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クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

マーラー「交響曲第5番」を聴く~秋山和慶+音楽大学フェスティバル・オーケストラ

2013年03月31日 07時00分01秒 | 日記

31日(日)。はやいもので、今日で3月も終わり、今年度も終わりです

昨日、池袋の東京芸術劇場で第2回音楽大学フェスティバル・オーケストラのコンサートを聴きました これは、国立音楽大学、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学、東京芸術大学、東邦音楽大学、桐朋学園大学、武蔵野音楽大学のピックアップメンバーからなるオーケストラで、秋山和慶が指揮をします

プログラムは①R.シュトラウス「祝典前奏曲」、②レスピーギ「交響詩:ローマの松」、③マーラー「交響曲第5番嬰ハ短調」です

 

          

 

自席は1階O列24番、センターブロック右サイド通路側です。会場は出演する学生の家族・知人と思われる人が多く見受けられ、ほとんど満席状態です 私のように「秋山和慶」と「マーラーの第5交響曲」をキーワードにチケットを買った聴衆は少数派ではないかと想像します 舞台いっぱいに並べられた椅子に学生が順序良く座っていきます。100人は軽く超える奏者が所狭しと配置に着きます。2階を見上げると、このホールのリニューアルとともにオーバーホールが終わったパイプオルガンの「モダン面」が堂々たる偉容を誇っています 本日31日の”お披露目”の前日に音が聴ける訳で、すごくラッキーです オルガン奏者を真ん中にして、その左右にもトランペット奏者12人がスタンバイします

コンサートマスターの登場です。プログラムには3人の名前が書かれており、3曲を交代で務めるらしいことがわかります 順番で行けば最初の曲のコンマスは東京音大の龍野満里絵さんです

1曲目のR.シュトラウス「祝典前奏曲」は1913年にウィーン・コンツェルトハウスのこけら落としを祝うために作曲したものです たったの11分程度の曲ですが、楽器編成は最大限と言ってもよいほどあらゆる楽器が総動員されます

指揮者・秋山和慶が颯爽と登場し、タクトが振り下ろされます。冒頭、パイプオルガンの輝かしい音が会場に響き渡ります 管楽器も弦楽器も打楽器も、すべてを総動員してロマン派音楽の極致を行く”誇大妄想的”な前奏曲を演奏します 聴いていて「ああ、なるほど、シュトラウスだなあ」と感心します。迫力満点の曲でした

コンマスが桐朋学園大学の藤田尚子さんに代わり、管楽器の配置の入れ替えがあり、2階のトランペット奏者も6人に減り、再び秋山和慶の登場です

レスピーギの交響詩「ローマの松」は、1924年に古都ローマの各地に残る4つの松を題材として作曲されました。音響だけによる情景描写の曲です 最初の「ボルゲーゼ荘の松」から色彩感豊かな管弦楽が展開します。すべての楽器がキラキラ輝いているようです 8大学のピックアップ・メンバーらしく実力者揃いのようです 第3曲の「ジャ二コロの松」では鶯の声が笛で再現されますが、イタリアの青空のもと、松の枝で鶯が気持ちよさそうにさえずっている様子が目に浮かんできます 第4曲の「アッピア街道の松」のフィナーレは圧巻でした。大管弦楽の音の渦に巻き込まれ、どこかに連れていかれそうな気分です

休憩後、再びオケがスタンバイし、3曲目のコンマス、東京藝大・下田詩織さんが登場します。その直後のことです。2階左サイドのバルコニー席のご老体がフラッシュを炊いて舞台を撮影したのです 最初は主催者側のカメラマンかと思ったのですが、普通に自分の席に着いたので一般人であることが分かりました。多分、舞台上に孫息子か孫娘がいるのでしょう

この人(A氏)が家に帰った時の会話を想像してみました。

A氏:きょうの演奏会でオーケストラの写真を撮っておいたよ。ほら、良く撮れてるだろう

まご:あの光、おじいちゃんだったの 恥ずかしいから止めてよね 放送で”許可のない録音、写真撮影はご遠慮ください”って言ってたでしょ。今度あんなことしたら、もうコンサートに呼ばないからね

A氏:オー・マイ・ガー

こういうおじいさんは”大胆不敵”とは呼ばれても”大胆素敵”とは呼ばれません

さて、3曲目のマーラー「交響曲第5番嬰ハ短調」が始まります。冒頭、トランペットにより”葬送行進曲”のファンファーレが響き渡ります 吹いているのは女子学生です。私は何度もこの曲を生で聴いていますが女性が冒頭のトランペットを吹いた演奏はこれが初めてです。それが、何とも素晴らしい演奏なのです 相当なプレッシャーだと思うのですが、肝が据わっているというのか、堂々たる演奏を展開します。第1楽章はこのトランペット奏者が大活躍します

文字通り「嵐のように、大いなる激しさで」の第2楽章を経て、第3楽章はまるでホルン協奏曲です この楽章に入る前に、女性ホルン奏者が舞台の前に出てきて指揮者の前の席に座ります。最近こういう演出が目立ってきました。このホルンが豊かな音量で演奏も素晴らしいのです

そして第4楽章「アダージェット」に入ります。この楽章はハープと弦楽器のみで演奏されます 美しい演奏を聴きながら考えたのですが、マーラーは前の3つの楽章でフル活動した管楽器を休ませるためにこの楽章を弦楽器だけで演奏するように作曲したのではないか、ということです。まあ、考えすぎでしょうが

そして、間を置かずに第5楽章「ロンド・フィナーレ」に入ります。管楽器、弦楽器、打楽器、それぞれがフル回転でフィナーレに向かって疾走します 途中、女性のティンパ二奏者が勢い余って右手からバチが離れてしまい、宙を舞いました が、幸い近くに落ちて事なきを得ました。誰にも”バチが当たらなくて”良かった とにかく圧倒的なフィナーレでした

終演後、秋山は第3楽章で見事な演奏をした女性ホルン奏者を前に出るように促し、握手をして聴衆の拍手を求めました その後、管楽器、打楽器、弦楽器を順番に立たせて賞賛していました

あらためて8大学の精鋭たちの実力の高さと、それを取りまとめて見事な演奏を展開した指揮の秋山和慶の素晴らしさを再認識しました 

ところで、若い俊英たちを見ながら「この人たちの何人かは大学院に進み、何人かは海外留学をするのかも知れないけれど、いったい何人の人が”就職”できるだろうか」と心配になりました。毎年何百人もの音大生が卒業していく訳ですが、有力な”就職先”であるプロのオーケストラはどこも財政事情が厳しく、欠員補充しかしないと聞いています。それこそ世界的なコンクールに入賞して”ハクをつける”ことでもしないと”普通の就職”さえ難しいのかもしれません 「好きなことをやれていいな」とは思うものの、近い将来を考えると、他人事ながら彼ら彼女らの行く末がすごく心配です

 

 

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J.S.バッハ「ヨハネ受難曲」を聴く~「バッハ・コレギウム・ジャパン」新たなステージへ

2013年03月30日 07時00分06秒 | 日記

30日(土)。昨日の朝日夕刊の死亡欄を見てびっくりしました

「ウォルフガング・シュルツさん(オーストリアのフルート奏者)28日、ウィーンで死去、67歳。ウィーン・フィルの首席奏者として長く活躍。群馬の草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルの講師を務めるなど、演奏と指導の両面で、日本にもたびたび訪れた」

3月5日に日経ホールで開催されたシュルツ氏のフルート・リサイタルは、シュルツ氏”病気のため”子息のマティアス・シュルツ氏(ウィーン国立歌劇場管弦楽団のフルート奏者)が代演を務めました 私は疑い深いので、本当は子息を日本デビューさせるため”病気を装ったのではないか”とブログに書きましたが、本当ことだったのです あらためて故人のご冥福をお祈りします。

 

  閑話休題  

 

昨夕、初台の東京オペラシティコンサートホールでバッハ・コレギウム・ジャパン(B.C.J)の第101回定期演奏会を聴きました プログラムはJ.S.バッハの「ヨハネ受難曲BWV245」です B.C.Jは前回の第100回コンサートでバッハのカンタータ全曲演奏を終わり、新たなステップに移ろうとするステージにあります

ソリストはジョアン・ラン(ソプラノ)、青木洋也(アルト)、ゲルト・テュルク(テノール/福音史家)、ドミニク・ヴェルナー(バス/イエス)です ヨハネ受難曲を演奏するときの楽器の配置は向かって左サイドにヴァイオリン+ヴィオラ・セクション、中央にチェロ、その後ろにコントラバス、オルガン、チェンバロ、そして右サイドにフラウト・トラヴェルソ、オーボエ、ファゴット、リュートがスタンバイします

これが同じ受難曲でもマタイの場合は、同じ楽器で構成する二組の小オーケストラが左右に分かれて向い合せに配置されます つまり、ヴァイオリンもヴィオラもオーボエもファゴットも、すべての楽器が左右に分かれて演奏します

 

          

 

ヨハネ受難曲は第1部と第2部から成りますが、第1部が40分くらい、第2部が80分くらい、全体で2時間ほどの長い曲です

ソリストはB.C.Jでお馴染みの実力者ばかりですが、今回今まで以上に頭角を現したのは青木洋也(アルト)でしょう いわゆる男性が女性の声で歌うのですが、これが素晴らしい歌唱力でした エヴァンゲリスト(福音史家)を歌ったゲルト・テュルクは最初から最後までほとんど出ずっぱりで歌わなければなりませんが、何の苦も無く素晴らしい歌声を聴かせてくれました

 

          

 

楽器の演奏者では、今回チェロの鈴木秀美の隣に新日本フィルの武澤秀平がスタンバイして通奏低音を請け負いましたが、演奏は素晴らしかったです そして、いつも感心するのはオーボエの三宮正満です。今回はオーボエ・ダ・ガッチャというブーメランのように曲がった珍しい楽器も吹きましたが、その演奏の見事さにはいつも舌を巻きます

そして、フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)の菅きよみと前田りり子の二人の美しい音色です 今回、野入志津子という人がリュート(マンドリンを大きくしたような楽器)を弾きましたが、音が小さいので残念ながらオケの中にうずもれてしまいました

マタイ受難曲もいいのですが、個人的にはヨハネ受難曲の方が好きです 何と言っても第1部冒頭のコーラスが素晴らしいですし、第2部最後のコラールの直前の合唱「やすらかに憩い給え、聖なる遺骸よ・・・・」がとても印象的です

バッハ・コレギウム・ジャパンの定期コンサートに通い始めて今年で13年目になりますが、これからも世界に通用する数少ない音楽家集団B.C.Jの定期会員であり続けようと思っています

 

          

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仲道郁代+クラシカル・プレーヤーズ東京のコンサートに行くぞ!

2013年03月29日 07時00分11秒 | 日記

29日(金)。昨日の日経朝刊「真相深層」に「マクドナルド、不振の理由は 驚きを提供できず」という見出しの同社・会長兼社長の原田泳幸氏のインタビュー記事が載っていました

日本ではコンビニや牛丼店との競争が激しく、想定以上の減収になっているということです ン十年前、私が大学を卒業するに当たり、最初に内定をもらったのが何を隠そう日本マクドナルドでした。当時は同社が日本に上陸してまだ何年も経っていない時で、”店長候補”での内定でした 幸か不幸か、その後、新聞関係の団体に受かり35年勤めて、今の会社に転職したわけですが、当初の予定通りマクドナルドに就職していたら今ごろどうなっていただろうか、と時々考えたりします。厳しいノルマに追われて、お先マックら、”お代官様勘弁してくだせえ”と言ってカローシしていたかも知れません。おーこわ

 

  閑話休題  

 

チケットを2枚買いました。1枚は東京・春・音楽祭の一環として4月2日(火)午後7時から上野学園石橋メモリアルホールで開かれる「若尾圭介の世界~モーツアルトとジョン・ウィリアムズ」公演です 若尾圭介はボストン交響楽団の首席オーボエ奏者です。ジョン・ウィリアムズは映画音楽「スター・ウォーズ」でお馴染みですね プログラムは①モーツアルト「恋とはどんなものかしら」、②同「恋を知る男たちは」、③同「セレナード第12番K.388]、④ジョン・ウィリアムズ「シンドラーのリストのテーマ」、⑤同「オーボエ協奏曲」です。これはモーツアルトのK.488が聴きたくて買いました

ところで、上野学園の石橋メモリアルホールは一度も行ったことがないので、調べておかなくっちゃ

 

          

 

もう1枚は6月28日(金)午後7時から池袋の東京芸術劇場で開かれるクラシカル・プレーヤーズ東京の演奏会です プログラムは①モーツアルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲K.492、②同「ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467」(フォルテ・ピアノ=仲道郁代)、③ベートーヴェン「交響曲第8番ヘ長調」です

昨年10月19日に同じコンビでモーツアルトの「ピアノ協奏曲第20番K.466」を聴いてすっかり気に入ってしまい、次回を楽しみにしていた演奏会です。S席4,000円というのも魅力ですね

 

          

 

それにしても、6月はすでに19回のコンサートが入っているのに、またチケットを買ってしまうのですから、自分で言うのも何ですがほとんど病気ですね

 

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大鹿靖明著「メルトダウン~ドキュメント 福島第一原発事故」を読む

2013年03月28日 07時00分04秒 | 日記

28日(木)。昨夕は予定していた飲み会が急きょキャンセルになり、早く家に帰りました あらためて思うのですが、寝るまでの時間っていっぱいあるのですね。コンサートに行ったり、同僚とアホなことを言い合いながら飲んだりしていると、あっという間に時は過ぎてしまいますが、家に帰って子供たちとゆっくり夕食を取って、夕刊を読んで、読書をして(テレビは観ない)、ブログのネタを考えて、といろいろ行動していても、なかなか時間は過ぎません 時間は誰に対しても平等に与えられているわけですが、その使い方は人それぞれです 最近特に考えるのは「今でなければ出来ないことは、今やろう」ということです。あと何年自分の足で歩いてコンサート会場まで行けるのか分かりません。元気なうちに聴きたいコンサートに出来るだけ多く行きたいと思っています それは映画も、読書も同じです。目が見えるうちに出来るだけ多くの映画を観て、できるだけ多くの本を読みたいと思います。今年の目標はこのブログの自己紹介欄に書いているとおり、クラシックコンサート160回、映画65本、読書75冊で、合計300です。この目標は年末まで変えるつもりはありません

 

  閑話休題  

 

一昨日の朝日朝刊に「ネズミが原因と断定 福島第一の停電の東電」という小さな記事が載りました先日、東電福島第一原発で停電が発生して冷却装置が止まった問題で、東電はネズミが仮設配電盤の端子に触れショートを起こしたのが原因と断定したという内容です

数日前に、各紙にそのネズミの写真が載っていましたが、写真だけでは大きさが判りません。そこで、果敢にもそのネズミにあの世でインタビューを試みました

     「君は大きいの?それとも小さいの?」

     「中!」

   

  も一度、閑話休題  

 

大鹿靖明著「メルトダウン~ドキュメント 福島第一原発事故」(講談社文庫)を読み終わりました 著者の大鹿靖明氏は1965年、東京生まれ。早稲田大学卒業。朝日新聞社勤務。本書で第34回講談社ノンフィクション賞を受賞しています

第1部「悪夢の1週間」、第2部「覇者の救済」、第3部「電力闘争」、第4部「静かなる反動」、第5部「ゼロの攻防」から成りますが、「あとがき」「参考文献」を含めて653ページの大書です これを読むに当たり覚悟が要りました。全ページ読破に結局8日間もかかってしまいました 生物学者の福岡伸一さんが昨年3月11日の朝日新聞の書評で「あのとき一体、為されるべきことの何が為されなかったのかを知るための一級資料」と絶賛した本です

とくに第1部の「悪夢の1週間」は緊迫感に満ちています。当時の真相が赤裸々に書かれています 第1章「3月11日午後2時46分」、第2章「全電源喪失」、第3章「放射能放出」、第4章「原発爆発」、第5章「日本崩壊の瀬戸際」、第6章「まだそこにある危機」に分けて書かれています

第5章「日本崩壊の瀬戸際」の中で著者は次のように書いています。

「あてにならないのは、東電だけではなかった。官邸に送られてくる原子力のエキスパートは、首相の信任の厚い下村健一内閣審議官をして『どいつもこいつも、この程度かよ』と思わせるものだった 何を聞いても、もじもじするだけ。13日午前、下村はノートにこう書きとめている。『批判されても、うつむいて固まって黙り込むだけ。解決策や再発防止策をまったく示さない技術者、科学者、経営者』。東電と経産省保安院、原子力安全委員会を指した言葉だった

「福島第一原発事故は3.11大震災の天変地異による自然災害であり、東電は被害者だ」という立場・主張を変えようとしない東電の会長、社長の態度にはただあきれるほかありません

当時、「海水を注入して原発を冷やす行動を、菅首相が中止命令を出したために無駄な時間を費やした」とする報道がなされていましたが、5月26日の記者会見で東電が明らかにしたところによると、菅首相による海水注入の停止は、それ自体が一切なかったことが判明しています。

会見によると「19:04頃、海水注入を開始。19:25頃、当社(東電)の官邸派遣者からの状況判断として”官邸では海水注入について首相の了解が得られていない”との連絡が本店本部、発電所にあり、本店本部、発電所で協議の結果、いったん注入を停止することとした。しかし、発電所長の判断で海水注入を継続した」ということになっています。

つまり、首相官邸のことを慮って東電が自主的に海水注入中止の命令を出したというのです ところが、現場は命がけですから、”中止なんてとんでもない。こっちは命がけでやっているのだ”として、吉田所長は中止したように見せかけて注入を継続していたのです

管首相が現地に乗り込んで「東電は逃げるな」と怒鳴りつけたことに対しては賛否両論があるでしょうが、国のトップがああでもしなかったら”原子力村”東電のトップはあくまでも”被害者” ”保身”の態度に終始していたことでしょう

また、著者は原発事故報道について「文庫版あとがき」に次のように書いています

「いくつかの例外を除けば、報道の質は決して満足できるものとはいえないだろう しかも、能力の欠如と保身、責任転嫁、さらには志の喪失は、現場の記者たちよりもむしろ大手報道機関の幹部たちに顕著にあらわれている メルトダウンしていたものに、大手報道機関も加えねばなるまい。それは残念ながら私の勤務先も例外ではない

”私の勤務先”というのは言う間でもなく朝日新聞社です。朝日新聞は毎日、朝刊で「プロメテウスの罠」というシリーズを連載し3.11以降の東北を中心とする日本の動きを現在進行形で報道しています この報道は優れた報道を顕彰する「新聞協会賞」を昨年受賞しています。そのような新聞社に身を置く著者が、自社もメルトダウンしている、と書いていることは深刻な状況だと思います。この本は朝日新聞出版社ではなく講談社から出版されています

この本には「ああ、そうだったのか!」という事実が盛りだくさん紹介されています。まだ、原発の後処理は終わっているわけではありません。是非、一人でも多くの人に読んでいただき、原発の現実に向き合ってほしい本です

 

          

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ブラームスとドヴォルザークの弦楽四重奏曲を聴く~リュミエール・カルテット

2013年03月27日 07時00分36秒 | 日記

27日(水)。昨夕、X部長の唐突な「30分だけ」という誘いに、結局6時半まで地下のRで飲みました 私は虎の門のJTアートホールに行かなくてはならないので、時間厳守で付き合うことにしました X部長がお店にカンパした北海道産帆立貝をつまみにビールと日本酒をしこたま飲んだので、身体がポカポカと火照って頭がもうろうとします 仕上げそばを一人だけ先に食べて、なんとか胃を落ち着かせてから徒歩でコンサートホールに向かいました

 

  閑話休題  

 

7時からJTアートホール”アフィニス”でリュミエール・カルテットのコンサートを聴きました この公演は「JTが育てるアンサンブルシリーズ」の一環として開かれるもので、第67回のこの公演はチェロの岩崎洸がプロデュースしました。リュミエール・カルテット全員が桐朋学園大学の在学生で、ヴァイオリン=篠原悠那(紅一点)、横島礼理、ヴィオラ=桐原宗生、チェロ=横田誠治というメンバーです 岩崎洸は桐朋学園大学の特任教授なので、彼の教え子たちなのでしょう。篠原悠那は黒を基調としたドレスです

”リュミエール”とはどういう意味なのか、どういう理由でその名前を付けたのかを知りたいと思って、プログラムを端から端まで探してみたのですが、どこにもその説明が見当たりません これはちょっと不親切かと思いますが、どうでしょうか

プログラムは①ドヴォルザーク「弦楽四重奏曲第12番ヘ長調”アメリカ”」、②ブラームス「弦楽四重奏曲第2番イ短調」、③グラズノフ「弦楽五重奏曲イ長調」です

 

          

 

会場には開演10分前の6時50分に着きましたが、コーヒーを飲んでいる余裕はなさそうです 自席は10列12番、センターブロック右通路側です

1曲目のドヴォルザーク「弦楽四重奏曲ヘ長調」はドヴォルザークがアメリカにナショナル学院の院長として招かれた頃に作曲されました 紅一点の篠原悠那を中心に第1楽章が始まります。最初のうちはちょっとぎこちなさを感じましたが徐々に調子を上げてきた感じです 第2楽章「レント」は聴かせどころですね 

第3楽章が生き生きと演奏され、次の第4楽章に移ろうとした時に、後方で、コツコツと靴音が聞こえました このため4人は弓を下ろして、その”常識外れ”が着席するまで待たなければなりませんでした歩くのなら音を立てずに歩く方法はあるのです。演奏者が学生だからといって甘くみるのは彼らに対して失礼です。二度と来るなと言っておきます

正直言って、2曲目のブラームスの「弦楽四重奏曲第2番イ短調」は期待していませんでした。20代前半の彼らが取り組むには10年以上早いのではないのか、と思ったからです ところが、この演奏が良かったのです。とくに第2楽章「アンダンテ・モデラート」は心に沁みました。若いなりにブラームスに挑戦するのもいいものだ、と思いました

15分間の休憩時間にホットコーヒーを飲んで、やっと酔いを覚ましました これがアイスコーヒーやジュースではだめなのです。ホットを飲んで汗をかいて酔いをすっ飛ばすのです

グラズノフの弦楽五重奏曲イ長調は1892年に作曲されました。彼は9歳でピアノを、13歳で作曲を始めた”神童”でした 4人に加え、チェロの岩崎洸が入ります。第1ヴァイオリンの篠原悠那は萌木色のドレスに衣裳替えをしての登場です 分かります。晴れの舞台ですもんね

第1楽章は冒頭ヴィオラの独奏から入りますが、なかなか悠然とした良い曲です 第2楽章は一転、ピッツィカートで奏でられる面白い音楽です。第3楽章は憂いに満ちた楽想で、第4楽章に至ってやっとロシア風のメロディーが認められました この曲は初めて聴きましたが、なかなか面白い曲でした

アンコールに、4人でチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」を実に美しく弾きました とくに第1ヴァイオリンの音色が素晴らしいので、あらためて演奏者のプロフィールをみると、篠原悠那の使用楽器は1753年製ガダニー二とありました このアンコールこそガダニー二の本領が発揮された演奏と言っても過言ではないほど美しい音色でした ガダニー二といえば千万円単位の高額な楽器です。彼女は楽器をどのような経緯で手に入れたのか、どこかの財団から貸与されているのか、親に買ってもらったのか、まったく分かりませんが、「大学生がガダニー二かよ」と言いたくなりました。余計なお世話かもしれませんが

この日の収穫は「ブラームスは年齢を重ねてから演奏すべきだ」といった先入観をもって聴いてはいけないということです

 

          

 

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アンコールについて思うこと~モーツアルト「ピアノ三重奏曲」、メンデルスゾーン「ピアノ四重奏曲」

2013年03月26日 07時00分01秒 | 日記

26日(火)。昨日、某通信社の関連組織の講演会があり、出席しました 講師は(株)感性リサーチ代表取締役の黒川伊保子さんで、「脳の謎を科学で解明~男女や年齢でこんなに違う感性~」というテーマで1時間半ほどオモシロ可笑しく話されました

例えば、家で妻が「腰が痛いの」と言った時に、夫の反応で一番多いのが「医者へ行ったのか?」という発言だそうです もちろん、夫は妻を心配してそう言ったのですが、妻としては夫に”共感して欲しくて”言ったのだといいます

そこに男性脳と女性脳の違いが現れていると黒川さんは言います。男性は客観的に早く問題を解決したいと思いたがる一方、女性は立場を話すことにより共感し合いたいと思う性質があるとのことです

なぜ男性と女性とではそのような違いがあるのかというと、脳梁(のうりょう)の大きさが違うからだといいます。脳梁とは理性を司る左脳と、感情や感性を司る右脳との間にある組織で、女性の方が男性より20%ほど大きいそうです。そこから、女性は左脳と右脳とを交互に働かせて行動するので、相手のことを察することが出来ると言います

そのような違いを認識したうえで、妻が「腰が痛いの」と言った時の夫の模範解答は「そう、それは辛いね」だそうです。さらに「何かあったの?」と訊くと高感度が相当アップするそうです。キャッチフレーズは「会話の基本は共感から」とのこと。

夕食時、赤ワインを飲み私が作ったビーフシチューを食べながら、娘がアルバイト先で遭遇した「アッタマにくる話」を、「うん、そうだね。それは大変だね」と共感を持って聞きました。そのせいか、食後に娘が鼻歌を歌っていました 効果てきめんのようです。学習したことをすぐに実行に移すところはサスガって自分で言ってはいけません

 

  閑話休題  

 

さて、今日はアンコールについて思うことを書いてみます きっかけは先週の3月20日夕刻、上野の旧東京音楽学校奏楽堂で開かれた「ピアノ・トリオで聴くドイツ・ロマン派~シューマン、メンデルスゾーン、ブラームス」のコンサートで猶井、奥泉、加藤のトリオがアンコールで演奏したモーツアルトの「ピアノ三重奏曲ハ長調K.548」の第2楽章”アンダンテ・カンタービレ”」です

モーツアルトのピアノ三重奏曲は、リリー・クラウスのピアノ、ウィリー・ボスコフスキーのヴァイオリン、ニコラウス・ヒューブナ―のチェロの演奏による全集CDを持っているので、K.548も聴いたことがあるはずなのですが、普段聴く機会がないため、まるで初めて聴いたように思いました

当日の演奏が良かったせいか、終演後もメロディーが頭から離れず、すっかり虜になってしまいました家に帰ってさっそくCDを引っ張り出して聴きました。やっぱりモーツアルトはいいなと再認識しました

 

          

 

そのような経験はもう一度ありました。一昨年2011年12月8日に浜離宮朝日ホールで聴いたフォーレ四重奏団のコンサートです その日は①モーツアルト「ピアノ四重奏曲第2番K.493」、②ブラームス「ピアノ四重奏曲第3番」、③フォーレ「ピアノ四重奏曲第1番」を演奏し、アンコールにメンデルスゾーンの「ピアノ四重奏曲第2番ヘ短調」の第4楽章「フィナーレ:アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ」を演奏しました超高速演奏によるフィナーレに酔いしれました。この曲を聴いたことがきっかけとなり、すっかりメンデルスゾーン大好き人間になりました

 

          

 

たった1曲のほんの一部の演奏が、その作曲家の価値を発見したり再認識したりするきっかけになるのですから、アンコール曲といってバカにできません。これからどんなアンコール曲に出会うことが出来るのか、本当に楽しみです

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萩原麻未+大友直人+日本フィルでグリーグ「ピアノ協奏曲」を聴く

2013年03月25日 07時00分21秒 | 日記

25日(月)。昨日、サントリーホールで日本フィルの第354回名曲コンサートを聴きました 地下鉄六本木1丁目駅から赤坂アークヒルズに向かう途中の坂道は桜が満開でした。今日が見納めですかね

 

          

 

サントリーホールに入ると左手に大きな看板が出ていました。日本フィルが「公益財団法人に認定された」というお知らせでした 一方、入口で配られていたチラシの束に「これまでのご支援のお礼と、公益法人認定へむけ、”あと一歩”のお願い」という日本フィルのチラシが入っていました タイムラグですね。ともあれ、”公益認定”されて良かったと思います 日本フィル関係者の皆さん、おめでとうございます しかし、大変なのはこれからです。頑張ってください

 

          

 

それにしても、ロビー、ホワイエにいるお客さんが少ないですね。東響、東京フィル、新日本フィルの公演だったらもっと多くの人でごった返しているのに、寂しさを感じます。同じ日本フィルでも定期公演ではなく「名曲コンサート」なので客層が違うのかも知れません

 

          

                     

さて、この日のプログラムは①チャイコフスキー「交響曲第2番”小ロシア”」、②グリーグ「ピアノ協奏曲」、③ラヴェル「ボレロ」。指揮は大友直人、②のピアノ独奏は萩原麻未です 前から楽しみにしていたコンサートです。目的はもちろん萩原麻未のピアノを聴くことです

 

          

 

自席は1階4列30番、かなり前ですが右サイド。ヴィオラの前から3番目の前のあたりの位置です。会場は7割~8割ほど埋まっている感じでしょうか

1曲目のチャイコフスキー「交響曲第2番ハ短調”小ロシア”」は1872年の6月から11月にかけて作曲された曲ですが、”小ロシア”とは現在のウクライナのことだそうです チャイコフスキーはペテルブルク音楽院の学生時代から夏になるとウクライナ地方で過ごして、現地の民謡の吸収に努めていたとのことです

大友直人は指揮棒を持たずに登場します。彼の合図で民族色豊かな音楽が展開します すでに第2番からチャイコフスキーらしい美しい旋律が続きます。第4楽章などは、終わるかと思いきや終わらず、また別の展開を見せ、今度こそ終わるかと思いきや、やっぱり終わらないのです この当たりのしつこさもチャイコフスキーならではの特色です それにしても、チャイコフスキーという人は優れたメロディーメーカーですね。ドヴォルザークと双璧だと思います

休憩時間の間にスタインウエイが舞台中央にセッティングされます。拍手の中、指揮者に伴われて萩原麻未が黒ラメのドレスに身を包まれていつも通りニコニコしながら登場します 緊張感は微塵もみせません。自席からは、ピアノの向こう側に座った彼女の顔がやっと見えます

大友の合図でグリーグの「ピアノ協奏曲イ短調」第1楽章が始まります。萩原麻未の顔の表情が一変し、冒頭から力強いピアノが入ってきて圧倒されます すごい集中力です。第1楽章のピアノ独奏部分は圧倒的な迫力で音が迫ってきます 彼女の躍動感溢れるダイナミックな動きを見ていると、雌豹が獲物を追いかけていくような”恐ろしさ”さえ感じます 若き日のマルタ・アルゲリッチがそうでした。いまの若手ピアニストの中では人気、実力ともにダントツの第1位と言っても過言ではないでしょう 彼女がCDを出せばベストセラー間違いなしだと思いますが、現在ザルツブルク・モーツアルテウム音楽院で学んでいる彼女はそうしません。そんなところもまた魅力です (本音を言うとCD欲しいな 麻未ちゃん、CD出して

満場の拍手 に何度も舞台に呼び戻され、4回目に戻った時にはアンコールするかどうか迷っている様子でしたが、結局アンコールはありませんでした。あれだけの演奏の後です。それで良いのです

ピアノが舞台の袖に片付けられて、指揮台がセッティングし直されます。最後はラヴェルの「ボレロ」です。小太鼓が一貫して同じメロディーを刻む中、管楽器が次々と主役を変えながら「スペイン=アラビア風」の旋律を延々と繰り返していき、息の長いクレッシェンドが最後のクライマックスまで続きます その高揚感がたまらない曲です

日本フィルの管楽器群は色彩感豊かにラヴェルの世界を表出し、打・弦楽郡がそれを支えました 指揮をする大友の厳しい顔を間近で見たのは今回が初めてです。ずい分怖い顔をしているのですね

大友は管楽器のソロを、次に楽器郡ごとに立たせて聴衆の拍手を求めました。ちょっとしつこいかな (家に帰ると、東京フィル文京シビックシリーズでご一緒しているAさんからメールが入り、「同じ会場で聴いていましたが、最近は指揮者がコバケン化したようですね!」とあり思わず笑ってしまいました  ”炎のコバケン”こと小林研一郎氏は、毎回オケのメンバーを懇切丁寧に立たせて賞賛を求めているので、私がブログで”やりすぎ”と書いたことがあります。そのことをおっしゃっているのです。それにしても80歳を超えてなお元気にコンサート通いされているAさんと、そのお友達のTさんには敬意を表します

コンサートは、アンコールに弦楽器によってグリーグの「ペールギュント」組曲から「アニトラの踊り」が穏やかに演奏されました 

この日の収穫は何と言っても萩原麻未のグリーグです。期待通りの集中力に満ちた躍動感溢れる演奏でした これからも彼女が出演するコンサートはすべて聴きに行きます

 

          

 

 

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マーラーのカンタータ「嘆きの歌」(初稿版)を聴く~東響第608回定期公演

2013年03月24日 07時43分44秒 | 日記

24日(日)。昨夕、サントリーホールで東京交響楽団の第608回定期演奏会を聴きましたプログラムは①ブラームス「悲劇的序曲」、②マーラー「カンタータ:嘆きの歌」(初稿版)の2曲。指揮は秋山和慶、コンマスは大谷康子です

公演前に「この公演はCD録音するのでご協力ください」というアナウンスが流れました 舞台上には8本のマイクが林立しています 拍手に迎えられて秋山和慶が颯爽と登場します

1曲目のブラームスの「悲劇的序曲」は1880年、「大学祝典序曲」とともにザルツブルク近郊のバート・イシュルで作曲されました 「大学祝典序曲」が明るく輝きに満ちているのに対し、「悲劇的序曲」は深い感動に満ちた曲です 9月13日のクララ・シューマンの誕生日に彼女とピアノ連弾で初めて披露したとのことです。ブラームスはクララにクラクラでしたから

秋山和慶は東響からブラームスの魅力を思う存分引き出していました。この人の指揮は、見ていて気持ちがいいです 無駄がなく、きびきびしていて、演奏する側から見ても多分演奏しやすいのではないかと思います どこかのオケがシェーンベルクだったか、誰だったかの曲を練習中に、オケが全く揃わなくて困っていた時に、秋山氏が「どれ貸してごらん」と言って指揮棒を受け取り、タクトを振ったらピッタリ合った、というエピソードを聞いたことがあります 古典だろうが、ロマン派だろうが、現代音楽だろうが、秋山和慶にとって”苦手”はないのでしょう

休憩時に舞台の後ろのP席に東響コーラスのメンバーが入場します。中央の男声陣を左右の女声陣が挟む態勢を取ります。総勢約180名 いよいよマーラーのカンタータ「嘆きの歌」の始まりです。ソリスト達の入場です ソプラノの小林沙羅は淡いパープルのドレス、星川美保子は黒のドレス、メゾソプラノの小川明子は白地に黒っぽい模様の入ったドレス、富岡明子はグリーンのドレスで、テノールの青柳素晴、バリトンの甲斐栄次郎とともに登場します

 

          

 

カンタータ「嘆きの歌」は1878年から1880年にかけて作曲されました(初稿版)。マーラーがウィーン楽友協会音楽院を卒業してオーストリアで指揮者デビューを果たした時期に当たります ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編纂のメルヒェン集に所収された「嘆きの歌」や、グリム兄弟によるメルヒェン集の「歌う骨」からインスピレーションを受けて作曲しました 初稿版以降、1894年にマーラーは第1部をまるごと削除して2部構成に書き換えています。そして1901年2月にウィーンでマーラー自身の指揮により初演しました

物語は第1部「森のおとぎ話」、第2部「楽師」、第3部「婚礼の出来事」から成りますが、次のようなストーリーです

「気位の高い女王が『森で赤い花を見つけてきた者と結婚し、その者を王位に就かせよう』と告げますある兄弟が森に花を探しに出ますが、先に花を見つけた弟を兄が殺害して花を奪い、王位に就きます森を歩く楽師が弟の骨を見つけ、その骨で笛を作って吹くと、弟がわが身に起こったおぞましい出来事を語り出します 女王と兄の婚礼の場に楽師が現われます。王の前で楽師が笛を吹くと真相が歌われ、婚礼の場は騒然となり、女王は倒れ、城も崩れ落ちます。最後に残るのは哀しさだけ

ソリストは誰もが素晴らしく、「嘆きの歌」を語っていました。個人的にはソプラノの二人:小林沙羅と小川明子が印象に残っています また、合唱の東響コーラスの頑張りは特筆に値します 先日も東京都交響楽団の演奏会に招かれてモーツアルトの「レクイエム」を見事に歌っていましたが、最近レベルアップが図られているのではないでしょうか

秋山和慶の指揮のもと、裏方のバンダ(管・打楽器のスモール・オケ)も含めて東響の面々は素晴らしい演奏を展開し、マーラーの世界を表出させてくれました。CD化に相応しい素晴らしい演奏でした

 

          

 

東京交響楽団のプログラム「シンフォニー」3月号の解説によると、初稿の全曲初演は1997年10月7日、マンチェスターでケント・ナガノの指揮となっています。私が”予習”で聴いたのはサイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団によるCD(1983年~84年録音)です いま世界のベルリン・フィルの常任指揮者を務めるラトルは初稿の全曲初演の13~14年も前にCD録音をしていた訳です 当時は誰も「嘆きの歌」の初稿版などに目もくれなかったと想像します。さすがはラトルです

 

          

 

 

 

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島田彩乃+川瀬健太郎+東京フィルでラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」を聴く

2013年03月23日 06時59分36秒 | 日記

23日(土)。昨夕、池袋の東京芸術劇場で東京フィルのコンサートを聴きました プログラムは①ロッシーニ「セビリアの理髪師」序曲、②ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」、③ドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調”新世界より”」です。指揮は1984年生まれの川瀬賢太郎、②のピアノ独奏は1998年パリ国立高等音楽院首席入学の島田彩乃という若手コンビです

 

          

 

自席は1階L列7番、会場はほぼ満席です。オーケストラはいつもの東響の配置、左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという態勢、コンマスは青木高志です ざっと見渡したところ見慣れない顔が多いように思います。東京フィルは10年以上前に新星日響を吸収合併して150人くらいの大所帯になっているので、公演内容によってメンバーが変わるのでしょう

1曲目のロッシーニの歌劇「セビリヤの理髪師」序曲は、この若い指揮者の名刺代わりといったところ。軽快にさばきます

ピアノが舞台中央に移動し、ソリストの島田彩乃がワインレッドのドレスに身を包まれて指揮者とともに登場します ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」・・・・ロシア正教会の鐘の音から霊感を受けたと言われる厳かなメロディーがピアノとオケで奏でられます 島田、川瀬の若手コンビはダイナミックかつロマンティックに演奏を展開します。島田彩乃の良いところは、うつむいて鍵盤ばかり見つめることがなく、指揮者と目でコンタクトを取りながら演奏するところです 彼女は有望な女性ピアニストの一人だと思いますが、あまた居るピアニストの中でいかに個性を発揮して生き残っていくかが、今後の課題でしょう

休憩後のドヴォルザーク「交響曲第9番ホ短調”新世界より”」は、作曲者が52歳だった1893年12月、ニューヨークのカーネギーホールでハンガリー出身のアントン・ザイドル指揮ニューヨーク・フィルハーモニック協会の定期公演のメーンとして初演されました

川瀬はメリハリをつけて曲を進めます。この曲の聴かせどころは何と言っても第2楽章「ラルゴ」のコーラングレ(イングリッシュホルン)の独奏です。女性奏者が演奏しましたが、なかなか聴かせました

第4楽章の途中、シンバルが1度だけ鳴らされます。全曲の中でたった1度だけです その昔、テレビ・ドラマ(「新世界交響曲」というタイトルだったかも)でオケがこの曲を演奏する場面があり、シンバル奏者(フランキー堺だったと思う)がシンバルを打ち鳴らすのを忘れてしまうのです なぜか今でも強く記憶に残っています。この日は女性奏者でしたが、しっかりと鳴らしていました

アンコールにドヴォルザークのスラブ舞曲第10番を演奏しました 川瀬健太郎は溌剌としていて好印象でしたが、島田彩乃と同じく、数多くの指揮者の中でいかに差別化して生き残っていくかが今後の課題でしょう

 

          

 

          

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シューマン、メンデルスゾーン、ブラームスの「ピアノ・トリオ」を聴く~東京・春・音楽祭

2013年03月22日 07時00分01秒 | 日記

22日(金)。昨夕、HCビル地下のKで、テナントFのIさんの送別会を開きました。当方はX部長と私です。ビール で乾杯して、われわれは日本酒を、Iさんは赤ワイン を飲みましたが、ボトルで取ったので途中からわれわれも参戦し、結局空けました Iさんは外務省出身者で海外生活も長かったので、その辺の思い出話を聞きました これからの余生はゴルフを楽しみたいと言われていました 長い間お疲れ様でした 8時ちょうどに現地で解散しました。あとは何もありません

 

  閑話休題  

 

20日に聴いた「東京・春・音楽祭」の2つのコンサートのうち、午後6時から上野公園内にある旧東京音楽学校奏楽堂で開かれた「ピアノ・トリオで聴くドイツ・ロマン派」のコンサートの模様を書きます

プログラムは①シューマン「ピアノ三重奏曲第2番ヘ長調」、②メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第2番ハ短調」、③ブラームス「ピアノ三重奏曲第2番ハ長調」です

自席は「か列7番」です。 説明が必要ですね。旧奏楽堂は日本で初めてできた音楽学校のコンサートホールで、一般のコンサートホールでは座席の順を「A列〇番」あるいは「3列〇番」としていますが、このホールでは「あいうえお」順になっているのです また、番号も一般のホールは左から右へ1番、2番となっていますが、この奏楽堂は右から左へ1番、2番となっています。したがって、「か列7番」は前から6列目の右から7番目の席になります

また、この建物は国の「重要文化財」に指定されているため、ホールはもちろんのこと建物内で飲食が禁止されています。したがってホワイエもなければ自動販売機もありません。トイレは「便所」と表示されていて、ドアに「男」、「女」と書かれています。分かり易いですが、何となく「昭和」を通り越して「明治」を感じてしまうのは私だけでしょうか

 

          

 

演奏はヴァイオリン=猶井悠樹(なおいゆうき。N響)、チェロ=奥泉貴圭(おくいずみたかよし。水戸室内管弦楽団等)、ピアノ=加藤洋之(かとうひろし。1990年ジュネーブ国際音楽コンクール3位)です

1曲目のシューマン「ピアノ三重奏曲第2番ヘ長調」は、1850年2月22日にクララ・シューマンのピアノ、フェルディナント・ダーヴィトのヴァイオリン、ユリウス・リーツのピアノという当時最高レベルのキャストにより初演されました 全体的に明るい基調の曲です。とくに第2楽章が美しく、印象に残りました

ピアノの加藤は髪の毛が淋しい演奏家ですが、ピアノを弾くたびに顔の表情を変えます 悲しいメロディーの時は悲しそうに、楽しいメロディーの時は嬉しそうに、時にヴァイオリンの猶井に向かって、時にチェロの奥泉に向かって、顔を向けながらメッセージを伝えます われわれ聴衆はピアノの加藤の顔の表情を見れば、いま演奏されている曲がどんな雰囲気の曲かが瞬時に分かるという訳です

ヴァイオリンの猶井は一見、イタズラ坊主といった感じ。チェロの奥泉はメガネをかけてインテリ風、一見”名探偵コナン”です。あくまでも一見で、演奏は素晴らしいのです

2曲目のメンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第2番ハ短調」は、ここ数日、CDを聴いて予習しておいたので、すんなりと耳に入ってきました すべての楽章が魅力に満ちていますが、とくに第3楽章の「スケルツォ」はメンデルスゾーンならではの超高速パッセージで、爽快です

休憩後のブラームス「ピアノ三重奏曲第2番ハ長調」は、ブラームスが40代の終わりごろの円熟期に作曲された”渋い”作品です 順調に演奏が進み第2楽章が終わってチューニングも終え、第3楽章に移ろうとした時のことです。ピアノの加藤が2人に演奏開始の合図をしようとした時に、ホールの外から”お知らせチャイム”が聴こえてきたのです。加藤はニコッとして「あれっ、じゃまが入ってしまいましたね。ちょっと待ちましょうね」といった表情で手を休めました。聴衆も、間の悪いチャイムに失笑しながらも待つことにしました

第3楽章はスケルツォですが、途中で明るく魅力的な旋律が演奏され、印象に残ります そして第4楽章のフィナーレに入り、完全燃焼の演奏が展開します

熱演に対して会場いっぱいの拍手が3人を包みます アンコールに穏やかな三重奏を演奏しました。ベートーヴェンのような、ハイドンのような・・・・・・しかし、まさかモーツアルトだとは思いませんでした帰りがけに掲示で確認したら「モーツアルト作曲ピアノ三重奏曲ハ長調K.548から第2楽章”アンダンテ・カンタービレ”」であることが分かりました とてもいい曲だったので、家に帰ってからリリー・クラウスのピアノ、ウィリー・ボスコフスキーのヴァイオリン、ニコラウス・ヒューブナ―のチェロの演奏で聴き直しました。モーツアルトはいいです

 

          

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