とも映像を早く入手したいとは言わなかった。「賛否両論は必ずある。叩かれるかもしれない。もちろん本流ではない。でも何かが生まれるのではないかと思えてきた」と書いています。そして、最後に、5月にノット氏とあれこれとブレインストーミングをやっている時に、ノット氏から聞いたある言葉を紹介しています。それは第2次世界大戦の復興の際にチャーチルが残した次の言葉です

Never let a good crisis go to waste(良き危機を無駄にするな)

引用が長くなりましたが、この日のコンサートは、楽団員たちが単にモニター画面を見ながら演奏したわけではなく、本番に向けて指揮者ノットの書き込みスコアに基づき徹底的なリハーサルを重ねた結晶だったということです そこには少しでも本物に近い形で聴衆に音楽を届けようとする指揮者としての、そしてオーケストラとしての矜持があったのです

終演後は、演奏した楽団員とともにモニター画面上のノットにも大きな拍手が送られました オペラシティシリーズを含めた今回の東京交響楽団の「映像ノット」出演公演は、日本のオーケストラ演奏史に残る画期的な試みだったと思います

前代未聞の今回の試みを通して、音楽監督ジョナサン・ノットと東京交響楽団の面々は、今まで以上に絆を深めたのではないかと確信します

 

     

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フェスタサマーミューザで広上淳一 ✕ NHK交響楽団による グリーグ:組曲「ホルベアの時代より」、ベートーヴェン「交響曲第8番」を聴く ~ 5か月ぶりの公開生演奏を堪能

2020年07月26日 01時25分05秒 | 日記

26日(日)その1.わが家に来てから今日で2125日目を迎え、トランプ米大統領は24日、処方薬の価格引き下げを促す大統領に署名したが、11月の大統領選をにらみ、有権者の関心が高い医療問題に対処する姿勢をアピールした形だ  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     トランプ・ファーストのエゴイズムを治す処方薬を開発したらノーベル賞ものだ

     

         

 

昨日、午後4時からミューザ川崎シンフォニーホールで「フェスタサマーミューザ」のNHK交響楽団のコンサートを、午後7時からサントリーホールで東京交響楽団「第682回定期演奏会」を聴きました ここではN響コンサートの模様を書きます

午後4時の開演に先立ち、3時20分からN響弦楽奏者4人によるプレ・コンサートがありました 演奏するのはロッシーニ(1792‐1868)が1804年に作曲した「弦楽四重奏のためのソナタ 第1番 ト長調」です この曲は楽器の指定がなく、今回はヴァイオリン2(森田、白井)、チェロ1(宮坂)、コントラバス1(西山)という編成(ヴィオラがない!)により演奏されました とても12歳の作曲とは思えないほど、軽くて明るくて楽しい曲です 4人は3つの楽章を軽快に演奏し、拍手喝さいを浴びました

 

     

     

さて本番です。会場の席は市松模様の座席配置で、コンピュータ-が選んだ自席は2RB4列3番です 限定600席は満席とのことです ステージと客席には公開ライブ配信のための映像収録カメラが8か所に配置されています プログラムは①グリーグ:組曲「ホルベアの時代より」、②ベートーヴェン「交響曲 第8番 ヘ長調 作品93」で、休憩なしの1時間コンサートです 指揮は広上淳一です

拍手の中、コンマスの篠崎史紀氏をはじめとするN響の弦楽器のメンバー28名がステージに登場します このうちマスクを着用しているのはチェロの4人全員と他のセクションの4人の計8人です 藤森首席率いるチェロ軍団は結束が固いようです しかし、個々の楽員間の距離は2メートルはあろうかと思われるのでマスクは必要ないと思われます 当然、譜面台は1人1台を使用します。これがN響が取った舞台上のソーシャルディスタンスです

1曲目はグリーグ:組曲「ホルベアの時代より」です この曲はエドゥアルド・グリーグ(1843-1907)が1884年から翌85年にかけて、同じノルウェー生まれの文学者L.ホルベアの生誕200年を記念して作曲した作品です 第1曲「前奏曲」、第2曲「サラバンド」、第3曲「ガヴォットとミュゼット」、第4曲「アリア」、第5曲「リゴドン」の5曲から成ります

広上氏が指揮台に上がり、第1曲から演奏を開始します。個人的には静謐な感じの「アリア」と、篠崎マロのヴァイオリンと佐々木ヴィオラ首席の対話が素晴らしかった「リゴドン」が特に印象に残りました

 

     

 

休憩なしで入る2曲目はベートーヴェン「交響曲 第8番 ヘ長調 作品93」です この曲はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が1811年から翌12年にかけて作曲、1813年にウィーンのルドルフ大公邸で私的に初演され、1814年にウィーンで公開初演されました 第1楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ」、第2楽章「アレグレット・スケルツァンド」、第3楽章「テンポ・ディ・メヌエット」、第4楽章「アレグロ・ヴィヴァーチェ」の4楽章から成ります

管楽奏者とティンパニが加わり総勢42人となりますが、これはN響楽団員総数114名の3分の1にしかなりません 逆に言えば、この日の演奏者は首席クラスを中心にN響のトップレヴェルの集まりと言えます マロの隣にはもう一人の首席・伊藤亮太郎がいます。ヴィオラには首席・佐々木亮がいます。チェロには首席・藤森亮一がいます。ホルンには首席・福川伸陽がいます。フルートには首席・神田寛明がいます。梶川真歩もスタンバイしています

広上氏が再度登場し、さっそく演奏に入ります 一人一人の間が離れているうえ 演奏者が少ないこともあってか、それぞれのセクションの演奏がクリアに聴こえてきます   隣との距離があることから、各自が他の演奏者の音に耳を傾けながら演奏しなければならない状況に置かれていると言えるかもしれません   個々人が2メートル離れていようが、アンサンブルをまとめる時はまとめるんだ、という気概が篠崎コンマスを通して伝わってきました

会場いっぱいの拍手に、「音楽っていいものだと思います」と言って広上氏は、モーツアルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲をアンコールに演奏、再度満場の拍手を浴びました

今回の公演はN響にとって、コロナ禍のための公演中止を経て、5か月ぶりの公開演奏会だったとのことです この日ステージに上がった演奏者の皆さんはもちろんのこと、久しぶりにN響の演奏を間近で聴いた聴衆の一人として、忘れられないコンサートになるでしょう

 

     

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大林宣彦監督「HOUSE/ハウス」 & 「ねらわれた学園」を観る ~ 気になるシューベルト「未完成交響曲」冒頭近くのシンコペーションに酷似した音楽

2020年07月25日 07時21分25秒 | 日記

25日(土)。今夏は帰京できそうもない息子に、先日送ってくれた山形の「金華豚みそ漬け」のお礼も兼ねてデパートから「しぐれ煮セット」を送りました 牛肉や筍など4種類のしぐれ煮がセットになっています 毎日の食事作りは大変だろうから、たまには出来合いのもので楽をしても良いのではないかと思って選びました

ところで、23日(木)が「海の日」、24日(金)が「スポーツの日」の祝日ということで、朝日も日経も夕刊がありませんでした モコタロのつぶやきは夕刊のニュースが元ネタになることが多いので、モコタロにとって夕刊の休刊は困るのです 地方紙では いわゆる夕刊廃止など「夕刊離れ」(朝夕刊セット割れ)が進んでいますが、全国紙で夕刊廃止は絶対にやめてほしいと思います いざとなったらネット・ニュースに頼らざるを得ないのですが、いまいち信用度が低いので採用するかどうか迷うことが多いようです。モコタロが

ということで、わが家に来てから今日で2124日目を迎え、トランプ米政権がオレゴン州ポートランドのデモ隊鎮圧のために連邦政府の治安維持部隊を派遣している問題で、トランプ大統領は22日、ホワイトハウスでの会合で、シカゴにも連邦治安部隊を派遣する方針を表明したが、11月の大統領選に向け「法と秩序」を重視する姿勢をアピールする狙いがある  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     「法と秩序」を守るべきなのは「トランプ・ファースト」の自分自身ではないか

 

         

 

昨日、夕食に千葉県勝浦市在住の大学時代の友人S君が送ってくれた「サバを塩焼き」にして、「金華豚の味噌漬け焼き」「焼き茄子(醤油バター味)」「生野菜とワカメのサラダ」を作りました 全長30センチのサバは脂がのってとても美味しかったです

 

     

 

         

 

池袋の新文芸坐では現在、今年4月10日に死去した大林宣彦監督の特集を上映中です 昨日「HOUSE/ハウス」と「ねらわれた学園」の2本立てを観ました

「HOUSE/ハウス」は大林宣彦監督による1977年の作品(88分)です

中学生のオシャレ(池上季実子)が学校から帰ると、イタリアから帰国していた父から再婚の相手だとして涼子(鰐淵晴子)を紹介される これはオシャレにとってはショックだった。オシャレは伯母(南田洋子)に手紙を出し、夏休みに仲間と伯母の羽臼邸に遊びに行くことにする 伯母はオシャレたち7人を歓迎してくれたが、実は彼女は戦争で死んだ恋人のことを思いつつ、数年前に死亡しており、今はその生霊となっていて、邸宅そのものが伯母の身体だった 奇怪な出来事が7人の少女たちを次々と襲い、一人一人消えていった。伯母は若い娘を食べた時だけ若返り、自分が着るはずだった花嫁衣裳が着られるのだった。彼女は最後にはオシャレに成りすまし、後から来た涼子までも襲ってしまう

 

     

 

これは1970年代の映画としては、かなりぶっ飛んだ作品だったのではないか、と思います 実写とアニメを巧みに融合しながら、オカルト映画なのに楽しい映画に仕立て上げています。ほとんど途切れることなく鳴り続ける様々な音楽もなぜか楽しい 井戸から生首が出てきたり、ピアノに腕や手指を挟まれて切り取られたりするシーンはシュールで、その頃テレビに登場した英国BBC製作の「モンティパイソン」を思い浮かべました しかし、この映画の裏のテーマは「戦争の暗い影」ではないかと思います

 

         

 

「ねらわれた学園」は大林宣彦監督による1981年の作品(90分)です

高校2年生の三田村由香(薬師丸ひろ子)は、交通事故に遭いそうな子どもを結果的に救ったことから 自分が超能力を持っていることに気づく そんな中、由香のクラスに高見沢みちるという少女が転入してくる。みちるは怪しい力を使って生徒会長の座につき、自分の思うままに学園を支配していく やがて由香は、すべての元凶が謎の男・魔王子率いる「栄光塾」にあることを突き止める   かくして超能力対超能力の闘いが始まる

 

     

 

この映画は、SF作家・眉村卓の同名ベストセラー小説を薬師丸ひろ子主演で実写映画化したファンタジーです 大林監督はこの作品でもアニメを有効に使ってファンタジックな画面を創り上げていますが、気になったのは 時々流れる同じメロディーの音楽です シューベルトの交響曲第7番「未完成」の冒頭近くのシンコペーションにソックリなメロディーです これについては、由香の父親が「未完の完成」という言葉を使うシーンがあるので、何らかの意味があるように思いますが、残念ながら具体的には分かりません どうも私は、映画を観ると音楽が気になって仕方がありません

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文京シビックホール「響きの森クラシック・シリーズVol.73」のチケットを再度取る / 伊坂幸太郎著「ホワイトラビット」を読む

2020年07月24日 07時18分46秒 | 日記

24日(金・祝)。わが家に来てから今日で2123日目を迎え、新型コロナウイルスの感染者数が、全世界で1,500万人の大台を超えたが、最も多いアメリカは397万人を超え、死者数も14万人以上と世界で突出している  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     米国の世界一は誰が何と言おうと トランプの貢献度が一番高い! 最悪の大統領だ

 

         

 

昨日、夕食に「チキンステーキ」と「キャベツの中華スープ」を作りました 鶏もも肉はCOOKPADのレシピでは「中火」で焼くとなっていますが、いつも焦げ付いて皮が剥がれてしまうので、今回は弱火で焼いてみました 予想通り上手に焼けました

 

     

 

         

 

文京シビックホールの「響きの森クラシック・シリーズ」のVol.73(9月5日)、Vol.74(11月28日)、Vol.75(3月27日)各公演は一旦払い戻しされ、希望者はあらためて同日のチケットを取ることになっていますが、昨日はVol.73公演のセット券購入者先行発売日でした プログラムは①ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」、②同「交響曲第6番」で、①のピアノ独奏は小林亜矢乃、指揮は小林研一郎です セット券価格(S券:5,000円 ⇒ 4,100円)で格安に購入できるので、さっそく電話でシビックチケットに申し込みをしました 午前10時から受付開始でしたが、出遅れて午前中は繋がりませんでした 午後2時に 読み終わった本20冊を渡すため知人と綾瀬で会う約束をしていたため出かけたので、4時過ぎに帰宅してから再度電話をして5分後に繋がりました 通路側ではないものの、1階席のほぼセンターの席を確保できました

 

     

 

         

 

兎田孝則は誘拐を生業とする「ベンチャー企業のようなもの」の一員だが、彼らのグループにトラブルが発生する 「オリオン座ヲタク」のコンサルタント折尾豊(通称オリオオリオ)によって組織の金がだまし取られてしまったのだ 取引先に送金する期限が迫っており、何としてもその金を奪還しなければならない その仕事を命じられたのは兎田孝則だった。愛する妻の綿子を人質に取られ、オリオオリオを探すように強制されてしまう 仙台の新興住宅地の一軒で、人質立てこもり事件が起こる。出動した特殊捜査班が犯人と交渉するが、オリオオリオを連れてくることと、立てこもりの現場をテレビ中継することが要求される    犯人は誰で、なぜオリオオリオを連れてこいと要求するのか?  果たして兎田は綿子を奪還できるのか

 

     

 

この小説はとても面白いのですが、ストーリーの時系列が複雑で、一気に集中して読まないと途中でこんがらがってきます 時々、筆者が解説を加えて読者をリードしますが、油断はできません

伊坂作品を読む楽しみの一つは、彼独特のユーモアを交えた表現描写です ほんの一例を挙げれば、立てこもり事件を中継している現地のリポーターと放送局のキャスターとのやり取りは次のようなものです

「機動隊が固まって、大勢で移動してましたが、犯人が銃を持っているからですかね?」

「拳銃を所持している可能性はあります

「家の中から撃ってくるということでしょうか

俺だってほとんど情報がないんだよ、とリポーターは叫びたいところだった 何と言っても恋人から別れ話を切り出された理由さえ分からなかったのだ ただ、それを口にしないくらいの常識は持ち合わせていたから、「銃で狙っている可能性も否定はできないということかと思われます」と ほとんど何も言っていないに等しいコメントは返した

「警察のほうはたとえば、近くの建物から、犯人を狙撃する準備をしているんでしょうか?」

あのさ、考えてみてよ、このテレビを犯人も観ているかもしれないんだから、ここでそんなことを応えられるわけないでしょうが リポーターはその言葉が喉まで出ていた。明らかに顔が引き攣っている。もう一つ、似たような質問がスタジオから投げられたなら彼も、「もうやだ!」的な叫びを上げたのかもしれない

伊坂作品にはこうした文章があちこちに出てくるので、とても楽しいです

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芸劇ブランチコンサート第24回「ヴァイオリン・ソロ名曲集」を聴く ~ 徳永二男、堀正文、松田理奈、大江馨、周防亮介による競演:ラヴェル、サン=サーンス、エルガー、クライスラー等の名曲

2020年07月23日 07時16分24秒 | 日記

23日(木・祝)。私は健康のため1日8000歩を目標に歩いていますが、最近は梅雨のせいで思うように歩けていません ここ1週間を振り返ってみると、16日=9189歩、17日=8638歩、18日=5456歩、19日=5216歩、20日=7452歩、21日=3538歩、22日=10397歩となっており、1週間合計で49,886歩、1日平均では7126歩で、8000歩に達していません しかし、常に8000歩の目標を意識しているのといないのとではまったく気の持ちようが違うので、これからも8000歩を目指して歩こうと思います

ということで、わが家に来てから今日で2122日目を迎え、東京都民を対象から除外したり、当初予定していなかったキャンセル料を補償することにしたりと、様々な問題を経て22日から観光業への支援策「Go  To  トラベル」が開始されたが、まだ旅行業者などの予約システムが整っていない中での見切り発車だった  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     全国的なコロナの感染拡大を後押しするような施策をなぜ急ぐ? 政治献金の力か

 

         

 

昨日、夕食に「野菜と挽肉のドライカレー目玉焼きのせ」作りました 辛いカレーには甘い目玉焼きが合います

 

     

 

         

 

昨日、池袋の東京芸術劇場コンサートホールで「芸劇ブランチコンサート 第24回『ヴァイオリン・ソロ名曲集』」聴きました このコンサートは当初4月22日に予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて延期となったものです プログラムは①ヴィターリ「シャコンヌ」、②ドヴォルザーク「ユーモレスク」、③同「母が教え給いし歌」、④ラヴェル「ツィガーヌ」、⑤サン=サーンス「ワルツ形式の練習曲」による奇想曲(イザイ編)、⑥エルガー「愛のあいさつ」、⑦クライスラー「愛の三部作」~「美しきロスマリン」「愛の悲しみ」「愛の喜び」です 演奏は、ヴァイオリン=徳永二男①、大江馨②③、松田理奈④、周防亮介⑤、堀正文⑥⑦、ピアノ=清水和音です

 

     

 

入口ではサーモグラフィーで入場者の体温を感知しています 受付で4月22日付チケットを提出し、代わりに新しい座席指定券(2階G列11番)を受け取りました 手指のアルコール消毒をして、プログラムを自分で取ってエスカレーターで上階のホールに向かいました 会場はいつもの4分の1くらいのくらい入りでしょうか

この日のコンサートは1時間で5人のヴァイオリニストが入れ替わり立ち代わり演奏するため、いつもの曲間のトークはなく、かえってすっきりしていました N響元コンマスの徳永、堀の両氏は余裕の演奏です 2019年レオポルト・モーツアルト国際ヴァイオリンコンクール第3位の大江馨の演奏からはヴァイオリンの優しい響きを聴きました 2004年日本音楽コンクール第1位の松田理奈のラヴェルは特に前半の無伴奏が集中力に満ちて聴きごたえがありました この日演奏した5人の中では、2016年ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクール入賞の周防亮介の弾いたサン=サーンス「ワルツ形式の練習曲」による奇想曲(イザイ編)が最も強く印象に残りました 私は初めてこの曲を聴きましたが、超絶技巧曲を難なくあっけらかんと弾く彼の演奏姿を見ていて、なぜかパガニーニを思い浮かべました

 

     

 

ところで、最後の演奏者・堀正文氏がステージに登場し1曲目を弾き始めた時、プログラムの順番ではエルガーの「愛のあいさつ」のはずなのに、次のクライスラー「美しきロスマリン」が演奏されたので、おやっと思いました どこにも「演奏曲順変更のお知らせ」らしき掲示は見なかったし、お知らせのチラシも配布されませんでした このコンサートのナビゲーターはピアニストの清水和音氏なので、周防君の演奏が終わったあとに、ひと言、次の演奏者の曲順が変更となる旨アナウンスすべきだったと思います 「誰もが知っている曲ばかりだから、目くじら立てることはないじゃないか」という意見もあるかも知れませんが、それは間違いです もしクラシック音楽ビギナーの人が順番通り演奏したものと勘違いしたままでいたら、次に同じ曲を聴いた時に混乱します。それによってクラシック人口が減ることに繋がります 曲順を甘く見てはいけないと思います

それともう一点。この日の出演者は全員がマスクを着用していませんでした これはオーケストラの演奏ではないので 問題ないと思いますが、清水氏は演奏を終了したヴァイオリニストに握手を求め、次の演奏者の伴奏をして、また握手を求め・・・と繰り返していました ソリストへの敬意から出た行動だとは思いますが、聴衆に頻繁な手洗いを求めている中、出演者側に感染の心配はないのかと疑問に思いました

 

     

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